シニア級〇年目のライスと朴念仁系お兄さまと時々同期や後輩の話 作:ブルーペッパー
9話と10話を書くに当り、モデルとなった天皇賞(秋)を調べて驚いたこと。
・スズカが出てた
→だからアプリ育成の大逃げスキル取得の条件が秋天連覇なんですかね。
・優先出走権がある。
→クラシックの三冠路線しかそういうのないと思ってました。
チーム・マルカブの新メンバーは二人揃って見事デビュー戦で勝利を飾った。
今後は一勝クラス、やがてはジュニア級重賞を目指す。
未来のクラシックを彩るだろう新星の誕生に世間は沸きつつ、続くGⅠレースへと意識を移していった。
中山レース場 GⅠ スプリンターズステークス
『ミホノブルボン先頭! ミホノブルボンが先頭! タイキシャトルも食らいつく! 後ろからヤマニンゼファー、ニシノフラワーが猛追だ!
タイキシャトルがミホノブルボンと並んだ! 譲らないミホノブルボン! タイキシャトル攻め切るか!? 今、二人、並んでゴール!! 写真判定です!
三着はニシノフラワー! 四着ヤマニンゼファー! 可憐な花も、吹き荒ぶ風も、この上位二人の足を止めるには至らなかった!
さて判定ですがこちらからは優位は分かりませんで――ああ! 同着! 同着です!!
秋のトゥインクルシリーズ最初のGⅠ、今年のスプリンターズステークス、短距離王者は二人! ミホノブルボン、そしてタイキシャトルです!!
これでミホノブルボンは復帰から、前走GⅢキーンランドカップに続いて重賞三連勝! かつGⅠ二連勝、そして自身が掲げた全距離芝GⅠ制覇まで残り二つとなりました!
タイキシャトルもクラシック級ながらも歴戦のスプリンターを抑え、GⅠ初勝利となりました!』
復活のミホノブルボン快進撃! ヴィクトリアマイルに続いてスプリンターズステークスを勝利!
「はい。次はステップとして毎日王冠、その後は宣言通り天皇賞(秋)へ向かいます」
「短距離から中距離への距離延長と、出走権のための過酷なローテーションが懸念されていますが?」
「私の夢の達成のためには必要なプロセスです。過酷な道は当初より想定していました」
「ファンからはケガの再発を心配する声もありますが、ファンに一言!」
「心配いただき感謝します。ですが私はただケガが治ったから復帰したのではありません。次はケガしないだけの身体に鍛え、万全の準備を整え戻ってきました。
どうか、私を信じてください」
天皇賞(秋)への意欲は十分! 坂路の申し子が三階級制覇にむけて出撃する!
中山レース場 GⅡ オールカマー
『最終コーナーを回り、ここでライスシャワーが先頭に立った! 後続との差がぐんぐんと、いやメジロドーベル、メジロドーベルが飛んできた! 差し切るか!? 逃げ切るか!? ライスか! ドーベルか! ライスシャワー! ライスシャワーが逃げ切った!
中山でも青いバラは見事に咲いた! 次は天皇賞(秋)だ!』
ライスシャワー中距離GⅡでメジロの新星相手に完勝! 優先出走権を手に、秋の盾を狙う!
「はい、自分の力を発揮できたと思います。天皇賞(秋)へ自信がつきました。
最近のチームですか? はい。グラスさんもエルさんも強いですよ。次のレースでも、先輩としてしっかりいいところを見せたいです」
所属チームも新メンバーが入り、公私ともに絶好調! 祝福のバラは東京でも見事に咲くか!?
「GⅠは昨年の秋華賞以来ですが、緊張はしていません。調子はいいですよ。夏の札幌記念も問題なく勝利しました。天皇賞(秋)へ出走の意志は変わりません。
ええ、歴戦のウマ娘たちが出走してくるのは存じてます。ですがそれは今年に限った話ではありません。そして新星が過去の勇士を下してきたことも。勝機は十分、勝ちに行きますよ」
オークスウマ娘、エアグルーヴは気合十分! 樫の女帝が一年ぶりのGⅠ制覇に向けて動き出す!
