帝国歴135年 梅雨の時期
いつか戦争が終わって俺自身がこの日誌を嫁さんと子供に囲まれながら寝物語に読むか。
或いは俺が死んだ後に遺留品として実家に残してきた両親の下へ遺書の代わりに届けられるか…
先のことなんて分からないけど、俺は戦場へ赴く一兵士として日誌を書くことにした。
正直、こんなもの何を書けばいいのか分からない。
兵卒として正式に帝国軍歩兵大隊第三連隊へと加入した。
配属初日から寝坊をやらかして古株の上官にぶん殴られ、前歯が一本折れちまった。
自分が悪いのは分かっているが、前歯一本は酷すぎだろう!?
あのド畜生、戦闘が始まったら敵兵殺すより真っ先に俺が刺し殺してやる…!
(これ以降、配置先がウルディア防衛砦に決まるまで上官への愚痴が綴られていた為、割愛)
帝国歴136年 乾燥の時期
寒い。息をするだけで口の中まで凍ってしまいそうなほどだ。
ウルディア防衛砦に配属されてから、一日の終わりが早く感じる。
帝都の酒場で仲間と飲んだくれていた記憶すら昨日だったと思うほどに…
砦で俺達新兵がやらされるのは野ざらしにされた大砲と
死亡率30%越えと言われる小隊での斥候や、この砦よりもクソ寒い見張り塔での見張りはそれなりに経験を積んだ兵士にしか任されないって着任した頃に先輩が教えてくれた。
…その人は斥候に出た夜、雷顎竜に殺されちまってもういないがな。
戦う前から恐怖を感じた。俺達の敵は魔人族だけじゃないと思い知らされたよ!
この過酷な雪山では、このくそったれな環境に適応したモンスター共が一番の脅威だ…
―――くそ、クソクソクソクソクソ!また見張り員から警笛が鳴らされた!
これを書いてる暇もない。またモンスターか何かが砦の仕掛けに悪さしに来やがったんだ!
いい加減にしてくれよもう…グラディーウスに帰りてえよ、あの平和だった日々を返してくれ。
―――結局悪さをしに来た奴は腹をすかせた鳥竜ドスギアノスと子分のギアノスの群れだった。
そいつらがどうなったかって?
罠に誘い込んだところをぶっ殺して俺達の夕食になってくれやがりましたよ
ただ…クソ不味かったけどな!神に誓うよ、あんなゲテモノ二度と食わねえ。
ここじゃ石より硬い麺麭ですらご馳走だ。
温かいスープに酒が出された日にゃ死を覚悟するね。
普段は大人しいポポやガウシカを食って飢えを凌いでるこいつ等がどうして砦に近付いたのか。
口うるせえ上官と神経質そうな連絡員が話してるのを飯時にこっそり聞いちまった…
どうにもこの山脈の食物連鎖を狂わせてる何かが動いてるとかどうとか。
勘弁してくれよ…吹雪になるだけでこっちは除雪作業と設備点検でクタクタなのに…
…もう、眠くなってきた。
今日はこのくらいで書くのを止める。
おやすみ同朋諸君、良い夢を見れたなら多分お前は死んでるよ。
おはようクソッタレ!上官殿におかれましてはご機嫌斜めでしたよザマァミロ。
陽が昇ってるかなんてこの砦じゃ見えやしねえ、空が灰色か真っ黒かの違いだけだ。
朗報…というか、俺達にはあんまり関係ない珍しい客が砦に来た。
モンスター退治の専門家として名高いハンター様の御一行様だ。
赤髪の小生意気そうな重弩使いの優男はどうでもいいが、残り2人は上玉だ。
小柄で無口な太刀使いのボインちゃん…この雪山であんな軽装してなんで平気なんだアイツ…
そんでもう1人が上官殿は剣聖って呼んでた。あれが噂の剣聖様とはねぇ…
こいつもどえらい美人なんだが…ロリ巨乳ちゃんとは違う意味で近寄り難い。
抜き身のナイフなんて生易しい表現じゃ収まらねえ、目線で人を殺せるタイプだった。
