恋愛は謎解きのあとで   作:滉大

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灰かぶり姫は◯◯◯たい

 人生は決断の連続であり、決めてしまえば後戻りはできない。あの時ああしていれば、この時こう考えていれば等と上げれば枚挙にいとまがないが、後悔とは読んで字のごとく後にしかできない。ならばせめて、今後の決断はよく考えて行うよう心がけるのが、利口な態度というものだろう。

 だから、早坂愛も彼がこの決断に至るには、それなりの苦悩があったのだと思わずにはいられなかった。否、そうであって欲しいと願った。

 

「……正気ですか?」

「至って正常だよ。これしかない。これに決めた」

 

 何度も念を押し、自分に言い聞かせるかの如く唱える。

 

「ですが、その、高校生にもなってそれは……」

 

 早坂の反論も歯切れが悪い。

 

「高校生だからこそだよ! 心が穢れ、大人への一歩を踏み出す過渡期の少年少女にこそ、このロマンスが必要なのさ」

 

 穢れた言葉を発しながら、腕を振り上げ机の上に置かれたそれを叩いた。乾いた音が室内に響く。

 

「屋敷の物を叩かないでください。それに今何時だと思ってるんですか」

「や、失礼」

 

 謝罪をしながら、手をひょいと引っ込める。早坂は引っ込められた手の下にあった物を手に取った。そして呆れを隠さずに、

 

「もう一度言いますが、高校生にもなって、読書感想文の題材に選ぶのが『サンドリヨン』なのは如何なものかと」

 

 早坂は本の表紙を讃岐に向けた。煌びやかな衣装を纏った女性の絵が描かれており、美しい靴が一際目を引く。

 深夜に入ろうかという時間帯。仕事を終えた早坂愛と讃岐光谷が、壁一面を本が埋め尽くす屋敷の書斎で向き合っていたのには、こういう経緯があった。

 

 

 

 

「えっ? そんなのあったっけ?」

 

 初めて聞いたと言わんばかりに、讃岐が疑問の声を上げる。

 かぐやの呼び出しを受けた帰り、かぐやの机に置いてあった本から連想して、何気なく早坂はその話題を振った。

 現代文の授業で課題として出された読書感想文は終わったのか、と。

 案の定というべきか、課題は讃岐の脳内からすっぽ抜けていた。

 

「まあ、初めからまともに授業受けているなんて、思ってはいませんでしたけど。提出明日ですよ」

「明日なの? ……もうちょっと早く教えてよ」

「それくらい自分で把握しておいてください」

 

 上から注がれる恨めしそうな視線を、早坂は無表情で切って捨てた。そんな早坂に讃岐はわざとらしいくらいに明るい声で、

 

「ねぇ、早坂さん!」

「嫌です」

「まだ何も言ってないけど」

 

 早坂はため息を吐いた。冷たい色の瞳を同僚に向ける。

 

「大体予想は付きますが、聞いてあげましょう。何ですか?」

「手伝ってくれない?」

 

 絶対に嫌。

 

 

 

 

 なんだかんだで図書探しを手伝っているあたり、自分の心は太平洋よりも広い。自賛しながら本のページを捲り、見るともなく文字を追う。

 

「わざわざ書斎に来なくても、本なんて自分の部屋にいくらでもあるのでは?」

「君はワトスン博士の結婚回数や、ホームズがライヘンバッハの滝に落ちてから復活するまでの大空白時代、謎の格闘技バリツについての研究論文を書けといっているのかな? 残念ながら感想文の規定枚数を大幅に上回る上に明日までには終わらない」

「何言ってるのか全く分かりません」

 

 要するに読書感想文に使えそうな本は皆無らしい。

 讃岐が手を差し出したので、本を閉じて手渡す。受け取った讃岐は、書斎の机の縁に浅く腰掛け本を開いた。

 

 主人の書斎の机に、こうも遠慮なく座るとは……。

 

 含みのある視線を向けるも、本に集中している為、讃岐は全く意に解さない。ページを捲ったタイミングで声を掛ける。

 

