たとえ勇者に非ずとも   作:そば茶

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第十五話 企み

 

 

目が覚めた蜂須賀を最初に襲ったのは、左目を突き刺す痛みだった。

たまらず伸ばした手に、ザラザラとした布の感触が触れる。そっと目を開けば、視界の端を白っぽい布地が覆っているのが分かる。

それが包帯であることを覚醒しつつある意識で察しつつ身を起そうとすると、鉄パイプのベッドがギシリと音を立てた。

 

「──病院・・・じゃないみたいだね」

 

──マズイ

と一瞬思ったが、室内の様子を見てすぐに落ち着く。

ベットや腕に付けられた点滴、脇にならぶ医療機器。部屋の中身こそ病院の一室のようではあったが、部屋の構造が明らかに異常だった。この部屋には出入口が無いのだ。

天上の隅に換気用の穴こそついているが、そこには格子がついていている上、人が出入りできるような大きさではない。壁には窓一つなく、その代わりだとでも言うのか、少し型の古いテレビがどこかの風景映像を映し出している。

人の自由な出入りなど初めから想定していない、誰かに見られたくない人間を休ませるための部屋だ。当然、そんな部屋が普通の病院にあるはずはないし、そんなところにたまたま連れてこられるはずもない。

恐らく、気絶したところを組織の人間に回収されたのだろうと蜂須賀は結論付けた。

 

「はぁ・・・」

 

ため息つき、ベットに伏せる。

一瞬焦ったせいで、心臓が鳴っていた。ドクドクと血の巡る感触が、まだ頭に残る痛みをズキズキと刺激する。

 

「あぁ、クソッ」

 

随分と蜂を殺された。

手持ちからすれば微々たるものだが、未だかつてこれほど大量の蜂を同時に殺されるようなことは無かった。そうならぬよう、舞台裏に身を隠したまま暗躍してきたのだ。だが、安全だと思って居た舞台裏に誰かが首を突っ込んだ。

痛みが、怒りや悔しさを思い起こさせ、またドクドクと血が巡る。その熱感を冷ますように、頬を枕に押し当てる。

 

『起きたようだね』

 

突如響いた声に、蜂須賀は慌てて身を起す。

周囲に視線を巡らせると、正面の壁に取り付けられたディスプレイが風景映像から真っ暗な画面に変わっていた。

 

『気分はどうかな、蜂須賀クン?』

 

声は、上司のものだった。

 

「・・・良いように見えます?」

『フフフ、意識はハッキリしているようだね。左目の調子はどうかな?』

 

言われて、包帯の上から目を撫ぜる。

目の中に巣くう女王蜂の怒りはひとまず収まっているようだった。

 

「まだ痛みます、けど・・・今は大丈夫です」

『それは良かった。突然連絡がつかなくなったから心配したんだよ』

「あぁ・・・どうもご迷惑おかけしました?」

『何、構わないさ。良いデータが取れたからね』

「?」

 

データとはなんのことか?

蜂須賀は首を傾げつつも、ひとまず上司の機嫌は悪くなさそうなことに安堵するが──

 

『それで、キミはどうして倒れていたのか、教えてくれるかな?』

 

──続けられた問いに渋面を浮かべる。

その問いに答えるということは、自らの失態を詳らかにするということだ。いい気分ではない。

だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()ので、仕方なく話す。

 

「間借りしてた家が誰かに暴かれたみたいです。それで、・・・・仕掛けておいた蜂をやられました」

『相手はヒーローかい?』

「わかんないですですけど、多分」

 

蜂が手元に戻って来ていれば、その蜂が情報を引き出すことができる。

だが、それが戻ってきていないということは、一匹残らず殲滅されたということだ。元々、目撃者は絶対に仕留めろと命じて置いた。つまり、蜂は目撃者に負けたということだ。

仕掛けて置いた蜂は200近い。女王蜂の反応から察するに蜂はごく短時間の内に殺されたとみていい。

どのような経緯で踏み入ったかは不明だが、敵は相当な手練れであることは間違いなく、必然的にヒーローである可能性が一番高かった。

 

