恋愛は謎解きのあとで   作:滉大

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白銀圭は相談したい

「『次はお前だ』って話知ってる?」

「知らない。何それ?」

 

 放課後、担任に頼まれた用事を済ませ、生徒会室への道すがら。白銀(けい)は友人である藤原萌葉(もえは)の質問に首を傾げた。

 

「ええー! 知らないの!?」

 

 萌葉は大袈裟に驚いた。友人のオーバーリアクションに慣れている圭は、淡々と頭の中を探った。

 しばらくしてから、頭の隅にあった記憶の断片を探り当てた。朧げな記憶を頼りに圭は言った。

 

「怪談、だっけ?」

「どっちかというと、都市伝説だねー」

「都市伝説……どんな内容?」

 

 萌葉は声を潜めて、とある事件について語り始めた。

 

 

 

 

 大学生のA子さんはサークル仲間と、一人暮らしをしているBさんのアパートに遊びに行きました。

 日も落ちると飲み会が始まり、深夜近くまで楽しく飲み明かしました。お開きになりA子さんはサークル仲間とアパートを後にしました。1人は別の方向に、A子さんを含む残りは一緒の方向へ向かって帰路に着きました。

 帰り道ふとポケットを探って、部屋にスマホを忘れてきたと気付いたA子さんは、先に帰るよう友人に伝えBさんのアパートへ引き返しました。

 戻ってきたA子さんは首を傾げました。アパートの扉が開きっぱなしになっていたからです。違和感を覚えましたが、Bさんも大分酔っていたので閉め忘れたのだろうと考えました。「失礼しまーす」と小さく声だけ掛けて中に入りました。

 もう寝てしまったのか、部屋の電気は消えていました。こうも暗くてはスマホを探せません。起こすのは悪いと思いましたが、部屋の明かりを点けました。

 部屋に入って正面にテーブルがあります。自分が座っていた辺りにスマホが置いてありました。

 直ぐに見つかって良かった。A子さんは安堵しながらスマホを手に取ると、Bさんが寝ているであろうベッドに目を向け、

 

「ひいっ!」

 

 A子さんは引き攣ったような悲鳴をあげました。

 壁の方に体を向け、死んだように微動だにしないBさん。そして壁には血のように赤い文字でこう書かれていました。

 

『まずは1人目、次はお前の番だ』

 

 A子さんはもつれる足で部屋を飛び出しました。その後何処をどう走ったか覚えていませんが、交番へ駆け込み「助けて下さい! 殺される!」と大声で叫びました。

 唯ならぬ気配を察した警察官は、半狂乱になっているA子さんを宥めて事情を聞きました。

 全て聞き終えた警察官は、A子さんに尋ねました。

 

「何故自分が殺されると? 君が部屋に戻ったのは偶然だろう。部屋にあった文字が、君を指しているとは限らないのでは?」

 

 しかし、A子さんは震えて首を横に振るだけでした。

 仕方なくA子さんを交番に残して、2人の警察官が現場へ急行しました。そこには証言通り、Bさんの死体と真っ赤な文字がありました。それを見た警察官は、A子さんが殺されると言った意味を理解しました。

 文字の横には奇妙な形のマークが描かれていました。

 

 そのマークはA子さんが使っているスマホのカバーと、同じデザインだったのです。

 

「その後、A子さんがどうなったのかは、誰にも分かりません」

 

 怖っ。

 

 普通に怖い。怪談の類なら幽霊なんていない、と突っぱねられるが、この手の所謂『人怖』系の話は実在している人間が相手なだけにタチが悪い。やはり幽霊なんかより人間の方がずっと怖い。

 

「それって本当にあった事件なの?」

 

 表面上はクールに取り繕って、圭は会話を続けた。

 

「作り話だと思うよ。都市伝説ってそういうものだし」

 

 内心ホッとして、注意が散漫になったせいか、圭の肩が向かい側から歩いてくる男子生徒とぶつかった。

 

「あっ、すみません……」

 

 謝罪と共に頭を下げたが、男子生徒はぶつかった事実などなかったかのように、何も言わず早足に歩き去った。

 圭は振り返って、その後ろ姿を見送った。

 

「何あれ、感じワルー」

 

 萌葉が頬を膨らませる。

 

「…………」

「圭ちゃん?」

 

 無言で眉を顰める圭の顔を、萌葉は心配そうに覗き込んだ。

 

「ここ、変な匂いがしない?」

 

「そうかな?」鼻をひくひくさせて匂いを嗅いでいたが、萌葉には分からないようだった。

 

「まぁいいや。早く生徒会室に行こう」

「うん!」

 

 変だと思いはしたが、それ以上深く追究せずに圭と萌葉は生徒会室へと足を運んだ。

 

 

 

 

 流行とは読んで字の如く流れ行くもので、決して留まりはしない。どんなに流行(はや)った事柄も一年後、早ければ数ヶ月で流れ去り過去になる。そう考えると儚いものだ。圭は秀知院学園中等部から、約5分の距離ある高等部の廊下を歩いていた。

 萌葉によれば流行っていたらしい『次はお前だ』という都市伝説も、今や別の話題に取って代わられていた。圭が萌葉から話を聞いてから、たった3日しか経っていないにも関わらず。