「根本的な話、何故サンドリヨンなんですか?」

「ん? ページ数少ないから」

「よくロマンスだ何だと言えましたね」

 

 返事をしながらも、讃岐の視線は本に向いていた。1ページまた1ページと手が動く。思いの外集中している。サンドリヨンなんて、今更じっくり読まずとも内容は分かりそうなものだが。

 しばらく読書をしている讃岐の様子を眺めていると、ページを捲る手が止まり、その手をそのまま顎に添えた。早坂にはそれが考え込んでいる時の讃岐の癖だと分かっていた。

 だからこそ、疑問に思った。サンドリヨンに考え込む要素などあるだろうかと。

 内心首を傾げていると、不意に黒曜石のように黒い瞳が早坂に向いた。急に目が合ったので鼓動が大きく弾んだ。

 

「やあ、遅くまで付き合わせて悪かったね」

「いえ」

「目的も達成したし、戻ろうか」

 

 大きく伸びをして机から立ち上がり、讃岐は扉へと踏み出す。その手にはサンドリヨンの本。

 

「持って行くんですか?」

「内容は覚えたけど、一応ね」

 

 自室への戻る途中、早坂は先程の讃岐の様子が気になって尋ねた。

 

「その本に何か仕掛けでも?」

「仕掛け? どういう事?」

「何も無いんですか? 随分熱心に読み込んでましたが」

 

 讃岐は本の表面と裏面を交互に見た。

 

「財宝の隠し場所が記されているとか? 無い無い。正真正銘、唯の本だよ。熱心に見えたのならそれは、そうだな……」

 

 何やら言いかけた讃岐だったが、次に出た言葉は打って変わり疑問だった。

 

「早坂さんは確かディズニーにうるさ……見識が深かったよね?」

「うるさいって言いました?」

「言ってないよ。で、質問なんだけどさ。ガラスの靴といえばどんな物を思い浮かべるかな?」

 

 ガラスの靴とは、サンドリヨン物語のキーアイテム。魔法使いの老婆が、舞踏会へ行くサンドリヨンに授けた靴だ。

 

「ガラスで造られたハイヒールですかね」

「ハイヒールね。僕は履いた事ないけど、ガラスで出来てたら履き心地が悪そうじゃない?」

「ハイヒールでなくとも、ガラス製の靴なんて履くだけで痛いでしょう。あくまで物語の中の産物です」

 

 へぇ、と讃岐は興味深そうに相槌を打つ。

 

「ありがとう。おかげでちょっと面白い感想文になりそうだ。書き終わったら1番に見せてあげるよ」

 

 讃岐は自信ありげな様子で、不敵に口角を上げた。

 

 

 ◯

 

 

 新体制になった生徒会。新たに加入した伊井野ミコも環境に慣れて活動は順調。今日も今日とて仕事に励む生徒会の面々。室内に流れるペンを動かす音、軽やかにキーボードを叩く音を、のんびりとした声が遮った。

 

「会長。これ何ですか〜?」

 

 お魚に釣られた猫のように、藤原千花は白銀御行が使っている生徒会長用の事務机の前に移動し、脇に退けられた裏返しで重ねられたB4サイズの紙を指差す。生徒会の仕事で使用する紙はA4サイズ。普段使わないサイズの紙に藤原の好奇心はくすぐられたのだろう。

 白銀は書類にペンを走らせたまま藤原の質問に答える。

 

「少し前に課題で出た読書感想文だ。廊下に落ちてたのを、校長が拾ったんだと」

「それを会長に?」

「ああ。そういえば、藤原書記は知り合いだったな。この読書感想文は讃岐が書いたものでな。丁度いいから返しといてくれって押し付けられたんだ」

 

 予想外に聞きなじみのある名前が飛び出したので、四宮かぐやの手が止まった。

 

 讃岐の? そういえばやたら眠そうにしてた日があったわね。

 

 讃岐の事だから徹夜して課題を済ませたのだろうと、かぐやは納得した。

 藤原は黙ったまま、じぃーっと裏返しになった原稿用紙を穴が空きそうなほど凝視する。書類と向き合っている白銀は気付いていない。

 

