9-nine- ここのつはるそらゆきのみち。 作:紅葉555
不思議な感覚だった。いくつもの鏡がそこら中に浮かんでおり、俺は無重力空間に身を委ねるようにして浮かんでいる。そんな感覚。
目に見える鏡は形や大きさやその全てが違う。そして何よりも気になったのは……
「……希亜?」
幸せそうに新海と二人で手を繋いでいる希亜。その二人の背中からは不安なんて微塵も感じられない……そんな圧倒的な心を感じた。
「……香坂さん」
次に目にしたのは、ベンチで新海と二人で寄り添い合う二人の姿だった。まるでこれから何が起きても二人なら乗り越えられる。そんな決意すらも感じられる心だった。
「天ちゃん」
その次に目にしたのは満面の笑みを浮かべて制服姿に身を包んだ新海兄妹だった。二人はお互いを強く結ぶ絆のように深く手を繋ぎ、明るい太陽の下へと足並みを揃えて向かっている。その背中には愛や友情なんてものでは到達できそうにもない特別な想いを感じた。
「九條さん……」
四つめに目にしたのは新海の部屋のベランダで静かに笑い合う新海と九條さんだった。九條さんの澄んでいる瞳はこの街を優しく眺めながらもなにかに挑もうとする強い瞳だった。
「…………」
かつて俺が予測した平行世界の存在。そんなものが頭によぎる。自然と俺は納得していたのだ。何かが違えば……もしくは何かが狂わなければ、各々がそれぞれの幸せを掴んでいた世界があったのかもしれない……と。
そしてどこを見渡しても存在しない奴がいる。
数々の鏡を見つめても、どんなに探しても……アイツだけがどこにもいない。
美味しそうにモックのバーガーを食べる九條さん。
ダルそうにPCで何かのアニメを見ている天ちゃん。
足湯を二人で満喫している香坂さん。
公園で猫と戯れている希亜。
慣れた手つきで三つのハンバーグを作っている九條さん。
紋章の浮かんだ背中を笑顔で見せつけている天ちゃん。
カチコチになりながらも楽しそうにプリクラを撮っている香坂さん。
見慣れない黒いコスプレ服を着て大はしゃぎしている希亜。
いない。
どこの鏡を見ても、俺だけがいない。
それぞれが数ある人生を歩んでいる中で、仮にそれが平行世界だったとして。どこの世界を探しても俺がいない。
別世界だと俺はみんなと仲良くなれなかったのだろうか?
もしくは…………
そう感じた時だった。ふわふわと浮かんでいる俺の目の前に一つの大きな鏡が現れた。そしてそれは次第に中身を映し出し……徐々に色が染っていく。
そこに映ったのは俺自身だった。
俺が、天ちゃんに庇われているモノ。何かからの攻撃を俺の代わりに捨て身で護る天ちゃんの姿。
そして俺がそれを認識すると、タイミングを意図したかのように別の映像へと切り替わる。
『最後……だから…………』
聞こえてくるのは俺の声。しかし古いブラウン管テレビのように酷く光が荒れており、肝心の映像は見えない。
『先輩……! 先輩…………!』
天ちゃんの声だ。しかし映像と同じように酷いノイズが邪魔をして一気に聞き取りにくくなる。
そして…………
『大好き……だよ』
その言葉が聞こえてきた時、俺は────
「────ッ!」
意識が覚醒する。まるで自分の身体がなにかに叩かれたように動いた俺はキョロキョロを辺りを確認した。
ここは白陀九十九神社だ。
確か俺は……ここで夜を待っていて…………
そして気がついた。
「あらあら、お目覚めですか?」
辺りはもう既に夜中。暗闇が世界を包む中で青白く光る月だけがその姿を照らしている。
香坂さんと、高嶺と、ゴーストを。
「先輩……大丈夫?」
そして……隣に座っていた天ちゃんも。
「…………」
そうか、アレからもうかなりの時間が経っていたのか……だとしたら……
「なんで天ちゃんがここにいるんだ?」
オレはアレからこの件は誰にも話していない。だから知っているはずがないんだここに来たのは単なる偶然か? いや、そんなわけない。
「オレが言ったんだよ」
名乗りを上げたのはゴースト。彼女はモックの飲み物を口にしながら淡々と言葉を続けた。
「天《ソイツ》がお前にとっての核なんだろ?」
核、つまりは俺にとって……今最大限の行動力の源。
天ちゃんの為に。
「馬鹿か! わざわざ不安を煽るようなことして何になるんだよ! なんで天ちゃんに────」
感情的になってしまった俺は、その声を激しく怒鳴らせる。
だってそうだろ? 天ちゃんは傷ついてる。優しいから……きっと彼女は自分を責める。そう思ったから……
「…………あ?」
