恋愛は謎解きのあとで   作:滉大

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怪盗は盗みたい

『ちょっと、ちょっと! 何適当な嘘ついてるの!!』

『適当じゃないですよ。男装の時は、飛び級の天才で道楽で執事やってる泣き虫僕っ子、という設定なんです。あと戦争孤児』

『ややこしいキャラ付けはやめて……!』

 

 イヤホンから聞こえて来る会話に笑みを浮かべて、キーボードに指を踊らせた。

 文字を入力して、思い直して消して、再び入力して、やっぱり消して、かと思ったら同じ文字を入力し直して。入力と消去を反復横跳びの要領で繰り返し、キーボードを叩く音が止んだのはタイピングを始めてから3時間後の事だった。

 これで準備は万全。我ながら完璧だと口から笑い声が漏れる。笑い声は次第に大きくなり部屋中にこだました。

 

 あー、疲れた。寝よ。

 

 

 ◯

 

 

「最近、見られているような気がします」

 

 早坂愛の発言に、庭に置かれた丸テーブルを拭きながら讃岐光谷が顔を上げた。

 

「人気者は辛いね。学校でかい?」

「いえ屋敷で、です」

「へぇ……」

 

 布巾を動かす手が止まり、僅かに目を細める。

 学校なら誰かに見られていたとしても特に不思議はないが、早坂と讃岐の居る場所、四宮家別邸となると話は変わる。様々な人々が在籍する空間である学校とは違い、屋敷には四宮家に雇われた人間しかいない。彼らに早坂を監視する理由はないので、見られているとすれば、外部の人間の仕業になる。

 不穏な沈黙が屋敷の庭園に降りた。辺りに何者かが潜んでいるような気がして、無意識に視線が庭園を彷徨う。

 先程まで四宮かぐやが来客と歓談していた丸テーブルは、目に優しい緑の生垣に囲まれている。生垣の先には庭師の手によって整えられた、海外から取り寄せた色鮮やかな季節の植物が顔を見せ、甘い匂いが風に乗ってやって来る。

 かさかさと、葉っぱが擦れ合う音が聞こえた気がした。気のせいではなかったようで、「おや?」と讃岐も反応を示した。

 がさり。今度は明確に聞こえた。

 讃岐は揺れ動く生垣の前に立ち、右手をダークスーツの胸の合わせに手を入れ、内ポケットから黒い棒状の物体を取り出した。以前早坂も目にした伸縮式の特殊警棒だ。

 流れるような動作で、讃岐が右手を一振り。黒い棒はたちまち長さ50センチほどの物騒な武器に早変わりした。

 手にしていた2つのティーカップが乗ったお盆をテーブルに置き、早坂も生垣から現れる侵入者に備えた。

 更に一際大きい音を立てて、緑の中から漆黒の影が飛び出した。手には鋭い煌めき、瞳は獲物を狙っているかのようにギラギラしていて、赤い舌がペロリと口元を舐める。艶のある頭頂部の黒い毛が、降り注ぐ日光を反射させ輝いている。

 そして、侵入者は甲高い声を上げた。

 

「にゃーん」

 

 気が抜けたように肩の力を抜く讃岐。伸ばした警棒を元の形状に戻し、内ポケットに仕舞う。

 飛び出して来たのは、白、茶、黒3色の毛を持つ三毛猫だった。首輪を着けていないので、野良猫だろうと推測できる。

 

「これはこれは、愛嬌のある侵入者だね」と同意を求めて早坂の方を振り返り、

 

「あれ?」

「どうしました?」

「うわっ!」

 

 驚いて肩が跳ねる、という大袈裟な反応を讃岐は示した。

 

「……『どうかした?』は、こっちの台詞なんだけど……何でそんな所にいるの?」

「至って普通の場所に立っていますが」

「よく表情を変えずに言えるね」

 

 早坂は讃岐の背後に立っていた。讃岐が驚いたのは、あと数センチ近付けば密着してしまいそうな距離だったからだ。

 讃岐が一歩横に動くと、合わせて早坂も横に移動して背後霊のようについて行く。その行動に首を傾げながらも、讃岐は庭に入り込んだ野良猫に歩み寄り屈んだ。

 

「お嬢様には見つからないようにしないと。毛皮を剥いで鍋敷にした後、鰐の餌にされかねない」

 

 抱えようと伸ばした手に、猫のカウンターパンチが炸裂した。

 

「痛っ……」

 

 思わず両手を引っ込める。右手の指先には一筋の赤い線が走っていた。讃岐は立ち上がって猫から離れると、引っ掻かれた手とは逆の手で頭を掻いた。

 

「嫌われたなぁ」

「動物は良い人と悪い人を見分けるといいますからね」

「お嬢様から助けようとしたのに?」

「自分の主人を悪しざまに言うからでは」

 

 血が出ている人差し指にハンカチを当てながら、讃岐は呆れた視線を背後に向ける。不名誉な視線を送られた早坂は、泰然自若とした態度のまま口を開く。

 

「何ですか?」

「いや、良いんだけどね。僕は」

 

 いつでも讃岐を盾にできるよう背後に立つ早坂。2人の距離は更に縮まっている。近くに居なければ盾にならないのだ。

 猫は変わらず讃岐を警戒していて、黄金色の瞳を逸らさない。

 

「抱えるのは無理そうだし、どうしたものかな。これだけ広い庭なのに猫じゃらしの1つも無いのは問題だね」

「仕方ありません。光谷君の手を犠牲にしましょう」

「仕方ないって程、手は尽くしてないと思うんだけど……。その結論に達するのはもう少し迷ってからにして欲しいね」

 

 再び猫に近付こうとする讃岐のスーツの袖を、慌てて掴んで止める。

 

「急に動かないでください」

「君さ、もしかして……まぁ、いいか」

 

 次の一歩を踏み出した途端、三毛猫は鋭く唸って威嚇した。

 

「シャァァァァ!!」

 

 驚いた早坂は咄嗟に近くにあるものを握りしめる。

 