 圭の行き先は高等部の生徒会室だった。手には生徒会の仕事で提出する書類が握られている。分からない箇所があったので聞きに来たのだ。もっとも理由はそれだけではない。あわよくば、という気持ちがないでもなかった。

 

 相談だけでもしてみようかな。

 

 廊下の壁に貼ってある赤を基調とした火の用心を呼びかけるポスターが目に入り、ぼんやりとそんな考え事をしていた。

 

「おや、君は」

 

 それが自分に向けられた言葉だと、はじめは気づかなかった。

 すれ違いざまに、思わずといった様子で長身の男子生徒が立ち止まった。制服からして高等部の生徒だ。

 しかし、圭は高等部の男子と面識が殆どない。兄の白銀御行か、生徒会の会計──名前は知らない──くらいだ。

 目の前の男子生徒はそのどちらでもなかった。

 

「えっと、何ですか?」

「いや、失礼。何でもないんだ。ところで、生徒会に用事かな?」

 

 男子生徒は圭が持っている書類に視線を落とした。

 

「はい」

「それは邪魔をしてしまったね。ああ、そうだ。生徒会は生徒の様々な相談にも乗っているらしい。君が頭を悩ませている『カバディ部の赤い壁』についても相談してみるといいよ」

「はぁ、ありがとうござ──え?」

 

 圭はびっくりして男子生徒を二度見した。

 

「『カバディ部の赤い壁』の話を知っているんですか?」

 

 圭が驚いたのはそこではなかったのだが、咄嗟に別の疑問が口をついて出た。

 通称『カバディ部の赤い壁』事件は、中等部で起こった出来事だったからだ。

 

「人から聞いたんだ。中等部といっても、5分と離れていない所だからね。噂話くらい流れてくるのさ」

 

 噂が広まるスピードは、圭の想像を遥かに超えていたようだ。

 前座の問答が済んだところで、圭は自分が驚いた理由について質問した。

 

「何で私が頭を悩ませてるって分かったんですか? 先輩とは初対面で、事件のことは一言も言わなかったと思うんですけど」

「君の言う通り、僕は君と初めて会ったし、事件の話なんて一切聞いていない。けれど、観察とそこから得た情報を論理的に処理すれば、君が何を考えているか推測するのは難しくない」

 

 難しくない、と語る割にドヤ顔なのは何故だろう。

 男子生徒は通行の邪魔にならないよう、圭の正面に移動して道を開けた。

 何やら語りはじめる様子。生徒会室に行くのが遅くなるな、圭は時間が気になった。

 

「例えば君が手にしている書類。すれ違う時に内容が見えたけど、わざわざ高等部の生徒会を訪れなくとも、教師に聞けば分かる内容だ。にも関わらず高等部へ赴いた。別にそれ自体は不自然ではない。教師より親しい先輩の方が聞きやすいだろうし、同じような理由で高等部を訪れる生徒は多い」

 

 つらつらと流れるように言葉が紡がれる。不思議とすんなり頭に入るのは、単に圭の理解力が良いから、というだけではないだろう。

 

「ここから君は高等部の生徒会に、親しい人物がいると推測できる」

「言われてみれば確かに……」

「それと、僕は向かいから見ていたんだけど、確かな足取りで歩いていた君が、突然心ここに在らずといった感じで歩調を落とした。考え事をしていたのだろう。何故急に考え事をはじめたのか。原因はなんだろうと君の行動を思い返すと、直前に壁に貼られたポスターを見ていた」

 

 男子生徒の言葉はまるで、圭の行動、心理をなぞっているかのようだった。

 ポスターにはポイ捨てされたタバコから、赤々と立ち昇る炎が描かれていて、上の方に「ポイ捨て、ダメ、絶対!」と使い古された言い回しでキャッチコピーが添えられていた。

 

「ポスターを見て何かしらを連想し、頭を悩ませた。そう考えると生徒会を訪れる、という行為に別の可能性が出てくる。書類はあくまで口実に過ぎず、他に相談事でもあるのではないか。そこで思い浮かんだのが、中等部で起きた部室の壁が赤く塗られるという妙な事件。君はポスターの赤色から『カバディ部室の赤い壁』を連想したのさ」

 

 この仮説から、男子生徒は「事件について相談するといい」なんて、まるで圭の心を読んだかのようなアドバイスをしたのだった。

 最初は驚いたが、説明されるとそんな事かと納得できる。圭は手品の種明かしをされた気分になった。

 

「向かいを歩いていただけの人を、よくそこまで観察してますね」

「癖みたいなものだよ。意識してやってるわけじゃない」

 

 言葉に呆れるような感情が篭っているのに気付かないのか、男子生徒は得意げな様子だ。

 別に褒めてないのに、圭の男子生徒に向ける目が半眼になる。

 

「やあ、すっかり話し込んでしまった。邪魔して悪かったね。じゃ、さようなら。白銀圭さん」

「な、何で私の名前を……!? やっぱり妖怪……!」

 

 今度こそ圭は、目の前の生き物が(さとり)と呼ばれる妖怪なのではないかと疑った。

 

