風になびかれていた向日葵達が酷く怯えているような気がした。葉と葉が擦れる音は、まるで忠告のようで妙な胸騒ぎがする。この太陽の畑では少し珍しいかもしれない。
「どうしたの?幽香。」
メディスン・メランコリーがきょとんとした顔で私を見つめていた。彼女がその手に揺らす鈴蘭の花でさえ、その魂を閉ざしつつある。
「あら?私また怖い顔していた?」
彼女は自分の眉間に指を添え、しわを作って見せた。
「そうそう、眉間にしわをこうやって…。冗談だって。」
「へぇー、私はいいけどこの向日葵畑は許してくれるかしら?日が落ちたら暗いわよ?」
「ご勘弁!」
風がぴたりと止んだ。でも、私に刃を向ける胸騒ぎは次第に大きなものとなる。
「ねぇ、あれ…幽香にすっごい似てる人がいる。」
メディスンが前方を指差す。その一言で私は立ち止まってしまった。繋いでいたメディスンの手をぐいと引っ張った。
「あら、そんなに警戒しなくてもいいのよ?」
まるで非現実的な夢を見ているようだ。薄い紅色の日傘がその顔に影を落とす。しかし、はっきりと腰まで伸びた深い緑の髪に私と同じ様なチェック柄のドレスを纏っている事が分かる。
「やぁ、私。元気にしていた?いい結界の中じゃない、ここ。気に入っちゃったわ。」
風もないのに向日葵達がざわついている。『彼女』に気を付けてと。旧き楽園に囚われた彼女が幻想郷に在ってはならないのだ。
「幽香…!」
「顔が怖いわよ。貴女にアドバイスをしに来ただけなのに。同じ『自分』でしょう?」
日傘がずれ、差し込む光によってその顔が露わとなる。幽香は相も変わらず、何を考えているかわからない呆けた笑みを浮かべていた。
「アドバイスって?」
メディスンのかわいらしい声に幽香は口を歪ませた。
「おやおやかわいいわねー♡旧き楽園の住民が大異変の準備をしてるから教えに来たのよー」
「今でも花がみんなをおかしくしてるのに?」
「そうなのよー。ほんと酷い人たちよねー?」
幽香がメディスンを撫でようと手を伸ばしていたので私はメディスンを抱き上げ、目線で牽制した。
「でも、完全に機能は止まって…」
「いなかったのよ。時は歪に刻まれてね。でも、もう時は進まなくなった。そして正史であるこの幻想郷が予定通り問題なく進み続ける。となれば、あとは世界は緩やかに消え失せるのみ。」
その先に発せられるであろう言葉は、とても嫌な予感がした。
「言ってしまえば、大戦争ね。幻想郷を乗っ取る。自分たちはまだ消え失せたくないって。」
どんぴしゃり。
「じゃあこの異変も旧き楽園の住民が仕掛けたことなの?」
「違う。むしろこっちの人間や妖怪が幻想郷へ攻め込むための兵器開発の魔力調達の為に、この異変を真似ているわ。」
「もう向こうは私たちを完全に認識できているってこと?」
「そうよ。そして、その計画に私の従者が巻き込まれた。」
幽香の言葉には只ならぬ怒気が帯びていた。
「くるみとエリーが!?」
私の言葉に彼女は静かにうなずいた。
「何故私に伝えてくれたの?」
「あてつけよ。従者をあんなにされて黙っていられるものですか。」
彼女はくるりと後ろを向き歩いてゆく。
「じゃぁね。私帰るわ。」
「帰るって…」
「大丈夫すぐ戻ってくる。それまでその可愛い子を守ってあげなさいな。『風見』幽香。」
綺麗だったはずの山吹色の夕焼けは、少し不気味に彼女の背中を照らしていた。