恋愛は謎解きのあとで   作:滉大

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『文化祭と2つの告白編』舞台裏③

「遅くなってすまない」

 

 ホラーハウスの前に戻った白銀を待っていたのは伊井野だけで、他2人の姿は無かった。

 

「お客さんが来たので、2人は仕事に戻りました。槇原さんは残りたがってましたけど」

「そうか。じゃあ伊井野も早く仕事に戻れるように、謎解きを始めるとするか」

「もしかして分かったんですか!?」

 

 探偵役は堂々と偉そうにしていればいい。以前讃岐から受けたアドバイスに従い力強く肯定する。

 

「今回の事件、消えた2人組が自ら行ったと考えるのは、非常に難しいと言わざるを得ない」

「確かに難しいですが、だとしたら誰が何のために?」

 

 伊井野は首を傾げた。

 

「結論から言うと、誰がというのは1年A組、もしくはB組の生徒だろうな」

 

 2人組が自発的に消えたのでないなら、ホラーハウスの運営に関わっている人間が2人を秘密裏に教室の外へ出した可能性が高い。伊井野も白銀の言葉から回答を予想していたのだろう。神妙な面持ちで話の続きを待つ。

 

「2人組の消失を手助け、または偽装できる人物は多くない。ロッカーに入るまで2人の姿は確認されている。それ以降で2人と接点があるのは、案内係とヘッドホンの回収係くらいだろう」

 

 白銀は伊井野の反応を伺った。同意を表すように伊井野も頷く。

 その様子に安心して精神的に余裕が生まれた。やはり探偵役というのは心臓に悪い。

 

「もし回収係が犯人なら、自分からヘッドホンの数が合わないなどと言い出したりはしない」

「という事は案内役の人が?」

「そう考えるのが妥当だな」

「ではヘッドホンを元の場所に戻したのも、案内役だったんですね」

「ああ。元の場所に戻してはいたが、6人分しか回収していないのはいずれ発覚するし、強いて元の場所に戻す必要はなかった。ホラーハウスの運営に支障がないようにしたんだろうな」

 

 この犯人側にとってリスクにしかならない行動も、内部犯説を補強する材料になった。

 

「結局どのタイミングで2人を外に出したんですか?」

 

 この質問こそが、今回の事件を解き明かす上で最も重要なポイントだった。

 白銀は一呼吸置いて答える。

 

「立体音響のアトラクションが終わった後だな」

「なぜそう思うんですか?」

「その質問に答えるには、先に『何のために?』という疑問を解消する必要がある」

「つまり、立体音響のアトラクションが終わってロッカーから出た時に、2人を誰にも気付かれず教室から出さなければならない問題が発生した、とうい事ですか? でもそんな急に……」

「いや、急という訳ではない。問題自体は立体音響以前から存在していたんだ。ただそれに気付いたのが、ロッカーから出たタイミングだっただけで」

 

 もどかしそうに伊井野が唸った。

 探偵の代役を何度もやっていたせいか、無意識に婉曲的な言い方が癖になってしまったたようだ。

 讃岐は人を食ったような焦らす言い方を好むが、焦らされる側の気持ちに理解がある白銀はそうではない。なんとなくバツが悪くなり、コホンと空咳をして話を続けた。

 

「2人がロッカーに入っていたとして、問題になるのはどんな事態だ?」

「問題……」

 

 問題になる事とは、本来なら伊井野が真っ先に気付いてもおかしくない事柄だ。

 だが、伊井野は勉強は出来るが頭が柔軟な方ではない。それに、彼女の思い込みの激しい性格を鑑みれば、気付かないのも無理はないのかもしれない。

 

「入口に看板があっただろう?」

 

 ほぼ正解に近いヒントを口にする。

 

「看板……まさか! いや、でも……」

 

 白銀の言わんとすることが理解できた伊井野だが、信じられないようで言葉を詰まらせた。

 

「そう、1つのロッカーに男女2人で入っていたんだ」

「確かにそれは大問題ですが、納得できません! だって入口で男女別々に別れるようになってるんですよ!」

「ああ、だが当初ホラーハウスは男女別々ではなかったよな?」

「それは、そうですけど」

「男女別々のルートを用意する時間も無かった。あの看板はあくまで、案内する際に男女が分かりやすいようにする為のものだ」

「だとしても、ロッカーに入る時に案内役が気付くと思います」

 

 伊井野の言う通り、普通なら気付いて然るべきだ。しかし、今日の秀知院学園は普通ではない。文化祭というイベントの最中なのだ。

 

「俺は役職柄、文化祭で行われるクラスや部活の出し物について、全てに目を通している」

 

 全ての出し物に目を通し認可したのは他でもない白銀。そしてそのおかげで讃岐が電話で口にした質問にも答える事ができた。

 

