恋愛は謎解きのあとで   作:滉大

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かぐや様は解かせたい(氷)

 家を出ると、昨日一日中降り続いた雨も上がり、空には雨雲一つない。一面に広がる青色が目に染みた。

 自身が通う秀知院学園の文化祭が終わった。数日も過ぎれば、日常はすっかり元通り。再び特に変わり映えのしない、退屈ながら楽しい一日になる筈だった。

 だから教室の扉を開けた子安(こやす)つばめは、その光景に首を傾げた。

 自分の机に人が集まっている。机の周りに居る人々は、つばめに気付いていないようだった。

 

「おはよう」

 

 つばめより早く登校していた、友人の朝日(あさひ)(しずく)は、淡々と朝の挨拶を述べた。

 

「相変わらず人気ねぇ」

 

 阿天坊(あてんぼう)ゆめは、揶揄うように言った。

 

「人気?」つばめは首を傾げ、視線で朝日に説明を求めた。

 

 朝日は説明の代わりに肩をすくめて、「見たら分かるわ」とだけ言い、いまだに人が集まっている机を指差した。

 教室の出来事には興味を示していないらしく、阿天坊との会話に戻った。

 

「ねぇ、マスメディア部のコピー機貸してくれないかしら?」

「嫌よ。前に貴女に貸した後、うちの部員が怖がってたんだから」

「ちょっと魔法円を印刷しただけでしょう」

 

 2人の友達甲斐のなさに呆れつつ、つばめは自分の机に向かった。

 あっ! 誰からともなく発した声と共に、人だかりはつばめの存在に気が付いた。人々は即座につばめへと道を譲った。さながらモーセのごとく、2つに割れた人だかりの間を歩いた。

 机の前に立った、つばめの目に飛び込んで来たのは、薄いピンク色の洋封筒だった。

 

「これって……」

 

 封筒を手に取って裏返す。ダイヤ貼のフタは、ハートのシールで封をされている。

 つばめは阿天坊の言葉の意味を理解した。手にした封筒は、明らかにラブレターと呼ばれるそれだった。

 

 

 

 

「という事なの」

 

 昼休み、つばめは生徒会室で、対面の人物に朝の出来事を語った。

 

「そうですか」

 

 四宮かぐやは、ただ一言素っ気なく返す。

 

「優君の件だけでも手一杯なのに、これ以上は──、って、かぐやちゃん、雰囲気変わった?」

 

 会うのは文化祭以来だが、今はリボンで結んでいた髪も下ろしている。それに醸し出す雰囲気も、文化祭の時よりピリピリと刺すようだ。

 まるで、氷のかぐや姫と呼ばれていた頃のように。

 

「そうですか? まぁ確かに、少しだけ浮かれていた部分を、抑えはしましたが」

「浮かれた……?」

「それはともかく、手紙を見せて頂いても?」

「あ、うん」

 

 既に手紙を読んでいたが、内容に限れば至って普通のラブレターだった。

 封筒から取り出した、折り畳まれた便箋を開く。そこに記された愛を語る文章に目を通して、かぐやは紅い瞳を細めた。

 

「これは……」と声を上げたが、それ以上は言わず、かぐやはつばめに尋ねた。

 

「つばめ先輩は、どうするおつもりですか?」

 

 うううっ。つばめは悩ましげに唸った。

 

「今はこっちまで、考える余裕がないっていうか……」

 

 つばめはただでさえ、後輩の石上優からの告白の答えを出すのに悩んでいた。これ以上は完全に、彼女のキャパシティをオーバーしている。

 かぐやは顎に手を添えて、つばめの様子を眺めていたが、おもむろに口を開いた。

 

「答えに迷っているようなら、バッサリいくのがいいかと」

 

「ええっ!! 逆に良くないんじゃなかったの!?」つばめは驚いた。

 

「前に相談した時には、最低で鬼畜の所業だ、って」

「そうでしたか? 自論ですが、人は傷つくほどに強くなっていくので、心配ありません。むしろ相手の為です」

「言ってる事が一周してる!?」

 

 バッサリいった方が良いから、逆にバッサリいくのは良くないとなり、今またバッサリいった方が良い。主張が360度変わっている。

 

「断る時は、性欲に爛れた視線を向けるな、この浅ましい豚め、とやんわり──」

「だからその発言は、どうやってもやんわり出来ないよ!」

 

