たとえ勇者に非ずとも 作:そば茶
ポップステップのお願いを聞くことにした俺は、あの後自宅に「友達の家で遊んでいくから、帰りが遅れます」と一報を入れた後、苦労マンの自宅に向かっていた。
場所は以前俺が猪頭のヴィランに襲われた場所からほど近い廃ビルの立ち並ぶ地区・・・なのだが、ここに本当に人の家なんてあるんだろうか?
それとも”苦労マン”は所謂廃墟の怪人的な存在なのか?
そう思って聞いてみると、
「ああ、あいつの家ビルの屋上にあるプレハブ小屋なの。本人はペントハウスって言い張ってるけど、不動産屋に騙されたのね」
とのこと。
駅は徒歩五分くらいだし、繁華街もすぐなので立地はまぁまぁだと思うが、廃ビル街という時点でソコを選ぶのはだいぶ可笑しい。
如何にも犯罪の温床って感じだし。
ペントハウス?とのことだったが次の日には家ごと盗まれてそうだ。
だが、人の目を偲ぶヴィジランテの住処としてかなり
秘密基地っぽくてワクワクする気持ちが湧いてこないこともない。
『ですが、ビルの屋上となると上り下りも大変では?エレベーターとかも無いですよね』
「あたしは《跳躍》があるし、コーイチは壁を伝って登れるから」
なるほど、”苦労マン”は当然としても、この娘もまたちょうど嵌った個性を持っているわけだ。
「あ、でもそっか、君は階段じゃないとだめだよね?」
『いえ、そういうことでしたら僕も壁を上らせてもらいます』
廃ビルの階段とか崩れそうで怖いし、門限を延長している身なのでちんたら階段を上る時間も惜しい。
このあたりは人通りもないし、個性を使っても構うまい。
「へぇー、壁も登れるの」
『ちょっとした個性の応用ですよ』
も、というあたり俺の個性がかなり多様だとは気づいているようだ。
まぁ、前回の行動を抜きにしても俺の個性が複雑なの誰でもわかるか。今こうして会話するにテレパシー使ってるしな。
「あ、あれよ。あの上」
そうこうしているうちに到着したらしい。
ポップステップが指し示したのは周囲と変わらぬボロいビルだ。
高さは20m少々。
築40年は超えて居そうな感じ。
アチコチひびが入っているうえ、カビだか水垢だかよく分からないもので薄汚れている。
本当にこんなとこに住んでいるなら、随分変わった人だ。
ヴィジランテになるくらいだから、変人なのは確かだが。
「じゃあ、アタシ先行ってるから、登ってきて」
そう言い残すと、ポップステップはさして気負った様子も無く、一跳びでビルの屋上へ上がっていった。
俺が覗くと思っているのか、スカートを抑える余裕すら見せている。
そんなことしても無駄なんだが・・・というのはさておき、この高さを跳ぶのは結構勇気がいると思うのだが、随分と手慣れている。
ゲリラライブと称して日ごろからピョンピョン跳び回っているからだろう。
【しんそく】込みの俺より上方向への機動力は高そうだ。
しかし、人を招待しておいて先に行くとは。
案内人という自覚あるんだろうか?
