OLD MAN GIANT / LUMO GIGANTO -ハヤタ・シンがウマ娘トレーナーになるようです-   作:K氏

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 前回、上・中・下の構成でやりたいと言ったな? すまん、ありゃあ嘘だった。
 話的に4話構成じゃないと纏められそうになくなってしまったので、4話構成になります。すみません。


OLD MAN GIANT / LUMO GIGANTO 1/4

「すぅ……ンー、いい風!」

 

 早朝のグラウンドに、快活そうな響き渡る。

 グラウンドに立つのは、一人のウマ娘。平均的なウマ娘のそれよりも一回り高い背丈に、色白の肌。そして何より目立つのは、さらさらと風に揺れるプラチナブロンドの長髪。

 

「よぅし……ふっ!」

 

 彼女は一瞬の構えの後、その場から駆け出した。

 最初からトップスピードで走りだす彼女だが、これでもウォーミングアップのつもりであった。

 ただ、何事も全力でやるのが、彼女のモットーであり……彼女にとっての自由の象徴なだけで。

 そんな彼女だからこそ、駆け引きを重要視する故郷でのやり方は肌に合わなかった。だから、この地に――日本のトレセン学園にやって来た。

 

「……フーッ! フーッ!」

 

 一周を走り終えた彼女は、息を切らしながらその場でクールダウンを行う。

 荒い息遣いが、少し離れたところでも聞こえて来る。

 傍から見れば、なんと無茶な走りをするのかと思われても仕方がない。何せ、フィジカルとメンタル、二つの強さのごり押しで走り切っているのが彼女なのだから。しかし、スタートからゴールまで常にトップスピードで走れるウマ娘など、現状では伝説レベルの存在でしかない。そして彼女は、そんな伝説に至るまではまだ一つ……どころか幾つも足りない、一介のウマ娘でしかない。実際、このウォーミングアップの最後の方、若干よろめきながら走っていたのだから。

 

 新人のトレーナーであれば、「なんて無茶を」と言うだろう。

 中堅やベテランのトレーナーであれば、その粗削りながら才能を感じさせる走りに好感を覚えるかもしれないが、それでもウォーミングアップ如きで無茶をさせようとはしないだろう。

 

 そして、彼女は……そんな言葉に、決して耳を傾けようとしない。それは、自分自身を否定する事だという固定観念があるから。

 だからこれまで、彼女にはトレーナーというものが就いた事が無かった。

 

「……?」

 

 ふと、視線を感じてそちらの方に僅かに首を曲げると、コースを区切る柵の向こう側に、スーツを着た誰かが立っているのが見えた。

 顔は良く見えないが、恰幅の良さから察するに恐らくは男だろう。

 どうやら自分の走りを見ていたらしい。トレーナーだろうか?

 

(……あの人も、私の走りにケチつける気なのかしら)

 

 それは、嫌だ。そんな窮屈な生き方、御免被る。

 疲れからか、そう勝手に思った彼女は、その視線を無視し再び走り出そうとした……というところで。

 

「――oops」

 

 足がもつれ、身体が倒れていく。すぐに地面に激突する、という事は無かった。

 不思議な事に、己の動き、目に見える景色、何もかもがスローモーションになっている。

 だが、地面が目の前に迫っているのには違いない。しかし、そんな状況であっても、彼女はどこか、冷静であった。

 

(……また、か)

 

 何も、こうなってしまうのは初めてでは無い。何度も、何度もそうなってきた。

 走り疲れて、脚をもつれさせて、倒れて、それから……皆に笑われて。

 

『またやってるよ、あいつ』

 

 うるさい

 

『素質はあるのにねぇ』

 

 うるさい

 

『全く、懲りないやつだな』

 

 ――うるさいッ!

 

 そんな声が聞こえて来るような気がして、その度に心の中で叫んできた。これが、私のやり方なんだと。

 

 ……そう思う反面、その結果が当たり前だと受け入れている自分もいて。

 

 心のどこかで諦めを感じている自分がいるのにも気づいていて。

 

 それが悔しくて、悲しくて。

 だけど、それを表に出す事はしなかったし、出来なかった。

 何故なら、彼女の名は――

 

「……?」

 

 不意に、誰かが自分を抱えているような感触に襲われる。

 

「君、大丈夫かね?」

 

 え? と顔を上げれば、そこには見知らぬ初老の男の顔があった。

 心底心配そうにこちらを見つめるその瞳があまりにも澄んでいて、思わず見惚れてしまう。

 と、視線を顔から下に移すと、その服がスーツである事に気付く。そして、その胸には二つのバッジ――トレーナーバッジと、もう一つ、流星を描いたバッジが。

 

(スーツって事は、さっき私を見てた人……え?)

 

 そこまで考えて、頭が混乱を始める。

 そして、チラ、と先程男がいた場所に目をやる。

 

 はたして、そこに男はいなかった。では、一体どこに? この人は一体?

 

 考えれば考える程、思考のるつぼに落ち込んで行く。だが、そこでふと気づく。

 

 ……まさか、そんな事があり得るのだろうか? いや、そうとしか考えられない。だって、そうでなければこの人が此処にいる理由に説明がつかない。

 

「……ah」

「どうしたね、どこか痛いところが!?」

 

 何か言葉を紡ごうとする彼女に、初老の男が慌てたように声を掛ける。

 

 そして、次の瞬間。

 

 

 

 

「――You're Ultra man!?」

 

 

 

 

 ――その時、初老のトレーナー、早田が浮かべた驚愕の表情を、彼女、ルーモギガントは今でも覚えている。

 

 

 

******

 

 

 

 9月下旬、中京レース場。この日のメインレースは、G2セントウルステークス。

 ギリシャ神話に登場するウマ娘の名を冠したこのレースは、10月に行われるG1レース、スプリンターズステークスのトライアルレース(前哨戦)でもある。距離はスプリンターズステークスと同じ1200m。

 

「……同じ距離ではあるが、コースは違う。しかし、私は君を信じている」

「そりゃ、こちとらタカマツノミヤキネンも勝ってるしネ!」

 