 文化祭でも同じようなやり取りをした気がする。強烈な既視感が、つばめを襲った。

 そんな中ふと、思う。文化祭と今でかぐやの雰囲気は違っているが、似たような会話が出来ている。雰囲気は同じでも、昔のように人を拒絶する氷のかぐや姫ではないのだろう。

 つい、つばめの口元がほころぶ。

 

「どうしましたか?」怪訝そうに尋ねるかぐやに、何でもないと返事をして、

 

「どう返事をするかは、まだ決まってないけど、とりあえず行ってみるよ。相談に乗ってくれてありがとう!」

 

 生徒会室を出て、教室へ戻ろうと一歩踏み出した瞬間、かぐやに呼び止められた。

 

「もう一度手紙を見せて下さい」

 

 どうしたのだろう? と疑問に思いつつ、つばめは手紙を渡した。

 かぐやは封筒と便箋をスマホで撮影してから、礼を言ってつばめに返却した。

 

 放課後、つばめは手紙で指定された体育館裏で待っていたが、相手は現れなかった。

 色々悩んだ結果が待ちぼうけとは拍子抜けだったが、つばめは、ほっと胸を撫で下ろした。

 

 

 ◯

 

 

 かぐや専属の近侍である讃岐光谷が、じっ、とかぐやを見つめた。

 凝視されるのは、あまりいい気分ではない。かぐやは眉を顰める。

 

「お嬢様、少し雰囲気がお変わりになられましたね」

 

 現在のかぐやは普段と変わった精神状態にあった。

 通常のかぐやは、計算高さや他人を警戒する心と、他人への興味や楽観的な心、その2つがせめぎ合い安定している。だが、白銀に誘われた海外留学や、その他潜在的ないくつかの感情が重なり、楽観的な思考回路は休止状態に陥った。

 その結果、よりロジカルな、氷のかぐや姫と呼ばれていた頃の精神状態に近くなっていた。

 

「まるで1年前のお生意気な──いえ、お可愛いげの欠片もなかった頃のようでございます」

 

 従者の口から飛び出した、可愛げの欠片もない糞生意気な発言。暴言を言い直して暴言を吐く理解不能な思考回路に、かぐや(氷)は赤い瞳を見開いて固まった。意外にも、かぐや(氷)が従者からこの手の発言を受けるのは、初めての事態だった。1年前は猫を被っていたのだろう。

 普段のかぐやなら、青筋を浮かべて怒号を発していたかもしれない。しかし、今のかぐやは氷のかぐや姫。冷酷、冷血、冷淡に加えて冷静さまで兼ね備えた、隙のない完全無欠のお嬢様。

 一切表情を変えずに、スッと讃岐の前に足を進めた。そして膝を曲げて右足を浮かせると、ローファーに包まれた右足を振り下ろした。

 かぐやのつま先は精緻な振り子の如く、寸分違わず目標に直撃した。

 

「うっ……!!」

 

 ローファーの硬いつま先で脛を蹴られた讃岐は、呻き声を上げながらも、直立した姿勢を崩さなかった。弁慶すら涙を浮かべる部位に攻撃を受けても、表情を僅かに歪めただけだったのは、流石四宮家の使用人といったところか。──そもそもマトモな使用人は、主人に暴言を吐かないのだが。

 

「生意気なのは貴方よ、暴言従者。頭に『お』を付ければ、どんな言葉でも丁寧になると思っているのかしら」

 

 かぐやの冷たい視線と、早坂の呆れを超えて、憐れみさえ浮かんでいる視線に晒されながら、讃岐は苦しげに言葉を絞り出す。

 

「いえ、決してそのようなことは……」

 

 フンとかぐやは鼻を鳴らす。肩にかかる長い黒髪を払いながら、静かに悶絶する使用人の隣を通り過ぎる。

 

「まぁ、いいわ。貴方に挽回のチャンスを与えてあげる。優しいご主人様に感謝することね」

「……お嬢様の慈悲深いお心には、感謝しかありません」

「あとで部屋に来なさい。貴方に相談があるの」

「承知致しました」

 

 使用人の返事を聞き届け、今度こそ遠ざかるかぐやの背中を、早坂は見送った。それから、隣で悶絶している同僚を見る。

 

「妙にしおらしいので、何かあったのかと思ってましたが、心配いらないようですね」

「安心してるところ悪いけど、お嬢様より、僕の心配をした方がいいと思うね」

「光谷くんは、そろそろ学んだらどうですか」

 

 

 

