ニビシティに行くとしても海を渡らず、洞窟を可能の限り避けるとなるとセキチクシティからではシオンタウン、ヤマブキシティ、ハナダシティ、という順で回らなければならない。
現在セキチクシティからシオンタウンに向かって15番道路から12番道路を経由しなければならない。
「腹減ったらすぐに言えよ」
『ブイ』
俺が自転車に乗る時のイーブイのポジションとなっている首元。
戦闘後だと言うのに元気そのもの。その元気をオラに分けてくれ。
(せめて今日中にはシオンタウンに着いておきたい)
ペダルを踏み込み、加速する低燃費自転車。
普通に進むだけなら段差はあるものの障害物がほとんどない15道路を一直線に進む。
『ブイブイ!』
何も無く平然も自転車を漕いでいると突然イーブイが左側を向いて鳴き始めたことで俺も見てみるとあら不思議。
鼻息を荒くして右前脚で地面を抉るように発進する準備を行っている野生のケンタロスと視線がかち合った。
「……イーブイ、まさか」
『ブモォー!』
「え、待って。止まって、お願い止まって……!」
こちらに敵意丸出しで猛突進してくるケンタロス。
その目は酷く血走っていて憎き敵を追いかけるかのように突っ走ってくる。
俺はポケモンの足の速さに勝てるほど自転車を高速で漕げるわけじゃない。
「イーブイ、お前だけでも先に逃げ──」
いや、もう逃げてたわ。俺置いて真っ先に逃げてたわ。ああ、ほら。あいつの背中が遠い。いつの間に服の中から出てたの、君。一応主人の俺を置いて一目散に逃げる奴だったのか。
って、おい。なに置物ふりしてんの? そんなんで誤魔化せる訳がないだろ。
「え、嘘。うそうそ、やめてお願い」
自転車で逃げるが距離は当然縮んでいく。
買ってもらったばかりの自転車を酷使してイーブイが逃げた先へと向かうと俺の頭目掛けてたいあたりしてくるが、何とか避けた。
避けたがそれを見越した上で服に爪たててしがみついてきたイーブイ。お前は味方なのか敵なのかどっちだ。超痛いんですけど。
『ブモォー!』
「ひえっ」
そんなやり取りを繰り返していたらもう目と鼻の先にケンタロスが迫ってきていた。
もし、このまま俺が逃げきれたなら勝ちなのだが。俺が通るということは雪ノ下達もこの道を通ることは間違いない。
「……イーブイ、降りてすなかけ」
自転車を止めるとイーブイは指示通りに地面を蹴って砂を飛ばして目に直撃させると運良く軌道がそれて俺達を素通りしていく。
「草むらから飛び出でまで追いかける理由があったのかねぇ……」
気を取り直して再び、とっしん、を繰り出して攻撃してこようとしているケンタロス。その時イーブイに「あなをほる」と指示を出しておく。
『ブモッ!?』
猛突進してきていたケンタロスは穴に落ちてじたばたと暴れるが抜け出せなかったことで諦めが着いたかのように落ち着きを取り戻しつつあった。
「……」
思うことがないと言えば嘘になる。もしこのまま興奮しているケンタロスがなにか理由があるのだとすればそれを解決しておくべきなのだろう。
「イーブイ、ケンタロスに何があったか聞ける?」
『ブイ』
俺の言葉を理解できているのか、イーブイは穴にハマったままのケンタロスに喋りかけて交渉を開始。
そうしていたらひと段落着いた様子で自転車の籠に入れてある俺のスクールバックを、てしてし、と踏むためを中にあるものを手当り次第取り出すと六つあるうちの何も入ってない一つのモンスターボールを転がしたあとに、ぽふっ、とキズぐすりを踏みつけた。
「抜け出させるために捕まえて、ケンタロスに案内させてキズぐすりを使えってこと?」
『ブーイ!』
正解、そう言うかのように頷くイーブイ。
それならば行動は急いでおいた方がいいと思って一度モンスターボールに入れるが、捕まることなく平坦な地面の上に飛び出して四本の手足で立ち、こっちだと言わんばかりに体を翻す。
『ブイブイ!』
着いてこい、そう指示するイーブイについて行く形でスクールバックから取り出したものを全て戻して自転車を手で押してケンタロスとイーブイが使う草むらに着いていくとそこには。
『ブモォー……』
誰かのイタズラに配置された足に金具が食い込む形の仕掛けが施されているものに捕まってしまっていた野生のケンタロスが弱々しい雰囲気を醸し出してへたり込んでいた。
「これは酷い」
素人目でも分かる仕組みからしていい大人のイタズラに違いない。ポケモンの力ではただただ悪化するだけの代物だからさらに悪質だった。
仲間がこんな状況に陥ってたなら血走るのも無理はない。ただ、俺を置いて真っ先に逃げたイーブイは許さない。