「伊井野は、男女逆転喫茶という出し物があるのを知っているか?」

「体育祭で応援団がやっていたようなのですか? どこかで聞いた気もしますけど……ああ!」

「分かったようだな。案内役は男子と男装をした女子を同じロッカーに案内したんだ」

 

 ホラーハウス内は暗かった。短髪の女子が男装をしていたとしたら、男子と間違えるのも無理はない。

 

「立体音響のアトラクションが始まり、ロッカーの中から聞こえて来る悲鳴で、案内役は自分の勘違いに気付いた。今回の件は事故みたいなものだが、もし他の人に男女でロッカーに入っているのがバレたら、男装を利用した意図的な行為と思われるかもしれない。だから案内役は秘密裏に2人を外に出した。以上が俺の推理だ」

「運営側が協力していれば、気付かれずに外に出るのは簡単でしょうね。でもそれなら、ロッカーに入る前に言ってくれれば……」

「案内された手前、言い難かったのだろう」

 

 とは言ったものの白銀の考えは違った。

 ロッカーの中で男女2人きりというシチュエーションは、思春期真っ只中の高校生にはあまりにも魅了的だ。あえて言わなかった可能性も充分有り得る。

 これは伊井野には言わない方がいいな。白銀はその推測をそっと胸の内に止めた。

 

「男女逆転喫茶だなんてよく気付きましたね! まるで本当の名探偵みたいです」

「まぁ、な……」

 

 純粋な称賛が白銀の胸に突き刺さる。探偵の代役をする中で、この瞬間が白銀は最も苦手だった。

 謎を解き明かしたのは自分ではないので、嘘を付いている気分になるのだ。

 

 全く。本物の名探偵が出て来てくれれば、俺がこんなことする必要はないんだがな。

 

 ここには居ない友人に向けて、白銀は心の中でぼやくのだった。

 事件を解決してお役御免になった白銀は、伊井野と別れて当初の目的地である生徒会室に向かった。

 

 よく気付きましたね、か。俺も同じ事を聞いたな。

 

『男女逆転喫茶か、よく気付いたな』

『僕のクラスにも来たんだよね』

『お前のクラスというと、コスプレ喫茶だったな。何が来たんだ?』

『学ランを着た女子生徒さ』

 

 

 ◯

 

 

『きゅーぴっどたこやき』と柔らかいフォントで書かれた看板に、四宮かぐやは魅了されていた。

 看板の下にはハート型のかまぼこ入りと表示がある。もはやたこ焼きではなく、かまぼこ焼きなのでは? という疑問も、無理矢理過ぎる奉心伝説への便乗の仕方も、今のかぐやにはとても些末な事柄だった。

 

 こ……こんなものが……。

 

 渡すだけで永遠の愛が得られるたこ焼き。なんて素晴らしい。

 しかしかぐやはすぐ我に返った。便乗しているだけあって、たこ焼きはハート型の容器に入っていた。

 

 でも流石に、これを会長に渡す勇気なんてないわ……! 

 

 ふと視界にある看板が目に入る。

 

『元祖たこやき』

 

 数軒隣にあるそのたこ焼き屋は、きゅーぴっどたこやきと違い、一般的なたこ焼きを販売している。

 たかだか文化祭の出店に元祖も何もない。何故かルーツを主張するたこ焼き屋。その存在に気付いたかぐやの頭脳に閃きが走った。

 2つの出店からそれぞれ1パックづつたこ焼きを購入したかぐやは、携帯電話を取り出した。

 

 人気の少ない校舎の裏、周囲を気にしながら讃岐光谷は現れた。

 

「お嬢様、どうなさいましたか?」

「聞きたい事があるのよ。これを見てどう思うかしら?」

 

 かぐやは6個のたこ焼きが入った透明の容器を、呼び出した讃岐の目の前に出した。

 

「1つだけ違和感があります」

 

 讃岐は長方形容器の左手前にあるたこ焼きを指差した。

 相変わらず目敏い男だ、とかぐやは思う。だが、聞いておいて正解だった。讃岐が違和感を感じるなら、観察眼の鋭い石上優にも見破られてしまうだろう。

 

「改善が必要ね……」

「これはもしや、ロシアンたこ焼きというものでございますか? 一体何をお盛りになられたので?」

 

 お盛りになられたと来たか。慇懃無礼もここまで行くと清々しい。

 

「人聞きが悪いわね。貴方に渡す訳でもあるまいし、そんな事しないわよ。でも貴方の言った通り、このたこ焼きには1つだけ中身が違うたこ焼きが入っているわ」

 

 かぐやはきゅーぴっどたこやきで買ったハート型の容器を取り出した。

 