『ふむ・・・この段階で捜査機関に蜂の存在がバレると少々やりづらくなるな。蜂須賀クン、家にトリガーは置いていないね?』

「それはハイ、大丈夫です。届いた分は売人に捌いてたんで、・・・あ、でも、追加発注分が来るかも』

『・・・なるほど。そちらは急いで対応する必要がありそうだね』

 

そう言うと、上司は画面の向こうで誰かに指示を下したようだった。

マイクから離れたのか、数秒音が遠のく。

 

「(誰かいるのか?)」

 

ふと、誰に声をかけているのだろうと興味が湧く。

蜂須賀は上司の下でバイトを始めて長いが、把握している組織の構成員は直属の上司一人だけだ。自らの手下は多いが、それは全て個性や金を使って増やした使い捨ての手駒。

蜂須賀は組織の全体像どころか、その本拠地や構成員すら碌にしらない。

 

「(アレもそうだったのかな・・・)」

 

意識を失う寸前に見た作業服の男。

状況から見て、彼こそが自身の救援を依頼された組織の構成員だったのだろう。

目深に被られた帽子のせいで良く見えなかったが、確か顔に──

 

「(──あれ、なんだったっけ?)」

 

思い出そうとした途端、急激に記憶が薄れる。

何か、強く心を揺さぶられるものを男の顔に見たような気がしたが、嘘のように記憶の中のソレは暗い陰に覆い隠されている。

 

「(いや、そんなはずは──)」

『蜂須賀クン?』

「──え、あ、ハイ。すいません、何か?」

 

記憶を掘り返そうとしたところで、戻って来た上司の声に、意識が引き戻される。

 

『いや、少しぼうっとしているようだったからね。きっとまだ血が足りていないのかな?悪かったね、少し話込んでしまった』

「いえ、あたしは別に──」

『後始末はこちらでしておく、キミは休んで体を回復させるといい』

 

その言葉を最後に、通信は切られたようだった。

テレビが再びどこかの風景映像を映し出す。

 

「・・・急に切るじゃん」

 

ぼやきつつ蜂須賀はベットに身を横たえる。

一人だけの病室は酷く静かだ。

 

「あ”あ”~、クソッ!痛い」

 

意識すると、また左目がズキズキと痛んだ。

出血が止まっただけで、傷自体はまだ残っているということだろう。上司の言う通り、まだダメージが抜けて居ないのかもしれない。そう思い、目を閉じる。

目を閉じると、痛みがより一層強く感じられるような気がしたが、意識を反らすように点滴の奏でるかすかな水音に耳を傾けていると、痛みが少しだけ和らぐような気がした。

やがて、意識がふわふわと遠のいていく。

 

「(あれ、そういや、なーんか忘れてるような気がしたんだけど……)」

 

眠る寸前、何か思い出さなくてはいけないものがあったような気がしたが、それも直ぐに忘れた。

 

 

 

◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

俺は甘い物は苦手だが、別に食べれない訳ではない。

生まれ変わったことで多少味覚は変わったとは言え、”甘さ”という概念それ自体が何か変わるはずもなし。そも生物とは本能的に糖分を求めるもので、俺とて甘いものが欲しくなるタイミングはある。ただ、口の中が甘さで一杯になると、急激に食欲が減退するだけだ。

それって要するに嫌いってことだろ?と言われてしまえば返す言葉もないが、小さくなっても中身は大人。少々の嫌悪感をぐっと飲み込んで苦手なものを食べるくらいは出来る。

だからまぁ、呼びつけられたコーイチ君の家で、ナックルダスターにクッキーを提供したのは、彼にクッキーを()()()()()()()()、などとと思ったからではないということを、ここに強く主張させて頂こう。

 

「む・・・旨いな」

 

チョコ風味の甘い香りを漂わせるクッキーを、豪快にボリボリと頬張りながら、ナックルダスターは満足そうに唸る。

昨日の事件のあらましについて語る流れで、そう言えばカバンに入れっぱなしだったと思い出し、お茶うけにと取り出したクッキーだが、意外にも好評のようだった。

 

『甘い物お好きなんですか?』

「人並みにな」

『はぁ・・・』

 

人並み、と語りつつもクッキーを頬張るナックルダスターの手は結構早い。

見た目に似合わず甘い物好きなのか、あるいは単に食い意地が張っているだけだろうか?