新潟レース場 GⅢ 新潟記念
『誰が、誰が、いったい誰がこの光景を予見できたか!? 2,000mの中距離レースで、サクラバクシンオーが先頭です! 短距離覇者が中距離の舞台で後続を引き連れ先頭を走っている!
後続は追いつけるか! 残り200m! 順位は変わらない! 桜が先頭譲らずそのままゴールイン!
サクラバクシンオーだ! サクラバクシンオーがついに中距離重賞制覇!!
ああ、観客席からターフに入る人影が……あれはバクシンオーのトレーナーでしょうか? 泣き叫びながら、いま担当と熱い抱擁です! 場内からは拍手喝采! ですが皆さん、危険なため後に続くことはお止めください!!』
新潟でサクラが満開! 苦節●年ついに届いた中距離タイトル! 同期より一足先に三階級重賞制覇!
「秘訣ですか? ええもちろんそれはバクシンです。バクシンこそがレースを制する答えなのです!
そもそもバクシンとは……え? もういい? 分かりました! 全て理解してくださったのですね!
次走ですか! 当然GⅢで満足しませんよ! 次はズバリ、天皇賞(秋)です!!」
「ばばばばばバクシンオー!? 何言ってんの!?」
まさかまさかのサクラバクシンオー天皇賞(秋)へ参戦表明! 秋の東京にサクラサク?
「え? 私ですか? いや~私みたいな普通のウマ娘は普通に備えて、普通に出るだけですよ。おっきな夢とか誇りとかあんまり……。もちろん、出るからには勝ちに行きますよ。他の人たちより走った数は多いのですし、応援してくれるファンのみんなには応えたいですから。
最後にいつもの? いいですよ。じゃあ……えい、えい、むん! ふふふ♪」
脇役では終われない! マチカネタンホイザ悲願のGⅠ制覇向けてえい、えい、むん!
◆
「混沌としてきたわね……」
天皇賞(秋)への出走バを特集した雑誌を投げ捨てながら、東条ハナは疲労の声を漏らした。
落下する雑誌をキャッチしたナリタブライアンが、内容を眺めて不敵に笑う。
「復活の名バに歴戦の勇士、そして予想外からの刺客か。女帝殿も楽しい世代に生まれたな」
「どこが楽しいのよ他人事だと思って」
「楽しいだろう。私に当てはめたら、皇帝様や白い稲妻が復帰して、マイル王が飛び入り参戦したようなものだ」
これで楽しくないわけがない、とシャドーロールの怪物が言う。
そうだった。こういうウマ娘だったなと東条は天を仰いだ。
「なんだ、おハナさんから見て女帝の実力では不安か?」
「バカ言わないで。エアグルーヴの実力は本物よ。トラブルさえなければオークスだけじゃなく、他のティアラも独占できた」
桜花賞は急な体調不良で、秋華賞はマナーの悪い観客の振る舞いに動揺して実力を発揮できなかった。
それから一年、彼女の精神面と体調管理を重点してトレーニングしてきた。
おかげでエアグルーヴのコンディションは最高だ。今なら例え皇帝が出てこようと勝負できる。
だが、
「サクラバクシンオーって何よ……!?」
「私も驚いたよ。まさか距離延長に成功したとはな」
サクラバクシンオーは入学時よりスプリンターとしての素質を評価されていた。逆にそれ以外の距離、マイルすら適性が怪しいといわれていた。
しかし当の本人はマイルどころか全距離への出走を望み、それに応えられるトレーナーのみ契約すると公言していた。
そんなサクラバクシンオーの専属となったのが件のトレーナーだ。
傍から見ていると、口八丁でサクラバクシンオーを丸め込んでスプリント路線に注力させているように見えたが、しっかりと彼女の希望に沿い、ついに中距離重賞に手を届かせるとは。
(いや、そういえばシニア級一年目にはマイルCSを取っていたな。今思えば、あの時にはすでに本人の希望を叶える準備は進めていたのか)
ナリタブライアンの中でかのトレーナーの評価が一転する。
