仮面ライダーロア   作:瀝青

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第18話 発端と進展

 七月十日、醒蕾院大学は一種の異界と化していた。

「今日、開校記念日か何かだっけ……? それか、もしかしてもう夏休み始まってたりする?」

 廊下で深冬は遼也に尋ねる。

 遼也と深冬が赴いた校門、広場、校内。学生、教師、清掃員、あらゆる種類の人間の姿が発見できない状況だった。

「開校記念日は十一月十四日、夏期休暇は二週間後だ。そして休校の報せは発せられていない」

「じゃあ、遼也の誕生日のサプライズ? 私は二月二日だけど」

「であれば一般的な祝福としては悪趣味な上、そもそも有り得ない。加えるなら俺は九月六日だ……来年は君の日を祝う必要があるな」

「やったぁ! 私も忘れないようにしないと」

 気付けば二人は普段なら数分後、講義が始まる筈の講義室の扉に。ごく自然に入室。

 

 白板の前にはメルヴィレアの姿。二人と向かい合わせに。

「……どうも」

 メルヴィレアは低音で言う。

「今日はメルヴィレア先生が教えてくれるの?」

 平時のような深冬。

 宙返りしながらメルヴィレア付近の机に飛び乗ったのはフォーマラウタだった。

「はーい、小生は助手ですよォ」

 彼女に関しては寧ろ幼稚園か小学校の教諭が似合う。

「君の為した事なのか、メルヴィレア」

「ええ、その通りよ。ここの学生、殆どがゼネラドに置き換えられていたから片付けておいたわ。少し混じっていた人間は……どうせ後でまとめて潰すから見逃したけれど」

「驚いた、君の嫌悪は主人公だけに対するものではないのだな」

 メルヴィレアは凍てつく視線を変えずに開陳。宛ら公演。

「全ての舞台において、わたしたち以上に主役に相応しい役者が在ってはならない──それが前提。その上でわたしは、わたしが主人公の物語を望む。ルイーザも、彼女が選んだ芥遼也も受け容れられないわ」

「無様な演者は根絶やし、それがメルヴィレアの生き様ァ……!」

「あなたは黙ってなさい」

 一蹴されたフォーマラウタは肩を竦めた。

「仮面ライダーは敵と同じ力を振るう。ならわたしも仮面ライダーとして敵を、つまりあなたたち人間とわたしの同族を狩ろうと思っているのだけれど」

「人間のみならず同胞の壊滅まで企むか。有り触れた単純な人類の殺戮と比べるなら、君の考えの方が趣があるな」

「野心家? なんだね、メルヴィレアは」

「でも、これは結局“演技”なのよ。人間の閉幕は生きることの閉幕だけれど、わたしたちの閉幕は違う。閉幕しても次を始めることになるの。だから“停滞”させるしか手段はないわ」

 その語り口は、人間とは異なる立場ゆえに有り得るもの。遼也は問う。

「物語を、本能を論じ、制する……君達は何者だ?」

 彼は核心に迫ろうと、その台詞を放ったのだ。

「はいはーいっ! 私も気になる!」

 冷ややかな一瞬の思慮を経て、メルヴィレアは答えを提示。

「ルイーザだったら、後の展開に備えて真実を温存するでしょうね……そう、そうね、ならわたしはそれを壊すわ」

 一度間を置き、彼女は語る。起源を。

「わたしたちは、生きるために物語を創る。生きることが物語でなければならないの。わたしたちは──」

 しかし、その言葉の先を紡いだのは性別の判然としない声。同時にメルヴィレアとフォーマラウタは不明な要因で動作を停止し、床に倒れ伏した。

「我々は本能的に“創作”を為す、」

 ローブの人物が遼也、深冬と同じ扉から現れ、二人の目前に立ったのだ。無性的な声は愛らしく艶やかな声に変化しながら語り、声の主も声に見合う姿に。

 

「地球外生命体ですよ」

 

 今や、ローブの人物はルイーザだった。

 深冬は目を見張ってこの状況に絶句した。

 遼也はルイーザが次に発する台詞を待つ。彼は聞き逃さない。

「些か急でしたか? ですがこの事実は、“設定”などではないのです」

 ルイーザは二人に爽やかに笑いかけた。微動だにしないメルヴィレア、フォーマラウタを一瞥もせず空いた白板の前へ。

 遼也は昔日(せきじつ)に出会った彼女──竜のようにものを言う彼女──ルイーザの肖似(しょうじ)を確かに幻視した。

「悪役は、往々にして自らの起源、意思、計画を高らかに語るものです。(ワタクシ)もそれに倣うといたしましょう」

 前置きしてルイーザ、つまり権威を持つ竜、物語る古き蛇はそれらを披露した。

 

 

 

 

 

 

 宇宙の大規模構造、その果て。未だアナタ方人類にとって観測不可能な銀河団、その中の銀河、その中の惑星系、その中のとある惑星(舞台)──それこそ我々が序章を描き、幼年期を生きた故郷です。

 