「やっぱり?」男子生徒は首を傾げたが、すぐに圭の驚きようを見て薄く笑みを浮かべた。

 

「驚く様なことじゃないさ。我らが生徒会長の妹の顔くらい、知っていても不思議はないだろう? 白銀くんには僕も世話になっているしね」

「え、お()ぃいさんの知り合いなんですか?」

 

 つい出てしまった家での「お兄ぃ」呼びを、強引に「お兄さん」へ修正する。

 

「ああ、僕も混院でね。君のお兄ぃさんには良くして貰った」

「お兄さんがそんな事を……」

「お兄ぃさんは──」

「お兄さん」

「お兄ぃさん」

「お・に・いさんです! わざとやってるんですか!」

「いや、失礼。冗談だよ」

 

 男子生徒は、全然失礼したと思っていない飄々として口調で言った。圭は確信した。この人は相当性格が悪いと。

 今度こそ男子生徒は、ひらひらを手を振って歩き出した。

 

「じゃあね、お兄さんによろしく。君の悩みが解消されるよう願っているよ」

 

 変な人だったな。

 

 白銀圭は遠ざかる高い背中から視線を外した。

 

 

 

 

「失礼致します」

 

 圭は生徒会室の扉を開いて中へ入った。

 以前来た時とは違い、今日は4人の生徒会メンバーが揃っていた。

 窓際の机に座って書類と格闘していた兄の白銀御行が、いち早く反応して顔を上げた。

 

「ん、圭ちゃん。珍しいなこっちに来るなんて」

 

「あー圭ちゃんー!!」と続いて萌葉の姉で生徒会書記の藤原千花が、満面の笑みで圭を出迎えた。こちらは仕事をしているようには見受けられない。

 他にも横長のソファには長い前髪の人が座っていて、卓上でパソコンを開いている。役所は圭と同じ生徒会会計。

 その対面にあるソファに座っている人物を視界に捉えると、圭は頬を染めた。

 艶のある長い黒髪を頭の後ろにあるリボンで纏めている。楚々とした佇まいで振り返って、圭を見つめる瞳はルビーのように赤い。憧れの先輩、四宮かぐやである。

 

「こんにちは、圭」

「こ、こんにちは」

 

 憧れの先輩に微笑かけられて、圭は言葉を詰まらせる。

 

「もしかして、書類について聞きに来たのか?」

「ええ、兄さん」

 

 実の兄に話かけられて、圭は冷たいくらいに淡々と返す。14歳とはそういうお年頃なのである。

 謎の男子生徒から生徒会は様々な相談に乗っている、とアドバイスを受けたが、やはりいきなりは切り出しづらい。書類について尋ねながら機会を伺う。

 

「ここはだな……」

 

 テーブルで書類に向かって、白銀の懇切丁寧な説明を聞く。

 

 真面目か! 少しは脇道に逸れてよ! 

 

 圭は理不尽な不満を抱いた。

 このままでは、事件の話をする切っ掛けなど一切ないまま終わってしまう。危機感を募らせる圭に、救いの手が差し伸べられた。ただ1人、真面目に仕事をしていない人物によって。

 

「そういえば萌葉から聞いたんですけど、中等部で変わった事件があったそうですね」

「事件、ですか……」

 

 ナイス、千花()ぇ!! 

 

「そうなんですよ!」

 

 腹を空かせたハイエナの如く、圭はその話題に飛びついた。

 会計の人がキーボードを打つ手をビクリと跳ねさせ、白銀は「圭ちゃん……?」と困惑を露わにする。

 

「もしかして知っているんですか? 圭」

「はい。事の発端は一昨日の放課後なんですけど……」

 

 

 

 

 放課後、風紀委員のC子さんは活動の一環として、部室内に不必要な物が持ち込まれていないか見回りをしていました。

 部室が多いので手分けして見回るようになりました。C子さんと、同じく風紀委員のD男さんは、体育館で活動している部の部室を見回るよう割り振られました。

 体育館を使用する部は、バスケットボール部、バレーボール部、バトミントン部、カバディ部の4つです。一番人数の多いバスケットボール部の検査に手間取りましたが、それ以外は違反になるような物もなく、順調に進みました。

 残るはバトミントン部とカバディ部のみです。バトミントン部とカバディ部の部室は隣り合うように建っていました。

 バトミントン部の部室に入ろうとして、おや、とC子さんは首を傾げました。

 カバディ部の扉が開いていたからです。カバディ部は現在部員が居らず、部室は物置き代わりになっている筈ですし、部室の鍵はC子さんが持っていました。

 不審に思いましたが、C子さんは早く仕事を終わらせる為、バトミントン部は自分に任せて、カバディ部を検査するようD男さんに伝えました。

 それから少しの間、部室内を検査していました。

 検査の途中でC子さんが手を止めたのは、「うわぁぁ!」と悲鳴が聞こえたからでした。

 カバディ部の方からだと判断したC子さんは、急ぎ部室を出て、D男さんの居るカバディ部へ行きました。

 ドアノブに手を掛けようとした瞬間、中から慌てたようにD男さんが出て来ました。

 

「何かあったの?」

 

