たとえ勇者に非ずとも   作:そば茶

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またしても久々の投稿。
撮りためてたドラマを消化していたら書く時間がありませんでした!



第十二話 痛み

 

朝の事件から二時間ほど過ぎたころ。

鳴羽田署の一室、取調室においては大神凛勇は一人の刑事と対面していた。

 

「来てもらったのに待たせたすまんな。田沼栄三(たぬまえいぞう)と言う。ここの刑事だ。よろしくな」

『いえ。大神凛勇(おおがみりお)です。よろしくお願いします』

 

刑事は、無精ひげを生やした四十そこそこの中年だった。

愛煙家なのか、服からは消臭剤と共に煙草の匂いが香る。

それに内心で顔をしかめつつ、凛勇は努めて笑顔で返した。多少、引きつっていたが。

 

「見聞きしたことを聞くだけだ、そんなに堅くならなくていい」

 

田沼は凛勇の表情を慣れない場所故の緊張と受け取ったようだった。

あえて訂正する必要もないので、凛勇は曖昧な表情で相槌を打つに留めた。

 

「まずは君に礼を。君のおかげで市民に被害が出ずにすんだ」

 

今回の事件、衰弱していた男女二名を除けば、被害者は屋内に侵入して蜂の毒を受け昏倒した4名の救急隊員だけであり、民間人への被害は無かった。

昏倒した四名が受けた毒は意識を奪うだけのものであり、命に別状はない。昏睡していた男女についても既に病院に搬送され生命維持の措置を受けており、生死を彷徨う段階にはない。

災難ではあったが、出勤時間帯の住宅街、それも野次馬が集う状況下で起きた事件としては奇跡的と言える結末と言えるだろう。

 

この事件の発端は凛勇の行動ではあったが、被害を抑えたのは紛れもない凛勇の働きだった。

心無きものであればそれをマッチポンプと揶揄するかもしれないが、凛勇の通報がなければ高い確率で衰弱死していただろう。死者ありと死者無しであれば、どちらがマシかなど論ずるまでの無い。

あるいは、あのまま男女が衰弱死していれば蜂はどこぞへと居なくなり、原因不明の衰弱死事件として迷宮入りする可能性もあった。

死者を出さずに済んだこと、そして事件が有耶無耶にならずに済んだことを田沼は感謝している。

事の顛末を語る田沼の思考から、凛勇はそういった感情を読み取った。

 

凛勇が事前に幾つか想定していた流れのなかでもかなりマシなパターン。『これは勝ったか?』と、期待を持たせる流れに内心で構えていたガードをやや下げる。

流れが悪そうならかなり無理スジだが「混乱していて覚えていない」の一点張りでゴリ押しすることも考えていただけに、これはお互いにとって良い傾向だった。

 

『当然のことをしただけです』

 

内心では『あいつら見捨てて逃げてりゃなぁ』などと考えていたことなどおくびにも出さず、優等生の仮面を被る。

そんな凛勇の答えに田沼は満足したようで、再び軽く感謝を述べると、空気を切り替えた。

 

「それでは、まず事件の始めからお話いただけますかね」

『はい』

 

これなら悪いようにはなるまい。

だが、調子に乗ってペラペラしゃべってしまえば、どうなるかは分からない。

どのような形であれ、公的な記録に残る情報なら後々矛盾せぬように気を付ける必要がある。失言をしないよう、脳内でくみ上げたシナリオを思い返しつつ、凛勇は証言を始めた。

 

 

◆  ◇  ◆  ◇

 

 

鳴羽田の街には、俗に廃ビル街や旧市街と呼ばれる地域が存在する。

かつてはこの地域のビルにも多くの企業や商店が軒を構え、人々で賑わう鳴羽田の中心地であったが、鳴羽田駅を中心とした商業区の開発計画に伴いその機能を奪われ、徐々に衰退していった歴史を持つ。

現在立てられているビルは築50年を超えるかそれに近い。老朽化が進んでいることもあり、安い賃料にも関わらず新規参入する者はごくわずかであり、この辺りは半ば放棄されているに等しい。

再開発計画が度々持ち上がるものの、予算と土地の権利者達が求める条件の折合いがなかなかつかず、寂れる一方。管理を半ば放棄された建物も多く、人の往来が少ないこともあり、後ろ暗い考えを持つ者や、所謂社会のはみ出し者達が集い、鳴羽田でもダントツで治安が悪い地域となっている。

 