「おっと」讃岐の上体が後に傾く。握ったのは讃岐の左腕だった。

 

「ねぇ、早坂さん」

「何か?」

「素敵な鉄仮面だけど、流石にこの流れで誤魔化すのは無理があるよ。君が犬派なのは知ってたけど、まさか──っ!」

 

 得意げなしたり顔が僅かに歪んで、何かを耐えるような表情に変わる。讃岐は自分の腕を鷲掴みにしている早坂の手を、自由な方の手で指差した。向けられた人差し指がぷるぷると震えている。

 

「き、君の反応は大変可愛いらしくて結構だし……っ、僕としても役得なんだけど、少し力を緩めてくれるかな。折れそう」

「す、すみません。…………そんなに強くないですよ」

 

 慌てて左腕から手を離し引っ込める。乙女の細腕を、まるでゴリラ並みの豪腕のように語る讃岐に反論する声は、バツの悪さもあって小さくなった。

 握力が可愛らしくない、などと宣い、讃岐は左腕を摩っている。

 

 力が強くて悪かったですね! 

 

「猫が嫌いなのは知ってたけど、苦手だとは思わなかったよ」

「子供の頃に腕を引っ掻かれた事があるんです。それ以来苦手意識が」

「猫嫌いもそれが原因か。猫は僕がどうにかしておくから、先に戻ってなよ。おや……?」

 

 ついさっきまで居た猫は、跡形も無く消え去っていた。

 

「残念、雄かどうか確認できなかった」

 

 猫の毛色を決定する遺伝子がX染色体に起因する為、三毛猫のほとんどは雌である。雄も存在するが、雄の三毛猫が産まれる確率は3万分の1程でしかない。雄の三毛猫はとても貴重なのだ。

 

「雌だったらホームズと名付けて、屋敷のマスコットにしてもよかったな」

「三毛猫ホームズですか……。そもそも光谷君にマスコットの指名権はありません」

 

 思わぬ侵入者の出現もあったが、使用人としての仕事はまだまだ山積みだ。テーブルに置いたお盆を手に取って屋敷へと戻る。

 

「どうぞ」屋敷への道すがら、早坂から差し出された品に讃岐は目を丸くした。

 

「本当に色々持ってるね、君。有り難く使わせて貰うよ」

 

 讃岐は呆れ半分感謝半分といった体で、早坂から受け取った絆創膏を、猫に引っ掻かれた指に巻いた。

 

 

 ◯

 

 

 本日も毎度お馴染みの知能と策略を駆使した頭脳戦を終えた四宮かぐやは、屋敷へ帰宅し豪勢な夕食に舌鼓を打ち、のんびりと湯に浸かり、いつものように使用人の早坂を部屋に呼び寄せた。

 

「会長にまた女友達が増えたのよ」

 

 長年かぐやに支えている早坂には分かっていた。彼女は愚痴を聞かせたいのだと。

 

「友人が増えるのはいい事では?」

「ええ、そうね。でも、会長は優しいさを勘違いしてしまう困ったさんが出てくるかもしれないでしょ」

「またその話ですか……」

 

 以前もかぐやは似たような事を言って、浮気防止ホルモンを分泌させる作戦を実行した。

 フリーの白銀が誰と付き合っていようと浮気ではない、というツッコミは置いておくとして、作戦の成否は定かではないが、その日のかぐやはやけに上機嫌で、珍しく優しさに溢れていた。

 

「取り敢えず、私は勘違いしないのでご安心を」

 

 数日前、ひょんな事から白銀御行と変装時の早坂、所謂ハーサカは友人関係になった。そんな事情もあり、目の前の困ったさんと同類扱いを避けたい早坂は、念の為目の前の困ったさんに釘を刺した。

 

「そうでないと困るわ。……というか貴女、男友達が欲しいって言ったけど、讃岐は違うの? 前ほど仲が悪い訳でもないでしょ」

 

「光谷君ですか?」言ってから少し考える。

 

 現状の早坂と讃岐の関係は友人と呼んで差し支えないのだが、普通の友人関係には当て嵌まらないだろう。

 

「光谷君は同僚という感覚が強いので、友達とはまた別枠な気もしますね」

「そういうものなの。……ん? 貴女今なんて言ったの?」

 

 引っかかるところがあったのか、かぐやは聞き返す。

 

「普通の友人関係には当てはまらないと」

「その前」

「同僚という感覚が強い」

「その前! 変わった呼び方をしたでしょう!」

 

 かぐやの言わんとしている事が理解できた早坂は、面倒臭くなりそうな確信に近い予感を覚えながら口を開いた。

 

「……別に変わってませんよ。光谷君と、普通に名前で呼んだだけです」

 

「変わってない」と「普通」を強調したが効果はなかったようだ。赤い瞳を丸くしてかぐやは驚きを顕わにした。

 

「アイツとかコレって呼んでたからてっきり、名前を知らないのかと思ってたわ」

「知ってますよ。というか、これだけ一緒に仕事してて知らなかったらアホですよ」

「何で急にそんな軽薄な…………軽くて薄い呼び方を?」

「言い直せてませんよ」

 

 お堅いかぐやは、異性を下の名前で呼ぶ行為が、恥じらいがなく軽々しいと思っているに違いなかった。

 

「今時それくらい普通ですよ。書記ちゃんだって光谷君って呼んでるじゃないですか」

「それはそうだけど……それにしたって何で急に」

「かぐや様の前で彼を名前で呼ぶ機会がなかっただけです」

 

 早坂はさらりと嘘を吐いた。個人的な考えの元、讃岐の名前呼びを避けていたのは事実。今更名前で呼ぶという行為は、急に距離を詰めたようで多少の気恥ずかしさを感じていた。

 

「それはともかく」

 

 これ以上この話題を続けるのは避けたい早坂は、2通の封筒を取り出した。

 

「かぐや様宛に差出人不明の封書が2通届いています」

「差出人不明? 気味が悪いわね」

 