 控室にて、レース用の体操服に着替え終えたルーモが胸を張ると、早田はクスリと微笑み、僅かに首を振る。

 

「実力だけを言っているんじゃない。君にはフィジカルだけじゃない。メンタルも備わっている。そして何より……私を信じてくれている。なら、私もそれに応え、君を信じる。それだけさ」

「oh……」

 

 そんな、あまりにも真っすぐな言葉に、彼女は思わず顔を赤らめる。

 

「そんナ……私、まだ心の準備ガ……」

「こら、既婚者の老人をからかうんじゃない」

 

 頬を朱に染め、くねくねとわざとらしく身体を動かすルーモに、早田が苦笑しながら注意する。

 

「アハハ! ジョークジョーク! でも、嬉しいのはホントヨ? こんな……ミジュクな私を信じてくれるなんテ」

「……3年も付き合ってきたんだ。それで信じられなければ、トレーナーとして失格というものだ」

 

 早田の優し気な表情に、ルーモは喜びから尻尾を激しく振る。

 

「……oh、そろそろ時間ネ。じゃあ、行って来るワ、キャップ」

「……ああ、行って来なさい」

 

 そう掛け合いをし、ルーモは控室から出ていく。

 それを追うように、早田も出――

 

 pi pi pi

 

 ――ようとして、ポケットから鳴る着信音に足を止める。

 

 その音に、先程まで明るかった早田の表情に陰りが見えだす。

 しかし、迷いなくポケットから二つ折り携帯を取り出し、開く。

 

「…………」

 

『N県山中に怪獣出現!』

 

 携帯の画面上部に点滅するその文字列を見て、早田は眉を顰めた。

 

「……すまない、ルーモ」

 

 そんな悔恨の籠もった呟きと共に、彼は走り出した。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

『――ルーモギガント、ルーモギガントだ! ルーモギガント、先頭でゴールイン! ルーモギガント、セントウルステークスを制し、スプリンターズステークスへの切符を手にしました!』

 

 歓声に包まれるレース場。そして、ゴール版を通過し終えたルーモは、天高く拳を突き上げた。その顔には汗の筋が幾つも流れているが、不思議と余裕を感じられる表情だった。

 

(キャップ……!)

 

 そして、己のトレーナーである早田の姿を探す……が、その姿は何処にも見当たらなかった。

 

「……また、なのネ」

 

 その事実に気付いてしまったルーモは、僅かに表情を暗くするが、観客の前でくよくよしていられないと思ったのか、すぐに気を取り直し、笑顔でスタンドの前へとやって来る。

 

「みんな! 応援、アリガトネ!」

 

 天高く伸ばした手を大きく振り、ファンサービスを行う。それに呼応するように、大きな拍手と声援が返ってくる。

 

(……ウン。今は、これでいい、か)

 

 ルーモは頷きながら、その場を後にする。

 

 ウィナーズサークルにてインタビューを受けた後、ルーモは地下バ道を一人歩いていた。

 すると、途中で一人の男を見つける。

 

「……キャップ!」

 

 ぱぁ、と表情が明るくなったルーモに対し、早田は軽く手を上げ、そして頭を下げた。

 

「……すまない。なんと謝ればいいのやら……」

「……今日は胃腸ですカ? それとも何かの用事?」

 

 うっ、と早田の口から声が漏れる。

 早田という男は、非常に実直な男だった。あまりにも、嘘を吐く事への適性がない。

 だから、とりあえずルーモが何かしらの理由を差し出せば、それに乗っかってくる。しかし、彼はそれにすらも罪悪感を感じているのだ。

 この上なく分かりやすい人間なのだ、早田という男は。

 

(……そこが、良いところなのだけれど)

 

 ルーモはクスリと笑い、彼の謝罪を受け入れる。

 

「まあまあ、仕方ないワ。何か事情が、あるんでショ?」

「……本当に、すまない」

「もうっ、そんなに謝らないデ? そんなに謝られると、こっちが……ah、日本語でなんて言えばいいのかしラ……」

「……罪悪感、かな?」

 

 そう! と、ルーモが人差し指を突き出す。

 

「……私はネ、アナタにトレーニングしてもらえて、very happyなのヨ? だって、アナタのおかげでこんなにも自分らしく走って、そして勝ててるんだかラ」

 

 そう言いながら、ルーモは己の胸に手を当てる。

 

「だから、これは私なりの、恩返し。それをアナタが見ていなかったとしても、私、満足ヨ?」

 

 そう言って微笑むルーモに、早田は僅かに目を伏せた。

 

「……そこまで言われてしまっては、何も言えんな」

「フフン♪……さあ、まだ終わってないワヨ! 何せこの後は――winning live!」

 

 釘付けにしちゃうワ! と、ルーモがウィンクをする。

 その様子に、早田は笑みを浮かべた。

 

「ああ、しっかり見させてもらうよ。……頑張れ、ルーモ」

「ええ! 見ていてね、キャップ!」

 

 そう言いながら、ルーモは早田に向かってサムズアップし、控室に向かって行く。

 

「……私は、正しい事をしているんだろうか。……なぁ――」

 

 

 

 

******

 

 

 

 

『怪獣、またもや出現!』

『怪獣頻出期、再び到来か!?』

 

 新聞の一面を飾るのは、そんな文字列ばかりで。

 先日のセントウルステークスでのルーモの勝利は、ほんの隅の方に追いやられている状態だった。

 G1レースでないから、というのも一因ではあるだろうが、それにしてもここ最近は異常とも言えた。

 しかし、こうなってしまうのは当然と言えば当然だろう。

 何故なら、この日本という国は再び怪獣災害に見舞われつつあるのだから。

 

「……参りましたね。また怪獣なんて」

「ああ。前の頻出期の時、それでレースが中止になるなんて事、ザラにあったらしいしな」

「ああ、知ってる知ってる。一応補填はされるらしかったけどな。今もそうだっけ?」

 