 サーモンのテリーヌ、海老のビスク、フォアグラのソテー。ごくごく普通の夕食を終えたかぐやは、ゆったりとしたワンピース姿で椅子に腰掛けていた。

 彼女の前には、呼び出された従者2人。

 

「して、お嬢様、私に相談とは何事でございましょうか?」

 

 讃岐は慇懃に胸に手を当てた。

 大したことではないのだけど、と前置きしてかぐやは、子安つばめから聞いた出来事について語った。

 

「公開告白の次は恋文ですか、難題女子の名は伊達ではありませんね」

 

「無論、お嬢様も負けておりませんが」と最後に謎のフォロー。

 

「しかし、それがお嬢様の相談事と、どう関係がおありなのでございますか?」

 

 もっともな疑問だ。つばめが告白されたという事態は、かぐやにとって対岸の火事でしかない。

 また断り方の相談でもされたのだろう、と早坂は内心当たりをつける。それにしても、讃岐の言うように、告白されて数日後にラブレターとは断り方を相談したくなるのも頷ける。

 早坂も讃岐と偽の交際関係を構築する以前は、一般的な女子高校生に比べて、そういった経験が多かった。その度に、バサリバサリと切り伏せては、哀れな男達の山を築いた。

 そんな中、中身はともかく顔はいい、と評判の讃岐と付き合ったので、相当なメンクイなのではないか、という不名誉な噂が実しやかに囁かれたのは別の話。

 早坂やかぐやのように、バッサリ行けるタイプであれば苦労も少ないが、つばめはそうではない。

 

「これを見なさい」

 

 問いかけの返事とばかりに、かぐやはスマホを突き出しすぐ出す。

 失礼しますと一言断ってから、讃岐は宝石を扱うかのような丁寧さでスマホを手に取った。

 スマホの画面を食い入るように見詰める姿に、かぐやは満足したようだった。

 

「どうかしら?」

「そうですね……些か不自然ではないかと、思われる部分がございます」

 

 讃岐が手にしているスマホを横から覗いた。画面に映っているのは、一通の便箋を写した写真。

 便箋の大きさはA5サイズ。上部と下部に柄はない。両端にはモノクロのコスモスで縁取りされているが、上下の端から3センチくらいのところで途切れていて、そこから先は真っ白になっている。

 せっかくの花をモノクロにするのは、如何なものか。早坂の目には、この便箋のデザインが、いいものには映らなかった。

 シックな雰囲気を出したかったのだろうが、全体的にモノクロで暗い印象を受ける。縁取りが左右にしかない上、その縁取りも中途半端だ。

 手紙の送り主が好んでラブレターに、この便箋を使ったのだとすれば、便箋選びの時点で躓いている。

 今度はデザインから、手紙の内容に目を向ける。

 

 ──────

 

 突然の手紙ごめんなさい。

 

 1年の頃からあなたのことが好きでした。

 

 いつも明るく、実直で、誰にでも優しく接する姿は魅力的で、いつしかあなたの姿を目で追うようになりました。

 

 あなたは、私と話したことも、その内容も憶えていないかもしれません。

 

 ですが、このまま想いを伝えないままでは後悔すると思い、この手紙を送りました。

 

 迷惑でなければ、返事を下さい。

 12月3日の

 放課後、体育館の裏で待っています。

 

 ──────

 

 内容に特別変わった印象は受けなかった。

 便箋を充分に観察した讃岐は、無表情のままかぐやに問いかけた。

 

「お嬢様、2点ほど質問があるのですが、よろしいでしょうか?」

 

 ええ、とかぐやは軽く顎を引いた。

 

「便箋は、封筒に入っていましたか?」

「そうよ。封筒の写真もあるわ」

 

 讃岐はスマホの画面をスライドする。次の写真には、薄いピンク色の洋封筒。封筒の裏地は花柄になっている。

 便箋の変わり様に反して封筒の方は、至って普通だ。写真の封筒が教室の机に置かれていれば、10人中10人が、これはラブレターなんだな、と思うだろう。

「ありがとうございます。ではもう1点」讃岐は神妙な顔つきになった。かぐやも身構えるように視線を上げる。

 

「この手紙ですが『実はラブレターではなく、果し状でした』などという使い古されたオチではない、と考えてよろしいのでございますね」

 

 スッと細められたかぐやの瞳。燃えるように紅い瞳は、氷のように冷え切っていた。

 