 

『それで、話というのは?』

「ム、まぁ待て。話はこれを食い切ってからだ」

『(オイ)』

 

門限あるからさっさと終わらせて帰りたいんだが?

そう思ったが、消費してくれる分にはありがたいのも事実。それに、波導を見る感じ、ナックルダスターもただ食っているだけではないらしい。何か思案しているようだ。

何を考えているかまでは分からないが、これは必要な間なのだろう。

さっさとしてくれよな、と思いつつ口に広がる甘さをどうにかするため飲み物を取りにキッチンへ向かう。と言っても、人様の家で勝手に冷蔵庫を漁る訳にも行かないので、水切りカゴからコップだけ拝借して水を注ぐ。

 

リビングに戻れば、ナックルダスターも最後の一枚に手を付けるところ。

さっさと食べろよ、と急かす意味も込め、ついでに汲んで来た水を差し出した。

 

 

「俺の用は、コイツだ」

 

クッキーを食べ終えたナックルダスターは、一度口を潤すと、そう切り出した。

言いつつ、懐から一枚の紙きれを机に放る。──いや紙切れではない、写真だ。制服を着た、高校生くらいの少女が写っている。

 

まず目を引くのは、派手な明るい茶髪。

『できれば関わりたくないタイプだ』と前世の感覚が囁くが、染めているのではなく多分地毛だろう。この世界ではよくあることだ。

実際、派手に見えるのは髪色だけだ。普通、羽目を外すなら制服を気崩すとか、化粧を濃くするとか、もっと他にも出来ることがありそうなものだが、ワイシャツのボタンは一番だし、リボンもしっかり結んでる。化粧もちょっと肌色を整える程度の控えめなもの。目立った特徴(異形)もないし、全体的な印象としてはむしろ地味ですらある。多分街ですれ違っても記憶に残ることは無いだろう。そのくらい普通だ。

あわせて言えば、見覚えも無い。

 

制服は・・・見た事があるような気もするが、人の制服など関心を持って見た事がないので今一自信が無い。

分かるのは、俺の近所の子達が行く高校の物ではないな、ということくらい。

 

『誰ですか、コレ?』

 

写真を眺めつつ訊ねる。

昨日の事件の話の後で出して来たのだから、トリガー事件に関わる誰かしらなのだろうが、

 

「”蜂使い”──俺はそう呼んでいる」

『蜂って……それ本当ですか?』

「嘘を言う意味があるか?」

 

薬物売買と関わりのある子には見えない──そんな風にも思ったが、どうやらただの勘違いだったようだ。

波導を見る限り、ナックルダスターは本気だ。それはつまり、昨日俺に散々迷惑をかけてくれたヴィランの正体がこの女ということになる。

見た目ってのはアテにならんもんだな。それとも、俺が安易な偏見を持ち過ぎなだけだろうか?

 

『いえ、少し意外に思っただけです。・・・それで、何故僕にこの写真を?』

 

このオッサンが俺に日々やらせていることと、顔写真を見せたこと。

この二つを思えば何となくオチは見えているが、一応聞く。

 

「お前にもコイツを探してもらおうと思ってな」

『(だと思ったよ)』

 

案の定、予想通りだ。全然嬉しくない。

まったく、俺をどこまで使い倒す気だこのオッサン。俺は警察犬じゃないんだぞ。

 

『俺も暇じゃないんです。人探しなら探偵を雇って下さいよ』

「そうしたいのは山々だがな、そこらへんの奴には任せられん。取り込まれて利用されるだけだ」

『…どういうことです?』

 

敵が強いとか、よっぽど索敵に秀でているというならわかるが、利用されるだと?

 

「コイツの使う蜂は人の脳に寄生し、思考を操る」

『は?寄生?』

 

アレが人体に?しかも思考を操るだと?

