恋愛は謎解きのあとで   作:滉大

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今回の話は12月24日に投稿する予定だったのですが、間に合いませんでした。
謎解きはありませんが、楽しんでいただけると幸いです。


聖夜を楽しみたい

 12/23 PM4:15 クリスマスイブ前日

 

「倒れたんだって? もう体調は大丈夫なのかい」

「ああ、問題ない。心配をかけたな」

「そりゃあ良かった。なんせ明日はイブだからね。当然、予定はあるんだろう?」

「……まぁな」

「おやおや、何か心配事でも?」

 

 心配しているというには、あまりにも呑気な調子。けれど今の白銀には、それくらいの方が肩の力が抜けて気が楽だった。何も考えずに言葉を紡ぐ。

 

「お前みたいには、なかなか出来ないな」

「僕みたいに? どこを高く評価してくれたのか知らないけど、お勧めはしないよ」

「自覚あったんだな」

 

 会話が途切れる。ひんやりとした風の音だけが耳に届いた。寝転がった白銀の視界で木の枝が揺れる。枝の隙間からは、憎々しいくらいの青空が覗いていた。

 

「俺は自分に自信がない」

「知ってるよ。君の虚勢は龍珠さんのアドバイスだって」

「持ってる奴と渡り合う為に、人より多く時間を掛けた。その結果がこれだ」

「結果ってのは、どれを指してるのかな。四宮さんを射止めた事? それとも倒れた事?」

「後者だ」

 

 聞いておきながら、ふーん、と気の抜けた返事をする。

 

「君の自己評価は正しいみたいだね。だけど、どうにも理解出来ないな。外部生でありながら秀知院学園生徒会長となり、成績も学年1位。更にはあの四宮家ご令嬢と交際している。僕は自己評価甘い方だけど、自分がこれだけの事を成し遂げられるとは、到底思えない。これで調子に乗らない方が不思議だよ」

「化けの皮が剥がれていないだけだ。本当の自分を知っているから、調子に乗る余裕なんてない。俺はお前みたいに、常に自信満々の方が理解出来んよ」

「自信満々ねぇ。そう見える?」

 

 見える。推理している時なんかは特に。だから今までも、少なからず立ち振る舞いを参考にしてきたのだ。ぼんやりと、隙間から見える空を眺めながら頷く。

 

「自惚れ屋のきらいがあるのは自覚しているけど、自分の行動に完璧な自信を持った覚えはない。自分がやるべき事を、過不足無く行なっているだけで」

「どうして過不足無いと言える?」

「分からないよ。結果として過剰だったり、不足したりはする。だけど結果は行動してからじゃないと分からない。僕はただ、そうすると決めているだけ」

 

 自信があるのではなく、自身を恥じる必要がないから、必要以上に卑屈にならない。つまりはそういう理屈だった。

 どんな自分も恥じずに受け入れられるのが、自信がある証拠ではないかと白銀は思う。自分を恥じないのは難しい。球技が苦手、歌が下手、ダンスが踊れない、カナヅチ。自分の欠点を自覚する度に、自己評価は下がるばかり。

 白銀と讃岐では根本的な精神構造が違う。共感できる部分はただ一つ。やるべき事をやる。白銀は自分の目的を明確に定めた。

 

「やるべき事か」

「さしあたって君の場合は……クリスマスプレゼントを決めるべきだろうね」 

 

 痛い所を突かれた白銀は呻き声を上げた。かぐやの異変に病院が重なり、クリスマスプレゼントを買う時間も精神的余裕もなかった為、直前まで用意できていなかった。

 そしてこれが、讃岐を呼び出した理由でもあった。

 

「相談なんだが、明日の午前中暇か?」

「空いてるよ」

「プレゼント選びを手伝ってくれ!」

 

 白銀は起き上がり、切羽詰まった様子で顔の前で手を合わせた。讃岐は両手を頭の後で組んで枕にしたまま、器用に肩をすくめた。

 

