プールでの出来事から数日後。
かの廃工場に集ったルイーザ、セイズ、スルク、フォーマラウタ、ネブロエラ。
立つルイーザの掌の上、その空中に微細な異形の機械が漂っている。彼女がそれらを撫でるように自身の指から手、手から腕に流水の如き動作を取らせた。
異形の部品が集結し、一つの灰色の機械が完成。それはプロトロアドライバー。
「遼也さんにお渡ししたロアドライバーに近似する調整を施しました。更なる展開の源となるでしょう」
告げ、手にしたプロトロアドライバーを底知れぬ笑みと共に一瞥するルイーザ。次に彼女が前方の空中に手を翳すと、空間に小さく立体的に一人の女性の姿が
ミディアムの黒い髪。
黒い瞳。
目の下に隈。
学校制服らしき衣服。
友人らしき者たちと会話している様子。
その“立体像”を見て、各々がこれからの物語に関する所感を言い出す。
消極的な台詞を平坦に発するスルク。
今の衣服はPVCで半透明の黄緑色のパーカーとその下に透けて見える黒い長袖のコンプレッションウェア、黒いショートスパッツ、黄緑と黒のスニーカー。
「
凶暴な期待を表出させるセイズ。
彼女は灰色の迷彩の上着、臍が出る程に丈の短い黒のタンクトップ、濃い赤色のホットパンツ、網目が小さい黒の網タイツ、灰色のスニーカーを身に付けていた。
「“
やはり肯定的なフォーマラウタ。
「彼女が物語に直面し、役を獲得する
ネブロエラ──今は頭部を除いた全身の肌に吸い付いて覆うような、異質な白色と暗赤色の衣服に白衣を羽織っている──は間近の事について言及した。
「芥柚榴は全面的にルイーザが担当します。私はルイーザと協働し、幻月への“改変”を実行します」
「ええ、今回はよろしくお願いいたしします……そしてフォーマラウタさんにはこちらを。用途に関しては熟慮を……」
ルイーザがフォーマラウタへと差し出すもの、それはゼノサイドライバーと三枚のテイルディスク。
「ああァ、ルイーザ……あなた様に多大なる感謝をォ……! 小生は物語に更なる豊穣を付与いたしましょう、この力によってェ……!」
口から鮫の牙のような犬歯を覗かせ、フォーマラウタは応答した。
鮫の者を瞥見し、ルイーザは変わらぬ口調で狼の者と蜘蛛の者に指示。
「セイズさん、スルクさんには──“
「それ、今やる必要あるの」
「今だから、だろ。な、ルイーザ?」
ルイーザは微笑で返事を行った。
そして吊り下げられた無数の人形──プネウマデータもサイキデータも内包していない、貌の無い“空白”のマクガフィン──に僅かな瞬間、視線を注いだ。
水族館の廃墟──メルヴィレアの拠点。
数日前、メルヴィレアはプールから退散して“水から水へ転移する”Pバロールの能力を使用し、この場まで帰還した。
現在、メルヴィレアは数日前も着用していたスパッツ型競泳水着を再び召している。
水着によって強調されたしなやかな身体は、廃墟の外側に広がる水の中に飛び入った。
結わえられていない長髪が水に投げ出され、漂う。
──もっと、完全な力が必要だわ。
早くも彼女はPバロールの性能に不足を見ていた。
無論、理由はあの
──あの主人公気取りと妖精女、それに
時を同じくして、遼也は深冬の自宅を訪れていた。
醒蕾院大学は未だ夏期休暇。
『今度は私の家に来てよ!』
そのように深冬は誘った。プールからの帰路で。
「ようこそ、遼也!」
深冬に案内され、彼は家の中を見渡す。
二人が発声しなければ、家は静けさに満たされる状態だ。深冬の家族は不在。
「二人で留守番か?」
「うん、今日は私たち二人の家だよ! あ、遼也はきょうだいっているんだっけ? いるなら遼也そっくりなのかな、真逆なのかな──」
兄弟姉妹の話題。
彼は一度、深冬からの問いに否定の回答を置いた。しかし。
「いや……ああ、今
外れに屹立する、立方体が不規則に積み上げられたような外観の集合住宅の廃墟。
一室だけが清潔に保たれ、人の居住している状態。しかし住民は人間ではなく“著者”で、幻月だった。
本棚、箪笥、食料品、バッテリーに繋がれた家電製品、調理器具、食器などが並ぶ和洋折衷の部屋。幻月はベッドの上に身体を横たえ、瞳を閉ざしている。
服装は普段の振袖ではない。刺繍で鱗を連想させる模様が入った黒く丈の短いケープ、白いワイシャツ、深紅のリボンタイ、膝が隠れる程の丈の
彼女は睡眠しているのではない。回顧し、思慮しているのだ。
これまで“創作”のために訪れた星について、同族から投げ掛けられる非難と困難について、今後の物語について。