 尋ねましたが、D男さんは「え、何が?」と惚けた様子でした。

 

「悲鳴を上げてたじゃない」

 

 少し苛立って口調が強くなります。

 D男さんは視線をおろおろと彷徨わせて、取ってつけたように、

 

「こけそうになって、声が出ただけだって。物が多くてさ」と言い訳して、後ろ手に扉を閉めました。強めに閉じられた衝撃で、部室内の空気が外に漂いました。嗅いだことのある刺激臭が鼻を突きます。

 怪しさ満点でしたが、疑り深いと思われるのも嫌なので、その場は納得して風紀委員の仕事に戻りました。

 

 翌日の放課後、見回りを終えたC子さんは、昨日のD男さんの様子がどうしても気になり、カバディ部の部室を覗いてみることにしました。

 

「えっ……」

 

 室内には空気の抜けたサッカーボール、脚が壊れた椅子、古く薄汚れたテント等が散乱していました。

 C子さんは絶句しました。

 ゴミ捨て場と化した部室に、ではありません。これはこれで閉口しますが……。

 C子さんが驚いたのは、部室に入って正面にある壁の真ん中辺りが、血のような赤色で染められていたからです。

 

 結論からいえば、もちろん血ではありませんでした。

 後に教員が調べたところ、壁を染め上げていたのは赤いペンキでした。ペンキと聞いてC子さんは、D男さんが扉を閉めた時に嗅いだ刺激臭が脳裏に浮かびます。あれはペンキの臭いだったのです。

 発見時ペンキはまだ乾いておらず、塗ってからそう時間は経っていませんでした。

 使用されたペンキは、部室内に元からあった物で、使わなくなったのを誰かがカバディ部の部室に放置していたようです。

 

 一体誰がこんなイタズラをしたのでしょうか? D男さんが驚いたのと関係はあるのでしょうか? 関係があるとしたら、隠すように部室の扉を閉めたのは何故? 

 

 様々な疑問は未だ、壁のペンキと共に残ったままなのでした。

 

 

 ○

 

 

 生徒会の面々は圭が話し終えても、しばらくは誰も言葉を発さなかった。

 ゆっくりと口を開いたのは白銀だった。

 

「作り話じゃないんだよな」

「中等部で実際に起きた事件だよ」

「私も萌葉から聞きました」

 

 藤原が援護する。圭だけならともかく、2人に言われれば作り話という線はないだろう。白銀は悩ましげに唸った。

 

「このまま妙な噂が出回ると外聞が悪いから、生徒会で調査するよう頼まれたんですけど、全く進展がなくて……」

 

 これはチャンスですね。

 

 かぐやは厚い面の下でほくそ笑んだ。この事件を解決すれば、白銀の妹である圭との距離を縮められる上に、白銀の好感度も稼げる。まさに一石二鳥。

 そうと決まれば善は急げ。かぐやが事件の気になる点について、尋ねようと口を開く──より早く藤原が動いた。

 

「任せて下さい! その謎、私達生徒会探偵団が解き明かしてみせます!」

「千花姉ぇ、ありがとう!」

 

 藤原の頼もしい言葉に、圭は目を輝かせる。

 藤原と圭の距離が縮まった。

 先を越されてしまったかぐやは、ルビーのように赤い瞳で藤原を睨んだ。

 

 相変わらず藤原さんは、そういうことをするんですね。他者に取り入る術に長けた下衆な女。

 

「達って、仕事はどうするんだ?」

「生徒の悩みを解決するより大切な仕事がありますか?」

 

 藤原がただ面白そうな事件に飛びついただけなのは、白銀も分かっているだろうが、強力な建前を前に反論できない。

 

「石上君も一緒に考えましょう」

「はぁ、いいですけど、力になれるか分かりませんよ」

 

 控えめな石上に、藤原は心配ありません、と胸を張った。

 

「かぐやさんもいますから!」

「かぐやさんが?」

 

 疑問符を浮かべる圭に、藤原は自慢げに語った。

 

「かぐやさんは謎解きが得意なんです。かぐやさんがいれば百人力ですよ〜」

「そうなんですか!?」

 

 圭は尊敬の眼差しでかぐやを見る。

 

「得意という訳ではありませんが、最善は尽くすつもりです」

 

 流石ね藤原さん。やっぱり貴女は1番の友達よ! 

 

 かくして、生徒会探偵団は結成された。

 生徒会メンバー4人と圭は、向かい合わせのソファに分かれて座った。

 

「現時点で事件について考えのある人はいますか?」

 

 全員が首を横に振る。予想通りの反応だ。あの探偵気取りのように、話を聞いたら即解決編とはいかないのが普通だ。

 

「では事件の疑問点を挙げていきましょうか、会長」

「そうだな。どんな些細なことでもいいから言ってくれ。何が事件解決に繋がるか分からんからな」

 

 藤原がコクコクと、赤べこのように首を動かす。

 

「石上君、メモはお願いしますね!」

「それって藤原先輩の仕事じゃ……」

 

 藤原千花、生徒会書記。

 文句を言いながらも石上は、パソコンでメモを取る用意をした。

 

