シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話   作:ブルーペッパー

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前編のあとがきに書き忘れましたが、枠番はルーレットとかでランダムに決めました。


71話 ライスとドリームステップ(後編)

 ライスのマーク先をナリタブライアンにした理由は、結局のところ消去法だった。

 間違いなく逃げるマルゼンスキーは他の走者も警戒する。だから他に任せた。

 後方からの末脚自慢も放置できないが、彼女たちをマークするため最後方にいては先頭に届かない。

 だから位置取るは中団。同じような位置につくだろうウマ娘からマーク先を選ぶ。

 そして最後の一押しはライスの言葉。

 

「リベンジ、したいなって……」

 

 あの三冠ウマ娘に。かつて果たせなかった再戦が叶う今、私達はまた怪物に挑む。

 

 

 ◆

 

 

 時は、レースの前日まで遡る。

 私とライス、そしてチーム・スピカの面々は空港にいた。

 と言っても他の利用客も通るエントランスではなく、エルが帰国した時に使った裏通路だ。

 当然、私たちが飛行機に乗るわけではない。偶然、双方にとって大事なヒトが海を渡って来る日が重なったのだ。

 ライスにトウカイテイオー。どちらも重要なレースを控えているにも関わらずここに来た。それだけの意味があるのだ。

 薄暗い通路で、ソワソワと落ち着きのないスペシャルウィークが思わず声を上げた。

 

「ま、まだですか? 到着の時間は過ぎましたよね!?」

「落ち着いてよスぺちゃん。飛行機って乗る時も降りる時も時間かかるんだよ」

「いやーしかし、偶然ってのは重なるもんだ」

「ええ全く。しかしスピカはともかく、私たちに情報をこっそり教えてくれた学園には感謝ですね」

 

 ちらり、と隣を見るとライスが時計を何度も確認していた。言葉にしないが、気持ちはスペシャルウィークと同じなのだろう。

 ついには帽子の角度や髪のハネまで確認しだした。その様子はまるで、

 

「恋人でも待っているみたいだね」

「………………………………てい」

 

 蹴られた。何故。

 他から冷たい視線が突き刺さる中、ようやく前の扉が開いた。

 

「……お前らか。出迎えすまんな」

「お久しぶりです。黒岩さん」

 

 見慣れたサングラスの男性。欧州に行っていた黒岩トレーナーだった。

 彼がいるということは当然、

 

「ブルボンさん!」

「ライスさん。お久しぶりです!」

 

 黒岩トレーナーの後ろにいたウマ娘へライスが飛びつく。昨年の夏以降、欧州へ長期遠征していたミホノブルボンだった。

 懐かしい再会は、隣のスピカたちにもあった。

 

「ス~ズ~カァ~さ~ん!!!」

「スぺちゃん、久しぶり。ジャパンカップ見ていたわ」

 

 天皇賞(秋)以降、渡米していたサイレンスズカだった。滝の涙を流すスペシャルウィークに苦笑しながらも、彼女の目元には小さな滴が見える。

 

「アメリカはどうだった? スズカ」

「とても好いところでした。どこまでも走れる海岸線があって」

「相変わらず走ることばっかだな」

「そこがスズカの良いところだろ」

 

 スピカのトレーナーが笑う。他のチームメンバーも笑っていた。

 

「もう……大丈夫だな」

「……はい」

 

 サイレンスズカが左足のつま先で路面をトントンと叩く。

 

「私はもう倒れません」

 

 異次元の逃亡者による、復活宣言だった。

 そして再会を祝うのもほどほどに、私は切り出した。

 

「……二人とも、有記念に出るために来たんですよね?」

「ああ。ブルボンは欧州で重賞を二勝。学園への報告も兼ねてな」

「追記。欧州で有記念に出ようとしていたウマ娘を相手にも勝利済み。能力としては欧州代表の一角と言っても遜色ないと自負しています」

「私もアメリカで同じように勝ちました。おかげで有記念には出れそうです」

「ええ!? じゃあスズカさん、アメリカのウマ娘になっちゃうんですか!?」

「記録上はね。大丈夫、有記念が終わっても日本にいるわ」

「ライスさんも、有記念に出るんですよね?」

 

 ミホノブルボンがライスを見た。ライスは頷く。

 

「出るよ。ドリームステップの結果次第だけど、後輩の子たちも走るから」

「良かった。またあなたと走る機会があって。……ああ、言い忘れていました」

 

 普段は機械のように静かなミホノブルボンが、興奮気味に続ける。

 