「会長、読んでもいいですか?」

「いや、勝手に読むのは不味いだろう」

 

 顔を上げた白銀に続いて、ノートパソコンのキーボードを叩いていた石上優も反対した。

 

「そうですよ。いくら讃岐先輩の物といえど、一応確認くらいはしとかないと」

 

 大した言われようだ。

 

「あれ? 石上君も光谷君のこと知ってたんですね」

「讃岐は意外と顔が広いからな。四宮とは同じクラスだから、この中で面識がないのは伊井野だけか」

 

 白銀に話を振られた伊井野は首を振った。茶色のおさげが左右に揺れる。

 

「いえ、少しだけ話した事があります」

 

 どうやら讃岐はこの場に居る生徒会役員全員と面識があるようだ。本人が自負するだけ合って、交友関係は広く浅い。

 

「じゃあ、光谷君に確認してみますね」

「そんなに見たいのか?」

「だって、気になるじゃないですか!」

 

 確かに。かぐやは心の中で藤原に同意した。

 讃岐にとってかぐやは主人なので、読書感想文を見せろと言えば、頭を垂れて差し出すのは目に見えているが、その際こちらの神経を逆撫でする発言を連発するのは、想像に難く無い。

 

 藤原さんが許可を取ってくれるのなら、それに越した事はないでしょう。

 

 かぐやは成り行きを静観した。

 携帯電話を耳に当てた藤原が数秒後に声を発した。

 

「お願いがあるんですけどー。えーっ! なんでですか!? まだ何も言ってないじゃないですか! ……はい、光谷君の読書感想文読んでもいいですか? ……分かりました!」

 

 通話を終えた藤原は携帯電話をポケットにしまった。

 

「見ていいそうです。全米が鼻で笑う傑作だ、って自信満々でした」

「映画の広告か」

「嘲笑われてるじゃないですか」

 

 まったく、あの男は。かぐやは漏れ出てしまいそうなため息を堪えた。

 

「ではさっそく読みましょう」藤原が原稿用紙を手に取って表にする。

 

「タイトルは、サンドリヨン?」

「シンデレラのフランス語表記ですね」

「それなら分かります。へぇー、そうだったんですね」

「シンデレラですか。いいチョイスですね…………何よ?」

 

 表情を明るくした伊井野だったが、石上の含みを持った視線を受けると、一転して睨みつける。

 

「いや、別に。そういうの好きそうだよな」

「悪いの?」

 

 呆れたような石上と今にも吠え出しそうな伊井野。またケンカが始まりそうになったので、白銀が空咳で制する。

 

「四宮はサンドリヨンの内容を覚えているか?」

「幼い頃に読んだきりですが、一応。サンドリヨン……作中で名前が記述されていないのでそう呼称しますね。父親の再婚相手である継母と、サンドリヨンにとっては姉にあたる継母の娘2人に虐げられる日々を、送っていたサンドリヨン。ある日国の王子様が催した舞踏会に2人の姉が招待されました。綺麗なドレスも無く、舞踏会に行けないサンドリヨンの前に教母が現れます。教母の正体は妖女で魔法を使い馬車やドレスをサンドリヨンの為に用意しました。最後にガラスの靴を渡した妖女は、魔法の効果が切れる夜中の12時までに帰って来るよう忠告しました。

 しかし、舞踏会2日目。サンドリヨンはうっかり12時直前まで王子と話し込んでしまいます。何とか12時までに王子の前から去るのには成功しますが、靴を片方だけ落としてしまいました。サンドリヨンに心を奪われた王子は、サンドリヨンが落とした靴を大事に仕舞い、後日おふれを出して靴の持ち主を探しました。靴の持ち主がサンドリヨンと判明。2人は婚礼の式を行い物語は終わります。と、こんな感じでしょうか」

「ふむ。これで全員サンドリヨンのあらすじは理解できたな。では藤原書記」

 

 組んだ手の上に顎を乗せた白銀は視線で藤原を刺す。

 

「了解しました!」

 

 敬礼のポーズをして生徒会長の指示を了解した書記は、手にある感想文を音読し始めた。

 

