9-nine- ここのつはるそらゆきのみち。 作:紅葉555
「本当にありがとう、蓮太くん。私を助けてくれて」
暗がりの部屋の中、お互いの顔がまだ確認できないような状況で、ほぼ完全に密着状態となった俺たちは互いの温もりを求めるように横になっていた。
「助けれ……たのかな、そこはちょっと自信が無いんだけど……都が笑ってくれるのならそういうことでいいや」
「助けてくれたよ。こうして近くにいるだけでとっても安心するし、傍で貴方を感じていると、やっぱりこの人が好きなんだなって何度も思っちゃうから」
「そんな場所へ導いてくれたのは貴方が諦めなかったから。だからありがとう。追いかけてくれて」
都は今この瞬間の幸せを噛み締めるかのように、眠ることを渋ってさらに深く密着する。
「みんなのおかげさ。俺たちの中で誰かが欠けてたらこの結果にはならなかった。俺一人だけだったら都を助けられなかったかもしれない」
「うん。みんなにも改めてお礼を言うつもりだよ。でも……貴方ならもし、たった1人でも私を助けてくれた。そんな気がするの」
「なんで?」
「私にとってのヒーローだから……かな?」
ふふっと笑う都の声を聞きながら、ふと考えてしまう。
ヒーロー。
ヒーロー……か。
「俺はそんな大層な人じゃないさ。ただ我武者羅に暴れていただけ、本物のヒーローには遠く及ばない」
「それでも、私は貴方を本物のヒーローだと思ってる。格好よかったよ」
「情けないところをついさっき見られたばかりだけどな」
「あっ、あれは…………! 情けなくないよ! むしろ想像以上に逞しすぎて私が戸惑っちゃった」
……確かに何これ!? 的な表情してましたもんね、つーかよく握れたよ……意外とチャレンジャーなんだよな都って。
「とにかく、俺はそんな凄い人じゃない。だから本物のヒーローになれるように……これから頑張るから、ずっとそばにいて欲しい」
今度はもう失わないように、頑張るから。
もう……二度と。
「どうして、そんなに震えているの?」
「ちょっとね、嫌なこと思い出してさ」
「……よい……しょ」
俺にとってのトラウマが記憶として再び蘇ってくる。そんな悪夢と戦っていると都は俺の心を落ち着かせるかのように少しだけ身体を上方向へとずらして、優しく両腕で包み込んでくれた。
「大丈夫だよ、私はもう二度と離れないから。誓います、ずっと貴方の隣にいます」
ゆっくりと頭を撫でられながら、理由を聞かずに受け止めてくれている。それがどれだけ有難いことか、これがどれだけ救われることか。
これ以上嫌なことを思い出させないようにとそうしてくれているのだろうが、その相手がいるってどれだけ幸せなんだろう。
押し殺してきた感情がみるみるうちに溢れてくる。
「涼ニィ…………」
「よしよし…………」
守れなかった、救えなかった生涯でもっとも大切だった人。俺の目標であり、乗り越えるべき壁であり、憧れだった人。
その人のことを思い出していたら、段々とこの優しさに寄り添いたくなって俺は弱さを見せてしまった。
「前……兄貴のことについて軽く話したことがあったよな」
「…………うん」
「兄貴、涼太って名前なんだけどさ。俺にとって大切な人だったんだ」
それから、詰まりが無くなった川のように次々と感情と記憶を都に吐露する。昔は友達がいなかったこと。学校での教員たちや生徒からのイジメで立場がなかったこと。その中でも3人のかけがえのない人達がいたこと。それらを全て失ったこと。
全部話した。
「だから、失う事が怖かった。今も怖いんだ、都があの時に二度と会えないってわかった時このトラウマを思い出してた。またあんな後悔をするんじゃないか、またこんなにも死にたくなるんじゃないか。そんなことばかり…………」
「大丈夫、大丈夫」
「…………!」
「これから先、どんな事があっても私は離れません。だから2人で歩こう? 辛いことも嬉しいこともみんな2人で……ね?」
「あぁ……!」
《視点切り替え》
あれからしばらく経って、彼の身体の震えが止まった頃、涙で顔を濡らしたまま蓮太くんは眠っていた。
きっと真正面から過去の記憶に立ち向かって、ほんの少し気持ちが楽になって気が抜けたのかな?
幼子のようにすやすやと眠る彼は、普段の様子とはまた一味違った顔で安らぐように目を閉じている。
「……今まで辛かったよね」
そんな彼の涙の跡をそっと拭き取り、もう一度ギュッと抱きしめる。
小学中学でずっといじめにあっていたこと、そんな彼を支えてくれていた人たちが亡くなってしまっていたこと、何も知らなかった。
最初の頃、少し怖いと思っていたことがあったけど、その理由は本人が誰よりも怖がっていたからだったんだなと初めて知った。
お風呂に一緒に入った時に、身体の節々に深い傷跡が沢山あった。首元や手首足首を中心に幾つも。それはきっと…………そうしてしまうほどに苦しかったんだなと思う。
「もう、そんな思いには絶対させないから…………二度と自分の身体をいじめないでね」
そんな願いを込めて、そっと彼のおでこに唇を合わせる。
そしてもう1つの気になっていることを考えていた。彼のお兄さんの死因である感染症。その名前は聞いたことの無いものだった。
『石炎症』
蓮太くんは数年前に一部地域で急速に広まった感染症の一種と言っていたけれど、ここ数年で感染症による大きな事件は起きていない。私が知らないだけだとしても、蓮太くんはテレビでも頻繁にみかけるほどに報道されていたって言っていたから、名前くらいは聞いたことがあってもおかしくは無いのに……
それと蓮太くんが通っていた幽凜中学校。話を聞いている時は白巳津川市から近くにあるところだと思ってたけれど、こっちの名前も私は聞いたことがない。
「スマホスマホ…………」
不意にその事が気になって、インターネットを使ってそのワードを調べてみる。
もちろん彼を疑ったりなんてしていないし、心の底から信じている。けれど
…………信じているからこそ、この結果が信じられなかった。
「学校も……病気も…………無い」