9-nine- ここのつはるそらゆきのみち。   作:紅葉555

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笑いあってさよなら

 

 俺は今、あばら家の屋根の上に倒れている。

 

 俺だけじゃない。深沢も同じようにその場で眠ったように倒れていた。理由は明白、俺たちは負けた。

 

 たった1人の女のユーザーに2人がかりで負けた。

 

「ちくしょう…………!」

 

 弱い。

 

 俺は弱すぎる。たった一つの能力相手にここまで完膚なきまでにやられてしまった。しかも()()()()()()()

 

 あの女が誰かと通話するように連絡を取り終えた後、最初からいつでもこう出来たと言わんばかりに一瞬で手を出されて終わった。

 

 そして倒れている俺たちに言ったあの言葉、どういうつもりなのだろう。

 

 

 

 

「よかったわね君、お友達に感謝しなさい。殺害命令を受けていたけれど予定が変わったわ」

 

「なん……だと…………?」

 

「今ここで楽にしてあげられていたのに、それが出来なくなったの。でもまぁ……力の差は歴然、全てを無駄にしてでも死にたかったらまたお相手してあげる」

 

 

 

 

 あの言葉の意味はなんだったのか。俺は誰に助けられたのか。全く分からない。ただ一つ理解出来たのは、IO5(アイオーファイブ)という謎組織グループがあるということ。

 

 そしてそれは何らかの理由で俺を狙っているということ。

 

「おい……深沢…………聞こえるか?」

 

「…………」

 

 返事はない。小さな呼吸音が聞こえてくるから死んでしまったわけではないだろうが……動くのはキツイのかもな。

 

 俺も激しく体を動かしたからか全身が筋肉痛のように痛い。まるで全ての筋肉を引っ張られているような感覚だ。

 

 だからこそ俺はRINGのグループチャットに位置情報を載せた。俺のスマホがどこにあるかを追尾して知らせる機能だ。本来は子供が迷子にならないようにとか、迷子になってしまったとしても親が分かるように等の目的に作られたものだろうが…………救援要請を出している。

 

 警察や救急はアーティファクトの存在を知らない以上はこの場に呼ぶのは面倒だ。だから理解のある誰かが来て欲しかった。

 

 そしてその救援に応えてくれた人をひたすらに待っている状況、そんな時に俺と同じようにダメージを受けているであろう深沢がぎこちない動きでその場から立ち上がる。

 

「くっそ……まさかここまで差があったとはね」

 

「お前……動けるのかよ」

 

「竹内が結構防御してくれてたからね、君よりはだいぶんマシだよ」

 

「大した奴だよ、全く……」

 

 深沢も不自然なほど能力の扱いに長けていた。しかも複数の能力を所持していることから、何らかの方法で人のアーティファクトを奪ったことになる。

 

 もちろん俺のような成り行きで受け継いでいったことも考えられはするが……その真相は直接聞いてみなくちゃ分からない。

 

「じゃあね、竹内。とりあえず僕は帰るよ」

 

「…………また後で連絡する。いつになるかはわからないけどさ」

 

「先に言っておくけど、僕は()()()とは協力する気は無いからね。あくまで僕が興味を持っているのは翔と君だけだから」

 

「あぁ……わかってる」

 

「そ、じゃね」

 

 そう言い残してアイツは消えた。

 

 まだまだ沢山の謎だらけのアイツだけど…………少なくとも今は敵対の意志を持たなくていいようだ。目的は同じなのなら今は少しでも戦力が欲しい。

 

 俺は弱すぎるから。

 

 下唇を噛み締め、そんな自分を悔やみ続ける。

 

 そんな時だった、ひょっこりと誰かが頭を覗かせたのは。

 

 そして俺を見つけるや否や駆け寄ってきたその人物は腰を下ろし、膝に頭を乗せてくれる。

 

「酷い傷…………」

 

 ……え? この声って…………

 

「もう少し待っててね、すぐにお父さんとお母さんが迎えにきてくれるから」

 

 小さな身長に反比例するように大きく膨らんだ胸部、そして海のような深い蒼色の髪飾り。そして見慣れた黒い眼鏡を付けている。

 

 服装こそ見たことの無くて驚くぐらいに大人びた物を着用しているが、優しい声と小さな手がある人物へと結びつけた。

 

「九條…………さん……?」

 

 なんで彼女がここに? 今は大事な食事会の途中なんじゃ……? 

 

 と疑問に思っていると、彼女が身につけている物で不自然さを感じさせるアクセサリーがあることに気がついた。

 

 彼女の左手の薬指に、銀色に輝く小さな宝石が嵌められた指輪が通されている。

 

「うん?」

 

「なんでここに……?」

 

 どこか瞳に生気がない彼女は、震える身体を無理やり抑えて静かに俺の質問に答えた。

 

「竹内くんが教えてくれたんでしょう? ここにいるって、だから……抜け出してきちゃった」

 

「バカ……大切な食事会だったんだろ? なんでそんなことを……」

 

「もういいの。全部…………済んだから」

 

 なんで……そんなに元気が無いんだ? 