「秋の天皇賞、おめでとうございます。素晴らしい走りでした。まさかあのスズカさんに勝つなんて……!」

「…………」

 

 サイレンスズカがぐりん、と勢いよくこちらを向いた。ちょっと目が怖い。

 

「そうね。そうだったわ……リベンジになるわね」

「ま、負けないから……ね」

「それは私も同じです。ライスさん、スズカさん、次は負けません……!」

 

 火花が散る。

 ライスが負けられない理由が、一つ増えたのだった。

 

 

 ◆

 

 

「ペースが速ぇな……」

 

 最後方を走るイナリワンが独り言ちる。

 未だ先頭はマルゼンスキーとマヤノトップガンが並んでおり、レースを引っ張っている。

 が、イナリワンの視線はその数バ身後ろにいるウマ娘に向かった。

 

「こりゃクリークの仕業かねぇ」

 

 大きなストライドで走るウマ娘、スーパークリーク。

 3,000m超を走り切るスタミナと、2,000mでも先行集団についていけるスピードが彼女の強みだった。

 それはこの2,500mでも発揮されている。

 レースのペースをつくっているのはハナを逃げている二人ではなく、彼女たちを後ろから急かしているスーパークリークだ。

 

(クリークに突っつかれて前の二人はそのうちバテる……そうなった時、クリークのスピードについて行くには)

 

 残りの距離、自身の末脚からの上がりタイムから仕掛けるタイミングを図る。

 しかし、このレースで警戒すべきはスーパークリークだけではない。

 

(オグリやもちろん、ルドルフなんかも同じこと考えてるんだろうねぇ……)

 

 勝敗は一瞬の判断が分ける。強者揃いのこのレースだからこそ、途中の経過はあまり意味をなさないだろうとイナリワンは結論付けた。

 

(いいね。こういう気の抜けねえ勝負、燃えるじゃねえか……!)

 

 腹の奥からこみ上げる熱を御しながら、直前の坂を登っていく。

 

 

 ◆

 

 

 後ろから急かされている。向こう正面で先頭を駆けるマルゼンスキーは早々にスーパークリークの策に気付いた。おそらく、隣を走るマヤノトップガンも同様だろう。

 本来なら逃げが作るはずのペースが、スーパークリークの指示で動かされていた。

 

(確かにこれは、適性距離ギリギリの娘は大変ね)

 

 マルゼンスキーとスーパークリークはデビュー時期が違うので、トゥインクルシリーズで走った経験は無い。ドリームトロフィーリーグでは距離区分ごとにリーグを分けるので得意距離が違えば、出会うこともない。

 

 マルゼンスキーはマイルを得意とするウマ娘だ。

 

(マヤノちゃんはもつ? なんて、菊花賞ウマ娘に聞くことじゃないわよね)

 

 マヤノトップガンとスーパークリークから、マルゼンスキーはどう見えているだろうか。

 必死に逃げるマイラー?

 スタミナ切れが見えていて息切れ確定?

 だからもう眼中にない?

 

(もし……そう思っているのなら)

 

 火が入る。眠っていた炉が目を覚ます。

 熱が回り、唸りを上げて動き出す。

 

 

「あ、れは……」

 

 観客席で、誰かが声を上げた。壮年の、長年トゥインクルシリーズのレースを見てきた歴戦の観測者だった。

 目の前の光景に過去の記憶が掘り起こされる。

 まさしくそれは、語り継ごうと誓った───

 

 

怪物(わたし)を舐めるな」

 

紅焔ギア/躍動する怪物(プロミネンス/スーパーノヴァ)

 

 

『マ、マ、マルゼンスキーここでさらに加速ぅ!! 向こう正面からマヤノトップガンを置き去りに、後続を引き離す! この超加速こそ、スーパーカーの真骨頂だ!』

「な……っ!?」

 

 彼方へと向かう真紅にスーパークリークが絶句する。

 向こう正面、コーナーをまだ残しての加速。スタミナの残りを考えるならまだ先頭集団が仕掛けるには早すぎる。

 当然、スーパークリークがそうなるよう急かしたわけじゃない。彼女の意に反して、マルゼンスキーは前に行ったのだ。

 

(掛かった……わけないですよね。あのマルゼンさんが……! つまり───)

 

 読み違えた。スーパークリークが苦い顔をした。

 ハイペースを作り出した彼女が、それ以上のペースを刻みだしたマルゼンスキーに翻弄される番だった。

 

(動く……? でも早仕掛けだと後ろの方たちに差し切られる!)