 かぐやが差し出した右手に、早坂が封筒を手渡す。黒色のいかにも怪しげな洋封筒は封蝋で閉じられていた。

 宛先は2通とも「四宮かぐや様」となっており、早坂の言う通り差出人の名前はない。切手は几帳面に真っ直ぐ張られていて、立川郵便局の消印が押されていた。

 

「封蝋なんて古風ね。早坂、開封してみて」

「かしこまりました」

 

 恭しく一礼した、早坂はぺーパーナイフで渡された封筒の上部を切った。現れたのは一枚の白い便箋のみ。封筒を逆さにして振ったが、特に怪しい物は入っていなかった。

 早坂は便箋をかぐやに手渡した。便箋を読むかぐやの眉間に次第に皺が寄っていった。

 

「何なのこれ」

「いかがしましたか?」

 

 ため息を吐いて、かぐやは便箋を早坂の方へ向けた。「読んだら分かるわ」

 

「『明日、鼠が活動を始める頃、四宮家に眠る、黄金色に輝く原初の御玉は失われる。是非ともお気を付けを。怪盗ゴールド』……何ですかこれ?」

「さあ? 分かるのは、これが犯行の予告状って事だけね。本気か悪戯かわからないけど」

「いかがなさいますか?」

 

 そうね、と腕を組んでしばらく黙考したかぐやは、嫌そうに顔を顰めて早坂に告げた。

 

「早坂、讃岐に連絡して」

 

 

 

『怪盗ゴールドですか』

 

 数日前から本邸に出向いている讃岐に連絡を繋げた早坂は、携帯電話をスピーカーにしてかぐやに向けた。

 

「知っているの?」

『いえ、さほどは。私が存じているのは、最近怪盗界に現れた新進気鋭の怪盗で、価値の高い金製品をターゲットにしている。というくらいです』

「妙な世界の情報ばかり詳しいわね」

 

 穏やかに努めているが、早坂達には声音に嬉々とした色が混じっているのが明白だった。

 かぐやは頭痛がするというように左手で額を抑えた。

 

「そのゴールドから古風な予告状が届いたの」

 

 早坂はビデオ通話に変えて、携帯電話の画面に予告状を写した。

 讃岐が無言で便箋に目を通している間、室内は沈黙が流れた。

 

『予告状の割には、時間も何を盗むのかも漠然としておりますので、予告状の解読から始めるのがよいかと』

「というかこの予告状は本物なの?」

『私からは何とも申し上げられません。それを確認する意味でも、解読の必要があると思われます』

「はぁ……そうするしかないようね」

 

 改めて予告状の内容を思い返す。最初に出て来るのは時間だ。

 

「鼠が活動を始める頃」

 

「時間に関係していて鼠だから、()の刻を指しているんじゃないかしら」

 

 子の刻とは近代以前の中国や日本で用いられた、1日を2時間ずつ12の時辰に分ける時法、十二の内の一つ。現在の午後23時から午前1時までを指す。

 

「割と幅がありますね」

「そうねぇ……」

『午前0時でよろしいかと』

「根拠があるの?」

『怪盗は大抵の場合午前0時に現れたがるという、帰納的推理です』

「ふざけてるの?」

『いえ。悩めるお嬢様の前でふざけるような無礼、私は一切致しません。次は「黄金色に輝く原初の御玉」でございますね』

 

 主に嘘を吐く。主の問いを煙に巻く。一言で2つの無礼を重ね、讃岐は話を進めた。

 「黄金色に輝く原初の御玉」これもまた曖昧な表現であるが、早坂にはこの品物に心当たりがあった。

 

「〈金の卵〉の事ではないでしょうか? 御玉は鶏卵の事ですし」

「金の卵?」

「とある有名彫刻家の作品です。現在別邸にある物の内では1番値打ちがあるでしょう」

『それなら聞いた事があります。昔旦那様が「払えねぇってんなら、こいつを貰っていくぜ」と口汚く吐き捨て、彫刻家から借金の形に頂いたとか』

「お父様が、そんなチンピラみたいな真似する訳ないでしょ」

 

 手を振って有り得ないと、讃岐の話を断じた。

 

「そもそも予告状は暗号なの? ただ曖昧な言い方をしているだけじゃない」

『はい、暗号と呼べる代物ではございません。天下の四宮家を相手にする大舞台。せっかくなら洒落た予告状にしようという、怪盗の心意気を感じます』

「感心しないで」

 

 かぐやはハッと顔を上げて、早坂の掌に乗っている携帯電話に声をかけた。

 

「明日の0時って、あと4時間後じゃない?」

 

 早坂は部屋の時計に目を遣る。現在の時刻は20時10分。約4時間後には0時になる。

 

『いや、さすがに4時間後ということは……』

「だって今から4時間後はもう明日じゃない」

「いくらなんでも、予告状が届いてから犯行までが短すぎでは? この場合、一晩明けた明日の夜の午前0時。つまり、今から28時間後のことかと」

「でも、貴女の言う午前0時は、厳密には明後日でしょう?」

「それはそうですが」

 

 早坂が困ったように眉根を寄せていると、携帯電話から声が聞こえた。

 

『そういえば、もう一つの封筒がありましたね』

 

「そうでしたね」早坂は手に持ったもう1通の封筒を開け、中の便箋を自分の手で広げた。

 

「読み上げます……『念の為言っておくが、鼠が活動を始める頃は、午前0時。黄金色に輝く原初の御玉は、金の卵の事だ。PS.ちなみに明日の午前0時とは、今日の深夜という意味ではなく、明日の深夜0時。つまり厳密には明後日になる。常識的に考えれば分かるだろうが、念の為記しておく。怪盗ゴールド』……2度も念を押していますね」

「身の程を知らない怪盗ね」

 

「常識的に考えれば分かるだろうが」という部分が引っかかったようで、かぐやは静かに青筋を立てた。

 

