仮面ライダーロア   作:瀝青

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第10話 竜

「この前、あのー……プロトロア?からもらったのってなんのディスク?」

 なんだかんだ、紆余曲折で共に行動することが多い二人。今日は醒蕾院大学の大広間、テーブルの一つにて。

「ヴリトラとアジ・ダハーカだ」

「ブリとアジ?えっ、魚……?」

「ヴリトラとアジ・ダハーカ。インド神話に登場する干魃や冬を司る蛇の怪物と、ペルシャ神話に登場する三つの頭を持ち悪を司るドラゴンだ。両者ともに神話に於ける役割が似通っているのが興味深いが……」

「へー、私神話とかは全然わかんないなぁ……あ、でも少し前にやってた都市伝説の番組であぬんなき?っていうメソポタミアのカミサマが地球に来て人間を作ったって聞いたよ!もしかしたらゼネラドもエイリアンだったりして!」

「ならば君はエイリアンと友情を結んだ、と……」

 

 

 吹き抜けとなった円形の大広間、その上層階。

 硝子(ガラス)手摺(てすり)に寄り掛かって二人を見下ろす者がいた。さながら逆転したパノプティコン。燃ゆる赤い瞳と青い瞳。

 ルイーザの眼差しは敵対者に向けられるものではなかった。柔和に友や家族を見つめるような親愛を(たた)えた目だった。

 ゆらりと現れ、ルイーザに並ぶゲンゲツ。

 以前と同じように俯きながら。

「おや、ゲンゲツさんではありませんか……もしや『仮面ライダーロア』の制作に参加していただけるのですか?」

「ご、ごめんなさい……拙、は……」

「……分かりました。まあ、それがアナタの選択なら」

「本当に、ごめんなさい……その、改めて、ひとつ、訊きたいことが、あるのですが……何故、多くの、人々、を、巻き、込んで、まで、仮面ライダー、を……」

 尋ねる言葉の速度が失速してゆく。

「やはりアナタの考えはお変わりありませんか。アナタはスルクさんのようにただ物語の完結を望む訳でも、セイズさんのように戦いを起点とした物語を望む訳でもありませんからね……」

「え、あ、あの……」

 ゲンゲツの視線がより安定を失った。

 焦りと恐れが滲み出る。

()()()()()()お答えいたしましょう。優れた物語は、優れた登場人物——特に優れた主人公から生まれます。その為には選別(オーディション)が必要ですよね?あのお二人がそれに適う役者だった、というだけですよ」

 彼女は雄弁に語るのだった。

「は、はい……」

 対して幾分か落ち着きを取り戻すが、ルイーザに僅かな疑念を抱くゲンゲツ。

「勿論、端役も不可欠です。まあ、()()()物語に於いては不適合者の方々を模した傀儡(かいらい)に過ぎないのですが」

 ルイーザさまにとっては、それが当たり前なのですね。

 ゲンゲツは事実を密かに嘆きつつ、再び遼也と深冬を眺め始めたルイーザの横顔を見ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「オイお前らァ!」

 翌日。

 (とばり)駅——バス停が隣接し、超高層ビルや複合商業施設、そして星の装飾が施された大型の時計を備えた建造物。

 駅前の広場に集まる人々は荒々しい呼び声に応え、一斉にセイズとスルク、ルイーザの方を向く。

「出番だよ」

 スルクがそう言うと人々——に擬態していたゼネラド達の姿は溶解。

 大多数が蜘蛛に似た怪人へと変貌した。

 橙色がかった褐色のケーブル、朽葉色の装甲、コバルトブルーの外骨格、左肩に四本の蜘蛛の脚。剥き出しになった銀の歯と鋏角を有する顔面は眼こそ持たないものの、魑魅魍魎を演じる役者が用いる"(しかみ)"という能面を思わせる。