「ねぇ早坂、なんで私は、まだこの男をクビにしていないのかしら?」

「まぁ、使えないこともないこともない、からじゃないですかね」

「使えないじゃない。クビね」

 

 突如として訪れた退職の危機。流石の讃岐も慌てて待ったをかける。

 

「お、お待ち下さい、お嬢様。私は決して、冗談を述べたのではございません!」

 

 誤魔化すように、大袈裟な空咳をして続ける。

 

「果たし合いの舞台といえば、体育館裏でございます。世の男子学生の8割は、果たし合いと聞いて体育館裏を連想する、そう言っても過言ではありません」

 

 過言な気がするが、女子学生の早坂には、理解できない世界があるのかもしれない。

 

「果たし状なら、日時と場所以外は必要ないでしょう。万が一、果たし状だったとしても、今は手紙がラブレターである前提で進めるわ」

「承知致しました。それでは僭越ながら、お嬢様の為知恵を絞らせていただきます」

 

 讃岐は使用人らしい、きっちりとした所作で頭を下げた。

 

「最初に不自然に思ったのは、便箋のデザインです。これに関しては、お二人にも同意していただけるかと」

 

 早坂とかぐやは揃って頷いた。

 

「花柄でありながらモノクロ。縁取りは左右にしかなく、その縁取りも上下が途切れている。便箋のデザインとして不自然です。そこで私は、この便箋が不自然ではなかったら、どうなるのだろうと考えました」

 

「不自然ではなかったら……?」早坂は頭の中で便箋を思い浮かべた。

 

「自然な形に戻すとすれば、まず、縁取りが四辺付いていたでしょう」

 

 讃岐は両手の人差し指を使って、胸の前で四角を描く。釣られるようにして、早坂も脳内の便箋に縁取りを追加した。

 モノクロのコスモスに縁取られた便箋が完成する。

 

「次は花に色付けをします。一般的にコスモスの色はピンク、オレンジ、黄、白、赤、黒ですが、コスモス色という色があるように、ピンクが使われていたのではないかと思われます」

 

 厳密に言えばコスモス色とは、ピンクと紫の中間の明るい色を指す。どちらにせよ、ピンク主体の色には違いない。

 

「封筒も薄いピンク色。便箋も同系統の色だった可能性が、高いでしょうね」

 

 脳内の便箋に色を足す。色鮮やかなコスモスに縁取りされた、違和感の無い便箋が完成した。

 しかし、この作業に何の意味があるのだろうか? 

 

「不自然ではなくなりましたが、封筒に入っていたのは、あの奇妙な便箋ですよ」

「そうとは限りません。お嬢様は実際に、便箋を手にしたのでございますね」

「ええ、そうよ」

「写真では分かり難かったのですが、この便箋は印刷されたもの、ではございませんか?」

 

 かぐやに讃岐はそう尋ねた。問いというよりは、確認作業といった口調だ。

 赤い瞳が、品定めをするかのように讃岐に注がれる。

 

「よく分かったわね。讃岐の言う通り、この手紙は直筆ではなく、印刷されたものよ」

「どういう事ですか? 文字は手書きに見えますが……それにどうして印刷だと?」

 

 かぐやと讃岐は理解しているみたいだが、早坂には全く意味が分からなかった。

 

「そうね。貴方はどうやって、便箋が印刷されたと見抜いたのかしら?」

「それは、かぐや様と同じなのでは?」

「違うわ。私は現物を見て、手紙に筆圧の跡が全く無かったから分かったのよ。写真ではそこまで確認出来ない筈」

「先程お話した自然な状態の便箋を、実際の不自然な状態にするにはどうすればいいか考えました。色の着いた縁取りをモノクロにするには、コピー機で白黒印刷するのが1番手っ取り早い方法ではないか、と思い至った次第でございます。

 印刷といっても、パソコンで作成したデータを、印刷したのではありません。手書きの手紙を、コピー機でスキャンして印刷したのです」

「何でそんな手間のかかる作業を……?」

「この手紙が、子安先輩に送られたものではなかった、からでございます」

 

 ますます分からない。手紙を置く机を間違えた、とでもいうのだろうか。だとしても、何故間違いだったと断言できるのか。

 讃岐は至極真面目な表情で話を続ける。

 

「便箋を印刷したのは、手紙の送り主──ここで言う送り主とは、オリジナルの手紙の送り主ではなく、印刷された手紙の送り主になります。ここからは元の手紙の送り主を送り主A、印刷された手紙の送り主を送り主Bとします──送り主Bは筆跡によって、手紙を送った人物が自分だと特定されないように、便箋を印刷したのです」

