シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話 作:ブルーペッパー
時は、ジャパンカップの少し前に遡る。
トレセン学園の人気が無い裏庭に、ウマ娘が二人向き合っていた。
「時間取らせてすいません、オグリ先輩……」
「別に構わないが……。それで、話というのはなんだライアン」
片や稀代のアイドルウマ娘、片や名家の俊英。周りが色めき立つような組み合わせだが、今は人目を避けているようだった。
しばしの沈黙を経て、メジロライアンが突如頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「ど、どうした!? 何を謝る!?」
「その……有馬記念のことです。私が前にウィンタードリームトロフィーで走って欲しいとお願いしたから、オグリ先輩は有馬には出ないんですよね?」
ドリームトロフィーリーグを走る名だたるレジェンドたちがグランプリへの参戦を表明する中、そこにオグリキャップの名は無かったことはちょっとした騒ぎとなった。
それはSNSでは残念がる声に溢れ、一部メディアが本人に突撃取材を決行するほどだった。
「私のせいで……その、迷惑をかけてしまって」
「別にライアンのせいじゃないだろう。それに、ああいうのは慣れている」
「そ、それでですね!」
遠くを見るオグリキャップが視線を戻す。決意に満ちた表情のまま、メジロライアンが口を開いた。
「よければ、一緒に出ませんか? ドリームステップレース!」
「それは……いいのか?」
メジロライアンも出るというなら、同じレースを走るという約束は果たされる。けれど彼女は次のドリームトロフィーリーグに掛ける思いは他にもあることをオグリキャップは知っていた。
「家族……メジロの人たちも見に来るんじゃなかったか?」
レース界の重鎮たる名門メジロ家。多忙を極めるかの者たちが揃うのは滅多にない。トゥインクルシリーズのGⅠならともかく、ドリームトロフィーではどうしても優先順位が下がる。
「せっかくの機会なのに……例のステップレースは日程が違うだろう」
「そうだったんですけど、皆からは気にする必要ないって……むしろこんな凄いレースにメジロ家のウマ娘が出ないなんて、とまで言われちゃいまして」
レースを観に行く機会はまだこれからある。だが、今年の有馬記念のような盛り上がりは二度と来ない。
名門もその機会を棒に振るのは許せなかったのだろう。説教混じりの説得だったことは、メジロライアンの顔色から察せられた。
「そうか……では、お互い本番に出れるよう頑張ろう」
「はい! ドリームステップでも負けませんからね!」
かくして、名家の俊英と稀代のアイドルウマ娘の参戦が決定した。
元よりファンから願われていた二人の出走に、有馬記念への熱はさらに高まっていった。
◆
有馬記念への出走枠を賭けた、ドリームトロフィーリーグ所属のウマ娘たちによるトライアル、その名もドリームステップレースの出走者がついに決定した。
イナリワン
オグリキャップ
サクラローレル
シンボリルドルフ
スーパークリーク
トウカイテイオー
ナリタブライアン
マヤノトップガン
マルゼンスキー
メジロライアン
ライスシャワー
その数は十一名。よって一回のレースで有馬記念への出走枠を奪い合い、上位二名が出走権を獲得する。
人数が少ないと感じるのは、ドリームトロフィーでも王道の中距離部門で連覇していたナリタブライアンが出走するからだろう。
かの怪物が不在となり、空いた玉座を狙う者が多数を占めたのだ。
とはいえ、集まったメンバーはナリタブライアンに負けず劣らず、一度は時代の頂点に立ったと言ってもいいウマ娘だ。
「さて、どうするか……」
たづなさんから渡された出走表と、各メンバーの情報を並べて思案する。
誰も彼も警戒必須の強豪たち。だが、最も好きにさせていけないのはマルゼンスキーか。
しかしマヤノトップガンも油断ならない。彼女はあらゆる脚質を自在に使いこなす。
爆発力が恐ろしいと言えばイナリワンやメジロライアンも目が離せない。