 彼等、蜘蛛のゼネラド——ツチグモ・ゼネラドに加え、それぞれ一体のみ蜚蠊(ゴキブリ)に似たものと兜蟹(カブトガニ)に似たものが居た。

 ヒマムシニュウドウ・ゼネラド。

 無数の棘が生えた赤褐色の外骨格。黄色い装甲とケーブル。人間の歯。目を持たない頭部には蜚蠊の触角。背に二対の翅。

 ポリフェムス・ゼネラド。

 暗褐色の外殻。灰緑色の装甲とケーブル。丸く小さな単眼。歯と鋏角。頭の後部からは兜蟹の尾剣(びけん)のような角。背には六対、多数の節で分かれた脚。

「さて、これからゲンゲツさんは一体どのような活躍を見せてくださるのでしょうか……?」

 その光景を前にしてルイーザは、その場に居ない彼女の名を呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 遼也の自宅。

 彼が向かう机の上には一台のPC。

 改めて"仮面ライダー"と"怪人"の目撃情報を示す掲示板やSNSの投稿を見直しながら情報を整理する。

 

 潜伏するゼネラド。

 仮面ライダーロアの前任者。

 秘匿される戦い。

 消える"鎖條真希"に関する記憶。

 都合良く去る人々。

 伝承(ロア)物語(テイル)という名称。

 

 今、俺が置かれている状況はゼネラドによって——特に彼女達の首魁と思しきルイーザによって意図的に演出された、と断定しても問題ないと言えるだろう。

 

 思考は繋がる。

 

 ゼネラドの正体とは?ローブの人物/仮面ライダープロトロアの正体とは?

 

 深冬との出会いですら……否、ずっと前に遡って"彼女"の言葉ですら仕組まれたものだったとしたら?

 

 しかし、如何様な真実であろうとも。

 これが俺の望んでいた物語。これが俺の望んでいた人生。その理想が変わることはない。

 

 

 

 

 

 