こんな場所を好んで利用するのはチンピラやスジ者、あるいはそういった者達を相手にした後ろ暗い商売を生業とする者たちばかりである。

だが、これから会う男はその中でも一等質が悪い。

釘崎爪牙は内心でそう断じた。

 

しかし、苦手な相手であろうとも用がある以上会わない選択肢はない。

連絡を取れば、言葉少なに送りつけられた住所。そこへ向け、爪牙は歩いていた。

 

一般市民であればこの廃ビル街を通り抜けることは多大な緊張を強いられるものだが、爪牙にとっては慣れ親しんだ場所だ。この辺りでは名の通った不良であり、比較的人望もある爪牙をあえて襲おうと考えるチンピラは居ない。

特にトラブルに遭遇することもなく、路地を抜け目的地に近づいたあたりで聞こえた声に足を止めた。

 

「──から、知らねぇって!何なんだよお前!」

「ふん。黙秘するか、ならばもう一発だ」

「おっまふざけ──ガッ」

 

一瞬、トラブルかと身構える。

個性を使おうかと拳を構えるも、すぐに聞き覚えのある声だと気づき状況を理解する。

 

「・・・チッ」

 

声だけでも、碌でもない状況だと分かる。

だが、用がある男は、目的地では無くトラブルの渦中に居るようだった。

面倒だと一瞬天を仰ぐも、無視して通り過ぎてはここまで来た意味が無い。舌打ちをしつつも気持ちを切り替え、爪牙は声のする方向へ歩を進めた。

 

声を辿っていけば、案の定碌でもない状況だった。

 

暗い路地の一角。路地の行き止まりで、二人の男が争っていた。

いや、争いという表現を用いるにはその場で行われている行為は一方的すぎた。

片方はこの辺りのチンピラだろうか?胸倉を掴まれたまま、幾度となく顔面を殴られているが、ほとんど抵抗できていない。殴られ過ぎた顔面は凸凹に変形しているうえ、血まみれで元がいったいどういう顔か分からないほどだ。気のせいでなければ、既に気絶しているように見える。

対して、チンピラを殴っている男の方はと言えば、返り血を浴びているものの負傷らしい負傷はない。覆面に隠されたその表情を伺うことは出来ないが、大きく吊り上がった口元を見れば、笑っているであろうことは容易に想像がついた。

 

関わり合いになりたくない。

 

誰もが当然に持つだろう感想を爪牙は抱く。

しかし、爪牙にもこのまま男にこの残虐なショーを続行させまいとする程度の優しさはあった。

嫌々ながらも、仕方なく声をかける。

 

「おい、何やってんだよオッサン」

「フンッ!」

 

声をかければ、覆面の男はチンピラに留めの拳を叩き込み爪牙の方向を振り返る。

振り向いた男の姿は、この辺りの人間であれば知らないものは居ないだろう。

自称鉄拳掃除人、ナックルダスター。

道行く人間に因縁を付けては突然殴り掛かってくるヤバいオッサン、とこの辺りでは認識されており、実際その通りの男だ。

爪牙もナックルダスターには一度殴り飛ばされており、どちらかと言えば苦手な相手だった。

 

「遅かったな」

「遅かったな、じゃねぇよ。待ち合わせと場所が違うじゃねぇか」

「お前が来るのが遅いからだ」

「はぁ?」

「それよりも、さっさと用を言え」

「・・・チッ」

 

やはり、気に入らない。

自分の都合ばかりを押し付けるナックルダスターの態度は、爪牙にとって酷く気に障るものだった。だが、いちいち苛立っていては話が進まない。

怒りと押し殺し、用を告げる。

 

「蜂が出たぞ」

「何?」

 

果たして、爪牙の言葉はナックルダスターの興味を誘ったようだった。

 

「今朝、ウチの後輩から連絡があった。西の住宅地だ。すぐに鎮圧されたようだが、百以上は居たって話だ」

「蜂だけか?ヴィランはどうした?」

「そっちは無しだ。蜂だけだとよ」

「・・・ふむ」

 

爪牙はナックルダスターから依頼を受けていた。

トリガー事件を裏から操る”調整役”、蜂使いの捜索だ。

かつては自身もトリガー使用者であった爪牙は、蜂使いに利用され、ナックルダスターやクロウラーと争った。結果的には敗北し、あげく蜂使いにより始末されそうになったところをクロウラーに助けられたのだが、気づけばナックルダスターの小間使いのような立場になってしまった。

その事実に不満はあれど、クロウラーへの恩と、蜂使いへの恨み。二つの理由から、爪牙はナックルダスターに協力していた。

 