しかし見れば見るほど面白いレースだと思う。無敗の二冠バと最強ステイヤーを倒した淀の青バラ、大きなケガなく現役を続ける勇士に短距離覇者。ナリタブライアンも何度か走ったことがあるウマ娘も多いが、あれからどれほど変わったか、興味は尽きない。
「いっそのこと私も出ようか……」
「本気でやめて……!?」
◆
「バクシーン!」
「バクシンオー、今日はこれくらいで上がろう」
独特の掛け声とともにトレーニングコースを駆けるサクラバクシンオーへ、彼女のトレーナーが声をかける。
徐々にスピードを落とし、トレーナーの前で止まるサクラバクシンオーの顔には不満があった。
「トレーナーさん! トレーニングを終えるには少し早いのでは?」
「新潟記念の疲労がまだ抜けきってないだろ。それに天皇賞(秋)のミーティングもしないと」
「作戦ですか! 当然、バクシンします!!」
「うん。そのバクシンの仕方を提案したい」
担当ご自慢のバクシン発言をスルーするトレーナー。
手元には天皇賞(秋)に出走予定の有力バたちのリストがある。
「天皇賞(秋)ではミホノブルボンに合わせてペースを作ろう」
「ちょわ!? 何故ですかトレーナーさん! スピードを極め、ついに中距離重賞を勝った私なら、誰かにペースを合わせずバクシンすることこそ勝利の策では!?」
「それは違うぞバクシンオー!!」
「ちょわ!?」
「君は確かにスピードを極めた。スプリントでもマイルでも、誰よりも早い。そんな君なら――」
「ちょっとゆっくり走っても、誰よりも速いはずだ!!」
「なるほど! 言われてみればそんな気がしてきました!」
「だからまずはミホノブルボンに合わせるんだ。彼女は必ずハナを取りに来るから、それについていく。
そして、レース後半になったら全力で行くんだ」
「なるほど、本番はレースの後半からということですね。
――はっ!? トレーナーさん、私気づいてしまいました!」
「どうした?」
「天皇賞(秋)は2,000m、本番がレース後半ということは残りは1,000m!
すなわち、天皇賞(秋)は実質短距離なのでは!」
「…………………………………………そうだな!!」
◆
「ブルボン。確認だが、本当に天皇賞(秋)でいいんだな?」
「急にどうされましたかマスター」
ミーティング中、黒沼の突然の発言にミホノブルボンは目を丸くした。
「全距離の芝GⅠ制覇、私の新しい夢はマスターも同意していただいたはずです」
「ああ。だが中距離GⅠを十月の天皇賞(秋)にこだわる必要はない」
短距離や長距離のGⅠと違い、中距離のGⅠは比較的数が多い。
秋シーズンだけでも十一月にはエリザベス女王杯、十二月にはジャパンカップがある。年が明ければ三月に大阪杯、また夏になれば宝塚記念がある。
「ヴィクトリアマイルはゲート割れと出走取消があって滑り込めた。だがスプリンターズSに出るためにキーンランドC。そして今度は天皇賞(秋)に出るために毎日王冠だ。距離はバラバラで、かつレース間隔が短すぎる」
「承知の上です」
「疲労を抜き切るのも難しいうえ、スプリンターズSから天皇賞(秋)で800mの延長だ。負担も大きい」
「いいえ。ヴィクトリアマイルが1,600mでしたから、それと比べてスプリンターズSでマイナス400m、天皇賞(秋)でプラス400m。負担は半分です」
「サクラバクシンオーみたいな理屈はやめろ……」
目頭を揉む黒沼。天皇賞(秋)再考を言い出すにも、相当な苦悩があったのだろうとミホノブルボンは察した。
「心配されているのは、私の身体ですか?」
「……ああ。クラシック三冠を目指した時も相当無理をさせた」
「夢のためには必要なことでした。マスターの指導がなければ、私は一冠も取ることができなかったでしょう」
「それでもだ。もしまたお前がケガをしたらと思うと俺は……」
