恋愛は謎解きのあとで   作:滉大

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マスメディア部は調査したい

 マスメディア部。

 校内新聞の出版しか、部の活動内容を知らない部外者からすれば「新聞部でいいじゃん」と思わずにはいられないが、実際のところマスメディア部の活動は新聞作成以外にも、SNSから裏サイトの噂調査など、多岐に渡って校内の情報管理を行っている。

 マスメディア部の部員である(きの)かれんは、部室で親友である巨瀬(こせ)エリカと共に、裏サイトに寄せられた投書を確認していた。

 木々は瑞々しい新緑に色づき、日もすっかり長くなった。夏の到来を感じさせるのはそれだけでなく、かれんやエリカを含む大多数の秀知院学園の生徒は、制服を長袖から半袖へと衣替えしていた。

 夏の風物詩といえば、プール、かき氷、海と様々だが、裏サイトに集まるのはそんな明るい話題ではない。

 

【動く絵画】

 

【首吊りの木】

 

【十三階段】

 

 秀知院に伝わる七不思議を筆頭に、ポルターガイスト、金縛り。扇風機に代わって身体と肝を冷やしてくれる、実用的な話題で溢れていた。背筋の冷やし過ぎには注意をした方がいいだろう。

 数ある怪談話の中でかれんが目に留めたのは、今秀知院で最も話題になっている七不思議の一つ【無人のピアノ・ソナタ】であった。

 

「これ本当だと思う?」

 

 一緒にパソコンを覗き込んでいたエリカが意見を求めた。

 

「それを調査するのが(わたくし)達の仕事ですわ」

「でも悪戯かも知れないでしょう。ここの投書ただでさえ変なのが多いんだから」

 

 かれんの返答に、なおも食い下がるエリカ。おやおやとかれんは思った。もしかして、

 

「エリカ、調査するのが嫌なんですの?」

 

「うっ……」とバツが悪そうに呻いたエリカだったが、その後一転して開き直った。

 

「だって、怖いの苦手なんだからしょうがないじゃない!」

 

 エリカはパソコンを掴むと、かれんの方に向けた。画面には【無人のピアノ・ソナタ】に遭遇したらしい生徒からの投書が映し出されていた。

 

「こんなの見たら怖くて調査なんてできないわよ!!」

 

 かれんは映し出された投書の内容に目を通した。

 

 

 

 

 私が演奏とはいえない、不規則で不気味なピアノの音色を聞いたのは夜の学校でのことでした。

 授業で出た課題に使う教科書を学校に忘れた私は、少し怖かったのですが夜の学校に取りに行きました。時刻は午後八時くらいだったと思います。

 校内は暗くて、今にも何か出てきそうな雰囲気でした。教室に鍵が掛かっているだろうと思ったので、最初に一階の職員室を目指しました。

 職員室には明かりが灯っており、何名かの先生方の姿がありました。私はそれを見て、安心すると共に勇気が出てきました。鍵を貰い職員室を出る頃にはしっかりとした足取りで二階の教室に行きました。廊下の電気は自動で点くので明るく、次第に恐怖心は薄れました。

 教室に着く頃には、なぁんだ夜の学校なんてこんなものかと、余裕すらできていて、何か起これば話の種になるのにと、邪な期待すら抱きました。今になって振り返ると、変な期待なんてしなければ良かったと後悔しています。

 目当ての教科書を持って教室を出ようとした瞬間

 

「!?」

 

 ピアノの音が聴こえました。規則性の欠片もない子供が適当に鍵盤を叩いているみたいでした。

 背筋にぞわぞわとした悪寒が走り、腕には鳥肌が立ちました。

 気のせいだと願いながら耳を澄ますと、再びピアノの音色がかすかに、しかしハッキリと聴こえました。

 この時、真っ直ぐ帰っていれば、吹奏楽部の人が居残ってピアノの練習をしていたんだなと、自分を納得させられたと思うのですが、好奇心に駆られた私は、音楽室へと足を運んでしまいました。

 音楽室は渡り廊下を通った、向かいの校舎の三階にあります。三階の廊下に立つと、自動で照明が点灯しました。その時ばかりは、白い光も恐怖を紛らわしてはくれませんでした。

 一歩、また一歩とゆっくり足を進めて、ようやく音楽室へ辿り着きました。

 恐怖を抑えつけるように、一気に扉を開こうとしましたが、ガタンと音を立てるだけで扉は開きませんでした。鍵が掛かっていたのです。ここで私の恐怖は頂点に達しました。

 廊下の照明はセンサーが人を感知すると、自動で点灯するのですが、私が三階に着いた時点で照明は点いていませんでした。私がピアノの音を聞いてから音楽室に到着するまで、一分もかかっていないので、ピアノの奏者が音楽室から出たのなら、三階の照明が点いていないとおかしいのです。