だが、調査は順調に進んでいるとは言えないのが現状だった。

手がかりといえばナックルダスターが持ち込んだ蜂使いの写真くらい。

橙色の髪に左目を隠す眼帯と、比較的目立つ外見であるため目撃情報自体は多い。だが、蜂使いは頻繁にねぐらを変えているようで、爪牙が友人や後輩たちの伝手を使って調べても、その潜伏先だけは一向につかめていないのであった。

警察にはその尻尾すら掴めていないのだから、よほど巧妙に身を隠しているのだと分かる。

そこに来て、協力を頼んでいた後輩の一人から上がって来た今朝の事件。先日の大量発生に続く、大きな動きとみて爪牙はナックルダスターに事態を報告しに来たのであった。

 

「また大量発生(スタンピード)を起そうとしたのか?・・・どのヒーローが対応した」

「いや、ヒーローは出てねぇ。その場にいたガキが対処したらしい」

「何、どういうことだ」

 

爪牙は、後輩から上がって来た情報を説明していく。

蜂が発生した住宅には、その前に救急車が止まっていたこと。騒ぎが起きたさい、子供が蜂に対処したこと。

報告を受けた後輩は当時野次馬の中におり、蜂が発生した際にはすぐに逃走したため事態の経過を全て見ているわけではなかったあ、蜂使いを探していた爪牙の言葉を思い出し、それを報告したのだった。

 

爪牙が聞いた内容を報告すると、ナックルダスターは事態に対処した子供に興味をもったようだった。

 

「どんな奴だったか聞いたか?」

「いや、聞いてないが。そこは重要じゃねぇだろ?」

 

聞いた当時、子供が対処したと聞いて爪牙も驚きこそしたが、それだけだ。

そういうことが出来る個性なのだろう。と、ごく自然に納得した。

だが、ナックルダスターは違うようだった。

 

「西の住宅街と言ったな。それは小学校の近くか?」

「あぁ?・・・、多分、そうだと思うが」

 

ナックルダスターの問いに、聞いた情報と脳内の地図を照らし合わせ、そう答える。

爪牙にとっては主な活動圏とは離れるためおぼろげだが、確かに現場近くには小学校があったはずだった。

その答えを聞いて、ナックルダスターは妙に納得したようだった。

 

「なんだよ」

「やった奴に心当たりがある。事情を聴くなら、直接聞いた方が速そうだな」

 

そう言ってスマホを取り出したナックルダスターに、爪牙が待ったをかける。

 

「おい、お前まさかガキまで使ってるのか」

「詮索はしない約束だ」

「──ッテメェ。・・・碌な死に方しねぇぞ」

「だろうな」

「ケッ、そうかよ。なら、これで用は終わりだ、じゃあな」

 

取りつく島のないナックルダスターの態度に呆れた爪牙は踵を返す。

だが、それをナックルダスターが引き留めた。

 

「待て、一つ仕事を頼みたい」

 

 

◇  ◆  ◇  ◆

 

 

「それでは、これで聴取の方は終了です。ご協力感謝します」

 

事件に至るまでの経緯と、その後の流れの説明。そして、田沼刑事の気になるポイントに都度答えること三十分あまり。ようやっと、俺は事情聴取を終えた。

短くも、長い戦いだった。

 

ほっと一息つきたいところだが、何事も終わりが肝心。

気持ちをぐっと抑えて、優等生の仮面を最後まで被りとおす。

 

『いえ。・・・あまり力になれず、すいません』

「そんなことは、大変参考になりました。もし、何か思い出したことなどあればこちらに連絡を」

『はい。そのときは』

 

電話番号とか教えられても俺には使い道がないんだが、警察署のPCってフリーメールはセキュリティで弾かれたりするんじゃないか?

そんな素朴な疑問を抱きつつ、名刺と受け取る。

まぁ、警察官個人の名刺ならそれなりに使い道はあるだろう。

 

「それでは、待合室の方でお待ちを。三茶(さんさ)!案内頼むわ」

 

田沼刑事が大声でそう言うと、三茶(さんさ)と呼ばれる頭が猫の刑事がやってきて待合室まで案内してくれた。ファンシーな見た目をしているが、見たところこの人もオッサンのようだ。まぁ、顔完全に猫なので女だったらどうって話でもないが。

俺、異形型ダメなんだよね(特大ブーメラン)。

 