『全くです。上流階級であるお嬢様が、世間一般の常識から外れてしまうのは仕方がない事でございます』

「火に油を注いでますよ」

 

 讃岐の迂闊な発言でかぐやの堪忍袋が爆発しないうちに、早坂は話題を逸らした。

 

「ここまで念を押している以上、つまらない悪戯では無いでしょう。明日の午前0時までに手を打たなければなりません。いかが致しますか、かぐや様?」

「その為に讃岐に電話したのよ。あっ、その前にお父様に話しておいた方がいいわよね。本邸に居るんでしょう?」

『旦那様ですか……』

「? どうかしたの?」

『いえ、今代わります』

「その必要はないわ。貴方から聞いておいて」

『……承知致しました』

 

 ほっと胸を撫で下ろすかぐや。讃岐も父親との関係が上手くいっていないかぐやの内心を察してか、何も言わず了承した。

 それから数分後、再び携帯電話から声が聞こえた。

 

『欲しいならくれてやれ、とのことです』

「えぇ……」

 

 別邸に置いてあるくらいなので、そこまで愛着もないのだろう。かぐやの父親、四宮雁庵の返事はなんとも雑だった。

 

「いくら要らない物でも、怪盗に差し出す訳にはいかないでしょう。警察を呼ぶべきかしら?」

 

 最後の言葉は携帯電話に向けて投げられた。

 

『警察に知られるのはお勧め致しかねます』

「どうして?」

『〈金の卵〉を守る人の人数が多くなるからです』

「多い方がいいじゃない」

『怪盗と名乗るからには、変装の技術が卓越しているのは間違いありません。人が多ければその分、変装に気付き難くなります。即ち怪盗の侵入が容易になるのです』

「そういうものなの?」

 

 怪訝そうな顔でかぐやは早坂に尋ねる。早坂もよく分からなかったので首を傾げた。

 

「じゃあどうするのよ? 貴方まだ帰って来ないのよね。私と早坂だけじゃ危険だと思うけど」

『このようなおいしい場面に立ち会えないのは、私としましても一生の不覚でございます。怪盗程度なら早坂さん1人でもどうとでもなるでしょうが、一応もう1人くらいは検討の余地があるかと』

「他の使用人を残しましょうか」

『それでもいいですが、他に適任がおります』

「適任?」

『変装が難しく、かつお嬢様に協力的。なにより怪盗に興味を示す人物です』

 

 

 

 

 怪盗への対策も纏まり、自室に戻った早坂が最後の仕事を終えたのは、時計の針が午前0時を回ろうとしていた頃だった。明日の今頃は怪盗が屋敷にやって来るだろう。

 タブレットでネットの動画を見ながら布団をかぶる。そのまま眠気が襲って来るのを待っていると、不意に携帯電話の着信音が鳴った。

 

 こんな時間に誰が? 

 

 疑問に思いながら画面に表示された名前を確認した早坂は、思わず首を傾げた。

 

 

 ◯

 

 

「もうそろそろですね。かぐやさん」

 

 珍しく神妙な顔をする友人に、かぐやは「そうですね」と応えた。午後23時。怪盗が指定した時刻まで残り1時間となった。

 

「怪盗なんてさすがは四宮家ですねー。ですが、心配いりません! 私が来たからには、絶対に捕まえてみせます!!」

 

 昨夜讃岐が指名した助っ人、藤原千花が高らかにそう宣言した。讃岐が提案した時は何を考えているのかと呆れたが、喜んで事件解決に協力する上、見た目だけならともかく、不規則で突拍子もない言動まで真似るのは身近な人間でなくては困難だ。

 

「かぐや様と僕だけでは些か不安だったので、千花お嬢様に来て頂き大変心強いです」

 

 イケメン執事に頼りにされた藤原は、えへへ〜と顔を緩ませる。

 別邸に執事のような上級使用人は居ない。藤原に分かりやすいお世辞を述べたイケメン執事は、早坂愛が怪盗よろしく変装した姿である。

 早坂は学校で四宮家の使用人である事を隠している。なので屋敷に白銀御行や藤原千花など、秀知院学園の生徒でかぐやの友人が来た際は、変装して彼らの目の前に姿を現している。黒髪に眼鏡の美少年。天才執事ハーサカ君もその変装の一環。

 

「これが怪盗の狙っている〈金の卵〉ですか……」

「はい。私も初めて見ました」

「かぐやさんも初めて見たんですか?」

 

 藤原の疑問にはハーサカが答えた。

 

「無理もありません。四宮家には金の卵以上に価値のある芸術品が数多くありますし、予告状が届いてから確認しましたが、金の卵は物置の奥の方にありましたから」

 

 ハーサカは〈金の卵〉をケースから取り出して藤原に見せる。18金なだけあって、ずっしりとした重量感が見て取れる。

 

「こんなに綺麗な物が物置に……」

 

 黄金色の輝きを放つ、高さ30センチの楕円体に目にしながら藤原が呟いた。綺麗だと評した藤原と反対に、かぐやはなんだか安っぽく感じた。

 屋敷の一室。その中心に金の卵はあった。腰の高さほどの円柱状の台座に乗った金の卵はガラスケースに覆われていて、ケースの一箇所にある鍵付きの扉以外からは出し入れ出来ない構造になっている。

 部屋の窓と、唯一の出入り口である扉には鍵が掛かっていて、それぞれ赤外線センサーを新たに設置。センサーが反応すると警報が鳴るようになっている。中にはかぐや、ハーサカ、藤原の3人が待機している。金の卵を盗むどころか、部屋に侵入するのも困難に思われる厳重な警備だ。

 常に監視できるよう、3人は金の卵を取り囲んで椅子に座っていた。

 0時までは特にする事もないので、まるでお泊まり会のように3人は雑談に興じていた。といっても主に喋っているのは藤原だった。

 お得意のマシンガントークが炸裂している時、突然マシンガンがジャムった。

 コホコホッ、と藤原が咳き込む。

 

