OLD MAN GIANT / LUMO GIGANTO -ハヤタ・シンがウマ娘トレーナーになるようです- 作:K氏
一応、今回のプロローグの後、上・中・下の構成でやっていきたいと思います。
――その巨人は、宇宙の片隅の、幼い群れに興味を持った。
来訪したのは、本当にたまたまだった。たまたま、護送していた『宇宙の悪魔』が逃げ出し、たまたま地球に逃げ込んだ。だから、それを追って地球に来ざるを得なかった。
そこで彼は、光の戦士にあるまじき重大なミスを犯し――その償いとして、地球を守る決意を固めた。
巨人は、融合した人間の身体を通して、この小さな地球と言う星を見た。
文明を形成できる知性を持ちながら、外宇宙に出られる程の力は無く、それどころか星が一丸になってすらいない。
怪獣が現れれば一致団結して立ち向かう勇気を持ってはいるが、その反面、地球上に形成された国というコミュニティ同士で争う事もある。その理由は、資源がどうとか、宗教的にどうとか、様々だ。
しかし……同時に、美しいと感じる文化もあった。例えば、地球の芸術という文化。最初はその良さにピンと来なかった彼だったが、彼が怪獣や侵略性宇宙人と戦い、勝利する度に、彼をモデルにした絵や像が作られ、次第にこの星の人々の想像力の豊かさを思い知っていった。
彼が滞在していた日本という国。この国では奇妙な事に、怪獣災害のみならず多彩な災害に度々見舞われていた。しかし、その度に人々は手を取り合い、助け合い、立ち直ってきた。何度辛い目に会っても諦めないその姿に、彼の地球人類とは異なる構造を持った精神は、徐々に形を変えていった。
そして、彼がより興味を惹かれる事になったのは、この地球にはかつての彼の同族のような姿をした人類のみならず、もう一つの知的生命が存在して、奇妙な事にそれらが互いに争わず、共存していたが為であった。
『ウマ娘』と称されるその知的生命は、人類に寄り添う形で生きているようだった。特異な耳と尻尾を持ちながらも人類の女性と同様の肉体を持つ彼女らは、ウマ『娘』とあるように当然のように女性しかおらず、しかしながらその膂力は人類の男性を遥かに上回るもので。(当然だが、彼の種族には遠く及ばない)
そんな人類の上位種と言っても差し支えない彼女らが何故人類と共にあるのか、彼は興味を抱いた。
最初こそ、繁殖活動の関係かと思った。
彼女らには男がいない。故に、人類の男性と子を育む事で生き永らえてきたのだと、最初はそう思った。
だが、それにしては奇妙なのは、その事について人類の女性が彼女らに対して何らかの悪感情を抱いている様子が見られないという事だった。
無論、力の差が生む嫉妬というものはあった。だが、それ以上に人類とウマ娘の間には、何か目に見えない、固い繋がりがあるように感じられた。
「それを人は、『絆』と呼ぶんだ」
絆。人類とウマ娘の、不思議な絆。
それを顕著に感じたのは、この星で行われる競技的レース……『トゥインクルシリーズ』での事だった。
そこは、彼にとって新鮮で、不思議な空間だった。やって来る人々は誰もがプラスのエネルギーを放ち、そしてウマ娘によるレースを迎えると、それらは最高潮を迎える。
その結果が出ると、レースに出ていたウマ娘を含め、人々は一喜一憂する。此処では、マイナスエネルギーも出てくる。しかし、最終的にはライブと呼ばれるもので、誰もが笑顔になる。
彼も、好奇心から人間の肉体を通してトゥインクルシリーズを見た事があった。そこで感じたのは、2万年という長きに渡る人生を生きながら、未だ感じた事のない不思議な高揚感だった。
それは、芝や土の上を一生懸命走るウマ娘の姿から感じ取ったものであり、そんな彼女らへ人々が送る声援から感じ取ったものであり、最後のライブにおけるウマ娘の歌声から感じ取ったものでもあった。
「意外だったな。そんな風に感じるなんて。人間とは価値観が違うものだとばかり思っていたが」
融合した人間にそう言われ、彼は己の中の精神構造体――地球で言うところの心――の変調を自覚した。早い話、彼もまた、ウマ娘という存在のファンとなったのである。
