9-nine- ここのつはるそらゆきのみち。   作:紅葉555

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消えたモノ

 

 九條さんの手に握られている欠片。それが天ちゃんの所持していたAFでないことは明らかだった。

 

「ちょっと借りるね」

 

「うん」

 

 それを手に取るとなおのこと理解る。勿論最初から理解っていたことではあるんだが……

 

 薄水色に輝く欠片。なんて美しいんだろう。澄んだ海のように、晴天の青空のように、純粋な少女の心のように……それは淡く輝いていた。

 

 これが、天ちゃんの記憶。俺たちはコレを優先したんだ。

 

 これから先にどれだけの被害が起こるかわかりゃしない。そんな未来の危険な可能性なんかよりも身近な人の大切なモノを選んだ。

 

 戻し方は……わからない。

 

「あの人たちの目的は何だったんだろう……」

 

 九條さんがボソリと呟く。

 

「何のために結城さんを……竹内くんを……天ちゃんを捕まえたんだろう……」

 

「さぁ……分からないことだらけだけど、一つだけ確信を得たことは言える」

 

「確信?」

 

「うん」

 

 キーはあの拾った手帳。あの中に書かれてたこととアイツそのものの言動。それらが一致するものは一つ。

 

「アイツが欲しがっていたのは天ちゃんの“アーティファクト”ってことだ」

 

「天ちゃんの……」

 

「あの建物に置かれていた手帳にそんなことが書いてあった。それにアイツの取引、向こうが差し出してきたのはこの記憶の欠片。当然だよな、本命は大事に取っておくはず」

 

 つまり、アイツにとってこの欠片は本当の意味でどうでもいい物、ただこちらを揺するための道具だったに過ぎないってことだ。

 

「で、でも! アーティファクトは戻って来るんじゃないの!? 離れた場所に移動しちゃっても、ふと気がついた時に──」

 

「例外がある」

 

 そこも悩むべきポイントだ。人との契約を破棄させるためには、本来であれば死ぬ以外に方法がない。

 

 アンブロシアだってそうだ。魂を仮死状態にさせてAFを騙すための薬。つまりAFに死亡を誤認させなきゃいけないはず。

 

 でもそこにだって穴はあった。

 

「例外って?」

 

「九條さん自身が証明してるじゃないか。その力は例外の中にある」

 

「あっ……」

 

 そう、九條さんの能力。所有権を自身に移行させる力。そんなケースだってある。

 

 なんて話している時、九條さんのスマホがブルブルと音を立てて振動し始める。きっと電話でも着信したのだろう。

 

 そして予想通りの動きをして、九條さんがその着信に答えると、おもむろにスピーカー音声に変えて、俺のそばに近寄ってきた。

 

『もしもし? 聞こえるか? 九條、竹内』

 

 その声の主は新海。移動音の雑音が混じってはいるが誰が喋っているかくらいは理解することが出来る。

 

「あぁ」

「うん、聞こえるよ」

 

『とりあえず先に聞いておくけど、怪我とかしてないよな?』

 

「大きいものは別にって感じだな。俺よりもそっちの3人はどうなんだよ」

 

『コッチも特に問題はねぇぞ大将。つっても天はまだ眠ってるけどな』

 

 いきなり新海から声が変わる。それを察するに向こうも俺たちと同じような感じで通話しているようだ。

 

「そう……か」

 

『結城から話を聞いたよ。天に何があったか。いや……あの建物内で何が起こっていたか』

 

「流石だ」

 

『奴らの目的はわからないけど……あの行動から考えて今回の件の狙いは……』

 

「間違いなく天ちゃんのアーティファクトの奪取だろうな」

 

 俺や希亜の能力だって奪おうと思えば何時でも奪えたはずだ。いくらでもそのチャンスがあったにも関わらずにそれをしなかったってことは考えられるのは少なくなる。

 

「俺と希亜の力を奪わなかった点から、アイツはきっと人の力を奪う方法を持ってるってこと。そしてそれは連続して使えない」

 

『それから、あの男が欲しがっていた能力は天の能力。どれを優先的に手に入れるかを考えた結果、天が持っていた聖遺物が選ばれた』

 

「だとしたら不明な点も出てくる。つっても不明な点だらけではあるんだが……」

 

『まぁ……そうね』

 

「何故、“最初に希亜が狙われた”か……だ。天ちゃんの力が欲しいのなら最初から天ちゃんを狙えばいい。けれどそれをしなかったのは何故か」

 

 可能性を考えると……あの時の出来事が脳裏をよぎる。“しなかった”ってのは言葉の綾だ。

 

『いや……違う。天は一度襲われてる』

 

 妙に落ち着きのある新海の声。それだけで察することの出来る。

 

 コイツ、相当キレてるな……って。

 

「そう。しなかったんじゃなくて、やりきることが出来なかったんだ」

 

「……あっ」

 

 そこで九條さんも身に覚えがあることに気がついたようだ。

 

『なるほどね』

 

 電話の奥から希亜の声も聞こえてくる。

 

「天ちゃんはあの日、雷の男に狙われていた。そして後からソフィに聞かされたんだが、あの時に特別な霊薬をその身体に摂取してしまったらしい。それから能力が制御出来ずに困惑していた」