「今あるもので手当するから待ってろよ。あと、我慢してね」
罠は取り外し、怪我しているケンタロスの後ろ足に持ち前の五個あったキズぐすりを満遍なくかけて経過を見守ると血の流出は止まり、立つことは難なくできるほどには回復をして言ってくれた。
『ブモォ』
「はは……あの、ちょ。痛い痛い」
手当したことによる感謝の気持ちを頭突きで表現してくれているのは分かるが、ドスドス、と体にとてつもない衝撃が襲ってきて超痛い。
(てか……)
空を見ると日が沈みかけていて夕方頃。
太陽は既に見えず、もうしばらくするだけでも夜になることが把握できる。
それに罠の配置がここだけじゃなかったことで俺とイーブイがやることはもう決まったようだった。
「少し大人しくしてろ。今他のやつも外してくるから」
土に埋め込まれている形のものだったため、俺とイーブイは手分けして罠を掘り起こし、15番道路の草むらの中をくまなく探して全てを取り終えたところで俺達は一息つく。
『ブモォー……』
「いいんだよ。気にしなくて」
襲ってきたであろうケンタロスは謝罪を込めて頭を擦り付けて来る為に俺は汚れた手でそっと撫で続けていたら。
「……あら、驚いた。変な声がするからって由比ヶ浜さん達と来てみたら……ポケモンには優しい比企谷くんだったなんてね」
もう既に暗くなってしまったことで野宿の準備をしていたであろう雪ノ下一行が声を怪しみ、薄汚れた俺達を見つけるまでに発展したようだった。
「なんだ、ヒッキーだったんだ。オバケとかだったらどうしようかと思ったよ」
「先輩は一足先に向かってたのでもう別の街に着いてると思ってましたよ」
俺とイーブイの周りには配置されていた罠が壊れて散らばっていることと、俺の服と手先、イーブイの綺麗な銀色の毛が土で汚れていることから三人は口を閉ざして目を見開いた。
「……先輩ってなんでポケモンにはそんな優しいんですか。なんで人の目のつかないところでポイント稼いでるんですか。やっぱりそういう人なんですか」
「ヒッキーってポケモンには凄く優しいね」
褒められているはずなのに責められているようにしか感じない言葉を受けていると「比企谷くん」と名前を呼んできた。
「……私たちは……その、このまま野宿することにしたのだけれど。一緒にどうかしら。そこのケンタロスのお連れもまだ万全じゃないようだから……」
「いいのか。ならありがたく……」
俺たちはもうヘトヘトだ。
手も汚れて服も汚れた。こんな酷いことをする奴らは想像つくが純粋に旅を楽しんでる雪ノ下達に教える必要はないから聞かれても知らないで通しておこ。じゃないと後がめんどくさそうだし。特に雪ノ下とか。
「ゆきのんがね、ご飯作ってくれるんだって! ヒッキーも一緒に食べよ!」
「三人分しか段取りをしてないものだから今から量を増やすわね」
「なら私は先輩の手とかの汚れを落としますかねー。ついでにイーブイちゃ──」
一色がここぞとばかりに珍しいとされる色違いのイーブイを触ろうとすると容赦なく弾かれて拒絶された。
「……先輩のイーブイ、可愛いのに可愛くないです」
「……それは悪い」
一色とのバトルで戦闘不能になっていたブースターは元気にひのこを放って薪を燃やして火を起こす。
持参してきているであろう鍋を由比ヶ浜が配置する。これで本日の由比ヶ浜の仕事は終了を迎えた。雪ノ下あたりに料理に手を出しちゃダメって言われてるんだろうな。
そして雪ノ下は食材のカットなどを再開する形で集中し、一色は石鹸を持ち出し、そしてシャワーズが水を放って桶にためてから泡立たせて俺の手を綺麗に洗い流してくれている。
一色のサンダースは飼い主に似て上手くサボってる。
「イーブイは俺が洗うことにする」
「そうしてください」
ポケモン用のクシを渡してきてくれた一色から受け取り、桶にためた水の中にイーブイを入れて汚れを落として行くと気持ちよさそうに鳴き声をあげるため、一色は少し悔しそうに「ふーん。そうですか」と笑みを作った。怖い。
「それにしても酷いことをする人もいるもんですね」
野宿する俺に合わせて二匹のケンタロスは腰を下ろして尻尾を優雅に揺らす。
その間に一色が包帯を取り出して怪我をしているケンタロスの足に巻き付けて固定した。
「これでよしっ。もう大丈夫ですよ〜」
手当てが終わると由比ヶ浜がきのみを持ち出してケンタロスの口元に近づけていくが食べては貰えず。
由比ヶ浜はこちらを見てくる始末。こっち見ないで。なんかいたたまれないから!
