恋愛は謎解きのあとで   作:滉大

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火ノ口三鈴は裁きたい

 探偵といえば、意味深な発言でさんざん周囲を煙に巻いた挙句、最後は関係者を集めて「さて」と偉そうに推論を語り出す姿を思い浮かべる人が大半だろう。しかし、それはあくまでフィクションに於ける探偵像。名探偵と呼ばれる者の姿に過ぎない。ミステリーという謎を中心とした物語において、謎を解き明かす役目を担う「名探偵」という舞台装置の姿である。

 そんな名探偵に誤った憧れを抱き、推理を披露する為、わざわざ関係者を集めるのに四苦八苦する人間も居るとか居ないとか。

 

 閑話休題。

 

 今回はそんな名探偵ではなく、現実の探偵。浮気調査や犬探し等の地道な探偵活動を主題としたお話。謎解きどころか謎すら無い事は言うまでもない。現実なんてそんなもんである。

 

 

 ○

 

 

 case1 中等部の女子生徒

 

「やあ、こっちに来てるなんて珍しいね」

「あっ、先輩。こんにちは……」

 

 讃岐光谷は、中等部の生徒らしき女子と短く挨拶を交わした。背中まで伸びた長い銀髪。整った顔は色白で、鋭い目は欠点にならないどころか、クールな雰囲気とマッチしている。

 本当挨拶をしただけらしい。そのまま立ち去ろうとした讃岐を、女子生徒は少し考えてから引き止めた。

 

「先輩、今お時間ありますか?」

「親愛なる友人の妹さんの頼みなら、無くたって作るさ」

 

 わざとらしい大袈裟な物言いに、女子生徒は何と返していいのか分からず困っている様子だった。女子生徒はまだ讃岐と付き合いが浅いようだ。少しでも付き合いのある人物なら、この手の発言は適当に聞き流す。返答の言葉を探しているのは、慣れていない証拠だ。

 

「ベンチに座って話そうか」

 

 答えあぐねている女子生徒に讃岐は提案した。女子生徒も提案に賛成し、場所を移動した。

 

「それで、どんな要件かな?」

 

 女子生徒は言いづらそうな間を置いてから「兄の事で」と言葉を発した。

 

「これは別に兄の恋愛事情が気になるとか、本人に直接聞くのが恥ずかしいとかじゃなくて、私の今後の将来設計にも関わるから聞きたいだけなんですけど……」

 

 前置き長っ。

 

 予防線を張りすぎて逆に興味津々なのが露呈している。女子生徒は意外とブラコンなのかもしれない。

 

「分かっているよ」と讃岐は二重、三重に張られた予防線に触れない懸命な判断。

 

「最近兄は恋をしているみたいなんです。先輩は相手が誰だか知りませんか?」

 

 讃岐は困ったように眉を寄せた。

 

「恋ねぇ……。心当たりはないね。君はどうなんだい?」

「私は生徒会の人達が怪しいと思っています」

「あそこは美人が多いからね。でも、どうかな。生徒会以外にも交友のある女子はいるだろうし。石上君……生徒会の会計に聞いたら? 僕よりお兄さんと親しいよ」

「できません」

 

 にべもない返事。讃岐は訝しんで首を傾げた。

 

「何で?」

「兄と近しい人だと、私が聞いた事が兄に伝わる可能性が高いですよね」

「問題あるの?」

「大ありです! それだと私が、兄の恋愛模様に興味津々みたいじゃないですか!」

「違うのかな?」

 

 

 

 

「──その後も、被疑者は長々と女子生徒の話に付き合っていました」

「有罪だね〜」

 

 放課後、空き教室を貸し切って、ごくごく私的な裁判が行われていた。

 罪状を読み上げたのは、火ノ口(ひのくち)三鈴(みりん)。教壇で裁判長よろしく座っている、のんびりした雰囲気の茶髪の女子生徒は駿河(するが)すばる。

 

「異議あり。本裁判は民事に当たるので、『被疑者』ではなく『被告』と表現するべきです」

 

 椅子だけ持って来て教壇の前に座っている長身の男子生徒、讃岐光谷は、あっさり有罪判決を下されたにも関わらず、腹が立つくらい冷静に指摘した。

 

