9-nine- ここのつはるそらゆきのみち。   作:紅葉555

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失ったものは

 

 いくら考えてもわからない。手にしたヘアピンに関する疑問が一切わからない。

 

 なぜ俺がこんなものを持っているのか。そもそも俺は何に対して疑問を抱いているのか。

 

 でも俺の身体はそれを離そうとはしない。別に俺のものでもないしこのヘアピンがどうなろうが知ったこっちゃないんだが…………何故か離したがらない。

 

「…………」

 

 って何を考えてるんだこんな時に……今にも殺される寸前だってのに物思いに耽っている場合じゃないだろ……! 

 

 今重要なのは香坂さんと天ちゃんとレナの安否とどうやって都を助けるかだ。

 

 悔しいけど……こいつらを倒す力は今の俺には無い。まずはみんな助けて生き延びるのが重要なんだ。

 

「ねぇいい加減どいてよケール。その男には僕がとどめを刺すから」

 

「はい」

 

 指示通り、人形のように命令に従うあの女は最後に俺に不敵な笑みを浮かべると何も言わずにすんなりと道を開ける。

 

 そしてコツコツとゆっくり歩いてくるあの男。

 

 ソイツは乱暴に俺の髪を鷲掴みにし、自分の目線と同じ高さまで持ち上げると、冷めた目つきで俺を見下してくる。

 

「ねぇどんな気持ち? 守りたいものを何一つ守れないで完膚なきまでにズタボロにされた気分って」

 

 もうこいつは能力すらも使っていない。

 

「まだ……俺は負けてねぇ…………!」

 

「…………ぁ?」

 

「まだ諦めねぇ……! 都を助けて……みんなも助けて…………《当たり前の日常》を取り戻してみせる……!」

 

 そんな俺の言葉にとうとうコイツは怒りの限界を迎えたようだった。

 

「だから言ってんでしょ、君じゃ何も変えれない。そういう理想ばかり追いかけ続けるバカはその辺の子供と何も変わらない」

 

「自分の非力さを理解しないままにあれがいいこれがいいと夢を見続ける。なれもしない目標を口にして僕ら大人から笑われるんだ」

 

「ムカつくんだよ、君みたいな《資格》のない平凡な庶民を見ているとね。自分の立場も理解していないゴミが猿のように騒いでいるのを肌で感じると…………」

 

 片手で俺の髪を掴んだまま、この男はもう片方の腕を構えて、親指を立てる。

 

「こうしてひねり潰したくなる……!」

 

 そしてその親指を俺の左眼に深く挿し込んだ。

 

「ぐあぁっ!!!!!」

 

 一切の躊躇いなく押しつぶされたその左眼は、瞬く間にどんどん頭の奥へと押し込まれていき、噴水のように赤い飛沫が飛び散ってしまう。

 

 頭に感じる圧倒的異物が混入した感覚。それは痛いを超えて気持ち悪かった。

 

 そのままグリグリと眼球をほじくるように掻き回され、ゆっくりとその指が離されると…………糸を引くようにやけに粘っこい赤い液体が引っ張られていく。

 

「目を潰すってこんな感覚なんだ……貴重な体験をしたなぁ」

 

「はぁ……!? はぁ……!! かっ…………!」

 

 呼吸がさらに激しく乱れる。気持ち悪かった左目にはジンジンとした痛みがジワジワ遅延されたように沸き上がり、やがて灼熱のように高熱を宿し出す。

 

 そして男は雑に掴んでいた俺の髪を離し、次は何をしようかと頭を抱えて悩んでいた。

 

 ……逃げる? 今は助かることが優先? 

 

 さっきこそそう思ったけれど……逆じゃないか? 

 

 完全に油断しきっている今だからこそ、俺は()()()()()()()いけないんじゃないか? 

 

 きっとコイツはじわじわと俺を嬲り殺すつもりだろう。だからこそわざわざ一思いに殺さずに片目を潰したんだ。

 

 だったら……殺すなら今じゃないか? 

 

 どうやって殺す? どうしたら人は死ぬ? 