 一方、深冬は浮き浮きとした様子で有り得ない程人通りの少ない日曜日の街をゆく。

 真希からの呼び出しには「絶対一人で来いよ」の文言。

 真希(セイズ)は深冬にとって攻撃対象であると同時に友人である。

 本人の認識は「なんとなく敵っぽいけど仲悪くなったわけじゃないよ?」。

 最早"天然"では済まされないが、これが"凍霧深冬"という人物だ。

 目的地、帷駅に辿り着こうとするそんな彼女の耳、微かに息が漏れるような声が届いた。

「……て……り……ふゆ、さま」

「え?」

 続けざまに聞こえた。今度は幾らか明瞭な声。

「凍霧、深冬、さま……」

「えっ?」

 振り向いた深冬の視界に声の主。現代の日本ではあまり見かける事のない振袖姿の女性。

「……三人目だ!」

「は、はい?」

 ゲンゲツはまさかの返答に戸惑い、深冬の勢いに身を引く。

「はじめましてなのに私の名前知ってた人!真希とルイーザと、えーっと……」

「あ……拙は、ゲンゲツ、と、いいます……」

「ゲンゲツっていうんだね。よろしくね、ゲンゲツ!!」

「よ、よろしくお願い、します……」

 深冬に押されたまま、はにかみながら軽く頭を下げて告げる。

「それでいっこ訊きたいんだけど、ゲンゲツってもしかして真希とかルイーザとかスルクの友達なの?」

「一応、仲間、のようなもの、でしょうか……今日は、彼女たちについて、一つ、忠告したい事があるのですが……」

 ゲンゲツがそれを口にしようとした瞬間。

 彼女と深冬の間に巨大な蟲の脚が振り下ろされ、土瀝青(アスファルト)に亀裂を走らせた。

「やっぱり、キミならこうするよね」

 アラクネ・ゼネラドの背から伸びる、巨大化した四本の脚。その先端が着いた地面は蜘蛛の巣の模様を浮かび上がらせた。

「……っ!深冬さま!」

「私ならこれがあるから……」

《Fuath Driver!》

 フーアドライバーを装着する深冬。

 直後にゲンゲツの姿は怪人に変容し、蜘蛛の脚を擦り抜け彼女を抱え、アラクネ・ゼネラドから距離を取る。

「わっ!?」

 降ろされた深冬はアラクネ・ゼネラドの脚の間に保持される黒い地面を素材とした蜘蛛の巣と、蛇と熱帯魚を想起させる怪人を目にする。

 目を持たない蛇のような頭部。その鼻先に聳え立つ一本の角。

 銀の歯。形状はほぼ人の歯だが、犬歯は蛇特有の獰猛さを伴う。

 藍色の鱗。手足と尻尾のものは深い赤を帯びている。

 装甲とケーブルはアジュールブルーで、右半身の手足にのみ配置されていた。

 左腕から生じ、空中に漂う闘魚(ベタ)の鰭は振袖の袖を思わせる。またドレスのような前垂れも同様。

 悍ましくも艶やかな異形。

 言葉を失う深冬。

「ゲンゲツちゃん、邪魔」

 無情に攻撃の構えを取るアラクネ・ゼネラド。

 ゲンゲツはジャバウォック・ゼネラドと同じように胸部に手を減り込ませて、一本の剣を取り出した。

 形状はフィリピンの民族に伝わる"カンピラン(kampilan)"そのものであり、細い刃に有角の蛇を模した彫刻が施された柄頭(つかがしら)

 アラクネ・ゼネラドはメダマグモ科の蜘蛛が行う投網のように巣を放るが、ゲンゲツは流水の如く滑らかな動作で武器・タイダルカンピランを用いてそれを解体してしまった。

「戦うの、苦手じゃなかったっけ」

「……」

「ゲンゲツ強い!……あ、私も変身しなきゃ」

 黙り込むゲンゲツも気にせず深冬は恒例の変身を開始。

《Beira》

「変身っ!」

《Now Loading……Transform!》

《KAMEN RIDER BEIRA》

《Tales from phantasmagoric water create destiny.》

 

 

 

 

 

 