何それ、エグめのエロ同人かよ。

人間が持ってちゃいかんだろそんな個性。

 

「蜂に対処できん奴を幾ら雇っても、いたずらに向こうの手先を増やすだけだ」

『言わんとすることは分かりますが、そんな危険な個性を持っている相手なら、それこそヒーローに任せるべきでは』

 

ナックルダスターの懸念は理解できる。

だが、蜂使いの個性がナックルダスターの言う通りのものなら、身一つで戦う彼のスタイルが有効な相手とは思えない。もっと適正の高い個性を持ったヒーローに振るべきだ。

例えば、エンデヴァーとか。

 

そう思ったが、ナックルダスターは俺の提案を否定した。

 

「それではダメだ。ヒーローに捕捉されれば、奴らは情報の秘匿を優先して器を殺す」

『自害ですか……いや、だとしてもこの子──本体はそういう訳にも行かないでしょう?』

「いや、ソイツは本体じゃない」

『はい?』

 

本体じゃない?

何を言っているんだこのオッサンは?

 

『この子が”蜂使い”だって言いましたよね?』

「仮称だ。個性の持ち主とまでは言ってない」

『???』

 

マジで何を言っているんだ、コイツは。

蜂使いなのに、個性の持ち主じゃない?ならこの女は一体何なんだよ。

 

「この女はあくまで女王蜂を寄生させられた市民に過ぎん。大本の個性の持ち主は別に居る」

『…えぇと、ちょっと待って下さいね。女王蜂ってのは、つまり蜂を生み出す能力を持った上位個体的なものが存在するということですか?』

「ああ」

 

なるほど。

個性が直接的に生み出すのは女王蜂で、昨日の蜂は副産物的なものな訳か。で、写真の女はその女王蜂を寄生させられたいわば個性の出力点みたいなもので、大本の女王蜂を作ってる奴は別に居る、と。

 

……。

 

……。

 

 

じゃあ、この女は蜂使いでもなんでも無いじゃん‼

 

 

紛らわしい呼び方すんなよ!

説明下手クソか!

 

「どうした、急に頭を押さえて」

『……いえ、気にしないでください』

 

頭を押さえつつ、深呼吸をして気分を落ち着かせる。

‥‥大丈夫、俺は冷静だ、イライラなんてしてない。そうさ、きっと俺の質問の仕方が悪かっただけ。それで、少し説明の順序が狂ってしまったのだろう。

 

‥‥OK、OK、話は理解できた。

ようするに、写真の女は蜂使い(偽)で、別に蜂使い(真)が居るってことね。

だだ同時に、この女に寄生しているのはただの働き蜂ではなく、それを製造する能力を持った上位個体──女王蜂である、と。

そこから考えると──

 

『つまり、この子は蜂使いの本体と接触したか、蜂使いが個人的に執着のある人物である可能性が高いから、是非確保したいってことですね』

「察しがいいな」

『流石に分かりますよ』

 

でなきゃ、この女に拘る意味が無い。

女王蜂と働き蜂が同様に思考操作能力を備えているのであれば、個性の核にあたる女王を埋め込む対象は厳選したくなるのが人の性というものだろう。

犯罪に利用するのだから、強力な個性の持ち主を宿主に選ぶのが合理的だと俺は思うが、相手は犯罪者などと言う合理性とは最もかけ離れた生き方をしている連中だ。個人的にそばに置いて置きたい人物であるとか、容姿が好みであるとか、そういう俗っぽい理由で選別している理由は大いに考えられる。

メタ的にも、その方が()()()を作り易そうだしな。

 

そして、そういった俗っぽい理由で選ばれているのであれば、蜂使い(真)が宿主を使()()ために自らの身辺に近寄らせた可能性は高いし、捕縛する上でネックとなる自害命令を躊躇する可能性が高い。

となれば、後は体内に居る女王蜂さえ黙らせてしまえば、宿主から蜂使い(真)にたどり着く情報を引き出し放題、という訳だ。

やや希望的観測に寄る部分が多いような気もするが、確かに捜索するだけの価値はある。俺の個性ならば、体内に居る女王蜂を宿主を傷つけずに黙らせることも不可能ではないだろう。しかし──

 

『(──協力は出来ないな)』

 