「警察の調査でもあるまいし、そこまで警戒するかしら? それだけでは根拠薄弱ね」

「おっしゃる通り、これだけで判断するのは早計に過ぎます。ところで、お嬢様は如何にして、手紙が子安先輩に宛てたものだと、判断なされたのでしょうか?」

「つばめ先輩の机に置いてあったからね」

「ではその前提を排除すると、どうでしょう」

 

 かぐやは静かに目を瞑った。手紙の内容を思い出しているのだろう。数秒後、目を開けてポツリと呟いた。

 

「分からないわ……」

「はい、分からないのでございます。手紙には宛名と署名がありません」

 

 子安つばめへのラブレターだと、思っていたので気にしていなかったが、確かに手紙には宛名と署名がない。

 その原因が早坂にも理解できた。

 

「だから便箋の上下に、縁取りが無かったのですね」

「はい。送り主Bは、便箋の宛名と署名が書かれた部分を切り取りました。そして宛名と署名がなくなった便箋を、コピー機でスキャンし、印刷したのです」

 

 コピーする時スキャンする場所に何もなければ、その部分はコピーされない、つまり真っ白になるのだ。

 

「ラブレターはつばめ先輩宛ではなかった、それは分かったわ。送り主Aが、送り主Bに宛てたものと考えていいわね」

「宛名を消しているのもそれが理由かと、本来は自分の名前が記されていたわけですから。署名を消したのも、送り主Aから、自分にたどり着くのを防ぐためです」

 

 送り主Aが送り主Bに手紙を渡す。そしてその手紙に手を加えて、送り主Bがつばめに渡した。ラブレターの行方はそうなるらしい。

 

「送り主Bの正体につきましても、ある程度絞り込めるかと存じます。ラブレターが最初に発見された時の状況を思い出してください」

 

 ラブレターは部活の朝練を終えた生徒が発見した。鍵を開けて教室に入ると、つばめの席にラブレターがあった。

 

「送り主Bは朝早く学校を訪れた。そして教室の鍵を開けて手紙を置き、再び鍵をかけた、ということ?」

「第一発見者が、送り主Bという可能性もあります」

「そう難しく考える必要はありません。朝教室は施錠されていた。であれば、ラブレターが置かれたのは、昨日の放課後でございましょう」

「昨日? 前日に渡すかしら?」

 

 ラブレターを渡す側の心理として、良いにせよ悪いにせよ返事は早い方が良いに違いない。宙ぶらりんのまま待つのは辛いものだ。だとすれば、ラブレターは当日に渡されたと考えるのが自然だろう。

 かぐやも同じように考えたからこそ、そう質問した。

 

「ラブレターの最後に、『12月3日の放課後、体育館の裏で待っています』とあります。今日渡したのであれば、日付は必要ありません。それにこの一文ですが『12月3日の』の後で改行されています。些か改行が変ではないでしょうか?」

「言われてみれば不自然ね。なるほど、『12月3日の』という部分を後で付け足したから、不自然になってしまった訳ね。手紙は文のバランスをとる為に、行間を開けて書かれているし、付け足すのに問題は無かったでしょう」

「ラブレターほどのものであれば、今日が駄目ならまた明日、とはいかなかったでしょう」

 

 直接伝えるにせよ、ラブレターにせよ告白するという行為は、簡単に行えるものではない。日を跨げば決心はあっさり鈍ってしまうかもしれない。かぐやを見てきた早坂には痛い程身に染みていた。

 

「さっき、ラブレターが置かれたのは、昨日の放課後と言ったわね。その理由を、まだ聞いていなかったわ」

「返事を3日に延ばすのは、送り主Aとしても本意ではありませんでした。かといって、日を改めて渡すのは決心が鈍るかもしれない。多少の事なら無理やり決行していたでしょう。ですがそうしなかったのは、送り主Aが直面した不測の事態が、告白に直接関わるから。12月2日は天気予報が外れたのでございます」

 

 そう、昨日天気予報は外れた。一日晴れの予定だったが、朝から大雨だったのだ。

 

「あの雨では、体育館裏は使えないわね」

 

 雨でずぶ濡れになる以前に、相手も来るのを躊躇うだろう。

 