スタミナという点ではスーパークリークはライスを凌駕しうる。
当然、ナリタブライアンにシンボリルドルフも総合力の面では誰が勝てよう。
オグリキャップ、トウカイテイオー、サクラローレルは大一番で劇的な勝利を収めてきた。データの数字だけでは測れない強さを持っている。
「うーん……」
「お兄さま?」
「う〜ん……」
「お、お兄さま……?」
「うーーーーん」
「お兄さまってば!」
「いてっ」
肩を強めに叩かれ、思考の海から浮上する。
顔を上げるとち隣にょっと膨れっ面の少女がいた。
「ライス……」
「もう! 何度も話しかけてたのに……」
「ごめん。ちょっと考えごとしてたから」
ライスの視線が手元の資料へ向かう。
「ドリームステップの出走表?」
「うん。枠順までは出ていないけど、今のうちからどんな作戦で行こうかと……いや、ライスの用から先に聞こうか」
「あ、トレーニング用の蹄鉄やシューズが残り少なくなってきたの」
「もう? 前に追加したばかりだと思ったけど……いやとにかく補充はしておくよ」
「うん。……ねえお兄さま、ドリームステップの作戦なんだけど」
「ライスの考え? 聞かせてくれるかい」
「考えってほどのことじゃないんだけど……その」
少し気恥しそうに、けれど決意を秘めた瞳でライスは言った。
「リベンジ、したいなって」
◆
ジャパンカップの激闘の熱も冷めやらぬ中、ついにその日がやってきた。
中山レース場2,500m右回り。年末のグランプリと同条件をドリームトロフィーの猛者たちが疾走するのだ。レースの格付けとしてはグレートもついていないのに、レース場は見に来た観客であっという間に埋め尽くされた。
「学園のコースでやればという声もありましたが、そうしなくて正解でしたね」
「当然っ! グランプリの出走者を決めるレースだ。内容からオープンにしなければ公平性が無いだろう。そも、今の学園に無関係な一般客を迎え入れる余裕は皆無!」
関係者席で、たづなとやよいが話をしていた。
「モンジューとリガントーナ、そして彼女たちのトレーナーとサポートスタッフが滞在。海外のレース関係者にメディアもほぼ毎日出入りしている。それに対する警備体制の拡充も一苦労だったというのに、今では諸外国のVIPが有馬記念に興味を出し始めてトレセン学園訪問を希望している」
「当然その方々のボディガードも同行されるでしょうから。実際に来訪される人数は希望があった数よりも多いでしょうね」
「その日程調整でも関係部署は苦労しているというのに、そこにこんな大レースのイベントなど持ち込んだ時には……」
確実にトレセン学園の業務はパンクする。普段でさえ激務に追われているというのに、とやよいは想像だけで顔を青くしていた。
「例年とは桁違いの盛り上がりになったことは嬉しい事態ですがね」
「うむ。嬉しい悲鳴が混じっているのはまだ救いだ」
一般客用の観覧席を見る。顔立ちや背格好から、外国客が混じっているのが分かる。地図や端末を片手にうろうろしているところを見るに、在住ではなく海外からの観光客なのだろう。
信じられないことに、有馬記念に繋がるレースということで海を越えて直接見に来た層がいるのだ。
「我々は今、歴史の転換点を迎えているのかもしれないな」
「理事長?」
「長い歴史を持つトゥインクルシリーズだが、流れが変わった瞬間というのはいくつもあった。ハイセイコーがファンを集め、オグリキャップの登場でレースはエンターテインメントとして定着した。ファンは多くのウマ娘たちの蹄跡からドラマ性を見出し、後世に伝え、また新たなスター到来を待つ。
黄金世代……言い得て妙だ。彼女たちによって新たな時代の扉が開かれようとしている。そんな気がしてならんのだ」
やよいの言葉に応えるように歓声が響く。
地下バ道から、今日の主役たちが姿を現した。
『世界を征した怪鳥の一声によって決まったこのレース。有馬記念への出走権を賭け、ドリームトロフィーリーグで活躍するスターウマ娘たちが、再びこのトゥインクルの舞台に帰ってきました!
