「闇鍋やろうぜ!」
相変わらずのルカの突発的な言葉で今日の予定が埋まった瞬間だった。
「やらねーよ」
「やったりましょう!」
「楽しそう…」
「諜報員として闇鍋もスマートにこなして見せるわ」
「ハッ! 救世主はどんな勝負も受けてたったるでぇ!」
「いつも通り、反対はあたしだけかぁー!」
31Aの部屋。お昼が終わってまったりしている中で和泉の叫びが木霊する。
「っていうかさ、何でいつもユッキーは反対するの?」
「いきなり闇鍋するって言われて反対しない奴がいるか?」
その言葉を聞いたルカはぐるりと部屋の中を見渡す。そこにはいきなり闇鍋をすると言われて反対しなかった4人の姿が。
「そうだな、あたしが悪かった。
「ユッキーの常識、大丈夫?」
「なんであたしが哀れに思われなくちゃならねーんだ…」
ルカに心から気遣われてがっくりと肩を落とす和泉。
それはさておき、話を進める4人。
「お昼を食べたばかりだし、やるなら夕食かしら」
「不肖、この國見タマ。初めての闇鍋にワクワクしております!」
「私も闇鍋はやったことない。カレンちゃんは?
――なんで朝倉がやっておらんのにワシだけ闇鍋をやったことがあると思ったのか」
「ふっふっふ。闇鍋でぐぎゃーってなるルカを尻目に華麗に乗り切ってやるわ。格の違いを思い知らせたる!」
それを聞いて更にがっくり肩を落とす和泉。
「誰かはまともに段取り組めよ…」
「ユッキー、よろしく」
「やっぱりあたしかぁー!」
31A随一の苦労人、和泉ユキ。彼女が大変なのはいつも通りである。
「まあ闇鍋をするのはいいとしよう。けど、まず鍋はどうする? それとコンロもだ」
「あ、それは大丈夫。頼んでおいたから」
最初の問題点をあげた和泉だが、それにあっさりと返事をするのはルカ。
「おお、お前の手際の良さに驚いているあたしがいる。いつの間に佐月に頼んだんだ?」
「いや、頼んだのは手塚司令官」
「お前は司令官に何を頼んでんだ! ってか、よく司令官も受けたな!?」
ズビシとここにいるルカとここにいない手塚司令官にツッコミをいれる和泉。
本人がいないとはいえ、司令官にツッコミを入れる和泉も中々である。
「闇鍋とかやりたいっていう歴代のセラフ隊員は案外多いんだって。だから鍋とかは格安レンタルOKなんだってさ」
「歴代のセラフ部隊に呆れればいいのか、商魂たくましい手塚司令官に呆れればいいのか、もう訳が分かんねーよ」
「ちなみにその鍋は初めて闇鍋をしたセラフ隊員から徴収したものです」
「うぉ、ななみんいつの間に!?」
本当にいつの間にか31Aの部屋に大きめの土鍋とカセットコンロを持って立っていた七海。
彼女はテキパキと土鍋をセットし、闇鍋の準備を整える。
「では私はこれで」
「ありがとう、ななみん」
「いえ、これも仕事ですから」
そう言って今度は普通にドアから出ていく七海。なんで入る時だけ気配を感じられなかったのかは本当に謎である。
「ってか、これも仕事ってかなりイヤだな…」
ツッコミは必ずいれる。それも和泉の仕事なのである。
「それで鍋の準備はできたとしてだ。どうやって闇鍋をやる?」
「どうやってって、普通に?」
「普通の闇鍋というモノに議論の余地はあるが、あたしが言いたいのはそうじゃない。
暗闇の中で鍋をやるって実は危険だし、モノがよく見えないまま口に運ぶのも危険だ」
「ユッキーは真面目だなぁ。もっとロックに生きようぜ!」
「お前はもっと地に足をつけて生きろよ」
「こんな時代なのに?」
「こんな時代だからだよ。一歩間違えたら死ぬんだから安全マージンをもっと取れよ」
「なあ、話それてへん? 今は闇鍋の話やよな?」
「そうだった。闇鍋の話から生き方の話になるとは、真面目か、あたしは」
「ユッキーは真面目だよな」
「真面目です!」
「真面目だと思う」
「真面目よね」
「真面目やな」
「やめろ、なんか腹立つから満場一致で真面目っていうのはやめろ」
「ところで闇鍋なんだけど、いい案があるわ!」
ドヤ顔で言うつかさに、ジト目を向ける和泉。
「期待はしないが、言ってみろ」
「イカスミの黒い鍋汁を用意するの。具材を入れる時だけ電気を消して、箸をつけたものは食べなきゃいけないルール」