「ラブレターを子安先輩の机に置いたのは昨日、と推理しましたが、送り主Bが昨日のうちにラブレターを置く必要はありません」

「それは送り主Bの目的にもよるでしょう」

「ごもっともです。動機に関しては一旦横に置きますが、自分が送ったとバレないように、子安先輩の机にラブレターを置きたかったのでございます」

 

 かぐやは、また値踏みするような目を讃岐に向けた。

「既に動機の見当も付いているのね……」独り言のように呟く。「いいわ、それで話を進めて頂戴」

 

 讃岐は胸に手を当てて頭を下げる。

 

「ラブレターを置くタイミングは、昨日の放課後と今朝の2回ありました。送り主Bが前者を選んだのは、その方が都合がよかったからです。では、どう都合がよかったのか?」

 

 つばめが受け取ったラブレターは、普通のラブレターではない。送り主Bはラブレターを作る必要があった。

 

「送り主Bはラブレターを、印刷しなければなりませんでした。印刷するにはコピー機が必要になります。尚且つ、昨日の放課後を選んだ。それは、送り主Bが校内でコピー機を使える立場にあったことを意味します」

 

 家やコンビニ、校外でコピー機を使う必要があれば、わざわざその日に学校に戻るより、ラブレターを送るのを次の日の朝にすればいい。

 

「印刷室にはコピー機があるけれど、教師以外の使用は禁じられている」

 

 過去にテストの問題用紙を印刷した教師が、誤って印刷したうちの1枚を落としてしまい、次に印刷室に来た生徒がそれを見つけて、テスト問題が流出した事件があって以来、印刷室は生徒立ち入り禁止になった。

 

「とすると、残るはマスメディア部ね」

 

 マスメディア部の活動の1つに校内広報がある。その一環として校内新聞を発行しているマスメディア部には、新聞を印刷する為のコピー機が学校から貸し出されている。

 

「筆跡を隠そうとしているのは、子安先輩が自身が書いた文字を眼にする危険があるからです。彼女はアルバイトはしておらず、部活は新体操なのでペンを使う機会はないでしょう。手書きの字を見られる可能性があるとすれば教室。送り主Bは子安先輩と同じクラスであると、推測できます」

 

 授業でノートや黒板に字を書く機会は少なくないし、その字をつばめが目にする機会もまた、少なくないだろう。早坂は讃岐の推理に賛同した。

 送り主Bの条件は、ぐっと狭まった。マスメディア部に所属していて、子安つばめと同じクラス。

 2つの条件を前に、おやと首を捻った。早坂は条件に当てはまる人物に心当たりがあった。そして、それはかぐやと讃岐も同じだろう。

 

「幸いにも、と言いますか、送り主Bはお嬢様や早坂さんが、想像している方ではありません」

「そうかしら? 彼女は条件に当てはまっていると思うけど」

 

 かぐやの言う彼女とは、マスメディア部部長、朝日雫。

 かぐやが高校一年生の頃、校内の池で溺れた朝日を助けて以来、かぐやとは繋がりがあった。

 

「これまで推測した条件には、当てはまっています。ですが、3つ目の条件には該当しないのでございます」

 

「3つ目?」早坂とかぐやは声を揃えた。讃岐はコクリと顎を引く。

 

「送り主Bが手を加えたラブレターは、送り主Aから送り主Bへと送られました。便箋と封筒のデザインは、どちらかといえば、女性が選びそうなデザイン。このことから、送り主Aは女性。送り主Bは男性であると考えられます」

「讃岐の推理通りなら、彼女は除外されるわね」

 

 ただ、とかぐやは簡単には納得しなかった。

 

「送り主Bはつばめ先輩にラブレターを送ったのよね。そうすると、女性から女性へ送った構図になる。送り主Bが相手を選ぶとしたら、男性にするんじゃない?」

「そこで先程横に置いた、動機が重要になります。仮に、お嬢様が白銀君にラブレターを渡す場合、どうやって渡すでしょうか?」

 

 ピタリとかぐやの体が停止した。普段のかぐやなら顔を赤くして、天邪鬼な言葉を放ってだろう。

 だが、かぐや(氷)は違う。そうね、と冷静に呟いた。

 

「私としては、渡すより貰う方が好みね。場所は下駄箱が机の中、人目につかない所がいいわ。呼び出されるなら──」

 

 滔々と語るかぐやを他所に、チラリと讃岐が視線を寄越す。早坂はゆるゆるとかぶりを振った。現在のかぐやの雰囲気が昔に近いとはいえ、昔に戻った訳ではない。色ボケているのは変わらない。

 