最強への挑戦権を求めて走るのはこの十一名!
お祭りと言われたら黙っちゃいられない! 小柄と舐めたら大火傷、派手な追込みが決まれば拍手喝采!
1枠1番 大井発の大花火 イナリワン!
逃げに先攻、差し追込みもお手の物。今日はどう走る? 走り出してから考える! 予測不可能な無限軌道!
1枠2番 変幻自在の快速エース マヤノトップガン!
語り継がれたその走り、ここに復活! 時代を経てもなおその走りは異次元か!? 真っ赤な伝説を目に焼き付けよ!
2枠3番 真紅のスーパーカー マルゼンスキー!
三連覇の偉業よりも、最強への挑戦を選んだ。その餓えを満たすため、クラシック三冠ウマ娘が牙をむく!
2枠4番 シャドウロールの怪物 ナリタブライアン!
彼女は最強に挑み続けた。偉業を阻むためではなく、不可能を否定するために。花に込めた想いは今成就する!
3枠5番 夢叶える青い薔薇 ライスシャワー!
名門メジロ家から出走です。背負った誇りに、向けられた期待に、鍛えた努力に応えるため、彼女は走る!
3枠6番 麗しき勇士 メジロライアン!
ファンの声に応え、出走を表明してくれました。今なお語られし葦毛伝説、その新章が今綴られる!
4枠7番 葦毛のアイドル オグリキャップ!
有馬の伝説と言えばこのウマ娘は外せない。刻めステップ、駆けよ帝王、ここはまだ夢の続き!
4枠8番 不屈の貴公子 トウカイテイオー!
永世三強が揃い踏み! 長距離を速さで制し、周囲のスタミナを奪い去るその走りはまさに大河の激流!
5枠9番 高速ステイヤー スーパークリーク!
遅咲きと言われても構わない。花開くのが最後になろうとも、誰より大きく、誰より美しく咲いてみせよう!
5枠10番 大輪の桜花 サクラローレル!
彼女が再びターフに立つのを誰もが待ち望んだことでしょう。未だ並ぶ者無き七つの栄冠! 【絶対】とは、彼女のためにある!
6枠11番 皇帝 シンボリルドルフ!!』
「あ、ライスって今日はその勝負服なんだ」
「テイオーさん……ふふ、テイオーさんも今日はそっちなんだね」
ライスシャワーの勝負服は、いつもの黒いドレスではなく、年度代表ウマ娘になった時に贈呈された薄い青色のドレスだった。髪型も三つ編みにし、いつもの帽子もヴェールのようなヘッドドレスとなっている。
以前、グラスワンダーたちと走った天皇賞(春)の時に着たものだ。
対するトウカイテイオーも、同様に年度代表ウマ娘になった時に贈呈された深紅の勝負服だった。
「前はこの勝負服で勝てなかったから。せっかく作ってくれた勝負服だもの、勝たせてあげたいなって」
「なんかライスらしいね。ま、ボクの場合は偶にはこっちを着てみようかなって。いつもの方は本番のお楽しみさ!」
「おや、聞き捨てならない言葉が聞こえたな」
トウカイテイオーの隣に、シンボリルドルフが立つ。普段は親しい先輩後輩の間柄だが、今日の二人が交わす視線は闘志の火花が散っている。
「走る前から勝った気とは、感心しないぞテイオー」
「えー? 会長だって負けるなんてまったく考えていないくせにー」
「走る以上は当然そのつもりさ。だが驕るような態度は見過ごせない」
「驕りじゃないよー。ボクだって前より強くなったんだから、自信と言ってよね。
それにさ、他のみんなだって同じでしょ? このレースを勝ち抜いた先にいるのは、あの黄金世代なんだから」
───こんなところで負けてられないよね?