「細かいことはいいの!」火ノ口は一括して異議を退ける。

 

「ねぇ、駿河さん。僕もこのノリに合わせなきゃ駄目なの?」

「ダメだよ」

「圧が凄い。火ノ口さんはともかく駿河さんまで……」

 

 取りつく島もない。讃岐は何故そんなに真剣なのか分からない、といった表情だ。

 

「てかこれ何の裁判なの?」

 

 火ノ口と駿河は顔を見合わせてから、口を揃えて言った。

 

「讃岐くんの浮気裁判」

 

 讃岐はツチノコを発見したとでもいうように、キョトンとして目を瞬かせた。

 

「……浮気? 昼ドラにでも影響されたのかな?」

「誤魔化そうったってそうはいかないよ! 全く、早坂というものがありながら」

「早坂さん? まあ、仲良くさせて貰っているね」

 

 この後に及んでしらを切り通すつもりか。

 

 直接聞いた訳ではないが、火ノ口と駿河の友人である早坂愛と、ふてぶてしく椅子に座っている男が付き合っているのは周知の事実。にも関わらず、この男、やたらと女子と居る場面を目撃されている。

 火ノ口は讃岐光谷という人間が、友人を任せるに足る人物か見極める必要がある、と使命感に燃えていた。

 

「浮気云々はともかくとして、裁判の趣旨は理解したよ。君達は僕が早坂さん以外の女性と、親密な関係になっていないか心配しているんだね」

 

 教科書を読み上げるような語り口で、讃岐は問題点を述べた。火ノ口と駿河は黙って頷く。

 

「で、さっきの話みたいに、僕の行動を探っていたと。数日前から視線を感じると思っていたけど、君だったとはね」

「余裕ぶっていられるのも今の内だよ」

「余裕ぶるも何も、僕は相談に乗っただけだよ。お世辞にも彼女と仲が良いとは言えないし」

 

 被告は無罪を主張。火ノ口はすかさず言及する。

 

「仲良くない高等部の先輩に、中等部の子が相談する?」

「彼女の兄とは面識があるから、他の人よりは気安いだろうね」

 

 動揺した様子もなく、もっともらしい反論を行う讃岐。

 返答に窮した火ノ口は讃岐の左側、裁判で言えば検察官の位置に立ったまま、机の上にある書類を手に取った。

 讃岐は物言いたげな視線を書類に向けて、

 

「そんな小道具まで用意して……」

 

 物言いたげ、ではなく物語った。

 火ノ口が教卓に目で合図を送ると、駿河は手にした「そんな小道具」で教卓を叩いた。ガンガンと鈍い音が鳴る。

 

「静粛に」

「裁判長を引き入れてるのズルいなぁ」

 

 裁判長と徒党を組んで讃岐を黙らせてから、次なる罪状を読み上げた。

 

 case2 ヤクザの娘

 

「いやぁ、まだ日中は風が心地いいね」

「失せろ」

 

 龍珠桃は寝袋の上に寝転んだ状態で上半身だけ起こして、鋭く、そして端的に言葉を放った。

 不機嫌を隠さず顔に出していたが、秀知院において美少女の代名詞「難題女子」に数えられる龍珠の美貌に一切の翳りは無い。

 龍珠の不機嫌丸出しの態度もどこ吹く風。讃岐は口元に笑みすら浮かべて、秋の風を堪能していた。

 邪魔者扱いされながらも讃岐が止まっているのは、この場所に原因があった。讃岐達が居るのは学校の屋上、風を感じるには絶好の場所だ。もっとも、本当に涼むのが目的なのか、甚だ疑問ではあるが。

 

「そう言わないでよ。屋上は共用スペース。僕が居ても問題ないだろう」

「放課後は天文部のスペースだ。鍵も私にしか貸し出されてねぇ」

 

 讃岐は高い位置から龍珠を見下ろし、観察するように視線を動かす。メンチを切られたとでも思ったのか、龍珠は「あぁ?」とガラの悪い威嚇。

 