別にいいけど。
『さっさと登るか』
俺は靴を脱ぐと某闇の帝王の如く、ビルの壁を歩いて登った。
『(俺何しに来たんだっけ?)』
首筋にピリピリとした不快感を覚えつつ、ぼんやりと自分がここにいる意味を問う。
なんというか、凄く居心地が悪い。
「だからって小学生を連れてくるなんて、良くないって言ったじゃん」
「怪我が悪化したら大変でしょ!」
「歩けないほどじゃないし、大丈夫だって」
プレハブの外、扉の向こう側では”苦労マン”とポップステップが言い合いをしている。
実にお粗末な話なのだが、俺をこの場に連れて来たのはポップステップの独断であったらしい。
意気揚々と俺のことを”苦労マン”──本名は
それからというもの、二人は賑やかに喧嘩している。
まぁ、喧嘩といっても感情的なのはポップステップだけで、コーイチ君はやや困惑気味に言葉を返しているだけなのだが、ポップステップの気持ちを解っていない彼の返答は概ね彼女の感情を逆なでし続けている。
彼的には正論を述べて諭しているつもりだろうが、ヴィジランテがそれを言ってもね、って感じでだ。
「ありがとう」と一言告げて、ポップステップの気持ちに理解を示してやれば、彼女も引っ込みも付くのだろうが、コーイチ君は見るからに勘が鈍そうなので、そういう機微は期待できなさそうだ。
夫婦喧嘩は犬も食わないというが、痴話喧嘩もまたしかり。
最初は見ていてちょっと面白いと思わないでもなかったが、それも長引けばうんざりする。
面倒だから帰ろうかな、という気分になったりならなかったり。
だが、この首筋に感じる不快感は別に彼らのせいではない。
問題は、部屋に残りビール片手にテレビを見ているこのオッサンだ。
片手間とはいえ、”苦労マン”については調べていたので彼の正体は察しがつく。
三人組の暴力担当、巷で”拳骨ジジイ”と呼ばれている覆面男だろう。
彼の戦闘映像もいくつか見たが、強化系の個性や大柄な異形相手にも真正面から格闘戦を挑むだけあり、骨太で実に鍛え上げられた肉体をしている。顔を縦に割くような傷跡とといい、とても堅気には見えない。
目の前でのんびりとビール片手にテレビを見る姿こそ年相応、仕事上がりのオッサンの日常って感じの姿ではあるのだが、俺には分かる。
このオッサン、何故だか俺を警戒している。
気配を見る限り、属性的にはコーイチ君とそう大きくは違わない。
強いて言うなら我が強めで、手段を選ばない感じはするが、属性的には善よりのニュートラル。
だが、身にまとう”暴”の気配が、俺の中で
この反応は、俺が先生と組手をするときに覚える感覚を、もう少し嫌な感じにしたソレだ。
有体に言えば、このオッサンは今頭の中で俺をどう殴ろうか考えている。
それがヴィジランテの住処に立ち入った人間に対する警戒心によるものなのか、単に暴力が習慣化した人間の思考なのかは判別できないが、初対面の人間に向けるモノではない。
だいぶヤベー奴である。
『(俺なんかしたか?)』
最初に俺を見てからというもの、このオッサンはずっとこの調子だ。
眼球の動きだけで窓に反射する姿を、時にビールを呷る動きに織り交ぜて、バレないように俺をチラチラ観察している。
コチラから目の動きは見えてないと思っているのかもしれないが、波導に視点の制限などないので俺には普通に丸見えだ。
単にそういう技術に慣れ親しんでいるだけかもしれないが、小学生に向ける警戒じゃない。
もう一度言おう、凄く居心地が悪い。
しかし、肝心の二人が外に行ってしまったので部屋にはオッサンしかいない。
ぼうっと座っていても単に時間を浪費するだけなので、俺としてはコイツと会話する他ないだろう。
というか、大人なのだからあの二人をさっさと仲裁して欲しい。
そんな気持ちを込めて、テレパシーを送った。
『あの、二人を止めないんですか?』
俺の声が聞こえたようで、ピタリとオッサンの動きが止まる。
そして、ジロリと玄関の方に視線を向けた後、こちらを見て口を開いた。
「放っておけ」
素っ気無いセリフ。
気配も、「心底どうでもいい」といった感じ。
まぁ、俺も気持ちは分かるが、彼らとはあまり仲良くないんだろうか?
放っておかれると俺が困るんだが。
『あの、アナタのことは何とお呼びすれば?』
とりあえず、会話を続けるため融和的な姿勢を見せてみる。
「ナックルダスターだ」
『(本名言えや)』
あれか、正体を隠してるってか?
