たとえ勇者に非ずとも 作:そば茶
ようやく、話を動かしやすいところまでこれた。
「最近ヴィランの発生事件が多発しています。皆さん、寄り道はせずに、気を付けて下校してくださいね」
「「「は~い」」」
何故だろうか。
最近、やけに治安が悪い。
元々最悪だったが、ここ最近は特に酷い。
今朝もテレビで取り上げられていたし、美月にも言い含められた。
今も、担任が神妙な顔つきで注意喚起している。
巷で突発性ヴィランなどと呼ばれる事件。
ニュースを聞く限りじゃ、
それも、この鳴羽田でばかり。
「(おかしい)」
一見、どっかの裏組織が単にヤクをばらまいた結果、ジャンキーが暴発しただけに見える。
だが、それにしては事件の発生する範囲が鳴羽田に絞られすぎている。
薬の売買なんてアングラなものに知識はないが、普通もっと手広く売って稼ぐものじゃないだろうか?
前世でも、SNSを介した薬物売買なんて話は聞いたことがあるし。輸送の関係上流通範囲がある程度絞られるのは分かるが、それでも町ひとつでは市場が狭すぎやしないだろうか。
「(縄張りとかか?)」
事件になっているモノだけでも十件近い。なら表に出ていない薬の量はこの数倍はあるはず。それを個人で仕入れから売買までは流石に不可能だろう。
それなりに人と金を備えたアングラな組織が動いているなら、縄張りやら取り決めやらで逆に動きが小さいという可能性は無くはない。
「(そういや、この辺にヤクザの事務所があるって聞いたことがあるな)」
危なそうなので今まで近づいてこなかったが、可能性の高い集団ではある。
だが、どうなんだろう?
個性因子誘発物質は色々と種類があるが、使用が許可されている国で出回っている物には街中で突然暴れ回らせてしまうような精神作用はない。
あったらそもそも許可されない。
個性因子誘発物質自体は個性因子を活性化させるだけのものだ。
体に無理をさせる薬なので悪影響が全く無い訳ではないが、麻薬のような中毒性や強度の精神作用はなく、あくまで上昇した力による仮初の全能感や多幸感を得られる程度のものだ。
精神を錯乱させるようなものとなると、単なるドーピング薬ではなく、覚せい剤のような別の薬物と混ぜ混ぜした強化版だろう。危険な副作用はあるが、その分強烈に個性をブーストしてくれたり効果の割に安価だったりする。
しかし、あの手の薬ははっきり言って商品としては扱いづらい。
そりゃまぁ、弱個性の救済薬なわけだから、より強く個性を強化する薬に需要があるのはわかる。
だが、副作用がデカいかわりに強く個性をブーストしてくれる薬と、副作用は殆どなくそこそこ個性をブーストしてくれる薬なら、どう考えても後者のほうが売れる。
買う側にとっての心理的ハードルが低く、カジュアルドラッグとして広まりやすいからだ。
金が目的なら、カジュアルな方を売った方が得だ。
なのに、あえて副作用の強い方を売る。
なんだかきな臭い。
「(誰かの過去編とかか?)」
これが何か大きな事件の前振りなのだとしたら、その可能性もある。
オールマイトが健在で、敗北したAFOが身を潜める中大それた動きをする組織があるとも思えないが、用心しなくてはいけない。
だが、まぁ元の治安が糞な世界なのでこれもありふれた事件という可能性もある。
「(一応様子だけ見ておくか)」
小学生の身の上なので、ヤクザの事務所に張り付いて長々と監視するわけにはいかないが、一応見るだけ見ておこう。
波導で覗いたところで、薬を事務所に隠していなければ意味はないが、ヤクザたちの動きを見るだけでも得られるものはあるかもしれない。
下校ルートからは少し外れるが、どのみち今日は道場に通う日だ。
少し遠回りしてちらっと覗いて行くことにする。
『じゃあ、また明日』
「「またねー」」
教室に残っていたクラスメイト達に挨拶しつつ、教室を出た。
◆ ◇ ◆ ◇
元は、個性を使いつつ人助けをして回るちょっとイリーガルな人の良い青年だったが、色々あって完全にイリーガルなヴィジランテになってしまった。
個性は《滑走》
手足を三点以上接地することで、そこから放出される力により地面を滑るように移動する個性だ。
速度は自転車より少し早い程度。
あまり強い個性ではない。
だが、個性の強さだけがヒーローの資質ではない。
そんな、
「ぷひぃぃぃイイ!!」
奇声を発しながら突撃する猪頭の男。
おそらく《猪》の個性を持っているのだろう、猪の剥製から頭部を切ってくっつけたような見た目をしており、血走った目がらんらんと輝いている。
