仮面ライダーロア   作:瀝青

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2022/10/19
一部追記・修正しました


第1話 仮面ライダーの実在

 晴れた春の日。一人の女性が慌てた様子で醒蕾院(せいらいいん)大学の広大な敷地内を駆けてゆく。

 腰にまで真っ直ぐ伸びる純白の髪。澄んだ青い瞳。色白の肌。百七十センチメートルを超える長身で均衡の取れた体型。幼さを残す貌。

 彼女は醒蕾院大学の一年生、凍霧深冬(いてぎりみふゆ)。容姿こそ優れているが、妙に似合っていない服装と一時限目の授業に遅刻したという事——つまり彼女が走る理由そのものが「ドジ」、「鈍臭い」、「天然」、「子供っぽい」等と評される彼女の性格を雄弁に物語っていた。

「あれ……?」

 そんな彼女は大学の広場に辿り着いたとき、一つの異常に気付く。澄んだ声で疑問の声が発せられる。

 本来なら沢山の学生たちが集まっているはずが、今はあまりにも静かなのだ。自分が遅刻しているという事実を忘れて深冬は立ち止まり、周囲を見渡す。

 一見すると広場は無人であるかに思えた。しかしコンクリートの地面、植えられた木、ベンチ——広場全体に奇妙な形の影が覆い被さっている。

 顔を空に向ける。銀色の金属質の糸で形成された、空を覆い隠すような巨大な蜘蛛の巣がそこには在った。針金の塊のようなものが幾つも巣に張り付いている。それは丁度人間一人分の大きさだった。

「なに、これ?」

 戸惑い、彷徨う深冬の視線が彼女の真上から放たれるもう一つの視線と衝突する。逆光でよく分からないが、『少なくとも外見は』人間であった。しかしそれは自分の意思で巣に留まっているように見えた。

 不意にその存在が巣から手足を離し、彼女の目の前の地面目掛けて飛び降り、当たり前のように無傷。赤色と紫色で彩られたスニーカーが地面に着く。

 それは人間の少女であった。

 年齢は深冬より下くらい。百六十センチメートル程の身長。濃い褐色の肌。腹部が出る丈の短い緑のパーカーと橙色の線が走った黒いスウェットパンツの下に黒いレオタードを着用しており、腹部の側面が露になっている。鮮やかな橙色のメッシュが入った暗緑色の髪。左側で纏められた長いサイドテール。前髪の間から覗く虚ろな緑色の瞳。端正だが一切表情の無い貌が目立つ。

 少女は無言で深冬を見上げ、見つめる。

 少女が無傷で着地したことに何故か全く違和感を持たなかった深冬は、漸くその人間の形をしていながらも、人間でないような少女の異常な雰囲気を感じ始める。

 顔を引き攣らせ、少しずつ後退る深冬。やがて未だに自分を見つめ続ける少女に背を向け、再び走り出す。今度は授業に参加するためではなく、本能に基づいての逃走だが。

「っえ!?」

 少女から数メートル離れたところで深冬の動きは中断される。素っ頓狂な声を発し、自分の身体を確認して目を見開く。

 胴と右脚に銀色の糸が絡み付き、彼女を拘束しているのだ。糸が引かれ、強制的に逆方向を向かされる。少女のものであろう、無感情な声。

「逃げないでよ、こっちは待ちくたびれたんだからさ」

深冬の視界に入るその姿は先程の少女のものではなかった。

 それは蜘蛛女とでも呼ぶべき存在だった。

 体格は女性的で身長は二メートルを超える。

 四つの真っ黒な眼球が嵌められた頭部。

 人間のような銀色の歯。その上から一対の鋏角が重なっている。

 指先には鋭い鉤爪。

 両肩から二本ずつ生えた、蜘蛛の脚を思わせる節のある棘。

 節足動物に似て、植物の根に似た橙色と紫色の模様が刻まれた暗緑色の外骨格。

 黒く光沢を放つ金属質の装甲。

 所々に配置された黒いケーブル。

 糸は両方の掌から放たれている。

 混乱する頭の中で深冬は記憶を掘り起こす。

 そういえば、「仮面ライダー」に出てくるような人間を襲う怪物、そして「実在する仮面ライダー」の噂を誰かがしてた気が——。

 徐々に蜘蛛女へ引き寄せられる深冬。

 その時。二筋の赤い閃光が飛来し、糸を切断した。コンクリートの地面に突き刺さった閃光の正体は、羊の角に似た曲線を描く赤い二本の剣。そして剣がひとりでに浮遊、飛行して向かった先に立つ人物の両手に収まる。