 

 

 

 サンドリヨンを読んで

 二年A組 讃岐光谷

 サンドリヨンの元となった話は古くから伝わる民間伝承であり、類話も含めればそれこそ世界中に存在している。その為、シャルル・ペロー、グリム兄弟、ジャンバッティスタ・バジーレ等様々な人物によって語られてきた。今回題材にしたのは、日本で最も有名なペロー版のサンドリヨンだ。

 灰をかぶっていた主人公は、妖女に美しいドレスと豪華な馬車、そしてガラスの上靴を授けられ、最終的には一国の王子と結婚するに至る。どん底から一気に頂点まで登り詰めるストーリーは痛快で、今なお多くの人々に愛されている。

 読んでいて疑問に思ったのは、妖女が主人公にガラスの上靴を渡した場面だ。魔法で服を変え、馬車や御者をも生み出した癖に靴だけは本物。靴だけ本物にしたところで、魔法が解ければドレスは元の服に戻るのだから、舞踏会の場に居られなくなるのは想像に難く無い。どうせなら靴も魔法で変えればいいのに、本物を用意する妖女の行動は非合理的に思えてならない。靴が物語のキーアイテムであり、本物でなければ靴を手がかりに王子が主人公を見つけられないのは理解できる。けれど、それなら魔法の効果が夜中の12時で切れる設定は不要に感じる。原点に近いとされるグリム版ではドレスも靴も正真正銘の本物だ。

 ガラスの靴と聞けばガラスで出来たハイヒールを想像するが、年代的に現在のようなハイヒールは存在しない上、ガラスの上靴はガラスで出来た靴ではなく、英語に翻訳する際に「verre(ガラス)」と「vair (リスの毛皮)」の発音が同じヴェールであり翻訳家が間違えた為生み出された産物。実際にはリス皮の上靴だったとされている。リスの毛皮は当時大変高級な素材。そのように高価な靴を一介の教母でしかない妖女が持っているのも不自然に思う。

 作者であるシャルル・ペローはこれらの展開に違和感を覚えなかったのか。ペローは幼い頃から成績優秀であり、エリート校で学び、弁護士にまでなった知性の持ち主。作者の経歴を鑑みる限り、違和感に気付かない筈はないと思った。

 余りにもご都合主義的産物であるガラスの上靴。私はこの靴をペローが登場させたのには、何か意図があるのではないかと考えた。靴が本物である事による影響は、王子がガラスの靴を手掛かりに主人公を探せる点だ。

 舞踏会2日目の夜。主人公は王子との会話に気を取られて、12時までに帰って来るよう妖女に戒められていたのを忘れてしまった。12時を知らせる鐘の音を聞いた主人公は、慌ててその場から去る。何とか無事に城から出られたが、脱出の際、脱げた片方の靴を城に残して来てしまう。

 後の主人公がガラスの靴を履く場面では、ろうでかためたようにぴったりくっついたと表現されている。それほどまでに主人公の足に合った靴が簡単に脱げるだろうか。疑問の答えは主人公が靴を落とした場面の一文にあった。

 

「王子もすぐ後を追いかけましたが、とうとう追い付きませんでした。けれど、サンドリヨンも、慌て紛れに、金の上靴を片足落としました」

 

 慌てて逃走した主人公が、靴を落としてしまった場面。私はこの文章を読んで、別の解釈をした。

 主人公は慌てていたから靴を落としたのではなく、慌てて靴を落としたのではないだろうか。つまり、主人公は意図的に靴を残していったのだ。

 煌びやかなドレスを身に纏い、華やかな舞踏会を楽しんだ主人公の先に待つのは、灰にまみれた惨めな生活。きっと嫌だっただろう。自分が同じ立場でも喜んで歓迎はできない。

 だから主人公は自分に繋がる唯一の品、ガラスの上靴を残した。魔法が解ければ服が元通りになる以上、残すのは靴でなければならなかった。咄嗟にその判断を下し、実行できる主人公は、とても賢く機転が効く人物だと思った。思惑通り王子はガラスの上靴を拾い、国中におふれを出して主人公を探し当てた。