「ライスさんのトレーナーのようなことを言うのですね」
「あいつと同じにするな。俺は……あいつほど引きずってない」
「……データベースにヒット。五十歩百歩、です」
「言うようになったな」
契約したての頃はまさしく機械みたいなウマ娘だった。変わったのは、周りの友人たちの影響か。
「マスターの言う通り、中距離GⅠを獲るだけなら天皇賞(秋)に固執する必要はありません。しかし……」
「ライスシャワーか」
「はい。宣言したのは私の方が先ですが、彼女はそれに応えてくれました。そのために復帰を早め、自分の有利な距離を離れてまで私との再戦を選んでくれました。
その気持ちに、今度は私が応えたいのです」
黒沼はガシガシと頭をかく。もう何を言っても無駄だなと察した。
同時に、レースへの勝利以外にも欲を持つようになった担当の成長が、少し嬉しかった。
「分かった、もう何も言わん。ただし、出るからには勝つ。追切もきっちりやっていくから覚悟しろ」
「もとより覚悟の上です。マスター」
◆
「う~フクちゃん先輩、ドア開けてください~~」
「どうしましたかおマチさ――ぎょわあああどうしましたか! 大荷物じゃないですか」
「いや~天皇賞(秋)の特集を商店街の人たちが読んだみたいで。応援してるよって、たっくさん差し入れもらっちゃいました」
「ほわ~それでこんなに。おマチさんの人徳ですね!」
「そうなんですかね? 私みたいな普通のウマ娘を応援してくれるみんなの方が優しいと思うんですけど」
よいしょ、と部屋の一角に荷物を置くマチカネタンホイザ。
中身を見るとタオルやドリンク、プロテイン配合のお菓子もあった。
「凄い量ですね。これが天皇賞(秋)に出るほどのウマ娘の人気ですか」
「そんな~フクちゃん先輩だってGⅠ出てるじゃないですか」
「私なんてそんな! おマチさんと比べるなんておこがましい。ダービーだって惨敗でしたし……」
「でも菊花賞も出るんですよね。私も出たことあるのでなにかアドバイスできるかもしれません!」
「おお~おマチさんの菊花賞! 確か、ブルボンさんとライスさんも出ていて……」
「ライスさんが勝ちました。私は……三着。一度抜いたと思ったらブルボンさんに抜き返されちゃって……我ながら詰めが甘いですな」
「三着でも立派ですよ! ……ですが、その~辛くないですか? 何回走っても勝てないというのは……」
おずおず、とマチカネフクキタルが訊ねる。
マチカネタンホイザがトゥインクルシリーズを走り出して何年目か。多くの同期や走ったことのある友人は引退するか、ドリームトロフィーリーグへと移籍した。
自分より強かった同期や先達がいなくなったかと思えば、後の世代からまた傑物が現れる。
全く勝てないわけではないが、栄えあるGⅠを勝ったことは未だにない。
「う~んどうなんでしょ? 私って普通のウマ娘なので、家からの期待とかあったわけでもないですし。あんまりプレッシャーはないから、辛いとは思わなかったですね。
勝てないのも私に色々足りなかったからで、他の誰かのせいじゃないですし」
でも、と帽子を少し弄りながら、
「悔しいのは悔しいです。やっぱり走るからには勝ちたいですから。今度こそ!って思ってはいます」
「おマチさん……」
「あ、でも今度の天皇賞(秋)は本当に楽しみなんですよ? ブルボンさんとライスさんが戻ってきましたし、バクシンオーさんとはクラシック級のスプリングS以来です。なんか同窓会みたいですね!」
「そうですよね。おマチさんは、同期の皆さんの場を守って来たんです」
「え? ま、守る……?」
「そうですよ! おマチさんがいるから、走っているから、皆さんが同輩を思い出すんです! おマチさんが走る姿が、ブルボンさんやライスさんを皆さんの記憶に留めているんです!