 その上、教室へ向かう途中校舎の窓から外を眺めていましたが、向かい側の校舎で、明かりが点いている教室はありませんでした。

 つまり、私が来る前にも後にも音楽室に人はいなかったのです。それにも関わらず、ピアノは音を奏でていたのです。

 私は急いで職員室に戻り、鍵を返して学校を飛び出しました。

 

 後日、先生方にこの事を話しましたが、ピアノの音は聞こえなかったとの事です。

 

 

 

 

 自分が同じ状況に置かれれば間違いなく恐怖するだろうが、読んだ限りでは、怖いというより不思議に思う気持ちが優先される。エリカが怖がっているのは、怪談の舞台が身近な音楽室なのも理由の一つだろう。

 とはいえ、噂の調査は(れっき)としたマスメディア部の活動である。あっさり投げ出すのは気が引ける。それに、調査をするにしろ、かれんとしても怖いのが得意ではないので、エリカと二人では心許ないのも事実。

 どうしたものかと、頭を悩ませていたかれんだったが、突如アイデアがひらめいた。

 

「助っ人を頼むのはどうでしょう」

「助っ人って? マキは私以上に怖いの苦手だから無理よ」

 

 エリカが挙げた共通の友人の名前に、かれんは首を振った。そんな惨い事はできない。ただでさえ最近の彼女は、不幸に拍車がかかっているのだから。それはもう、神の意思が働いているのではないかと思うくらいに。

 

「じゃあ誰なの?」

 

 首を傾げるエリカにかれんは、その人物の名前を告げた。

 

 

 

 

「それで、ウチにー?」

 

 間伸びした口調で陽気に尋ねるのは、かれん達が自称するかぐや様ファンクラブの一員である早坂愛だ。ちなみにファンクラブの会員数は三人のみである。

 放課後なので帰っているだろうと諦めかけたが、校庭でぶらついているのを発見できたのは幸運だった。

 

「はい! 是非私達の調査に協力していただきたいのです」

 

 かれんの勢いに気圧されたように、早坂は身を引いた。

 

「それっていつやるの?」

「今夜です。一応これから事前に、音楽室の下見に行こうと思っていますが」

「今夜かー」

 

 悩むような呟きを漏らす早坂。気を遣わせてしまっただろうかと、かれんは慌てて口を開こうとしたが、早坂の返事が先だった。

 

「オッケー! じゃあ見にいこっか」

「本当にいいんですの!?」

「いーよ。ウチもあの噂気になってたんだー」

 

 かれんとエリカは喜びのあまり、ハイタッチした。

 

「早坂さんが来てくれるなら心強いわ! 絶対に幽霊の正体を暴いてやるんだから!」

 

 興奮して意気込むエリカを横目に、かれんは申し訳なさそうに尋ねた。

 

「よかったんですの? もしかして、バイトがおありになったのでは……」

 

 外部入学の混院ならともかく、金持ちだらけの純院の生徒にしては珍しく、早坂はアルバイトをしていた。金銭に困っているとは思えないので、社会経験が目的なのだろうか。どんなバイトをしているかまでは、かれんも知らない。

 

「平気平気。いつもウチが働いてるから、少しくらい頑張ってもらわないとねー」

 

 黒さを伴った早坂の発言。バイト先での人間関係に苦労しているんだろうか。

 

 

 

 

 音楽室に入って右手には、音楽準備室があり、ピアノは入り口正面に置かれていた。

 カーテンは開け放たれており、年季の入った黒いグランドピアノが、夕日の光を浴びて滑らかに輝いていた。

 

「あれが噂のピアノですわ」

 

 かれんがグランドピアノを指差した。

 三人はピアノの屋根や鍵盤蓋を開けてみたり、適当に鍵盤を叩いてみたりしたが、特に異常は見られなかった。

 

「変わったところはありませんね」

「仕掛けはなさそうだよねー。本当に幽霊の仕業だったりして」

「怖い事言わないでください。またエリカが……あら、エリカ?」

 

 いの一番に怖がって喚き出しそうなエリカが、話に入ってこないと思ったら、熱心に窓から外を眺めていた。

 かれんが声を掛けようと近づくと、エリカが振り返って、真剣な表情で二人を手招きした。

 

「早くこっちに来て!」

「何ですの一体……」

 

 渋々ながら窓際に移動したかれんは、息を呑んで固まった。

 マスメディア部二人の異変に気付いた早坂が、「どしたしー」と声を掛けながら近づいた。

 早坂が側に来ると、かれんとエリカは同時に勢いよく振り向いて、まるで練習していたかのように声を揃えて言った。

 