てか”拳骨ジジイ”ではないのか。まぁ、確かに本人が名乗るのもおかしな名前だとは思っていたが。
『ナックルさんとお呼びしても?』
「・・・好きにしろ」
『・・・・』
何故だろう。
こんなにも健気に融和的な姿勢を示しているのに、警戒心が揺らがない。
なんて冷酷な人間なんだろう。
スパイかテメーは。
その後も、何度か声をかけてみるが。
「ああ」とか、「そうだな」とかそんな適当な相槌ばかり。
なんて素っ気無い態度だろう。
ここまで非協力的な相手を会話に引き込めるほど俺の会話デッキは強くない。
ヴィジランテの話でもしてみようかもと思ったが、こんな警戒心バリバリの人間に尋ねても警戒心を煽るだけだろう。
扱い難いオッサンだ。
そんな風に考えて居たら、オッサンは不意にテレビを消しこちらに向き直った。
「以前、コーイチの怪我を治したと聞いたが、その個性は生まれつきか?」
『?』
一体全体、何を聞こうと言うのだろう?
【いやしのはどう】が生まれつきかって?
全然違うが。
「・・・治療を行うのだろう。個性の詳細を知りたい」
『はぁ』
それはアレか、説明責任とかインフォームドコンセント的なアレか?
それともファーストオピニオン?
もっと丁寧な聞き方出来ないのかこのオッサンは。
だがしかし、確かに治療するとなれば聞いておきたいというのも分かる。俺も原理不明な能力で治療されるのは気味が悪いしな。別に隠しだてするような能力でもないし、話しても問題なかろう。
あくまで、一部だけだが。
『えっと、気功とかチャクラとか、そういう感じのわかりますか?』
「ああ」
如何せん現代は創作物のキャラも能力といえば個性って感じなので、この手の概念は割と廃れてて伝わんない人にはマジで伝わんないのだが、分かるなら話は早い。
『僕は《波導》って呼んでますけど、そういう体内のエネルギーを操作して体を強化したり攻撃に使ったりする感じの個性です』
厳密には”万物が有する固有の振動”という設定なので気功とかとはまた違うモノだが、能力のモデル的にはだいたいそんなところだろう。俺が直接干渉できるのも自分の波導だけだし、そう大きくは外れていないはずだ。
「このテレパシーもか」
『はい。こう・・・意思込める感じで放つと会話できます』
「ふむ」
テレパシーに関しては正直俺も仕組みは把握していない。
なんとなく喋りたいと思っていたら、いつの間にか出来たからだ。
ルカリオは波導で連携を取りながら狩りをするポケモンという設定があったはずなので、専用の変換器みたいなものがどっかにあるのだと思う。
調べたことはないが。
「治療は?」
『原理的には細胞自体の再生力を補強する形ですね。自己強化の他者版、といった感じです』
仕組み的には、リカバリーガールの《治癒》と大きく変わりはない。
違いとしては、【いやしのはどう】による治癒時に消費されるのは患者の体力ではなく、俺が注いだ波導ということか。
こと重症患者への治療に関していえば、俺の方が上である。
まぁ、その分治癒速度では数段落ちるし、治癒量は俺の波導に依存するので良し悪しといったところだが。
「以前航一の怪我を治療したとき、診断をしたとも聞いた。それはどうやる」
『エネルギーの感知能力もセットなんです。他人の生体エネルギーを感知して、そこから逆算で構造を読み解いてると思って頂ければ大体そんな感じです』
原理的には構造や物質の動きの感知が主で、生体活動の感知が従なのだろうが、狩猟民族?の能力なせいか生物の波導は非常に見えやすく、感覚的には生体活動の感知が主となる。
要はあれだ、人間が三つの点を見ると顔に見えるのと同じ。
通常の知覚情報の処理回路に、生物の情報については独自のフィルタリングを行う専用の神経回路があるのだと俺は推測している。
相手の属性を判定してるのも、似たようなものだろう。
「それは何処まで見える」
『何処まで、ですか?そうですね・・・集中すれば毛細血管ぐらいまでは』
「距離はどの程度だ」
『体調にもよりますけど、直線距離で800くらいです』
単純な視覚や聴覚強化系と比べると、少々心もとない数値。
しかし、波導には障害物に影響されない絶対的な捕捉範囲と、欲しい情報だけに注目できるという独自の強みがあるので、希望的観測込みで総合的には上の中くらいかな、といったところ。
しかし、やけに突っ込んで聞いてくるな。
何か尋問されてる気分だ。
そんな風に思っていると、予想外の質問が飛んできた。
「では、お前の個性でトリガー使用者を見極めることは可能か?」
『は?』
何言ってんだこのオッサン。
トリガーって、
え、何、もしかしてこのオッサン、俺にヤク中探させようとしてる?