「とても部活動をしている様には思えないね。スマホばっかり見てたら、流れ星を見逃してしまうよ」

「うるせぇ。流れ星に願い事するような柄かよ」

「どうかな。白銀君から聞いた話や、君が抱えているやたらとファンシーなクマさんクッションから推測するに、案外……」

 

 バフっ。

 

 讃岐の言葉は、可愛らしいクマさんが顔面に叩きつけられた事によって中断された。使い方がちっとも可愛くない。

 

「それ以上妄言吐き散らすなら、白銀諸共沈めるぞ」

 

 知らないところで白銀は命の危機に陥った。

 龍珠に恐れをなした讃岐は、投げつけられたクマさんを持ったまま、逃げるようにそそくさと屋上の手すりへと移動した。それから、何かに気付いたらしく視線を眼下の校庭に巡らせた後振り返った。

 

「ほら、部活動に励むとはああいうのだよ」

 

 讃岐はクマさんの手を操って、校庭で練習中のラクロス部を指差した。

 心底面倒くさそうに立ち上がった龍珠は、校庭には目もくれず讃岐の手からクマさんを取り返すと、直ぐ様定位置の寝袋の上に戻って、

 

「私はコレに励んでるからいいんだよ」とスマホを振って見せた。画面には何かしらのゲーム画面が映っている。

 

 処置無し。讃岐は諦めたらしく、無言で肩をすくめた。

 

「お前、どうせ暇なら飲み物買って来いよ」

「何で急に……パシリにされる覚えはないと思うけど」

 

 いきなり使いっ走りを命じられ、流石の讃岐も怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「私に借りがあるだろ。お前のアレが探りに来た時喋らなかった」

 

 抽象的過ぎて何の事かわからない。讃岐には伝わったらしく、言葉を返す。

 

「感謝はするけど、別に頼んでないよね」

「確かにそうだな」

 

 そう言って龍珠は立ち上がる。

 

「じゃあ、全部話して来るわ」

「さて、飲み物でも買って来ようかな! 龍珠さんは何がいい?」

「コーラ」

 

 鮮やかに態度と体を翻して讃岐は屋上の扉に向かって歩き出した

 扉の隙間から様子を観察していた火ノ口は、慌てて飛び退き、目にも止まらぬ速さで階段を駆け降りた。

 

 

 

 

「──という訳で、被告は屋上で女子と密会していました」

「有罪だね〜」

 

 再びあっさりと有罪判決を受けた讃岐は、相も変わらず呆れた表情で椅子に腰掛けている。

 

「そういう見方をするから、やましく感じるんだよ。ありのままの事実に目を向けるべきだね。僕は脅された挙句、使いっ走りにされたんだよ。親密な関係とは程遠いね」

 

 

 火ノ口は目を凝らして観察したが、讃岐の態度は隠し事をしているようにも、嘘をついているようにも見受けられない。

 今回のケースについて、最初に質問したのは駿河だった。 

 

「龍珠さんに借りがあるの?」

 

 ヤクザの娘に借り。火ノ口は警戒を露わにして耳を澄ました。

 

「借りというより、弱みを握られてるようなもんだね。君達にだって、人に言えない恥ずかしい秘密の1つや2つあるだろう?」

「ほうほう、秘密を共有する仲と」

「そう来たか……一応言っておくけど、好きで共有してるんじゃないからね」

 

 グレーだな。そう判断した火ノ口は更なる罪状を突き付ける為、資料をめくった。しかし、次は罪状を読み上げる必要もないと思い直し資料を置く。何しろ次の人物は行動だけが問題なのではない。

 

「讃岐君、一年生にも仲が良い後輩がいるよね。女子で」

「何人かいるね」

「金髪で」

「小野寺さんかな? 先に上げた2人よりはよく話すね」

 

 讃岐は誰のことか思い当たったようだが、尚も女子生徒の特徴を並べる。

 

「目が青い」

 

 そんな火ノ口の言動に、それがどうしたと、讃岐は首を傾げた。

 

「そしてギャル!」

「いや、だから分かったって」

 

 全然分かってない! 