「かぐや様ですわ!!」

「かぐや様よ!!」

 

 それだけ言うと、すぐさま一階の渡り廊下をあるくかぐやの観察に戻った。

 艶のある烏の濡れ羽色の髪、凛としたルビーの瞳、気品溢れる佇まい。間違いなく四宮かぐやだった。夕日に照らされた横顔も美しい。

 かぐやを舐め回すように見詰めるかれんとエリカは、自他共に認めるかぐや信者である。

 カプ厨のかれんは白銀が隣にいないのを歯噛みし、かぐやの信奉者であるエリカは目の前の幸福に浸った。

 それだけで終わらないのが、彼女達が信者である所以だ。おもむろにエリカは窓を開けると、深呼吸を始めた。

 

「巨瀬ちん、何してんの?」

「もちろん、かぐや様と同じ空気を吸っているのよ!」

「ここ三階だし! 絶対、同じ空気吸えてないし!」

 

 早坂のツッコミが聞こえていないのか、かぐやの肺活量を過信しているのか、エリカは深呼吸を繰り返す。

 エリカには言っても無駄と考えたようで、早坂は矛先をかれんに向けた。

 

「紀ちんは友人の奇行を前に、何でそんな平然としてんの?」

「この程度の奇行は日常茶飯事ですわ」

「この程度!? しかも常習犯なの!」

 

 ツッコミを連発させて息を荒げる早坂に、エリカの奇行を見慣れていないからしょうがないと、自分の事を棚に上げて思うのだった。

 窓から強い風が吹き込み、カーテンがはためいた。その様子を目にしたかれんは「あら?」と声を上げた。

 かれんは黒色のドレープカーテンと、下にあるレースカーテンを手に取った。

 

「かれん? どうしたの?」

 

 いつの間にか犯行を終えていたエリカが尋ねる。

 かれんはしゃがんでドレープカーテンとレースカーテンの裾を引っ張った。

 

「見てください。二つのカーテンの大きさが違い過ぎませんこと?」

 

 引っ張られて張り詰めた二種類のカーテンの長さを比べると、ドレープカーテンの方が十センチ程長かった。レースカーテンよりドレープカーテンを長くするのは普通だが、十センチとなると長過ぎる。

 

「買う時に間違ったんじゃない? 流石に今回の事件とは無関係だと思うわ」

「……そう、ですね。カーテンをいくら長くしても、ピアノは演奏できませんもの」

 

「てかさー」と早坂が声を発した。

 

「音楽準備室のピアノを弾いたんじゃない?」

「どういう事?」

 

 理解ができず首を捻るエリカに、早坂は音楽準備室を指差し説明する。

 

「女子生徒は、音楽室に明かりが点いてないから、室内には誰も居なかった、って思ったんでしょ。でも準備室のピアノを使えば、明かりを点けるのは準備室だけでいいから、音楽室自体は真っ暗なままピアノが弾けるじゃん。まー、そんな事した目的は謎だけど」

「それだわ! それなら辻褄が合う。ねぇ、かれん。もう解決したんじゃない」

 

 早坂の推理通りなら、面白い記事になっただろうが、残念ながらかれんは反証を投稿者の女子生徒から得ていた。

 

「女子生徒はグランドピアノの音だったと、証言していますわ」

 

「あー、なるほど」納得する早坂とは対照的に、困惑するエリカ。かれんは親友が理解できるよう丁寧に説明する。

 

「音楽室にあるピアノはグランドピアノですが、音楽準備室にあるのはアップライトピアノで、両者の音には違いがあるのですわ」

「そうなの? そんなのよくわかるわね」

「女子生徒は中学までピアノ教室に通っていたので、違いがわかったそうですわ」

 

 それからも三人寄って考えたが、文殊菩薩が知恵を授けてはくれなかった。

 

 

 〇

 

 

 一流の高級食材をふんだんに使い、一流の料理人がふんだんに腕を振るった料理。それらを盛り付けた、ふんだんに金を使い購入した食器が食卓に並んだ。

 四宮かぐやが食事を終えたタイミングで、すかさず側に控えていた讃岐は下膳(さげぜん)に取り掛かった。

 かぐやは聞きたいことがあったので、讃岐が戻って来るのを食卓に座ったまま待った。

 再び現れた讃岐は驚いたように片方の眉を上げたが、ハッと察した表情になり、かぐやの耳元でヒソヒソと尋ねた。

 

「マトウダイのソテーとシタビラメのムニエルが用意できますが、いかがいたしますか?」

「いらないわ」

「では、ラーメンですか?」

「違うわよ! 食べ足りないから待ってたわけじゃないわ!」

 