「入れたのはこっちのたこ焼きよ。このたこ焼きの中にはハートが入っているの」

「ハートですか。それを白銀君に渡すと?」

「そうよ、会長に気付かれる事なく永遠の愛を手に入れられる。完璧な作戦だわ!」

「流石はお嬢様。素晴らしい完璧な作戦でございます」

「当然ね」

 

 従者の称賛を受けてかぐやは自信を深めた。

 

「ですがお嬢様、何故ロシアン形式なのでございますか? 全てハート入りでも問題ないように思えますが」

「その場に居るのが会長だけなら、それでも問題ないわ。私の予想通りなら会長は生徒会室に居る。けれど、他の役員も一緒の可能性が高い」

 

 藤原か石上か伊井野か、もしくは全員集合しているかもしれない。

 

「その場合、会長だけに渡すのは困難。藤原さんなんかは、絶対強請(ねだ)ってくる。ハートを渡すのは会長だけでないと意味がないの」

「他の生徒会役員に渡す為のノーマルたこ焼きという事ですね。そこまで先を見通しておられるとは……」

「それだけじゃないわ。讃岐、頼んだ物はあったかしら」

「はい、ここに」

 

 讃岐が差し出したビニール袋の中身を確認する。袋の中に入っていたのは、旗の付いた爪楊枝、アメリカンドッグ、紅生姜。

 注文通りだ。かぐやはほくそ笑む。

 

「もし他の人が居たらこれが役に立つわ」

 

 何の役に立つのかと、讃岐は怪訝そうな顔をしているが、生徒会役員の特徴をよく知るかぐやには確信があった。

 作戦の準備を整えたかぐやは、きゅーぴっどたこやきが余るのに思い当たる。

 

「これは貴方にあげるわ」

「ありがとうございます」

 

 従者を労う心優しい主人。

 

 いや、待って。

 

 差し出したハート型容器に讃岐の受け取る手が触れる直前、かぐやは驚異的な反応速度──僅か0.11秒──を発揮し讃岐の手を叩き落とした。

 

「待ちなさい。そうがっつくものではないわよ」

 

「……申し訳ありません」叩かれた手の甲をさすりながら、讃岐は首を傾げる。

 

 危ない危ない。うっかりこの男にハートを渡すところだったわ。

 

 かぐやはホッと胸を撫で下ろす。直接渡さなければ問題ない筈。しゃがんで、ハート型の容器を地面に置く。

 

「これでたこ焼きはもう私の物ではなくなったわ! 貴方の好きにしていいわよ」

「よく分かりませんが、有り難く頂きます」

「もう私の物ではないのだから、頂くも何もないでしょう。貴方は『誰の物でもない』、『何故か地面に置かれていた』たこ焼きを手に入れただけ」

 

 かぐやの行動の意図が理解出来ないのか、讃岐は拾ったたこ焼きを見てからかぐやに視線を向けて、またたこ焼きを見て、再びかぐやに視線を向けた。

 

「お嬢様」

「な、何よ」

 

 長身を折って顔を近付けた讃岐の顔に浮かんでいたのは、既視感のある生真面目な表情。

 そう、主人を小馬鹿にする時に使う慇懃無礼な無表情。

 

「今のはどういった黒魔術の儀式でございますか? もしやまた私を呪うおつもりで」

「出来るなら今すぐそうしたでしょうね! それにまたって何よ、またって!」

「去年のバレンタインの時も、呪物を送り込みましたよね」

 

 負目のある一件を出されてかぐやは言葉に詰まる。詰まりながら出るのは苦しい言葉ばかり。

 

「あれは……その、渡したのは早坂でしょう?」

「お嬢様方が協力して作成したのは存じ上げております」

 

「まっ、まぁ昔の話よ……」とかぐやは逃げの一手。

 

「とにかく、そのたこ焼きは貴方の物よ」

「承知致しました」

 

 では私はこれで、と去って行く讃岐の背中にかぐやは声を掛ける。

 

「呼び出した私が言うのも何だけれど、良い機会だから貴方も学生らしく文化祭を楽しむといいわ」

「学生らしく、と言われましても私は学生なのですが……」

「そういう意味じゃないわよ。早坂だってなんだかんだで楽しんでるみたいでしょう。貴方も少しは気分転換になるんじゃない?」

 

 生き生きとコスプレ喫茶の仕事をする、もう1人の従者姿を思い浮かべる。かぐやには、何故仕事をするのが楽しいのか分からなかったが。

 讃岐は呆気に取られたように目を瞬かせて、

 

「彼女の楽しみ方は特殊な気もしますが……お心遣いありがとうございます。私も色々見て回る事にします」

「ええ、そうしなさい。秀知院学園が誇る文化祭、きっと捻くれ者の貴方でも楽しめるでしょう」

 