好みの話はさておき。

待合室に通された俺と入れ替わりで、順番待ちしていた委員長が連れていかれた。

一緒に待っている間もそうだったが、彼女は相変わらず緊張でガチガチだった。

ヒーローを目指しているのなら、将来警察との関わりは必須なのだし、勉強する場だと思って気楽にいればいいのにね。

まぁ、裁判が怖くて内心ビクビクだった俺が言うのもなんだがな。

だが、幸いにして俺が懸念していた個性使用に関しては状況からみて送検無し、無罪放免だ。唯一の懸念が解消された今の俺は、実に気楽なもんである。

勝利の余韻に浸りつつ、取り出したスマホを見てびっくりする。

 

『うっわ、メッセ超来てるじゃん』

 

ここに来る道中美月にメッセージを入れておいたのだが、その返信が20件くらい届いてた。

殆ど”怪我してない!?”とか”無事?”みたいな安否を問うもののようだが、俺の返信が無かったせいか焦っていたようでいつもは几帳面な彼女のメッセージに誤字がある。よっぽど慌てていたのか、俺のスマホに一度電話してきたようで着信履歴が残っている。スマホは常にマナーモードなので、全く気付かなかった。

しかし、最後のメッセージは”警察から連絡がありました。無事で良かった。今迎えに行くので待っててね”とのことなので、状況は把握している模様。

どうやら、これから迎えに来てくれるらしい。

 

『ああ・・・・、悪いことしたな』

 

今日は平日。当然彼女も今日は出勤日だ。出勤して早々に休暇を取得させることになってしまった。

心配もさせてしまったし、余計な手間までかけさせてしまっている。

それもこれもあんなとこに蜂を仕掛けやがった馬鹿のせいだ。

まだ見ぬクソ野郎に内心で罵声を浴びせかけつつ、急いで美月への返事を打つ。

彼女には、会ったらまた改めて頭を下げよう。

 

やることが終わると、急にどっと眠気が襲ってきた。

 

「ふぁ~・・・」

 

連日の睡眠不足に加え、朝から散々頭を遣わされたせいだろう。

緊張感で一時的に抑え込んでいた眠気が、ここにきて一気にぶり返してきた。

本当なら警察の内部資料とか覗いておきたいのだが・・・無理だ、眠過ぎる。

まぁ、聴取の中でそれとなく話題振った感じあの田沼って刑事は蜂とトリガーの件を関連付けては居なっぽかったし、警察を探っても期待できる情報はなさそうだ。

仮に情報があったって、流通経路とかだと分かっても俺には手が出せないしな。組織の構成員の顔写真とかあれば最高だけど、波導越しじゃどのみち分からないし。

やるだけ無駄と言えば無駄ではある。

 

『ま・・・オッサンに聞けばいいか』

 

今回のことで、ナックルダスターが握っている情報に価値がありそうなのは分かった。協力してやっているのだし、聞けば情報ぐらい教えてくれるだろう。嫌と言うなら、相応の手段を取るだけの話だ。

 

そうと決まれば心置きなく眠るとしよう。美月の職場からここまでは・・・・3・40分ってとこだろうが、仮眠としちゃ十分だな。

待合室の椅子はクッションが薄く眠り心地はあまり良くなかったが、些細な問題だ。瞼を閉じればすぐに俺の意識は深く沈んだ。

 

 

◆  ◇  ◆  ◇

 

 

──頭が割れるように痛い。

 

駆け込んだ廃ビルの一室で、蜂須賀九印は左目を抑えてもだえ苦しんでいた。

 

既に蜂の死は止まっている。

同様に働き蜂の死に感応する女王の狂乱も既に止まっている。左目を抑える掌にこべりついた血も既に渇き、ボロボロと剥がれ落ちていく。

だが、耐え難い痛みだけは変わらず蜂須賀の精神を苛んでいた。

 

「クソッ・・・クソがッ!!」

 

痛みを誤魔化すようにして、罵声を上げる。

だが、いくら声を上げようともその痛みを誤魔化すことはできない。今蜂須賀を襲っている痛みは、肉体のものではなく精神に属するものだからだ。

 

蜂須賀九印という人格は、人為的に生み出されたものだ。

眼孔に巣くう女王蜂を核とする蜂の群体知性と、宿主の脳が持つ思考。その複合によって形成される疑似人格に過ぎない。

平時であれば宿主の思考は女王蜂によって抑制され、蜂須賀九印という人格(アバター)の大部分は女王蜂が掌握している。だが、現在のように女王が大きなダメージを負い、その機能が機能が低下すると、宿主の意識に対する抑制が弱まる。