──この“舞台”なら……拙は、“役”を得られる、でしょうか……。
多少は明るさを増した幻月の心情。
しかし、幻月の部屋に玄関の扉を軽く叩く、寒々しい音が響いた。
来客は誰であるか、と予想するのは容易だった。
彼女は目を開き、ベッドの上で上体を起こした。物憂げな表情。
玄関には寄らなかった。
元より施錠されていない扉。その向こうの者は勝手に入室してきた。
「失礼いたします。開けられているのであれば、そう言っていただければ幸いなのですが」
清らかで妖しいルイーザの声。
訪れた者はルイーザ、だけではない。
ネブロエラの巨躯がルイーザの後方に控えている。
「ルイーザさまに、ネブロエラ、さま……」
「今日はこちらをお渡しするため参りました」
ベッドから床に移り俯いている幻月。その様子に構わず、ルイーザはとある紙の資料を彼女に差し出す。
「探されていたでしょう?」
その資料は凍霧深冬の戸籍。
以前、幻月が深冬という一人の人間を探ろうと試みていた際に求めていたもの。
「ど、どうして……」
資料を受け取って閲覧する幻月の独り言に近い呟きに、ルイーザはただ微笑んでいるだけ。
戸籍に記載された住所は北海道、
出生地は同じく斗津古似市。
両親の名前。
一先ず深冬の戸籍に異常は無いと判断し、幻月は顔を上げた。
次はネブロエラが発話。
「要件は終了していません」
告げるネブロエラの姿は、顔面の透明な部分が全身に広まるようにして、ゼネラドとは異なる怪人──ネブロエル・パントコスに変化していた。
「現在、必要とされる手段です」
「この障壁……どう対応されますか、幻月さん?」
《ProtoLore Driver!》
ルイーザは元より所持していた方のプロトロアドライバーを装着。
幻月は即座にバクナワ・ゼネラドとなって臨戦。
空中を泳ぎ来客二名の間を擦り抜け部屋から脱出、集合住宅の廊下へ。続いて幻月の住処の向かい側にある部屋の扉を破り、その中に陣取る。
《Moloch》《Baphomet》
ルイーザは一瞬でプロトロアドライバーの操作を終え、したり顔で“かの言葉”を発してプロトロアへと姿を変えた。
「変身……!」
《Now Loading……Henshin!》
《MASKED RIDER PROTOLORE》
《Chapter ZERO.》
ネブロエル・パントコス、プロトロアが態とらしい緩慢な足取りでバクナワ・ゼネラドへと迫る。
バクナワ・ゼネラドの対応は床に潜っての逃避。
集合住宅の床、そして地面を“透過”し、迷える蛇女は集合住宅の外に到達。
敵たちは視界に存在しない──その間隙の平穏こそが彼女に恐怖と警戒を抱かせた。
彼女にとって嘆かわしいことに、次の瞬間には恐れていた状況が実現した。
バクナワ・ゼネラド同様に水面を突き破るような形で、地面から灰色の者──プロトロアが登場。正面から炎を纏った鋭い拳を見舞う。
「驚かれました? バフォメットは錬金術における『対立する二元を合一する』という思想の体現者……時間は限られますが、プロトロアは相手の能力を“反射”するのです」
「そんな、力が……!? でも、拙、は……!」
空中を斬るようにタイダルカンピランを振り、青い光の刃を生成して蹴りで敵の方へと弾く。
空しく、プロトロアは防御の姿勢も取らずに光の刃を受け止めた。灰色のライダーが手刀を横に切る動作を取ると、先程と同一の光の刃が飛び、バクナワ・ゼネラドに命中。
「あ、っ」
衝撃を受けた
前触れも伴わずに、バクナワ・ゼネラドの背後の地面から赤い液体が湧き出しネブロエル・パントコスに変化。液状の姿で地面に潜んでいたのだ。
その生命体、ネブロエル・パントコスの手に備わる爪が猛獣の爪、蟹や蠍の鋏、蟷螂の鎌が混ざったような歪で鋭利な形状となり、蛇女の背を斬る。
「っ、ううっ」
──逃げ、ない、と……。
バクナワ・ゼネラドは周囲の光を一時的に消去する“
一帯に広がる暗闇。
その内に紛れて撤退しようと浮遊を始める彼女だが、再び攻撃が的中。
《Xenoglossia!》
《RIDER KICK!》
「ああっ!?」
“蝕”による暗黒、それはバクナワ・ゼネラドが「光を吸収する無数の黒い粒子の生成」と「ライダー及びゼネラドの視界に関する機能への干渉」を同時に実行する事によって成り立つ。
このような原理であるが故。