 

 ◯

 

 

 ピークが過ぎ、コスプレ喫茶の客足も落ち着きをみせていた。

 接客を終えた早坂愛に火ノ口みりんが声を掛けた。

 

「お疲れっ! そういえば讃岐君は何で出て行ったの?」

「さぁ? 何だろうねー。急用が出来たとか言ってたけど」

 

 火ノ口は、はぁーと大きくため息を付き「あの男はホントに」と静かな怒りが籠った声で呟いた。

 讃岐は火ノ口の怒りを買ってしまったらしい。途中で抜け出したのだから当たり前ではあるが、それだけではないような気がする。

 何をしたのだろうか? 何かしたのだろうな。早坂は理由もなく納得した。

 

「愛ちゃんもうシフト終わりでしょ? 客も少ないし、少し早いけど行っていいよ」

「え? でも……」

 

「いいから、いいから!」と早坂の背中をグイグイ押して教室を出る。

 

「讃岐君も今日は終わりでいいから。仕事サボったんだし、しっかり埋め合わせさせといて!」

 

 親指を立ててそう言った後、火ノ口はさっさと教室に戻って行った。

 

「埋め合わせ……」

 

 火ノ口の言葉は奇しくも讃岐と同じだった。

 

 

 

「やぁ、早坂さん。待ってたよ。悪いね戻れなくて」

「いえ、大丈夫です。戻って来るとは思っていなかったので」

「そこは信じて欲しいんだけどね。いや、僕の日頃の行いが悪いのは、重々承知しているんだけど。とりあえず座らない? お詫びの品もあるし」

 

 文化祭なだけあって、外のベンチは殆ど埋まっていた。座れるベンチを発見したのは、5分程歩いてからだった。

 

「仕事ばかりでお腹が空いただろう。ちょっとした経緯で手に入れたたこ焼きだよ」

 

 そう言って手渡された品を見て、早坂は固まった。

 たこ焼きはたこ焼きでも、ハート型の容器に入ったたこ焼き。このたこ焼きが、文化祭で数多く出回る奉心伝説の便乗商品の一部であろうことは容易に想像がつくし、当然ながら文化祭でハートを送る意味も理解していた。

 

 なるほど、これが文化祭マジックというやつですか。

 

 早坂は正常な思考能力を失った。

 

「食べないのかい?」

「いえ……」

 

 容器の蓋を開ける。中には6個のたこ焼き。購入してから時間が経っているようで、踊っていたであろう鰹節は元気無く萎びている。

 文化祭でハートを送ると永遠の愛が手に入る、という奉心伝説に準えたジンクスを讃岐は知っているのか。答えはイエスだ。

 では、讃岐がそのジンクスを信じているのか。答えはノー。

 讃岐は単に食品として、たこ焼きを渡しただけに違いない。それなら自分もただたこ焼きを食べればいいのだ。早坂は精神の平穏を取り戻し、たこ焼きを口にした。

 

「どう?」

「文化祭で出すたこ焼きとしては、可もなく不可もなくですね」

「いや、味じゃなくてさ。中に何が入ってた?」

「たこですよ」

 

 それ以外に何があると言うのか。

 

「おっ、アタリだ」

「アタリ?」

「それロシアンたこ焼きでね。1つはたこ、それ以外にはハート型のかまぼこが入っているんだ。お見事、6分の1を引き当てたね」

 

 おめでとう、と讃岐が拍手を送る。ノーマルなたこ焼きを食べただけなので、おめでたさは全く感じない。

 世界一無駄な祝福を他所に、たこ焼きに爪楊枝を刺そうとして、その手が止まる。

 

「…………」

 

 6分の1を引き当てたのであれば、残りのたこ焼きにはハートが入っている。

 チラリと隣の男に顔を向ける。讃岐は「どうかしたのかい?」と不思議そうな表情。

 その普段と微塵も変わらない態度が、早坂にはとっても癪だった。

 別にそういう対象に見られたい訳ではないが、秀知院学園の文化祭において異性にハートを渡しているのだから、少しはそれらしいリアクションがあって然るべきではないだろうか。奉心祭のジンクスを信じていなかったとしても。

 ましてや自分だけ変に意識してしまっているなんて不公平極まりない。早坂は胸の内に煮えたぎる理不尽な怒りを発散する方法がないか、考えを巡らす。

 そして、ある過去の出来事に思い当たった。

 

「光谷君」

「何だい──っ!?」

 

 讃岐は目を丸くした。

 口の中には爪楊枝の刺さったたこ焼き。それを持っているのは当然早坂だった。所謂「あーん」というやつである。

 

「……大胆だね」

「どうですか?」

「たこに比べると、かまぼこは味気ない気がするね」

 

