帝都グラディーウスの北側、一般人は立ち入る事が出来ない帝国軍が管轄する地域。
そんな地域の検問所を当たり前のように徒歩で通過できる者は限られていた。
陽が昇って間もない頃、検問所の見張りを任された兵士が欠伸を噛み殺そうとして…
「変わりないか」
「――――――こ、皇女殿下!!?は、はいっ本日も異常なしでありますっ!」
トレイシーが突然現れたことで見張りの兵士は目ん玉を飛び出さんばかりに驚いた。
敬礼した兵士に彼女は頷いて検問所を通り過ぎようとし――――――
「うむ。……深夜の酒と賭け事は程々にしておけ」
「は…っ!?は、はひぃっ!」
彼の口元から微かに漂う酒気と検問所の休憩室に置かれた賭けの道具を瞬きの間に視界の端で捉えたトレイシーは、微笑を浮かべて彼に聞こえる程度の声で囁いた。
心臓がキュッと締まるような悪寒を感じて見張りの兵士はガタガタ震えながら何度も頷く。
それを少し離れたところから見ていた雫は、自分がこれから仕えるトレイシーの皇女という肩書だけでは測れない様々な能力の片鱗を感じていた。
「雫、遅れずについてこい」
「はいっ」
トレイシーの方へと小走りで駆け寄っていく雫を、見張りの兵士は物珍しそうに見ていた。
本来であれば身分を確かめたり、様々な持ち物検査等を行う必要がある筈だが…
(皇女様の付き人みたいに思われてるのかしら…)
警備体制が甘いんじゃないかと疑う一方で、万が一この検問所を抜けられた程度では問題にもならないのかもしれない。雫はこの先に待ち受けるものが何なのか興味を抱きつつトレイシーの後ろをついていった。
*
「これは――――――」
「右側手前の建物は正規兵の宿舎、左側手前は新兵の訓練所と運動場が併設されている」
トレイシーの説明を聞きながら、雫は初めて見る軍隊という組織の拠点を目にした。
他の地域はまだ外を出歩く人の数も疎らで静まり返っていたのに対し、此処は活気に満ちている。
「ハァッ!セェア!!」
ある者は自主訓練だろうか、的に向かって一心不乱に槍を突いて掛け声を出していた。
「装備確認!整備兵各隊報告!」
「剣、盾、鎧に鎖帷子、異常なーし!」
「弓、矢、矢筒、投石布、異常なーし!」
「戦車、騎馬、予備共に異常なーし!」
またある者は複数人が集まって自分達の装備品のチェックや整備をしていた。
「新兵起床!!さっさと整列せんかーっ!!」
「「「サーイエッサーッ!!」」」
左の運動場では新兵が教官に怒鳴られている様子が見える。
離れていても熱気と汗臭さに油臭さが伝わってきそうだ。
見慣れない光景に放心状態だった雫がハッと我に返って自分に言い聞かせる。
(これが軍隊の空気って奴なのね……早く慣れなきゃ…)
「雫、帝国軍の兵達の様子…お前にはどう見えた?率直な感想を言え」
「は、はいっ!その……もっと戦時中で空気が重々しいのかなと思っていましたが、そんな空気は微塵も感じられません。…私の故郷にあった道場みたいで…活力と熱に満ちています」
只の剣術少女でしかない雫には分からない事だが、軍隊は人殺しの集団というイメージが先行して野蛮で、粗暴な振る舞いをする人間が多いと悪く捉えられがちだ。
帝国軍も十数年前はそういった者が度々問題を起こして民衆や他国から敬遠されていた。
それを変えたのがトレイシーだった。彼女は兵士から士官に至るまで、待遇の改善を約束する代価として風紀と規律を重んじる教育を徹底させた。
「国家の存亡や戦の勝敗など、個々の兵士が考えてどうこうなるものでもなし。如何に国家を存続させるか、どのようにして戦に勝利するか、それを考えて決断するのは上に立つ者の仕事だ」
五年という期間で彼女がそれを成し遂げられたのは、魔人族との戦争に於ける人間側の初勝利となった戦の功績が大きい。それも、彼女が率いていた騎兵隊がトータスの歴史に於いて初となる一つの性別で統一された部隊だった事が後押しとなっていた。
「―――――皇女殿下!」
検問所から一直線に最奥の建物まで続く貨物運搬用の道、馬に跨った兵士が二人の方へと駆け寄ってくる。雫は馬上から聞こえてきた声が、同性のものである事に気づいて困惑した。
(女性の兵士……?)