「そう来ると思ってたよ。正直人選ミスな気もするけど」

「もうプレゼントは準備したのか?」

「まぁ、クリスマス明日だしね。直前まで用意してない方がレアケース…………でもないのかな?」

 

 何かを思い出したように、自分の意見を変えた。白銀から訝しげな視線を送られた讃岐は、ゆるゆると首を振った。

 

「知り合いに君と同じような人がいてね。彼女は一体、どうするつもりなんだろうねぇ」

 

 

 ◯

 

 

 12/23 PM8:47 クリスマスイブ前夜

 

「クリスマスプレゼントって、何をあげたら正解なのかしら?」

 

 神妙な面持ちで、四宮かぐやは側に控える2人の従者に問いかけた。

 

「心が籠もっていたら、何でもいいんじゃないですか?」

 

 ごく自然であり、誰もが納得するであろう一般的な回答。

 従者の1人早坂愛の回答を聞いたかぐやは、「はぁ……」とため息を吐いて呆れた。

 

「全く早坂は、今はそんな低いレベルの話をしているんじゃないの」

「低いレベル……」

 

 雑魚扱いされ、暗い怒りを募らせている従者に、気付く様子のないかぐやは、子供に言い聞かせるかのようにつらつらと言葉を続ける。

 

「もっと戦略的にどうするかって話をしてるの。これを貰ったらついついテンションが上がって、ついついキッスしちゃうー、みたいなプレゼントを求めてるの。分かるかしら、讃岐」

 

 不穏な空気を察し、我関せずの態度を貫いていた讃岐光谷だったが、主人から回答を求められれば、従者として口を開かざるを得ない。

 横目で早坂の様子を気にしつつ、讃岐は口を開く。

 

「申し訳ありません。私そういった経験はないもので……」

「まぁキッス未経験の貴方達にはちょっと早い話だけど、キッスするには雰囲気作りみたいなのが必須なのよ。いずれ2人にもわかるわ」

 

 しまった、と讃岐は顔を僅かに歪める。安易に下手に出るのは、かぐやを調子付かせるだけで逆効果。火に油を注ぐ結果となった。

 キッス未経験の早坂は、さらに表情を暗くした。

 

「ちなみに早坂は、どんなプレゼントが欲しいの?」

「ノイズキャンセリングイヤホン。もしくは耳栓ですかね」

 

 なまじ電子機器やオーディオ機器に精通しているせいで、早坂の皮肉はかぐやに伝わらなかった。耳栓は電子機器でもオーディオ機器でもないので、かぐやの方にも問題はある。

 

「早坂の趣味は特殊だから、参考にならないわね。もっと男心をくすぐるプレゼントじゃないと……」

「じゃあ、男にぃ、聞いたらぁ、どうですかぁー?」

「男に……」

 

 何かしらヒントを得た表情になるかぐや。クリスマスに優秀な頭脳を支配されているかぐやが、早坂の不穏な様子を全然、全く、これっぽっちも察しない。

 この場でただ1人、淡々と暗い怒りの炎に薪をくべる同僚の姿に戦々恐々としていた讃岐は、空気に耐えかねて口を開いた。

 

「お、お嬢様!」

「何かしら? 男といっても貴方は論外よ」

「全方位を刃で切り付けるお姿、誠に感服いたします…………いえ、そうではなく私、お嬢様にお伝えするのを失念しておりました」

 

 かぐやは首を傾げる。早坂も気になって、怒りを一旦横に置く。

 

「実は私、明日、大事な予定がございま──」

 

 讃岐の言葉を最後まで聞き終わらない内に──ドスン! かぐやはベッドの縁からひとりで滑り落ち、床の上で臀部を強打した。

 早坂も先程までの怒りを忘れてポカンとする。

 尻餅をつき両足を投げ出して、目をパチクリさせるかぐやに対して、讃岐が手を差し出しながら、真面目な顔で繰り返す。

 

「明日、私大事な予定がございまして、屋敷を留守に致します。お許しを」

 