「大丈夫ですか? 藤原さん」

「すみません、昨日から喉の調子が……。でも、大丈夫です! このくらい宝を守るのになんの支障もありません!」

「……それならいいのですが、無理はしないでくださいね」

 

 来た時から少し声が低いと思ってはいたが、花粉症か何かだろうか? 体調不良という程ではなさそうだったので、かぐやも強いて止めたりはしなかった。

 

「予告状の時刻までまだ時間がありますので、眠気覚しにコーヒーでもどうですか?」

「ええ、お願いするわ」

 

 ハーサカの提案に藤原が掌を突きつけて待ったをかけた。

 

「待ってください!! 今ドアの鍵をを開けるのは危険です。それにハーサカ君がコーヒーを用意している途中、隙を見て怪盗が睡眠薬を入れるかもしれません。そうなったら私達はまとめて夢の中です」

 

 藤原さんにしてはまともな事を言いますね。

 

 かぐやは密かに感心した。

 

「それなら安心してください。事前にポットを持って来ていますから」

 

 ハーサカは壁際にある机を指差した。机の上にはポットと未開封の紙コップが置いてある。

 

「ポットのコーヒーは僕が用意しましたし、紙コップは未開封なので睡眠薬を仕込む余地はありません」

「それなら安心ですね〜。私の分もお願いします」

 

 あっさり態度を翻して藤原は緩んだ笑みを浮かべた。ハーサカは恭しく一礼して、ポットのコーヒーを紙コップに注ぐ。

 香ばしい薫りと上品なコクを堪能しながら、かぐやは部屋の扉へと視線を向けた。

 

「扉の外には誰も居ませんが、1人くらい外に立っていたほうがいいんじゃないですか?」

「怪盗は扉の外の人物を真っ先に狙うでしょう。そして私達に向かって『怪盗が現れたぞ!』と叫ぶ。私達がドアを開けて怪盗を探している内にお宝を盗み出す。怪盗の典型的な常套手段ですよ、かぐやさん!」

 

 常套手段になるくらいこの世界には怪盗が出没しているのだろうか? 疑問に思ったが、かぐやが口にすることはなかった。

 

「ご安心下さい。対策として扉と窓にセンサーを設置しています。センサーが反応すると警報が鳴り、別室に待機している警備員が駆け付けます」

「むっ。警備員に怪盗が紛れている可能性が……」

「抜かりありません。僕自ら全員確認しました」

「さすがハーサカ君です!」

 

 かぐやは抗いがたい急激な睡魔に襲われ、意識は夢の世界へと旅立って行った。

 

 

 

 

「かぐや様!! 起きて下さい! かぐや様!」

 

 体が揺れる感覚と共にかぐやの意思は浮上した。ハーサカの心配そうな声が耳朶を打つ。

 

 体が痛い。何で椅子なんかで寝ているのだろう。──あぁ、そうだ怪盗……怪盗!? 

 

「ハーサカ、今何時!?」

 

 慌てて尋ねるかぐやにハーサカは力無く首を振って答えた。

 

「午前0時です」主人の問いに答えたハーサカは、かぐやに台座が見えるよう横に移動した。

 ポカンと口が開くのが自分でも分かった。

 

「〈金の卵〉が……」

 

 ガラスケースの扉は鍵が刺さりっぱなしで開いており、ケースの中には粉々になった金色の破片が散らばっていた。

 破片の上には便箋が置いてあった。差出人は怪盗以外にいない。

 

『約束通り四宮家から金の卵は消失した。怪盗ゴールド』

 

「すみません、かぐや様。寝ている間に鍵を取られてしまいました」

「仕方ないわ私達全員眠らされていたんだもの。藤原さんは?」

「室内を調べています」

 

 うーん、と唸りながら藤原が室内を歩き回ったり、壁を叩いたりしていた。

 

「藤原さん、何をしているんですか?」

「うーん。かぐやさん、この部屋に隠し通路とかありませんか?」

「ありませんよ、そんなもの。それより、今からでも怪盗を追った方がいいんじゃないですか?」

「でもおかしいんです! 窓や扉からは怪盗が逃げた形跡がありません! 怪盗は一体どうやって逃げたんでしょう?」

 

 言われて気づく。かぐやは窓と扉の鍵を確認した。全て鍵は掛かっている。警備員が来ていない事実から、センサーも反応していない。つまり、怪盗は窓や扉を通らずに部屋から脱出したという事。

 3人は途方に暮れ、誰一人声を出す者はいなかった。

 そんな中、電子音が室内に響いた。聞き慣れた音量だったが、部屋が静かだった分、大きな音に感じた。

 かぐやは音源である自分の携帯電話を取り出した。普段なら興味の無さからつい携帯を放り投げてしまっただろうが、今は画面に表示された名前が希望の光に思えた。

 

『お嬢様、怪盗ゴールド様はいらっしゃったでしょうか?』

 

 腹立たしいくらい落ち着いた声。言いたいこと、聞きたいことは色々あるが取り敢えず、

 

「怪盗相手に様は必要ないわ」

『失礼致しました。そのご様子から察するに、金の卵は破壊されたのでございますね?』

 

 かぐやの不機嫌さが滲み出た声音で讃岐はそう判断したようだ。かぐやはそのまま電話口で今までに起きた出来事を伝える。

 

「──という訳で、金の卵は壊されてしまったわ」

『状況は把握しました。ご安心下さいお嬢様。怪盗はまだ屋敷から出てはいません』

 

「どういうこと?」と疑問を口にする間もなく讃岐が続けた。

 

『そして、怪盗の居場所にも見当が付いております』

「えっ、そこまで分かっているの!?」

『はい。お嬢様、お手数ですが、早坂さんと藤原さんにも聞こえるよう、携帯をスピーカーにしていただきたいのですが』

「藤原さんも? いいの?」

『構いません。電話口の声ですので、私だとバレる心配はないでしょう』

「それならいいけど……」

 

 讃岐の指示に従い、室内を調査していたハーサカと藤原を集めて、スピーカーのボタンを押す。

 