“生物”として蛇のピット器官や鮫のロレンチーニ器官に類似する器官、鯨・蝙蝠のような振動して超音波を発する器官を備え、基本的な視覚や聴覚のみに依らず赤外線、温度、電流、音の反響の感知を可能とするネブロエル・パントコスには無効。
ジャバウォック・ゼネラドとして「敵の能力を無効化する能力」を保有するプロトロアに対しても無意味。
「無駄です。以前はあまりにもアナタが必死でいらっしゃるものでしたから……」
つまり、ヴリトラダハーカフォームが暴走した際、幻月は敢えてルイーザに見逃されたのだ。
──やはり、拙は、ルイーザさまに、囚われて……。
幻月は停止を欲した。
さりとてそれはルイーザが許さない。
倒れ伏して人間の姿に戻った幻月がそう思うと、彼女の前にプロトロアドライバー、モロクディスク、バフォメットディスクが置かれた。餌を与えられるように。
ルイーザはプロトロアドライバーを外して変身を解除していた。嗜虐的で蠱惑的な笑みが見える。
「アナタには抗っていただかなくては。役を持たぬ者には、舞台の上に存在する価値など宿りませんから」
幻月は灰色の機械とディスクを攫む。抵抗のために。
「ふふ……内部に犠牲が集積したこの
ルイーザからの歪な激励を受け止め、幻月は僅かに躊躇いが滲み出た仕草で変身の手順を踏む。
《ProtoLore Driver!》
《Moloch》《Baphomet》
ルイーザ、そしてネブロエル・パントコスから人間の姿に変化したネブロエラが、彼女を凝視している。
対して昏い声で、不安げな顔で、輝かしい一つの言葉を発する幻月。
「変……身……」
《Now Loading……Henshin!》
《MASKED RIDER PROTOLORE》
《Chapter ZERO.》
顕現する灰色の仮面ライダー。
プロトロアドライバーから発せられた音声の《MASKED RIDER》の部分には、微かに雑音が混入していた。
「う、うう、っ……」
変身した幻月は疼痛、眩暈、悪寒を含む数々の忌まわしい感覚に襲われた。それはプロトロアドライバー及びロアドライバーに搭載された、とある機能が原因。
変身時にドライバー内部から展開される“配線”──仮面ライダーとしての装い、ドライバー本体、そして変身している者という三要素を繋ぎ、制御する機構──を介して
しかし、それらの苦痛は直ちに消え去る。幻月の現在の身体であるマクガフィンの機能が毒素を破壊したため、苦しみは一瞬のうちに終息したのだ。
──もし、拙が……人間、だったら……。
本来なら人間と同様の痛覚は持たないゼネラドすら明確に苛む凶悪な毒。
彼女が“創作本能”とでも表現すべき性質を持つ“著者”である事に加え、優れた技術によるマクガフィンを保有する事。二つの恩恵が幻月に在った。
恐れ。だが、
「拙は……拙は……!」
「アナタがその怯懦を打破できるか……
「“著者”としての活性化。貴方に必要とされる状態です、幻月」
ルイーザはジャバウォック・ゼネラドに、ネブロエラはネブロエル・パントコスに変貌。
前者はヴォーパルを剣の状態で構え、振り上げる。
後者は距離を取り、雷の如き電流を掌から放出する。
プロトロアはタイダルカンピランを生成して何とかヴォーパルを受け止めた。ジャバウォック・ゼネラドは後退。
「ううっ!?」
放電は直撃。怯むプロトロアだが、地面に“潜り”、体勢を立て直す。
一方、地上のジャバウォック・ゼネラドはネブロエル・パントコスに告げた。
「プロトロアへの適性は確認できました。“改変”を実行する頃合いです、ネブロエラさん」
「了解しました」
返事を聞き、白黒の龍蛇は剣を地に突き立てる。
剣から黒い光が地面を這い、幻月が地中から弾き出された。プロトロアの姿ではなく、ベルトが空中で外れ変身が解除された状態で。
更に黒い光が蛇体の如く蠢き、幻月を直立にして束縛。
「っ……い、一体、何を……?」
「アナタへの贈り物です。しかし、その中身を決定するのはアナタ自身ですが、ね」
ジャバウォック・ゼネラドはルイーザの姿となり、幻月の頭に軽く触れた。ちょうど親が子にそうするように。
「拙が、決める……」
「では、ネブロエラさんに一任いたします」
「はい」
ネブロエル・パントコスが歩み寄る。
ネブロエル・パントコスの左腕には一層目立つ青黒い棘が生成された。宛ら注射針。
「幻月、これが恩恵となる事を願います」
「あ、あ──」
怯えの声。
右肩に突き刺される。
流入。
干渉。
幻月が抱いたのは純粋な高揚。
幻月自身が例えるなら、それは崇高な霊威。