「俺が思う疑問点は2つだ。1つはD男の行動だな。彼の証言通り、こけそうになって悲鳴を上げたとは考え難い。それに部室内を見られたくない様子だった。2つ目は言うまでもないが、壁が赤く塗られていた事だな。犯行には動機がつきものだが、壁を塗る事による犯人のメリットはなんだ?」

 

 白銀の疑問について、かぐや達が思考している間に石上が記録する。キーボードを叩く音だけが、少しの間生徒会に流れた。

 

「D男さんの行動が変だったのは、赤い壁を見たからじゃないですか?」

「発見時に塗り立てだったから、それはないだろう」

 

「その件ですが」藤原と白銀の会話を聞いた石上が、新たな疑問を提示した。

 

「そもそも部室の扉が開いていたのって、変じゃないですか。鍵はC子が持っていたんですよね」

「あっ、鍵に関しては調べがついています。随分前からカバディ部の部室は、鍵が壊れていたそうです。盗まれて困る物もないし、部員も居なかったので、ずるずると放置していたようです」

「そうですか。でも鍵が掛かっていなかったとしても、扉が開いていたとしたら変ですよ」

「鍵が掛かっていないなら、誰でも開けられるじゃないですか?」

 

 藤原がその場の全員の疑問を代弁した。

 石上はパソコンから顔を上げて答える。

 

「扉が開いていたのなら、風紀委員が来る前に部室に入った人がいた筈です。D男の態度からして、その時既に室内に異変があったと思われます。その人は何の為に部室に入ったんですかね」

 

 新たに浮上した謎の第三者の存在。考えれば考える程謎は深まっていく。再び生徒会室に沈黙が訪れた。

 全員が謎解きで頭を悩ませる中、かぐやは別の事で頭を悩ませていた。

 

 不味いですね。

 

 かぐやは内心、少し焦りを感じていた。白銀が成績優秀なのは言わずもがな、妹の圭も同じく成績優秀だ。石上は成績こそ良くないものの、観察力と洞察力は鋭い。これだけの面子が揃っているのだから、もしかすると誰かが自分より先に、謎を解き明かしてしまう危険がある。

 圭の信頼を勝ち取りたいかぐやにとって、それだけは避けたい。

 

 こちらも早めに切り札をきるべきでしょうか。

 

 ポケットの携帯電話にそっと手を触れた。

 

「謎は全て解けました!」

 

 突然藤原が大声を上げた。

 

「ええっ!?」

 

 驚いてかぐやの肩が飛び跳ねた。大声もそうだが、あの藤原が謎を解いたというは更に驚愕だった。

 

「一連の事件はD男さんのイタズラだったんですよ」

「C子を驚かせる為に仕掛けたイタズラ、と言いたいんなら、可能性は低いですよ」

「何でですか!?」

 

 即座に否定して、石上は呆れたように目を細めて藤原を見た。

 

「学校の壁にペンキを塗るのって結構な大事ですよ。普通イタズラでそこまでしません」

「え? そうですか?」

「……まあ、藤原先輩には分からないかも知れませんが、普通はしません」

「人を異常者みたいに言わないでください! 私だってしませんよ!」

 

 手を振って猛抗議をする藤原を、軽く受け流して石上は続けた。

 

「謎の人物についての説明もできませんし、D男が犯人なら、最初にカバディ部に入った時、部室に異常はなかった事になるので、悲鳴を上げたりするのはおかしいです」

「それはC子さんに『カバディ部に何かある!』と思わせる為の伏線ですよ」

「それならC子と別れた後、直ぐにでも壁を塗りに行くべきじゃ? 壁にペンキが塗られたのは翌日、それも放課後ですよ。それまでにC子が怪しんで部室に来たらアウト。計画が杜撰過ぎますね」

 

「ぐぬぬ」自説を否定されて悔しそうに唸る。

 

「そういう石上君は何かないんですか?」

 

 自説が退けられた腹いせにではないだろうが、藤原が頬を膨らませて尋ねた。

 目線だけをパソコンのディスプレイに向けて、石上は自分が打ち込んだ文章に目を通した。

 

「そうですね……2つ目の疑問点についてなら、仮説はあります」

「壁にペンキを塗った動機だな。どんな仮説だ?」

 

 全員に注目され恥ずかしくなったのか、石上は居住まいを正した。

 

「ペンキを塗ったのは隠す為だったと思うんです」

「隠す? 何をだ」

「それは僕にも分かりません。順を追って説明すると、D男が最初に部室に入った時、既に壁に何か書かれていた。恐らく書いたのは先に部室に入った謎の人物でしょう。その人を庇うためか分かりませんが、D男はそれを隠したかった。そこで思いついたのが、ペンキで上から塗りつぶす方法です。翌日になってから塗ったのは、方法を思いついたのが学校を出た後だったからでしょう」

 

 なるほど、と誰からともなく声が上がった。確かに藤原の説よりは論理的で筋が通っている。とはいえ部分的に解決しただけで、まだ謎が残っている。D男は何を塗りつぶしたのか、そして謎の第三者の存在。これらに解が出ない限り解決とはいえない。

 そろそろこちらも手を打つべきだろう。先程は藤原の発言に驚いたが今度こそ。かぐやはポケットの上から携帯電話に触れた。

 