だから、だから……今度こそ主役になってきてください!」
「フクちゃん先輩……!」
今さっき、一角に積んだ差し入れを見る。これもみな、同じ気持ちで渡してきたのだろうか。
脇役で終わらないで。今度こそ主役に。走り続けた時間が、無意味ではなかったと証明してほしいと。
胸の奥が、チリチリと熱くなる。
「今、ちょっとだけ勝ちたい理由、増えました」
この熱が勘違いでないのなら、今度こそを、絶対にしたい。
◆
スペシャルウィークは寮の自室で、同室の先輩の奇行を見ていた。
サイレンススズカが左回りに室内をぐるぐると歩く。手には雑誌。チラチラ見える表紙の文字を見るに、天皇賞(秋)の特集をしているようだ。
サイレンススズカの左回りは、何か考え事をしている時だ。こういう時は話しかけても声が届かないことを経験則として知っていた。
幸いにも、スペシャルウィークはすでにベッドに入っているためぶつかることはない。
(なにか迷ってるのかな……)
トレセン学園編入当初、初めてサイレンススズカと出会って見たその走りに見惚れたものだが、最近は調子が上がらないようだ。
悩みを赤裸々に打ち明けるタイプではない。だから、こちらが気づいて何かしてやれないかと思うが、自分では良案が浮かばなかった。
「……スぺちゃん」
「え? あ、はい何でしょうスズカさん!」
突然話しかけられ思わずベッドに上で正座してしまう。
いつの間にかサイレンススズカが停止していた。しかし視線は今も雑誌に向いたままだ。
「私ね、秋の天皇賞に出ようと思うの」
「え……やっぱりそうなんですか!」
「やっぱりって、私何か言ってたかしら?」
「いえスズカさんが見ている雑誌……」
「あ……そうね」
サイレンススズカはクラシック級だ。スランプからか結果は出せていないものの順当に進むのならクラシック路線の菊花賞か、ティアラ路線の秋華賞だろう。
そこから抜けて、シニア級が走る天皇賞(秋)。前例がないわけではないが、どちらかというと長距離が苦手だが中距離に自信のあるウマ娘が進む道だ。
しかし、
「正直ね。勝てるとは思ってないの」
「そ、そうなんですか……?」
「ええ。リギルからはエアグルーヴも出るし、私よりも経験のあるウマ娘がたくさん出走する。今の私がどこまで通用するか……そもそもトレーナーさんも許してくれるか」
サイレンススズカの言は意外なものだった。実力不足を自覚したうえでの出走は、指導するトレーナーとしても許可し難いものだろう。
「でもね、このレースなら見つかると思うの。今の私に足りないもの。勝つために何をすべきかを」
雑誌を掴む手が降りる。僅かに見えたページには、ミホノブルボンの写真があった。
不利と言われる逃げでGⅠを五勝した傑物。努力で適性という通説を塗り替えた坂路の申し子。
彼女と走れば、何かが変わる気がした。
「わたし、応援しますね!」
「ふふ、ありがとうスぺちゃん」
誰にも真意を告げぬまま、栗毛の逃亡者が静かに覚悟を決めていた。
◆
月に照らされたターフの上を、小柄な影が駆けていく。
余分を削り、磨き上げる。
足が進むたび、無駄な肉が削げ落ち、空いた穴を筋肉で埋めていく。小さな身体に必要なものだけを積み上げていく。
ただ勝つためだけに鍛え上げるその身体は刃のように鋭く、美しく、そして儚い。獲物を切り捨てたと同時に折れてしまうような、それで使命を全うし消えてしまうような危うさがあった。
「ライス」
「お兄さま」
声をかけると、少女がスピードを緩め、私の前で足を止めた。滾る炎鬼の気配が鳴りを潜め、花のような可憐さが表に出る。