「最後は会長から……」

「そのあたりで結構です、お嬢様。お嬢様がおっしゃったように、ラブレターを渡すなら下駄箱や机の中、人目につかない場所に仕込むのが一般的でございます。ラブレターとは、想いを口に出来ないからこそ使われる、奥ゆかしい代物。性質上、人目を憚るのは必然です」

 

 公衆の面前で渡せるのなら、そもそもラブレターを使わず、直接告白しているだろう。

 

「しかし今回の一件はどうでしょう? ラブレターは、堂々と机の上に置かれていました」

「そんなに変ですか? 送り主Bの目的は告白ではないでしょうし」

「そう通常のラブレターを使った告白とは違います。この相違点こそ、送り主Bの目的を見抜く鍵になるのではないか、と私は考えました。ラブレターは堂々と、机の上に置かれていたのです」

 

 同じセリフを讃岐は再び繰り返した。理由は直ぐに分かった、讃岐が続けた言葉によって。

 

「まるで、見てくれと言わんばかりに」

「誰に見せようとしていたの?」

「送り主A以外なら、誰でも良かったのでしょう。そして目撃者は、多ければ多い程いい」

「3年のマドンナがラブレターを貰ったとなれば、噂は一気に広まる。そして送り主Aの耳にも届く……。詳しい状況を知らない送り主Aは、きっと、ラブレターを入れる机を間違えたと、そう思うでしょうね」

「はい。送り主Aは、子安先輩や送り主Bとは、違うクラスだったと思われます。滅多に入らない教室であれば、ラブレターを入れる机を間違えた、と考えても不思議ではありません」

「送り主Aの告白を失敗させるのが、送り主Bの目的だったのね」

「失敗させる、というほどマイナスの感情は、無かったのではないかと……」

 

 推理の過程を話している時とは打って変わって、自信なさげに口を開いた。

 

「お嬢様が子安先輩から受けた相談と同様、送り主Bも告白をどう断ればいいのか分からなかった。彼の出した結論は、ラブレターの送り先を間違えたように偽装して、告白そのものを無かった事にする。無論、褒められた方法ではありませんが」

 

 話は逸れましたが、と讃岐は再び自信に満ちた声を取り戻す。

 

「自分以外の誰かがラブレターを受け取った、という噂を送り主Aの耳に届けるのが、送り主Bの目的です。いくら日頃から話題に飢えている高校生といえど、クラスメイトがラブレターを貰っただけでは、違うクラスに届くまでの噂にはなり得ません。そこで白羽の矢が立ったのが、子安つばめ先輩です。彼女の人気は、お嬢様もご存知の通りかと」

「石上君の公開告白も噂になっていましたし、ラブレターの件が広まると考えてもおかしくはないわね」

 

 実際、噂は広まった。全ては送り主Bの思惑通りという訳だ。

 つばめと同じクラスで、マスメディア部所属の男子生徒。これだけ条件が絞れれば、個人の特定は容易にだろう。特定したところで、かぐやがどうするのかは分からないが。

 かぐやは肩に掛かった、濡れ羽色の髪を払う。考えを纏めているのか、紅い瞳は焦点が合わないまま、ぼんやりと宙を見つめていた。

 

「私の回答は、お眼鏡にかないましたでしょうか?」

「そうね。まぁまぁ満足したわ」

「それは何よりです。お嬢様のお力になれて、誠に光栄でございます」

 

 讃岐は薄く笑みを浮かべて、深々と頭を下げた。

 

 

 ◯

 

 

『お眼鏡にかないましたでしょうか?』従者の言葉が、頭の中でこだまする。

 

 気付かれていただろうか? 

 

 かぐやは心の中で自問した。

 

 おそらく、気付いているでしょうね。

 

 あっさりと自分の問いに答えを出す。

 讃岐はどうしようもない不調法者だが、馬鹿ではない。使用人としての能力全てにおいて早坂を大きく下回るにも関わらず、本家で重宝されているのがその証拠。

 かぐやはラブレターの騒動に、首を突っ込む気などない。それなのに讃岐に意見を聞いたのは、讃岐光谷という男が、使える人間なのかを見極める為。

 白銀の誘いにより、海外留学を画策しているかぐやには、四宮雁庵と交渉する材料が必要。その為に利用できるものは何でも使う。

 結論をいえば、讃岐の導き出した答えは、かぐやを大いに満足させた。

 しかし、使えるかどうかは別である。讃岐は元より、雁庵に雇われた使用人だからだ。必ずしもかぐやの味方ではない。

 その反面、花火大会の夜に彼が示した忠誠が、今も頭の片隅から離れなかった。

 10分程でかぐやは、讃岐について考えるのを辞めた。いくら頭を悩ませたところで、あの男の思考が分かる訳でもない。時間は有効に使うべきだ。

 そして、かぐやは考える。白銀御行からキッスをさせるには、どうすればいいか、と。

 

