「あ、小説書くの手伝ってくれてありがとうな」
貴方は目をゆっくりと瞬かせた。
何の事だか、貴方には心当たりがなかったのだ。
「いやさ、手伝ってくれてんじゃん。『こころ』を題材にしたノンフィクション小説」
うーん……? と、貴方はやはり内心で首を傾げる。心当たりが本当にない。
そもそも、自分と相手は、小説を書く手伝いをするような間柄ではなかった。
インターネット上の文字を通じた関係。言ってしまえば、貴方と相手はその程度の関係である。
現に今だって、ネットを会した文字のやり取りを緩慢に眺めているだけである。
貴方は相手が何を言っているのか理解出来なかった。
そもそも本当に手伝っていたとして、どうして自分に手伝わせようと思ったのだろうか。貴方は困惑した。
「いやだって、お前しかいないんだもの。俺の話に興味持ってくれてんの」
残念ながら、貴方は相手の話に興味を持った覚えはなかった。妄言の類かもしれない。
「あ、いま笑ったな? 妄言じゃないって。俺、めちゃくちゃ真剣に言ってんだぜ? お前が興味を持ってくれたお陰で、俺はノンフィクション小説の執筆をだな……ちょいちょいちょい。話の途中でブラウザバックは止めろって。俺、そういうの良くないと思うなー! 傷付いちゃうなー!」
文字を通じてでもわかる程、相手はぷんすかと腹を立てた……振りをして、貴方の顔色を伺った。貴方は心の中で肩を竦めた。
取り敢えず、話の本題に入ってはどうだろうか。貴方は促すようにやり取り中の液晶画面を操作した。
「あ……そうそう。その通りだよ。サンキューな。やっぱりお前って良いやつだわ。助かった。……で、本題なんだけどよ。『こころ』を題材に小説を書こうと思ったんだけど、俺は心底困った訳だ」
はて、と貴方は目を瞬かせた。
「ざっくり言うとさ、俺って人の心が分からない訳じゃん? だって俺、非実在青少年だぜ? リアルにゃ存在してねぇの。なのにどうやって『こころ』なんて理解しろってんだよ。んなもん、実在してる奴らの特権だろうが」
どや顔でそう宣う相手に、貴方は冷ややかな目を向けた。
「おおう……そんな目すんなよ。お前は知らないかもしれないけどよ、案外分かってんだぜ? 画面の向こうでお前にどんな顔されてんのか」
分かり易く落ち込んだ相手を、貴方は少しばかり哀れに感じた。
なんと言うか、相手には、貴方にあって当たり前の自由がない。貴方はそう感じたのだ。
「……まあ、あれだ。人の心が分からないならいっそ、ノンフィクションで書いちまえば『こころ』を小説に落とし込めるんじゃねぇかなって思ってよ。それで、まあ……小説書くにあたってさ、お前に協力して貰った訳だ」
うーん、と貴方は唸る。言いたい事は何となく分かる。しかし、協力についてはやはり心当たりがなかった。
「おっと、段々と面倒臭そうな顔になってんな。別に俺は嘘ついちゃいねぇぜ。というか、何言ってんだこいつ……って顔、そろそろやめてくれよな。流石に傷付いてきたぜ!
……おい、ちょっと待て。『よく分からないけど、手伝うのやめる』ってのはなしだぞ。頼む。本当に後生だから!」
本っ当に頼む! この通り!
……あまりに必死に頼む相手に、貴方は『まあいいか』と内心で呟いた。手伝っている自覚もないので、特に問題もない。
「本当か!? 助かった! いや、本当に!」
相手の嬉々とした感情が文面からも伝わって来る。どうやら本当に困っていたらしかった。
「……本っ当にありがとな。こんなに喋ってても、誰も反応してくれないから寂しくて寂しくて。俺はいっつもこうやって喋ってるのに、たまに居るお前みたいな物好きくらいしか俺の話を聞いちゃくれないんだよ。だから一人芝居みたいで辛いのなんの」
誰が物好きだ。貴方は僅かにむすりとした。
「いやぁ、悪ぃ悪ぃ。まあ、それくらい俺の話に興味を持ってくれる読者さんって貴重なんだよな! 普段の俺、すっげぇ寂しいんだぜ!? それでも頑張ってノンフィクション小説書いてんだから、俺って偉いよな!」
俺みたいなキャラクターには、『こころ』なんてねぇんだ。
お前ら実在の人物みたいに『こころ』を持ってる振りして振る舞うことは出来ても、あくまで振りだからよ。役割こなしてるだけなんだ。
物寂しげに文字を連ねた相手へと、貴方は尋ねた。
ちなみに、どんなタイトルの作品なのかと。
「タイトル? そんなんお前なら見りゃわかるって。……え、良いから勿体ぶらずに教えろ? ……わーかったから、溜め息吐くなって」
貴方は、液晶画面の文字を見詰めた。
「『貴方はこの小説を読んでいる』。心ときめくノンフィクションだろ? 協力してくれて──読んでくれて、ありがとうな!」
貴方は、しょうがないなぁ……という顔をした。相手がやりたかった事に、何となく予想が付いていたのだ。
「まあ……なんだ。俺みたいな小説のキャラクターもよ、たまにゃあ読者さんと何かして遊んでみたかったのさ。だから、今回は『貴方』に小説の登場人物になって貰ったって訳だ!」
そんじゃ、俺は仕事に戻るから! 次にお前の読む作品がどれかは分かんないけどよ、楽しんでくれよな!
相手はそう文章を綴って、話を切り上げた。
もう、相手が何かを語る気配はない。
貴方は読了感を程々に、日常へと戻る事にした。
貴方はこの小説を読んでいた──その事実は、きっと来年の今頃には忘れている事だろう。
現代人の『こころ』は、細かい事をずっと覚えていられる程、暇ではないのだ。
……それでも。『小説』と言う物の中で生きる『相手』は、ずっと貴方の事を覚えているだろう。
だって、貴方と遊んだ相手からすれば、この事実だけは変わらないから。
『貴方はこの小説を読んでいる』
──Thank you for reading!(読んでくれてありがとな!)
貴方は小説を読み終えた。
本作は第三回ヒヨリミコロシアム参加作品です。