第一にストーリーに影響を与えすぎる、というのもあるが、如何せん時期が悪い。

話す前から分ってはいたが、蜂使い(真)は米国トップ10と渡り合うにはあまりに弱い。CCが必要になるほどのスーパーヴィランはどう考えてもコイツじゃない。

蜂使い(真)の仲間か、洗脳した隠し玉か…どちらにせよ、蜂使いがピンチになればソイツは動くだろう。それだけの価値がこいつの個性にはある。

しかし、CCの到着前に動かれるのは非常にマズい。

彼が負けるようなヴィランを一時的にでも抑えて置けるような戦力など、この街には居ないのだ。

事態を動かすのは絶対に、今じゃない。

 

だが、一か月待てと言ってこのオッサンが聞き入れるとも思えない。

何せ、スーパーヴィラン云々は現状俺の妄想でしかないからな。

 

『(となると、承諾だけして、無視ってとこか)』

 

それしかなかろう。

第一、ジャンキー狩りに協力してやっていること自体、俺からすれば出血大サービスなのだ。

俺にとって不本意な結果になると分かりきっているのに、これ以上協力してやる義理はない。

 

『そうですね…僕の個性がどこまで助けになるかわかりませんけど、トリガー使用者の捜索の際に気に掛けるようにしておきます』

「そうか、期待しているぞ」

『(期待ねぇ…)』

 

以前俺に犯罪者でも見るような警戒を向けていた男の言葉とは思えん言葉だな。

余程俺の個性が有用だったのか、おべっかにしても少々臭い。

 

だがまぁ、聞けた話自体はそれなりに意義あるものだった。

CCの来日が叶った後であれば、多少は協力してやろうじゃないか。

 

俺の返答に気をよくしたのか、ナックルダスターが満足気な波導を放つのを、俺はどこか突き放した気持ちで見つめた。

 

 

◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

そこは、薄暗い一室だった。

 

明かりと言えるのは、壁に埋め込まれた幾つもの巨大スクリーンが放つ微光だけ。

明暗激しく次々と表示を変えるスクリーンは普通の人間が見るには目に悪い。その暗さも相まって、高速で流れていく文字列や映像の全てを読み取ることは、一人の人間には不可能だろう。

普通であれば。

 

「──フフ」

 

唯一人、スクリーンの前に座す男だけは違う。

《加速》《並列思考》《感知》。複数の個性を組み合わせることで、部屋の暗さや膨大な情報量を物ともせず、スクリーン上に表示される全てを並列に処理することが可能だった。

だが今、男の注意はスクリーンの一つに集約されている。

 

「一瞬とは言え、僕の支配を破るとは。思っていたより魅せてくれるじゃないか」

 

愉快そうな笑いを零しながら男が見つめる先にあるのは、ある音を記録し、視覚化したグラフだ。

ある音とは、蜂の羽ばたき。その音に込められているのは、蜂須賀九印の内に巣くう女王蜂からの報告。他の者にとってはただの小うるさい羽ばたきにしか聞こえないそれは、男にとっては立派な言語だった。

 

一通り報告を見終えると、男は別の画面に視線を移す。

 

「それで、彼女は直ぐに復帰できそうかい、ドクター(Dr)?」

『それは無理じゃよ先生。まだ傷が塞がりきっとらん。あと五日は安静じゃ』

 

男が問いかけたのは、”SOUND ONLY”と表示されたディスプレイ。

返ってきたのは、年齢を感じさせる男の声。

期待外れなその答えに、男の声がやや沈む

 

「彼女の治癒力は強化してあったはずだろう?」

『これでも早い方じゃ、本来なら死んどる。傷の位置も悪いし、動かさんほうがええ』

「そうか、それは困ったな」

 

蜂による洗脳は、女王蜂を起点とした指示系統の下にある。

そのため、蜂須賀が動けなくなると、その配下に対する命令の伝達効率が著しく低下する。だが、このまま運用を続けてまた蜂を誰かに殺されれば、蜂須賀は今度こそ死んでしまうかもしれない。

死んでしまえば、また別の誰かを器にすればいいだけではあるが、男には蜂須賀をまだ活かしておきたい理由があった。

蜂須賀の不足をどう対処すべきか、顎に手をあて思案する男にドクターが問う。

 