蜂須賀が感じている痛みとは、覚醒しようとする宿主の意識と、それを封じ込めようとする女王蜂の意識上のせめぎ合いによるものだ。自身を構成するパーツ同士の主導権争いが、文字通り脳が裂けるような痛みを彼女に錯覚させているのだった。

 

『─、───!』

 

浮上する宿主の意識につられて、知らない記憶がフラッシュバックする。誰かが誰かを呼び止める声。

だが、そんなものを蜂須賀は知らない。

 

疑似人格に過ぎない蜂須賀九印は、本質的に過去の記憶というものを持ちえない。故に、思い出すべき過去など存在しない。故に、聞こえてくる声も、浮かぶ景色も全て宿主の持ち物(記憶)だ。

その記憶が彩度を増すほどに、頭の痛みは増していく。

 

珠緒!』

「──ルせぇな!!」

 

声が聞こえるほどに、体の底から怒りが湧いてくるようだった。

塞がっていたはずの傷口が再び開き、ドロドロとした熱い血が蜂須賀の顔を濡らしていく。

宿主の意識が、強く覚醒の兆しを示していた。

 

このままでは完全に宿主の意識が覚醒していしまう。

女王蜂に組み込まれたプログラムは冷徹に状況をそう判断すると、強制的に宿主の意識を眠らせることを選択した。なんのことは無い。蜂の被害者達と同じように、薬を投与するだけだ。

体内に居るのだから、難しいことはないもない。直ぐに蜂須賀は耐え難い眠気に襲われた。

 

「お、蜂須賀ちゃんはっけーん」

 

朦朧としていく意識に、軽薄な声が響く。

重苦しい瞼をこじ開けると、血で滲む視界にぼんやりと人影が見えた。

 

「うっわ、血だらけ。痛そー。でもちゃんと生きてるみたいっすね」

「──ォ」

 

声でそれが男だと分かった。無個性な作業着を着た、運送屋のような恰好の男だ。

目深にかぶられた帽子で誰だか分からないが、蜂須賀に心当たりはない。「失せろ」と言おうとしたが、眠りかけの舌はもつれ、意味のある言葉は出なかった。

 

()()、この娘どうしましょうか」

「回収だ。一度ラボに持ち帰って治療を行う」

「了解っす」

 

途絶えかけの意識で、男とは別にもう一人居るような気がした。

誰かいるのかと閉じかけた瞼をこじ開け、周囲を見渡そうとすると、しゃがみこんだ男が蜂須賀を覗きこむようにして座った。

帽子の鍔に遮られ、目元は見えない。だが、軽薄な笑みを浮かべたその顔を斜めに走る大きな傷跡が見えた。

 

「それじゃ、お休み蜂須賀ちゃん」

「(──クソオヤジ)」

 

意識が途絶える寸前、またナニカ言葉のようなものが頭に浮かんだ気がした。

短いが、何度も口にしたことがある気がする言葉。

 

それは酷く、不愉快だった。

 

 

◆  ◇  ◆  ◇

 

 

船を漕いでいたのだろう。

バランスを崩し、一度大きく傾いだ拍子に目が覚めた。

 

『・・・・ん?』

 

ぼんやりとした思考にも、そこが先ほどまでいたはずの待合室でないことは分かった。

ゆっくりと頭を起せば、ガラス越しに過ぎてゆく鳴羽田の町並み。

丁度お昼時だからだろう。中天に輝く真夏の太陽が、寝ぼけ眼には痛かった。

太陽から目線をそれせば、シートベルトが目に映る。

俺は、車に乗っているようだった。

 

「あ、起きたのね。おはよう、ねぼすけさん」

『あぁ・・・おはようございます』

 

かけられた声に振り向けば、美月がハンドルを握っていた。

 

そうか、俺はあのまま寝入ってしまったのか。

仮眠のつもりだったのだが、どうやら想像以上に疲れていたらしい。

 

『ごめんなさい、迎えにきてもらったのに・・・。寝入っていたみたいで』

「いいのよ。疲れていたんでしょう?』

『みたいです』

 

しゃべりながら、やや気だるさの残る肉体を賦活し強引に意識を覚醒させてゆく。緩やかだった血流が加速するにつれ、どんよりと重かった思考が少しづつ晴れていった。

景色を見渡せば、もうほとんど家につく寸前だった。

 

「急に『警察に行ってきます』なんて連絡があったからびっくりしたのよ?ほんと、無事でよかったわ」

 

