私は片思い専門家だぞ? 馬鹿にするな!   作:イーベル

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「では早速事情聴取から始めようか。皇君、君の知っていることについて話して貰えるかな?」

「知っていること? 片桐さん、さっきも言ったけれど僕が彼について知っていることはもうこれ以上ないんだけど……」

 

 不思議そうに首を傾げた皇に、華恋は「違うよ」と手を左右に振る。

 

「これから聞くのは君自身のことについてさ」

「僕自身のこと? そんなこと調べて意味があるのかな」

「あるに決まってるじゃないか。殺人事件だって死体を調べるところからスタートするだろう? 今回は幸いにも皇君は生きているし、君の置かれた状況から手がかりを見つけることができるかもしれない」

 

 華恋は人差し指を立てて、教壇に立つ教師のようにレクチャーする。

 今回の捜索対象に関して分かっていることはほとんど無い。皇の発言からは男であることぐらいで、絞り込むにしても対象が多すぎる。

 そうなると周辺情報で穴埋めをするしかない。華恋のアプローチは妥当なものだろう。

 

「昨日、皇君がプールで溺れたのは分かった。でも部活中のことだったら、顧問の先生や他の部員が助けただろう? そうなると溺れたのは部活の前か、後になるわけだ。これはどっちだい?」

「後だね。部活が終わった後に他の部員より早く着替え終えて……プールに戻ったんだ。忘れ物の確認と更衣室の戸締りは部長の仕事だからね」

「ん? 自主練をしていて溺れた……とかじゃないのか?」

 

 俺は疑問に思って口を挟んだ。戸締りと忘れ物の確認をしている途中、つまり皇はプールサイドにいたはずだ。それなのにどうやって溺れるというのだろう。

 

「部活が終わったのが午後六時で、校舎が締まる少し前の時間帯だった。だからあれ以上は自主練もできない。それにあの時僕はもう制服に着替えていた」

「だったら尚更プールに入る理由がないぞ。どうしてそこから溺れることになるんだよ」

「それは忘れ物を見つけたからだね。プールのすぐ横にゴーグルが落ちてたんだ。そばに行って拾おうとしたら滑ってしまって……」

「それで、プールに投げ出されることになった訳か」

 

 俺の言葉に皇が頷く。

 

「プールの底に頭を打って、溺れかけた所を同じくプールに飛び込んできた“彼”に助けて貰った。そのあとは意識が途切れて……次に目が覚めたのは救急車の中だったね。顧問の浅井先生が偉く安心した表情が印象的だったよ」

「ふむ……確か水泳部の浅井先生は女性だったね。彼女が助けて自分で通報したという線は無いよね。脱いだら分厚い胸板に腹筋バキバキだったら話は変わるけど」

「いや、それはない。浅井先生はそれは見事なバストの持ち主でね。僕はほぼ毎日部活中に拝んでいるから間違えないはずさ」

 

 華恋の問いに皇はどや顔でそう答えた。女性同士とは言え他人のバストを判断する正確性で誇らしくするな。

 でも、まあ……確かに浅井先生のナイスバディは男子生徒の間でも話題になるぐらい素晴らしい。毎年水泳部の活動シーズンには覗きに行く奴が絶えないぐらいだ。そんな彼女を男性と間違えることはまずないだろう。

 

「……話が逸れたね。浅井先生は倒れていた僕を見つけて、救急隊員とともに救急車に乗り込んだ。でも駆け付けた時にはプールサイドには他に誰もいなかったらしい」

「ふむ。つまり、探している“彼”はプールに飛び込んで助けた癖に先生を呼びつけて、そのあとは知らん振りをした……と。やっぱり関わらない方が良いんじゃないかな」

「そ、そんなことを言わないでくれよ。僕の恩人なんだから良い人に決まってる!」

 

 皇は断固としてそう主張する。けれど僕も華恋の意見に同意していた。“彼”は助けた癖に救急車を呼ばれる程度に危険な状態の皇を放って逃げた。行動に一貫性が無さ過ぎる。助けたいのか殺したいのかどっちなんだろうか。目的はそもそも別にあるのか……?

 俺が考え込んでいると華恋が咳払いをして注目を集めた。

 

「とりあえず情報を整理してみようか」

 

 華恋はこの教室にある黒板に向かって歩き出し、チョークを手に取った。

 

「一つ、“彼”は事故の直後ずぶ濡れだった。皇君を助けるために飛び込んだから当然だ。それに、昨日は晴れていたから目撃されていたなら、さぞ目立っただろうね」

 

 華恋はカツカツと慣れた手つきで黒板に文字を刻む。一行書いてその下に「2」と続けた。

 

「二つ、“彼”は何かしらの部活をしている可能性が高い」

「片桐さん、僕はそんなこと言っていないけれど」

「ああ、言ってないよ。あくまでこれは僕の推測に過ぎない」

 

「いいかい?」と華恋は前置きをしてさらに下の行に『→事故』と書いた。

 

「今回の一連の出来事は事故だ。仕組まれた出来事じゃない。プールサイドに滑りやすい薬品が散布されていたわけでもないし、後ろから皇さんが背中を押された訳でもない。そうだね?」

「うん。それは僕も断言できる。滑る薬剤なんて床にまかれていたら部活にならないからね」

「つまり偶然を察知できる魔法でもない限り、“彼”が意図的に現場に居たとは考えられない。たまたまその場に居合わせたんだ」

 