 

 などと考えている間に、また雑に俺は持ち上げられる。

 

「そうだな……睾丸って何円で売れたっけ……?」

 

 今は俺の事なんか眼中に無さそうだ。きっともうやり返す気力もないと判断したんだろう。

 

 だったら……やっぱり今しか……

 

 と心に決めたその瞬間、グラッと身体中の力が外に逃げてしまい、この男に倒れかかりそうになった。

 

 正直、この一瞬はマジで気を失ってた。1秒にも満たない僅かな瞬間だけ、本当に気絶してしまったんだ。

 

 しかしそれが幸を制して、更に男の意表を突くことに成功した。

 

「うわ……コイツ死にかけてる」

 

 咄嗟に手を離され、後は俺の身体は床に叩きつけられるだけとなった状況で、意識を取り戻した俺は、《オーバーフロー》を使って顎の筋力を超強化させておの男の首に噛み付いた。

 

「ぐあっっっ!?!?」

 

 俺の八重歯を初めとして、噛み付く力を強化した俺の歯はこの男の動脈を噛みちぎらんとどんどん深くへと入り込んでいく。

 

 どくどくと溢れ出るこいつの血でさえも、今この瞬間だけは最高のデザートに感じた。

 

「こっ! コイツ…………! やっ、やめっ…………! 助け…………!!!!」

 

 と何かを言い終わる前に、俺は最後の力を振り絞ってこの男のどこかの動脈を骨ごと噛みちぎった。

 

「ぎゃゃゃぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッッッッッッッ!!!!!!!」

 

 溜め込んだダムが崩壊したように大量の赤色が辺りに飛び散っていく。

 

 その間際に思ったことは人間の体ってこんなにも血が入ってたんだ。と不謹慎ながらに感じていた。

 

 その悲鳴はどこか心地いい。

 

 けれど俺は取り返しのつかないことをしてしまった。

 

 これで俺は…………殺人者だ。

 

 倒れそうな身体を気合いで踏みとどまり、今までとは打って変わって泣き喚くあの男を背に、ゆっくりと都に向かって歩いていく。

 

 その顔は…………完全に怯えきっていた。

 

 …………そりゃそうだ。あんな光景を目の当たりにして彼女がまともな精神でいられるはずがない。

 

 そんな彼女にやっと手が届くと思った所で、フラフラの足取りだった俺は力なく都に向かって倒れてしまう。

 

 そんな血まみれの俺を、都はガクガクと震えながらもしっかりと受け止めてくれた。

 

 身体は電気でも流れているのかを疑うレベルで高速痙攣し、恐怖を抑えきれないのか都の歯がガチガチと大きな音を立ててぶつかっている。

 

 ごめんな、こんな怖い思いをさせて。

 

 ごめんな、しっかりと救ってあげなくて。

 

 ごめんな、人を殺してしまって。

 

 薄れゆく意識の中でチラッと背後を確認すると、あれだけ吹き出していた大量の血がピタリと止まっていた。

 

 理由はあの女。ケールと呼ばれていた彼女が冷静に俺が噛みちぎった箇所を指で押え、止血に徹していた。

 

「マスター、この際あのお2人は一旦置き、1度専属病院へ向かいましょう。脈を切断されましたがまだ致死量の失血はしていません。今からならおそらくまだ間に合います」

 

「あ……! あがが…………!! あがががが………………!!!」

 

 あの女に一命を取り留められている男は寸前に死を感じたのか、ズボンの隙間から尿を零しながら、口から泡を吹いている。

 

 その姿をみた爆発女は、更に強固な手当を施しながら、有無を言わさず爆発を使って夜空を飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして敵のいなくなった船の上で、改めて確認する。

 

 身体はボロボロ、レナもルナも重症、天ちゃんと香坂さんの生死……おそらく不明。

 

 左眼は潰れ、人を殺しかけたけれど…………とにかく何とか守りきった。

 

 色んな犠牲の上で……最愛の人を守り通した。

 

 後は…………3人の安否の確認だ。

 

 レナ、天ちゃん、香坂さん…………もうちょっと待っててくれ。今すぐに……都と向かうから。

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