 変な勘違いをした使用人にかぐやは言った。「申し訳ございません」と丁寧に頭を下げた。この男、わざとやっているんじゃないだろうか。かぐやはそう思えて仕方がなかった。

 

「それにしたってラーメンはないでしょう、ラーメンは」

「偶には庶民の味をご賞味されたいのかと。では、お嬢様は何のご用件で、ボケっとお座りになってお待ちなされておられたのですか?」

 

 天下の四宮財閥の令嬢ともなれば、無礼な発言をする使用人を怒鳴りつけるような、品のない真似はしない。かぐやは花のような笑顔を見せた。

 

「長く働きたいなら、言葉遣いには気を付けた方がいいですよ」

「お待ちいただき光栄でございます。何なりとお申し付けください」

 

 礼儀正しい使用人の態度に満足したかぐやは、夕食の時から居ない人物について尋ねた。

 

「早坂はどうしたの? 姿が見えないようだけど」

「早坂さんなら、学校で怪談の調査を行なっております」

 

 耳がおかしくなったらしい。意味不明な幻聴が聞こえた。いくら讃岐が変人でも、怪談の調査なんて出鱈目を真顔で言うはずがない。

 かぐやは何事もなかったかのように再度問いかける。

 

「早坂はどうしたの? 姿が見えないようだけど」

「……お嬢様、聞き間違いや幻聴ではございません。早坂さんは現在、夜の学校に居られるのです」

 

 自分の耳は正常だったらしい。となると別の問題が発生する。早坂が意味不明な調査をしている理由は何なのか。

 

「どういう事なの? 全く理解できないわ」

「最近、秀知院で噂になっている怪談は、お嬢様もご存知かと思われます」

「ええ、知っているわ。自分の理解を外れた出来事が起こると、すぐに怪奇現象に結びつけるのだから困ったものね。まるで江戸時代の人間だわ」

 

 ピアノが勝手に鳴るなんて物理的にあり得ない以上、ただの聞き間違いか、それこそ幻聴だ。大方夜の学校の雰囲気にあてられたのだろう。

 かぐやは幽霊を信じていないので、この噂も一笑に伏していた。一方で自分が音楽室にいる間、絶対に一人でに音を奏でるなと、ピアノに念を送っていた。霊を信じないが、怖いのは苦手という複雑な心境がなせる技である。

 

「全面的に同意いたします。マスメディア部が怪談の調査に乗り出したのですが、助っ人として、早坂さんに白羽の矢が立ったようです。おかげで私の仕事はずいぶん増えました……」

 

 最後の一言で、早坂が怪談調査なんかに同行した一番の理由を、かぐやは理解した。

 前向きに捉えれば、任せられるくらいには仕事に対して信用があるのだろう。捻くれた信頼関係だと、かぐやは思った。

 

「しかし残念ながら、本日幽霊は現れないでしょう」

 

 既視感を覚える断言の仕方。かぐやはこれまでの讃岐の実績から察した。

 

「貴方は怪談の正体がわかっているようね」

「見当はついております」

 

 癪に触る程、自信に満ちた返答。

 

「どうせ、話したいのでしょう。聞いてあげるわ」

「御心遣い感謝いたします。その前にお願いがございます。怪談に関しましては当初から、ゴシップ好きの後輩に聞いておりますが、内容に相違があるかも知れませんので、お嬢様の知る怪談の内容をお聞かせ願えないでしょうか」

 

 隙を生じさせない徹底ぶりである。使用人の仕事にこそ、その熱意を向けてくれないものか。

 かぐやは呆れながらも、要望通り【無人のピアノ・ソナタ】の怪をかぐやは語り聞かせた。

 

 

 ○

 

 

「昨夜は収穫がありませんでしたわね」

 

 かれんが口元を隠しながら、小さく欠伸をした。

 昨夜、早坂達は音楽室に張り込んでいたが、結局幽霊は現れなかった。なので、今日も調査のために音楽室に向かっているのだが、早坂は既に知っていた。【無人のピアノ・ソナタ】の真実を。

 音楽室の扉にかれんが手を掛けようとした時、扉が開いた。そこには見慣れた長身の姿。

 

「おや? 珍しい組み合わせだね。何の集まりかな」

 

 右手をズボンのポケットに突っ込んで、音楽室から出て来た讃岐は、早坂とかれんとエリカを、まじまじと見比べた。

 早坂は、今にも答えそうなエリカの口を塞ごうとしたが、遅かった。エリカは胸を張って返答した。

 

「当然、かぐや様ファンクラブよ!」

 

