五月麟は霊夢の魔法の脈に溶け込んで存在していた。魔理沙はそう仮説を立てた。
「魔理沙さん、五月麟をどうやって引きずり出すんですか?」
霊夢の問いに魔理沙は自信満々と言わんばかりの顔をした。
「まぁ、安心しな。ちゃぁんと手立てはある。いわゆる秘策ってやつだ。」
霊夢はその『秘策』とやらを言わない魔理沙を怪訝な表情で見つめる。しかし、魔理沙の中で麟がすぐ近くに潜んでいるという仮説が立った以上、下手に口を滑らせることは出来ない。
そして何より、秘策なんてものはハナから存在しないのだ。
口先八丁でモノを言い、それを後からナントカ辻褄を合わせる。彼女が人間時代から最も得意といっても過言ではないことだ。
「秘策とか言って、いつものように何にも考えてないなんてことありませんよね?」
バレていた。思ったよりもあっさりとバレていた。だが魔理沙は動じない。こういうときの対処法は熟知しているからだ。
「霊夢、いつも言ってんだろう?急ぎすぎると足元すくわれるって。」
まず初めに相手の目を少し睨みつけるくらい真っ直ぐな視線を送り、適当な事を言う。この時相手がギリギリ納得いきそうなワードチョイスをする事が肝心である。
「ですが、一刻も早く奴を倒さねばみんなが…」
「五月麟の『花』は恐らく固有の能力と伝達魔法を織り込んだ物だ。恐らく、強大な力を得るべく生体エネルギーを『花』を通して吸い上げている。それとだ…」
魔理沙は探偵気取りで人差し指を突き立て、帽子のつばをその指で弾いてみせた。
「彼女はいきなり何もない所からパって現れ、パって消えた。ゴージャスな演出も添えまくってだ。これがどういう事かわかるか?」
次に現時点で出てる情報を基に今考えた適当な考察を共有したら、相手に質問する。こうすることで会話の主導権を握ることが出来る。
「もちろんワープ魔法か空間縫合でしょう。それぐらいわかりますよ。」
「普通はそう考えるよな?だが、それが消えたように見せかけてたってだけだったらどうする?」
「見せかける?」
ここが一番大事。ちょっと意外なラインを攻めていかにもちゃんと考えてますよ感を出す。
「自分自身を魔力化させるんだよ。それで魔法の脈に溶け込む。脈なんてモンはそこら中にある。ない空間を探す方が難しいくらいだ。おまけに魔力は肉眼では確認できない。これでもうわかるな?」
霊夢の顔を見ると冷や汗をかいていた。
「彼女はどこにでも存在することが出来る…魔力と同化して我々はそれを認知できない。」
「その通りだ。」
「どこからこちらを見ているかわからない…この会話も、ということですね。」
ハイ来ましたこれぞ天才魔理沙ちゃんのごまかし術である。
「そうだ。だから秘策は秘策。いずれ機が来るさ。」
「今は、備えるしかないという事ですか?」
「そうするしかない。次の攻撃まで時間は多くはないはずだ。今のうちに神社に戻って準備をして来な。」
その言葉を聞いた瞬間、霊夢は今までにないくらいの速さで空を駆けていった。その姿を見送った魔理沙は少し安堵する。
「おやおや、随分と安堵されている様子で。」
背中から茶化すように言葉を吐いてきたのは射命丸文であった。
「ああ、アイツ怒ると怖ぇのなんのって。」
「ええ、面白かったですよ。貴女が冷や汗をかいて弁明するサマを見ているのは…。」
相も変わらず彼女がけたけたと笑う顔を見るのは腹が立つ。
「でも不憫ですねぇ。あの子も。貴女の噓に振り回され、人間に妖怪に振り回され。味方は居ないのでしょうかねぇ?」
「私は味方に数えるべきなんじゃないか?」
「先代巫女に影を重ねて接する未練がましい貴女のどこが味方といえるのですか。道しるべは歪ませるものじゃありませんよ。ポラリスではなくベガを手に掴んだ人間の末路は貴女が知らないはずもないでしょうに。」
急な正論と現実を突きつけられるほど心が痛むときはない。もう懐かしくなってしまったあの悪友に関しては尚更だ。
「『先代巫女』って言うなよ。あいつはまだどこかで…」
「そういうところですよ。貴女にとっての博麗の巫女は誰が何を言おうと先代なんです。しっかりしてくださいよお目付け役。このままじゃあの子グレちゃいますヨ?」
「そん時はグレた祝いに赤飯炊いてやるさ。」
「冗談じゃありません。四代目からの巫女の文献を何のために貴女に見せたと思っているのですか。」
「わかっているさ、わかっているつもりだ。その為に外さなきゃいけねってさ。このリボン。あきらめつけなくちゃよ。」
そう言いながら帽子に括ってある赤いリボンを指で挟むように触れた。彼女が不意に感じる寂しさを紛らわせる時の仕草である。
「ホントにわかってたらどんなにいい事か。」
此処に霊夢が居たら、と魔理沙は考えてしまう。今は先代と呼ばれている『霊夢』こそが魔理沙にとっての、幻想郷にとっての『主人公』である。
彼女がいれば目の前の妖怪たちがこんなにせわしく動くことも無かったのだろう。もっと多くの人間が生きていたたのだろう。そんな考えがぐるぐると頭をよぎる。
「今回も寂しい一番乗りだ…」
帽子を深くかぶり、呟いた。