その時、ゴーストの細い目が威嚇するかのように俺を睨んだ。そして彼女その腕は俺の方へと真っ直ぐ伸びてきて……胸ぐらを掴んで一気に彼女の方へと押し寄せられる。
「んな事どうでもいいんだよ」
「……ッ」
「いつまでもフラッフラフラッフラしやがって、いい加減うぜぇよテメェ」
彼女は更に強く俺の胸元を握ると、今度はつるし上げるようにその拳を上へと上げた。
「“護りたい”“助けたい”“救いたい”、結構な事だ。テメェにそんな正義感があったことには驚いてるし感心するよ、だがな、それは本来使うべき言葉じゃねぇんだ」
「だって、テメェにゃあそんな力はねぇからな。勇猛果敢に敵陣に突っ込んで行ってボロクソに負けて、その責任を他人に擦り付けてる。全部テメェが起こした身勝手な行動でこんなことになってんのにそれから逃げようとする」
「今まで何度同じ事をした? 何度周りに迷惑をかけた? オレが知ってるだけでも幾つか思いつくぞ?」
……そりゃそうかもしれない。けど、だったらどうしたらいいんだよ。
「あの時のあの眼、アレは本物だったはずだ。だからオレはお前を誘った」
「なのにお前は今、自分を見失ってる」
……
原因はわかってる。あの夢だ。あの夢が寮にリアルで……現実味があって……怖いんだ。
本当に平行世界なんてものがあったとして、それが本物だったとして、そこに俺は必要なかった……
俺が居ない方が……なんて思ったりもする。
それに、コイツの言ってることは正しい。俺のせいだ。俺が軽率に天ちゃんを連れてあの場所に行ったから。俺がみんなに相談しなかったから。
俺がみんなを信じなかったから。
「わかってる……んな事わかってんだよ」
「でも……身体が動くんだ……考えるよりも先に……」
だって誰も傷ついて欲しくないから。
友人なんて作る気はなかった。大切な人なんて必要なかった。
それは辛い思い出があるから。忘れられない傷が俺の心にずっと残ってるから。
でも突然現れた。
そして引き合うように結ばれた。
安心出来る居場所ができたんだ。
俺はそれを護りたかった。
「もう誰も、失いたくないから……!」
ゴーストの腕が少しずつ下がる。込められていた力は徐々に抜けていき、やがては俺の身体が彼女の腕から離れていく。
その時だった。
「それは、私達も同じだよ」
優しい声が聞こえてくる。そして高嶺と香坂さんの背後から3つの影が近づいてきた。
「誰も失いたくない。傷ついて欲しくない。だから護りたい……私達もそうなんだよ」
それは俺にとっては特別な声。
俺が心から信じた友の声。
「仲間だからな、みんな大切なんだ」
アイツらだ……
「目を離すと一人で考え込む、貴方の悪い癖ね」
そしてその姿が見える。その相手とは新海と九條さんと希亜だ。
「うっ……!」
その瞬間、脳内にあの景色が再び蘇る。
新海を中心に繰り広げられる幾つもの鏡の記憶。
これは、何となく。本当に直感でしかないのだが……その全てを壊してはいけないと思った。
「……? 蓮太……?」
「何でもない。悪かったよ」
心配してくれていた希亜にそう返すと、俺は天ちゃんの方へと視線を向けた。
守りたい人。救いたい人。笑って欲しい人。
そして、好きな人。
でも、それは俺の一方的な片想い。みんなと話している時に時折見せる天ちゃんからは……ほんのりと感じるものがあった。
この子はきっと……
「……! クソ!」
その時、ゴーストが何かを察知でもしたかのように空を見上げる。
続くように俺もその総額に視線を向けると……アイツがいた。
月明かりに照らされながらゆっくりと俺たちを眺める忌々しいアイツが。
何故空にいるのか? 何故この場にいるのか? 何故俺たちを狙うのか? そんな疑問は最初には浮かんでこなかった。
「ほう……彼の者が例の黒幕か」
「です……!」
香坂さんと高峰の声が聞こえてくる。あの二人は既に覚悟は決まっている様だ。
「先手を打たれたな」
そしてゴースト。彼女は未だにポケットの中に手を入れたままその赤い瞳をギラつかせている。
「…………!」
言葉を発さずに敵意をむき出しにする新海達。
九條さんも希亜すらも真っ直ぐに視線を奴にぶつけていた。
「先輩……」
そして俺の袖をギュッと握る天ちゃん。
「大丈夫……護りきるよ。今度は一人じゃない」
もちろん準備なんて出来ちゃいない。これは想定外の出来事なんだ、けど……不思議と焦りなんてあまり感じなかった。
むしろ、混乱していた俺の感情は徐々に落ち着きを取り戻していく。
平行世界がなんだ。それぞれの夢がなんだ。俺は今を生きている、だったらここにいるみんなを守護りたい……!