 トレセン学園の職員室で、三名のトレーナーが互いに愚痴り合う。

 そう、レース従事者にとって、怪獣とはまさに厄介者だ。遠く離れた地で暴れるならまだしも、レース場が襲われでもしたら、しばらくはそこでレースが出来なくなってしまう。

 トレーナー的にその問題を捉えれば、本来のコースでのコース取りや作戦などを考えていたのに、怪獣がレース場付近に出現した日には、それが全て水の泡になってしまうのだ。いくらそれに対する補償が出るとは言え、真剣にレースに挑まんとするウマ娘やトレーナーにとっては迷惑極まりない話だが、怪獣はそんな事お構いなしに出現する。

 

「それにしても、自衛隊は何やってんだか……こないだだって、結局現場に着く頃には全部終わってたんだろ?」

「ついでに言えば、現行の兵器は大して怪獣に効き目無しと来た」

「これも全部、科特隊を安易に解散したのがいけないんだよなぁ……」

 

 そう、彼らの言う通り、科学特捜隊、通称・科特隊は既に数十年前に解散している。怪獣頻出期の終了に伴い、異星人の襲来等の怪事件も収まった事から、科特隊の存在意義が失われ、結果組織そのものも縮小、その後解散となった訳である。

 加えて、当時科特隊で運用されていた対怪獣兵器群は、そのスペックの高さから自衛隊に流用……される事は無く、外交的な問題や諸外国からの見えない圧力といった諸々の事情から、最終的に封印措置が取られる事となった。

 ……結果的にそれが仇になってしまっているのが現実なのだが。

 

「ま、ウルトラマンが帰って来たんだし、大丈夫だろ」

「ああ。正直ウルトラマンだけが頼りっていうか」

「ホントホント、神様仏様ウルトラマン様、ってな」

 

 ははは、とトレーナー三人が笑い合う。

 彼らの話している通り、怪獣が再度出現しだした現代に、再度ウルトラマンは現れた。

 それも、昔となんら変わりない姿で。再び現れた彼の活躍により、途中から出現した怪獣は全て自衛隊が到着するよりも先に倒されており、加えて自衛隊が対処していた時期よりも被害も殆ど出ていない。

 その為、世間一般ではウルトラマンは救世主扱いされ、遂には昔のおもちゃが再販され大ヒットする程、絶大な人気を誇っている。

 

 「自衛隊なんかよりも、ウルトラマンの方が断然頼りになる」と、満場一致で頷き合っている、そんな時だった。

 

「楽しそうで何よりですな、皆さん。何の話をなさっているので?」

 

 特になんの変哲もない初老の男の声。聞き覚えのあるその声を聞くと、ビクリ、と三人全員が肩を震わせた。

 そっと振り返ってみると、そこには初老のトレーナー――早田の姿が。

 

「えっ、い、いやぁ、その、取り留めのない話っすよ」

「そうそう、最近怪獣騒ぎ多いよなって!」

「別に政府がどうとかそういうのは……」

「おま、流石に露骨過ぎるだろバカ!」

「あ、いや、今のはその……」

 

 慌てふためくトレーナー三人組に、早田は怒るでもなく、ただにこやかに微笑むだけだった。

 

「無理に取り繕う事はありませんよ。私が防衛大臣だったのは、もう昔の話ですから」

「いやでも、流石に早田さんの前ではちょっと……ねぇ?」

 

 そう言いながら、雑談をしていたトレーナー達は互いに視線を交わし合う。

 皆、同じ意見らしく、気まずそうにしていた。

 

「それに、トレーナーとしては貴方がたの方が先輩なのですから、敬語も不要ですよ」

「いやいやいや! それもちょっと……無理があるかなぁって」

「この際言わせてもらいますけどね、初めて聞きましたよ。中央のトレーナー認定試験を全て満点の首席で、しかも初回一発目で合格なんて。どんだけエリートなんですかホント」

「テストは所詮、テストでしかありません。実際にウマ娘に教え導く事が出来るか、それが肝要だと思っています」

「……これだもんなぁ。俺達とは頭どころか、人としての出来が違うわ、この人」

 

 うんうん、と頷く三人組。

 と、そこに――

 

「……なら、せめてトレーナーとしての経験の豊富さで負けねぇようにしねぇと、なぁ? 暇人ども」

「え? ……げぇ! おやっさん!」

「誰がおやっさんだ、馴れ馴れしい」

 

 渋い表情をしながらやってきたのは、この中で一番のベテラントレーナーである男、室町。

 年こそ早田よりも少し若い壮年の男だが、しかしそのトレーナーとしての実績も貫禄も、この中の誰よりもある。

 

「あのなぁ、お前らがここで油売ってる事ぐらいお見通しなんだよ。そもそも、こんな話してる場合じゃねえだろ」

「いやまぁ、そうなんですけど……」

「んな事やってる暇あったらな、担当のトレーニング見直すなりなんなり、する事色々あんだろうが。ちったぁトレーナーとしての自覚を持て」

「はぁい……んじゃ、ここらで解散しますか」

 

 一人がそう口にすると、他の二人のトレーナーも「そうだな」と、そそくさとその場を離れていく。

 

「ったく、最近の若ぇのは、緊張感に欠けるっつーか……」

「いいではありませんか。立派な平和の証だ」

 

 本心からのものであろう早田の言葉に、室町は一瞬きょとんとした表情を浮かべると、後頭部を搔き始める。

 

「……ま、アンタ程の人がそう言うなら、悪くはねぇんでしょうがね」

「私など、大した人間ではないですよ」

「いや、根っからのエリートが言っていい台詞じゃねぇから。科特隊副隊長と防衛大臣の経歴持ちのトレーナーなんざ聞いた事ねぇよ」

 

 目を細めながら室町がそう突っ込むと、早田は苦笑しながら頬を掻いた。

 

「……まぁしかし、あいつらの気持ちも、わからんでもねぇ。最近は都内でもひっきりなしにボヤ騒ぎが起きてるし、不安なんだろうよ」

 