「トリガーは知っているな。出来るのか、出来ないのか。どっちだ」
『え、いやまぁ、出来ると思いますけど』
可能か不可能かで言えば、可能だ。
使用されている薬物に特有の所見があるならば、それを波導で見てやればいい。
薬で体に無理をさせているのであれば、恐らく内臓機能などが低下しているはずなので、それも見つけるでもいい。
似たような持病を持ってる人とかだとちょっと見分けがつくか怪しいが、いくつかサンプルを見られれば判別は付けられると思う。
だが、それはちょっと踏み込みすぎだ。
「つまり、出来るんだな」
『ご、誤診の可能性もありますし』
「そうかそうか」
暗にやりたくないと伝えたつもりだったのだが、ナックルダスターはデカい手で俺の肩を掴み、そうかそうかと言うばかり。どうも俺の意図は汲んでくれないらしい。
「今この町でトリガーという薬物がばら撒かれてる。それは知っているな」
『まぁ・・・ニュースでちょくちょく』
「俺はそれをばら撒いている奴を捕まえたい」
『はぁ』
「だから協力しろ」
言うと思ったよ畜生。
小学生を薬物検査機扱いとは、イカレてやがるな。
てかお前俺がチクったらそいつらボコりに行く気だろ?だめだよ、そんなことしてストーリーがガバったらどうしてくれる。
『ば、売人は薬を使わないものでは?使用者をいくら捕まえてたところで──』
「この薬をばら撒いている奴の目的は金じゃない。薬はもっと大きな何かの布石だ。使用者を潰し、計画を邪魔しつづければ必ず尻尾を出す」
随分と確信に満ちた物言い。
このオッサン、意外とこの事件の真相に近いところにいるのか?
だが、その疑問の答えの前に受け入れがたい問題がある。
『それ協力したら僕が危ないじゃないですか』
薬の使用者を叩いて回って怒った大本が出てくるなら、このオッサンに協力するということは大本とやらに目を付けられる可能性が増すということだ。
俺は危険を減らしたいのに、何故自ら危険に首を突っ込まなければいけないのか。
いや、地域の平穏を守るためだ。最悪俺が多少危険なポジションに置かれるのは良しとしよう。俺ならある程度までは対処できるからな。
だが、
『家族だって危ない』
相手はイカれたヴィランだ。
人質だの、報復だので家族を狙うくらいは普通にやるだろう。彼女は戦えないし、俺の勝手に巻き込むことは出来ない
ヴィジランテやってるような色々かなぐり捨ててる連中とは立場が違う。
「・・・では街で薬物が広まるのはいいと言うのか?」
『それとこれとは話が別でしょう?』
小学生に過ぎない俺にとって、この町は殆ど世界に等しい。
世界と自分のどっちが大事かという問いは、天秤に別々のものを乗せているようで違う。
どっちも自分が乗った卑怯な問いだ。
極端な話、上水にトリガーを混ぜられれば半刻もたたずにこの町は地獄に変わる。
そうなれば俺だってただでは済まないだろうし、避けたいのは事実だ。
だが、そうならないために先んじて俺の安全を差し出せというのは、そりゃ詐欺ってもんだ。
「なにが違う?」
『専門家に任せろと言っているんです。警察もヒーローも動き出してる。早晩解決するでしょう?』
少し熱くなってしまった。
自分自身が疑ったものを言い訳にするほどに。
だから、ナックルダスターの言葉に二の句を継げなくなった
「アイツらでは解決できん。だから俺が居る」
『───、』
その言葉は、確信に満ちていた。
それが単なる慢心や虚栄心から来た言葉でないことは、見ればわかる。
彼は、確かな論理に従ってそう判断している。
そう判断するだけの何かを知っている。
俺の知りたい何かを、コイツは知っている。
知りたい、と思った。
だが、そのために払う代償はデカい。
ナックルダスターへの協力。