 

 讃岐は火ノ口が何を言いたいのか全く理解できていない。重要なのは、女子生徒が金髪碧眼のギャルである事。つまり、

 

「有罪だね〜」

 

 またもや有罪判決をくらった讃岐は、長い足を組んで顎に手を添える。少しの間そのままの姿勢で固まってから、再び口を開いた。

 

「なるほど。要するに君達は僕が金髪碧眼好きだと、言いたいんだね」

 

 さも苦労して導き出した事実であるかのように語る。

 

「そんなに考え込む必要あった?」

「要するにって、最初からそう言ってるけど」

 

 長々と考えなければ分からない事だろうか。何でもそつなくこなすタイプではあるものの、変な所で抜けている。

 

「別にその手の容姿が嫌いとは言わないけどさ、君も盗み聞きしてたなら知っているだろう? 体育祭が近いから、その話をしただけだよ」

「話しただけ? あれが!?」

 

 火ノ口は机を叩いて身を乗り出した。予想に反して大袈裟な反応だったらしい。「何かあったかな……」と讃岐は思い返すように視線を宙で彷徨わせた。

 火ノ口が聞いた2人の会話とはこうである。

 

『先輩、制服貸してください』

『唐突だね。別に構わないけど、多分サイズ合わないよ』

『余った部分は折るんで大丈夫ッス』

『そういうの気にするタチじゃないけど、少しは人の制服折るの躊躇った方がいいね』

 

 話を聞いた駿河はおっとりと教壇に腰掛けていたこれまでと違って、俄かに警戒の色を滲ませた。火ノ口も同様、警戒メーターを引き上げた。

 異性に制服を貸すなどただ事ではない。

 

「これでも話しただけ? さあ、白状してもらうよ!」

 

 睨みつける様な視線を受けても、讃岐は何とも能天気な様子で、「あれか」と呟いた。

 

「君達、紅組の応援団が何するか知っているかい?」

「応援団? 体育祭の?」

 

 讃岐は椅子に座ったまま顔だけ向けて頷いた。

 

「彼女は応援団の一員なんだけど、応援服が男子は女子の制服、女子は男子の制服に決まったらしくてね。僕に借りに来たんだ。結局、僕の制服だとぶかぶか過ぎたからやめたんだけどね」

「へぇ〜、面白そうな事やってるんだね〜」

「面白いかどうかは判断しかねるけど、僕が制服を貸したのにやましい理由がないのは、理解してくれたかな」

 

 身の潔白を示すように両腕を横に伸ばす。

 制服を貸したのに理由があるからといって、親密な関係ではないと証明されてはいないが、こちらにこれ以上追及する術がないのも事実。火ノ口は大人しく引き下がった。何より弾はまだまだある。

 改めて次弾を発射しようとした直前、讃岐は開いた手を火ノ口に突き付けて待ったをかけた。

 

「ちょっと待って。まだあるの?」

 

 少々困惑気味に問う讃岐に、火ノ口は資料をペラペラめくって見せた。

 

「まだまだあるよ。藤原さんとか、TG部の1年生とか、TG部の3年生とか」

「それってつまりTG部でしょ。分けなくていいよ、一纏めで。彼女達とは一緒にゲームしただけだよ」

「でも、結婚したり、愛してるって言ったりしてたよね?」

「……ゲームのチョイスが悪かったな」

 

 讃岐によると、「パッピーライフゲーム」や「愛してるゲーム」なるゲームに興じていたらしい。

「パッピーライフゲーム」は早い話人生ゲームのようなもの。「愛してるゲーム」は面と向かって「愛してる」と発言し、照れたら負けという一風変わったゲームらしい…………嘘にしてももう少しマシな嘘を付いて欲しいものだ。

 疑惑の視線に晒された讃岐は顔の前で手を振った。

 

「嘘じゃないよ。藤原さん達に確認してもいいし、何なら実際にプレイしてもいい。『愛してるゲーム』とか強いよ、僕。無敗だったし」

 

 いつの間にか弁明を自慢にすり替えて、讃岐は堂々と張った胸元に手を置く。

 今までの流れでそのゲームを選ぶあたりが、讃岐光谷の讃岐光谷たる所以と言える。

 

「聞いてないし。羞恥心捨ててるから強いだけでしょ。とにかく! 今後そのゲーム禁止!」

「はぁい」

 

 間延びした返事。本当に分かっているのだろうか? 