「まぁ、でも」と続ける。

 

「悪くはなかったかな」

 

 早坂の持つ爪楊枝の先端を見詰めながら、讃岐はそう言った。

 

 たこ焼きを食べ終えた早坂と讃岐は、容器を備え付けのゴミ箱に捨てた。

 

「結局残り全部僕が食べたけど、君は食べなくてよかったのかい?」

「はい。その方が精神衛生上良いので」

「へぇ、ダイエットでもしてるの?」

「そんなとこです」

「粉物は太り易いっていうからね」

 

 讃岐は疑う様子もなく、デリカシーに欠ける物言い。

 

「今更だけど、僕は戻った方がいいんじゃないかな? もうシフトの時間は終わってるけど」

「本当に今更ですね。今日は上がりでいいそうですよ」

「お咎め無しとは意外だね」

「しっかり埋め合わせさせといて、だそうです」

 

 言葉の真意を理解した讃岐は「気を遣わせてしまったみたいだね」と納得する。

 早坂と讃岐は対外的には交際関係になっている。その2人に配慮して火ノ口はそう提案したのだ。

 そして讃岐はその配慮を甘んじて受け入れた。

 

「それじゃあ、デートしようか」

 

 

 

 

 校舎内だけでなく、校舎の外にも多くの出店が軒を連ねていた。主に室内だと難しい、火器を扱う飲食物の店が多い。

 出店で買ったおえかいせんべいを片手に歩いていると、突然讃岐が声を上げて足を止めた。射的屋に視線を向けて口角を上げる。

 

「僕、銃の腕にはちょっと自信があるんだよね」

「へー、初耳」

 

 周囲に人が居るので、早坂は学校でのギャル口調に変える。

 

「奈央さんに色々教育された中で、唯一怒られなかったからね」

 

 褒められたからではなく、怒られなかったから自信が付くとは、よく分からない思考回路だ。

 

「僕の腕前を見せてあげるよ!」

「いいけど……」

 

 意気揚々と射的屋へ向かう讃岐を横目に、早坂はせんべいを齧る。

 銃と一口に言っても種類や形状は多岐に渡る。讃岐が奈央にどういう教育を受けたのかは知らないが、いくら四宮家の使用人といえど、日本でそうやすやすと銃をぶっ放したりはしない。使うとすれば精々拳銃くらいのもので、射的で使われるコルク銃とは勝手が異なる。

 そう思ったが、興を削ぐのも躊躇われたので黙っていた。

 射的は1回5発まで撃つことができ、ひな壇に並べられた箱状の的を狙う。的にはそれぞれポイントが付いており、倒した的の合計ポイントに応じた景品を獲得できる。

 1発目の弾を込めた讃岐は店員に質問する。

 

「1番ポイントが高い的はどれかな?」

「最上段の赤い箱です。一気にマックス10ポイント獲得できます!」

 

 ひな壇に並んだ的の中で一際大きい赤い的を店員が示す。ポイント上限の10ポイント獲得できるので、赤い的を倒せば景品を選び放題になる。

 ありがとう、と礼を述べてから、讃岐はコルク銃のレバーを引いて弾を装填した。

 コルク銃は空気の圧力で弾を飛ばしている。弾を込める前にレバーを引いた方が、内部の空気が圧縮され弾の威力が増すのだ。

 両肘をしっかりと台につき、脇を締めて狙いを定める。

 自信があると豪語するだけあって、思いの外要点を抑えている。

 早坂がせんべいをモグモグしながら見守る中、ポンと心地いい音がこだまし1発目が発射される。

 コルク玉は勢いよく飛び出し的の右上の角を掠めた。

 

「もう少し左か」讃岐は淡々と狙いを修正する。狙いは的の角。

 

 2発目。狙っていたポイントからは下に当たった。的は僅かに動いただけだった。

 3発目。的の角に命中。大きく揺れたが、的はギリギリで踏み止まった。

 4発目。再び角に当たる。3発目より当たりが良く、的はくるりと回転して倒れた。

 

「10ポイント獲得です!」

 

 最高点数の的が見事射止められ、店員達から感嘆の声と拍手が送られる。

 

「ま、こんなもんさ! 4発かかってしまったし、褒められる程のことじゃないけどね」

 

 と言いつつ得意げな顔。褒められる程のこと、だと思っているのは間違いない。

 

「すごいねー」

 

 変な自己顕示欲を発揮し始めた讃岐を雑に褒める。

 とはいえ5発以内に最高難易度の的を倒したのだから、早坂が思っていた以上に讃岐の銃の腕前は達者だった。

 上限の10ポイントを獲得したので景品は何でも選べる。これ以上ポイントを獲得する理由は無いが、台の上にはまだ1発のコルク玉が残っている。

 