 かぐやは讃岐の言葉を咀嚼して、差し出された讃岐の手を取り、ゆらりと立ち上がってベッドの縁に腰掛ける。

 

「貴方が、イブの夜に、大事な予定…………!? 讃岐の癖に?」

「よく夜に予定があると、お分かりになりましたね。御安心を、私が一日屋敷を留守にしたところで、そうたいしたことではございません。旦那様にも御了承いただいております」

 

 今だに驚きを隠せないかぐや。讃岐の言葉など耳に入っていない。そしてそれは、早坂も同じだった。

 あの讃岐光谷が、クリスマスイブにデート? 全くもって想像出来ない。特に彼をデートに誘う存在が。

 

「そういう訳で、申し訳ありませんが、明日はお願いします」

 

 讃岐は早坂に向き直って頭を下げる。早坂の怒りがかぐやから、自分に向いているとも知らずに。

 

「ええ、どうぞ。私は勤労に励んでいることでしょうが、光谷君は気にせず、聖夜を楽しんで下さい」

 

 同類だと思っていたのに、あっさり一抜けをかました同僚が、とてもムカついた。

 

 

 ◯

 

 

 12/24 PM2:10 藤原家クリスマスパーティー開始約5時間前。

 

 クリスマスイブ当日、白銀御行と讃岐光谷はクリスマスプレゼントを確保する為、都内のショッピングモールへ足を運んだ。

 襲いかかる冬の寒気に肩を縮こませながら、並んで自動ドアを潜る。店内は暖房が効いていて、暖かい空気が全身を包む。拷問のような寒さから解放され、ほっと一息つく。まだ12月、これからもっと寒くなると思うと、先が思いやられた。

 

「聞きたいんだけどさ」

「何だ?」

「何で制服なの?」

 

 紺色のコートにスラックス。学校とは違う出で立ちの讃岐に対して、白銀は普段の寸分違わず学ラン姿。

 

「この後クリスマスパーティーに行くからな」

「答えになってない……。パーティーにも制服で行くのかい?」

「変か?」

「一般論で言わせて貰えばね。君が多大なる愛校心の持ち主だったとは、知らなかったな」

「別にそういうんじゃ……」

 

 秀知院に愛着が無いとはいわないが、休日にまで好き好んで制服を着たりしない。

 かぐやが着ている服の値段を白銀は知らない。けれど高価であるのは分かっていた。だから白銀もそれに合わせて、持っている中で最も高価な服、学生服を着ていたのだ。

 

「さて、プレゼントに目星は付けてあるのかな?」

「プレゼントするなら、既に持っている物は避けたい。四宮は金持ちだし、大抵の物は持っている」

「あの四宮家の御令嬢だからね」

「今日は京都物産展をやっている。地域特有の物なら、流石の四宮も持っていないだろう。狙うならそこだ!」

「京都かぁ……」

 

 讃岐は微妙な反応を示した。白銀が何故か聞こうとしたが、行くだけ行ってみようと讃岐は回答を避けて、会場へと足を向けた。

 

「パーティー用と四宮さん個人用の2ついるんだよね」

「ああ、プレゼント交換をするんだと。四宮に渡る可能性がある以上、どちらも生半可な物は選べない」

 

 京都物産展の会場に着いた白銀達は、食品が並ぶ通りをスルーして、工芸品売り場で足を止める。

 西陣織のポーチ、京扇子、清水焼の茶碗、京竹の箸。様々な工芸品の店が軒を連ねる。

 これだけあれば、白銀は確かな手応えを感じた。

 最初に目に入ったのは、竹のおろし器。これを四宮が持っているとは思えない。

 手に取って詳しく見ようとする白銀を、讃岐は手で制した。

 

「確かに、おじょ……四宮さんは料理が出来るけど、出来るだけで普段は絶対料理人に任せてる。大根おろす機会は無いよ。やめといた方がいい」

「でも少しくらい」

「いや、絶対無い。金持ちってのは、大抵他人を使うものだよ。彼女ほどの地位になれば特に」

「そ、そうか……」

 