 彼もまた、ロアドライバーの導きに従い帷駅に到着。

 装着されたロアドライバーは遼也の脳にゼネラドの位置を伝達したのだった。

「来た」

「仮面、ライダー」

 ぶつぶつと呻くように呟きながら彼を歓迎するゼネラド達。

 アラクネ・ゼネラドとは異なる、蜘蛛の特徴を持ったゼネラド。

 外見から判断するなら能の題材にも採用された古代日本の土着の民、及び彼等から派生した妖怪・土蜘蛛が由来だろうか。

「随分と熱烈だな」

 嗤い、何時もの手段をなぞる。

《Crom Cruach》《Cernunnos》

「変身!」

《Now Loading……Transform!》

《KAMEN RIDER LORE》

《Cromnunnos Form》

《To the opening.》

 出現した仮面ライダーロア、クロムヌンノスフォーム。

 ブラッディコルヌコピアから駅前に溢れる青い蜘蛛のゼネラド——ツチグモ・ゼネラドに斬撃が翔ぶ。

 彼等の口から発せられた糸の塊もまた、刃の軌道に沿って空中で解けた。

 一瞬にして数体のツチグモ・ゼネラドを抹殺したロア。突如として彼の前後二箇所でツチグモ・ゼネラドをも巻き込んで爆発が発生。

「うっ!?」

 幸いにも爆心地は彼から離れていたため重大な損傷に至る事にはならなかったが、彼は警戒して周囲を観察する。

 少し遠方に見覚えのある戦士——仮面ライダーベイラと、剣を携えた蛇と熱帯魚の人型合成獣とでも形容すべきゼネラド。

「……?」

 ロアに最も驚きを与えたのは両者が共闘してツチグモ・ゼネラドを蹴散らし、アラクネ・ゼネラドによる周囲の物体を利用した攻撃を捌く光景だった。

「あ!遼也!!」

「み、深冬さま!?」

 彼女達もまたロアを認識して彼に駆け寄る。ゲンゲツがベイラを追う形で。

 今度の彼には、明確に先程の爆発の正体が見て取れた。

 何処か高所から飛来する、濁った油のような液体の塊と魚雷かミサイルのような物体。

「うわぁっ!?」

「ひゃっ……!?」

 液体は地面に水溜りを成した直後に、魚雷は衝突の直後に爆破を起こした。

 華麗に飛ばされて地に叩き付けられるベイラと、空中で浮遊して海蛇が泳ぐような動作を取り着地するゲンゲツは見事な程に対照的。

「深冬……!」

 彼女のもとに急ぐロア。

 ゆっくりと接近するアラクネ・ゼネラドに、新たに四体のゼネラド——うち一体は仮面ライダー——が合流。

「オレ達も混ぜろよ」

 狼を模した仮面ライダーオフォイス。

 東洋の竜と西洋の竜、両方の形質を持つジャバウォック・ゼネラド。

 カサカサと音を立てる蜚蠊のゼネラド。

 鈍重に歩む兜蟹のゼネラド。

 幹部、そして爆撃を仕掛けた張本人。

「先日はセイズさんがお世話になりましたね。仮面ライダーオフォイス、気に入っていただけましたか?……まあ、其処のゲンゲツさんの答えは聞くまでもありませんか」

「ま、戦いを盛り上げてくれるならオレは何でもいいけどな」

「……」

 楽しげな調子で語るジャバウォック・ゼネラドとオフォイス、特に意思を示さないアラクネ・ゼネラド。

「あ、ああ……みな、さま」

「何だ、仲間割れか?」

「えーっとこれはどういう……?」

 慄くゲンゲツ。

 やがて大挙するツチグモ・ゼネラド。

 

 混沌を深める戦況に、彼は二枚のテイルディスクを取り出した。

 あの"ゲンゲツ"と呼ばれたゼネラドの事は一先ず後だ。

「……これでも試すか」

「あ、使うんだ」

「それ、は……」

 ゲンゲツには見覚えがあった。

 ルイーザ曰く、あのテイルディスクを使用すれば——。

《Vritra》《Azi Dahaka》

 ロアドライバーは操作を待機する状態へ移行。

 物々しく、暗澹として重厚、不気味、不安定なオーケストラの楽曲が反復。

「遼也さ——」

 止めに入るゲンゲツを、灰色の剣が阻む。

「ご遠慮いただけます?これは彼の夢を叶えることに繋がるのですから……」

 ルイーザ/ジャバウォック・ゼネラドの台詞に、何か執念か悲願のような——完全な解読を許さない奇妙な響きを感じてゲンゲツは留まってしまう。

《Now Loading……Transform!》

《KAMEN RIDER LORE》

《Maintenance of Expressive Control:Vritra Dahaka Form》

《All the world's a stage, and so you play your part.》

 金属光沢を有する黒の液体が大蛇と三つ首の竜を形成。

 ロアの装備を再構築し、新たな力を付与。

 

 "第三の目(Oシグナル)"は黄色。複眼は同色、形状は開かれた竜の翼。

 頭部には四本の触角。飛蝗に似た長い触角が二本、蠅に似た短い触角が二本。

 蛇や蜥蜴を思わせる、鉛色の口部(クラッシャー)

 (ひび)の模様が刻まれた、ゼネラドと同様の造形の黒い装甲。それは枯れた大地、或いは砕けた氷。

 肩甲は横を向いた、二本の角を有する竜の——そして、ゼネラドの頭部。

 黒いアンダースーツ。刻まれているのは、神経細胞を模した濡羽色の模様。

 背中に翼。黒ずんだ皮膜は蟲に似て透き通る。

 翼の背後には黒い霧状の物質で構成された円環——光輪(クワルナフ)が穴を正面にして浮遊。

 

 仮面ライダーロア、ヴリトラダハーカフォーム。

 

 冬の女王(ベイラ)の誕生を見届けた時よりも満足げに、嬉々として、彼を試すようにルイーザ/ジャバウォック・ゼネラドは言った。

 

「さあ、見せてください。"主人公"の勇姿を……」




文中に登場したメダマグモ科の蜘蛛は実際こんな感じです。
https://m.youtube.com/watch?v=CdkeqlpI78M

この回を書いている途中に偶然この蜘蛛の存在を知ったのですが、神話上のアラクネは優れた織り手だったので描写に取り入れてみました。

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