 室町の言う『ボヤ騒ぎ』。それは、ここ数日の間に都内で起きている連続放火事件の事を指していた。

 火の手が上がるのは決まって深夜から早朝にかけて。現場は人気のない路地裏から、表通りの一角と、どれもバラバラ。

 最初こそ単なる不審火と思われていたが……ある目撃証言を切っ掛けに、放火事件として警察が捜査を開始していた。

 

「噂じゃ、炎を纏った女を見たとかなんとか……そんな一昔前の怪奇ドラマみてぇなのが本当にいんのか、怪しいもんだがね」

「……怪獣達の墓場だって存在するこの世の中だ。何があったって不思議じゃありませんよ」

「それだけなら良いんだが……ほら、アンタも聞いてるだろ? ちっこいウルトラマン擬きの話」

「……ええ。それなりには」

 

 ここ最近で目撃され始めたのは、燃える人間だけではない。まるで人間サイズのウルトラマンとしか思えない、何かのアーマースーツらしきものを纏った人物が人助けを行っているのだ。

 高速道路でのタンクローリーの事故の他、立てこもった強盗犯を捕まえるなど、その活動は本家本元のウルトラマンには遠く及ばない程小さいが、それでも都内の人々からは賞賛の声が上がっている。

 

「まるでアメリカのヒーローコミックさながらだよ。ま、実際正体が分からないと疑わしくなるもんだが。アレの正体はこの時代にヒーローになりたがる目立ちたがりか、もしくは昔あった侵略者のデモンストレーションの再来か……」

「後者はともかく、あの力は本物のようですがね。跳躍力といい、手から放ったという光輪めいた何かといい。あれは凡そ、一般に出回っている技術では到底――」

 

 そこまで早田が話していると、先程の三人組の一人から「喋ってる暇あるんすかー?」と声が飛んでくる。

 

「うるせぇ。お前らと違ってこちとらちゃんと用意してんの」

 

 そう言いながら、室町は手に持ったファイルを見せる。それに遅れるように、早田も脇に抱えたファイルを示した。

 それがつまらなかったのか、分かりやすく「ちぇっ」と呟くと、そのトレーナーは職員室から出て行った。

 

「……ま、そうだな。俺らがこうやって話してたって、別に何か解決するわけじゃねぇんだ。そろそろ行くか」

「……そうですね。行きましょうか」

 

 そうして、彼ら二人も職員室から出て行こうとしていた、その時だった。

 

「……おっと、しまった。忘れるとこだった」

 

 不意に室町がそう呟くと、ファイルの中から板状の何かを取り出した。

 それは――

 

「……サイン色紙?」

「いや、その、な? 俺の……甥っ子が、アンタが元科特隊のメンバーだってのを聞いて、サインを欲しがっててな。そいつ、科特隊のメカとか好きで憧れてる奴でよ。全く、もう解散してるっつぅのに。それで――」

 

 何故か恥ずかしそうに早口で語りながら、大事そうに色紙を持つ室町に、最初はきょとんとしていた早田だったが、すぐに笑顔になる。

 

「構いませんよ」

「まぁ俺は別に……って、え、いいのか? その、前にも……」

「前は息子さんでしょう? なら、全然問題はない。……それに」

「それに?」

 

 首を傾げる室町に、早田はクスリと微笑んだ。

 

「……古巣とは言っても、子供達に憧れと言ってもらえるのは、いつになっても嬉しいものですから」

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「ルーモ、昨日はおめでとう!」

「次はスプリンターズに挑むんでしょ?」

「ウン、まぁネ!」

 

 クラスメイト達からの祝福の声に、ルーモは二コリと返す。

 元々海外からの留学生だからというのもあったが、明るい性格に加え何事にも全力な彼女の性格は、玉に瑕なところも含め、ファンのみならずクラスメイトからも愛されていた。

 

「去年は3着だったから、今年はリベンジ?」

「そりゃモチロン! それに今年は、URAfinalsもあるからネ!」

 

 己の胸を、トン、と叩きながら、ルーモはそう答えた。

 

 URAファイナルズ。トレセン学園理事長、秋川が突如として開催を宣言した新レースである。

 宝塚記念や有馬記念同様にファン投票によって出走者が選ばれる本レースの特徴は、何と言っても「如何なる距離やバ場適性のウマ娘であっても出場できるレース」である点だろう。

 宝塚記念や有馬記念が距離やバ場が固定なのに対し、このURAファイナルズではそれぞれのウマ娘の得意分野でレースをする事が出来、その中で頂点を決められるのだ。

 「全てのウマ娘が輝けるレース」として立案された本レースは、当初は当然のように物議を醸した。

 だが、秋川理事長の必死な訴えかけや働き、それに何より、適性によって大舞台に立てず、涙を呑んできたウマ娘達――ルーモもその一人だった――が平等に頂点を目指し競える舞台を求める声が出てきた事から、徐々にファンからの支持を獲得。

 結果、来年の1月から実施される事と相成ったのだ。

 

「……私ネ。去年の有馬や今年の宝塚のファン投票で投票されてるって知った時、嬉しくもあったシ、悔しくもあっタ。私、いつも全力だかラ、あの距離、走り切れないかラ」

「ルーモ……」

「でも、URAfinalsには、私が私らしく輝けるchanceがあル! 私が、皆の『光』になれル! だから――」

「次のスプリンターズを勝って、堂々のファン投票1位で出走する! ……でしょ?」

 

 「ウン!」と、ルーモが満面の笑みで頷く。

 その笑顔を前にクラスメイト達は、皆ほっこりとした様子で見つめていた……ただ一人を除いて。

 

「……あ! ヘリアンサス!」

 

 その一人……つまらなさそうに窓の外を眺めるウマ娘の元に、ルーモが駆け寄る。

 ヘリアンサス。ルーモより1年早くデビューしたウマ娘であり、ルーモと同じく短距離界にてその名を馳せる名ウマ娘の一人にして、ルーモの友人の一人……の筈であった。

 

「ちょ、ルーモ!? 流石に今は……」

「アレ、ヘリアンサス、元気無さそうネ? 何かあっタ?」

 