 故郷にて頂点に立った我々という(しゅ)は、本来アナタ方と同様、主に炭素から構成された生物でした。

 しかし、物語を“創作”する本能は最大の特徴であり、人類との最大の相違点といえるでしょう。勿論、この物語は小説でも映画でもございません。それは事象や歴史、つまり現実という劇場に発生する物語なのです。

 

 “創作”の手法は多岐に渡ります。

 

 一部の好戦的な気質を備えた者たちは、闘争と壊滅から物語を創りました。

 一部の平和的な気質を備えた者たちは、交流と平穏から物語を創りました。

 一部の野生的な気質を備えた者たちは、他の者たちと共生関係を築き、物語を創りました。

 一部の享楽的な気質を備えた者たちは、物語を娯楽と見做し、逸楽の限りを尽くしました。

 

 アナタ方人間は食らい、眠り、地に満ちることが本質であり、物語はそれらに追随するものですが、我々は異なります。

 生が物語と成るのではなく、物語が生と成る──食らい、眠り、地に満ちることが物語の補佐です。思えば、我々は(しゅ)として欠陥品だったのかも知れませんが。

 

 アナタ方の枠組みで捉えるのであれば……我々には「極端な『世界劇場(シアトルム・ムンディ)』の思想に支配された種族」という表現が適切ですね。

 

 我々はこの生態故に固有の種族名と固有の個体名を持たず、ただ“役名”を必要としているのです。なので「ゼネラド」という肩書き、「ルイーザ」という名称は一時的なものですよ。

 そして、敢えて我々の種族に名を与えるのであれば……“著者”或いは“権威者”といったところでしょうか。

 

 さて、お次は現在に至る経緯をお話しいたしましょう。

 長らく我々は故郷を主要な舞台として、時には近隣の惑星と関わりを持ちつつ、(おびただ)しい数の物語を“創作”してまいりました。

 その歴史の中で、何時しか我々の“創作”は本能の発露に留まらず、精神に充足を(もたら)す娯楽に発達していたのです。

 

 “創作”は細分化された過去の物語を拾い集め、再構築するということ。アナタ方もご存知でしょう。当然ながら、我々の“創作”する物語は次第に無意義な再演と再演の積層と化していったのです。

 我々の故郷は、近隣の惑星は、複数の意味で「荒地」でした。

 

 そこで我々は『進化』を開始しました。

 

 それは容易でした。幸い、物語の追求という無終(むしゅう)かつ究極の物語のために茫洋(ぼうよう)たる数多の技術が育まれ、蓄えられていましたから。

 新生した“著者”には「ゼネラド幹部」を演じる我々六人のように肉体を棄て、精神、記憶──神経の発する信号を種々の枷から解放された《電子的霊体(プネウマデータ)》に変換した者も在れば、元来より保持する肉体に苛烈な改造手術を加え、変幻自在かつ強靭な体躯を得た者も在ります。

 

 ()くして我々は「新しい波(ヌーヴェル・ヴァーグ)」を経たのです。

 最早、凡ゆる場所が我々にとって舞台と成り得る環境でした。

 

 こうして全ての“著者”は故郷から浩々(こうこう)たる星の海に旅立ちました。

 

 新たな情景に幾度となく邂逅し、我々の“創作”は絶えず為されます。

 

 ある時、(ワタクシ)は「地球」という惑星(舞台)に辿り着きました。

 

 この星は、優れた物語で溢れていました。

 

 殺戮を捧げ闇を齎す民族。

 進化を阻む神の遣い。

 鏡の向こうに棲む怪物。

 冥界より舞い戻った灰色の死者。

 不死たる生命の始祖。

 万古不易の魑魅魍魎。

 異星からの蟲。

 歴史を食む御伽の魔人。

 硝子細工の吸血鬼。

 地球の記憶を服用した超人。

 強欲の顕現たる動物の王。

 星の力を授かりし者。

 絶望を糧に産まれる妖怪変化。

 禁断の果実より出ずる侵略の種子。

 停滞と共に現る人工の命。

 偉人を借る化身。

 遊戯という名の悪疫。

 星狩りの兵器を駆る者。

 機械仕掛けの悪意。

 物語を再編する物語。

 人心に巣食う悪魔。

 娯楽に費やされる敵役。

 錬金された命を呑む悪意。

 

 しかし、そのどれもが現実ではなく虚構で繰り広げられる物語。形式の点では我々の創作より遥かに劣るものでした。

 これら地球で生まれた虚構の物語を大作へと昇華させるべく、(ワタクシ)は“著者”の技術を注ぎ、「仮面ライダー」を主題に選択し、数々の物語を織り交ぜた物語の制作に着手いたしました。

 

 題名は『仮面ライダーロア』。

 

 その戦士──仮面ライダーを「仮面という(Persona)に乗る者」と定義し、「変身」の台詞を放つ、主役に相応しい人間を探し求め“選別(オーディション)”を行ったのです。

 

 灰色の戦士は死を重ね、残骸である失敗作が誕生する──それは繰り返されます。

 