 白銀と同じ外部生とはいえ、讃岐は大手食品メーカーの息子。正真正銘の金持ちである。彼の言葉には金持ちとしての説得力があった。白銀は出した手を引っ込める。

 

「だったら食器とかか? 使わないって事はないだろ。清水焼に京焼、色々あるな」

「茶碗とかは持ち運びに気を遣わない? パーティー用なら、僕はこっちの方が良いと思う」

 

 讃岐が指差したのは西陣織のハンカチ。京都の伝統技法で、鮮やかに染め上げられたハンカチは、一眼見て良い物だと分かる。良い物なのは間違いないのだか……。

 

「流石にハンカチは無難すぎないか? 折角のプレゼントだし、もっとこう」

「藤原さん主催とはいえ、クリスマスパーティーだし、みんな気合を入れて、小洒落た物を用意するだろうね」

「それにハンカチで対抗できるとは思えん」

 

 ハンカチの良し悪しどうこうではなく、ハンカチというアイテムそのものが、プレゼントとしてのインパクトに欠ける。讃岐だって理解している筈だ。なのに何故? 

 

「考え方を変えるんだ。一風変わったプレゼントの中に、ハンカチが混じっていたら、普段は面白味がないと思われるハンカチも逆に異彩を放つ!」

「逆に……!」

「むしろ奇を衒っているよ! 逆にね」

 

 そうか、逆に。目から鱗が落ちる思いだった。特別な場においては、普通の物が目立つ。

 

「そういう考え方もあるか。捻くれた思考だが、お前に相談して正解だったかもしれん」

「どういたしまして」

 

 白銀は瞬く間にプレゼント用に包装された、西陣織のハンカチを手にしていた。

 

 特別な中に普通があれば目立つだろうが、それは悪目立ちというものだ。ハンカチがクリスマスパーティーのプレゼントとしては、無難で面白味がない事実は変わらない。白銀がそう気付くのは、プレゼント交換が始まってから。この時は後に後悔する羽目になるなど知る由もない。

 

 パーティー用のプレゼントは確保した。次が本命。白銀は気合を入れ直す。

 物産展で目ぼしい物は無かったので、他の売り場へと移動する。

 

「当てはあるのかな?」

「正直分からん。四宮の持ち物は一級品ばかりだろうし、趣味もないしな。それに安物では済ませられない」

「それじゃあ、趣味になりそうな物を渡したら?」

「趣味か」

 

 周囲を見渡す。店はどこもクリスマスの雰囲気を全面に押し出していた。これを機に稼いでやろうという商魂が逞しい。入口が腹を空かせている猛獣の口のようだ。

 白銀はある商品を目にして讃岐に声をかける。

 

「これなんかどうだ?」

 

 2人は商品の前で足を止めた。目の前にあるのはクリスマスらしく、トナカイが引くソリに乗ったサンタクロースのジグゾーパズル。3種類あり、それぞれピース数が違う。

 

「確か完成時間の目安は1000ピースで20時間、2000ピースで45時間、3000ピースで60時間」

「どれがいいと思ってるんだい?」

「長く楽しめる3000ピースだな」

「うん、絶対ダメ」

「絶対ダメ!? 理由を聞いてもいいか」

「言ったろう、金持ちは人を使うんだ。賭けてもいいけど、彼女は絶対パズルを使用人に作らせるよ。そうなったら、ぼく……使用人が可哀想じゃないか」

 

 力強く断言された。余りにも自信満々なので白銀は困惑する。

 

「そ、そうなのか。しかしよく断言できるな。やっぱり同じクラスだし、四宮とはそういう話をするのか?」

「ほとんど話さないよ。でも金持ちの習性には自信があるんだ」

 

 パズルから逃げるようにして、讃岐は早足で店から遠ざかる。白銀は後ろ髪を引かれながらも讃岐の跡を追った。

 それから様々店を見て回ったが、プレゼントは中々決まらない。刻々とパーティーの時間が迫る。

 