およそ正気とは思えない様子の男は、本能のままに地べたを這いずる邪魔者を磨り潰さんと、街の路地を猪突猛進していた。
「ポップ‼師匠まだ!?」
地べたを這いずる──否、滑走するのはヴィジランテ灰廻航一。
自慢の個性を生かし、突撃する猪男を引き付けるようにその鼻先を付かず離れずの距離を維持し、アメンボのような姿勢のまま走る。
「電話繋がんないの!」
航一の問いに答えるのは、スクール水着を改造したような際どいコスチュームの少女、ポップ☆ステップ。
本名を
個性は《跳躍》。
日々その個性を使ったダイナミックパフォーマンスを街中で披露し、秘かにファンを増やしつつあるちょっとイリーガルな中学生アイドルだ。
縁あって航一のヴィジランテ活動を手助けしているが、本人に戦闘力はないので、こうしてビルの上を飛び回りつつ応援している。
「ええ、じゃあどうするのこの人!?」
「知らないわよ。よそ見してないで走って!?」
「プルギィぃイイ!」
「うわぁっ!?」
ヴィランに追われるザ・クロウラー。
そしてそれを上から追いかけるポップ☆ステップ
この鳴羽田の町でも最近定着しつつある光景の一つである。
本来であれば、ここに”師匠”が現れ、ヴィランをボコボコにするまでが一連の流れではあるが、今回は少々事情が異なるようである。
「じゃ、じゃあとりあえず人の居ない方に─ッどわぁ!?誘動するから、ヒーロー呼んで!」
クロウラーはヴィジランテだが、同時になんの訓練も受けていない一般人でもある。
師匠と違ってヴィラン相手に戦う術を持たないクロウラーは、こういった話を聞いてくれないタイプのヴィラン相手には逃げ回る他ない。
暴力は基本他人任せなのである。
「だから手を出すの止めとこうって言ったじゃん」
「街中だと危ないと思ったからー!」
「・・・はぁ」
目についた問題ごとにとりあえず首を突っ込んでしまうクロウラーの悪癖にため息を零しつつ、スマホを取り出すポップ。
「まぁ、航一の個性ならヒーローが来るまで余裕でしょ」と楽観的に考えつつ、緊急通報用の番号をダイアルしたところで気が付いた。
進行方向に、ランドセルを背負った子供がいた。
「ちょ、航一!そっち子供が居る!」
後方に気を配っていたクロウラーも警告に遅れて子供に気づく。
「うぇ!?なんで!?」
猪男を誘導するために、あまり人の通らない路地を選んだはず。
子供、それも小学生が一人で歩くような場所ではない。
予想外の事態。
「(まずい!この辺は横道もないし、俺が離れてもあの子が狙われる可能性が!)」
即座に周囲の地形を思い出すも、猪男を連れて通り抜けられるような道はなく、直ぐに猪男を止めるような手段もない。
クロウラーだけなら壁を滑走して上に逃げることができるが、それでは子供が猪男の標的になりかねない。
後方からついてきていたポップでは救出が間に合わない。
となれば
「(片手だけなら速度は足りる。なら、抱えて逃げる!)」
通り抜けざまに子供を抱えてそのまま走り去る。
そう決めて手足に力を籠めて加速し、猪男との距離を開ける。
「(びっくりさせちゃうけど、許してね!)」
幸いにして子供は小柄だ。
ランドセルが邪魔だが、腰のあたりを抱き抱えればそのまま走り去れる。
そんな誘拐犯のようなことを考えながら、男の子を捕まえるため足を地面に付け減速に入ったあたりで、子供がこちらを見た。
「掴まって!」
指示を出しつつ、右手を横に突き出す。
子供は、這い寄るクロウラーと猛進する猪男を前に、ポカンとした表情を浮かべていた。
状況が把握できていない、だが説明している時間も無い。
自力でなんとかしようと覚悟を決め、
「(2,1!)」
掴まえる寸前の、カウント。
グングンと迫る距離の中、子供が動いた。
「へ!?」
思わず漏れた間抜けな声。
子供が軽くサイドステップを踏んだ。
直後、そのすぐ横を猛スピードですり抜けるクロウラーの腕。
「(か、躱されたーー!!)」
驚愕しつつ、後ろを振り返れば猪男が子供に迫っている。
前方に向けて加速している状態で、取って返す暇はない。
「危ない‼」
「ブルヒィィイイ!!」
猛り狂う猪男。
次の瞬間、男に跳ね飛ばされる子供の姿を幻視し、クロウラーが目を背けようとしたその瞬間。
『糞が』
子供の体が旋回した。
「ピィギ×%@♯‼」
ゴキリ、と鈍い音を響かせながら男の顔面が横に吹っ飛ぶ。
そのまま、派手な音を立てながら道のわきに置かれた雑多な物の山へ突っ込んでいく。
男の顔のあった辺りに、子供の足が滞空しているのを見て、回し蹴りを放ったのだと分かった。