 小首を傾げながらそう問いかけるルーモに対し、ヘリアンサスはただただ無言で無視するばかり。

 

「ヘリアンサス? ヘーリーアーンーサースー!」

「ちょぉいコラバカルーモ! こっち来なさい!」

「Oh!?」

 

 構ってもらいたいのか、必死に己の存在をアピールするルーモを、クラスメイトが慌てて引き留め、引きずって行く。

 

「……このバカ! アンタも知らない訳じゃないでしょ!」

「へ? 何を?」

「……マジで、言ってるんだよねぇこれ……このおバカ娘は……」

「もう! さっきからバカバカ言い過ぎヨ!」

「……じゃあさ、ヘリアンサス、最近不調なの知ってる?」

 

 そうクラスメイトに問われたルーモは、きょとんとした表情で――つまり、何も分かっていないという顔で――首を傾げた。

 

「……そうなノ?」

「いやそうだよ。こないだのCBC賞、見てなかったの? 彼女、3着だったの」

「他にもアイビスサマーダッシュとか、キーンランドも出てたっけ。でも全然勝てなくて」

「セントウルは確か、トレーナーが待ったをかけて出走しなかったんだっけ」

 

 そうそう、と言葉を交わすクラスメイト達に、ルーモは最初こそ何も分かっていないという表情を浮かべていたが、徐々にその顔色が青ざめていく。

 

「……ア゛ッ」

「見てなかったな、こりゃ……まぁ、その時期だと夏合宿に打ち込んでたからってのもあるかもだけどさ……アンタ、もうちょいこう、アンテナをさ……そんなんじゃ、いつか足元掬われるよ?」

「そういうの考えたりするのハ、私じゃなくキャップですかラ!」

「いや胸張るな胸を。反省しろー?」

 

 そうクラスメイトが睨むように目を薄めると、ルーモは分かりやすく肩を落とす。

 

「……って事は、私、ヘリアンサス、傷つけちゃっタ……?」

「まぁ、流石にアレは……ねぇ」

「全面的にアンタが悪いわな、こりゃ」

 

 クラスメイトに窘められたルーモは、何かを決意したかのように振り向くと――

 

「ヘリアンサスゥー!!! ゴメンナサイ私ーッ!」

「ちょお待てやぁ!?」

 

 その後、放課後に至るまで数度に渡り、ヘリアンサスに強引に謝りに行こうとし、その度にクラスメイトから「空気読めバカ!」と怒られるルーモの姿があったとかなんとか。しかし、そんな彼女を見たヘリアンサスが、密かに舌打ちをしていたのを、彼女は知らない。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「ッ、はぁ、はぁ……」

 

 夕暮れのグラウンドにて、ヘリアンサスは肩で息をする程に疲弊していた。

 その目には、未だに闘志が宿ってはいるものの、どこか焦点が定まっていないようで。

 

「……トレーナー、タイムは」

「……ヘリアンサス」

「タイムは、と聞いている」

 

 見るからに疲れ切ったヘリアンサスを前に、心配そうに彼女を見つめる女性トレーナーを、ヘリアンサスは睨みながら促す。

 それに対するトレーナーの答えは――黙って、首を横に振るだけ。

 それで察せない程、ヘリアンサスも鈍感ではない。

 

「……そう」

 

 それだけ呟くと、彼女は再びコースのスタート位置に行こうとする。

 

「……! 待ってヘリアンサス! 流石にこれ以上は――!」

 

 そんな彼女を止めようとするトレーナーだが、ヘリアンサスの視線がそれを断ち切る。

 

「これ以上は、何?」

 

 底冷えするような低い声で、ヘリアンサスは問いかける。

 それに対しトレーナーは、何も答えられない。それどころか――

 

「……っ」

 

 ()()()()()()()()()()。ヘリアンサスの無表情の中に潜む、鬼気迫るものに。

 そんなトレーナーの様子に気付いてか、ヘリアンサスは小さく溜息を吐いた。

 

「……心配しなくても、そこまでの無理はしない。スプリンターズステークスに出られなければ、困るのは私だもの」

 

 そう言って、ヘリアンサスはスタスタと歩き始める。その背中には、どこか哀愁のような物が漂っていた。

 

「あっ――」

 

 待ってと、トレーナーは言いたかった。だが……その先の言葉を、彼女は思いつかなかった。

 だから、彼女はヘリアンサスに背を向け、その場を立ち去る事しか――ヘリアンサスの「無理はしない」という言葉を信じる事しか出来なかった。

 ヘリアンサスという、冷静ながらここぞという時に意固地になるウマ娘を思うが故に。

 

 今の彼女には、その答えしか導き出せなかったのを悔やむ事しか出来なかった。

 

「……ふぅ」

 

 スタート位置に着いたヘリアンサスは、大きく深呼吸をして心を落ち着けると、集中力を高めていく。

 

「……私は、まだ、走れる」

 

 自らにそう言い聞かせながら、彼女は走り出す。

 距離は、1200m。感覚は、しっかり身体に染みついている。

 しかし――

 

「……ッ、はッ、はぁッ!」

 

 1000mを超えたあたりから、呼吸が乱れだす。

 彼女の得意とする脚質は差し。終盤まで体力を温存できるが故に、他の脚質よりも呼吸は整えやすい。

 にも関わらず、息が上がるペースが明らかに早い。

 

(苦、しい。まともに、息が――)

 

 それ故に、1100mを通過し終えた時には、既に彼女は満身創痍の状態で。

 しかし、彼女にも意地があった。その意地をもって、彼女はなんとか1200mを走り切る。

 

「ひゅー……ごほッ……」

 

 だが、当然のように結果は着いて来ない。それどころか、早すぎるスタミナ切れを起こした事で足取りすら覚束なくなっていた。

 そのまま、彼女は四つん這いになるような形で崩れ落ちる。

 

「……はぁ、はあ、げほっ、はぁ……はっ、はぁ、はーッ」

 

 ただでさえそのような状態なのに、酸素不足による頭痛が彼女を襲う。

 その苦しみは、彼女の心を蝕み……遂には、涙という形で零れ落ちる。

 