それ自体は道標ではなかった。
ただ、眩い血の色を見た。
同時に、幻月の容姿には変化が生じる。
少し身長が伸び、遼也や深冬と同等に。
全体的にやや身体が発達。
髪質はやや野生的な印象に。髪は大幅に伸び、幻月自身の身長より少し短い程の長さに。
淡黄色だった瞳は赤みを帯び、橙色に。
一連の様子を見届け、ネブロエル・パントコスは棘を引き抜く。ジャバウォック・ゼネラドによる拘束が解かれる。
虚脱した表情となっていた幻月だが、その瞬間──見開かれる目。瞳の色は憤怒か。口は真一文字。
「神経回路への干渉によりマクガフィンの機能制限を解除、加えて組織活性化物質と一過性の興奮剤を投与しました。結果として、生物としての強度は増大しています」
ネブロエル・パントコスが述べていると、佇む幻月は怪人としての
幻月の身から溢れる、血の如き赤黒い光の波動。それは彼女自身の姿を遮蔽。
瞬時、光が霧散。
「壮麗にして魁偉……バクナワ・ゼネラド・“逆鱗”──妙々たる威容ですね」
露となったその鬼形を視認し、ルイーザは自身の快哉を示す。そして拍手した。
藍色の鱗に覆われた体表は蛇だけでなく鰐の特徴を備える。
右の手足にのみ配置された装甲は変わらず鮮烈な青だが、ケーブルは真赤に。
筋肉質になり身長も伸びたが、
人と蛇のものが合わさったような銀色の歯は、より悍ましく。
鼻先の一本角、頭部の先端、
「ふふ……幻月さんにとって、よい刺激となったでしょう。アナタが選択される役には一層の期待を寄せています。それでは」
狂態を見届けたルイーザの姿が掻き消え、速やかに退去。
廃墟の敷地内にはバクナワ・ゼネラド・“逆鱗”とネブロエル・パントコスのみ。
「性能の確認作業に移行します」
ネブロエル・パントコスが呟く。
転瞬に、
反して易々とネブロエル・パントコスは回避。
拳が空を切る直前、バクナワ・ゼネラド・“逆鱗”は殴打に使っていない方の手に剣を生成。その得物──カガチタバクはタイダルカンピランより長く、日本刀にも近い形状。持ち手にある蛇の頭の意匠は変わらず。
刃を携え突撃。
またも柔軟に身体を反らせたネブロエル・パントコス。その
ネブロエル・パントコスの体内と大気中の金属元素を変質させ形成された刃が、蛇の剣と衝突。乾いた音。
刹那の膠着。
検証のため、刃が帯電、バクナワ・ゼネラド・“逆鱗”に電流が打ち込まれた。
電撃に対処し
ネブロエル・パントコスの身体は斬撃と毒性の液体により傷を負うが、瞬時に毒に適応し肉体を修復。
バクナワ・ゼネラド・“逆鱗”の猛攻は終わらない。先程の赤黒い液体を含んだ突風と、不可視の力──即ち重力の波動──を目前の生物に撃つ。
結果として、ネブロエル・パントコスの姿は失せた。つまり、あの生命は廃墟から遥かに離れた場所にまで吹き飛ばされた。
こうして、バクナワ・ゼネラド・“逆鱗”は撃退に成功した。
戦闘が閉幕し、彼女は怪人の姿から人間の姿──成長した新しい姿──に。
──なんて、霊妙な、力……。
まだ、何処と無く身体が高揚していた。
橙色に変化した瞳で自らの手を見て、手で長く伸びた髪に触れ、己の当惑と
「“著者”として、生命体として奮励してください……一つ、付言ですが、貴方に付与されたプロトロアドライバーは複製されており、現在は合計二台が存在しています。今回は以上とします」
複数の女性の声が重なったようなネブロエラの奇妙な声が、何処でもない場所から到達して咆哮の如く響いた。
幻月は怯えて天を見上げた。
それは、置き去りにされていたプロトロアドライバーとテイルディスクを、躊躇しながらも幻月が拾い上げた瞬間の出来事だった。
北海道の
道内では札幌市に次いで多くの人口を抱え、地下鉄道が完備されている。海に面しており、1月・2月には流氷が見られる。
ネブロエル・パントコス
身長:292cm(可変)
体重:426kg (可変)
特色/力:肉体の変容とその応用、放電や感知など生物としての能力
ネブロエラが肉体を変容させた姿。
“著者”の一個体が自らの肉体に改造を施した存在であり、マクガフィンとプネウマデータから成るゼネラド幹部とは別物。
長距離を移動する際などは赤い血と肉の塊のような不定形の姿になる。
肉体の一部を急激な細胞分裂で発達させて切り離しガスによって爆発させる、体内に含まれる大量の金属元素を武器のように扱う、などといった多彩な戦略を用いる。
お気に入り登録、感想、評価、読了報告などよろしくお願いいたします。