そう言って驚きを仕草で表現してみせる彼女からは、強い安堵の感情が読み取れる。

感情の動きの大きさが、彼女が抱いていた心配の大きさを感じさせる。

 

『すいません。ご心配おかけしました』

 

それは、あまり気分の良いものではない。

俺が謝罪を告げると、美月は不思議そうな顔をした。

 

「どうして謝るの?」

『迷惑をかけてしまったので』

「迷惑だなんて、いいのに。・・・リオは善いことをしたんでしょう?」

『それは、・・・そうかもしれませんけど』

 

俺の行動で少なくとも二人の人間は救われた。そのために余計に4人が昏倒し、住宅街でパニックが発生することにはなったが、幸いにして取り返しのつかない損失ではなかった。

そもそも、あれ俺の責任じゃねぇしな。うん、なら二人分プラス。後の行動も含めりゃプラス20ぐらいつけてもいいな。

なら、文句無しに善行だろう。

 

だが、俺の行いが善行かどうかと、迷惑をかけていいかは話が別だ。

どれだけ金を稼げたって、家庭を顧みない男になっちゃいかんと俺の親父も言っていた。善行だって同じことだ。見知らぬ誰かのために頑張った結果一家離散しました、なんて下らない話があってたまるか。

物事には必ず優先順位というものがある。まずは自分、その次が家族。この二つよりその他大勢が優先されることなど無い。そう俺は思う。

そんな感じのことを言えば、

 

「なら良いじゃない。わたしが気にしてないんだから。善いことしたーって自慢しても良いのよ?」

 

彼女は、あっけからんとそういった。

それが、本気でそう思っているのだということも俺には分かる。だが、彼女の想いと俺の納得は別の話だ。

そう思い、言い募ろうとするが

 

『ですが──』

「いいの」

 

遮るような彼女の言葉に、閉口する。

彼女は変わらず前を見て言った。

 

「私に、アナタの邪魔をさせないで」

『───』

「ね?」

 

彼女は、俺のことを誤解している。

俺が、ヒーローを目指すどこにでもいる少年か何かだと思っている。だから、私に気を遣わず善の道を往けと、そう言いたいのだろう。他ならぬ俺がそのようにした。そのほうが都合がいいから、俺は彼女の誤解をそのままにした。

誤解を解くのは簡単だ。一言「俺はヒーローなんか目指してない」と言えばいい。

だが、それを言ってしまえば、俺はまた膝を抱えて終わりを待つだけの()()()()に戻ってしまう。

 

それだけはゴメンだった。

 

『──ありがとう、美月さん』

 

口は、自然と言葉を紡いだ。理解ある家族に感謝を示す優等生のような一言を。

多分、俺は言いよどむことなくそれを口にできただろう。俺の言葉は、彼女を満足させたようだった。

 

「ふふふっ。お昼、何にしましょうか」

 

彼女の心には、見覚えのある幸福の色が広がっていた。

 

 

 





田沼栄三
個性:健脚
ヴィジランテのキャラ。ヒロアカ原作によく出る塚内警部の(多分)先輩警官。ヴィジランテだと真面目一辺倒の塚内君に代わり、清濁併せ呑む感じの役回りを演じる。足で稼ぐタイプの刑事らしい。

釘崎爪牙
個性:スパイク
ヴィジランテのキャラ。地元の中学生の間では「伝説の先輩」として有名らしい。男らしく曲がったことが許せない性格・・・とのことだが、一巻の所業は完全にアウトだと思います。でも、終盤の成長した彼は好き。現状は怖いオジサンの使いっぱしり。
コーイチ君にほだされた人、その3。


俺別にヒーローには成りたくねぇんだけどなぁ、って人
ヒーローが夢だと言っておかないと行動に説明がつかないので嘘は付き通す。実際、はたから見る分には才能あるし、周りもその気になってしまっているので、自分でも後に引けなくなっている。
基本的に独善的かつ自己中心的な性格なので、必要とあらば恩人だろうと騙すが、嘘に100%の善意が返ってくると流石に罪悪感。


息子の夢は全力で応援するわよ、って人
幼少期から物や遊びに行ったりすることを強請らなかった凛勇に対して、「私に遠慮して我慢させてしまっているのね」と解釈しており、凛勇の世話を焼けるタイミングを狙っている。
心配症なので、本当はヒーローにはなって欲しくないなぁと思っているが、才能があるのも分かっているので、出来る限り応援するスタンス。
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