「すげーまともな案が出た! まさかお前からそんな案が出るとは!」
「ここの図書館にあった漫画で読んだのよ」
「そして知恵の出どころ!」
「ちなみにその漫画ではどんなものが闇鍋に入ったの?」
「アグリッパ像よ」
アグリッパ像。美術の写生などに使われる、胸像のことである。
「……みんな、喰えるものを入れろよ」
イヤな予感がした和泉は一応念押しをするのだった。
◇
夕食の時間までにそれぞれが闇鍋の具材を集める。ちなみにイカスミは言い出しっぺのルカが調達した。今度は手塚司令官ではなく、ちゃんと佐月に頼んだらしい。
そして電気を消して具材を投入。そして火が通るまで待ち、フタが開く。
「ってか、真っ黒な鍋って視覚的なインパクトがすげーな」
「大丈夫、鍋は鍋さ!」
「闇鍋だけどな」
「まあええやん。じゃあ誰から行く?」
めぐみの言葉に手をあげたのはタマ。
「ここはわたくしから行かさせていただきます!」
「オイ、タマァ!」
「ひゃ、ひゃい!」
「ええ気迫や。がっつりかましたれ!」
めぐみの声を背中に受けて、気合十分に黒い鍋の中に箸をつっこむタマ。
そしてやがて、ぐだぐだに煮崩れたナニカを箸でつかみ取った。色が黒いので、まるでヘドロのようだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
あまりの光景に沈黙が降りる。タマは泣きそうだ。
「で、で、では、いただきます!」
居たたまれない空気の中、ヘドロのようなそれを口に含むタマ。
それを全員で凝視する。
「っ、ォ!」
「どうしたタマ!?」
「お、おタマさん、大丈夫?」
「オイヒイれす!」
もごもごと口を動かしながら瞳を輝かせるタマに全員がずっこけた。
「結局なんだったの、それ?」
「これはチーズですね。温かいチーズにダシを合わせたものは案外イケます!」
「そこだけ聞くと美味そうだな…」
朝倉の問いに答えるタマ。ちなみにチーズを入れたのはつかさだった。煮崩れて視覚的にはアレだが、味は良かったという闇鍋としては成功の部類であろう。
そして最初のタマが痛い目に遭わなかったので、場には少しだけ弛緩した空気が流れる。
「じゃあ次はうちがいくで」
次に箸を突っ込むのはめぐみ。少しだけ探りつつ、ペラペラのナニカをつかみ取る。
「なんやん、これ?」
言いながら口に含む。むぐむぐと口を動かすが、その表情は固い。
「それなに?」
「ポテチや。クタクタに煮込まれているから美味くない、けど騒ぐほどまずくもない。
関西人として一番反応に困るやつやわ、これ」
「あ、それを入れたのは私。コンソメパンチのポテチよ」
「鍋にぶっこんだ時点でコンスメ味も何もあるかい!」
朝倉に一応のツッコミを入れるめぐみ。
なんとなく楽しくなってきた一同は、次は誰がいくのかという気配になる。
「おっし。じゃああたしがやるか!」
次に箸を突っ込んだのはルカ。鍋の中をつついていき、やがて一つの物体を取り上げる。
まん丸いそれはややくたびれて、そしてやはり黒い。
「それは何なのでしょうか!?」
「食べればわかるさ!」
「お前は少しは躊躇しろよ」
タマの言葉を聞き、勢いよくソレを口にいれるルカ。和泉の言葉を聞きながらもぐもぐと口を動かす。
表情は、普通。
「で、お前は何を食ったんだ?」
「たこ焼き」
全員の視線がめぐみへと向かう。
「な、なんでウチが入れたものって分かったんや?」
「なんで分からないと思ったんだよ」
代表して和泉がツッコミを入れておいた。
「そろそろ私の出番かしら」
ふふんと満を持して、という空気を自分だけで醸し出しながら、次に箸を入れたのはつかさ。
ぐるぐると鍋の中をつつき、ナニカを取り出す。形としてはこれも丸いが、先ほどのたこ焼きに比べて大きい。
「このサイズでたこ焼きってことはないな」
「めぐみんの他にたこ焼きを入れる人はいないと思う」
そう言う和泉とルカの言葉を聞きながら、つかさはソレを口に運ぶ。何度か咀嚼して、
「う」
急に顔色を悪くした。
「どうした、つかさっち!」
「何を食べたの!?」
「これ、お饅頭! 塩味の鍋汁と餡子が全然合わない!」
