フラウ・フォン・ニーベルは代々続く軍人一家ニーベル家の長女として生を受けた。
幼い頃から努力家で物覚えの早かった彼女は、本来なら十代後半になってようやく手に入れられる技能”魔力操作”を五歳で習得。周囲からニーベル家の才女として褒め称えられるも、彼女自身は心の内でまだ努力が足りないと自らを戒めた。
それから十歳という異例の若さで士官学校へと入学。
この頃から彼女の才能に目を付けていたガーランド軍の将軍フリード・バグアーによって剣術の指導を受け、卒業時には現役の軍人相手にも引けを取らない強さで小隊長の任に就いた。
家柄、才能、努力、幸運…様々なものに恵まれた彼女が、絵にかいたような傲慢で高飛車な少女に育ったかというとそんなことは一切なく、自分には厳しい一方で周りとの関係は常に良好だった。年齢とは不釣り合いな落ち着きと優しさを持ち合わせている。
そんな彼女は現在、人生で初めて見る人間の副官として初任務にあたっている。
清水幸利と名乗った青年。副官として彼の補佐をするにあたってフラウは様々な人物に彼のことを聞いて回り、二分化した評価に困惑していた。
彼女が敬愛するフリード将軍曰く「魔王様が気まぐれで拾った人間族の裏切者」
以前は人間達の信仰する神エヒトが異世界から召喚した神の使徒の一人だったらしい。
詳しい話は聞けなかったが、色々あって幸利は魔人族の側へ寝返ったという。
嫌そうな顔で彼の事を語ったフリード将軍の表情から察するにあまり良い評価ではなかった。
…まぁ裏切者なんていうのはどっちの側から見ても不誠実な人間と見て取られるだろう。
バルバルスの町中で偶々フラウと出会った魔王様の従者の一人アインス・アルサーク曰く「あの方と同じ、心根がとても優しい人」
彼女の指すあの方とは魔王様の事だ。驚くべき事に幸利は魔王様の屋敷に住んでいるという。
フラウは彼が人間族の裏切者であるという点から、彼が再び裏切る可能性を視野に入れて逃げ出さないように魔王様直々に目の届く範囲に置かれたのだろうと考えたが、それだと任務でわざわざ外に出す
また偶然、軍施設で出会った諜報部の書記長ミハイル・シェーリング曰く「愛しの妻カトレアが窮地を救った可哀想な子供であり、今は我が軍の心強い味方」フラウは惚気だけしれっとスルー。
フリード将軍からは聞けなかった幸利の過去。どうやら彼は人間族の中で酷い扱いを受けていたようで、そもそも神の使徒自体がエヒト神が無理やり異世界から連れてきた只の子供に過ぎず、当初は戦う意思もなかったという。
様々な苦悩を経て、カトレアに勧誘を受けた幸利は魔人族の軍門に下ったのだ。
三者からの話を聞いてフラウがぼんやりと幸利に抱いた印象は「よく分からない人」だった。
良い面で見れば、戦局が有利な魔人族の側へ移り、自らの生存を確立させた強かさ。その後は魔人族の中でも稀有な支配種の使い手となっている事は賞賛に値する。
だが悪く言えばあっさりと嘗ての仲間を、人間を裏切って彼の良心は痛まないのか。他人を憎悪するという感情とはまだ無縁なフラウにとって、彼の考えている事や一連の行動には理解出来ないことが多かった。
だから、この任務を通じて彼という人物を見極めようとフラウは心に決めた。
善人であれ悪人であれ、彼が彼女の仕える上官である事には変わりないのだから。
*
「のわ!?おい、ヤック!!テメェ人の食い物を勝手に取るんじゃねえ怒るぞ!」
―――ギャアギャアッ!