「もう見てない店の方が少ないな」

「候補を1つずつ消していけてるのは無駄じゃないさ」

「前向きだな。だがここは」

 

 入口の看板を見上げる。看板の文字は白銀でも知っている玩具屋。

 玩具屋にかぐやに合うプレゼント……期待は薄い。

 店内には子供向けのミニカーやキャラクターグッズ。後輩の石上優が持っていそうなゲーム機やゲームソフト。かぐやはゲーム機を指して、ピコピコと言っていたくらいなので、ゲームに興味はないと思われる。

 トランプやUNOといったアナログゲームのコーナーに入る。入って少しした所の棚にある商品を見た瞬間、白銀に激しい衝撃が走った。

 

「これだ!」

 

「どれ?」白銀の背後から讃岐が顔を出す。「なる……ほど?」

 

「趣味にもなるし、高価な物もある! 何より逆にありだ!」

 

 衝撃は走った。ただし、焦りと疲れと迷走で万全ではない、そして逆にという讃岐の言葉に惑わされた頭脳に。

 

「けん玉? 逆にだね」

「そう、逆にだ」

 

 もはや何の逆か、何が逆なのか分からない。

 

「時間はかかったけど、プレゼントが決まって良かったね」

「ああ、協力感謝する。おかげで無事、クリスマスパーティーを迎えられる」

「成功報告期待してるよ」

「任せておけ」

 

 2人はがっしりと暑い握手を交わした。

 

 こうして白銀のプレゼント選びは失敗に終わった。

 

 

 ◯

 

 

 12/24 PM8:30 クリスマスイブ終了3時間半前

 

 あっ。──早坂は少し遅れて自分の失敗に気付いた。

 屋敷へな来客もなく、かぐやは外出しているので、早坂の仕事は比較的早い時間に終わった。終わったといっても、かぐやの帰宅を迎えなければいけないので、厳密にはメイド服のまま待機している状態。

 いつものように使用人用の休憩室で、コーヒーを淹れている最中だった。いつもと違うのは、同級生であり同僚でもある讃岐の不在。

 

 つい2人分淹れてしまった。

 

 ポットに落ちる黒い雫を見詰める。そもそもコーヒーを淹れる必要は無いのだ。普段1人の時は仕事が終わった後、休憩室を訪れたりしない。

 最近讃岐が本邸に呼び出されていなかったせいか、変に習慣付いてしまっていた。

 かぐやと讃岐が居ない屋敷は、ただでさえ広い屋敷を、更に広く感じさせる。

 

「全く、私に仕事をさせておいて、自分はイブにデートですか。光谷君にはそのうち天罰が下るでしょうね」

 

 無駄にコーヒーを淹れてしまった腹いせにと、同僚に対して愚痴るが、何だか余計虚しくなるだけだった。

 ため息を吐いて椅子に座る。コーヒーを飲む気にもなれず、ただただボーッと座っていると、──ピンポーン。

 広い屋敷にインターホンの音が響いた。

 

 遅い時間に一体誰が? 

 

 あと2時間で日付が変わる時間帯に、尋ねて来る輩など普通ではない。

 早坂は警戒心を抱き、側に置いてあるタブレットで来客を確認する。玄関カメラの映像がタブレットに映し出された。映像に目を通した早坂は絶句した。

 二の句を継げないでいると、再びインターホンが鳴った。ピンポーン──虚しく響き渡る音で、早坂は現実に目を向ける決心をした。

 タブレットに映し出された映像。そこにはナイトキャップのような赤い帽子に、白いモコモコが付いた赤い服。赤い手袋を付けた両手には布の白い袋と、四角い白い箱を持っている。俗にいうサンタクロースが立っていたのだ。

 サンタクロースが三度インターホンを鳴らそうと手を伸ばしたところで、早坂はタブレットのスピーカーをオンにする。

 

「どちら様ですか?」

『メリークリスマス! おやおや、サンタクロースを知らないのかい?』

「御足労いただいて申し訳ありませんが、当家に良い子はおりません」

 

