遥か古の時代、ヒトの国が出来てから間もないある年のこと。
国の北に広がる肥沃の大地に黄金色の小麦畑が広がっていた。
そこを統べる貴き身分の者、ベレジナの家に一人の男の子が生まれる。
ネイ・ベレジナは、碧眼に金色の髪を持って生まれた美男子であった。
蝶よ花よと両親から溢れんばかりの愛を受けて育った彼は心優しい少年に育った。
ある日、小麦畑を耕す農民が領主ベレジナ家の屋敷を訪ねる。
何者かに作物を荒らされて困っている、何とかして欲しいと農民は頼んできたのです。
屋敷の中でその話を偶然耳にしたネイは強い正義感に駆られて、自分ならなんとか出来ると思い、こっそり一人で小麦畑へと調査に向かいました。
彼が小麦畑に着くと、そこには大きな赤褐色の甲羅を背負った四足の魔物が居ました。ネイは剣を抜いて魔物を追い払おうと懸命に戦いましたが、鉄の剣は魔物の甲羅に弾かれてしまいます。
お返しと言わんばかりに魔物は棘のついた尻尾で彼を殴りつけ、恐ろしい唸り声を上げました。
普通の人なら、もうその声を聞くだけで恐ろしくて逃げ出してしまう魔物を前に、ネイは傷つきながらも懸命に立ち上がり、剣に光を纏わせながら三日三晩戦い続けました。
悪足掻きに思われた彼の行動は、結果的に魔物を追い払う事に成功しました。
しかし彼はこの後に、魔物を普段から倒している人々に出会って驚きの事実を知るのです。
彼が追い払った魔物…名をアプケロスというそれは草食竜と呼ばれ、魔物の中では非常に弱い存在だったと魔物を狩る人達は言いました。
ネイは「あの魔物がてっきり世界に災いを招く存在だったんじゃないか」と呟き、それを聞いた彼らは大笑いしながらも、勇敢に戦った彼を気に入り、ある提案を持ち掛けたのです。
「俺達と一緒に、大陸中のモンスターを見て回り…やれそうなら一緒に戦ってみないか?」
昔々のお話…ハイリヒ王国北方のベレジナ領にだけ伝わる勇者ネイ・ベレジナの御伽噺。
魔物との戦いを子供に読み聞かせるのは内容を少々柔らかな表現にする必要があった。
そして一切手を加えず子供に話せる話がこの「小麦畑の侵略者」である。
最後のオチを聞いて大人も子供もクスッと笑って物語の終わりを迎えられるのだ。
*
「―――――――――はい…お話はこれでお終い。みんな、もうお家に帰る時間よ?」
「えぇ~もっとお話し聞きたーい!」
「勇者はそれからどうしたの~?」
「魔物を狩る人達と一緒に旅に出たんでしょー」
「その後は~?」
ベレジナ領の中心、屋敷から一番近いところにある村落にテレジア・フォン・ベレジナは居た。
無人となった教会を借りて、彼女は子供達に絵本の読み聞かせをしていた。
取り潰しが決まったベレジナ家の人間は領地を駆け回り、王国が帝国の支配下に置かれたことを伝えて回った。
領民達は慌てふためく者こそいたが、領地から逃げようとするものは一人としていなかった。
ベレジナ家は代々明主が続く貴族として知られ、領民達からとても好かれているからだ。
老いた父ギュスタヴに代わって長男ナルサスが人口の多い町や村々に赴き、町長らと話し合いながら今後について話し合いをする。次男のアベルが彼の補佐として動き、テレジアはまだ幼いという事もあって父ギュスタヴと共に近隣の村を訪れている。
夕焼けの光が教会の窓から差し込む。
本来であれば教会の人間が日没に併せて鐘を鳴らすのだが、教会に神父や信者の姿はない。
聖教教会の神父達は事の真偽を確かめるべく、神山へ向かっているらしい。
子供達が家に帰っていくのを、テレジアは手を振ってにこやかに笑いながら見届けていた。
それから静まり返った教会の扉を閉め、彼女はギュスタヴの待つ宿へ戻る。
「ただいま戻りました、お父様」
「あぁ…おかえりテレジア。子供達の遊び相手になってくれて、ありがとう…と村長から伝言を預かっているよ」
「そんな…私はただ、ベレジナ家の娘として当然の事をしただけです…」
謙虚に振る舞う彼女の姿を見て、ギュスタヴは時々(厳しく躾けすぎたんじゃないか?)と不安になる。
テレジアくらいの歳の子は家のしがらみとかを深く考えず、もっと自由になってもいい筈だ。
申し訳なさそうに目を伏せる父親の姿を見て、彼女はその心の呟きに気づかず首を傾げた。
ギュスタヴは明るい話題に変えようと、和やかに彼女へと問いかける。
「…ところで、今日はいったいどんな遊びをしてあげたのかね?」
「はい。今日は絵本を読み聞かせたのです…勇者ネイ・ベレジナの話を」
「そうかそうか。あの御伽噺はアベルが幼い頃、よく私に読み聞かせを強請ったものだ」
ギュスタヴの話を聞いたテレジアは目を丸くして驚いた。
冒険者になって家を出て行く前のアベルが、父親に対してそんな風にお願いをする姿など想像出来なかったからだ。
「アベル兄様が…。…では、ナルサス兄様は?」
「ナルサスは元々そういう物語にあまり関心がなかったようでな。読み書きを自分で出来るようになった頃から読み聞かせはしなかったよ」