 

 

 

 かぐやは適当な理由をつけて生徒会室を抜け出した。離れた場所で携帯電話を開いて電話を掛ける。

 

『御用でしょうか、お嬢様?』

 

 かぐやの近侍、讃岐光谷の物静かな声が待ち構えたように尋ねた。

 

「喜びなさい。また、貴方の出番よ」

『承知致しました。申し訳ありませんが、場所を移しますので、少々お待ちください』

 

 讃岐は通話口から離れて誰かと話しているようだ。相手は恐らく、もう1人の近侍である早坂愛だろう。

 

『ねぇ、早坂さん。この辺りで人目に付かない場所知らない?』

 

 2人の会話が漏れ聞こえる。讃岐の普段の喋り口調は、従者としての態度しか知らないかぐやには新鮮だった。

 

『いや、何も企んでないって。お嬢様からの命令だよ。ここじゃ誰に聞かれるか分からないし。いやいや、嘘じゃないってば。……疑り深いなぁ、分かったよ。監視してていいから、早く行こうよ』

 

 次に聞こえた声は、再び鮮明に戻った。

 

『お待たせしました、お嬢様。移動しながら話を聞かせて頂きます』

 

 

 

 

「事件の概要と生徒会での推理は以上よ。どうかしら?」

『どう、とは?』

「意見や質問はないのか、ということよ」

『意見ですか……』

 

 珍しく讃岐が言い淀んでいた。生徒会が束になっても解けなかった謎だ。流石の讃岐も自信がないのだろう。だが今は圭の信頼を勝ち取る為──もとい事件解決の為、何でもいいから手掛かりが欲しい状況だ。

 かぐやは柔らかく言葉を発する。

 

「あくまで意見よ。間違っていたとしても、文句は言わないから安心しなさい」

『そこまで仰るのであれば遠慮なく』

 

 耳を澄ませて、讃岐の言葉を待つ。

 

『お嬢様は全く意見を出されておりませんでしたね。やる気はあるのでございますか?』

 

 ミシリ。どこからともなく、そんな音が聞こえた。自分の携帯電話が軋んだ音だと気付き力を抜く。

 実際やる気はあったが、解く気はなかった。最終的には讃岐に丸投げする気満々だったからだ。

 図星を突かれたようで、恥ずかしくなったかぐやは、誤魔化すように電話口で叫ぶ。

 

「貴方に譲ってあげたんでしょう! いいから、さっさと推理しなさい!!」

 

 対する讃岐は口調を崩さず平然と対応する。あの慇懃な──いや、慇懃無礼な態度が目に浮かんだ。

 

『御心遣い感謝致します。それではお嬢様のご希望通り、私の考えを述べさせていただきます』

「えっ、待って。もう解けたの?」

『はい。今回の一件、皆様は少々難しく考え過ぎなのではないかと存じます』

 

 生徒会での話し合いでは謎が深まるばかりだったが、特に難しく考えた印象はない。

 

『皆様の推理を聞く限り、一連の事件が全て繋がった出来事とお考えのようですが、それは間違いでございます』

「どういう事?」

『この事件には2つの思惑が介在しています。しかしそれらは、全く別の方向を向いているのです』

 

 更に疑問が増えたが、もたもたしてもいられない。そろそろ生徒会室に戻らなければ、不自然に思われてしまう。

 かぐやは先を急かした。

 

「時間がないから前置きは結構よ。早く事件の謎について話して」

『承知致しました。今回の事件は大きく2つに分けられます。仮に、風紀委員の見回りがあった日の放課後から、部室の扉が開いているのが発見されるまでが前半、D男が部室に入ってから、C子が赤い壁を目撃するまでを後半としましょう』

「それが、それぞれ別の人物によって行われたのね」

 

 かぐやは携帯電話を持ち替えて、柱にもたれかかった。

 

『そう考えてよろしいかと。後半に関しては石上君の推論が正しいと思われます』

「そこまでは私達と同じね。残る謎は何を隠したかったのかと、謎の人物についてね」

『2つの謎は前半に含まれます。C子の証言に、D男が部室の扉を閉めた時、室内から刺激臭がしたとあります。それがペンキの臭いだったとも。この時にはペンキが使われていたのが分かります。この事から、D男が目撃したのは、赤いペンキで何かが記された壁と考えられます。そして記したのはD男より先に入っていた謎の人物です』

 

 D男が壁を塗るまでもなく壁にはペンキが塗られていた、というのは讃岐程論理的に考えなくとも想像がつく。重要なのは、

 

「壁に記されていた何かが知りたいのだけど」

『「次はお前だ」と記されていたのでございます』

「…………?」

 

 何だそれは。というか何故そこまで分かるのか。D男が隠すほどの意味があるのか。様々な疑問がかぐやの脳内を駆け巡った。

 

『お嬢様が驚かれるのも無理はありません。この言葉は数日前まで、中等部で流行っていた都市伝説で使われていました』

「どうして貴方が中等部で流行った都市伝説を知っているの?」

『後輩から聞きました』

「中等部に知り合いがいるの?」

『いえ、高等部の後輩です。高等部の一部にも浸透しているようですね』

 

