9-nine- ここのつはるそらゆきのみち。 作:紅葉555
だよな。そう……だよな。
当然だ。この結果は見えていた。
「わかんない……よな」
天ちゃんの全ては、その欠片の中に眠ってしまっているんだから。
受け入れてしまうのは容易かった。前を向くのも、先を考えるのも。
でも……この心にあるものはなんだ? 心の奥の奥、体の……魂の芯から湧き上がるこの気持ちはなんだ?
「これを」
そう言って、天ちゃんが身体を起こした時に落ちてしまった記憶の欠片を天ちゃんに手渡す。
優しく、包み込むように。
天ちゃんは表情を曇らせながらも素直にその欠片を受け取ってくれた。
「あの……これは何ですか?」
受け取った本人はまだ変わらないみたいだ。
「それは、思い出。君が今まで培ってきた人生の思い出。生きるという意思。それは君の……君だけのモノだ。だから持っていて欲しい」
「思い出……?」
「あぁ」
そして最後に優しく笑って返すと、俺は立ち上がる。
「天ちゃん。君は俺に勇気を与えてくれた。君との思い出は数える程しかないけれど……君を思い出させるものは数え切れないほどある。特別なんだ」
「その勇気を君に返す」
そう言ってその場を去ろうとした時、新海が俺の前に立ちはだかるように邪魔をした。
「何をするつもりだよ。竹内」
「決まってる」
「お前……! さっきまで──」
「わかってる!!!」
新海が言わんとしていること。それくらい自分でも理解しているさ。でもだからこそ俺が動かなきゃならない。俺じゃダメだから、俺じゃ思い出させてあげられないから。
「すぐになんて言わない。でもいてもたってもいられない。情報を集めてくる。絶対に許さないんだ」
我ながらの語彙力のなさに呆れを感じながらも、それほどまでにこの心が揺らいでいるんだと感じる。
どこまでも無邪気で、どこまでも無垢で。どこまでも謙虚でどこまでも素直。そして……どこまでも勇敢だった。
白い髪と言えばこの子だ。元気な女の子と言えばこの子だ。誰よりも優しい人と言えばこの子だ。あの笑顔は皆を笑顔にさせる世界一のモノだ。
今はその笑顔すら見られない。
彼女を救えるのはきっと…………
「天ちゃんを救えるのはお前だけだ。新海。彼女の思い出に強く干渉しているお前なら、きっと思い出してくれる」
だから……
「天ちゃんのそばに居てやってくれ、新海」
俺じゃ……護れなかった。身体も、心も、力も、全て。
「護ってやってくれ」
最後にそう言った。新海とのすれ違い様に肩と肩がぶつかって若干よろめいてしまう。
そんな自分さえも許せなかった。
<視点切りかえ>
目が覚めた時、アタシは知らない場所にいた。知らない部屋、知らない背景、知らない状況。
そして知らない人達。
初めに声をかけてくれたのは前髪の長い人だった。片目が隠れるほどに長い人はいの一番に心配してくれた。この人の目を見ると、なんでか心がぽかぽかした。
次に話しかけてくれた人は身長の高い人だった。顔の整ったその人はどこか怒っているようにも見えた。そしてこの人を見ると、なんでか心が落ち着いた。
知らない2人。でもどこか懐かしい気もする2人。一目見てわかった。きっとこの人たちは悪い人なんかじゃないんだって。きっとこの人たちはアタシを守ってくれたんだって。
でも、何故か悲しそうな顔をしてた。特に悲しそうな顔をしていたのは“竹内”と呼ばれていた人。笑っていたのに……本当は泣いていた。
胸が苦しくなる。
なんで? アタシはなんでこの人を見ると苦しいの?
なんで悔しいの?
力になりたい。
でもこの人は、その心を何も言わずにアタシの手のひらに綺麗な欠片を置いた。暖かかった。
きっとこれはすごく大事なモノなんだって……そう感じた時、この人は言った。
これは“思い出”だって。
アタシとの思い出は数える程しかないけど、アタシを思い出させるものは数え切れないほどあるって。
アタシは……それを知りたい。
そう思った時、欠片はゆっくりとアタシの胸に近づいてきた。
「ッ!? 天!? どうした!?」
「わ、わからないですっ」
空色のように美しく輝いたその欠片は、アタシと一体化でもするように胸の中に沈んでいく。音もなく、ただ静かに。
そして完全にその欠片が飲み込まれたあと……大量のノイズが頭の中を駆け巡った。
「──ッ!」
一瞬の頭痛のあと、その痛みが引くと同時に次々と虫食いになった記憶が覚めていく。
穴あきになった1枚絵のように、未完成のままのパズルのように、答えの出ないルービックキューブのように。
「天!? 天!」
そして必死な声掛けをしてくれているこの人の声で、我に返る。
そうして確信した。
「新海さん! 教えて下さい! アタシの思い出を……! 天の記憶を!」
<視点切りかえ>
俺はどこに行こうとしているのだろう。頭ではそんなことを考えていた。
胸の内は色んな感情でいっぱいだ、天ちゃんを助けたい、天ちゃんをあんな目に遭わせた奴に復讐したい、自分すらも。
けれど勝てない。きっと勝てない。俺一人だと……だからこそ仲間と共に立ち向かわなくてはいけない。でも、天ちゃんを守るために新海には残って欲しい。九條さんや希亜や香坂さんには傷ついて欲しくない。
俺は誰も護れないから。希亜も救えない。天ちゃんも救えない。みんなを巻き込んでばかりだった。