 

 ◯

 

 

「あぁ、いたいた。探したよ」

 

 ダークスーツに身を包んだ讃岐が現れたのは、かぐやの登校を見届けた後だった。

 早坂はメイド服から制服に着替え、使用人用の休憩室で軽い朝食をとっていた。

 

「今までどこにいたんですか?」

「ちょっと、バイクの整備を」

「いいご身分ですね」

 

 仕事をサボって何やってんだ、という言葉を暗に込める。

 

「有事に備えた立派な仕事だと、心得ているけどね。お詫びと言ってはなんだけど、郵便物を仕分けておいたよ」

 

 讃岐は何通かの封筒を早坂に手渡した。全て四宮かぐや、あるいは四宮家に宛てた手紙。

 やっぱりサボってたんじゃないか、と思いつつ手紙を手に取る。

 四宮家の子会社からの感謝の手紙、パーティへの誘いの手紙、機嫌を伺う手紙。込められた思惑は様々、その手紙に返信の草案を考えるのも仕事の内。

 17歳の少女の労働とは思えないくらい、早坂の仕事量は多い。これからは同い年の同僚を、存分にこき使おうと心に決めた。

 黄色い封筒を確認したところで、早坂の手が止まった。

 

「これ、光谷君宛ですよ」

「僕に?」

 

 封筒には達筆な字で、讃岐光谷様と記されていた。讃岐は受け取った黄色い手紙を、裏返したりして観察した。

 

「これはあれだね、もしかして……」

「もしかして?」

「ラブレター、とか」

「へぇ、おめでとうございます」

 

 素っ気ない早坂の反応に、讃岐は面白くなさそうに肩をすくめた。

 

「彼女役としては、ヤキモチの1つでも期待したいものだね」

「ヤキモチ……」

 

 早坂は立ち上がり、棚からある物を取り出して皿に乗せた。皿を電子レンジに入れて少し待つ。ヒピッ、電子音が鳴ってから皿を取り出す。

 

「私が期待に応えるには、これが限界ですね」

 

 早坂は讃岐に皿を手渡した。讃岐は渡された皿を見つめて一言。

 

「焼き餅って、そんなベタな」

 

 ぶつぶつ言いつつも、棚から箸を取り出す讃岐。

 

「砂糖醤油欲しいんだけど」

「ご自分でどうぞ」

 

 そこまで親切ではない。砂糖と醤油を取りに行く讃岐を横目に、早坂は郵便物の確認を再開した。

 

「さすがは四宮家、切り餅ですら高級品だ」讃岐の咥えた餅が、ビヨーンと伸びる。

 

「はいはい、それ食べ終わったら仕事に戻って下さいね」

 

 手早く餅を食べ終えた讃岐は、自分宛の手紙を手に取った。

 

「じゃあ、僕は着替えてくるよ。また後で」

 

 ひらひらと手紙を振って、休憩室を後にした。

 パタン。控えめな音を立てて閉じた扉を、早坂は目を細くして見据える。

 

 怪しいですね。

 

 讃岐は郵便物を仕分けたと言った。実際、手紙だけを選別して早坂に渡している。

 では何故、自分宛ての手紙に気付かなかったのか? 

 別邸に讃岐宛ての手紙が届くのは珍しくない。本邸から仕事の手紙が度々届くからだ。郵便物に自分宛ての手紙が混ざっているのは、十分想定できただろう。

 手紙を受け取った讃岐は、ラブレターなどと軽口を叩いた。普段通りといえばそうだが、疑ってかかるなら、手紙に気付かなかった動揺を隠すアピールともとれる。

 そして、早坂は以前までと、今回の手紙の違いが分かっていた。封筒の色が違うのだ。以前までは茶色の封筒、今回の封筒の色は黄色。

 彼は普段と違う封筒だから、自分への手紙に気付かなかったのではないか。

 手紙の違いから推測できる事実は1つ。送り主が以前と変わっている。

 

 だとしたら、あの黄色い手紙は、一体誰からの手紙なのだろうか?

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