『しかし先生よ、本当にあの娘の記憶を弄らなくてよかったのか?』

「ん?どうしてだい?」

『先生の精神支配を破ったのだろう?野放しにするのは危険ではないか?』

 

情報漏洩のリスクを懸念するDrの問いかけに、男はあっけからんと答える。

 

「構わないさドクター。彼女の記憶はそのままにしておいた方が良いデータがとれそうだからね」

『良いデータとな?』

 

男は手元の危機でスクリーンを操作し、先ほどまで見ていたデータを巻き戻して表示する。

 

「これを見てごらんよドクター。あの子の怒りは、精神支配を破るどころか、逆に蜂の意識を浸食したんだぜ?精神状態が個性に影響を与えることはよくあるけど、他人の個性にまで影響を与えるなんて、()()()()()()()と思わないかい?」

『ふうむ、寄生という特殊状況故の感応か……興味深いの』

「だろう?」

 

愉快そうに問いかければ、ドクターは画面の向こうで思案にふけっているようだった。

しばしブツブツと小さな呟きが聞こえたあと、一区切りがついたのか返答が返ってくる。

 

『確かに、脳を弄ってしまっては貴重な検体をミスミス無駄にすることになるかもしれんな。あい分かった、そういうことでば、直ぐにでも復帰させたいところじゃな。娘の治療を急ぐとしよう』

「ありがとう、理解してくれて嬉しいよドクター」

『うむ』

 

快い相槌を最後に、ドクターからの通信は切れる。

恐らく、蜂須賀の治療に向かったのだろう。

男もまた、通信を切ると、再びスクリーンに流れる情報を処理していく。

 

「単なる嫌がらせのつもりだったが、思ったよりいい拾い物になったね」

 

《寄生》という個性を介した疑似的な個性付与。全く新しいアプローチにより得られた知見は、きっと男の夢を叶えるための、大いなる礎となることだろう。

 

「期待しているよ、()()()()クン」

 

延々と流れる情報を眺めながら、闇の中で男は笑う。

 

魔王へと至らんとする終わりなき道程、その成就を夢見ながら。

 





・朝から運が悪い男
CC級のヴィランとか相手してられんわ、とナックルダスターの頼みは無視する気満々。報酬も貰ってないし、個人的な義理もないので、当然と言えば当然。基本的に情よりも実利の男なので、誉め言葉とかはあんまり意味はないのだ。
まだ見ぬ蜂使い(真)については、『なんかエロ漫画みたいな個性やな……きっと使い手もキモいオッサンやろ』と偏見強めな予想をしているが、『サイコキネシスで潰せたし、まぁ余裕っしょ』と高をくくっている。(なお、実際には秒で負ける模様)


・意外と甘い物好きな男
酒飲みだし、しょっぱい物の方が好きかなーと思いつつ、個性から考えてきっと甘い物を接種する習慣とかつけてるんじゃないかなーという妄想から勝手に生やした設定。
この一月の協力度合いと、コッソリ行った身辺調査の結果、凛勇に対しては「怪しいが、少なくとも敵ではない」との判断を下した。


・蜂使いの個性
とりあえず本作での設定は以下の通り。
蜂使い(真):女王蜂の生成。
女王蜂:働き蜂を生産。脳に寄生し、宿主の思考を操る。
働き蜂:脳?に寄生し、宿主の思考を操る。

働き蜂については、迷いましたが、作中五名登場している蜂による精神支配を受けている(or受けていた)と思わしき人物の内、4巻冒頭に出て来た蜂須賀の友人は唯一片目が潰れていないことから、働き蜂単体でも寄生が可能ではないかと判断しました。
《寄生》については、どちらの原作でもそれらしい個性を所持していると思わしき描写が多々確認できるので、そこに蜂を生み出す個性を掛け合わせたものかなぁ、と推測してます。



気付けば前回投稿から半年以上たってて、SVがどうとか言う時期をとっくに過ぎてしまいました。時が過ぎるのは本当に早いものです。
待っていてくださった方々、本当にありがとうございます。
今年始めくらいから仕事が最近調子良いせいで、次は何時みたいな確約は難しいのですが、書きたいことはいっぱいあるのでまだエタりません(硬い意思)。
引き続き、ご愛顧いただけますと幸いです。
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