それは、複数のリスクを伴う行為だ。
懸念点は主に二つ。
一つ目は事件の大本に目を付けられる可能性。
相手はどれだけ組織力・戦力があるかもわからない相手だ。軽々に敵に回すのはマズイ。
トリガーのバイヤーである以上、最低でもプロヒーロー並みの個性を使うヴィランが前提。場合によってはそんなのが複数。
一人や二人なら何とかしてみせるが、それ以上は流石に楽観的になれない。
二つ目はこの事件がストーリーに関わっていた際の展開の変化。
俺が情報提供すれば、間違いなくヤク中の検挙率は上がるだろう。
このオッサンの言う通り、使用者が潰されることで大本が動くなら、俺の協力は事件解決の迅速化を意味する。
それを良しと判断できるほど俺はこの事件の立ち位置を見定めることができていない。
条件次第では解決できる部分もある。
だが、一人でも教えてしまえば変化は否めない。
それは間違いない。
なら俺はどうすればいい?
全てをなかったことにし、ヴィジランテとの関係を断つべきか?
はたまた、彼らに協力して事態を積極的に動かすべきか。
『(ああ、もう!畜生!)』
グルグルと混迷する思考を詰って切り捨てる。
俺の悪い癖だ。
状況が変化するたびにいちいち同じことを検証せずにはいられない。
何を恐れている。
俺はそもそもここに何をしに来た?
ヴィジランテを使ってこの事件を動かすためだろう。
このオッサンがやけに真に迫った物言いをするからとビビッている場合じゃない。
勘違いするな。探知能力が俺のモノである以上、選択権があるのはオッサンじゃない。
この俺だ。
条件は、俺が決める。
『──条件次第では、手を貸してもいいです』
「ほう」
ナックルダスターはニヤリと笑った。
『僕は家族を危険にさらせません。だからアナタについて回ることは出来ない』
「ほう」
『僕は僕が独自に見つけた人間の情報をあなたに渡す。これが最低条件です』
そもそもの話、俺がナックルダスターにくっついて街を見回るなど土台無理な話だ。
小学生である以上平日は学校があるし夜の外出などあり得ない。
街まで出てくるのはそれなりに時間がかかる、今回のように「友達の家にお邪魔する」などという言い訳はそんなに連続して使えるものでもない。
加えて、このオッサンは目立つ。付いて回っていれば誰かが写真に納めないとも限らない。そうでなくとも、誰かを経由して美月の耳に入る可能性もある。ナックルダスターの普段の行いを知り、そんなのと俺が付き合っていると知れれば、美月は泡を吹いてぶっ倒れる。
というか、監督責任を問われて美月の養育権がはく奪されかねない。
理由の方は半分ぐらい建前だが、この条件は最低条件。
これが飲めないなら、もう決裂以外ないが──ナックルダスターはそれを飲んだ。
「妥当な条件だな。いいだろう」
『(ふう)』
ひとまず、最初の関門はクリア。
なんか上から目線なのが気に入らないが、このさいそれは置いておこう。
とりあえず、この条件さえ飲ませれば、後の条件は簡単に通るはず。
『それだけではありません』
「まだあるのか?」
『当然です。まず、僕が情報提供するのはアナタだけです。コーイチ君にもポップさんにも言わず、情報源を聞かれても秘密にしてください』
「ふむ・・・いいだろう」
『それから情報提供はメールのみです。メールは読んだら即座に削除してください。履歴もです。いいですか?』
映像を見る限り、この人はそれなりに強いが、それなり程度だ。
負けて捕まる可能性も否定できない。
意思は強そうなので尋問されても俺のことは吐かないかもしれないが、アングラな組織なら電子機器の情報を引き抜くくらいの手段は持っていても可笑しくない。
気休め程度だが、この程度の対策は徹底してもらわなければ困る。