 

 弾も出尽くしたので資料を机の上に置く。讃岐の罪状が多くて長引いた所為で、厳かな雰囲気で進行した裁判ごっこもだれてきた。讃岐はあくびを漏らしながら組んだ足をプラプラ揺らし、駿河は手に持った木槌──ガベルという名前らしい──を珍しそうに観察している。

 ゴホンと、空咳で注意を引いた火ノ口は、場を引き締める為、重々しい声音で裁判長に判決を促した。

 

「裁判長、判決を」

 

「うーん」顎に人差し指を当てて悩ましげに唸ったのも一瞬のこと。駿河はガベルを振り下ろした。鈍い音が教室に響く。

 

「有罪」

 

「異議ありですわ!!」

 

 八百長裁判に讃岐が文句を言うよりも早く、その声は響いた。声と共に勢いよく開いた扉の先には2人の人物。

 絵に描いたようなお嬢様言葉で異議を唱えたのは、長い栗色髪の少女、紀かれん。そして隣の艶やかな黒髪の少女を認めると、火ノ口ははっとした。

 

「巨瀬エリカ……」

「……火ノ口三鈴」

 

 真剣な表情で対面する2人。あわや一触即発…………ではない。

 

「みそっ」

 

 エリカは両手の人差し指と中指を繋げてMを作る。

 

「みりんっ」

 

 同じポーズで応じる火ノ口。

 最後は2人腕を合わせて大きなMを形作り、

 

「調味料M〜〜ッ!」

 

 一連の流れを駿河は慣れた様子で教卓から見守り、讃岐は切れ味鋭く切り込んだ。

 

「君達は、出会ったら必ずそれやらないといけない呪いにでもかかっているのかな? せっかくタイミングを見計らって、カッコよく登場した紀さんの努力が台無しじゃないか」

「そこは触れないでくださいまし!」

 

 顔を赤らめながら、かれんが讃岐に抗議する。

 調味料Mの内、みその方が呆れた様にため息を漏らす。

 

「かれんが突然教室の扉に張り付いたと思ったら、ずっと盗み聞きしてたのよ」

 

 マスメディア部コンビの乱入で騒がしくなった室内。

 どこから聞いていたのだろうかと疑問に思ったが、それ以上に気になるのはかれんの発言だ。

 

「異議って?」

 

 自分の発言について聞かれたかれんは、表情を引き締めて大真面目に言い放った。

 

「勿論、讃岐くんの不貞行為についてですわ。私には分かっています。彼はどのような困難からも身を挺して早坂さんを守り抜き、一生幸せにする覚悟があるのだと」

「讃岐くんって普段の軽い感じと違って、意外と重いタイプだったのね」

「らしいね。僕も初めて知ったよ」

 

 かれんの隣で頬を赤く染めるエリカに、讃岐は皮肉っぽく返した。

 学園一のカプ厨と名高い、紀かれんがここまで言うのだから侮れない。火ノ口と駿河はひとまず判決を取り消し、理由を尋ねる事にした。

 

「何でそう言い切れるの?」

「私は見たのですわ……」

 

 かれんは夢見る乙女のようにうっとりした目をして、胸の前で手を合わせた。

 

「夕暮れの廊下。向かい合うお2人の距離は徐々に縮まってゆき、やがて影が重なって……」

 

「ええぇ──!!」火ノ口と駿河は顔を赤くして叫んだ。

 

 2人は、自分には無関係とばかりに椅子に座っている讃岐に大股で詰め寄り、同時に肩持って興奮気味に激しく揺すった。

 

「ほ、本当なの? 今の話!?」

「もうそこまで行ってたの!?」

 

 火ノ口も駿河も軽い見た目に反して、男性との交際経験は無い。秀知院学園に通う大半の生徒と同じく、大切に育てられた箱入り娘。恋のABCすら経験がない。

 そんな彼女達だからこそ、友人が思ったより早く大人の階段を──ABCのAを済ませていると知って、好奇心と動揺が混ざった感情を爆発させた。普段はぼんやりしている駿河ですら興奮を隠せないでいる。