 白い装甲とアンダースーツ、赤く輝く複眼、腰に装着されたベルト、それは正しく——。

「え……仮面ライダー?!」

 当然深冬は仰天する。虚構だと思っていた仮面ライダーがこうして目の前に現れ、しかも自分を助けてくれたのだから。彼が本当にそう意図したか否か、それは別として。

「蜘蛛女——アラクネ・ゼネラドか、それともジョロウグモ・ゼネラドか……」

 仮面ライダーは深冬には見向きもせず、蜘蛛の巣の後に蜘蛛女を見て、若い男性の声で冷静に言う。

「ああ、ボクは前者の方だね。早速で悪いけどちょっと相手してよ」

 恐らく微塵も「悪い」とは思っていないであろう、相変わらずの無表情な口調で蜘蛛女——アラクネ・ゼネラドは返答する。

「望むところだ……さあ、開幕の時間だ!」

「決め台詞なのかな……?」

 暢気な深冬の反応。

 その間に剣を構え、彼が——仮面ライダーロアがアラクネ・ゼネラドに向かって駆け出す。次々に放たれる糸を双剣——ブラッディコルヌコピアで断ちながら肉薄してゆく。

「すごい……!」

 無邪気な深冬の反応。

 一瞬でロアはアラクネ・ゼネラドの目の前に到達し、剣を振り下ろす。

「予想以上だね」

 彼女は鉤爪で剣を弾き返す。火花が散る。しかしロアは隙を見逃さず、剣を背中に納刀するとアラクネ・ゼネラドの腹部や顔面に拳と蹴りを連続で叩き込み、大きく怯ませる。

「これで閉幕だ!」

そう言い放つとロアドライバー上部のボタンを連続で二回押す。

《End Roll!》

 死刑宣告のように音声が鳴る。

 ロアが全身に赤黒い瘴気を纏い、両足を合わせて真上に跳んだ。空中で左足を突き出し、一瞬複眼が輝く。直後にアラクネ・ゼネラドに向かって放たれた矢の如く飛び蹴りを放つ。

「ハァッ!!」

《HUNTING RIDER KICK!》

「ッ!」

 そしてアラクネ・ゼネラドの胴体に直撃。屈むような体勢でロアは着地。

 アラクネ・ゼネラドは大きく吹き飛ばされた。尚も立ち上がろうとするが、動力の供給を絶たれた機械のようにその動きが停止し、爆発。茫然として深冬は見入っていた。

 

《You got a new episode.》

 立ち上がったロアの腰に装着されたロアドライバーから音声が鳴る。いつの間にかベルトの右側に装着された銀色のスロットに何かが装填されていた。彼はそれを取り出す。

 蜘蛛の俯瞰図と《Arachne》という文字が橙色で印刷されている、暗緑色の光ディスクに似た物品。ドライバーに装填されているものと同規格であろう。彼はその容貌を確認した後、ベルト左側の小箱に収納した。

 その視線は未だに蜘蛛の巣と茫然としている深冬を一瞥するが、それらに対する関心を失ったかのように歩き出す。彼は此処に留まる理由を持たない。

 

「へ?あれ?」

 深冬が鮮やかな戦闘の余韻から目覚めたときには、既に彼は去った後。

 巨大な蜘蛛の巣が微かに風に揺れた。

 

 

 

 

 

 

 再び大学広場にて。

 深冬はここ最近、時折友人との会話の最中にも上の空になる。

「深冬ー?」

 "ゼネラド"なる怪人の襲撃から一週間と数日が経過した現在もこのような状態である。

「おーい、聞いてんのかー?」

 あの事件は特に世間で大きな話題となることは無かった。幸い、死者は出ていない。

「おーい……おいッ!」

「あ……何の話だっけ……」

「今週の『ダブル』の話……だけどお前、また……」

 会話相手の名は鎖條真希(さじょうまき)、深冬が大学に入ってから知り合った友人である。

 髪はミディアムのウルフカットで薄い灰色。瞳は髪と同色。深冬に比べ釣り目気味。口調は荒っぽく、深冬と同様色白だが身に纏う濃い赤のライダースジャケットと紺色のダメージジーンズも相まって深冬とは真逆の印象を見る者に与える。

「やっぱりもう一度仮面ライダーに会ってお礼しなきゃ、って」

 僅かに表情を曇らせる深冬。

 仮面ライダーと怪人の正体も勿論気になったが、仮面ライダーに礼を言えなかったことが深冬にとっては心残りでならなかったのだ。

「はぁ……そうだな、また会えるといいな……じゃ、アタシは次授業入ってるから」

 真希は深冬の純粋さに呆れながらも微笑みを深冬に見せた後、講義棟へと向かってゆく。

「あっ、じゃあね!」

 対して深冬は手を振って別れの言葉を告げる。そして確かめるような、期待を込めた表情で放たれる独り言。その瞬間が直後に訪れることも知らず。

「きっと……!」

 