 何が当然なのかわからないが、エリカは自信満々だ。

 讃岐は薄らと笑みを浮かべた。嘲笑ではなく、労わるような笑みだ。

 

「君と紀さんはともかく、早坂さんも? とうとう頭の味噌まで、発酵させてしまったのかな」

「頭の味噌? 何言ってるの」

「エリカ、貴女ものすごくバカにされていますのよ! 気付いて下さいまし!」

 

 かれんがエリカの両肩に手を置き揺さぶる。

 エリカに皮肉は通用しないらしい。頭上に大きな疑問符を浮かべている。ある意味無敵だ。

 

「とにかく、私達はかぐや様ファンクラブの仲間なの!」

「まさか……本当に?」

 

 未だに早坂が否定をしないので、讃岐はまさかという目を早坂に向けた。

 一番嫌な人物に、バレてしまった。かぐや信者達と同類と思われるのは些か不本意だが、否定するとキャラが崩れるので、否定はできない。

 

「そーなんだっ。かぐやちゃんに、ちょーあこがれててーっ!」

 

 語尾に星がつきそうなハイテンション。遺憾無くギャルの演技を発揮する。

 讃岐は顎に手を添え、数秒沈黙した後、

 

「……なるほど。君も大変だな」

 

 と全てを理解したかのような一言。

 バレたのは最悪だが、讃岐の察しが良すぎるのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。

 

「私に片付けを押し付けて、何楽しそうに話してるんですかー」

 

 音楽室の中からまた別の声が聞こえた。その声に、振り向いた讃岐が反論する。

 

「人聞きが悪いな、藤原さん。罰ゲームなんだから、演奏するだけな訳ないだろう」

 

 今まで音楽準備室にいたらしい藤原が、恨みがましく讃岐を睨んでいた。

 藤原は早坂達に駆け寄ると「聞いてくださいよー」愚痴り始める。

 

「片付けって?」

「吹奏楽部が使ってたんだけど、貸してくれてね。お礼に楽器の片付けを申し出たんだよ」

「てか、音楽室使って何してたのー」

「あっ、それはですねー」

 

 愚痴を言い飽きたのか、藤原が経緯を説明し始めた。

 TG部でゲームをしていた藤原と讃岐は、ゲームに負けた方が勝った方の命令を聞くという、なんともありきたりな罰ゲームを設けた。結果は見ての通りで藤原の負けだった。

 勝者となった讃岐は、かつて天才ピアニストと呼ばれた藤原に、ピアノの演奏を聴かせるよう命じた。

 

「それで音楽室にいたのですね」

「君達こそ何で音楽室に?」

 

 知っているくせに、平然と言ってのける讃岐の白々しさに、早坂は感心した。

 

「讃岐さんと藤原さんも、音楽室の怪談は知っていますでしょう。私達はその調査に来たのですわ」

 

 面白そうと、つぶらな瞳を輝かせる藤原。また面倒な事態を引き起こす

 のではないかと、早坂は警戒した。彼女は対象Fと呼ばれる危険人物なのだから。

 予想に反して先に口を開いたのは讃岐だった。

 

「それなら、藤原さん。またピアノを弾いてみてはどうかな」

「え? 何でですか」

「君の演奏は、予想に反して素晴らしいものだった」

「予想に反して?」

 

 にこやかな笑顔を浮かべた藤原の瞳からハイライトが消えた。分かりやすく言えば、目が笑っていない。

 

「きっと幽霊も、釣られて出て来てしまうだろうね」

 

 数秒前に讃岐が発した失礼な言葉など、忘れたかのように天真爛漫そのものの笑顔になる藤原。「そんな〜、大袈裟ですよ。確かに音楽の授業で、先生に演奏を頼まれますけど」と鼻を鳴らして、発育の良い胸を張る。

 一方でかれんとエリカは、意味不明な発言に困惑して顔を見合わせる。

 唯一早坂だけが、その発言の真意を理解していた。

 

 

 ○

 

 

「ありがとうございます。私の知る怪談と、遜色ないようでございます」

 

 かぐやの話で確認作業を終えた讃岐は、満足そうな声音で礼を述べた。

 夕食時は異様に長い食卓の脇に控えている讃岐だが、今はかぐやの側まで踏み込んでいた。

 

「前提として、この世に霊などは存在しないとして、話を進めても構いませんでしょうか?」

「いいわよ。実際に霊なんていないのだから」

 

 無言で慇懃に礼をする讃岐。

 

「霊が存在しないのであれば、ピアノが勝手に音を奏でる訳はありません。屋内で自然現象の入り込む余地はないので、一昨日発生した【無人のピアノ・ソナタ】は人間の仕業となります」

「そうね……」

 