悔しい。次第に歯ぎしりが強くなっていく。握り拳の中で爪が肉を貫いていく。
そして……足元がふらついてくる。意識も朦朧としてくる。腹が鳴る。
倒れている暇なんてないのに。寝ている暇なんてないのに。飯を食っている場合では無いのに。本能がそうやって訴えかけてくる。
もう……限界だ。
そう感じた時、世界は回るように揺らめいて地面が俺を襲いかかった。このまま衝突してしまうと目を閉じた時……俺はなにかに支えられる。
細いつっかえ棒にもたれ掛かるように体が止まった。その違和感に目を開くと白い袖に通った腕が俺の胸を受け止めていた。
「んなとこで何やってんだよ」
「…………る……な?」
「誰だよソレ、ゴーストだゴースト。オレが誰かもわかんねぇか?」
間違いない。レナの色を白くしたように瓜二つのその人はゴーストだ。
「また酷くやられてんなぁオイ。その調子じゃあオレが殺す前に死んじまいそうだな」
「…………」
「…………ったく」
ゴーストは呆れたような顔をしたあと、俺を近くにあったベンチに無造作に座らせる。そしてポケットの中から1つのパンと小さな水をが入ったペットボトルを俺に投げた。
「食え」
「いらねぇ」
「いいから食えって! うぜぇなホント」
こんなもの食べる気にもならない。考えることが山積みでそんなことしてる場合じゃないんだ。
わかってくれ。
「
「……!」
ゴーストは確かに口にした。俺たちが敵対しているその組織の名前を。
「お前……知ってるのか!?」
「司令官が言ってたろ、未知の組織から攻撃を受けているって」
確か……天ちゃんが誘拐された日の後。確かに言っていた。それってアイツらのことだったのか……
「こっちはこっちの事情があるんだ。オレ達もアイツらと馴れ合う気もねぇ。それはテメェらもだろ?」
「あぁ……天ちゃんをあんな目に遭わせた奴らだ……! 許さねぇ」
「…………そんなに大切なのか? その、天って奴は」
「大切だ」
勿論だ。そんなの悩む必要も無い。
「なに……好きなの」
「…………」
好き……? 俺が? 天ちゃんのことを?
わかんない。そんなこと考えたこともなかった。天ちゃんは元気いっぱいの明るくて素直な子。
いつだってムードメーカーで俺たちチームの笑顔は彼女を中心に回っているって思っていた。
そんな笑顔を護りたい。護りたかった。
……だけなのだろうか。
…………!
そうか。護らなければと思っていたはずなのに、今じゃ護りたい……か。
「好き……なんだと思う」
彼女の笑顔をずっと見ていたい。それが俺の行動の始まりだった。
「ふーん。ま、興味ねぇけど」
ゴーストは素っ気ない返事を返すと、おもむろに話を進めた。
「どっちにしろ、オレ達はオレ達で調べてやってんだ感謝しろよな」
「調べてる……?」
「ああ、エデン……じゃねぇ方かアレは。エンプレスさんがわざわざ御足労してきたんだよ」
エンプレス……香坂さんが!?
「なっ……! なんで香坂さんがこの事を──」
「なんでも何も、テメェが本人に電話を繋げてたんじゃねぇか」
「は……?」
「いきなり着信が来たからって出てみたら、返事はくれないし襲われてるっぽいしであわあわしてたぜ? その様子だと本当に偶然なんだな」
そう言われて慌ててスマホを取りだしてみる。すると確かに触ってもいないのにロックは解除されたままであり、履歴を確認すると香坂さんに連絡していた。
RINGと電話帳のリンクをしていたから、誤操作で香坂さんに電話をしてしまっていたのだろう。
……それで九條さんに連絡が行って助けてくれたのか。
この辺の謎が一気に解決した気がする。
「そんでアイツが力を貸してくれって言ってきたから、まぁ色々とゴタゴタはあったけど結局手を貸すことに決まって……オレがここにいるってわけ」
「……?」
「つまり……」
結論がイマイチ理解できていない俺の様子を確認すると、ゴーストはその場から立ち上がり、俺の目の前に移動してくる。
そして前かがみになり、お互いの鼻の先がぶつかりそうな程顔を近づけてきて……
「2日後の明後日、オレたちはアイツらに強襲するつもりでいる。同盟を組んだ好だ……どうする? ついてくるか?」
仄かに香る白梅香の様な香りが鼻を刺激する。
以前のような殺気がこもった瞳ではなく、どこか優しい眼差しで見つめる瞳。長い髪。唇。
そんな全てを吹き飛ばす思いが込み上げてきた。
チャンスだ。
天ちゃんのAFを取り返す? それもそうだ。
俺たちがやられた分をやり返す? それもある。
けど1番は……
天ちゃんの分の恨みを返せる。
「ついて行く」
「へっ、そんなに目の色を変えるなよ。何も今から殺りに行こうって訳じゃねぇんだ」
嬉しそうにニヤッと怪しい笑みを浮かべると更にゴーストは顔を近づけてこう言った。
「お前のその“眼”嫌いじゃないぜ」
そして頬に軽く触れる唇。1秒にも満たない短い誓いだったが、それに反応する間もなく彼女は距離を離す。
「じゃあ今日の夜、例の神社に来い。そこで俺たちと落ち合おうぜ。やるからにはキッチリとしとかねぇとな……それまではグースカ寝てな」
そしてくるりと後ろに振り返ると、ゴーストは片手を雑に振ってクールに去っていく。
「じゃーな」
そんな彼女の後ろ姿を見ながら、俺は雑に投げられていたパンを口に咥える。
その時も頭に思い浮かんでいたのは、復讐という2文字だった。