『では僭越ながら四宮家お抱え探偵である私から、今回の怪盗騒ぎについて見解を述べさせて頂きます』

 

 お抱えの医者や料理人は聞いたことがあるが、お抱えの探偵は聞いたことがない。

 早坂はともかくとして、藤原は唐突に現れた怪しさ満点の声に何の疑問もないのだろうか。大人しく話を聞いている藤原を見ながらかぐやはそう思った。

 

『怪盗の予告通り、金の卵は「破壊される」という形で四宮家から失われてしまいました。予告状に盗むとは書かなかったのは、怪盗なりのフェアプレー精神といったところでしょう』

 

 かぐやは不愉快そうに鼻を鳴らした。

 

「どこがフェアプレーですか。怪盗は物を盗む者を指す言葉でしょう。そう名乗っておきながら、破壊活動だけして帰るなんて」

『さすがはお嬢様、実に鋭い目の付け所でございます。昨日連絡頂いた時、私もその点が気になり早坂さんに〈金の卵〉を調べて貰いました』

 

「ちょ、ちょっと!」かぐやはスマホを持ったまま、慌てて少し離れた場所まで離れて、藤原達に背を向けた。

 

「早坂の名前は出さないで! 藤原さんも居るのよ!」

『申し訳ありません。私とした事が迂闊でした』

 

「かぐやさーん」背後からの声にかぐやは肩を震わせた。

 

「ど、どうしましたか? 藤原さん」

「いえ、何かあったんですか?」

「いえ、なんでもありませんよ! 少し電波が……」

 

 早坂とハーサカの発音が似ていて助かった。藤原は気づいていないようだ。

 

「次間違えたら切るわよ」

『承知致しました』

 

 小声で讃岐に警告して藤原達の元へ戻る。

 

『お嬢様、〈金の卵〉の残骸を手に取っていただけますか?』

「残骸を?」

 

 ケースの中に散らばった輝く破片のうち、湾曲した一片を指先でつまむ。破片を手にしたかぐやは違和感を覚えた。

 

『思ったより軽い、と思われたのではございませんか』

「! そうね、18金にしては軽いわ。とても……」

『はい、おそらく金メッキで加工された物でしょう。怪盗は破壊という手段で、〈金の卵〉を失わせたのです』

「金メッキ……」

 

 18金ではなく、金メッキで加工されていたとすれば、〈金の卵〉の価値は地に落ちる。

 

「いや、待って。ハーサカが〈金の卵〉を持った時は重そうでしたよ」

「はい。不自然に軽くはなかったです」

『ケース内に残っているのは、あくまで卵の殻の部分でしかありません。殻自体に重量がないのであれば、中身が存在した、とは考えられないでしょうか?』

「言いたい事は分かるけど、今のところ想像の域を出ないわ」

 

 少し間が開いて『仰る通りです』と返答があった。

 

『ですので〈金の卵〉を破壊した張本人にお伺いしようと思います』

 

 それができたら苦労しないわよ。

 

 

『中身はありましたでしょうか? ハーサカ君──いえ、怪盗ゴールドさん』

 

 

 かぐやが讃岐の言葉の意味を理解するのに些かの時間を要した。

 

「なにを馬鹿なこと言ってるの? ハーサカが怪盗だなんて……」

 

 ハーサカからの反論はなかった。美少年の天才執事はただ無表情でスマホを見つめる。

 

「ハーサカ。貴女からも何か言ってください」

「何か、ですか。……そうですね」

 

 すっとハーサカの口角が釣り上がった。爬虫類のように狡猾な笑みは、かぐやの知る彼女からは考えられない表情だった。

 

「いつから気付いてました?」

 

 口調こそ今までと変わっていないが、声音はより低く男性的になった。見下すように上からスマホ問いかける。

 

『藤原さんが〈金の卵〉の警護にあたると決まってからですね』

 

 余裕を見せつけるかのように、冷静にそしてゆっくりと讃岐が答える。

 

「あぁ、なるほど。まんまと嵌められたって訳か」

 

 吐き捨てるように舌打ちする怪盗ゴールド。首元から顔にかけて皮膚を引っ張ると、皮が剥がれていきその中にある素顔が見えた。現れたのは堀の深い青年の顔だった。

 2人は了解し合っている様子だがかぐやは何が何だか全く分からない。

 そんなかぐやに説明する為ではないだろうが、讃岐は続けて語った。

 

『数日前早坂さんが、誰かに見られている気がすると言っていました。そしてその数日後に予告状が届いた。私は貴方が下準備の為、屋敷の調査をしているのではないかと思いました。恐らく監視と盗聴くらいはしていたでしょう』

「設置には苦労したんだがな。バレてるとは」

 

 設置というのは、監視カメラや盗聴器だろうか。かぐやの存在を忘れたかのように探偵と怪盗は会話を続ける。

 

『この屋敷には変装していても怪しまれない人物がいます。それがハーサカ君です。なにせ彼自体変装した姿なので、変装をまず疑われない。これほど変装に適した対象もいません。ですがハーサカ君は、対藤原さん用に作られた存在。彼女がいなければ登場しません。なので藤原さんを屋敷へ呼び、貴方がハーサカ君に変装するよう誘導したのです』

 

 怪盗は早坂が早坂愛からハーサカに変わるタイミングで、入れ替わっていたらしい。

 黙って聞いていれば讃岐の口からポンポンと、ハーサカに関する重大な秘密が飛び出す。まさか本当に怪盗しか意識にないのではあるまいか。

 横から口を挟むのも躊躇わらたので、かぐやは横目で藤原の様子を盗み見る。

 藤原は表情らしい表情を浮かべず、成り行きを見守っていた。

 おかしい、とかぐやは思う。あれだけ興味を示していた怪盗を目にしているにも関わらず全くの無表情。藤原であれば鼻息荒く目を輝かせているに違いないと、思っていたのだが。

 かぐやの中で徐々に違和感が膨らむ。

 