 

「上手くいったのか?」

 

「……うん」

 

 なんで……そんなに悲しそうなんだ? 

 

「ねぇ……」

 

「ん? どした?」

 

「今だけ、蓮太くんって呼んでいいかな?」

 

「……急に?」

 

 イマイチ噛み合わない会話を繰り返す中、彼女は切なそうな声でそう呟く。

 

 どうしたんだ? 本当に。

 

「ダメ……かな? 私のことも都って呼んでいいから」

 

 よく分からないけど、彼女はどこか辛そうだし……それが少しでも心の支えになるのなら……まぁ……いいか? 希亜のことも名前で呼んでるし。

 

「…………それで、どうしたんだ? 都」

 

 名前で呼ばれるなんて、今までの九條さんなら耳まで顔を真っ赤にして恥ずかしがりそうだったのに……今はこの時間を惜しむように笑っている。

 

「あのね、蓮太くん。私……この街から出ることになっちゃった」

 

「……は?」

 

 何を……言ってるんだ? 

 

「私のお付き合いさせて頂いている彼がね、海外に別荘を建てているみたいで……これからは私と彼はそこで暮らすことになったの」

 

「ちょっ……ちょっと待てよ、いきなり何言ってんだ!? どうしたんだよ!」

 

 その突然すぎる告白に()()()俺は焦りを覚え、痛む身体を無理して起き上がらせる。

 

「だからこれからはきっと会うことがなくなっちゃうから、お別れを言いに来たんだ」

 

「話を聞けって! 何が何だかわかんねぇよ! ってか付き合っている彼? 好きな人がいたんじゃねぇのかよ!」

 

「うん。いたよ()()()()()()

 

「じゃあなんで……」

 

 やっぱり大人としての生き方とかを説かれて敷かれたレールの上を歩かされていたりするのか? 

 

 為す術なく断る暇も与えられずにあの相手と付き合う形になったのか? 

 

「あ、アーティファクト集めはどうするんだよ! 都がいなきゃ俺たち何もできやしねぇよ!」

 

 それが精一杯の反論だった。突如として語られる九條さんのセリフ一つ一つが俺の心に強く突き刺さる。

 

「ごめんなさい。途中で離脱するような形になっちゃって」

 

「……! ふざけんな! 納得いかねぇぞ! 俺たちはまだ何も目的は達成出来ちゃいないじゃないか! まだ俺はハンバーグだって食べさせてもら────」

 

 

 

 

「んっ────」

 

 

 

 その時に九條さんは迫ってきた。

 

 口論にもなろうかと動く俺の口を、彼女は自分の口で塞いできたのだ。

 

 あの時とは違う、妙に塩っぱくて驚くくらいに柔らかな感触。甘酸っぱい香りなんてものはそこにはなく、ただただ最後の一口を求めるかのような強引な接吻。

 

 心臓が跳ね上がる。

 

 何故こんな事を彼女はしたのか? 何故こんなにも彼女の目元には濡れた跡があるのか。

 

 その全てが分からない。

 

 ただ俺は直感で感じた。このキスは軽はずみの行為などではないことを。

 

 だから俺からも同じように返す。意味もない、理由もない、愛の無い口づけを。

 

 それがゆっくりと離されていった時、彼女はこう言葉を紡ぐ。

 

「いきなりでごめんなさい。驚いたでしょ?」

 

「あぁ…………かなり」

 

「そう言ってるけど……ちゃんと返してくれた」

 

 正直頭は混乱している。元々冷静な思考などとてもじゃないができる状態ではなかったということもあって、余計に落ち着かない。

 

「私の初めてのキス……受け取ってくれてありがとう。蓮太くんも…………初めて?」

 

「…………………………………………あぁ」

 

「ふふっ、じゃあ初めて同士だね」

 

 なんだ……この苦しさは。

 

 なんだ……この痛みは。

 

 九條さんが笑えば笑うほど、心が苦しくなってくる。九條さんが無理をすればするほど……心が痛くなる。

 

 張り裂けそうだ。

 

「……この初めてだけは貴方とがよかったの。私の大好き()()()貴方が」

 

「……! それって────」

 

 俺のことだったのか。と気がついた時はもう遅かった。それを聞き出そうとした時には、彼女は左腕を俺の方へと突き出しており、その手の甲には紋章が現れる。

 

 …………能力を使う気だ。

 

「最後に素敵な思い出をありがとう。私、これからも頑張るからね。だから貴方も……どうか素敵な人と出会って幸せになって下さい」

 

「みや────」

 

()()()なんて言っちゃったけど、やっぱり大好きです。そして…………さよなら」

 

 その拳がギュッと握られた瞬間、俺は強く引っ張られた糸が切れるように意識を失い、グルグルと捻り回る視界の中で倒れてしまった。

 

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