 良く言えば徹底した。悪く言えば回りくどい口上に半ば呆れながら、かぐやは先を促した。

 

「では、無人の音楽室から、ピアノの音が聞こえたのは何故か。この謎は二つに分けて考えられます」

「音楽室が無人である事。ピアノの音が聞こえた事の二つね。人の仕業を前提とするなら、前者はどうやって、音楽室が無人だと錯覚させたのか。後者は夜の学校で、ピアノを弾いた理由は何かという謎」

「後者の謎ですが、この手の話でよくあるパターンとして、怪談をでっち上げ、怖がらせようとした愉快犯の可能性は消去できます」

 

 あっさり宣言する讃岐に、かぐやは疑問を差し込んだ。

 

「そうかしら? 夜に学園のピアノを弾くなんて、愉快犯でなければしないわ」

「おっしゃる通りですが、愉快犯だとすれば計画が余りにも不確実です。女子生徒がピアノの音を聞いたのは、たまたま教科書を取りに学校へ戻ったからです。犯人には予測できません。さらに、音楽室は防音設備が整っており、そうそう音は外に漏れません。女子生徒の教室が音楽室の真下でなかったなら、ピアノの音を聞き逃していたでしょう。この事から謎が一つ、明らかになるのですが、お分かりになりますでしょうか?」

「職員室にいた教師が、ピアノの音を聞いてない事でしょう。音楽室があるのは三階で、職員室は一階。そもそもピアノの音が聞こえる筈がない」

「流石のご慧眼。その通りでございます。職員室程離れていては、ピアノの音は届きません」

 

 心霊現象のほとんどは、認知バイアスによるものだ。一皮剥けば、枯れ尾花より虚しい正体が発覚する。

 少し話が逸れたが、女子生徒がピアノを聞いたのが偶然だった。というだけでは、愉快犯説を否定するには少し弱い。かぐやは追求した。

 

「他に怖がらせようとした相手がいたんじゃないかしら。例えば、見回りをする教員とか」

 

 反論を予想していたかのように、讃岐は淀みなく答える。

 

「恐怖心を抱かせるなら、秀知院の誰もが知る七不思議の一つ【無人のピアノ・ソナタ】をベースにした方が、怪談を連想させ易く効果的です。ですが、そうはしなかった」

「しなかった? 無人の音楽室から、ピアノが聞こえたのでしょう」

 

「ああ」と、讃岐は嘆き、子供に言い聞かせるような慈愛に満ちた声音で、悪意に満ちた言葉を発する。

 

「お嬢様は何の為に、選択科目を音楽にしたのでございますか? ピアノ・ソナタとは、適当に鍵盤を叩くだけでは奏でられません」

 

 讃岐は慇懃な、いや慇懃無礼な物言いをした。

 幸いにもかぐやは、怒りより驚きが勝った。女子生徒は『子供が適当に鍵盤を叩いているみたい』と表現していた。聞こえて来たのは『月光』でも『エリーゼのために』でもないのだ。

 とりあえずかぐやは言った。

 

「貴方の言葉は忘れませんよ。次の給料日を楽しみにしていなさい」

「…………」

 

 成長しない男だ。讃岐を雇っているのは雁庵なので、かぐやが讃岐の給料をどうこうできはしないのだが。

 

「と、とりあえず、この謎は一端横に置き、音楽室が無人であった謎の解明に移ります」

 

 誤魔化す為か、慌てて推理を進める讃岐。らしくもない動揺した様子に、かぐやは溜飲を下げた。

 

「音楽室の入り口側の側面には、窓が無く中を覗けません。反対側の側面に窓がありますが、夜はカーテンが掛かっておりますので、音楽室内部の様子は見れないようになっていました。ですが、人が居るかはカーテン越しに、明かりが点いているかどうかで分かります」

「向かい側の校舎から見た時、明かりは点いていなかった。ピアノの音を聞いてから、音楽室へ駆けつける間に誰かが音楽室から出た形跡も無し」

 

 ピアノは窓際に設置されているので、小さい明かりを使ったとしても窓から光が漏れる。ピアノを使おうとすれば、どうしても光が漏れる。

 だが、

 

「ピアノの音を鳴らすだけなら、暗闇でもできるのではないかしら」

 

 先程、讃岐の推理を補強した事実が、今度は牙を剥いて跳ね返った。

 

「左様でございます。その点は更なる事実により、説明が可能になります。まずは、早坂さんから聞いた情報をお伝えします」

「情報?」

「はい。音楽室のカーテンですが、ドレープカーテンがレースカーテンより十センチ程長かったそうです」

 