「……こんっ、な、ッ、情け、ない……!」

 

 ヘリアンサスは、己の胸に右手をやり、強く、それこそ血が滲む程強く、握りしめる。そして――その手を、そのまま地面に叩きつけた。

 

「……うぅッ! うあぁッ!」

 

 怒りに任せて何度も、何度も手を叩きつける。

 その度に、グラウンドに乾いた音が響いていく。

 滲み出た血が、芝生にも飛び散る。それでもなお、ヘリアンサスは止まらない。

 

「こんな、ッ、惨めで……!」

 

 悔しさのあまり、大粒の涙を流しながら彼女は叫ぶ。

 

「今のままじゃ、ルーモには……!」

 

 

 

 

「そこまでになさった方が身の為ですよ、お嬢さん」

 

 

 

 

「……ッ!?」

 

 唐突に投げかけられた言葉に、ヘリアンサスは目を見開き、そちらの方を向く。

 

 いつからいたのか、そこには黒いスーツに身を包んだ男が立っていた。

 その顔には屈託のない、しかしどこか、胡散臭さを感じさせる笑みが浮かんでいた。

 

「ッ、情けないところ、見せたわね」

「いえ。貴方のお悩み、私の心には痛い程伝わりましたから」

 

 涙を隠すように拭いながら立ち上がるヘリアンサスを他所に、男は努めて明るく振る舞い、彼女に語りかける。

 

「良ければ、お聞かせ願えませんか? 貴方のお悩み、私共であれば解決できるやもしれませんので」

「……貴方は一体どこの誰? トレーナー……じゃ、ないようだけれど」

 

 見るからに訝しげに男を見やるヘリアンサスに対し、男はあくまでも笑顔を貫く。

 

「おっと、これは失礼。申し遅れました。私、こういう者です」

 

 自らの失態に気付いたのか、男は流れるように名刺を取り出すと、それをヘリアンサスに差し出した。

 

「……M商事。聞かない名前ね。スポーツ専門と書いてあるけれど」

「少し前に出来たばかりの新参企業ですので。ですが、実績はそれなりに上げさせて頂いております。例えば――」

 

 そこから出てくる名前。それらはウマ娘のみならず、現在のスポーツ業界において名を馳せる新星アスリートのものも含まれていた。

 それに気付いたヘリアンサスは、思わず目を丸くする。

 

「……正直、驚いた。やり手なのね、貴方達」

「とんでもない。最終的に努力し結果を出すのは、あくまでもアスリートの皆様ですから。そのサポートを最大限させてもらうのが、私共の務めですので」

 

 あくまで謙遜してみせる男だったが、ヘリアンサスはその言葉を素直に受け取る事ができなかった。

 よどみなく言葉を紡ぐ辺りもそうだが、この男にはどこか……油断してはならないと、そう感じさせる何かがある。

 

「それで……如何でしょうか? もしやすれば、私どもの新製品がお役に立つかと」

「新製品?」

 

 ええ、と男は頷く。

 

「まだ試験段階のものではありますが、ウマ娘の蹄鉄、その新モデルを開発しましてね。軽さはアルミニウムの物よりも軽く、しかも丈夫さでは鉄を上回る。ああ、落鉄に関しても、これまでの100回に渡る試験では一度も無いのでご安心を」

 

 「加えて今なら」と、男は何処からともなく黒い鞄を取り出す。

 

「……どこから取り出したの、それ」

「手品が得意でしてね。これをやるとお客様にも喜んでいただけるんですよ……っと、こちらです」

 

 そう言いながら鞄の中から取り出したファイルを、ヘリアンサスは受け取り、中を確認する。

 

「……これ、勝負服?」

「はい。素材の関係で色は固定になってしまいますが、従来のものよりもより力を発揮できるかと。先程名前を上げたウマ娘の方にも着用して頂けているんですよ」

 

 そこに描かれていたのは、白と黒のツートンカラーの勝負服。スラリとしたフォルムに、アクセントとして黄色と青が盛り込まれたそれは、あまり目立ちたいタイプではないヘリアンサスにとって、少し、ほんの少しだが魅力的に映った。

 

「まあ、すぐにとはいきませんが。カタログだけでも見ていきませんか? 他にも……」

「いいえ、結構」

 

 しかし、ヘリアンサスはそれを一蹴した。何故なら――

 

「その話、受けさせて貰うわ」

「……これは驚いた。自分で言うのもなんですが、会って間もない、怪しい男からの提案をすぐに受け入れるとは」

「入校許可証」

 

 ぽつり、とヘリアンサスが呟く。

 

「首から下げてるそれ、普通は申請しても中々通らないから。その点を踏まえて、信用したというだけ」

「成る程。噂通り、聡明なお嬢さんだ。そこで信頼という言葉を使わないのもいい」

 

 納得したように、男は何度も首を縦に振る。

 

「……御託はいい。それで、トレーナーには――」

「既に話は通してあります。貴方の話を聞かない限り何とも言えないと返されましたが、貴方が了承して下さるなら問題ないかと」

「……そう」

 

 ヘリアンサスは小さく息を吐く。

 

「それじゃ、お願いするわ」

「かしこまりました。それでは早速手続きの方を済ませてしまいましょうか」

 

 男は恭しく礼をすると、ヘリアンサスを先導するように歩き始める。

 

「……ところで、だけど」

「なんです?」

「……貴方の苗字、これ本当? なんというか……色々、言われない?」

「ははは、ご心配には及びません。イントネーションが違いますから。私の苗字は紛れもなく――」

 

 

 

 

 ――亜久井です。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「Ooohh……結局ヘリアンサスに謝れなかっタ……」

「アンタにはそっとしておくっていう選択肢ないの? ないか、このポジティブモンスターめ」

「うは、ソッコー過ぎん? ……でもさ、それにしたってあの避け様はちょっと変じゃない?」

「あー、確かに。何というか、避け方が徹底されてるというか、ルーモと同じレースにすら出ようとしないって、ちょっとアレだよね」

「……私、嫌われてル?」

「いやいや、そんな事ない……と、思う」

「……ほんとに?」

「多分」

「Oh……」

 