トウカイテイオーの煽りに、ピリッと空気に緊張が走る。
黄金世代。今のトゥインクルシリーズを賑わせる時代の中心たち。果たして、挑む側はどちらか。
「言ってくれるじゃねえか」
イナリワンがポツリと言った。
彼女の隣に、オグリキャップとスーパークリークが並ぶ。
「黄金世代と永世三強。どっちが上か、はっきりさせてえよな」
「そうだな。彼女たちが強いのは分かっている。しかし、私たちの世代も決して負けてはいない」
「ええ、私も同感です」
スーパークリークの視線がライスシャワーに向かう。
「生粋のステイヤー同士。楽しみです」
・
・
「火を入れてくれたなテイオーのやつ」
ゲートに入りながらナリタブライアンが小さく笑う。トウカイテイオーの言葉から出走ウマ娘たちの雰囲気が変わった。
元より全員本気で走るつもりだろう。だがその気迫は一段階上がったと確信した。
「ウィンタードリームよりこちらを選んで正解だった」
見知った顔もいる。初めて走る者もいる。
そして、あのシンボリルドルフをターフに引っ張り出した。この舞台を作り出したエルコンドルパサーには感謝しかない。
その気持ちを伝えるために、まずはこの十人を食い尽くす。
「滾るな……!」
全員のゲート入りが完了する。ファンファーレが終わり、一瞬の静寂。時は来た。
重い音を立ててゲートが開くと同時、十一人の餓狼が解き放たれた。
真っ先に先頭を駆けたのは、
『マルゼンスキーがハナを取った! しかしすぐにマヤノトップガンが並ぶ! 序盤から猛烈な先頭争いだ!』
「あらマヤノ。お姉さんに付き合ってくれるの?」
「マヤ分かってるもんね。マルゼンさんを一人っきりにしちゃいけないってね!」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない。じゃあ、しっかりついてきてよね!」
『先頭の二人から少し離れてスーパークリークが三番手、その後をトウカイテイオー、ナリタブライアン、ライスシャワーの順に続きます。後方集団にシンボリルドルフ、オグリキャップ、メジロライアンがほぼ横並び、また離れてサクラローレル。最後方にはイナリワン!』
そこに位置取るか。あの娘は意外と前にいるな。あの娘にしては後ろにいるな。
各走者が、事前に想定していた展開との齟齬を調整していく。
(そして、お前はそこか……ライスシャワー)
ナリタブライアンが僅かに視線を背後に向ける。
小柄な影が、身を潜めるように追走していた。
(中団……知っているあいつの走りにしては後ろだな。となると今日のマーク対象は私か)
ミホノブルボン、そしてメジロマックイーンを打倒してみせた実績のある走り。ライスシャワーのマーク戦法は有名だ。
つまりライスシャワーは今回のレース、ナリタブライアンこそ一番の難敵と評したということになる。
そこまで考えて、ナリタブライアンに疑問が浮かぶ。
このドリームステップ、出走するのはいずれもGⅠ勝利経験のある者たち。三冠の栄誉で言えばシンボリルドルフもいる。その中で何故自分をマークするのか。
(私はこの位置からでもまくる自信がある。だが、お前はそうじゃないだろう。勝つならクリークか、テイオーくらいには前にいるべきじゃないのか? 確か……)
過去、トゥインクルシリーズでライスシャワーと走ったレースを思い出し、ナリタブライアンから疑問が晴れた。
「そうか……」
かつて走ったのは有馬記念。ナリタブライアンがクラシック三冠を制した年、世代の中心としてGⅠ五勝目を上げたレースだ。
あの時の二着は同期でありチームメイトでもあるヒシアマゾン。そして三着は───
(確か、あの時期はスランプだかで不調だったか……)
自身にも覚えのある戦歴の陰りだ。貶める気はない。むしろよく立て直したものだと感心する。
不調から立て直し、悲劇に見舞われ、また復活した青い薔薇。
(そして今、
餓狼が笑う。
「そのリベンジ受けて立ってやる、かかってこい
後編は明日投稿します。