「私もやっていいー?」

 

 せんべいを食べ終えた早坂が聞いた。「構わないよ」と讃岐は弾を込めて、銃を早坂に手渡した。

 あたかも銃の持ち方が分からないという風を装って、受け取った銃を片手で持つ。残った中で一番大きい──つまり2番目に大きい──的に狙いを定める。

 銃に慣れていない女の子を演じながら狙いを定めて、引き金を引く。

 弾は吸い込まれるように箱の角に直撃。クルクルと回転した後、パタリと箱が倒れた。

 

「わー! すごいです! 1発で倒すなんて!」

「うちもビックリ! ビギナーズラックってやつ?」

 

 店員と話す早坂の後ろで、讃岐は膝を折って地面に手をついていた。それはまさに敗者の姿。

 

「何してんの?」

「完敗だ……」

「別に勝負じゃないでしょ」

「僕は片手打ちで、あんな正確に的は狙えない」

「1番大きいの倒したじゃん」

「4発も使ったけどね……」

 

 軽い気持ちでやってみただけなのだが、ここまで打ちひしがれているのを見ると、悪い事をした気分になる。

 

「ほ、ほら、10ポイントも獲ったんだし、景品選びに行こ!」

 

 讃岐は地面から手を離し立ち上がる。遠い目をして、早坂にだけ聞こえるくらいの小声で呟いた。

 

「君達一族に勝てるなんて、初めから思っていなかったけどね……」

 

 店員が景品の入った段ボールを持って来る。中にはキーホルダーや手作りのお菓子。

 様々な景品の中でも目立っていたのは、手のひらサイズのテディベア。裁縫経験者が作った物なのか、とても出来が良かった。

 同じ感想を讃岐も抱いたようで、

 

「随分良い出来だね、そのテディベア」

「ありがとうございます! うちの裁縫部員の力作なんですよ」

「へぇ、じゃあそれにしようかな」

 

 店員から景品を受け取って早坂と讃岐は射的屋を後にした。

 次はどこに行こうかと出店を見て回る道すがら、讃岐が早坂の方に手を出した。

 

「はい、これ」

 

 早坂は讃岐から渡された物を受け取った。先程射的で手に入れたテディベアだった。

 

「いいの?」

「君が要らないのではなければね」

 

 手のひらに乗った、少し重みのあるクマと目が合う。自然と口元が緩んだ。

 

「じゃあ貰っとくし。ありがとー」

「これも埋め合わせの一部さ。さて、次はどこに行こうか?」

 

 それからも早坂と讃岐は、様々な出店を回り文化祭の1日目を終えたのだった。

 

 

 

 

 文化祭2日目の朝、早坂がかぐやの着替えを手伝っていると、かぐやが口を開いた。

 

「文化祭2日目に仕事ね。体育祭も出られなかったし、あの男はイベント事を楽しめない宿命なのかしら」

「日頃の行いが悪いのでしょう。そういえばかぐや様に伝言を残して行きましたよ」

「どうせ碌な伝言じゃないのでしょう……」

「『捻くれ者の僕でも楽しめる、素晴らしい文化祭でした』と」

 

 かぐやはすぐに言葉を返さなかった。背後で髪を結んでいる早坂には、かぐやがどういう表情をしているのかは分からない。

 

「碌でもない伝言ではなかったみたいね」

 

 讃岐の伝言がかぐやの機嫌を損ねなかったのだと、顔を見なくても容易に想像ができた。

 

 

 

 

 文化祭2日目は事件から始まった。

『秀知院に怪盗現る!!』秀知院新聞の見出しだ。

 朝から号外を出していて、マスメディア部は慌ただしかった。

 記事によれば、犯行推定時刻は未明から朝方にかけて。飾り付けに使われていたハートの風船が、一夜にして失われた。

 昨夜は飾り付けの関係もあって各教室の施錠はされておらず、警備員の巡回はあったものの、校舎の中に忍び込めさえすれば犯行は誰にでも可能であった。

 そしてハートの盗まれた出し物、出店からは「ハートを頂きに上がった」のメッセージと共にArsene(アルセーヌ)と著名が入った犯行声明が残されていた。

 怪盗は盗んだ風船の替わりの風船を置いていっており、金銭目的や害意はないと考えられる。

 よりによって来れない2日目に限って事件が起こるなんて、タイミングが悪いにも程がある。讃岐を捜査に誘いに来た藤原や、情報収集に来た紀かれん、巨瀬エリカから話を聞いて、早坂はそんな風に思った。

 新たな予告状の登場で、怪盗騒ぎは現在も一部の人を虜にしていた。

 