 にべもない返事にも、サンタクロースはめげない。

 

『いやいや、この時間、家の前に現れたサンタクロースの相手をしてくれる子が、良い子ではなくて何なのだろう!』

「不審者である自覚があったんですね。……煙突は開けておきますので、どうぞお好きに」

『昨今はサンタ界隈もコンプライアンスが厳しくてね。煙突から侵入なんて、危険な行為は推奨されていないんだ』

「それは大変ですね。ところで──」

 

 言葉を続けようとする早坂を、サンタクロースは慌てて止めた。

 

『ねぇ、これまだ続くの? 寒いし、そろそろ中で話したいんだけど……!』

 

 自分から始めた茶番だろ。本来はあっさり中に入れて貰える予定だったらしい。

 早坂はタブレットを置いて玄関に向かう。玄関扉を開くと冷たい風が入り込む。続いて赤服の不審者がそそくさと屋敷に入った。

 サンタクロース──もとい讃岐光谷はジトっとした半眼を早坂に向けた。

 

「わざと長引かせたでしょ」

「まさか、屋敷にはか弱い女性1人でしたから。用心するに越した事はないでしょう」

「君でか弱いなら、僕は虚弱体質を自称しないといけなくなる」

 

 讃岐はサンタ帽子を脱いで、床に置いた布の袋に入れる。

 

「雪一つ降らないなんて、神様も気が利かないよね」

「雪が降ったら、もっと寒かったでしょうね」

「神様は実に気が利いている!」

「……光谷君って寒さに弱かったんですね」

 

 讃岐の帰宅により、屋敷がにわかに活気付く。

 

「大事な用事は楽しめましたか?」

 

 サンタ服のボタンを外していた手がピタリと止まり、讃岐は目を瞬かせた。

 

「えっ? 初めての体験ではあったけど、楽しいって感じではないかな」

 

 意外な──ある意味では予想通りの──答えだった。

 

「そうなんですか? まぁ、光谷君の感性は独特ですからね。お相手には同情します」

「同情までしなくても……。ちゃんと愛想良くしてたよ。次から次へと大変だったけど」

 

 次から次へと!? 

 

 複数の人の相手をしていたと取れる発言。何かしら言い間違えたのかもしれない。早坂は確認の意味を込めて尋ねる。

 

「……一応聞きますが、相手はお一人だったんですよね?」

「いや? 流石の僕でも、一々数えてられなかったよ。なにせ今日はクリスマスイブだからね」

 

 聖夜にそんな生々しい話、聞きたくなかった。そして目の前の同僚が女性をたらし込むクソ野郎である事実は、思った以上に早坂にダメージを与えた。

 早坂の内心も知らず、讃岐は満足げに右手の白い箱を持ち上げた。

 

「まぁ、報酬も貰えたし今回は良しとしよう」

 

 早坂に向けて白い箱を掲げる。箱に貼ってあるシールにはケーキ、要冷蔵とある。

 

「報酬……貢物?」

「むしろ奉仕したのは僕の方だけどね。我ながら寒い中頑張ったよ」

「寒い、何をしたんですか?」

「呼び込み」

「…………?」

 

 話がいまいち噛み合わない。早坂は首を傾げた。そんな早坂の様子を、讃岐も疑問に思っているようだった。

 

「そういえば言ってなかったっけ。今日ケーキ屋でバイトするって」

「…………言ってません。一言も」

 

 聖夜に大事な用事などと言うから、早坂やかぐやは、てっきりデートだと思い込んでいたが、実際はアルバイトだったようだ。全くもって紛らわしい。

 

「そもそも何故アルバイトなんか……」

「神保町に、僕の行きつけの古本屋があるのは知ってるだろう? そこの店主と、本の値引きを賭けて将棋をしたんだ」

「光谷君は賭けに負けたと」

 