そう言われると、彼女は心の中で「確かに」と同意の声を呟いた。
テレジアの記憶にある長男が本を読む光景に、御伽噺や冒険譚らしいものは見当たらず、代わりに経済学や政治学と難しい内容の本の題名が思い出される。
長男だから、いつかは家督を継ぐナルサスにとって、純粋な子供でいられる時期はあまりなかったのだろう。
貴族の子であるなら猶更だ。
「………」
「…ん、どうしたテレジア。何か気になることもであったのか?」
思案顔をするテレジアを見てギュスタヴが聞いた。
彼女は手元にあった絵本の表紙に目を向けた。輝く鎧の上からボロボロの外套を纏い、血に濡れた剣を片手に、もう片方の腕に盾を巻きつけ、松明を持って魔物に立ち向かう青年の絵が描かれたそれを見つめながら問いに答えた。
「お父様。この物語に出てくる魔物狩りの人というのは、ひょっとして―――」
「あぁ。恐らくヘルシャー帝国のハンター…彼らの先祖に当たる者達だろう」
「ですがお父様、ヘルシャー帝国はトータスの歴史から見て比較的新しい…建国から140年しか経っていない国のはず。この本の話は古く、推定でも千年以上前と言われています……ハンターが大昔から存在していたと仮定しても……ネイ・ベレジナ様…私達のご先祖様は、一体どのような経緯で彼らと出会い、恐ろしい魔物と戦いながら生きて来られたのでしょう……」
「……それは私も易々と答えを出せない問いだな。もしかしたら、帝国の歴史を紐解けば……ちゃんとした答えも出てくるかもしれないがね」
しかしテレジアが領地を出て、帝国の地に足を踏み入れる事が出来るようになるのはまだずっと先の話だろう。
それを分かっているギュスタヴはせめて自分が生き永らえている間くらい、テレジアに窮屈な思いをさせずに伸び伸びと健やかに成長して貰いたいと思った。
*
「ナルサス様。収穫した農作物の詳細を此方の羊皮紙に明記しておきましたので、お手が空き次第確認済の押印をお願いします」
「あぁ」
「ナルサス様。重い病に罹った者が、商業都市フューレンのアラン医師に診てもらいたいと騒いでおりまして……なんとか通行許可証を貰う事は出来ませんでしょうか?」
「…すまない。帝国には私から特例を出して貰えるよう掛け合ってはみるが、まだ許可は下りていないのだ…医師を派遣して貰えないかも聞いてみる」
ベレジナ領で一番大きな町にある役人用の施設。ナルサスはこれまで父が座ってきた執務室の椅子に座りながら、堂々とした態度で集まった町長らと話し合いながらも書類に目を通し、手は印鑑とペンに向かって交互に動いていた。
明らかに疲れの色が滲んでいるナルサスだが、決して泣き言を漏らさず仕事に没頭している。
アベルはそんな兄の姿を見て内心誇らしく思いながら、中々役に立つことが出来ずにいる自分を情けなく思い、歯痒さを感じていた。
そんな時だった。部屋の扉が開いて一人の男が駆け込んでくる。
「ナルサス様!帝国の奴らから伝書鳥が飛んできて、これが――――――」
息を切らしながら男は手紙をナルサスと周りの町長達に見えるよう広げた。
内容は商業都市フューレンに来ている帝国の使者を、ベレジナ領の人間が迎えにいけというもの。
「こんな忙しい時に迎えの馬車を寄越せと言うのか!?」
「けど、どうする?断ったりなんてしたら後が怖いぜ……?」
「今は帝国との関係を良好に保つのが先決だが……むぅん……」
ベレジナ領から商業都市フューレンまではそう遠くはない。
だが道中の街道には盗賊や、酷い時は狂暴な魔物が出てくる事もあるのだ。
護衛をつけたくても宿場町ホルアドの冒険者組合にまで足を運んで依頼をしにいくのは手間になるし、何より通行が許されない可能性がある。
幸い手紙にはベレジナ領からフューレンまでの関所に話は伝わっていると書いてあったが………
「兄上、此処は俺に任せて下さい」
「アベル?」
「俺がいけば帝国の使者も納得するでしょうし、道中の危険もある程度なら排除出来ます。…それとさっきの病人の件も、俺がアラン医師に来て貰うよう話をしてきます。護衛が足りなければ冒険者組合か、帝国のハンターズギルドを頼ろうかと思います」
ベレジナ家の人間で、かつ冒険者…少しだがアベルにも人を雇うくらいの貯金はある。
ナルサスはじっと彼を見つめ、周りの町長達が同意を求めるように首を縦に振ったのを見て頷く。
「…そうだな。分かった、お前に頼むとしよう」
「はいっ!」
こうしてアベル・ネイ・ベレジナは再び商業都市フューレンを目指すことになる。
奇しくも彼が進もうとしている道は、かつて勇者ネイが魔物を狩る者達と旅を始めた道であった。
まだ主要人物が全然出てこないから後書きで書くことが思いつかない……!
強いていうなら勇者と呼ばれたネイ・ベレジナさんは初期ステータスだけで平均500くらいはあったんじゃないかなくらい(更に最初から限界突破と光属性持ち)
感想、質問、ご指摘等お待ちしております。