涙目になりながら、それでも何とか食べきったつかさはすぐにコップに注がれた水に口をつける。
「あ、それは私です」
「おタマさん! そんな、おタマさんがこんな残虐なことをするなんて……」
「闇鍋って何を用意すれば分からなかったので、私の好きなお菓子を入れてみました!」
「無知と善意が一番コエーな」
和泉が総論を言いつつ、次。今度は朝倉は箸を入れた。
残りが少なくなってきた鍋の中をぐるぐるとかき回し、具材をつまみ上げる。
「星?」
「星だな」
鍋から出てきたのは星型のナニカ。
もう一度いう、しっかりと星の形をナニカである。鍋汁にまみれた黒い星を箸で掴んでいた。
「ヒトデとちゃうんか?」
「いえ、ヒトデを茹でると萎縮するので、こんな綺麗な星型にはならないかと!」
めぐみの言葉を否定するタマ。では何なのかと星型のソレを見るが、見て分かるものでもない。
口に入れるのは中々度胸がいる形である。それでも意を決して星型のナニカを口に入れる朝倉。もぐもぐと口を動かす朝倉の表情は、どこか拍子抜けしたよう。
「かれりん、なんだった?」
「これはニンジンだわ」
「ニンジンって、普通の鍋やん」
「入れたのはあたしだ」
手を上げるのは和泉。
「自分も食うかも知れねーから変なのは入れたくなかったし、けど星型だったらナニコレ?ってなるかと思ってな」
「おお、なるほど。確かにナニコレってなったな」
「でも食べてみると美味しいし、闇鍋にはいいかも」
朝倉の言葉を聞き、ふふんと胸を張る和泉だった。
最後は和泉である。
「で、まだ具材が見つかってないのは」
「ルカさんね」
つかさの言葉を聞いて、凄く嫌そうにルカを見る和泉。何故かふふんと自慢げに胸を張るルカ。
「よりにもよって確定でコイツの具材かよ」
「ま、ルールや。諦めて食い」
「チキショウ…」
凄く嫌そうな顔をしながら鍋に箸を入れる和泉。
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐるぐる
「ん? 何もないぞ?」
「何も入れてないからね」
「は?」
思わずルカを見る和泉。
「闇鍋なのに何も入れない。ロックだろ?」
「テメーは闇鍋をなんだと思っているんだぁー! 言い出しっぺはお前だろーが!
ってか、何も入ってない鍋をグルグルとかき回していたあたしがバカみてーじゃねぇか!」
そこで、グーとお腹が鳴る和泉。
「っていうかこれってタダのメシ抜きじゃねーか!」
ルカに関わるとやはりロクな事にならない。そう感じつつ、渾身の叫び声を上げる和泉だった。
◇
鍋に刻んだ野菜とご飯を入れてコトコトと煮込む。
「鍋のシメはやっぱりおじやだね!」
「ウチもクタクタになったポテチ1枚だけとか腹減るからな」
ルカは闇鍋の具材の代わりに〆の準備をしていたらしい。野菜を買い付け、カフェテリアでいつでも食べられるご飯も貰い。
今はお腹を満たす為のおじやを作っている。
「ルカの思いつきの為にメシ抜きにならなくて本当に良かったよ…」
「みんな一口しか食べてないものね。お腹は減るわよ」
心底疲れたと言わんばかりの和泉の言葉に、ふふんと何故か得意げなつかさ。
「さ、できた」
「じゃあ取り分けるわね」
ルカの声を聞いて取り皿に分ける朝倉。そしてそれをわくわくした目で見るタマ。
全員の前におじやが置かれ、ルカが口を開く。
「今日は闇鍋、お疲れさまでした。ではシメのおじやを食べて終わりにしましょう。
いただきます!」
『いただきます!』
全員がパクリとおじやを食べる。そして全員の動きが止まる。
「……確認するが、今日の鍋に何を入れた?」
「チーズとコンソメポテチ、たこ焼きにお饅頭。そしてニンジンだな」
「うん、当然だけど……」
「――マズイ、わね」
今日のラインナップで美味しいダシが出る訳もなく、そのダシを吸ったおじやが美味しい訳もなく。
全員が死んだ目でもぐもぐとおじやを食べていくのだった。食材がもったいないし、お腹も空いているし。
今日の結論。
闇鍋は美味しくなりません。
ちなみに作中で出てきた闇鍋をやった漫画というのは、美川べるの先生作『ストレンジ・プラス』です。