 

 隙を見せればイナリワンやオグリキャップたち末脚自慢の格好の的になる。

 

 

 そしてその一瞬の逡巡が、隙となった。

 

『後方にいたウマ娘たちが位置を上げだした! マルゼンスキーを追って、十人のウマ娘が速度を上げていく!!』

 

 それぞれの思惑を胸に、一団は最終コーナーへと入っていく。

 

 

 ◆

 

 

(マルゼンさんが仕掛けた!)

(速いっ! これはついて行かなきゃ間に合わない!)

(クリークのやつ、してやられたってわけだ……だが!)

 

 遥か前方、速度を上げるマルゼンスキーに後方待機していた者たちは他よりさらにギアを上げざるを得なかった。

 

「面白くなってきやがったなあ!!」

 

 イナリワンが真っ先に行く。一瞬遅れてサクラローレルとメジロライアンが続いた。

 後方集団が中団に合流し、塊となってコーナーを回る。

 

「……タッチアンドゴー!!」

 

 離されたマルゼンスキーに並ぼうとマヤノトップガンが前に出た。

 一足先にコーナーを回り切り、中山レース場最後の直線へと踊り出る。

 しかし、その動きによってラチ沿いが空いた。

 その隙へ、もう一人の怪物が牙をむく。

 

影すら恐れる怪物(シャドー・ブレイク)

 

『ナリタブライアンが内を突いて来た! すぐ後ろにはライスシャワー!!』

 

 黒い弾丸が連なって駆ける。しかし後続のウマ娘たちも簡単には離されない。各自がスパートをかけていく。

 その中には、彼女もいた。

 

『ここでシンボリルドルフ! シンボリルドルフが来た!』

 

 皇帝が駆ける。

 

 迫ってくる皇帝の気配を感じた餓狼が、スーパーカーが歯を見せて笑う。

 片や時代の頂点たる三冠ウマ娘の一角、片や最速の称号を持つ一人。どちらも競技者としてシンボリルドルフを意識するのは当然だった。

 しかし、同じ生徒会として、多くの生徒から信奉される同類として日頃見るシンボリルドルフには競技者の熱は無かった。一線を退き、指導者や運営側の立場に変わっていた。

 それが今、夢にまで見た本気の皇帝が後ろにいる。

 

「感謝するぞ、エルコンドルパサー!」

 

 ナリタブライアンが“領域(ゾーン)”の出力を上げる。皇帝を引き離し、スーパーカーへと迫る。

 マルゼンスキーもまた同じように加速する。

 ここまで来いと、来るはずだと。

 それが、彼女が夢にまで求めた皇帝の走りだと。

 そして───

 

「一つ」

 

 一度は前に行ったメジロライアンを抜く。

 

「二つ」

 

 今度はサクラローレルだ。

 

「三つ」

 

 イナリワンを抜いて、それは来た。

 

汝、皇帝の神威を見よ(カエサル)

 

 時代のスターが集った舞台に、いつかの最強が降臨した。

 爆発する歓声を背負ったように、シンボリルドルフがあっという間に差を埋める。

 流石のマルゼンスキーも独走とはならず、ついに影を踏ませることになる。

 当然、ナリタブライアンも譲らない。さらに加速し、皇帝にもスーパーカーにも離されない。

 

 その僅かな間を、黒い影が行く。

 

(この瞬間を待っていた!)

 

 シンボリルドルフのスパート。誰もが意識をそちらに向ける。

 ナリタブライアンさえも、さっきまでライスシャワーに向いていた警戒を解かざるを得ないほどに。

 その一瞬の隙を突く。それがライスシャワーの勝利への策。無論、言うほど容易くはない。なにせ相手は怪物と言われた歴戦の猛者たちだ。タイミングを誤れば全ては水泡に帰す。

 それが出来たのは、チーム・スピカとの特訓のおかげであった。

 

夢叶える希望の薔薇(ブレッシング・ブルーローズ)

 

『ここでライスシャワー! ライスシャワーも負けていない! 怪物にも、皇帝にも! 果敢に挑んでいく!!』

 

 先頭はまだ譲らないマルゼンスキー、迫るナリタブライアンとシンボリルドルフ。そして食らいつくライスシャワー。

 勝負は四人までに絞られた。

 

 と、思われた。

 

 ◆

 

 ある時、ある人物が教え子たちに問いを投げた。

 

「ウサギとカメの競走で、ウサギはなぜ負けたと思う?」

 