 

『え……!? なんだよそれ……!』

 

「知らなくて当然だよ。天ちゃんの能力は存在感の操作。言い換えればそれは消失。みんなの記憶から消えてしまってるんだから」

 

 その言葉を発した瞬間、凍りつくように皆が口を閉じる。

 

 けれどこれは、言わなければならない。

 

「でも俺は踏みとどまれた。理由は後で説明するけど、その時点できっと奴の術中にハマってたんだろう」

 

「そして直接狙うと俺たち全員と対峙しなければならない。じゃあ何をしたら手薄になる?」

 

「それはおびき寄せること。仮に俺が天ちゃんの能力を支えることができるのを知っていたら? 天ちゃんのそばにずっといることを知っていたら? 俺をおびき出せば自ずと天ちゃんも連れてこられる」

 

『だから…………私を……』

 

「そしてもう一つ、アイツは人の能力を奪うことの出来る力を持ってるってことだ。そして本命の力。ゾンビや化け物を生み出し、あまつさえ人の記憶を欠片として保存出来る力。これは俺の予想なんだが…………架空の物体化じゃないだろうか」

 

『架空……?』

 

「物体として存在しないものの実体化……って言った方がいいかな。あの場所にいた能力に関わるものは全て認識することすら出来ないものばかりだ。もしも姿を与える能力だとするなら……この欠片も納得がいく」

 

「香坂先輩とはちょっと違うのかな」

 

 まぁ似てるっちゃ似てる力だ。あっちは想像の具現化ではあるが……可能な限りの物に限定される。

 

「だな」

 

 そうこうしている内に、辺りは見慣れた場所を走っていた。

 

 この辺りは……俺ん家の近くか。進行ルート的にもきっとそこへ向かっているんだろう。

 

「とにかく、アイツの最終的な目的はわかんないけど、ロクでもないことを企んでるのは事実、ひとまずは天ちゃんの容態を確認してからにしよう」

 

『…………わかった』

 

 そこで話を終わらせて通話を終了すると、九條さんはスマホをしまう。

 

「それで……竹内くん」

 

「……? 何?」

 

 若干言いにくそうに俺の顔を見る九條さんは、戸惑いながらも俺に声をかけた。

 

「私、その……まだみんなに何が起こっちゃったのかが分かってなくて……」

 

「……あ、そうか」

 

 その言葉を聞いて九條さんが戸惑っていた理由がわかった。そういえばまだ九條さんに事の次第を何も伝えちゃいない。

 

「ご、ごめん……伝えてなかったね」

 

「教えてくれると……助かるな」

 

「そうだな。まず────」

 

 そうして俺の家に着くまでの間、あの建物で起きていた出来事をできるだけ詳しく九條さんに伝えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ…………」

 

 あれから少し時間が経過し今は俺の家の中。微妙に魘されている天ちゃんをベッドに寝かせて、各々が好きなように座りこむ。

 

 しばらくの間は無言が続いたが、その間にも俺は奪った記憶の欠片を使ってどうにか天ちゃんに戻せないかを試す。

 

「……だめだ」

 

 試すと言っても彼女に触らせたり、握らせたり、胸に置いてみたり、頭に置いてみたり。思いつく限りの手段を試して見たが……どれも上手くいかなかった。

 

「中々……上手くいかないわね」

 

 疲労からか若干力の抜けている希亜がそんな俺たちの様子を見て言う。

 

「でも、必ず何か方法があるはず。もしかしたら天ちゃんの意識が戻ってからだったりしたら成功するかも」

 

「そうだね。まずは天ちゃんが無事に目を覚ますのを待った方が良いかも」

 

 九條さんや希亜は天ちゃんを気にしながらも色々と話したりしたが……新海はその口を開くことはなかった。

 

 勿論大切な妹だ。心から心配しているだろうが……それと同じくらいアイツに怒りを覚えているのかもしれない。

 

 その点は……同じだ。

 

 込み上げてくる怒りを無理やり押し殺しながら、俺は天ちゃんの右手を握る。

 

「絶対助けるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして数時間が経過した。暗い世界が太陽の光で照らされ始める頃、彼女は動いた。

 

 ゆっくりと瞼を上げ、困惑のような表情を浮かべたあと、自分の力で身体を起こし再び辺りを見渡し始める。

 

 このタイミングで起きているのは俺と新海の2人だけ。女の子2人は眠ってしまっておりレナも休ませるために能力を解除した。

 

 だから2人だけ。

 

「あれ……?」

 

 彼女は普通に目覚めた。何事も無かったかのように、普段通りの日常を送っているかのように。

 

 ゆっくりと。

 

 自然に。

 

「天ちゃん……! 目が覚めたか……良かった」

 

「天! 良かった……大丈夫か? 痛いとことかないか?」

 

 俺と新海がそばまで駆け寄り、彼女に声をかける。何か違和感がないか、中身に異常をきたしていないか。

 

 思えば当たり前だった。

 

 あの欠片を奪われていたんだから。そしてそれを戻せていないのだから。

 

 当然の反応だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの…………誰……ですか?」

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