「アマーリエ大隊長出迎えご苦労」
「はっ!――――――殿下、そちらの娘が?」
アマーリエはトレイシーよりも背が高く、馬上から降りてきてもその大きさに雫は圧倒される。
片膝をついて敬礼を済ませた後、アマーリエの目が雫へと向けられた。
「あぁ、神の使徒の一人だ。使えるか確かめる為に連れてきた」
「や、八重樫雫と言います!」
「…帝国軍第一騎兵大隊の隊長をしている”アマーリエ・フォン・ハーゼ”だ。君について殿下からある程度の話は聞いている。今は
アマーリエは雫が神の使徒だからと嫌悪感を抱いている様子はないが、それでも彼女を此処へ連れてくることに少々思う所がある様子だった。
しかしそれを言葉の端々に含ませるだけで、表情は一切微動だにしない無を貫いている。だから雫も彼女に態度で返すことはなく、彼女の言葉に対して頷きだけ返す。
「大隊長、他の者は集まっているか?」
「……いえ、まだ英雄と盾のお二人が……」
英雄と盾―――その単語で呼ばれる二人組のハンターに、王国からの移動中守って貰った事を雫は思いだした。英雄サー・ミッドガル、英雄の盾マリアンナ・ベスタは例外と呼ばれるハンターの中でも最上位に位置する存在だった。
(ハンターと軍は無縁だって聞いてたけど…どうして二人が此処に呼ばれるのかしら?)
雫が疑問符を浮かべている横で、トレイシーは行き先の変更をアマーリエに告げた。
「…では詰所の方に寄っていこうか」
「了解しました。殿下が来ると知れば部下達も喜ぶでしょう」
*
トレイシーと雫が目を覚ます前、帝都グラディーウスから一番近いライセンの荒野にて…
「ハンターとして最後に受ける依頼の相手がコイツとは、なんと因果な…」
そう呟きながら、サー・ミッドガルは炎王獄大剣【覇王】で猛攻を防ぐ。
暗緑色の鱗に包まれた獣竜種のモンスターは、唸り声をあげながら攻撃の手を緩めない。
下顎を覆う棘に見えるものは発達し過ぎて口外に飛び出した牙、このモンスターだけが持つ異常な食欲と凶暴性を象徴するもので
だが彼にとっては既に何度も狩った相手であり、その生態を知り尽くした彼がこれを恐れることは絶対にない。
地面を抉りながら横薙ぎに襲ってくる尻尾も、太く強靭に発達した後ろ脚での踏みつけも、龍属性の状態異常を纏ったブレス攻撃でさえ、彼は欠伸をしながら防げる。
「サー・ミッドガル。そろそろ終わりにして下さい」
「へいへい。そんじゃ…ほらよっと」
手に持った書類に記載されたクエストのターゲット一覧と、市場の鮮魚のように横並びで罠にかかって捕獲されたモンスターを照合していたマリアンナ。
腰に差した艶妃剣【仮初】を彼女はクエスト開始から一度も剣を構えることはなく、戦闘は全て背後で戯れているミッドガルに一任している。
加減をしても二人の武器で同時に攻撃を加えたら、うっかり捕獲対象を殺しかねないからだ。
―――グギャアァァァッ!?
軽い掛け声と同時に、サー・ミッドガルは防御の構えを解いて横に斬りつける。
大剣の攻撃手段の中では弱いとされる横振りの一撃で、それは無様に吹っ飛んで横に倒れた。
決してそれが弱い訳ではない。彼の持つ大剣の力が、それの耐久力を大いに上回っているのだ。
此処には居ないハジメが現在使っている双剣・オーダーレイピア。それを最終系まで進化させたものが持つ倍以上の力が、炎王獄大剣【覇王】の一振りにはある。
切れ味も属性値も桁違い、そしてこの性能を更に底上げするのが身に纏う防具であった。
何よりも…この武器を完成させるまで彼が戦ってきた相手は、目の前にいる
「圧倒的な力の差で狩るってのは、思いの外すぐに飽きるもんだな…」
―――グ、オォォォッ…
脚をバタつかせて起き上がろうとするそれを横目に、サー・ミッドガルは淡々と罠を仕掛ける。
それの足下に展開された罠が作動し、間髪入れずマリアンナが捕獲用麻酔玉を投擲した。
ライセンの荒野に現れた特級の危険生物ほか飛竜種、獣竜種、鳥竜種あわせて
クエスト開始から
古龍級生物でも上位個体なら瞬殺出来るとかいうフロンティアハンターの規格外な強さ。
因みに今後出番あるか分からないので二人の武器について軽く解説。
炎王獄大剣【覇王】
ある古龍の素材を基に作られた大剣。朱色の刃は全てを飲み込み蹂躙する炎を纏い、これを持つ者は王者の器を持つ者であるという。現状ハンター達の所有する中で最大の攻撃力と攻撃範囲を誇る。やや反り返った刃の中腹に窪みのある特殊な造りと、鍔の素材に古龍の角を丸ごと使用し、結節点に青い一つ眼がついている。
艶妃剣【仮初】
ある古龍の素材を基に作られた片手剣。所有者から心を奪う代わりに永遠の勝利をもたらす蒼き剣と言われている。他の近接上位武器を軽く凌駕する攻撃力と切れ味、火属性片手剣では歴代最強クラスの属性値を持っているらしい。剣の見た目は古風な鍵、盾は鍵穴の形をしている。
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