 華恋はそう結論付けて、黒板に『事故≠帰宅部』と追記する。突拍子の無さに俺はブレーキをかけた。

 

「待てよ、華恋。たまたまなのはいいけど、それが何で部活をしていることになるんだ?」

「察しが悪いなぁ、玲二は。いいかい? 事故が起きた時間は校門が締まるギリギリ。部活をやっていない生徒がそんな時間まで残っていることはほぼ無いだろ?」

「ああ、なるほど」

 

 それはそうだ。生徒は基本的に遊びに行くなら最寄り駅周辺まで出かけるし、補修にしては時期が早い。この高校では基本的には期末テストの結果が悪くないと呼び出されないからだ。

 後は何かしらの問題行動を起こして呼び出された場合だが……ガラスを割ったとか、先生を殴っただとか、そんな目立った話を聞いた覚えもない。

 そうなると部活をしていたというのが妥当だろう。

 

「つまり、“彼”は部活をしていて、昨日の帰り際にずぶ濡れだった人物か。凄いね、片桐さん。僕には見当がつかなかったのに急に具体性が出てきたように思える」

「まあ、あくまで予測の話さ。帰宅部の可能性だってゼロじゃない。でも基本方針は決まったね」

 

 華恋はチョークを白からピンクに持ち替えると「部活をしていて、昨日ずぶ濡れだった人を探す!!」と大きな字で書き込んだ。勢いそのままに「このまま聞き込みに行こう!」と言うかと思ったけれど、華恋の表情はまだ何か考え事をしているように見えた。

 

「……華恋? どうかしたのか?」

「ああ、すまない……まだ気になることもあってね」

「気になること?」

「ねぇ玲二。もしこの学校のプールで人が溺れていて、助けに行くとしたらどうする?」

 

 華恋が俺を指差したので、間髪入れずに答える。

 

「当然、入り口から走って入るだろ」

「うん、正攻法だね。でも玲二も知っていると思うけれど、この学校のプールは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。更衣室も一つしかないからうちの学校は男女別日だっただろう?」

「……それがどうかしたか?」

「どうかするよ。ねぇ、皇君。さっき言っていたけれど、君は更衣室の戸締りを任されているんだよね?」

「ああ。そうだよ。部活の後、毎回私が更衣室の鍵を閉めて、職員室に返しに行くんだ」

「昨日は忘れ物を確認中にプールに落ちた。つまり、戸締りはまだだったんだよね?」

「その通りだよ」

 

 二つの問いによって俺もようやく、華恋の思考に追いついた。

 

「つまり、入り口からだと着替え中の水泳部員と鉢合わせするってことか。そうなったら大騒ぎだな」

「ああ、そうだったら皇君を助ける前にお縄についてる」

「じゃあどうやってそいつはプールまで向かったんだ? 確かうちのプールは金網で囲ってあって、一番上には有刺鉄線が貼ってあった、はず……」

 

 俺は口に出しながらプールの周辺地理を思い出した。二十五メートルプール。それを囲う金網と有刺鉄線。入り口は一つ、更衣室を通るルートだけ。それも着替え中の水泳部の監視付きだ。つまり──

 

「……皇が溺れた直後、あのプールは疑似的な密室だったってことになるのか?」

「その通り。空でも飛べない限りは無理だね。でも、皇君は助かっているわけだし。飛べたかもしれない。皇君、プールに羽とか浮いてなかったかな?」

「そんな人間居るわけないだろ。ドあほう」

 

 天狗かなんかじゃねぇんだぞ。

 でも、実現している以上完全な密室ではないはずだ。一見密室に見える場所だが侵入できる何かがある。それはきっと、皇が探している男に結び付くに違いない。

 

「いずれにせよ、断言はできない。方法が分かっても手がかりにはならないかもしれないし、何よりも私たちは現場を見ていない。だからこの話は頭の片隅にでも留めてくれればいい」

 

「さて」と華恋がチョークを置いてパンパンと手についた粉を払って、俺たちを見た。

 

「というわけで、やることは二つだ。聞き込みと現場検証だね」

「そうだな。聞き込みは各自でやるとして……現場検証はどうする? いきなり俺たちが行っても入れて貰えるのか?」

「そこは僕に任せてよ。今日は男子が使っているけれど、僕が言えば入れてくれると思う」

「それは助かるね。では早速出向こうか」

 

 俺たちは廊下に向かって歩く華恋の後を追った。最後に部室を出た俺は引き戸を閉めて、彼女らの背中を見つつ考える。情報の共有と推察をしても尚、引っかかることがあったからだ。

 

 それは“彼”が逃げた理由だ。現状持っている情報だけでは答えは出せない。でも、俺はその理由こそ重要なのではないかと思う。

“彼”の行動は正義感と無責任さがぐちゃぐちゃに同居している。それはまるで二人の人間が無理やりくっつけられたかのように不自然だ。見逃してはしけない何かがそこにはある気がした。

 

 まあ、結局の所どこまでいっても感覚的な話だ。現状議論できるだけの情報が無いから華恋だってほとんどこの件に触れていないのだし……。たぶんこの不快感は調査をすることでしか解消されないのだろう。

 俺はそう結論付けて、部室棟の階段を下った。

 

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