「俺が自分の計画をそのまま実行したらどうするつもりだったんだ?」

『私の計画に乗る自信はありましたが、貴方が実際にどちらの計画を取るかは分かりません。ですがどちらにせよ、早坂さんに何事もなければ私の計画、何かあれば貴方の計画を実行したのだと、事前に把握できる立場にありました。貴方がご自身の計画を実行したのなら普通に〈金の卵〉を守るだけです』

「酷い奴だなぁ。女の子を囮に使うとは」

『予告状を送るだけあって紳士的でございますね』

 

 変だ、とかぐやは本日何度目かの違和感を覚えた。いくら讃岐が人間として褒められた感性の持ち主ではないとはいえ、何の対策もせずに早坂を囮にした挙句、危害を加えられた可能性があるのに平然としていられるような、どうしようもない人間だとは思えなかった。

 

「で、本題は俺が金の卵の中に入ってた物を持っているか、だったな」

『見せていただけますか?』

 

 どうしようかな、と怪盗は顎に手を当て首を捻った。

 

「俺も怪盗の端くれだ。証拠を提示されるまでは降参できないな」

『貴方の身体検査をすれば、証拠は出て来ると思いますが』

「それは彼女達にやらせるのかな?」

 

 かぐや達を横目で見る怪盗の姿に背筋が寒くなる。讃岐があまりにも平然としているので勘違いしそうになるが、目の前の人物は正真正銘の犯罪者なのだ。

 ふっ、と楽しげな息遣いがスマホのスピーカー越しに伝わる。

 

『では、証拠を見せましょう。──お願いします』

 

 呼びかけに呼応して、藤原が一歩前へ出た。その姿を見てかぐやは違和感の正体を確信した。

 藤原は小型のタブレットを手にしている。隠し持っていたのであろうそのタブレットをかぐやと怪盗へ向ける。画面から動画が流れ始め、怪盗は目を見開いた。

 

 一際甲高い音の後に、カラ、カラと小さい落下音が連続する。

 

『思った通りだ。卵自体には何の価値もない』

 

 斜め下からのアングルで映っているのは、怪盗が〈金の卵〉を破壊する一部始終だ。

 割れた卵の頭から手を突っ込む怪盗。次に卵から引き抜いた手には、眩い金色の光を放つ鳥の彫刻があった。

 そこで藤原が動画を止める。動画の内容はまさに、怪盗が要求した証拠に他ならなかった。

 かぐやは無表情の藤原を見据えて口を開く。

 

「やはり貴女だったのね──早坂」

 

 ウィッグを外し、変装を解く早坂。藤原の発達した胸部を再現する胸のパットがいくつも床に転がるのを見て、かぐやは場違いにも絶望を味わった。

 

「騙すような形になって申し訳ありません、かぐや様。光谷君がどうしても秘密にしろと言うので」

『おや、さりげなく売られたような気がするのですが。早坂さんには、わざと眠らされたふりをしてもらい、その後藤原さんとして屋敷へ来訪していただきました。さて、いかがですか? 怪盗ゴールド様』

「なんで寝たふりなんてしたんだ? その場で捕まえればいいだろ」

 

 まぁ無理だっただろうけどな、と怪盗は付け加えた。

 

『予告を受けた以上、正々堂々相対するのが礼儀ではないかと』

「へぇ、話が分かるなアンタ」

 

 何故か意気投合する使用人と怪盗。怪盗は肩をすくめ、投げやりな口調で、

 

「はいはい。全部アンタの推理通りだよ、名探偵。これが〈金の卵〉改め〈金の鳥〉だ」

 

 怪盗はスーツの内ポケットから、金製の鳥の彫刻〈金の鳥〉を取り出した。黄金色の輝きにかぐや達が見惚れていたのも束の間、怪盗は再び〈金の鳥〉を懐にしまった。

 観念したのかと思ったら、怪盗は性懲りも無く言った。

 

「さて、お宝も手に入れたし、ここら辺で失礼しよう」

『逃げ切れるとお思いですか?』

「そりゃまあ、怪盗だからな。屈強な男数十人に囲まれた事だってあるんだぜ。こんなお嬢様2人じゃ到底────!」

 

 最初に動いたのは早坂だった。タブレットを怪盗目掛けて手裏剣のように投げつける。

 綺麗な縦回転し飛来するタブレットを顔を横に振るだけで回避する。タブレットを目眩しにして、一瞬で怪盗の目前へ迫った早坂。そのまま忍者さながらに、袖口から取り出したナイフを横に一閃。

 怪盗は早坂の身のこなしに驚いた表情を見せるも、冷静にバックステップしナイフを躱す。ナイフは虚しく空を切り、スーツの胸元を裂く止まる。

 返す刀でいつの間にか手にしていた拳銃を早坂に向ける怪盗。早坂は僅かに身を硬くしたものの焦る様子もなく銃口を見据える。

 次の瞬間、嘲笑うかのような笑みを顔に張り付ける怪盗。銃口を早坂から逸らし横に向けた。その先に居たのはかぐやだった。引き金を引く指に力がかかる。

 

「っ! ──かぐや様!」

 

 慌てた早坂が自分の身も顧みずかぐやを押し倒し、拳銃の射線から逸らしたのと銃声が屋敷に轟いたのは同時だった。

 恐る恐る瞼を開ける。かぐやの目の前に広がったのは、予期していた凄惨な光景ではなく、

 

「なんちゃって。怪盗紳士が人殺しなんてする訳ないだろ」

 

 憎たらしい笑みを浮かべる怪盗の手には、銃口から花が飛び出たパーティグッズのような拳銃。

 かぐやと早坂が倒れている隙を逃さず颯爽と窓を蹴破る怪盗。ガラスが割れる音と警報音が屋敷内に響く。

 

「それでは失礼しましたお嬢様方。そして名探偵」

 

