9-nine- ここのつはるそらゆきのみち。 作:紅葉555
「ちくしょう……! んだよアイツ……!」
正直一か八かの賭けだった。出来るかどうかも分からない部の悪すぎる賭け。でも何とかそれには勝った。オーバーフローによる身体の強化はできたんだ。
「とにかく今は逃げるしかねぇ……!」
できる限りの全てを注いだ渾身の蹴り。正直あれを普通の人間に当てれば首がへし折れていただろうとは思うくらいの威力だった。だけどアイツは耐えた。
耐えてその場に膝を着いただけだった。
本能が訴える。この戦いは勝ち目がないと。
もうすっかりとあの3人の姿は見えなくなっていたが、きっと大丈夫だと思って非常口の扉を開ける。そして身を投げ出すように建物から脱出をすると、その瞬間に目が眩むほどの眩い閃光が俺の瞳を焼き尽くした。
「…………ッ!」
徐々に落ち着く視界が捉えたものは…………幾つものスポットライトに当てられた俺とレナ、天ちゃんと希亜の姿。
そして……夥しい数の蒼白い光に包まれた人影たち。
「希亜! コレって……!」
「え、えぇ……あの能力者……いえ……能力で作られたモノ……」
見渡す限りに広がるゾンビのような奴ら。ざっと見積もっても100は居そうだ。
そんなもん……まともに戦えるはずも無い。
「コイツら……うぜぇな。どうするよ大将」
「どうするもこうするもお前……」
モタモタしてたらあの大男が建物から迫ってくる。あれに追いつかれたら正直終わりだ。あんな化け物に相手をされちゃ何も出来ない。
かと言って策もなしに行動できない。あの時、俺が希亜と引き離された時……アレの力は異常だった。あんなのを希亜が振り払えるわけが無い。
全員助かる道は…………!
そんな時だった。夥しい数の奴らが道を開けるようにとある一箇所のみ消えていったのは。
そしてそこには青い光を放つ人物がゆっくりとこちらに近づいてきている。
「流石です、ミスター竹内……」
その人物は両手をパンパンと盛大に叩き、まるで讃えるかのように笑顔を浮かべてその姿を現す。
「お前は誰だよ」
こいつも俺の名前を知ってるのか……
「これはこれは申し遅れました。私は
ゆっくり且つ、舐めるかのようなねっとりとした言葉遣いで自己紹介をするソイツは、堂々と自身の名を言葉にした。
「ディオス……一体何の用だ」
「まぁまずは落ち着きなさい。侵入者よ。私はとある提案をしに来ただけなのですよ」
「提案……?」
ディオスと名乗る男は、こちらの飛ばす敵意もものともせずに、余裕の表情で語りかける。
「そうです。提案。これはアナタ方にも都合の良い提案。そして我々にとっても最高の結果となるものなのですよ」
「まずはアナタのお仲間である妹さん……その方の“契約”は頂きました」
……契約?
…………!?
「既に“消失”は私のモノ……しかし……これだけではまだ足りることの無いのです……」
「ちょっと待て!! お前……まさか天ちゃんのAFを……!!」
「ふむ……理解に苦しむお方だ……彼女はまだ生きている、何か不服でも?」
「大アリだ! お前……天ちゃんに何をした!?」
「……ですから先程説明させていただいた通りですよ。ミスター竹内……契約を回収しました。ただ…………それだけです」
ディオスはゆっくりとこちらに向かって歩み始め、まるで攻撃されることを警戒していないかのように語り続ける。
「もっとも…………力の実験台にさせてもらいましたがね」
「ッ!!」
その言葉を聞いた瞬間。俺は意識するよりも先にディオスに向かって攻撃をしていた。
左足を軸にした上段蹴り。しかしそれは相手にクリーンヒットすることなく……ゾンビのような奴が一体、身を犠牲にするように盾となっていた。
そんな状況の中でも、ディオスを言葉を続ける。
「あまりにも抵抗するのでちょっとした罰をと思いましてね……彼女の能力は消失。存在感や存在そのものを消すことの出来る力です」
そんな事を口にしている間にも次々に攻撃していくが……何度も何度も別のゾンビのような奴らが体を盾にして防いでくる。
「しかしそれだけではない。彼女に関することだけでは無く、彼女のことを消すことも出来るのです。例えば……………………」
「“彼女の中にある記憶”さえも」
その言葉を発した瞬間、ゾンビのような奴が爆発するかのように散り始め、勢いに負けた俺の体は希亜たちの元へと飛ばされていく。
「彼女に関する記憶ではなく、彼女の記憶を消させていただきました…………これが、彼女の記憶ですよ」
そうしてディオスが手に出したのは宝石の欠片のようなモノ。薄水色に輝くソレはふわふわと手のひらに浮かび、弱々しく光を放っていた。
「さて、提案というのはまさにコレです。彼女の記憶の欠片と……アナタ方の契約をトレードするというのはどうでしょう?」
そんなもの……考えるまでもない。
「「断るっ」」
そう言って俺はディオスの顔に向かって回し蹴りを放つ、そのタイミングに合わせたのであろうレナが、鏡の能力を使った感覚がした。
そしてそれは希亜の盾になるかのように立ちはだかっており……その奥の瞳には
「そうですか…………残念です」
俺たちの攻撃がディオスにヒットしそうになったその瞬間、奴の両腕から淡く光る触手のようなモノが一瞬現れ、瞬く間に俺と希亜を弾く。
そのせいで蹴りは外れてしまい、希亜も能力の発動を中断させられた。
そしてもう一度ディオスの方を見ると、先程まで確かにあった触手は最初からなかったかのように消えていた。
……何の能力なんだ。一体……!
