懐かしいトラウマが霊夢を襲う。
集団心理とは恐ろしいものだ。無理矢理に具現化された偶像と空想を盲信し、それらは刃となり異端者のレッテルが貼られた者を容赦無く切り裂く。人間を軽蔑する妖怪も、妖怪を軽蔑する人間も、本質的には何ら変わりはない。言わば同じ穴のムジナだ。
ー妖怪の山 天魔の御所 天魔の御前ー
天魔は酷く頭を抱えた。最早、御前会議どころでは無かった。長い間天狗達の総代を務めてきた彼女でさえ心底狼狽えるとんでもない厄介事を起こしてしまったからだ。
鴉天狗の最上位階級に位置する『特別級』にわずか18の歳で上り詰めた、檳榔、濡羽、相済。彼女らが霊夢を半ば拷問のように酷く痛めつけて持ってきたのだ。更にはことの重大さがわからぬ様で虫の息の霊夢をせせら笑っている。
「別に博麗の巫女がなんだと言うのですか。こんな奴に何故頼るのです?」
檳榔の言葉に同調する様に濡羽も頷く。
「この様な我らの不意打ちにも対応出来ぬような腑抜けなど役に立つはずが御座いません。」
この御前で周りに集う天狗も同調の声を上げ、彼女らを称賛する声一色になってしまった。差別と嘲りをかき混ぜた醜い盲信に満ちた空間は、最早天魔ですらも太刀打ち出来ない姿無き怪物と化してしまった。
相済が霊夢にトドメと言わんばかりの蹴りを入れようとした刹那、御前の扉が勢いよく音を立ててあらぬ方向にひん曲がり開く。
「だああ!魔理沙さん!それ引き戸だって!なぁんで蹴破っちゃうんですか!」
「んなこと知るか!蹴破る前に言えよ!」
考えうる最悪な展開がやってきた。盛大に扉を破壊して入って来たのは霧雨魔理沙だ。隣には守矢神社の巫女である東風谷早苗もいる。
「おーい天魔ぁ!来てやったぞこんちくしょう!」
ーまずい!非常にまずい!東風谷早苗はまぁ置いておこう。だとしてもだ、霧雨魔理沙は今代の霊夢の保護者的な立ち位置で非常に可愛がっていると聞く。更には人間だった時でさえおっそろしい高火力の魔法を躊躇なくぶっ放して来たのに今はただの魔法使いだぞ!怒らせたら非常にまずい!
ここで天魔は重大な事に気がつく。
ーあれ?でも待てよ?もう見られちゃまずい惨状があります。もう本人目の前です。周りは隠そうともしません。ー
天魔の頭脳が音速をも超えるような速さで今ある情報を全て処理する。その結果、一つの結論に至った。
これ、詰んでね?
ズカズカとあいも変わらず礼儀知らずに御前に足を踏み入れる魔理沙。天魔は何かの間違いで彼女の視界が極端に狭くなっている事を願っていたが、ど真ん中に倒れている霊夢を見逃すはずも無かった。
「おい…霊夢なのか…?」
血を流し、まるでぼろ雑巾かのように倒れており踏みつけられているのが霊夢だと気付いた魔理沙は星形弾を檳榔、濡羽、相済にありったけ放つ。三人は鴉天狗である。速さが売りの連中とだけあり、魔理沙の弾程度避けることは造作も無い。
「おい、天魔。私を呼び出したのはこんな悪趣味を見せびらかせるためか?」
ーっざけんじゃねえ!私だって博麗の巫女をこんなにするつもりなんざ微塵もねえよ!コイツらだよ!この三馬鹿トリオが見事にやってくれちまったんだよぉ!ー
なんとかポーカーフェイスで威厳を保っている天魔を他所に置き、檳榔が口を開く。
「なぁに、我らに協力するほどの価値があるかちょいと試しただけだ。そうしたらこのザマさぁ。」
「ほぉー。私達異変解決者に泣きついといてまだそれか。あいも変わらず下らんプライドだ。」
「泣きついた?協力させてやっているのに酷い言い草だな。お前もこの巫女みたいにしてやってもいいのだぞ?」
三人が一斉に短刀を抜き構え、その刃を魔理沙に向ける。
「お前らが話の通じない屑だというのがよぉーくわかった。」
魔理沙がいよいよ八卦炉を構える。
「うちの可愛い霊夢をこんなにしやがって…生きてここから出られると思うなよ?ぶち殺すぞ小鴉共!」
「やめろ、お前ら!」 「魔理沙さん!」
双方、制止の声も聞く耳を持たず鋭い殺気を放つ。一触即発の張り詰めた雰囲気に周りの天狗も黙りこくり、言葉にならない重い重圧だけがこの空間を漂う。
「はあぁぁい!天魔様ァ!治療室ゥ!簡易的ですが準備ができましタァ!」
この空気を切り裂き、間に入って来たのは犬走椛であった。張り詰めた空間に足を踏み入れるのには相当な勇気が必要であったのだろう。言葉は単語しかまともに喋れていない事に加え、彼女の顔からは冷や汗が滝のように流れていた。
「うむ、直ぐに博麗の巫女を運べ。魔理沙、今回は部下の行き過ぎた真似については私から謝罪させて欲しい。(ナァァイス椛!よくやった!後で5000回もふってやらぁ!)」
「そ、そぉですよ魔理沙さん!それに今は霊夢ちゃんの治療が最優先です!」
「…。そのようだぁ。」
早苗の説得により、魔理沙は構えていた八卦炉を下ろし、彼女らと御前を後にする。そこには静けさと殺気だけが残っていた。