 そうなるね。讃岐は苦々しい表情で肯定した。負けたのが悔しいのか、値引きできなかったのを悔やんでいるのか。恐らく両方だろう。

 

「負けた代償として、店主の息子さんのケーキ屋で、アルバイトをする羽目になったんだ。呼び込みに接客と、それはもう八面六臂の大活躍。健全な男子高校生をイブの夜にこき使おうだなんて、とんだ悪辣じじ……おじいさんだよ」

「どうせ予定無かったじゃないですか」

「そういう問題じゃないんだよ」

 

 会話で止まっていた手を動かして、サンタ服のボタンを外し上着を脱ぐ。脱いだ上着も帽子と同様に白い袋に放り込む。中に着ていた灰色のセーターが露わになる。

 

「それも報酬ですか?」早坂はサンタのコスチュームが入った白い袋を指差す。

 

「もう要らないって言うからさ。こっちのケーキも2つ貰ったから、1つあげるよ」

「ありがとうございます。……まさかとは思いますが、着たまま帰って来たんじゃないですよね」

「……」

 

 無言は何よりも雄弁に物事を表す。

 

「四宮家の人間がクリスマスに浮かれていると、近所で噂になったらどうするんですか」

「実際、四宮家のお嬢様は浮かれているからね」

「かぐや様が上手くやれているといいのですが……」

 

 讃岐は呆れたような苦笑を浮かべて、布袋を肩に担いだ。

 

「主人想いなのは結構だけど、イブの夜くらい、自分だけの為に過ごしてもバチは当たらないんじゃない?」

 

 そんなに人の事ばかり、気にしているように映っただろうか。

 妹のような存在であるかぐやの心配をするのは、早坂にとって自然な行為であり、自分の為といっても相違ない。

 とはいえ、讃岐の気遣い自体は有り難い。普段の仕事から気を遣って欲しい、という小言も胸の中に収めておく。

 イブらしい過ごし方──考えてもピンと来なかった。ならばここは、言い出しっぺに責任を取って貰おう。

 

「ケーキを食べるのは、イブらしいですよね」

「ありきたりだけど、とてもイブらしいね」

「でも1人で食べるのは、イブにしては寂しいと思いませんか?」

「僕も同感だね」

「友人に寂しい思いをさせるのは、気が咎めますよね」

「勿論。僕は友達想いな男だからね」

 

 一息吸って、言葉に詰まる。普通に話そうとしているだけなのに、何故か緊張した。

 

「……では、御一緒して頂けますか?」

 

 讃岐は口元に柔らかい笑みを湛え、芝居がかった態度で、慇懃に頭を下げた。

 

「僕でよければ、喜んで」

 

 

 

 

 讃岐が着替えをしに自室へ戻ったので、早坂はケーキが入った箱を持って休憩室へ向かった。

 ケーキ用の皿とフォーク、讃岐の分のコーヒーカップを用意する。手に取った、2人分の量が入ったコーヒーポットを見詰める。どうやら1人分無駄にせずに済んだようだ。

 

 今日は休暇の筈だが、着替えを終えた讃岐は仕事着であるダークスーツ姿だった。休憩室の椅子に腰を下した讃岐は、白い箱を開いて中身を見せる。箱の中にはチーズケーキと、イチゴの乗ったショートケーキ。

 早坂はショートケーキ、讃岐はチーズケーキをそれぞれ取って皿の上に乗せた。

 

「お嬢様の分は無いから、帰って来るまでに食べないとね」

 

 イタズラっぽく口角を上げる。釣られるようにして早坂も笑った。

 

「それは不味いですね。拗ねてしまうかもしれません」

 

 従者達はケーキを食べながら、たわいも無い話をして過ごした。雇い主への愚痴だったり、過去に讃岐が解き明かした事件の話。かぐやが帰宅するまで、2人の会話は続いた。

 プレゼントも、雪も、ロマンスも無い。有るのはケーキだけのクリスマスイブだけど、確かな充実感を早坂にもたらしたのだった。

 

 12/25 AM0:00 クリスマスイブ終了

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