 夕食時、栗東寮の食堂にて、ルーモとクラスメイト達の三人は互いにそんな事を話し合っていた。

 

「ま、まぁ、ヘリアンサスってクールなように見えて結構繊細なトコあるし! 今は距離を置いてあげた方がいいんじゃない?」

「そうそう」

「……ウン、そうすル」

 

 友人達の励ましの言葉を受け、ルーモは渋々とだが、とりあえずは納得する事にした。

 

『――ここで、臨時ニュースを申し上げます』

 

 唐突に聞こえてきたテレビの音声に、ルーモ達は視線をそちらに向ける。

 

『先程入った情報によりますと、東京都沿岸部のコンビナート地帯に怪獣が出現したとの情報が入りました。付近にお住まいの方は、慌てず――』

 

 そうして映し出されたのは、恐らくヘリから撮っているであろう、コンビナートを火の海に変えながら我が物顔で練り歩く怪獣の姿。

 まるで立ち上がったヒトデを2つ並べ、その間に蝙蝠の顔をくっつけたかのような、怪獣の中でも異形と言わざるを得ない外見のそれは、目の前にあったタンカーに顔を突っ込んだかと思うと、黒い液体のようなもの――恐らく石油か何か――で顔を濡らし、また次の標的に向かって行く。

 

「うわ何あれ気持ち悪ッ」

 

 食堂の誰かがそんな事を言った。

 

『……現場からお伝えします。この怪獣は、以前出現した怪獣ぺスターと同種と思われており、また、石油を好物とする習性を持っている事から、自衛隊も手を出せない状況となっています!』

 

 ニュースキャスターが努めて冷静に淡々とそう述べる中、怪獣ぺスターは次の獲物を見つけたらしく、そちらに向かって歩き出す。

 そして、怪獣が一歩踏み出した瞬間だった。

 

『――あっ! あれは!』

 

 中継先のリポーターが何かを指さす。その方向に素早くカメラが動くと、闇夜の中から何かが飛来してくるのが見える。

 猛烈なスピードで飛来してきたそれは、ぺスターから数百mというところで着地。

 月明かりに照らされたその姿は、銀色の身体に赤いラインを持ち、胸の中心に青い結晶体を持った巨人であった。

 

『見てください! ウルトラマンです! どうやら怪獣に戦いを挑むようです!』

 

 その言葉の通り、ウルトラマンは腰を低く落としたいつものファイティングポーズを取り、ジリジリとぺスターとの間を詰めていく。ウルトラマンとしても余計な被害を出したくないのだろう。

 だが、ぺスターはそんな事お構いなしに、口から炎を吐き出し攻撃。

 ウルトラマンはそれを跳躍して回避すると、そのままぺスターの顔面に飛び蹴りを見舞う。

 ウルトラマンの体重が乗せられた重いキックを受けたぺスターは、たまらずたたらを踏む。

 その隙に、ウルトラマンは頭部に向かって、一発、二発、三発とチョップを叩き込む。

 そして、四発目のチョップを打とうとした時だった。

 

『おや、どうしたのでしょう!? ウルトラマンのカラータイマーが鳴り出したようです!』

 

 青く光っていたウルトラマンの胸の結晶体――カラータイマーが、赤く明滅を始める。

 それに気付いたウルトラマンは、チョップを中断し、ぺスターの身体の下に潜り込む。

 そして、その巨体を抱え上げたかと思うと、そのまま飛翔。空の彼方へと消えていった。

 

 それから、空の闇の中で一条の青白い光が走ったかと思うと、光の行く先で激しい爆発が起こり、遅れて音が地上近くにやって来る。

 

『どうやら、ウルトラマンが怪獣を退治してくれたようです! ありがとう、ありがとうウルトラマン!』

 

 その言葉と共に中継が切れ、テレビスタジオを映し出す。

 

「うっはー、すっごいねーウルトラマン。あっという間に怪獣倒しちゃったよ」

「うんうん。つか、あんなデカい怪獣、良く持ち上げられるよねー……ウマ娘なら何人いるんだろ?」

 

 そんな事を話している間、ルーモはと言えば――

 

「……あれ? ルーモ、どしたん。ボーっとして」

「エ? ……ウウン。なんでもないワ」

 

 そうルーモは言うが、明らかに何か思いつめている事があるようにしか見えない。そしてそれは、恐らく――

 

「……そういやルーモってウルトラマン好きじゃなかったっけ」

「そうそう、普段ならウルトラマンが活躍するだけでめっちゃはしゃぐし」

「しかも、なんていうか、知識がマニアック過ぎてあたしら着いてけないレベルっていうか」

「い、いやいやmaniaだなんてそんナ……アレぐらいジョーシキですヨー」

「ウルトラマンの体重知ってる奴がなんか言ってるよ~怖いよ~」

 

 謙遜するルーモだが、彼女のルームメイトでもある友人の一人は知っている。彼女の部屋には、数々のウルトラマングッズに加え、かつてのウルトラマンの活躍を記した記事を纏めたスクラップノートがある事を。

 

「そんなルーモがウルトラマンの活躍にはしゃがない。こりゃ、何かあるとあたしは見たね!」

「まさか……」

「まさかッ!?」

 

 そう言いながら、友人二人は顔をルーモに寄せる。

 

「な、ナニ?」

「……いけませんよ! お母さん、そんなの許しませんからね!」

「What the……!?」

「いやお前はルーモの母親じゃねぇでしょうが。つか何思い浮かんだし」

「そりゃあねぇ、ホラ、彼氏的な?」

「ちなみに相手は?」

「うーん、思い浮かぶとしたら……早田トレーナー!? イケオジトレーナーとの禁断の恋!?」

「ないヨ!? あの人結婚してるヨ!?」

「そうなの!?」

 

 そんなこんだで話をしている内に、自然とルーモの顔には普段通りの明るい笑顔が戻って来ていた。

 ……しかし、そんな表情とは裏腹に、こう思う彼女もいた。

 