 昼前には「家柄と性格が良くて、今フリーの女子を何人かリストアップして頂戴!」とかぐやから焦った声で連絡があった。

 合コンでもするのかと詳しく尋ねると、どうやら石上優が子安つばめに告白したらしい。だがつばめは告白を断るつもりらしく、かぐやは告白の断り方を相談された。

 かぐやは石上が告白したとは露程にも思わなかったので、その際バッサリいくようアドバイスをした。その後告白したのが石上と発覚。フォローはしたようだが、自分の所為で振られる気配濃厚となった石上の為に相手を探そう、という経緯であった。

 それからまた状況が変わり、石上の件は何とか穏便に済みそうとのことだった。

 

 そして白銀が1年飛び級で、スタンフォード大学に進学するという大事件。それ自体も大事件だが、何よりその宣言を受けてかぐやが告白を決意したのだ。

 校庭で行われる後夜祭のキャンプファイヤー。火矢での点火を終え、それから第3の犯行声明など一悶着あったが、現在かぐやは1人で白銀を探している。白銀探しに1人で挑むかぐやの成長を感じながら、告白が上手くいくように早坂はただ祈った。

 星1つ無い真っ黒な夜空に、色鮮やかなハートが舞ったのを、早坂は校庭から見上げた。

 校舎の時計台を中心に夜空に浮かぶ無数の風船は、怪盗に盗まれた物に違いなかった。

 

「もしかしてさ、あの時計台の上に怪盗居るんじゃない?」

「どゆ事ー?」

「風船があそこに向かうようにキャンプファイヤーの位置とか、風向きとか全部計算してたんじゃない?」

「えー、何の為に?」

「そりゃ、誰かに告る為のシチュ造作りでしょ」

「あはは、それはすごいロマンチックだけどあり得ないよ〜。そんな計算できる人、うちの学校でもトップクラスに頭いい人だけだし、キャンプファイヤーの位置を変更出来る権限持つ人なんて何人いるの? 大体時計台への鍵持ってるの先生か生徒会の人達くらいで──」

 

 早坂は自分の動悸が激しくなるのを自覚した。目の前の少女達が話しているのは全て図星で、その条件に当てはまる人物が2人時計台に居る。

 

「やぁ、メイドさん。一曲どうかな?」

 

 後夜祭のキャンプファイヤーで、ダンスに誘われるのはおかしくない。変なのはここに居る筈のない人物の声がしたから。振り返った早坂は、制服姿の讃岐光谷を認識して目を丸くする。

 

「何故ここに?」

「僕としても結末は見届けたかったからね」

 

 勿論仕事は終わらせて来たよ、と讃岐は付け加える。

 讃岐の口振りは、この出来事を予見していたように聞こえる。とすれば、

 

「白銀会長に協力していたんですね」

「お嬢様の方には君がついてるし、白銀君にも誰かついた方がフェアだろう? ミステリー愛好家ってのは、フェアプレーを重んじるんだよ」

「暗号も貴方が?」

「内容だけね。暗号で藤原さんの足止めをする案自体は、白銀が考えたんだ」

「キャンプファイヤーの配置や、犯行声明に難燃性の紙を使ったのも?」

「いや、それは全部白銀君の案だ」

「……光谷君がやったの暗号の内容だけですか?」

「そうだよ」

「よく協力者面ができましたね」

「いや、ほぼプランが固まった状態で相談されたから仕方ないんだよ!」

 

 あたふたと言い訳をする讃岐。最初から相談されていたとしても、謎解きにしか興味を示さない男なので、大したアドバイスが出来るとも思えない。

 

「ですが意外ですね。光谷君が他人の恋愛の結末を見届ける為に、わざわざ蜻蛉返りするなんて」

 

 讃岐は空を見上げる。澄んだ黒い瞳に映るのは、華々しく浮遊するハートではなく、怪しく光る白い月。

 

「そうだね。偉そうな言い方をするなら、白銀君には一目置いているんだ」

 

 讃岐が白銀を人として尊敬できる、と言っていたのを思い出す。大袈裟な物言いは毎度のことなので、本気にはしていなかった。

 

「一般家庭の彼が、日本でも4本の指に入る財閥の令嬢の隣に立とうとするのは、月に手を伸ばすが如き所業だ」

 

 告白の結果がどうであれ、身分が違いすぎる2人が現実的に結ばれるのは難しい。かぐやが古い価値観が支配している四宮の娘であれば尚更。両者の間には、それこそ地上の石ころと天上の月ほど距離がある。

 

「それでも手を伸ばし続けて、そして掴み取ろうとしている。僕には出来ない事だ」

 

 そう言った讃岐の姿が、早坂には朧げに見えた。ピースの欠けたパズルのように全体像が掴めない。

 欠けているのはまだ早坂愛が知らない部分。出会って1年以上経った今でも讃岐光谷には謎が多い。調査はしたし、探りを入れたりもした。共に過ごして分かった事もあった。けれど核心にはまだ遠い。