「もしかして助け要らなかったかな?」と驚きながら見ていると。
「航一!前!」
「へ?」
ポップの声。
前を見ると、道に積み重ねられたビールケースの山。
「わぁぁぁああ!!」
当然避けられるはずも無く、クロウラーはそのままの速度でビールケースの山に突っ込んだ。
◆ ◇ ◆ ◇
「(なんだったんだ、今の?)」
ヤクザの事務所があるあたりをうろついていたら、妙な事件に巻き込まれた。
なんか言いながら這い寄って来た変なパーカーの兄ちゃんと、奇声を上げながら突進してきた顔面猪男。
猪男の方は明らかにこちらを襲おうとしていたので咄嗟に蹴っ飛ばしたが、パーカーの男の方はなんだったのか。
悪意は感じなかったが、こちらを捕まえようとしていたように見えた。
「(俺を助けようとしていた・・のか?)」
アメンボみたいに移動していてちょっとキモかったので、ぶっちゃけ誘拐かと思った。
後ろに明らかにヤバいのがくっついていたのでそっちの対処を優先したが、もしかしたら手を躱したのは悪いことをしたかもしれない。
「(・・・ヒーロー?にしちゃ見たことのないコスチュームだが)」
この辺りで活動しているヒーローについては一通り頭に入れている。
だが、あんなコスチュームと個性のヒーローは記憶にない。
新規参入だろうか?
「(てかやべーな。個性つかっちゃったよ)」
一応正当防衛とか言い訳が付く範囲だと思うが、躱すこともできたのについ日ごろの恨みつらみから蹴ってしまった。
【はどうだん】のような分かりやすい個性行使ではないのでバレてはいないと思うが、異形型に対する個性使用の判定は結構ナイーブな問題だ。
厳しい人だと、暴力振った時点でアウトである。
「(まずいな、心象を良くしないと)」
こっちは子供なのでそう悪い扱いはされないと踏んではいるが、美月に連絡とかされるとちょっとメンドクサイことになる。
それは避けたい。
念のため猪男の方を観察する。
「(顔面腫れてて、首が寝違えたっぽい感じになってるが・・・それ以外は問題ないな。気絶はしてるが脳は正常だし、重症でもない。ヨシ)」
ヨシって言ったらヨシ。
噂の突発性ヴィランという奴なのか、結構強めに蹴っ飛ばした割には怪我が少ない。随分とタフな奴だが、トリガーの強化の影響だろうか?
とりあえず、こちらに後々問題になる要素はなさそうだ。
「ちょっと航一、アンタ大丈夫?」
「テテテ・・・ああ、うん。なんとか」
視線を移せば、パーカーの青年はなんかやたらと際どい恰好の女子に介抱されている。
「(サイドキックか?にしちゃ幼い気がするが)」
原作でも出ていたように、この世界の人間は個性の影響なのか妙にちっちゃい人もいるので、あんまり見た目はアテにならないが、旧人類基準で言えば、たぶん中学生くらい。
どうみても高校を卒業しているようには見えないのだが。
まぁ、なんでもいいが。
『すいません。大丈夫ですか?』
心配をするニュアンスを込めたテレパシーを飛ばしつつ走りよる。
「ダイジョブダイジョブ。君の方こそ怪我はない?」
『はい、お陰様で。すいません僕のせいで』
「ああ、うん。いいのいいの。これは俺がよそ見したせいだから。君に怪我が無くてよかったよ」
ふむ・・・言葉に嘘はないようだ。
俺が躱したのを特に悪く思っている様子はない。
良かった、めっちゃいい人だ。
俺の波導もそう言っている。
「それなかったらアンタ大怪我よ。危なっかしいんだから、気を付けてよねホント」
「ゴメンゴメン」
見たところ青年の怪我は顔面の青痣のみ。
思いっきり突っ込んでいたように見えたが、それなりに防御していたようだ。
体の方はプロテクターを付けていたようで、外傷の類は無い。
ただ、顔をぶつけてるとなると脳震盪が心配になるが、頭の中も・・・見たところ損傷はなし。
うん、大丈夫そうだな。
『よろしければ、顔の方治療しましょうか?』
とりあえず、媚び売りも兼ねて治療を申し出る
公共の場での個性使用は睨まれやすいが、治療系の個性は使っても追及されづらい個性の代表格だ。
今は別に緊急時でもなんでもないが、ここで個性を使う許可をとってしまえば、蹴りの方は追求しづらくなる、という魂胆もある。
「え、君治療できるの」
『はい。この程度でしたら』
「青痣つけたまんまじゃみっともないし、お願いしたら?」
「そうだね・・・お願いしていい?」
『はい。では、失礼します』
何気に、自分以外の人間を治療するのはこれが初めてである。
一応野良の動物にも効果はあったので、この世界の人間相手にも問題なく機能するはずだが。