アレが淡々と言葉を喋ってる時だけ、場の空気が冷たくなってるのを遠くからでも感じる。
実際にすれ違いざまに目を合わせただけでチビっちまいそうになった奴もいると後で聞いた。
剣聖よりも幽鬼と呼ぶべきじゃないかね。まるで死に場所を求めて彷徨う獣だよアレは…
雪山を探索しにいったハンター共が戻ってきた。
3人とも血まみれだったが、剣聖だけはモンスターの返り血だと答えやがったらしい。
剣聖の後ろで2人がゼイゼイと息を切らしていると、優男が剣聖に胸倉を掴まれ殴り飛ばされる。
あんま大きな声で喋ってないから後で近くにいた奴にこっそり聞いたんだが…
どうにも狩りの最中に優男の援護が不十分だったと剣聖が八つ当たりしたらしい。
ハンターも所詮は俺らと同じ人間って訳だ。理不尽なことで怒りもすれば手も出すなんて…
…あの恐ろしい力で振り回される武器の切っ先が、俺らに向かないで欲しいと願うばかりだ。
帝国歴137年 収穫の時期
ハンター達が山と雪原の探索を一通り終えてウルの町へ戻ることになった。
短い間ではあったがアゥータと名乗った優男とは何度か酒を酌み交わして仲良くなった。
ロリ巨乳ちゃんは相変わらず話しかけても首を上下左右どちらかに振るか傾げるかしかしねえ。
剣聖に関しては終始ノータッチ。…というか向こうから一度も話しかけてはこなかった。
思わずアゥータに聞いた「どうしてあんな奴と一緒にハンターやってんだ」と。
彼は苦笑して困ったように笑って「色々あんだよ…俺達にも」としか答えなかった。
ただ剣聖がウルの町に居るよりこっちの砦の方が居心地が良さそうだったというのは納得した。
ここは王国領だが、砦の中には帝国兵しかいないからだろうな。
聖教教会のご大層な教えとやらを大事にしている王国からハンターは特に嫌われてる。
王国の恥知らず共め…誰のお陰で町で暢気に作物を収穫できると思ってるのやら…
この戦争が終わったら、次は連中を片付けちまった方がいいじゃないか?
そん時ぁハンターの奴らにも人をぶっ殺す権利くらい与えて欲しいもんだ。
だって楽出来るしな!そのデケェブツで連中を地面の肥やしに変えちまえばいい。
―――その冗談を酒の席で言ったら、偶々近くを通りかかった剣聖の野郎が不気味に笑いながら「いいねぇそれ。アタシもその意見に賛成だよ」とか言い出した時は一気に酔いが醒めた。
アゥータの野郎は妙に焦ってやがったが…まさか、本気…じゃないよな?
豪雪の日が異様に増えてやがる…大砲に積もる雪を払っても払ってもキリがねえ!
あのムカつく上官が申し訳なさそうに俺達へ差し入れを持ってきたのを見た時、凍死して幻覚でも見てるんじゃないかと思っちまったよ。
連絡員のジョモが血相変えて町に駆け下りていきやがった。
何が起こるってんだ…魔人族の神アルヴとやらがお出ましなのか?
だったら話は早いんだがな。そいつぶっ殺せばこっちの勝ちなんだからよ。
帝国歴137年 乾燥の時期
最悪だ…最悪…砦の食料庫が底を尽きかけてやがる。
ウルからの物資も、道中襲ってきた恐暴竜に小隊が襲われて物資含め全滅。
居座ってた野郎は前に砦に来た3人とは別の、偶々通りがかったハンターの2人組がぶっ殺してくれたけど…ウルの連中…次の物資が届けられないとか抜かしやがった…!
ふざけんな、ふざけんなよ!!テメェらの町を守ってるのは俺達だぞ!?
こっちが死ぬほど寒い思いして魔人族と戦ってるってのに、テメェらは農作物一つ満足に作れねえのかよ無能共!!なにがエヒトの試練だ、そんなものに祈る暇あったら魚でも釣ってろよ!