「はは、しかしそうだな。もしこの世界に、科特隊が、ウルトラマンが必要ない程に平和になったとしたら……」
「……その時は、ウマ娘のトレーナーをやるのも、悪くないかもな」
――程なくして、その機会は訪れた。
あまりにも強大な敵の出現。それは、彼の生命をかけた攻撃の数々をもってしても、まるで意にも介さない程の強敵。その強敵を前に、彼は――人類の希望は、敗北した。
抗う術は、人類が作り出した新兵器しかなかないという危機的状況。……だが。
「何!? 新兵器を載せた輸送車が、渋滞で足止めを喰らってる!?」
「公共の交通機関も駄目です! 線路も破壊されて、空路は奴らのUFOだらけ……奴ら、こっちの切り札に感づいたんだ!」
侵略者の巧妙な作戦により、窮地に陥る地球人類。しかし――
『――ザ――聞こえ――か――』
「何!? もしもし、君は誰だ!?」
『私はトレセン学園有志の――――です! そちらに――ザ――を届ければいいんですね!?』
「もしや……君はウマ娘か! しかし危険だ! 奴らは油断せず君を襲うぞ! 逃げるんだ!」
『ザ――大丈夫です! 私、早いですから! それに――』
『――これまでウルトラマンが、人々の夢と希望を守ってくれたのに……皆に夢と希望を与えるウマ娘が、頑張らない理由にはなりません!』
――それは、命を懸けたマラソン。トゥインクルシリーズにおける最長のレースは3600m。それに対し、輸送車から現場まで、その距離は直線距離だけでも十数kmはあった。
出来る訳がない。誰もがそう思った。だが――
「……分かった。こちらからも君の援護に向かわせる!」
「キャップ!? 正気ですか!?」
「馬鹿者! それでも我々はやらねばならん。侵略者に我々の……地球人類の底力を見せてやるんだ!」
そうして始まった、地球防衛組織とウマ娘による異色の作戦。
ウマ娘が道を走り、地球防衛組織がそれを守る。地球の命運は、彼女に託されていた。
しかし、如何に人間以上の力を持つウマ娘とて、限界はある。やがて、その足は止まり――
「――お疲れ! 次はあたしが!」
――だが、終わる事は無かった。この作戦を知ったトレセン学園の別のウマ娘……のみならず、警察や消防署等の公的機関、更には一般市民として生活する有志のウマ娘達が集まり、さながらリレーのように、最後の希望を運ぼうとし始めたのだ。
人とウマ娘の命と絆が繋ぐ、勇気あるリレーマラソン。
侵略者の数々の妨害や、混乱による障害を乗り越え、彼が倒れ伏し、彼を倒した強大な敵の元にいる防衛組織のチームメンバーの元へ届けられた。
「……ウルトラマン、皆が頑張っている今、我々がこのまま倒れているわけにはいかない」
『だが、それでは融合している君の肉体が持たない。私は、君を生かしたい』
「……ウルトラマン。君の優しさは、痛い程伝わってくる。一心同体だからね。……だが、猶更君にも分かる筈だ。僕が今、何を思っているのか」
『……私は今程、君という人間がファーストコンタクトになった事を嬉しく思った事はないが……後悔した事も、ない』
「光栄だね。……行こう、ウルトラマン」
その時、彼は覚束ない足で立ち上がり、最後の力を振り絞るかのように敵を羽交い絞めにした。まるで、自分ごと撃てと言わんばかりに。
「キャップ! ウルトラマンが!」
「……撃て!」
「しかし!」
「撃つんだ! 彼の覚悟を無駄にするつもりか!」
そして、覚悟を決めた隊員が新兵器を撃ち放ち――見事、敵に命中。そして、新兵器の効力により敵と彼の身体が共に浮かび上がり――爆発した。
******
「――クソッ、まずいまずいまずい!」
その日、新人トレーナーである彼は焦っていた。理由は単純。この日行われる選抜レースに出走するウマ娘の情報を纏めていて――というのは建前で、実際には楽しみ過ぎて眠れず、その結果遅刻ギリギリになってしまったのが事実だ。
というのも、この日の選抜レース、かねてからベテラントレーナー陣から有望視されているウマ娘が何人か出てくるのだ。
その素質たるや、磨けば重賞どころかG1級も夢じゃないレベルだと目されており、その走りを見たいと思うのは、新人である彼とて同じであった。
(スカウトできるかどうかは、正直分からない。……けど!)