「レナ」
「おぅ」
「天を頼む」
「……あいよ」
一度だけ、この戦いの間だけ……負けられないこの瞬間だけ……!
本当の俺に……!
「おやおや? 随分と仲がよろしい様で……何よりです」
アイツは言う。
「あなた方の異能、頂きに参りましたよ」
そしてゆっくりと地に足をつけると、アイツはその身体に紋章を浮かばせて笑う。
「全ては運命の想いのままに」
「ディオス……!」
ピキリと身体の音が鳴った気がする。気になりこそしないが、俺は1歩ずつアイツに向かって歩みを進める。
今の発言から理解った事は幾つかある。まず、あの時に言っていた計画とやらはAFを集める必要がある……かAFを集めることそのものかもしれない。つまりは俺たちの力を欲している。
そして待たなかったこと。この居場所を突き止めたんだ、俺たちが何をするつもりなのか知っていてもおかしくは無いのに、わざわざ自分から出向いてきた。
惜しみなく能力を使って。
つまりはアイツも全力。
負けは許されない。
「力み過ぎ」
その時に希亜から脇腹をつつかれる。
「希亜……」
「感情が溢れそうなのは私にもわかる。だからこそ勝負を急がないこと」
いつ間にかチームの先頭に出てきていた俺の隣で佇む希亜は、左目に紋章を浮かばせながらも妙に落ち着きのある声で俺を宥めた。
「では、そろそろよろしいですかね」
パンっとディオスが両手を合わせ叩くように音を鳴らすと、その姿が蜃気楼に紛れたかのようにゆらゆらと揺らめいていき……その姿は2つに増えた。
「「此方としても時間が惜しいのです。では、始めましょうか……」」
二人に増えたディオスはそれぞれ形の違う紋章を浮かび上がらせて不敵な笑みを浮かべて攻撃態勢を整えている。
そして、一瞬にしてその姿を消した。
「消え……!」
「嬲り殺しの宴を……」
声……!? 真後ろ!!
咄嗟にその場で背後に感じた殺気に向かって蹴りを繰り出すと、横から突如として襲ってきた突風に怯まされ、数メートル飛んでしまう。
「だ……大丈夫ですか!?」
駆け寄ってくれた香坂がさし伸ばしてくれた手に捕まって立ち上がる。そしてアイツの方を見ると……
視覚で確認できるほどの雷で作られた大きな壁を背に俺たちの方を見ていた。
その奥には俺たちと同じ様な状況にあっている希亜達が見える。
「ありがとう」
分断されたか……こっち側にいるのは……俺と香坂とゴーストだ。一応俺たち側のエリアにレナと天がいるが……戦力としては数えたくない。
高峰があっち側に行ってくれたことが幸運だな、単純な身体能力なら高峰がトップ、能力さえ対処出来れば勝率は高い。
「つーかよ、あの力……あの時の男のやつじゃねぇか?」
「……言われて見りゃそうだな」
そう、俺たちを分断した雷の力。アレはイカれた厨二病野郎の力だったはずだ。
ということはつまり……
「他にも様々な能力が隠されていてもおかしくはありませんね」
「香坂……エデンの方か」
「あの子の囁かな願いです」
いつの間にかエデンの方へと切り替わっていた彼女は大人びた笑みを俺に向けて一瞬浮かべると、衣服の着こなしが窮屈だと言わんばかりにはだけさせていく。
「それと……蓮様。
「あ、あぁ……わかったよ」
彼女にぎこちなく返事を返た後、改めて敵を睨む。
雷の力……人から奪った能力もあるとしたら予想外の攻撃が来るかもしれない。少なくとも今までに確認した力を持ってる可能性も考えていた方が良さそうだ。
「架空の実体化」「消失」「雷」「AFの奪取」少なくともこれは持ってるはず。となると今まで出会ってきた能力は……「傷の共有」「影踏み」「瞬間移動」……ダメだ! キリがない!
とにかく様子を見ないことには何も始まらない。
「とりあえず俺が最初に仕掛ける! バックアップは春風とゴーストに任せた!」
「ええ」
「おぅ」
見てるだけじゃいつまで経っても終わらない。だからこそ俺から攻撃を仕掛けた。
「喰らえ!」