まぁ、記憶から直接抜き取る個性とかあったらどうしようもないが、そこまで考えだしたらキリがないので、もうその時はオッサンが自害してくれる可能性に賭ける。
「他には?」
『用があっても学校とか、家に来るのは止めてください。都合が付けば、ここに来ます。とにかく僕の周囲をうろつかないでください』
「用心深いな」
『ヴィランだけじゃない。家や学校に知られるのも困るんです。アナタだってそうでしょう?』
家でも学校でも優等生で通ってるのだ。
ヴィジランテと付き合いがあるなどと思われては俺の将来に関わる。
そして、俺がそういう輩と付き合っていると知れれば、場合によっては児童相談所や警察が動く。
正義のために動いているとはいえ、法的には真っ黒な彼にとっては厄介な相手だろう。
互いのために必要なことだ。
彼も、その辺りを察してくれたようで条件は無事に飲んでくれた。
後は、俺がここに来るときに周囲の視線に注意を払うだけだ。
とりあえず、次からこっちに来るときはランドセルは無しだ。
『では御用の際は・・・・・・、コチラに連絡を。できれば登録は無しでお願いします』
手持ちのノートに連絡先を書き、ちぎって渡す。
どのみちこの後コーイチ君達にも渡す予定なので登録しなくてもそっち経由でバレるかもしれないが、バレたくないのは探知していることなので、それはこの際問題ない。というか、もうこの際治癒の方を言い訳にしてここに来ることにする。そうすれば、万一俺がここに来ていることが相手に知れても探知役を思われる可能性が下げられる。
自慢じゃないが、治療も探知もこのレベルで出来る個性とか普通居ないし。
「なら、俺の連絡先も渡しておこう」
『はぁ』
そう言って渡されたのは、名刺だった。
”NPO法人 シビルアシスト 鳴羽田エリア代表
黒岩・・・どんな個性からついた名前だろうか?
【硬化】とかか?あんまりそうは見えないが?
『これ本物ですか?』
「連絡先だ」
『ああ・・・』
偽物なのね。
だが、連絡先だというからには番号は本物なのだろう。それさえわかれば十分だ。
それにしてもなんだか、想定外に深く踏み込んでしまった。
俺は想定外が一番嫌いなのだ。
とりあえず相手がイカレてはいたが論理が通じる相手だったので許容範囲に治められたが、オッサンのイカレ具合によってはそこ等じゅうを引きずり回される可能性だってあった。
例えば、俺の個性を周囲に言いふらし、喧伝した状態で早期解決のため協力せざるを得ない状況にする、とか。
それは考え得る最悪のパターンだ。
そうならなかっただけ良かったが、なんだか精神的にドッと疲れた。
『(さっさと帰りたい)』
帰って寝たい。
本当は色々考えたいこともあるが、明日の自分に全てを押し付けて今日は寝てしまいたい。
そんな気分だ。
「それで、条件はこれで全部か?」
『ああ──いえ。最後に一つ』
「なんだ、まだあるのか?」
本当は今すぐにでも帰りたいが、俺の仕事はまだ残っている。
オッサンと話していたせいで、危うくここに来た当初の理由を忘れていた。
それを果たさずには帰れない。
『コーイチさんの治療をしたいので、アレ止めて下さい』
「・・・」
俺の最後の条件に、ナックルダスターは酷く面倒くさそうな顔をした。
◆ ◇ ◆ ◇
妙なガキだ。
少年──大神凛勇を思い返し、ナックルダスターは思った。
最初の印象は、大人びたガキだった。
自身より年上の人間を前に堂々と、丁寧な言葉遣いに柔和な口調。相手に不快感を与えまいとしているのか、一周回って慇懃無礼にも見えるほどの立ち振る舞いはしかし絶妙なバランス感覚で目的通りの効果を生み出している。
かつての俺に似ているな。
そう思った。