そう考えたその時。
少し離れた場所から強い光を放出しつつ、物凄い勢いでこちらに向かってくる何かが現れた。
そしてそれはガスを爆発させているかのような爆音を放ちつつ、俺たちを囲っていた無数のゾンビのような奴らを吹き飛ばしていく。
よく見ると2台の車だ。それも…………
「グラディエーター……?」
背後に荷台があるタイプの車だ。それは乱雑に、激しく取り巻きたちを引き離し、更には俺たちのすぐ目の前にいたディオスとの間に割り込むように突っ込んでくる。
流石にそれからはディオスを距離を取り、驚きの表情でその車を見ていた。
もちろん俺達もそうなのだが……次に聞こえてきた声は、俺たちのよく知る優しい声だった。
「竹内くん! 結城さん! それにゴーストさんも、早く乗って!」
「く……九條さん!?!?」
突如として現れた車の荷台には、それぞれに新海と九條さんが乗り込んでいる。
こ、こんなファンキーな人だったっけ……?
「今は説明している時間はないの! 早く!」
俺たちは顔を見合せてそれぞれ頷くと、慌てて駆け込むようにそれぞれの車の荷台に乗り込んだ。天ちゃんを背負ったレナと近くにいた希亜は新海が乗っていた車の荷台に、俺は声をかけてくれた九條さんが乗っていた車の荷台に。
そして再び俺たちを乗せた車が、勢いよく走り出す。
もう一度奴らを追い払うように威嚇しながら。
「このまま逃げよう!」
「えっ……あ、いや待ってくれ!」
「え?」
激しく揺れる車の上で、何とか九條さんに状況を伝える。天ちゃんにとっての必要なものが敵の手に渡ってしまっていることを、必要最低限で。
「つまり天ちゃんの能力が奪われてるんだ! だからあれを取り返さないと!」
「で、でも! 今この状況じゃとてもじゃないけど…………」
「だからこのままでいい! 九條さん覚えてるか!? あの時の……校内火事事件の出来事!」
俺も思いついたのは咄嗟だった。
あの日、俺と九條さんがイレギュラーを起こしたあの時の出来事を思い出したのは。
九條さんもその記憶に届いたのだろう。ハッとした表情で自分の腕を軽く握っていた。
そして九條さんは素早く前方へ差し出すように左腕を伸ばし、広がる髪を靡かせながら力を解放した。
「私の能力……射程距離は10m……こんな距離じゃ届かない……」
そう……この力の発動可能範囲は九條さんを中心とした半径10m。既に遠近法で手のひらくらいのサイズにまでなるほどに離れてしまっているこの距離じゃあどうしようも無い。
だが……この車が入ったきた場所へ向かうには……つまりこの場所から脱出するための出口に向かう直線上にアイツはいる!
「一か八か! チャンスは一度! 力を貸してくれ……九條さん!」
激しく動き回る荷台の上で俺たちふたりは立ち上がり、狙いを定める。
もちろん彼女が怪我をしないように、守るために俺が支えとなりながら。
お互いがお互いに縋るように、身体を支え合いながら辛うじてバランスを保っている状態だ。そして俺は左手を適当な掴みやすいところに掴ませ、紋章が現れる右手を九條さんの左手に重ねた。
「……!? 範囲が……広がってる……? これなら……」
そして淡く光を放つ九條さんの左甲。それと同時に俺の手のひらに浮かんでいた紋章もその姿を消し、左右対称の形となって右甲に現れる。
『どうやら何か足掻いているようですね。侵入者の皆さん』
その時に聞こえてきた声。それはスピーカーを経由して、超大音量で発しているものだった。
ディオスの声だ。
『その足掻きも無駄だとは思いますが……まぁそれも自由です。何が起きたとしても、“運命”は変えられませんからね』
そして俺たちに向かって語りかけているディオスの真横を2台の車がすれ違う。
そのままアイツは俺たちに攻撃することも無く、余裕綽々の笑みを浮かべて俺たちを眺めていた。
『アナタ達がそうすることも“運命”。私達が計画を実現させることも“運命”。全ての運命は決まっているんですよ。竹内 蓮太』
最後の。
最後まで。
『運命は変えられない。変えることはできない。アナタ達が背くことさえも定められた運命。生きることも……死ぬことも』
そんな言葉を聞きながらも、俺は披露した九條さんの身体を支えつつその場に座らせて休ませていた。
その間も、九條さんの左手には奪い取った欠片が強く握られている。