元より出来なくて当然。良いウマ娘には、良いトレーナーが就くものだ。ならば、せめて良いウマ娘を見抜く目、所謂相マ眼を磨きたいと思い、この日を待ちわびていたのである。
……が。
「うげっ!」
焦りが不幸を招くのか、彼はショートカットをしようと道から外れ、芝生の方へと駆けだした……までは良かったのだが、うっかり境目の段差に足を取られ、盛大にこけてしまった。
持っていた資料が飛び散り、顔面から芝生にダイブしてしまう。
芝生がクッションになって然程痛みは無かったが……周囲から聞こえて来るくすくすという笑い声のせいで、彼の羞恥心は限界に達しようとしていた。
「……何やってんだよ、俺」
正直、恥ずかしいなんてレベルではない。もう、穴があったら入りたかった。焦るだけ焦って、このザマとは。これではトレーナーとして示しがつかないんじゃないか?
そう思いながらも、なんとか起き上がろうとした時だった。
「大丈夫かね、君」
頭上から聞こえる、初老らしき男の声。思わず顔を上げると、逆光のせいでその顔が良く見えない。
「え、ああ、はい。なんとか」
「そうか、なら良かった」
逆光のせいで良く見えないが……何となく、その顔には柔らかな笑みが浮かんでいるのだろうなという、そんな想像が脳裏をよぎった。男の優しい声が、そうさせるのだろうか。
そう思いつつ、初老の男が差し出してきた手を掴み、立ち上がる。
声から初老だと判断した新人トレーナーだったが、その手が意外にもしっかりとしたものだった事に、密かに驚愕していた。
「あーっと、その……お恥ずかしいところを」
「何、失敗は若者の特権さ。私ぐらいの年になると、それが許されなくなるものだ」
「そんな……ってああ!? やばい、急がないと!」
「はは、心配する事はない。選抜レースなら、少々問題があって発走時間が遅れているからね。後30分は余裕がある」
「えっ、そうなんです!? ……って、なんでその事……」
分かりやすく首を傾げる新人トレーナーに、初老の男の口元が柔らかく弧を描く。
「何。この後にあるトレーナー絡みのイベントと言えば選抜レースぐらいしか思い当たらないし、そんな中ウマ娘よろしく走るトレーナーがいる。加えて、散らばっているのは選抜レースに出走するウマ娘について纏めた資料。それらから連想しただけの、ちょっとした推理さ」
「……俺が、教員とは思わないんですか?」
「君のそのバッジが飾りでなければな」
そう言いながら、僅かに皺の見える、しかししっかりした肉付きの人差し指が、新人トレーナーの胸元にあるトレーナーバッジを指した。
それと同時に、新人トレーナーも目の前の男の胸元に輝くバッジの存在を認める。
……そして、その反対側に輝く、流星を描いたバッジも。
(あれ、これ、どっかで……)
「その様子を見ると、どうやら君は新人らしい。なら、急く気持ちも分かる」
だが、と初老のトレーナーは続ける。
「その焦りを、ウマ娘の前で出してはいけない。彼女達は、我々の感情の動きにとても敏感だ。君の不安や焦りは、そのままウマ娘にも伝わる。君がこの先、ウマ娘を担当する事になるなら、その事をしっかり、胸に刻んでおきなさい」
「……わかりました。ご指導、ありがとうございます」
素直に頭を下げる新人トレーナー。そして、散らばった資料を拾おうとした時、初老のトレーナーも拾おうとしているのに気づく。
「ちょ、何やってるんです!? 別に拾って頂かなくても……」
「気にするな。これはそう……昔からのサガ、というやつさ。人助けをしなければ気が済まない、老人の我が儘だと思ってくれればいい」