(53秒。また、カラータイマーの鳴る間隔が短くなってる……)

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 ――同時刻。都内某所。

 

「ひ、ひィ!」

 

 路地裏を必死に駆けまわる男。何処かの角で曲がる度に勢いで壁にぶつかるその男は、その痛みなどなんでもないかのように、まるで何かに追われるかのように駆けずり回っていた。

 

 ……実際に、彼は追いかけられていた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

 息を切らして止まった男の背後の壁が、にわかに赤く照らされだす。そして、男の背後の曲がり角の向こう側から、炎がチラつくのが見える。

 

「……ヒッ!」

 

 それに気付いた男は、再び全身を再開しようとして、壁に強かに顔をぶつけてしまう。

 そこは、既に行き止まりだったのだ。

 

「たッ、たすけッ」

 

 助けを呼ぼうとする男だったが、恐怖で声が上手く出せない。それどころか、胃の中のものがせり上がってきて気分が悪くなる始末。

 

 何故、こんな事になったのだろう。男は考える。

 

 男は、ただのサラリーマンだった。いつものように会社に出勤し、理不尽な要求を上司に出され、へこへこと頭を下げながら、上司への恨み節を内心呟く。

 必死で仕事を終わらせてみれば、時間は既に定時を何時間も過ぎていて。

 

(俺が、俺が何したってんだ! ちゃんと真面目に勉強して、大学も一浪もせず卒業できた俺が!)

 

 理不尽に怒りを覚えながらの帰り道、彼が目にしたのは、道端で蹲る、ボロボロの布切れでなんとか身体を隠した女。

 「これは何か、運命的なものを感じる!」と、まるで自分がボーイミーツガールの主人公にでもなったかのような気分になった男は、早速声を掛けてみる事にした。

 

 その結果――女は突如として燃え上がり、彼に襲い掛かって来たのだ。

 

 そして今、その燃える女が曲がり角から顔を覗かせて来ていた。

 

「ヒイイッ!!」

 

 悲鳴を上げる男。その額から流れる汗は、女が放つ熱によるものか、それとも己の恐怖心から来るものなのか。

 そして、燃える女が男まであと10mというところまで接近してきた――その時。

 

「――しぇあっ!」

 

 頭上から、燃える女目掛け何かが降りて来た。

 それを察知した燃える女は、凡そ常人とは思えない跳躍力で背後に飛ぶ。

 そして、そこに降り立ったのは――

 

「う、ウルトラ、マン?」

 

 人間と同じ大きさの、ウルトラマン。

 しかしよくよく見てみれば、それがアーマーのようなものだという事が見て取れた。

 それを見て、男は思い出す。最近話題になっている、ウルトラマンの格好をした謎のヒーロー。

 

「そこの人!」

「は、はい!?」

 

 唐突に目の前のウルトラマン擬きから声を掛けられ、驚きのあまり声が上ずる男。

 

「危ないですから、そこを動かないで下さいね!」

 

 そう言いながら、男の返事も聞かずにウルトラマン擬きが燃える女に向かって走り出す。その両腕には、気づけば青白く光るブレードが展開されているではないか。

 

「はぁッ!」

 

 ウルトラマン擬きは、そのブレードで燃える女を斬り裂かんと腕を振るう。だが、燃える女は炎に包まれた腕でそれを防いで見せる。

 

「嘘だろッ!? スペシウムだぞ!?」

 

 驚くウルトラマン擬きに対し、燃える女は口から炎を噴き出した。

 

「あッ、つぅ……!」

 

 その熱量にたまらず後退するウルトラマン擬き。しかし、燃える女の追撃はそれでは終わらなかった。

 燃える女がその両手を地面に押し付ける。

 「何を……」とウルトラマン擬きが警戒する中、異変は起きた。

 アスファルトが赤熱化し、それがウルトラマン擬きの方に向かって移動し始めたのだ。

 

「なッ、滅茶苦茶だろ!?」

 

 驚くウルトラマン擬き。しかし、このままではやられてしまう。

 ならば、と、ウルトラマン擬きは両手の間に空間を作る。

 その空間にエネルギーが集中し、光輪を形成する。

 

「もっと――もっとだ!」

 

 その光輪を、ウルトラマン擬きは腕を天高く掲げ、どんどん巨大化させていく。

 そして、ウルトラマン擬きと同じぐらいの大きさになったそれ――ウルトラスラッシュを、まるでボーリングの球を投げるかのようにアンダースローで放った!

 

「行っけぇ!」

 

 放たれたウルトラスラッシュは、赤熱化したアスファルトと激突し、そのままアスファルトを切り裂き、燃える女目掛けて転がっていく。

 それに対し、燃える女は再度、口から炎を吐き出し――スラッシュと炎がぶつかり合った瞬間、大爆発を起こした。

 

「ッ、まずい!」

 

 それを見たウルトラマン擬きは、咄嗟にウルトラスラッシュを両手に展開。その炎の勢いを抑え込もうとする。

 

 そして、炎が収まった時――

 

「……逃げられた?」

 

 はたして、燃える女の姿は何処にもなかった。

 後に残されたのは、何かの燃え滓だけ。

 

「……なんなんだよ、アイツ……」

「あ、あの!」

 

 頭を掻こうとして、自分の頭部がヘルメットに覆われているのを思い出したらしいウルトラマン擬きは、その手のやり場に困りながらも、背後から掛けられた声に振り向く。

 

「ありがとうございました! その、なんとお礼を申し上げればいいのやら……」

「い、いえ! これが僕の仕事ですから!」

 

 そう話していると、唐突にウルトラマン擬きが耳元に手をやった。

 

「あっ、はい……わかりました、すぐ戻ります」

 

 どうやら誰かと通信をしていたらしいウルトラマン擬きは、「それじゃっ」と一声掛けると、一瞬にしてその場から消えてしまった。

 

「えっ、消えた?」

 

 男が呆然と立ち尽くしていると、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。

 

 

 すぐにでも家に帰りたかった男だったが、どうやらまだ、帰れそうになかった。

 


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