 怪盗はかぐや達に向かって慇懃に頭を下げてから窓の外へ消えた。

 この部屋は屋敷の2階。飛び降りればただでは済まない。かぐやと早坂は怪盗が破壊した窓から身を乗り出した。

 窓からは黒い闇が広がるのみ。どこに行ったの? というかぐやの声を、突如鳴り響いたモーター音がかき消した。

 

「モーターパラグライダー……」

 

 夜空に広がる湾曲した白い長方形。モーター音の正体は、謎の人物が背負っている大きなプロペラが発する回転音だった。ハーネス部分には人影が確認できる。

 パラグライダーからは一本の縄梯子が垂れ下がっており、その縄梯子を怪盗が掴んでいる。

 なんて大胆不敵な逃走劇だろう。月をバックに遠ざかる怪盗を力無く見送る事しかかぐやにはできなかった。

 

 

 

 

 警報音を聞き別室から駆けつけた警備員に自身の無事を伝えたかぐやは、ぐったりと椅子に座り込んだ。

 

「まんまと盗まれたわね。共犯者がいるなんて思わなかったわ」

 

 見かねたように早坂が声を掛けた。

 

「かぐや様、〈金の卵〉については心配いりません」

『〈金の卵〉も所詮は旦那様が不要と断じられた代物。どうかお気を落とされぬよう』

 

 続いた讃岐の言葉に「いえ、そうではなく」と早坂は否定の意を示し、ポケットに手を入れる。ポケットから取り出された手が開いた瞬間、かぐやは目を細め、あっ、と声を上げた。

 鋭く凛々しい嘴に大きく広げられた翼。それら全てが黄金に輝いている。そう、早坂の手のひらに乗っていたのは〈金の鳥〉だった。

 いつの間に、と言いかけてやめる。思い当たる節があったからだ。

 

「スーツを切った時ね。相手が泥棒とはいえ、物騒な物を取り出すから変だと思ったのよ」

 

 早坂がナイフで怪盗に襲いかかったのは、怪盗を戦闘不能にするのが目的ではなかった。初めから〈金の鳥〉が仕舞われたスーツの胸元にある内ポケットを切るつもりだったのだ。

 さすがの讃岐も早坂の手際の良さに「ほう」と感心の声を漏らした。

 

「盗まれていないのなら一安心ね。怪盗には逃げられたけれど」

『しかし、パラグライダーで逃走するとは……。彼こそまさに怪盗と呼ぶに相応しい人物。現代に蘇ったアルセーヌ・ルパンでございます』

「貴方はどっちの味方なんですか?」

 

 怪盗を称賛する発言を聞き咎めた早坂が、冷たい視線をかぐやのスマホに送る。

 

『勿論、四宮かぐやお嬢様の味方でございます』

 

 一切の迷いなく素早い返答が、妙に白々しく聞こえるのは日頃の行いに違いない。

 

「そう。じゃあ、この部屋の後片付けをお願いするわ」

『片付け、でございますか?』

「ええ。明日には帰って来るのよね」

『それは仰る通りですが…………ガラスの割れる音が聞こえた気がするのですが』

「よく聞こえたわね。怪盗が蹴破ったわ」

『……』

「どうかしたの?」

『いえ、少々電波が。……承知致しました。不肖ながらこの私、お嬢様の為「粉骨砕身」の決意で「一生懸命」に「骨を折らせて」いただきます』

 

 嫌な言い方! 

 

 

 ●

 

 

 時は遡り四宮別邸に予告状が届いた日の夜。

 和室の内装は簡素で、中央に飴色のローテーブルがあるのみ。テーブルを挟んで2人の男が座っている。禿頭の男性は座布団の上に胡座をかいている。もう片方の男は長身ではあるが、まだ少年と呼べる歳の頃だ。

 

「こんな所にいらっしゃってよろしいのですか、黄光様。旦那様が倒れられたと伺いましたが」

 

 声をかけられた男は淡々と応答する。その声音から感情は伺えない。

 

「こんな時だから来たんだ。誰に聞かれるか分からんからな」

「私のような一介の使用人ごときと会うのに随分手が込んでいますね」

 

 くっくっ、と黄光は喉を鳴らす。

 

「謙遜するな。俺はお前を買ってるんだ」

「光栄でございます。して、私にどのようなご用件で?」

 

 少年の質問に答えず、黄光は独り言のように呟く。

 

「今回の件で確信した。オヤジの帝国はもう終わりだ。病床に伏せた今のオヤジに、昔ほどのカリスマはないだろう。四宮の時代を終わらせない為には、誰かが帝王になるしかない。青龍は使い物にならない。雲鷹の腹黒野郎は何を考えているか分からない。かぐやは女だ」

「無論、次の四宮を率いるに最も値する人物は、黄光様以外にはおりません」

 

 殊勝な言葉を返す少年に、こいつもこいつで何を考えているか分からない、と黄光は心の中で苦虫を噛む。しかし所詮は四宮に尻尾を振った犬。犬には餌を撒けばいい。

 

「そうだ。賢いお前なら誰に付くのが最善か理解できるだろう」

「勿論そうなった場合、私は最善を選択します。ですが……」

 

 少年の言葉を黄光が遮る。

 

「あぁ分かっている。お前はかぐやの使用人だ。今すぐかぐやから引き離せば、妙な勘ぐりをする奴も出て来る」

 

 少年の頭脳があれば、どんな不正を行おうと暴く事ができる。それが賄賂だろうと、殺人だろうと。

 黄光にとって少年は相手の弱みを握る為のジョーカーだ。隠し持ってこそ切り札は輝く。黄光の父がそうしたように。

 

「お前は今までと何ら変わらず仕事をしていればいい。ただ少し知恵を借りるがな。そうすれば四宮における地位は約束される」

 

 黄光の提案が自分とって益があるのか否か。考えるのに時間は掛からなかった。

 

「悪い話ではありませんね」

 

 少年は年不相応に不敵な微笑を浮かべた。

 

 

 

 

 ──やれやれ、王子様のお陰で少し遠回りしたけれど、ようやく次の段階へ進めそうだ。

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