これは、止めたとて無理矢理拾ってくれる厄介な流れだと思いながらも、不思議と彼を憎めない自分もいるのを、新人トレーナーは自覚していた。
「……じゃあ、お願い、します」
「ああ。任された」
それから程なくして、彼らは資料を全て拾い終えた。それから時計を見てみれば、初老のトレーナーが言っていた時間まで、まだ25分もあるではないか。
「本当に、本当にありがとうございました!」
「気にしないでくれ。ただのお節介さ」
「いえ、それでも何か、その、恩返しというか……」
真面目さの裏返しか、執拗に何度も頭を下げる新人トレーナーに、初老のトレーナーは手を振って応える。
「はは、若いながら真面目だな、君は。……だが、そうだな。恩返しか。それなら……」
ふむ、と少し考え込む仕草をするが、どうやら頼み事は既にあったらしい。すぐにその仕草をやめ、初老のトレーナーは若きトレーナーに向き直る。
「では、一つ頼まれてくれるかな」
「はい! 何でも言って下さい!……あ、でも俺に出来る事とか、あんまりないとは思いますけど……」
「何、無茶は言わんつもりさ」
そう言いながら、初老のトレーナーはその手を新人トレーナーの肩に置いた。
「――これから君には、多くの担当ウマ娘が就く事になるだろう。その中にはきっと、今の君のように焦りや不安を感じてしまう子がいるはずだ」
「……はい」
「人とウマ娘は、どこまで行っても似て非なる生き物だ。我々よりも強いフィジカルを持ってはいるが、必ずしもメンタルまでそうとは限らない」
「そう、ですね」
「そんな時に重要になるのは……人とウマ娘の、絆だ」
「絆?」
傍から聞けば、なんとこっ恥ずかしい発言だろうか。だが……この男の口から出てくるその言葉には、不思議と説得力がある。見るからに溢れ出る経験の豊富さが為せるものなのか、それとも――
「そうだ。……人も、ウマ娘も、どちらにも優れたところはあっても、決して万能ではない。だからこそ、彼らは支え合い、助け合って生きてきた。その延長線上に、我々トレーナーとウマ娘の関係がある」
「支え合い、助け合って……」
「勿論、全てのウマ娘と最初から良い関係を築ける訳じゃない。寧ろ、悪い関係をから始まってしまう事だってあるだろう。……だが、それで諦めないで欲しい。挫けないで欲しい。いつか必ず、互いに支え合い、助け合える、そんな関係になれるだろう」
「……なれます、かね」
「なれるとも。君のその真面目さと、ウマ娘に対する熱意があれば」
「だが独りよがりなのは良くないぞ」と付け加えながら、初老のトレーナーは微笑んだ。
「私が求めるのは、一つ。君には、ウマ娘との繋がりを大事にして欲しい。その繋がりは、誰にも負けない強い力になる」
「……わかりました。どこまで応えられるか不安ですけど、やってみます」
新人のその言葉に、初老のトレーナーは満足げに頷いた。
「……おっと、つい話し込んでしまった。いかんな、老人の悪い癖だ。すまないな、君。付き合わせてしまって」
「いえ、そんな……参考になる話でした」
「それなら良かった。……さ、もう行くといい。今度は慌てず、な」
「はい! ありがとうございました!」
再び頭を下げてから、新人トレーナーは初老のトレーナーに背を向け、駆け出――
「……あ、そうだ」
――そうとした時に、不意に振り返る。
「俺……じゃなくて、僕、村松っていいます! あのっ、貴方のお名前、まだ聞いてなかったと思うんですけど!」
その名前を聞いた初老のトレーナーは、少し驚くような表情を見せたかと思うと、僅かにほころぶように笑みを浮かべた。
「……ああ、そういえば名乗っていなかったね。私は――」
――