 讃岐はさも重要であるかのように語る。今回の謎と関係があるのだろうが、相変わらずこの使用人の真意は測れない。

 

「カーテンが長かったらどうなるの?」

「音楽室を無人にできます」

 

 今度こそかぐやは、讃岐の言う事が理解できなかった。

 

「正確には、音楽室を無人に見せかけることが可能です」

「どっちでもいいわ。方法を教えなさい」

 

 讃岐は二ヤリと口の端を歪めると「承知致しました」

 

「ドレープカーテンの長さが十センチも違えば、取り付けの際に気付くはずです。秀知院であればカーテンの百個や千個苦も無く買えるので、いつまでもそのままとは考えづらい。やはり、犯人がカーテンを取り換えたと考えた方が蓋然性が高いでしょう」

 

 讃岐の発言は誇張ではない。カーテンを千個買ったとしても、毎年寄付される額からすれば雀の涙程度の出費だろう。

 

「おそらく犯人は"遮光カーテン"に、取り換えたのではないかと思われます」

「……そういう事ね」

「御理解いただけたかと存じますが、一応説明させて頂きます。遮光カーテンは光を遮る機能に優れたカーテンです。性能が1級、2級、3級の三段階あり、1級は全くといっていい程光を通しません。一般的には、外からの光を遮断するために使用しますが、必然的に内側からの光も遮断します。犯人はこの性質を利用し、内側からの光が外に漏れないようにし、中に人が居ないと錯覚させたのです。これなら部屋の電気を点けていても、外からは真っ暗に見えるので、室内の明かりを抑える必要はありません。流石に女子生徒が近づいて来た時は、電気を消したでしょうが。

 サイズを大きくしたのは、隙間から光が漏れないようにする為でしょう。テープ等で壁に貼り付けて、隙間を埋めたのではないかと思われます」

 

 讃岐の推理通りならば、カーテンの長さが違う事にも説明が着くし、かぐやが言ったような、明かりを使わないままピアノを弾く必要すらない。

 納得したかぐやは、推理を次の段階に進める。

 

「愉快犯でないのなら、無人だと思わせた理由は何なの?」

「誰にも見られたくない作業を、音楽室で行っていたのでしょう。そこで、ピアノの謎に戻ります。犯人はピアノの音を鳴らしましたが、演奏はしませんでしたので、ピアノを弾くのが目的ではないと考えました。ピアノを弾くのが、目的の過程だったとした時、私の脳裏にある推論が浮かびました。

 

 ICレコーダーにピアノの音を録音し、録音された音の音質を確かめていたのではないか。

 

 つまり犯人は、ICレコーダーを秘密裏に設置する為、音楽室を無人に錯覚されるトリックを使ったのです」

 

 

 ICレコーダーは、会話や音楽を録音する際に使われる機器だ。置く場所によって多少音質が変わるので、犯人はピアノを鳴らして、良い設置場所を探したのだろう。

 ピアノを弾いたのが、そんな理由だったとは。かぐやは真相を見抜いた讃岐の頭脳に、素直に感心した。

 

 

 

「ICレコーダーで何を録音したのかも、分かっているの?」

「もちろんピアノの演奏でございます。なにせ秀知院学園には、稀代の天才ピアニストがいらっしゃいますから」

 

 含みのある物言いに、かぐやはハッとして驚いた。普段の彼女を見ていると、忘れそうになるが、一時はピアニストとして名を馳せていた。

 

「藤原さんね!」

「そう考えてよろしいかと。おまけに彼女は現在ピアノを辞めており、公の場で演奏しておりません。ですが、演奏する可能性が高い時間はあります」

 

 秀知院学園において音楽は誰しもが受ける授業ではない。だが、かぐやも藤原の演奏を耳にする時間があった。それは、

 

「選択授業」

「女子生徒がピアノを聞いたのが一昨日。選択授業があったのは、その翌日──昨日の事ですので、タイミング的にも間違いないかと」

 

 話が終わった合図のように、讃岐は姿勢を正した。がらんとした部屋に、沈黙が降りた。かぐやは無言で推理の蓋然性を熟慮した。

 推理へ評価を下す前にかぐやは尋ねた。

 

「音楽室にはどうやって入ったの? 使わない時は施錠されている筈よ」

「所詮は学園の音楽室ですので、学生であればどうとでもなるかと。例えば、音楽室の鍵を借りて音楽室と音楽準備室の鍵を開け、鍵を返却した後、音楽室に戻り内側から鍵をかける。あとは、人が少なくなる夜まで、準備室で待機すれば良いのです」

 

 疑問は解消した。かぐやは沈黙したまま頷き納得を示した。

 座っているかぐやに長身を折って、合わせた讃岐は、

 