 妖女のおかげで主人公は王子と結婚するという幸運に恵まれた。しかし、あくまで妖女は機会を与えたに過ぎない。そこから幸運を掴み取ったのは主人公自身だ。

 考え、自ら行動を起こさなくては、幸運などやって来る筈もない。ペローがガラスの靴を登場させたのは、この教訓を伝える為ではないかと思った。

 明確に記さなかったのは、サンドリヨンが子供に向けて作った作品だからだろう。物語を読み解こうと頭を働かせ考えた者にのみ伝わるメッセージを作品に隠した。

 私はペローのメッセージが、彼の子供や、後の読者にも伝わっていればいいと思った。

 

 

 

 

「すごいですね。ここまでシンデレラを読み込んでいる人は初めてです」

 

 伊井野が感心した様子で呟いた。

 

「というか、これ何でしたっけ?」

「読書感想文ですよ」

 

 余りにも奇天烈な感想文だったせいか、石上は分かり切った質問をした。

 

「感想文なんですか? まぁ、読み物としては良かったですけど」

「感想といえば感想だな。……少々奇抜ではあるが」

 

 かぐやは立ち上がって藤原の持っている原稿用紙を手に取った。はっきりした字で、原稿用紙4枚に渡り感想がしたためられている。

 

 ご都合主義ね。どの口が言っているんだか。

 

 文章を目で追いながら、かぐやは内心鼻を鳴らした。

 

「四宮はどう思う?」

 

 讃岐の読書感想文について問われたかぐやは、困ったような笑みを浮かべた。

 

「そうですね。もし全米にこの感想文を公開したのなら、きっと鼻で笑われるでしょうね」

 

 

 ◯

 

 

 通話を終えた讃岐は携帯電話をポケットに突っ込んだ。椅子の背もたれに体重をかけ、退屈さを隠そうともしない目で窓の外へと視線を向けた。教室から外を見たところで退屈に変わりはないだろう。

 

「誰からですか?」

 

 教室には早坂と讃岐の他に誰も居ない。次の期末試験が近づくまでは、わざわざ教室に残ったりする生徒は居ないだろう。

 

「藤原さん。僕の読書感想文読みたいんだってさ」

「あぁ、あのふざけた感想文。書記ちゃんも物好きですね」

「酷い言い様だなぁ。少しふざけたのは間違いじゃないけど」

「少し?」

 

 全部ふざけているとしか思えない。

 

「そう、少し。あの感想文には致命的な欠陥というか、都合の良いように解釈した部分があるんだ。お嬢様あたりは気付いているかもしれないけど」

「はぁ、欠陥ですか。欠陥だらけの気もしますが」

「そんな事ないさ。サンドリヨンを論理的に読み解く、立派なエンターテイメントだよ」

 

 この男は読書感想文を何だと思っているのか。最早何も言う気が起きない。早坂も退屈していたので、半眼を向けつつも話の続きを促した。

 

「それで、欠陥とは?」

「シャルル・ペローがガラスの上靴の違和感に気付かない筈が無い。ってところ」

「大前提の部分じゃないですか」

 

 僅かに驚いた表情を見せると、讃岐は悪戯が成功した子供を思わせる笑みを浮かべた。

 

「ペローがサンドリヨンを含む童話集『寓意のある昔話、またはコント集〜がちょうおばさんの話』を出版したのは1697年。69歳の時だ。ペローといえど、晩年になれば頭脳の衰えもあっただろうし、設定の齟齬に目が届かなくなったとしても不思議はない」

「そこをシャルル・ペローの隠されたメッセージという筋書きに利用した訳ですか」

 

「正解」讃岐が指を鳴らす。「だからといって僕の説が否定されるとは限らないのがミソだね」

 

「サンドリヨンの感想というより、シャルル・ペローについての感想文ですね。サンドリヨン自体に感想はないんですか?」

「僕がサンドリヨンから教訓を得たとすれば、不運には気をつけろ、という事だね。サンドリヨンが王子と結婚して幸せな生活を送ったのは、さほど幸運ではない」

「そうですか? 突然妖女が現れ手を差し伸べたりと、運が良いように思えます」

 