 ……最中(さなか)(ワタクシ)は一人の少年に出会いました。

 あの時からアナタは鏡のような存在でしたね、遼也さん。

 

 

 

 

 

 

 教卓の上に立ったルイーザの身長が縮小し、髪と瞳の色は黒に染まった。

 遼也は瞠目する。記憶の中に瑞々しく在る、あの少女と寸分違わぬ姿。

「やはり、君だったか」

 晴れやかな面持ちで彼は言う。

 満足げな表情を浮かべるルイーザの身長、体型が先程と同様の状態に戻った。しかし髪と瞳は黒いままで、現在の遼也と鏡写しのようだった。

「ええ。敵と同質の力を宿して戦う仮面ライダー……その因縁の相手として、同じ意志によく似た姿を持つ者は完璧でしょう? 故に(ワタクシ)はアナタを選び、(ワタクシ)はアナタの(ぞう)(しょう)から自身の姿を形成したのです」

「そうか、であれば君には感謝しなければならないな……」

 彼は改めてルイーザの瞳を直視し、続きの言葉を届ける。

「ありがとう。自らの役割を自覚し、貫き通す──それが仮面ライダーであり、それが俺に相応しい役だと認めてくれたのだな」

 

「感動の……再会? なの、かな?」

 確認するようにそう言った深冬は、窓から射す光の中でルイーザが自分を一瞥した事を認識した。ルイーザは遼也だけでなく、深冬にも微笑んでいた。

 

 突如、ルイーザの微笑みが脅威を感じさせる笑顔に一変。普段のように彼女の髪は黒と金、瞳は赤と青に戻った。

「さて……()()()()はいかがなさいます?」

 遼也と深冬は室内を見渡した。

 

 彼女がここに?

 え、幻月?

 

 床が水面のように波打ち、呼ばれた者は直ちに出現。幻月は苦悩に満ちて、何かを言いかけて口を閉ざした。

「それでもアナタは阻むというのですか?」

 ルイーザの問い。

「拙、は……拙は、もう、先に進む、ことは、できません……拙の《プネウマデータ》は、ルイーザさまの、支配下に……拙など、“停滞”、させてしまえば……」

 幻月の絞り出す言葉。

「いいえ。(ワタクシ)は興味を抱いているのですから、穏和で怯懦(きょうだ)なアナタの選択に……“著者”である以上はアナタも物語をお望みの筈、でしょう?」

「拙、は……」

 そして幻月は俯き、黙り込んだ。

 

 遼也もまた、先程までルイーザと幻月が繰り広げていた会話に耳を澄ませていた。彼が注目する対象には今後の幻月が取る動向も含まれていた。

 深冬はぼんやりとその会話を聞いていた。

 

「ふふ……幻月さんが如何に在ろうと、『仮面ライダーロア』という物語は進行します。ですから──」

 ルイーザは語りを再開。宣言の如く。

 

 メルヴィレア、フォーマラウタが意識を取り戻して立ち上がる。

 気付けばセイズ、スルクまでもがこの空間に加入している。

 

 ここに役者が揃った。全員がルイーザに多様な視線を向けている。

 ルイーザを除くゼネラド幹部たちに、凶行の兆しは見られない。彼女らは、彼女ら自身をルイーザに()()されているのだから。

 

「楽しみにしていますよ、皆さん」

 

 ルイーザは品定めする視線をゼネラド幹部に、暖かく光る視線を遼也と深冬に向けて、この場に居る全員を見渡した。

 

 セイズは暗がりに潜む獣の眼で闘争を見る。彼女にとって、それが最も優れた手段である。

 

 スルクは無感情を備えた眼で出来事を見る。彼女は単に物語の完成を想定している。

 

 幻月は不安定な眼で己の求める物語を見ようと試みる。彼女は異端であった。

 

 メルヴィレアは邪視にも似た眼で排除を見る。飽く迄も、彼女は傲慢である。

 

 フォーマラウタは多角的な眼で各々の物語を見る。彼女は皆を支持する。

 

 深冬は過度に純粋な眼で遼也を、ルイーザを見る。彼女の役は定まっている。

 

 遼也は娯楽を欲する眼で主人公たる彼自身と重要人物たちを見る。期待と好奇こそ、彼の糧である。

 

 ルイーザの姿はジャバウォック・ゼネラドに変異。その竜が灰色に研ぎ澄まされた剣の先端を天に向け、物語の続行を指し示した。










ようやくゼネラド幹部の正体を明かすことができました。
彼女らの怪人としてのモチーフには、実は何らかの形で天体に関連するという共通点があります。ジャバウォック、アラクネ、セドナは小惑星、フェンリルは土星の衛星、ダゴンは元太陽系外惑星候補の名前にも用いられている、バクナワは日食・月食の原因である、といった具合です。

本作のリブート作品である『仮面ライダーロア〔新版〕』(https://syosetu.org/novel/335688/)の連載も開始しました。
こちらも併せて読んでいただけると嬉しいです。
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