 

「2人共落ち着いて! それじゃあ喋れないわよ」

 

 エリカに諌められ、我に返ったように手を止める。

 脳みそを激しくシェイクされた讃岐の首がカクンと折れて上を向く。しばらくして頭が持ち上がり、意識をはっきりさせる為か、頭を左右に振った。

 

「ありがとう巨瀬さん。おかげで僕の脳みそは事なきを得たよ」

「そんな事より、かれんの話は本当なの?」

「んー、まあ、いつもの妄想でしょ」

「騙されてはいけません!」

 

 何故か弁護しに入ったかれんが、讃岐を追い詰める構図に変わる。かれんは指先と言葉を被告に突きつける。

 

「私はこの目で目撃しました。言い逃れの余地はありませんわ!」

 

 8つの瞳に見詰められた讃岐は、両手を挙げて観念したように深く息を吐いた。

 

「はいはい、降参降参。確かに紀さんの言うようなシチュエーションはあったよ」

 

 じゃあ、と再び前のめりになる火ノ口と駿河をすかさず制する。

 

「但し、君達が思っているような事はしていないよ」

 

 讃岐はかれんの方に顔を向ける。

 

「君が見たのは廊下で向かい合ってる僕達で、そこから先は見ていないだろう? 君の証言は正確性に欠けるよ」

「どうせその後やられたのですから、問題ないのでは?」

 

 かれんは頭に疑問符を浮かべる。悪気が無いのが恐ろしい。

 

「やってないんだけどね。その考え方でよくマスメディア部が務まるね……」

「では、その後はどうなさったのですか?」

「普通に帰ったよ」

「一緒に?」

「うん」

「何故です?」

 

 かれんの意図不明な質問攻めに困惑した様子を見せながらも、讃岐は淡々と答えを返す。

 

「何故って言われてもね。特に理由はないけど……」

「つまり、一緒に居るのに理由はいらないと! そういう事ですね!」

「前向きな解釈だね」

 

 被告を追い詰めた後にも関わらず、かれんは弁護人らしく堂々と火ノ口と相対した。

 

「お分かりいただけましたか? このあり方こそ『本物の愛』ですわ」

 

 したり顔で「本物の愛」等とこっちが恥ずかしくなるような、ピュアワードを平然と口にするかれん。

 

「紀さんは男性に求めるハードルが高いね」

「かれん、一途な男の人に夢見がちだから」

「僕は彼女が虚偽の報道をしないか心配になって来たよ」

「大丈夫よ! かれんの妄想が暴走した時は私が止めるから!」

「君は君で心配だけどね」

「何で!?」

 

 真実の愛がどうのと、語り続けているかれんを横目に、讃岐とエリカは呑気に会話している。正直聞いている方が恥ずかしいので、話してないで早く止めて欲しい。

 

「でも、讃岐くんが女の子と会っていたのは事実だよ」

「それは全て事情があったからです!」

「言い切るね」

「私はハピハピイチャラブが好みですから。ドロドロ三角関係とかは遠慮したい主義ですので!」

「好みの問題だし、押し付けが凄い」

 

 駿河にツッコまれても、かれんは全く動じない。

 

「証明する方法ならあります」となにやらポケットから紙を取り出した。

 長方形の2枚の紙には『sunlight水族館』の文字が印刷されていた。水族館のチケットのようだ。

 

「sunlight水族館のペアチケットです。お父様の会社の雑誌で特集した縁があっていただきました」

 

 言葉遣いからも分かるように、紀かれんも秀知院の生徒らしくお嬢様。大手出版社社長令嬢だ。

 

「これを差し上げます」

 

 讃岐は差し出されたチケットを見て、かれんを見上げて、またチケットを見た。

 

「えっ、何で?」

「讃岐くんには早坂さんとデートに行っていただきます。早坂さんがデートに満足した場合は無罪、不満に感じていたのなら有罪、というのはどうでしょう?」

 

 かれんは裁判長である駿河に判断を仰いだ。駿河は少し迷ってから、火ノ口に尋ねる。

 

