たとえ勇者に非ずとも   作:そば茶

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プロローグ

 

 

狭い室内に、ドスンドスンと鈍い音が間断なく響く。

鈍い音ともに飛ぶゴム製の硬球。それを跳ね返して再び壁に打ち付けるものがいる。

 

人ではない。

 

否、この世界では人と定義されているが、その姿は人狼というものに近い。

青や黒の目立つ体色や後頭部から垂れ下がる房のような器官など、細部は一般なイメージと異なるものの、獰猛かつ鋭い顔立ちは狼を連想させるものであり、加えて二足歩行しているとなれば、人狼と呼ぶのがもっともその姿を現すに相応しい。

 

だが、仮に誰かが「あなたの個性は人狼ですか?」と問うたとすれば、本人はノーと答えるだろう。

それは法律上登録されている彼の個性が《波導》である、というのも理由の一つではあるが、一番の理由は自身の姿を現す正しい名を彼が知っているからだ。

 

”ルカリオ”

 

ポケットモンスターを称される創作世界において登場したある生物種の名だ。

そしてそれは現在、彼——大神凛勇(おおがみりお)——の肉体でもある。

 

彼は、元々人間だった。

だが、ある時彼は気づけばルカリオになっていた。

正確には、その進化前にあたるリオルだったが、それはさておこう。

 

転生、あるいは憑依。

自身を生んだ親も無く、ただ凛勇という名と共に放り出された。

それが何者かの企みにせよ、奇跡的な偶然の産物にせよ、彼は新たに生まれ変わったのだ。

 

記憶にある最初の光景は、ガラス窓の向こう側からコチラを見つめるナース服を着た鳥。

鳥っぽい顔ではない、文字通りの鳥頭——鳥人間だ。

それが、動いて喋っている。

コスプレなどというチャチなものではない。

あまりにもリアルな姿に故に、戸惑いつつもそれが現実だと理解し、同時に自身の体が獣っぽい何かになっていることに気づいて、泣いた。

 

そういった異形の存在が普通の場所などだと気づくのにそう時間はかからなかった。

やがて彼は、そこが見ず知らずの場所ではないということに気づく。

 

《僕のヒーローアカデミア》

 

それは、彼がかつてアニメという形で見た世界そのままだった。

彼がその事実を半ば推測しながら、しかし確信に至ったのは、そこら中にオールマイトという偉大なヒーローの名と姿が溢れていたからだろう。

 

理解した時の彼の感情は筆舌に尽くしがたい。

理不尽にも思える状況への困惑と怒り、原作知識による未来への恐怖と絶望。

 

【僕のヒーローアカデミア】——通称ヒロアカの世界観は、一見して明るく聞こえるタイトルに反して危険で闇深い。

ヒーローを主題にしているのだから、ヒーローが活躍するに足る危険な世界であるのは当然として、個性というこの世界における異能の存在が社会にあまりにも深い闇を生み出している。

視聴者として楽しんでいる分にはむしろ面白いとさえ思っていたが、それは作品だったからだ。

実際に生きていくとなれば、全く面白くない。

 

街では毎日のように犯罪が起こり、月に一度はそれを目撃する。

ここはソマリアか何かなのかと、そう思わざるをえないレベルでこの世界の日本は治安が悪い。

驚くべきは、そんな状況でも前世と変わらず世界でも有数の治安の良い国と認識されている事実。

よく海外は法治国家が成立してるな、と彼は逆に関心したほどだ。

 

ハッキリ言って、暮らしてみたいと思える世界ではない。

 

だが、そうせざるを得ない以上、対策する以外に恐怖に抗う術はなかった。

彼が己を鍛えようと思ったのは自然な帰結だった。

 

幸運だったのは、彼の肉体がルカリオという極めて戦闘に適したポケモンのソレだったことだろう。

単純な肉体性能は大型肉食獣や重量級の動物系異形にも匹敵し、波導というエネルギーを操作する能力は応用性が高く極めて戦闘向きの能力な上、危険な輩を事前に察知することができる。

それらの能力は、テレビで見る様々な”個性”相手にもそれなり以上に通用すると確信するに足るものであり、僅かながら彼の心の平穏を得る助けとなった。

 

それでも、未だ修練を積み続けているのは、未だに晴れない恐怖と戦うためであろう。

 

だから、その不安を払うように、力を込めて打ち返すのだ。

 

それほど広い部屋ではない。

故に硬球が跳ね返り、再び打ち返されるまでのテンポは恐ろしく速い。

 

だが、彼はその全てを打ち返す。

拳で、足で、頭で、尾で。

全てを、例外なく。

 

高速で飛び回る硬球は一見して軽そうだが、実際に持てば見た目以上の重量があり、受け止めてみれば重々しい衝撃が走る。

故に、波導で筋力を高めると同時に、インパクトの瞬間に波導を集中し、肉体を硬化させダメージを防ぐ。

 

高速で跳ねる硬球を正確に捉える動体視力と、狙った位置に打ち返す精密な肉体操作。

そしてそれを支える波導の制御。

 

ほどほどに楽しく、一人でも出来て、それなりに効果がある。

彼が過去の記憶をもとに捻りだした独自の訓練法、その一つ。

かつては跳ね返った硬球を打ち返し損ねて痣をつくったり、直ぐに疲労していたが、何年も続けて居れば身に付くものだ。

もはや打ち損ねなどあり得ず、数時間に渡ってノンストップで続けるだけの技量と体力を得た。

 

暇さえあれば訓練の日々。

こうした訓練用の場所でだけでなく、生活の中でさえも周囲に怪しまれぬように自らを鍛えぬく。

 

『・・・死んでたまるかよ』

 

全ては、当たり前の平穏のために。

 





大神凛勇
主人公。何の因果かルカリオになってヒロアカ世界に転生した。(理由を考えるのが面倒だったともいう)。
精神性は少々ネガティブではあるが普通。ただ、あまりの治安の悪さと、それが肌で感じられる波導の感知能力のせいで、過敏になっている。
ルカリオに、金属質の毛とか突き出た骨とか後頭部の房とか、《人狼》+《波導》で生まれそうにない設定が多かったため、やむなく孤児設定に。
突然変異でも良かったけど、親と違う個性とか家庭内不和を呼ぶ要素しか感じられなかったので、その辺りをバッサリカットするためのウルトラC。
ヒロアカ世界の孤児院とか、ヴィラン関係者とか被害者とかの闇が溜まりに溜まってそうで、幼少期の闇が深くなるが、伏線要素として残しつつ、本人の努力により比較的早い時期に里親をゲットしたぐらいのふわっとした感じにしておく。
ポケモンとヒロアカへの理解度としては、ポケモン⇒対戦勢+アニポケ。ヒロアカ⇒アニメ+ネット、くらいの想定。
名前は大神⇒オオカミ、凛勇⇒ルカリオとリオルに共通する部分を抜き出して漢字化、といった感じ。勇が”お”と読めると知ったときは「これしか無え!」と思った。

ルカリオ
筆者のフェイバリットポケモン。格好いい。

波導
各種媒体により波動と波導の二つの表記があるが、波動先輩と被るので波導で統一。
アニポケ、ポッ拳、スマブラ等の描写をみつつ、独自解釈します。

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