「対処はいかが致しましょう。詳しく調べれば、犯人の特定は容易でございます」

 

 藤原の演奏を無断で録音した犯人への対応を尋ねる讃岐に、かぐやは首を横に振った。

 

「今回は必要ないわ。私としても藤原さんのピアノの腕は、認めざるを得ません。何度も聴きたくなる気持ちは理解できます。なので、今回は静観しましょう」

 

 わざとらしく"今回は"を強調すると、性格の悪い使用人は、すぐさま意図を理解して「承知いたしました」と静かに一礼した。

 

 

 ○

 

 

 早坂と讃岐は、夕暮れの柔らかい光が差し込む廊下を、並んで歩いていた。人の居ない廊下に、リノリウムと上履きが擦れる音がキュッ、キュッと反響する。

 あれから、藤原の演奏会が開かれ調査どころではなくなった。尤も既に怪談は暴かれ、枯れ尾花と化している事をかれん達は知らない。

 なんだかんだで、早坂と讃岐が出会ってから一年になる。一年間、嫌でも顔を突き合わせていれば、嫌でもそれなりにお互いの事が分かる様になる。

 早坂は讃岐が単に藤原の演奏を聴くために、音楽室を訪れたとは到底思えなかった。

 至って何気ない調子で、見上げる位置にある横顔に声をかける。

 

「収穫はありましたか?」

「何の事かな?」

 

 本当に何を言っているのか分からない、という顔をしている。一年前ならともかく、今更安い演技に騙される早坂ではない。

 

「ICレコーダーを回収したのではないですか?」

「設置された日から四日間もの間、回収されず残っていると?」

「怪談の噂を聞いた学校側は、鍵の管理を強化していて、音楽室に侵入するのは困難になっています。残っていたとしてもおかしくありません」

 

 讃岐は肩をすくめると、両手をポケットに突っ込んだ。その瞬間、早坂は讃岐に詰め寄り右手首を掴んだ。

 突然の出来事に思わず足を止めた讃岐は、手首を掴む手を一瞥すると、そのまま早坂に視線を移す。

 

「入っているんじゃないですか?」

「……」

 

 ピリピリと張り詰めた空気が、黄昏時の廊下に広がる。

 意外にも沈黙を破ったのは、早坂でも讃岐でもなかった。

 

「早坂さん、伝え忘れた事が──はっ!?」

 

 廊下の曲がり角から現れたかれんは、途端に顔を赤くして固まった。

 早坂はかれんが固まった理由を一瞬考え、今の自分の状況を客観視した。

 讃岐と早坂の間には数センチの隙間しかなく、異様に距離が近い。手首を掴んだ手は、側から見れば仲良く手を繋いでいるように見えなくもない。勘違いを引き起こす効果は充分だった。

 今度は早坂が赤面する番だった。掴んだ手首から、ドクン、ドクンと脈の打つ音が伝わる。

 早坂が弁解しようとするより早く、かれんが早口に言った。

 

「も、申し訳ありません! そ、その、私はとてもアリだと思いますわー!!」

 

 わー、わーとドップラー効果を伴った謎の叫びを残して、かれんは高速で退場した。

 完全に誤解されてしまった。それも、学園一のカプ厨と名高い紀かれんに。目撃者がエリカならどうにかなったのにと、早坂は益体もない考えを浮かべる。

 面倒くさい事になった。それもこれも全て、

 

「睨まれてもね。手を掴んだのも、迫って来たのも君の方だからねぇ」

 

 何が面白いのか揶揄うように笑った後、讃岐は観念したように、ポケットから手を抜いた。手には棒状の機械が握られている。ICレコーダーだ。

 ICレコーダーを讃岐の手からひったくると、その場で再生した。

 

「フットペダルの裏に隠してあった。四宮家に不都合な音声は入ってなかったよ」

「信用できません」

「仕事熱心だね」

 

 感心と呆れ入り混じった讃岐の言葉を黙殺し、音声に集中する。明るく美しい旋律が、早坂の耳に届いた。

 

 

 ○

 

 

「やあ、来てもらって悪かったね。えっ、要件は何かだって? せっかちだな。まあ、座りなよ。……分かった、手短にするよ。昨夜起きた怪談については知っているね? 【無人のピアノ・ソナタ】。話を聞いて疑問に思ってね。音楽室を調べに行ったら、これを見つけたんだ。このICレコーダー君のだよね。

 脅し? まさか、この程度の事実じゃ大した脅しにならないのは、君にも分かるだろう。ただ少し、お願いを聞いて欲しいんだ。内容? それはまた連絡するよ。おっと、そろそろバイトの時間だ。じゃあまた。連絡を楽しみにね」

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