 深冬が独り言を言い終わったとき。唐突にバキッ、という音が彼女の耳に入る。学生たちの悲鳴、それに加えて歓声のような叫びがその音に続く。

 音と声のした方を見る。深冬の目に日常とはかけ離れた光景が「再び」飛び込んできた。

 赤錆色をした金属の装甲。

 鮮やかな赤色の体毛。

 黒いケーブル。

 目があるべき部分から生えた獅子の(たてがみ)のような角。

 装甲と同じ質感の(さそり)の尻尾。

 犬歯のみが鮫の牙のように尖っている、銀色の人間の歯を備えた人型の怪物。

 そして怪物の近くには根本から折られた木。

 周囲には恐怖に表情を歪ませ逃走する学生、好奇心からか怪人をスマートフォンで撮影する学生たち。

 しかし怪人がその巨体に見合わぬ俊敏な動きでスマートフォンを構えた学生の一人を殴り飛ばしてから、広場の空気は混乱一色となる。

 

 遠巻きに傍観することしか出来ない深冬。

 

 真希は大丈夫かな。何度も電話をかけたけど出る気配が無い。

 あの怪人はこの前の蜘蛛女と同じなのかな。

 こんな時に……仮面ライダーがいたら。

 

 怪人がその尻尾で再び木を薙ぎ倒したとき、深冬の隣を誰かが通り抜けようとする。

「あっ!あの……」

 彼女が忘れるはずのない姿を呼び止める。

「貴女は……」

 振り返り、大きな複眼を彼女に向ける仮面ライダーロアが其処にいた。

「あっあのこの前は……」

 緊迫した状況にも関わらず礼を言おうとする深冬を一蹴しながら、ロアは怪人へと突撃する。

「申し訳ないが後にして頂きたい」

「はっ、はいぃ」

 素直に退く深冬。

 ロアの姿を認識し、無言で殴りかかる怪人を避けながら彼は相手の観察を開始する。

「赤い体毛、獅子の鬣、そして蠍の尻尾……マンティコア・ゼネラドか」

 素早い動作で何度も飛びかかるマンティコア・ゼネラド。

 ロアは間一髪で対処し続けるが、不意に放たれた尻尾先端の棘が装甲に直撃。ロアは大きく吹き飛ばされ、倒れ伏す。

 幸いにも然程の傷は負っていないがこの状況を打開できなけば彼に勝利は無いだろう。

「このままじゃ負けちゃう……!」

 戦いを見守っていた深冬の顔が青褪める。

 しかし肝心のロア本人は至って冷静な様子で立ち上がり、ベルト左側の箱から二枚のディスクを取り出す。

 片方は以前深冬を救った際に手に入れた《Arachne》のディスク、もう片方は百足のような無数の脚が生えた鯨と《Scolopendra》の文字が橙色で印刷された黒いディスクだった。

「早速このディスクを試すか」

《Arachne》《Scolopendra》

 彼は素早くロアドライバーのディスクを入れ替え、ドライバーの声とオーケストラ調の音楽が追随する。

 そしてドライバー上部のボタンが押された瞬間、ロアの全身が銀色になり形を変えてゆく。

《Now Loading……Transform!》

《Arachnependra Form》

《To the next chapter.》

 音声と共に変化が終わる。

 複眼は橙色。それに伴い百足の触覚のような形に変化した鹿の角と、額の「第三の目(Oシグナル)」も同色となる。

 蜘蛛の鋏角を思わせる口部分は鉛色に。

 口部分の上に位置する黒い角。山羊の角は消えていた。

 アンダースーツは暗緑色で、アラクネ・ゼネラドの外骨格を彷彿とさせる紫と橙の植物の根の模様が出現。

 装甲は黒く、百足の体節の意匠が組み込まれている。

 両肩に二本の橙の蜘蛛の脚。両方の上腕に多数の橙の百足の脚が一列。それら全てが中程で折れ曲がり、前方に突き出している。

 前腕と踵には鯨の鰭を模した刃。

 背中のホルスターに収納された、縦に四つの銃口が並び、側面に一枚のディスクを装填可能な紫色のハンドガン——ネストガンナー。

 即ち仮面ライダーロア、アラクネペンドラフォーム。

「見た目が変わった!?」

 驚愕の声をあげる深冬。

 その直後にロアの肩と上腕に備わる蜘蛛と百足の脚が伸び、マンティコア・ゼネラドを突き飛ばす。

 そして彼は再び跳躍するマンティコア・ゼネラドにネストガンナーの銃口を向け、躊躇することなく引き金を引く。放たれた四つの弾が空中で展開し、蜘蛛の巣状のネットとなってマンティコア・ゼネラドを捕らえる。