人体実験?・・・なぁに、バレなきゃいいんだよバレなきゃ。
痣のあたりに手をかざしつつ、波導を練り上げる。
行使するのは、恐らくポケモン世界でいえば【いやしのはどう】と呼ばれるであろうワザ。
元ネタはエスパータイプなので格闘・鋼タイプのルカリオにとってはそれほど適性のあるワザとはいえないが、技術的にはそう難しいものではない。
普段自分の回復力の向上に使ってものを、他人に分け与えるだけだ。
治療は、二十秒ほどで完了した。
『はい。跡はなくなりましたよ』
「おお、本当だ。痛みが引いた。ありがとね」
体内の欝血等も引いている。
完治といっていいだろう。
「へえ、子供なのに結構凄い個性使えるのね」
『ええ、まあこのくらいは』
なんせ俺は死にたくなくて修行しているのだ。
当然治療系のワザなんて真っ先に習得した。
・・・いや、嘘だ。
本当の最初は【はどうだん】だった。
まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。
『顔の傷の方はこれで。体と、それから脳の方も見ましたが出血等はありません。とはいえ素人目ですので、なにか違和感が残るようでしたら病院へ』
「あ、うん」
「・・・子供なのに、しっかりしてるのね」
聞こえていますよ、そこの少女。
さて、これで問題なさそうなのでさっさとこの場を去ろう。
『それでは。僕はこれから習い事があるので・・・良いでしょうか?』
「ああ、ごめんね。時間使わせちゃって。うん、こっちはやっておくから」
『いえ、それでは』
ヨシ!
なんも追及されずに逃げられそうだ。
ちょっとザル過ぎる気もするが、若手っぽいし、いい人っぽいし、多分俺を追求しようなんて思ってもいないのだろう。ラッキーだ。
まぁ、何もかもあの人が猪野郎を連れてきたせいではあるが・・・不幸な事故というものだろう。
この町からまた一つ悪が消えた、それでヨシとしようではないか。
わざとらしく時間を確認するようにスマホの画面をみつつ、そそくさと立ち去る。
「この辺危ないから気を付けてねー」
後ろから投げかけられる声に会釈で返し、曲がり角に差し掛かった瞬間ダッシュした。
「(あばよ~)」
ヤクザの事務所を探りに行くという当初の目的は果たせなくなるが、これでまたヴィランと接触して彼らと会うことになったら流石に家に連絡されてしまう。
今日のところは、この辺で勘弁しておいてやろう。
にしても、
「(あの変なパーカー、オールマイトパーカーだったな)」
オールマイトのファンなんだろうか?
確かに、これ以上ないくらいヒーロー属性高いコスチュームではあるが、ヒーローは自分のヴィジュアルも売りにするものだ。
あの格好だと、商品展開とか出来なくなると思うんだが?
「(ああいうのもアリなんかなぁ)」
ぼんやりとそんなことを思いつつ、俺は道場へとダッシュした。
灰廻航一(19)
個性:滑走
ヒロアカの公式スピンオフ作品であるヴィジランテの主人公。色々あってヴィジランテとして活動中。師匠に着けてもらったザ・クロウラーの名はあまり定着しておらず、周囲からはもっぱら”苦労マン”と呼ばれている。
初期は自転車並みの速度で滑走するというしょっぱい個性だったが、作中で大きな成長を遂げ、高速機動に飛行、オート防御に追尾機能付き遠距離攻撃ときなんかチート臭い個性にまで成長した。
人間に攻撃しようとすると攻撃が外れるという精神的な課題を抱えているが、人間を攻撃する覚悟さえ持てれば、一人でハイエンドまとめて全部倒せそうなくらいには強い。強すぎるので、アメリカに飛ばされた。
羽根山和歩(15か14)
個性:跳躍
スク水を改造した自作のコスチュームで街中を飛び回り、歌って踊る地下アイドルみたいな真似をしている中学生。ヴィジランテのメインヒロイン。戦闘にはまったく参加せず、ヒーローへの通報や市民の避難指示なんかをして応援している。
一巻で”尻出しJK”と言われてるけど、後に受験の話をしていたので多分中学生。身バレを防ぐために年を誤魔化しているのだと思われる。違ってたら教えてください。
ヒロアカ原作では日本では許可されていないとされていたが、ヴィジランテ中には合法のものが登場しているので、成分によってはありなんだろうと思われる。
実際、死穢八斎会が出回らせていたものは、使用後に多少ラリッてはいたが普通に会話が成立し、状況判断する冷静さが残っていたのに対し、ヴィジランテで出回っていたものは、調整された結果殆ど正気を失うような代物となっている。