9-nine- ここのつはるそらゆきのみち。 作:紅葉555
「幽凛高校……? 石炎病……?」
結城先輩がボソリと呟く。その呟きはさっきまでの自分を否定するかのような、ゆっくりとした、そして何かに気づきを与えているかのようなモノだった。
「…………っ!」
薄く、細く下を向いていた結城先輩の目が大きく開かれる。
「天、貴女の言っている石炎病って……蓮太の……」
「そうです。先輩のお兄さんの……病気です」
結城先輩は知っていた。つまりはこの事を先輩から聞いてたんだろう。
先輩の人生で、先輩という人格を作った、先輩にとって最悪の悲劇を。
「前に蓮太と話した事があるわ。聞いたのは彼からではないけれど……あの時は病名などは省略していたから気が付かなかった」
「あ、あの……天と結城は知ってる風だけど……俺たち置いてけぼりなんだが……」
ということは、先輩の経験としては確かにそこには存在した記憶だったってこと。けど、それらの病気や学校はココには存在しない。
だとしたら……
「蓮太が苦しんだ病気。いえ……蓮太のお兄さんが苦しんだ病気。みんなにも伝えておくべきかもしれないわ」
「行きましょう。彼の家へ」
結城先輩がそう言って歩き出す。
その言葉を聞いていた蓮太先輩を知らない皆は、ただただその後ろについて行くしか出来なかった。
…………
……
……
「それで、どうやって部屋に入るの?」
先輩の家に着いた頃、みゃーこ先輩が口にする。
考えてみれば当然の話。あたし達は先輩の部屋に入るための鍵を持っていない。
「鍵があるわ」
「え?」
「へ?」
「は?」
「なんで?」
当然かのように言葉を口にした結城先輩に皆が驚きの様子を見せる。
「え? 結城さんって竹内くんとそういう……関係……?」
「違う。前に招待してもらった時に、隠していた鍵を取っている姿を見たことがあるだけ」
「あ……竹内さんにはすーこちゃんが……」
すーこ?
多分幻体の能力の事を言ってるんだろうけど、香坂先輩、彼女のことをすーこって呼んでたの……?
なんてことを話している間に、結城先輩は無駄な動きひとつなく近くの植木鉢の下に隠してあった部屋の鍵を拾い上げ、そそくさと扉を開けていた。
「結城はもう入ってるし……とにかく俺達も入ろう。わざわざここへ来たってことは、それなりの理由があるんだろ?」
先輩の部屋に来た理由。それはあたしにも分からない。結城先輩がそう判断したって事は、先輩の過去についての鍵がこの部屋にあるって事……だと思う。
あたしの理解した事は、あくまで彼らの存在の事。この世界には幽凛高校はない。石炎病なんてものも聞いたこともない。
さっき戦った彼らの記憶も中身も無かった。
いや……多分あの中身は……
だとすると、あたし達のいるこの世界の外にはそれらが存在しているのかもしれない。
それじゃあ先輩達は?
あたし達の戦いが始まった大地震の日。ソフィが言うにはあの地震がきっかけで異世界との時空に歪みが現れ、あたし達のいる世界にアーティファクトが散りばめられた。
世界の眼を通して……
もし、歪みができたのがソフィのいる世界だけじゃなかったら?
もし、もう1つの世界があって、その世界に竹内蓮太が存在していたとしたら?
もし、この世界に紛れたのがアーティファクトだけじゃなかったら?
そう考えてしまったらもうおしまい。固定概念に近い思考が常に頭にこびりついてしまう。
本来なら居なかった人。
その可能性。
「ねぇ……にぃやん」
「ん? どうした?」
「覚えてる? 大地震の日、あたしと一緒にフェスを歩いてたの」
「ああ、九條がコスプレしてたもんな」
思い返してみれば、あの日、あの時のにぃにの言葉はおかしかった。
普通、あんなこと言わないと思う。あたしだって覚えてるから。
「あの時、にぃやん言ってたよね。クラスメイトかもしれない人が歩いてた……みたいなこと」
「ん〜……? そんなこと言ったっけなぁ……」
「言ってたよ。それは間違いない。きっとその人が蓮太先輩だったんだよ」
「天? 一体何を……」
あたしがあの日の確信を伝えようとした時、先に部屋の中に入っていた結城先輩の大きな声が聞こえてきた。
「貴女は誰!?」
その声にあたしとお兄ちゃんは部屋の奥へと顔を向ける。
まだ玄関に入ったばかりの香坂先輩とみゃーこ先輩も、その声に驚き、急いで中へ入っていた。
「何かあったのか!? 結城!」
話を中断したお兄ちゃんは、結城先輩の身を案じてあたしの手を引っ張りながら部屋へ走る。
その中に居たのは……
「久しぶり…………じゃないや。初めまして……だね。結城 希亜さん」
パッと見は小学生位の幼い顔立ち。身長もそれくらいだと思う。
黒いショートヘアにうっすらと赤い瞳、シックに纏まった服装を身につけておりその姿はどこかで見た記憶があるような朧気な印象を受けた。
丁寧な言葉遣いで結城先輩に挨拶をしているその姿には、敵意は一切感じられない。
あたし達全員が集まった頃を見計らって、彼女はゆっくりと口を開いた。
「皆さん初めまして。改めて挨拶をしますね。私は緋真。“結城 緋真”と言います」