「面白い……このような形でアラクネを表現するとはな」

 拘束を破ろうと足掻くマンティコア・ゼネラドを蜘蛛の脚で妨害しながら、ネストガンナーの能力に感心したように彼は呟く。

 ギリシャ神話に於いて、アラクネは優れた織り手であった。織機から糸を射出する銃へ。

「では、そろそろ閉幕の時間だ」

 ロアドライバーの左側から取り出した《Arachne》のディスクをネストガンナーに装填、引き金を二回連続で引く。

《End Roll!》《VENOM RIDER BULLETS!》

 響くネストガンナーの音声。拘束から脱し、逃走を図るマンティコア・ゼネラドの胸部と腹部に紫色の霧の塊の如き四つの弾が染み入る。

 マンティコアゼネラドは地に墜ち、仕草に苦悶を浮かべ静止、そしてアラクネ・ゼネラドと同様に爆発。

《You got a new episode.》

 ロアドライバーの右側には赤で《Manticore》という文字が刻まれた、赤錆色のディスクが現れていたのだった。

 

 二人だけが残された広場。

 二度も言いそびれた言葉を伝えるため、戦いの終わりを見届けた深冬がロアのもとに駆け寄る。

「この前は本当にありがとうございましたっ!」

 勢いのままに頭を下げて、心の底から発する礼の言葉。

 ロアは暫く彼女を見つめた後、腰からロアドライバーを外す。全身を覆う装甲、アンダースーツ、ネストガンナー、そしてドライバーのベルト部分までもが銀色の液体となり、溶解するかのように消滅。

 

「……芥遼也(あくたりょうや)だ」

 少しの沈黙の後、変身を解き姿を現した男性が名乗る。黒いワイシャツ、黒いマウンテンパーカー、黒いテーパードパンツ、黒いスニーカー、黒い髪、黒い瞳、そして凛とした鋭い顔立ち。

 

 顔を上げた深冬の満足そうな、そして純粋な笑顔。

 

 ここからが真の開幕。

 

 

 しかし授業棟の屋上からその様子を見つめる狼の如き人影を、彼も彼女もまだ知らない。




今回、初めて登場した人物
凍霧 深冬(いてぎり みふゆ)
性別:女性
年齢:18歳
容姿:色白。髪は腰まであり、白い。瞳の色は澄んだ青。身長に対して顔は少し幼い。美女というよりは美少女。
職業・身分など:醒蕾院大学の一年生
家族など:父、母、妹
身長:174cm
体重:56kg
スリーサイズ:B92/W58/H86
誕生日:2月2日
好きな食べ物:クレープ
苦手なこと:運動、家事全般

本作のヒロイン。

純粋で子供っぽく、天然気味な性格の持ち主。


鎖條 真希(さじょう まき)
性別:女性
容姿:髪と瞳は薄い灰色。髪型はミディアムのウルフカット。深冬に比べ釣り目気味。凛とした雰囲気の中に可憐さも持ち合わせている。
職業・身分など:醒蕾院大学の一年生
身長:165cm
体重:48kg
スリーサイズ:B80/W56/H78
好きなもの:仮面ライダー
苦手なこと:隠し事をすること

深冬の友人。

仮面ライダーが好きだが、ロアに関しては......?


今回の怪人
アラクネ・ゼネラド
対応するテイルディスク:アラクネディスク
身長:210cm
体重:75kg
特色/力:掌から射出される金属の糸、鋏角に含まれる毒、触れた物体を蜘蛛の巣状に再構築する能力

醒蕾院大学を襲撃したゼネラドの幹部。
ギリシャ神話に登場する蜘蛛に姿を変えられた女性・アラクネが由来。
裏モチーフはスパイダーアンデッドと仮面ライダーレンゲル。


マンティコア・ゼネラド
対応するテイルディスク:マンティコアディスク
身長:235cm
体重:124kg
特色/力:素早い動作、尻尾の針

醒蕾院大学を襲撃したゼネラド。
プリニウスの『博物誌』、クテシアスの『インド誌』などで言及される、獅子の体と人間の顔、蠍の尻尾を備えた人喰いの怪物・マンティコアが由来。


次回もよろしくお願いします!
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