「私はいいと思うけど〜、どうする?」

 

 趣旨とずれている気もするが、これはこれで判断材料にはなる。火ノ口はかれんの提案に乗った。

 

「いいよ。そうしよっか」

 

 話が纏まったところで、讃岐がチケットから顔を上げた。

 

「君達、随分真剣なんだね」

 

 何を言うかと思えば、

 

「そりゃあ、友達の事なんだし、当たり前でしょ」

「付き合い長いしねー」

 

 マスメディア部コンビも同じ気持ちのようだ。

 

「勿論ですわ。私達早坂さんの事が大好きですから」

「そうそう、大事な仲間でもあるし」

 

 それを聞いた讃岐は口の端に笑みを浮かべて、かれんの手からチケットを受け取った。

 

「ありがたくいただいておくよ。精々期待に添える様頑張るさ」

 

 椅子から立ち上がり、教室を出ようと扉を開いたところで、不意に立ち止まって振り返った。

 

「ああ、そうだ。言い忘れてた。僕は君達ほど、早坂さんと付き合いが長い訳ではないけれどね──」

 

 

 

 

 じゃあね、とチケットをひらひら振って、讃岐は教室から出て行った。

 

「今の冗談だと思う?」

「冗談でも言いそうだし、本気でも言いそう。クサイ台詞真顔で言える人だし」

 

 悩む火ノ口と駿河の横で、かれんは頬を両手で包むようにして何やら興奮していた。

 

 

 ○

 

 

 火ノ口と駿河と早坂は弁当を持ち寄り、一つの机を囲んでいた。教室では火ノ口達と同じように仲の良い友人同士でで集まっているグループが幾つか見受けられた。いつもと変わらぬ昼休みの光景。

 弁明を開けて、さっそく火ノ口は行動に出た。朝からずっと我慢していたのだ。正直弁当どころではない。

 

「で? どうだった?」

「何がー?」

 

 早坂が玉子焼きを掴んだ箸を止めた。

 

「水族館行ったんでしょ。讃岐くんと」

「……何で知ってるの?」

 

 早坂は怪訝そうに眉を寄せる。

 

「まーまー、それはいいから。で、どうだったの?」

 

「どうっていわれてもー」玉子焼きをひと口食べる。飲み込んでから続けた。

 

「普通に魚見たり、モウドクフキヤガエル見たりしただけだし」

「モウドクフキヤガエル?」

「黄色いカエルで、毒持ってる」

「へぇー、そんなカエル居るんだ……って違う!」

 

 火ノ口と駿河は身を乗り出して顔を早坂の方に寄せた。まどろっこしいので、直接的な聞き方に変える。

 

「讃岐くんとはどうなの?」

 

 讃岐が早坂の彼氏として相応しいか見極める意図も当然あるが、それはそれとして、火ノ口も駿河も女子高生らしく恋バナには非常に関心がある。ワクワクしながら返答を待った。

 

「アイツとー? いや別に何も……」

 

 言いながら早坂は讃岐の席に視線を向けた。讃岐も火ノ口達と同じように、弁当を食べながらクラスメートと談笑していて、視線には気付いていない。

 うっすらと白い頬に朱が刺した。

 じいいっと見られているのに気付いた早坂は、焦ったように早口で、

 

「いや、ホント別に何も無かったしっ!」

 

「……」

「……」

 

 火ノ口と駿河は無言でお互いを見た。考えている事は同じらしい。

 

 思ったよりガチっぽい反応だ──! 

 

 友人の思わぬ反応に動揺する一方、アヤツ一体何をしたと、呑気に笑っている讃岐を睨んだ。

 讃岐が教室から出て行く前に、不敵な笑みを浮かべて言った言葉が頭に浮かぶ。

 

『僕は君達ほど、早坂さんと付き合いが長い訳ではないけれどね。仲の良さで君達に負けるつもりはないよ』

 

「判決は?」

 

 昨日とは逆に駿河が判決を促した。

 まだ完全に見極められた訳ではないが、取り敢えず今のところは。火ノ口は判決を下した。

 

「無罪!」

 

 ただ1人、事情を知らない早坂が首を傾げた。

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