…あぁ畜生、腹減ったなぁ…文字に起こすだけでもひもじいなあ…
俺らより後に来た新人の奴らの1人が自殺した。
王国の奴らに対する罵詈雑言だらけの遺書と、エヒトの絵画に自身の糞尿ぶっかけた遺留品の後始末をしていた時、俺も仲間達も…上官すら気が狂ったように笑い続けていた。
来た時から生意気に「魔人族も王国の奴らも皆殺しにしてやりますよ!」とか粋がってた癖によ…なに一人で勝手に満足して楽になってやがるんだ…クソ羨ましい。
魔人族をぶっ殺したら、その次は王国…あとは…公国か、亜人共も殺すのかなぁ…
その時は女だけ生かして男は殺そうぜ…女は若けりゃ使い物になるだろうからよ…
―――許してくれ。空腹でおかしくなってたんだ…こんなのは、俺の本心じゃないんだ神様…
帝国歴138年 梅雨の時期
2年、この日誌を書き始めてから2年もの月日が経過していたらしい。
記憶を手繰り寄せながら空白のところに過去の出来事の時期を記した。
突然、砦に新たな将軍となったバイアス皇子が来て異動命令が下された。
第三連隊で俺と同期だった奴らは3割死んでいる。
クソ五月蠅かった上官も、前の年の終わりにあった魔人族との戦闘中に死んだ。
最期までムカつく奴だったが…遺品を整理していた時に俺達へ宛てた手紙と、砦じゃ滅多に呑めない酒瓶を置いていた事を知ってクソ泣いた…勝手に死んでんじゃねえよ。
上官の死と、2年もしぶとく生き残ったお陰か、俺は小隊長へと昇進。
次なる配属先は疫病で滅びかけたアンカジ公国だとさ…今度は砂漠ぅ?…勘弁してくれよ…
それと小耳に挟んだが、亜人族の奴隷制度が廃止になるらしい。
グラディーウスにあった奴隷専門の娼館…仲間達と一緒に行きたかったなぁ…
いったことある奴に聞いた話だと耳が敏感な亜人が多いとか…クッソ羨ましいなぁ…
こういうのを幸運と呼ぶべきか、或いは悪運が強いと言うべきか…
降り積もるのが真っ白でひんやりとした雪から黄ばんだジャリジャリの砂へと変わった新しい配置先でのある日、ウルで起きた事件をジョモから聞いた。
なんでも古龍っていうヤバいモンスターが2頭も山に現れて、大寒波が起こったとか…
それを偶々ウルに居たハンター…あの剣聖が1人で撃退…したんだが、あいつも相当の深手を負ってハンターを続けられなくなっちまったらしい。
あれほど王国の人間を嫌ってた奴が、王国の町を守る為に命張る…か。
しかし王国の奴らはハンターなんて下劣で野蛮人だと罵る。
どんだけ命張って守っても、報酬代わりに貰うのは罵声と嫌悪の目…やりきれんね。
帝国歴138年 収穫の時期
若い連中が公国に来ていた教会の信者共と酒場で小競り合いを起こした。
仕事を増やすんじゃねえよ!…と此処に書いたところでもう過ぎた話だから虚しいだけなんだが…
俺がその報告を聞いて現場に駆け付けた時、事態を先に収めてくれた領主の息子がいなけりゃ今頃は俺が責任取って教会の連中から鞭打ちでも食らってたんじゃないかと思うとゾっとする。
領主の息子…レイネルクは若いのに自警団の顔役なんてやってるらしい。
フューレンからやってきた有能なお医者先生のお陰で疫病も徐々に収まってきて、俺ら帝国軍は暇さえあれば自警団の奴らに稽古をつけてやった。
こっちに来てから驚いたんだが、亜人族の元奴隷が働いていた。
どうやら故郷へ帰りたくても帰れない…というか色々あって帝国での暮らしに馴染んじまった奴らに、皇帝は市民権を贈呈する代わりに公国での労働を条件にしたとか…
ただこのクソ暑さは俺ら人間よりもキツいらしい…そりゃあそんな毛むくじゃらだとな…
後、公国の連中の一部が亜人を見るなり神様みたいに扱ったのにはビビった。
この土地に昔から伝わる神の御使いが亜人そっくりなんだとか…俺にはよく分からんね。
亜人の奴らもいきなりそんな扱いをされて困ってたが…気分は悪くないらしい。
1年前に恐暴竜をぶっ殺した2人組と公国に新設されたギルドの近くで再会した。
この2人…特に男の方は巷を騒がせている英雄だと聞かされたが…全然それっぽくねえ!
2人はあれからシュネー雪原とグリューエン火山の完全な地図を書き上げたんだとさ。
俺でもそれがどれだけ凄い事なのかなんとなく理解出来る。
未知のモンスター共が巣食う場所に足を踏み入れて、なお調査まで行う…つくづく化け物だな。
その話をレイネルクにしたら、あいつもいつかハンターになりたいんだとさ…
「だが領主の息子なら、父親の仕事を継ぐんじゃないのか?」と俺が尋ねたらアイツは「そういうのは俺に向いてねーよ。俺の弟のがよっぽど適してる」とか抜かしやがった。
カリスマ性とかなら断然お前のが良いと思うけどねえ俺は…
…まぁ決めるのはお前の自由だ。お前の人生だからな。好きに生きろよ若人!
