誰にだって忘れていたままの方が良い記憶というものはあるはずだ。
「そんな…」
いきなり現れたあのとても懐かしい姿が目に焼き付いてしまったのだ。
私はこの瞬間に認識してしまった。『この世界には博麗靈夢が存在していた』のだと。彼女と対峙し、共に戦った記憶。霧雨魔梨沙を従え人間に復讐を誓ったあの日。
厄災の以前、旧き世界での記憶だ。とても美しい記憶。
でも、博麗神社の上空に現れたあの『博麗靈夢』を私は否定しなければいけない事くらいわかっている。
「魅魔様!危ないです!」
霊夢の声が聞こえた。西の空を見上げれば彼女がいる。
「ミマ…魅魔だって?!」
やる事は決まっている。現博麗霊夢と相も変わらずお馬鹿さんな魔理沙を支えていく。それが気まぐれに生きる私が望む事なのだから。
「大丈夫よ霊夢。私を誰だと思っているの?」
そう言って彼女のもとに飛んでいき、側にいてやる。異変騒ぎが続く現状で霊夢を少しでも安心させてあげなければいけない。
「ねぇ、あんた魅魔でしょ!?」
「魅魔殿、我らをお忘れですか?」
「いいえ、私はマリリン・モンローよ。(うそ)」
気まぐれの嘘を吐いた瞬間、私を私だと確信するように靈夢の表情が強張る。
「やっぱり!何故ここにいるの!魔梨沙はずっとあんたを探していたのよ!」
「そうですぞ!我々と共に帰りましょう!」
「嫌よ。言ったでしょ?私はオードリー・ヘップバーンだって。(とってもうそ)」
「…強硬手段ね?玄爺!」
彼女はその手に持っているお祓い棒を私に向け、玄爺と共に向かってきた。とても懐かしい。靈夢と初めて会った時にも同じ光景を見た気がする。
『打ち払え。』
迷いがあった。靈夢と魔梨沙はまだ在るのかもしれない。今目の前にいる靈夢は私にお祓い棒ではなく手を差し伸べてくれた。
「ええ、もちろん。」
私は一切の迷いなくその手を打ち払った。冗談じゃない。あんなに美しい日々に溺れてたまるか。私の知る博麗靈夢は博麗霊夢となり霧雨魔理沙はもう霧雨魔梨沙ではない。
「私が日課のように飽きもせずからかうのはハナから貴女じゃないのよ。靈夢。貴女自身はもう過去なのよ。」
その手を打ち払われた靈夢は悲しいとも、悔しいともとれる難儀な表情をしていた。
「ご主人様…これ以上は…。」
「くっ…行くわよ。玄爺。」
打ち払われたその手をさすりながら彼女たちはどこかへ飛び去っていってしまった。
「ちょっと!待ちなさ…」
「貴女も待ちなさい。霊夢。」
私は焦って追いかけようとする彼女を抱き寄せた。
「あの子達を追いかけるなら決して無理をしない事。戦う事はなるべく避けなさい。」
「何故です?それに何故魅魔様の事を?」
優香の言う通りになってしまった。嘘っぱちが現実を食い破ろうと躍起になっている。
「彼女が旧き世界の博麗の巫女だからよ。」