「……ヒッキー、はい」
渋々と俺にそのきのみを差し出して交代して欲しそうな眼差しを向けてくる。
「俺が出しても食べないと思……」
二匹のケンタロスはそれぞれ左右に持って差し出したきのみを一口で咀嚼して口の中で種ごと砕く音が聞こえてきた。
「ポケモンには懐かれてよかったですね、せんぱいっ」
「いろはちゃん……」
その言葉の中に人には懐かれないのに、可哀想ですねって言葉が隠されてる気がしてならないんだが。あと同情はやめて。
『『ブモォ……』』
二匹のケンタロスは安心したかのように自身達の体をくっつかせて眠りにつき始め、その頃合には雪ノ下が鍋へと食材を投入し、掻き混ぜていく。
「調味料などは旅の邪魔になってしまうからきのみの素の味だけになってしまうのだけど、我慢してね」
「旅先で雪ノ下の料理が食えるってだけで金払っていいレベル」
「あら。褒めても何もでないわよ」
日常的会話をしつつ、雪ノ下達が15番道路で立ち止まった理由が気になり聞くことにしたのだが。
「……ないじゃない」
「え?」
「しかた、ないじゃない」
絞り出すように雪ノ下が理由を言おうとしているのだが。
すかさず由比ヶ浜が空気を読んでコソコソっと教えてくれた。
「……ほら、ゆきのん体力ないから。目標はもう一個先の道路に行ったら野宿するつもりだったの」
「あー……」
確かに仕方のないことだったわ。
「……明日、手で押して自転車を動かすからの荷台に乗って進む?」
「そうして貰えると助かるのだけど。比企谷くんはいいの?」
「急ぐ理由ないしな。俺は別に」
この旅だって目的があるわけじゃない。
ただ仕事をしたくないから旅に出ることにしただけだしな。
「あ、それじゃあ明日中にはシオンタウンに着きそうですねー。まぁ、何も無ければですけど」
一色さん? なんで俺を見ているの? 俺がそばにいると何か厄介事が降り掛かってくると思ってるの?
「あー……ヒッキー、ポケモンの厄介事に会いそうだもんね」
「ですです。学生時代だって厄介事の連続みたいなものだったじゃないですか」
「そこの男はポケモンには特別優しいものね。ありえなくはない話ね」
ふふ、と笑う雪ノ下に、あははっ、と由比ヶ浜も笑っていて。一色だけは不気味に微笑んでいるだけだから尚更怖い。
「うん、まぁ。なに。イーブイ、体拭くぞー」
「露骨に誤魔化した!」
何事もないことを願って。俺は一色から借りたバスタオルで濡れたイーブイの銀色の毛を拭き取っていく。
(……嫌でも目立つからなぁ、こいつ。あの集団に遭遇しなければいいけど)
イーブイとの出会う理由となった出来事を思い返しつつ、配膳を行い始めた雪ノ下からの「できたわ」という言葉を聞きいてイーブイと一緒に食卓に座った。
「いただきます」
『ブイッ』
あ、おい。丁度良さげに煮込まれたきのみを俺の皿から盗みとるんじゃありません。