「そろそろ門限だ。今日はこれくらいにしよう」
「そっか。もうそんな時間なんだね……」
「脚の様子見るよ」
一言言ってから触る。
ふくらはぎ、トモ、足首。腫れてないか、熱を持っていないか、歪みがないかを丹念に確認する。
これをあの時、もっと入念にしていれば……。
「お兄さま、ライスは大丈夫だよ」
どちらの意味だろうか。どちらの意味でも、私の不安は消えない。
「そうだな。でも最近は追い込み過ぎだ。明日の自主トレは軽めにしてほしい」
「大丈夫なのに……。目黒記念やオールカマーの前だってこれくらいやってたよ?」
「一緒に走ったウマ娘には申し訳ないけど、GⅡとGⅠは違う」
ランクの差は一つ、されど大きな差だ。周りの期待も、かかる重圧も桁が違う。
その重さがライスの脚を砕いた。
復帰は早計だったか。もう少し時間をかけるべきだったか。
もはやどうしようもない後悔が私の中で渦巻いていく。
「大丈夫だよ」
胸の内を見透かすようにライスがまた言った。しゃがんでいた私の頭をくしゃりと撫でる。
「ライス、ちゃんと勝って帰ってくるから」
「……無事に帰って来て欲しい」
例え勝てなくても……その一言だけは飲み込む。
それだけは言ってはいけない。それはライスの、いやレースに打ち込む全てのウマ娘への侮辱だ。
「勝つよ。勝てばグラスさんとエルさんの自信に繋がると思うし、マルカブに入りたいって子が来てくれるかも」
「別にチームのことは気にしなくてもいいんだよ……」
「気にします。メンバーが足りないとまた条件付けられるんだよ?」
「まだ何も言われてないよ?」
「そのうち言われるってことだよ」
ぺちり、と尻尾で軽く叩かれた。
全く、ライスには気を遣われてばかりだ。我がことながら情けない。
「チームのこと、私のこと、ライスには色々背負わせてしまってるな。」
「いいよ。ライス力持ちだもん。お兄さまの背負ってるもの、一緒に背負いたい」
「ライス……」
「でも悪いって思うなら、スカウトは真面目にして」
「あ、はい」
間の抜けた返事をしたらまた叩かれた。ライスの顔には慈愛の笑み。
昔は弱気なライスを私が励ましていたが、今は逆にライスに励まされることが多い。
いや、ライスが身も心も強くなったのだ。それはとても良いことだ。
ならば、私だけが弱くなることは許されない。
「勝とう。ライス」
「うん。二人で。みんなで。頑張るぞー……」
「「おー!!」」
そして十月。
『外からメジロドーベル! 外からメジロドーベル!! メジロドーベルが差し切ってゴール!!!
ティアラ路線最後の一冠、秋華賞を勝ったのはメジロドーベル!! 名門メジロの姫が、オークスに続きダブルティアラを戴冠だ!!』
『マチカネだ! マチカネが来た!! 待ちかねたぞフクキタル!!!
中団からバ群を割って上がってくる! 凄まじい末脚! 秋の京都に福が来た!!
クラシック最後の一戦、菊花賞を勝ったのはマ チ カ ネ フ ク キ タ ル!!!』
それぞれの想いを胸に、天皇賞(秋)が始まる。
補足
史実では、当時スプリンターズSは冬開催だったそうなので、
タイキシャトルの本来初GⅠはマイルCSになります。
アプリに合わせたため、史実とは順番が逆転してます。
また、ライスの復帰後重賞二勝目については以下の通り。
参考タイム netkeiba.com様より
オールカマー
1993 ライスシャワー 2:13.6
1997 メジロドーベル 2:16.6
全レース参考にするわけではありませんが、少なくとも今回は参考にしました。