 

「貴方にもそれくらい切実な目的があったんですか?」

「どうだろう。僕は月だと思っていたけど、実際は水面に映った虚像だったのかもしれない」

 

 偏執的な光が、月を見上げる讃岐の瞳に浮かぶ。月に手を伸ばすほどの執着は、もはや狂気でしかない。けれど、ただそれだけだった。

 傲慢なまでの自信はそこにはない。傲慢は罪であり、罪がなくなるのは良いことなのだが、小さな棘が胸に刺さったような感覚が抜けなかった。何故こんな感覚に陥るのかは分からない。でもその棘が無くなるのを、早坂は強く望んだ。

 

「アホですね」

「あれ? 今の罵倒される流れだっけ?」

「水面に月が映っているのなら、顔を上げればいいだけです。水面に映る月は虚像でも、月が無くなる訳ではないのですから」

 

 そんな簡単な事も分からないからアホなのだと、早坂は伝える。

 讃岐は目を瞬かせて、フッと口から笑い声を漏らした。しばらく声を殺して笑い、

 

「これは一本取られたね。僕はそんな単純な事にも思い当たらなかった! アホと言われても文句は言えないね」

 

 何が面白いのか、讃岐はまだくすくすと笑い続けていた。

 

「君にしてはいやに前向きな意見じゃないか」

「いつもお気楽な誰かさんが側にいるせいですね」

「その誰かさんには感謝しないとね」

 

 誰かさんの調子が元に戻ったので、早坂は再び意識を時計台の上に移す。

 

「上手くいくでしょうか」

「さぁ? いくら手を尽くしたところで、結局決めるのは本人だ。祈るしかできないのが裏方の辛いところだね」

「他人事ですね。貴方も裏方じゃないんですか」

「僕は君ほど、彼らの恋愛事情に入れ込んでないからね。上手くいったら御の字だ」

 

『まもなく閉会式を始めます。皆さま校庭にお集まりください』

 

 文化祭閉幕を告げる校内放送が流れる。

 生徒達は名残惜しそうに、校庭の中心で燃え盛る炎を眺めていた。

 

「さて、人が集まる前に帰らないと。じゃあね早坂さん、ダンスはまた次の機会に!」

「はいはい。ではまた後ほど」

 

 ひらひらと手を振って讃岐は走り去った。遠ざかって行く背中が闇に消えるまで、早坂はその場に佇んでいた。

 

 

 ────

 

 

 文化祭終わりだろうと、四宮家使用人の仕事は変わらない。屋敷に戻った早坂は普段と同じようにメイド服に袖を通した。

 

 学校でもメイド服だったので、普段とは違うかもしれませんね。

 

 そんな事を考えていたからか、机の上のある物に視線が及ぶ。机の上には、讃岐に貰ったテディベアが可愛らしく座っている。

 早坂はテディベアを手に取る。家族以外の誰かに物を貰ったのなんていつぶりだろうか。そう考えると、何とも妙な心持ちになるのだった。

 ふわふわした茶色い毛皮の中、硬い感触が指に伝わった。最初に持った時もぬいぐるみにしては重いと感じた。

 改めてテディベアを観察する。目立たないようにしているが、背中の部分にチャックがあった。

 

「何でしょう?」

 

 疑問に思いながらチャックを下ろす。

 中から出て来たのは、赤いハートだった。恐らく、文化祭で販売されているハートのキーホルダーのハートの部分だけを、テディベアの中に入れたのだろう。

 奉心祭の出店の景品、それも最高得点の景品が、ただのテディベアである筈がなかったのだ。

 

 奉心祭でハートの贈り物をすると、永遠の愛がもたらされる。

 

 聞き飽きた、そして自分には縁の無いと思っていたジンクスが頭に浮かぶ。

 ジンクスに則るならつまり……。

 変な考えを振り払うため、早坂は頭を左右ブンブンに振った。

 そもそも、ハートを送ると永遠の愛がもたらされるというのが良くない。これでは双方の了解も無しに、一方的に永遠の愛が約束されてしまう。愛の押し売りのようなもの。

 そこまで考えて、1日目の自分の行為に思い至る。ハート入りのたこ焼きを渡した。愚かにも「あーん」などという形で。

 

 私もあげたんでした──!! 

 

 どうしてあんな事を。自分の行いを悔やんでも文字通り後の祭り。様々な思考が脳内を駆け巡り、そして早坂は考えるのをやめた。

 何事も無かったかのように、手にしたハートをテディベアの中に戻し、再び机に飾った。

 

 取り敢えず今日は、讃岐と会わないようにしよう。仕事の方針を決めて、自室の扉を開いた。

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