帝国歴139年 梅雨の時期
たった1年で防衛砦にとんぼ返りする事になった。
汗と砂にまみれるのと比べれば、砦での生活がマシだと思う。
だから異動命令が出た時に俺が率いる小隊含め、帝国軍の誰も不満を言わなかった。
公国を出るとき、偶々小耳に挟んだ。
俺達以外にも王国と教会に不満を持つ者が日に日に増えているらしい。
そりゃあ重税課して意味があるか分からない教えを毎日聞かされたんじゃ嫌になるよ。
噂の域は出ないが、皇帝直属の部下が各地で諜報活動を行っているとか…
ま、俺達には関係ない話だがね。戦う順序が魔人族と王国、それが逆になるだけだ。
帝国歴140年 梅雨の時期
おお懐かしの防衛砦よ、相変わらず病人みたいな白い肌してやがるなこの野郎!
こんがり日焼けした俺達を見るなり防衛砦に留まっていた同僚たちが「上手に焼けました~♪」とか笑いやがったんで、挨拶代わりにグリューエン火山から運ばれてきた燃石炭をぶん投げてやったら飯抜きにされた………畜生!
公国で相手に来ていた砂竜や赤甲獣に比べれば、砦に近付く奴らは雑魚だと思う。
氷牙竜や巨獣も山に棲んでるって話だが、俺が此処に来てから一度も見ていない。
後で最古参の兵士だっていう爺さんに聞いたが、そこまでヤバい奴だと接近する前に見張りが救難要請をギルドに送って、緊急クエストとして依頼が張り出されるんだとさ。
なんでも緊急クエストを達成するとハンターランクってのが上がるらしい…詳しくは知らん。
―――見張り塔からの警笛が砦に鳴り響く。
今までなら緊急配備に就いたり砦の防衛兵器を動かしたりと大変だったが、この短期間でとんでもねえ兵器が設置されたお陰で施設運用が大分楽になった。
ドジャアァァン!と腹の奥まで震わせる轟音にビビってモンスターが逃げていく。
こんなもの何の役に立つのかと初めて見た時から疑問だったが、今のを見て納得した。
野生の獣ってのは本来、臆病な奴が多い。そういうのに一番効果的なのは音だ。
逆効果で興奮する奴も中にはいるが、これに関してはその心配がない。
近くで鳴らした奴が音の衝撃で吹っ飛んでたからな。
このとんでも兵器…元は銅鑼って言うらしいが、皇女様の提案で設置されたらしい。
他にも大砲、バリスタに改良が施されてる。
兵器に詳しい野郎が熱心に話しているのを横で聞いていたが、どうやら既存の竜人から伝えられた技術とは全くの別物らしい。…違いを聞かれても俺には分からんよ。
俺も一度だけグラディーウスで彼女を見かけた事があった。
国民的英雄として軍内部で将軍の次に人望が厚いのは彼女だった。
主に女性兵士からの人気が多いんだとさ。…噂じゃ男と女、どっちもいけるとか…
俺は皇子と皇女、どっちに付くかと聞かれたら皇子と答えるね。
皇女は軍よりもハンター贔屓で有名だし、いざって時に捨て駒にされそうだ。
帝国歴140年 収穫の時期
噂は本当だった!皇帝が王国に反旗を翻して、国王エリヒドを処刑したらしい!
以前の俺なら歓喜して連中にザマァミロ!と言ってやったが、今はそんな気分にもなれない。
一個大隊の指揮官なんて大役を押し付けられた俺がこれからやる事はウルの制圧。
兵器でモンスターや魔人を殺した事はあるが、人に剣を向けるのは初めてだった。
恐ろしい…どうか思いつく限りの最悪な事態に発展しない事を祈るばかりだ…
―――幸か不幸か、ウルの制圧は犠牲者を出さずに成功した。
水妖精の宿に突入した部下から報告を受けて驚いた。
あの剣聖が、ハンターを引退してから湖の町で暮らしているらしい。
実際に会って話したが以前とはまるで別人、話し方や仕草まで変わっている。
…ただ…ちょっと不気味だった。
あれだけ王国に対して悪感情を抱いていた彼女が、こんな風になってしまったのか…
ウルの住人達から慕われている彼女のお陰で、任務は順調に進んだ。
聖教教会の神殿騎士が「神への叛逆だ!」とか喚いていたので檻にぶち込んで黙らせた。
そもそも俺らはエヒト神を信仰してないっつーの!
一緒にいた神の使徒はグラディーウスに連行するらしい。
…あんな子供が神の使徒…ね…大して強そうには見えないが…あれでどうやって魔人族との戦争に勝つつもりだったのか、神殿騎士の尋問ついでに聞いておくようジョモに頼んでおくか。
本編に詰まったから外伝に力を注ぐ作者の鑑()
こんな感じにモブ視点?でのお話がこれから先もちょいちょい出てきます。
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