「あぁ、飯が足りねえって?んなもん自分でなんとかしろよ、お前モンスターだろ」
―――グエエェ
「なんだその不満そうな顔は!あ、おい止めろ背中突っつくな痛い痛い痛い!!」
(…やっぱり変な人だ…)
目の前で繰り広げられる低レベルな喧嘩を見て、フラウは苦笑を浮かべた。
此処はガーランドを遠く離れ人間族との境界線。ヘルシャー帝国領辺境の村ゲブルトから数キロ離れた湿地帯の丘に、ダヴァロスとセレッカの捜索任務に来ていた魔人族は仮拠点を設置していた。
闇を除く属性全て(火、水、風、雷、氷、土、光)に適性を持つフラウが光魔法の応用で外からは自分達の姿が見えないように偽装を施し、風魔法で音を遮断している。周囲に
彼女の眼前で、食事中だった幸利の背後に忍び寄ったクルルヤックが彼の持つ器の中に嘴を突っ込んで、それに怒った幸利がクルルヤックの下顎にアッパーを食らわせたら、逆に背中をクルルヤックに突かれ、悲鳴を上げて背中を丸める防御の姿勢に入っていた。
他の支配種を操る同朋には見られない、幸利のモンスターと良好的な関係は意外だった。
支配種なぞ只の道具、使い捨ての兵器に過ぎない。フリード将軍はそう言っていた。
だから
「…ぁ」
ようやく突っつき地獄から解放された幸利は、此方を見て笑みを浮かべるフラウに気づく。
傍から見て変な奴だと思われたかもしれない。彼は頬をポリポリ掻いて目を逸らす。
ふと彼女はこの瞬間が会話をして彼を知るチャンスだと思い、咄嗟に話しかける。
「清水様は
「え?…あぁ、ヤックのことか。そうだな――――――」
ヤックと幸利は支配種のことを愛称で呼んでいる。
その時点で他の魔人族とは明らかに違う事が、フラウは気になって仕方ない。
少し間を置いてから、後ろで欠伸をするクルルヤックを見ながら彼は答えた。
「俺だって最初はモンスターが怖いって思ったけどさ。だからって命を道具扱いするのはなんだか違うような気がしてな。…いや、まぁ目的のために使い捨てることも、この先あるだろうけどよ…俺はこいつを、まぁペットか相棒…くらいには考えてるのかな」
「…最初はと言いましたね…今は違うのですか?」
「そうだな。今はそこまで怖いとは思わないよ」
「…そうですか」
そんな会話をしていると、光魔法の偽装を跨いで上官のレイスが帰ってきた。
フラウがサッと立ちあがって敬礼するのを見て、幸利を見よう見まねで彼女に倣う。
「お疲れ様ですレイス隊長!」
「お、お疲れ様…です…」
「―――この近くで人間達の姿を見た」
「「ッ!」」
レイスは水の適性が高く、自らの気配を消して周囲の探索をしていた。
彼が見つけたのは人間族のハンター達が使うベースキャンプと、そこから彼らの仮拠点近くにある洞窟まで点々と続く三人分の足跡だった。
レイスが気になったのはハンターの装備を身に着けていた亜人の少女の存在だ。
「ダヴァロスの報告にあった未来視の兎人…それらしき少女と不気味な双剣の狩人、それと武器を持たない小柄な金髪の少女がいる」
「…未来視の兎人?」
聞き慣れない単語に首を傾げた幸利にフラウが掻い摘んで説明する。
湿地帯で消息を絶ったダヴァロス、セレッカは元々ハルツィナ樹海に住む亜人族を魔人族の傘下に加え、未来視と魔力操作を持つ兎人族の少女をガーランドへ連れ帰る為に動いていた。
だが偶然そこに居合わせた人間、ハンター達の活躍によってフェアベルゲンは人間・魔人の両陣営どちらにも肩入れしない中立の立場となり、兎人族の少女はハンター達に付いていった。
当然、任務を果たせなかった二人は叱責され相応の罰が下される筈だった。しかし報告を聞いて愉快痛快といった風に笑った魔王アダムの「これはこれで面白いから良し!」の一言で表向きお咎めなしとなった。流石にそれだと周囲の者へ示しがつかないという事で、人間族の地で新たな任務をフリード将軍が命じようとしたところ、定期連絡が途絶え今に至る。
「どうなさいますかレイス隊長」
「フム、ハンターが我々に手出し出来ぬことを考えれば脅威とは言い難い…が、もう一人の少女が少し気に掛かる…暫くは様子見を――――――」
―――グエエエェッ、グエエェゲゲゲッ!
「うおっ!?な、なんだどうしたヤック!いきなり叫ぶなよ!」
レイスがそう言いかけた直後、クルルヤックが目を見開いて甲高い声を上げ始めた。
会話を中断させられてレイスが眉間に青筋を浮かべたのを見た幸利が慌ててクルルヤックを宥めようとするが、彼は何かを警戒している。
次の瞬間、仮拠点の近くにあった地面が爆ぜた。
「なっ…!?」
「これは…!!」
「―――各自、戦闘準備を」
地面から突き出した青色の鋏と巨大な巻貝のヤド。
六本の脚と体の本体が割れた地面の中から遅れて姿を現した。
突然の襲撃に唖然とした幸利と、魔法の偽装が破られたことに僅かなショックを隠せないフラウ、そして瞬時に意識を戦闘モードへと切り替えたレイスが忌々しげにそのモンスターを睨みつける。
―――キシャアァァッ!!
強めの雨が降り始めた湿地帯に、鎌蟹の叫び声が響き渡った。
余談ですがレイスの見た目が想像の中で何故か転スラのソウエイになってしまった…(名前はAPEXの虚空から幻聴オバs…お姉さんなのに)転スラ映画暇があれば見に行きたいけど外に出ると人酔いで即トイレとかいうクソ仕様スペックの作者でした。
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