 早坂は異を唱えた。

 

「過程はね。けれど、結果だけ見ればどうかな?」

 

 結果とは、物語の結末。サンドリヨンと王子の幸せな婚礼。

 

「誰もが振り返る容姿、綺麗な心根。なにより貴族の娘で地位もある。どれだけ容姿と心根が美しかったとしても、貴族の娘でなければ王子も簡単に結婚を決めなかっただろう。これだけの要因が揃っていれば、国の王子とはいかないまでも、普通に結婚して幸せな生活を送れたに違いない」

 

 つらつらと紡がれる言葉は自然と耳に馴染み、早坂は聞き入った。

 

「幸せになる要因を多く持ち合わせながら、灰をかぶる生活を送っていたのは、ひとえに父親の再婚相手の性根が褒められたものではなかったからだ。類稀なる才能を持った人物でも、不運1つで最底辺にまで落ちる」

 

 サンドリヨンの感想としてはこんなとこだねと、讃岐は話を締め括った。

 讃岐が語った内容に思うところがあって、無意識に口をついて出た。

 

「貴族でなければ王子も結婚しなかった……」

 

 脳裏に浮かぶのは主人の四宮かぐやと、白銀御行。立場的にはかぐやが貴族で白銀が庶民。彼女達が恋仲になったり、その先を望むのなら身分の差は壁として必ず立ちはだかる。

 かぐやに幸せなって欲しいと思う反面、それが難しいのも理解していた。

 

「あくまで当時の価値観に合わせた話だけどね」

 

 心情を察した讃岐が言い添える。四宮家の時代錯誤な家風を知っている讃岐なら、自分の発言がなんのフォローにもなっていない自覚はあるだろう。慣れない役回りをさせてしまった。

 

「ポーカーフェイスには自信があったんですけどね」

「僕の目を持ってすれば……と言いたいところだけど、残念ながら君の表情は完璧だったよ」

 

 では何故? 早坂の碧眼が訴える。

 

「君のお嬢様への忠誠心は知ってるからね」

 

 威厳のある声色に変えて言葉を続けた。

 

「『父親から息子へと送られる豊かな遺産を受け継ぐのがいかに恵まれたこととはいえ、ふつう若者にとって、世渡りの術とかけひき上手がもらった財産より役に立つ』シャルル・ペローの言葉さ。お嬢様と白銀君は、仮にも秀知院学園のトップ。かけ引きの手段は心得ているし、なんとかなるよ」

 

 何の根拠もなく自信満々に言い放つ。余りにもあっけらかんと言うので、こちらまでなんとかなると思えてしまう。

 讃岐光谷が、かぐやや白銀に絶大な信頼を寄せているとは思わない。讃岐自身にどうこうできる力があるとも思えない。一体彼の自信は何処から来ているのだろう。

 それはともかく、「かけ引き」というワードに反応して、様々な記憶が早坂の脳内を暴馬のように駆け巡る。

 

 白銀にスマホを買わせようとするかぐや。クイズ雑誌を暗記するかぐや。白銀を車に乗せようとするかぐや。コーヒーをカフェインレスコーヒーに差し替えるよう命じるかぐや。白銀と同じ選択授業を受けようとするかぐや。映画館や水族館のチケットを仕込むかぐや。

 早坂は遠い目をした。

 

「さっさと恋のかけ引きも成功させて欲しいものですね」

「……誰にでも苦手分野はあるさ」

 

 言い終わって少しして、讃岐は下を向き大きなため息を吐いた。

 

「やれやれ。だからこういうの苦手なんだよ、僕は」

 

 拗ねて視線を外す様子が可笑しくて、早坂はポーカーフェイスを少し緩めた。




サブタイトルの◯◯◯に入る言葉は「告らせ」になります。そのままタイトルにするとオチが直ぐに分かりそうなのでこのような形にしました。
童話や昔話を題材にした話は書いてみたいと思っていたので、個人的には楽しく書けました。少々時間が掛かったのが反省点ですが。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
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