 ウサギが慢心したから、油断したから。カメが諦めなかったから、頑張ったから。

 そんな答えが返ってくるが、問いを出した人物は否、と首を振った。

 

「では、何故負けたのですか?」

「見ていたものが違った。カメはゴールを見ていた。だがウサギはカメを見ていた」

 

 分かるような分からないような。そんな反応に、問いかけた本人は続けた。

 

「競う相手、警戒すべき強敵。他者を意識することは必要だ。だが忘れてはいけない。

 レースの勝利条件は、見ていた相手より前にいることではない。誰よりも速く、ゴールを通過することだ」

 

 マルゼンスキーやナリタブライアンはシンボリルドルフを見ていた。

 ライスシャワーはナリタブライアンを見ていた。

 スーパークリークはライスシャワーを見ていた。

 他の出走者も、少なかれ誰かを意識していた。

 しかし、ゴールだけを見ていたのが二人。

 

 何度敗北しようとも、どこまでも勝利を渇望した者。その二人が今、仕掛ける。

 

灰の王冠(シンデレラ・グレイ)

 

 歓声と共に、大外から上がってくるのは、葦毛の怪物。

 

不滅の帝王様だ(ぜったいはボクだ)!”

 

 バ群を切り裂き、戦場に躍り出るのは、不屈の帝王。

 発現したものは時代をつくると言われた“領域(ゾーン)”。それを解き放った六人のウマ娘が、ついに並んだ。

 

『マルゼンスキーついに捕まった! しかし先頭はまだ譲らない!!

 シンボリルドルフが抜け出すか! ナリタブライアンも追いすがる! 外からオグリだ! オグリキャップが来上がってきた!

 バ群を切り裂き、間からトウカイテイオーが飛んできた! 内からはライスシャワーが来ているぞ!』

 

 興奮した観客が声を上げる。腕を振り、跳ねるように足踏みがレース場を揺らす。

 歓声は咆哮に変わり、興奮が熱気となって渦巻いて行く。

 

『テイオーか!! ルドルフか!! オグリもまた上がる! 残り200m! ああ! ここでライスシャワー少し下がったか!?』

 

 “領域(ゾーン)”を解き放つタイミングは間違っていなかった。それでもただ一人沈むのは地力の差か。

 怪物と恐れられたウマ娘、そして王と称えられたウマ娘たちを相手にするには。

 

(もう少しなのに……)

 

 それでも差は僅かのはず。だがその僅かが決定的なものとなっていた。

 ここまでか、と諦めそうになった時、

 

「ライスさん!」

 

 音の嵐を貫いて、それは届いた。

 観客席の一角。立ち上がり、拳を握り締め、決死の形相で叫ぶミホノブルボンがライスシャワーを見ていた。

 言葉はそれで十分。ライバルの想いは、確かに届いた。

 

「負けない! まだ、レースは終わってない!!」

 

 彼女は既に次の舞台にいる。なのに、ライバルを名乗る自分がそこにたどり着けなくてよいのか。 

 否。

 

「まだあ!!」

 

 ライバルとの誓いが、ライスシャワーの身体を突き動かす。

 そして、  

 

『大 接 戦 でゴ ー ル !!』

 

 六人の影が重なってまま、ゴール板を駆け抜けた。

 電光掲示板に表示されたのは、判定の二文字。激戦の結果は、カメラの判定となった。

 肩で息をしながらウマ娘たちは結果を待つ。

 

「……長くない?」

「接戦だったもの、そういうこともあるわ」

「さて、皆の自信はどうだ? 勝鬨を上げる者はいるか?」

「分からないな。隣を見ている余裕は無かった」

「ラ、ライスも……最後必死だったから」

「はっ……揃いも揃って、負けを認める気はないわけだ」

 

 やがて客席も誰が勝ったかとざわつきだしたころ、ついに勝者の番号が点灯する。

 

 1着 5番 ライスシャワー

 2着 8番 トウカイテイオー

 ・

 ・

 ・

 ・

 

『伝説の一戦、制したのはライスシャワーです!!』

 

 歓声が沸く。レース場に勝者を称える声がいつまでも響き続けた。

 

 

 

 

 

 

 





ついに残り予定話数も片手で数える程度になりました。
なるはず。
プロット通りいけば。
きっと、多分……。

相も変わらず鈍足更新ですが最後までお付き合いいただけたら幸いです。

あと、今更ですが毎回感想や誤字の指摘ありがとうございます。
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