 そういえば以前、怪談の噂が出回った時も後輩に聞いたとか言っていた気がする。

 話が逸れてしまった。時間はかけられないというのに。

 

「『次はお前だ』と書くことにどんなメリットがあるの?」

『都市伝説の内容を話すと長くなるので、必要な点だけ抜き取りますと、部屋の扉が開きっぱなしだったという部分です。謎の人物は、部室の扉が開け放たれていても不自然でない状態を作り出す為、そしてペンキを使う為、壁に「次はお前だ」と記したのです』

 

 讃岐が挙げた2つがどうしてメリットになるのか、かぐやは形の良い眉を寄せた。

 開け放たれた扉、刺激臭のするペンキ。ふと、ある考えが浮かんでかぐやはこれまでの推理を振り返る。

 

「……臭い。謎の人物は室内の臭いを消す為に、扉を開けて換気した。それだけでは不安だったから、臭いのきついペンキで誤魔化したのね」

 

 採点を待つような気持ちで、携帯電話を耳に押し当てる。

 

『お見事でございます。流石のご慧眼感服いたしました』

 

 電話から聞こえる声は、相変わらず感情を伺わせない声音で、歯の浮くような賛辞を述べるのだった。

 

『臭いを消した理由は、どこぞの非行少年が煙草でも吸っていたからでしょう。普段誰も使わない部室でくつろいでいたところ、風紀委員の見回りに気付き慌てて策を講じた。自分に付いた臭いまでは消せなかったでしょうから、当日変な臭いをさせている生徒がいなかったか聞き込みを行えばよろしいかと』

 

 ご丁寧に今後の方針まで讃岐は添えた。本当に煙草を吸っていた生徒がいたのなら大問題である。ここら辺の対応は中等部の教師に任せるしかない。

 

「D男が塗りつぶす必要はあったかしら」

『都市伝説にビビッて、情けなく悲鳴を上げたのを隠したかったのではないでしょうか』

「それだけで壁にペンキを塗るかしら?」

 

 石上が藤原に言ったように、軽い理由で学校の壁にペンキを塗る人はいない。

 

『心理的なハードルは低かったと思われます。D男が見た時、既に壁はペンキで塗られていました。自分が塗ろうと塗りまいと、壁がペンキで汚れている事実は変わりません。最初に塗った人物も驚いた事でしょう、自分が書いた言葉が全く別の言葉に変わっていたのですから。まさに、ホラ──―むぐっ!?』

「讃岐……?」

 

 変な声を出して讃岐が黙った。それから何度か呼びかけたが、返答はなく通話が切れた。

 どうしたのだろうか、しばらく無言で携帯電話を見詰めていたが、早坂も付いているし大丈夫だろうと踵を返した。

 今回も讃岐の推理が大きく外れる事はないだろう。これで圭の悩みは解決するし、かぐやは圭との距離を縮められる。かぐやは足取り軽く生徒会室へと戻った。

 

 

 〇

 

 

 早坂愛は突然のピンチを迎えていた。

 とりあえず、ピンチに気付かない讃岐の口を背後から塞いで部屋の奥に移動する。無駄に身長が高いのでそれだけでも一苦労だった。

 讃岐が無言で早坂の腕を軽く叩いた。早坂は口から手を放した。

 口を開こうとする讃岐に、人差し指を自分の口に当て静かにしろ、と伝える。

 

「どうしたんだい? 急に」

 

 顔を近付けて囁くような声で讃岐が聞いた。

 今の危機的状況が理解できていないようだ。こういうところは鈍い。いや興味がないだけか。

 

「ここがどこだか分かっていますか?」

「体育倉庫だろう?」

 

 なんでそんな当たり前の質問をするのか、と言いたげだ。

 

「私がここを選んだ理由は?」

「一般生徒立ち入り禁止だから」

「正解です」

「何のクイズ?」

「いいから、耳を澄ませてください」

 

 先程まで止んでいた雨がまた降り始めて、絶え間なく雨音が聞こえる。加えて体育倉庫の前から話し声が聞こえて来る。

 

『タイミングさいあく。靴の中びしょびしょー』

『私達が出た瞬間降ってきたね……』

『止んだからいけると思ったのに』

 

 声からして2人の女子生徒が、体育倉庫の前で雨宿りしているらしかった。

 

「人がいるみたいだね」

「誰も使っていないはずの体育倉庫から、私達が出て来たら彼女達はどう思うでしょうか?」

「なるほど。下衆の勘繰りは免れないだろうね。それ以前に立ち入り禁止だから、出るのを見られるのも避けたい」

「やっと分りましたか」

 

 そう早坂愛のピンチとはつまり、突発的な体育倉庫イベントの発生である。進んで密室に閉じ込められたがる者がいない以上、突発的でない体育倉庫イベントなんてないのだが、それはともかく。

 

「でもさ、僕達対外的には恋人関係なんだから、そう思われてもダメージ少ないんじゃない?」

「少なくはないでしょう。それに何か嫌です」

「何か嫌か。じゃあ仕方ないね」

 

 讃岐はきょろきょろ室内を見回して、早坂に手を差し出した。

 