誰かにああも下手に振る舞った経験はなかったが、その根底にある技術は覚えのあるものだった。
意識と無意識の狭間に浮かぶ相手の心理を、こまかな所作や反応から読み解き、即時適切な対応を返す。所謂コールドリーディングと呼ばれる手法を用いた会話方法。それは、ナックルダスターがナックルダスターになる前に得意としていたものだった。
恐らく、航一を診断したという能力の応用だと、ナックルダスターは判断した。
故に、警戒した。
今鳴羽田で起きている事件、その奥に潜むであろう首魁の遣わした刺客の可能性を想起したからだ。
だが、刺客として遣わされたにしては少年の人物設定は杜撰だった。
少年の立場は応用力に富んだ強力な個性を持ち、それをヴィジランテに使うことを厭わない協力的な善意の市民。
だが、他人を口先で操ろうとする態度や、極度に神経質で不安性なその性格は善性の市民と断じるには些か特異的だった。
個性は精神に強く影響を与える。
少年の性格は、その強力な個性に比べ、不釣り合いなほどに小物だった。
まるで、一度出来上がった人格に後から個性を付け加えたかのように。
そしてその人物像はナックルダスターの考える刺客の人物像に合致する。
むしろ合致しすぎていた。
あからさますぎて、逆に違うと思えるほどに。
おまけに、個性について聞いてみれば、聞いてもいない詳細まで付け足して説明してくる。
そしてそれは確かな考察に基づいたと見えるもので、明かされた能力は三味線を弾いていると考えるにはやや過剰性能だった。
虚栄心がついて出たのか。
それとも、単に律儀なだけなのか。
どうにも、刺客にしては浅はか。
それを補えるだけの個性はあるだろうが、こうして懐に送り込まれる人間としては怪しすぎる。
だが、無辜の市民でないのは確からしかった。
少年は自分の被るリスクを強調して拒否して見せる割に、協力を募ったこちらの手を振り払おうとは決してしない。
ヴィジランテに接近したい、あるいは利用したいという思考が透けて見えた。
前者であれば、やはり刺客の可能性が高い。
後者は、少年のパラノイア的性質を思えば納得がいった。
どちらにせよ、協力を取り付けることが出来た以上手元において観察することが出来る。
単にヴィランへ攻撃的なだけの市民であるならば良し。力を借り受けよう。
刺客であるならば簡単な話だ。それを足掛かりに必ずや首魁の喉元に食らいついて見せる。
少年の正体がどちらであれ、ナックルダスターに損はない。
「(見定めさせて貰うぞ)」
コートを手に取り、航一の家を後にする。
ひとまずは、一か月。
その間に奴の上げる成果が指標になるだろう。
彼は早急にこの事件を解決しなければならない理由がある。
一か月は決して短い時間ではない。
だが、不思議と焦りはなかった。
「──待っていろ、珠緒」
確かに今、自分は前に進んでいるのだとそう確信しているからだ。
治療回のはずが、ただの能力説明回に。
本当は師匠というキャラを通して凛勇がヴィジランテについての所感をメインに語る回にしようと思っていたが、”ヴィジランテとは”だけで五千文字超えたし、こんな序盤で主人公の思想を作り込みすぎると後で矛盾するのでオールカット。
現状は、神経質でパラノイア的被害妄想に取りつかれた一般人といった感じ。このままだと原作が近づくほどにネガティブ深まって鬱になりそう。と書いてて思った。
師匠
その眼力で、「こいつまるで後から個性を与えられて調子のった小物みたいっすねぇ!」と見事看破。しかしその中身が小物過ぎて「これホントにアレの部下か?」と思っている。当然部下ではないのが、どちらにせよ一人でも探知してくればプラス確定なので、彼目線交渉は勝利。家族のために戦ってるので、小学生だろうがヴィランだろうが使えるもんはなんでも使う。