「書ける物持ってないかな? ペンでなくてもいい。できれば赤色、線の太いやつで」

 

 注文が多い。早坂は確認するように、制服とスカートのポケットを触った。ポケットに触れた時、手に硬い感触を感じだ。書ける物か微妙だが、一応取り出す。

 取り出したのは小型のポーチだった。

 

「何だいそれ」

「簡易的な変装セットです。カラコンや、付けまつ毛が入っています」

 

 ポーチから円柱状のスティックを取り出して、讃岐の手に乗せる。

 讃岐はスティックを指で摘んで、上から下まで観察していた。

 

「ペンじゃないよね」

「口紅です。赤とまでは行きませんが、線の太い書ける物といったらこれだけです」

 

 初めて見たのだろう。キャップを開けて珍しそうに先端を確認する。使えそうと判断したようで、嬉しそうに讃岐は口角を上げた。

 

「流石メイドさん。要望通りだね」

「これで何をするんですか?」

 

 讃岐は質問には答えずに、不敵な微笑を湛えた顔で言った。

 

「フォークロアの実用的活用法を教えてあげるよ」

 

 嫌な予感しかしなかった。

 

 

 

『今音が聞こえなかった?』

『うん。どこからかな?』

 

 ガタガタとまた微かに音がした。

 

『体育倉庫からね』

『立ち入り禁止じゃないの?』

『猫でも入り込んだんじゃない?』

 

 扉に手を掛ける音がする。

 

『あっ、開いてる』

『ちょっと! 立ち入り禁止って……』

『本当に猫だったら可哀想でしょ』

 

 好奇心に満ちた声は、普段立ち入れない場所への高揚感が、隠しきれていなかった。

 扉の間から薄っらと体育倉庫に光が差し込むが、外が曇っている為以前として室内は暗い。

 

「あれ? 誰もいないなー」

 

 室内に踏み込んだ女子生徒が、物を踏んだのに気付いて足元を見る。

 次の瞬間女子生徒の顔が青くなり、悲鳴を上げて体育倉庫から飛び出した。

 

「えっ、どうしたの!?」

 

 外にいた女子生徒が慌てて走り去る友人を追った。

 

 体育倉庫から人が消えたのを確認して、早坂と讃岐は物陰から出た。

 

「まさか本当に上手くいくとは……」

「彼女が都市伝説を知っていて良かった。また人が来る前に行こうか」

 

「証拠は隠滅しないとね」讃岐が女子生徒が踏んだ石灰の空袋を拾った。袋にはピンク色で『次はお前だ』の文字があった。

 

 体育倉庫から出た早坂達は渡り廊下を歩いていた。時折入り込む雨粒が制服を濡らす。

 

「これがフォークロアの活躍法ですか」

 

 折りたたまれてコンパクトになった袋を見る。

 

「本来の使い方に最も近い方法だよ」

「本来の使い方?」

「元になった都市伝説のね。内容は知っているかな?」

「いいえ、知りません」

 

 讃岐は『次はお前だ』と題した都市伝説の内容を語った。

 

「都市伝説の事件で犯人が『まずは1人目、次はお前だ』と壁に記したメリットは2つある。今の僕達みたいに、A子さんを部屋から追い出して逃げ道を確保する。そして犯行時刻の誤認」

「被害者の血で文字を書いたのなら、殺害された時間はA子が発見したより前にしかならないのでは」

「真っ赤な字でとしか描写されていないからね。血文字であるとは限らない。次はお前だ、という文面でBさんは既に死んだと思わせておいて、実際にはA子さんが立ち去った後に殺害したのさ。事前にアリバイを作っておけば疑われないって寸法さ」

「……やけに、断定的ですね」

 

 この男、都市伝説の元になった事件について知っているのではあるまいか。早坂は疑惑の視線を送った。

 

「所詮は都市伝説だからね。無責任に断言してもバチは当たらない」

 

 讃岐はポケットを探って、早坂が渡した口紅を取り出した。

 

「ダメにしちゃって悪いね。新しいの買って返すよ」

「店で見てこれと同じ物が分かりますか? 結構種類ありますよ」

「そうなの? 自信はないなぁ。じゃあ君も一緒に来てよ」

「かまいませんよ。……休みが合う日があれば」

 

 言った後で遠い目になる早坂。讃岐も同じ目をした。

 かぐやの従者としての仕事は多忙を極める。朝は早いし夜は遅い。金払いの良さだけで、ブラック化を免れているような職場だ。休日なんてそうそうない。

 

「万に一つくらいは可能性もあるでしょ。もしダメなら、自分でなんとかするよ」

 

 讃岐は手持ち無沙汰に、手の中で口紅を転がした。

 流れで了承してしまったが、何やら恥ずかしい約束をした気がしないでもない。幼少期から仕事ばかりしている早坂でも、休日に男女が2人で出掛ける事の意味は理解していた。

 

 かぐや様にあてられたかな、と思う。

 

 讃岐にしても、そして自分にもそんな気はないのだから、意識し過ぎというものだ。

 

「考え込んでどうかしたのかい?」

 

 普段と寸分変わらぬ能天気な表情に、早坂はため息を吐きたい気分になった。

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