エンドオブワールド   作:Archdrive

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帰郷への旅路

大空のホールに川や風や葉っぱがメロディーを奏で鳥が歌う。

活気溢れる草むらで2人の少女がスリィートクラウン(霙冠草)を摘み取り、緑の茎を絡ませて花冠を作る。白い花が栄える黒髪にお互いの冠を被せて笑顔になれば、立派なお姫様に変身していた。

 

「見て! あれはなんの」

「……見た事無いわ」

 

エミリーが指さした空は凍てつき、真っ黒な何かが、砕けた氷の天板と一緒に地面に堕ちていった。

 

「帰りましょう、怖いわ」

「カーニバルは地面から生えてくるって、お父さんが言ってたわ。近づいてみましょう」

「大丈夫よ。悲鳴を上げて逃げれば相手だってびっくりするから」

 

身を寄せるオリビアと違い、エミリーはその灰色の瞳を輝かせ何かに歩を進めた。

 

なんだこの視界は(ウットウシィ)!?)

 

ホワイトアウトから帰ってきたのは逃げ場のない煌めく世界。目映いばかりの黄色の牢獄に辱められてタウスは思わず指で切り取り、その鋭い指に驚き体に意識を向けた。

 

(キャラのデータが差し変わってる! となるとここがホーミングの世界? 中世風、なのか。田舎という可能性もあるけど……)

 

タウスは腕で体を持ち上げ、突然生えてきた黒い大きな影にエミリーは立ち止まり、追っていたオリビアも足を踏ん張って目を丸くした。

 

「キィャアァァァ!」

 

凄まじい金切り声を上げ、エミリーはオリビアの手を取って一目散に逃げだした。

 

(話を聞こうと思ったのに。まあこんな姿じゃ、……クエストだろうから人でも変わらないか)

 

赤い人型の光が2つ、髪を振り乱してどんどん小さくなっていくのを見送った。

 

(にしてもマンガみたいな声の表現だ。共感覚ってわけでもないだろうし)

 

縮みあがる文字を追って6本指を浮かせると、モザイクのタイルが草の生えた地面に戻る。

 

(へー、これだと空を歩けそう。おっと跡が消える前に追わないと)

 

青色に輝く空の下、タウスは一手を伸ばした。

車輪が轍をなぞり、人々が手入れをする畑を傍目に道を全力疾走していた。

 

「門を開けなさい」

 

3角帽にコート、杖を携えた女性の命に従って門が開かれ、幌馬車は村へと帰還した。まだ暴れる馬を任せて御者は下り、階段を下りてきた彼女に会釈をする。

 

「リブエナ様、娘が何か黒いモノに遭遇したというのです。しかも空から落ちてきたというのです」

(あっちは比較的安全のはず。それに昼間にシャドーは出てこない。しかし空……考えにくい)

 

指さした方角を見てリブエナ・ハイエンストールが逡巡していると、2人が下りて追加情報を与えた。

 

「お父さんよりも高くて……こんな大きかったのよ。鳥でもないし」

 

力を合わせて再現するとリブエナは櫓に向かって叫んだ。

 

「鐘打て! カーニバル」

 

櫓が早鐘を打ち鳴し、さらに物見もそれに追随する。

 

「男達は武装して門を守りなさい、女達は家に籠って子供を守りなさい。柵を閉め、ルビニファロス(炭の石)を消し忘れないように」

 

彼女は指示を出し終わると櫓に戻り、農道の最後尾にいた馬車が列を作った村人を乗せては帰路に着いた。

 

(お、最初の村だ。……今度のプレイヤーは山賊の扱いなのか)

 

車輪の痕が目立つ道路からツルがウネった畑に両脇を抱えられた道に合流したタウスは、遠くの突き当りをせき止める門から歓迎されていないのを察知した。

 

「来た、迎撃準備!」

 

鍬の代わりに投槍を手に手に、簡素な鎧に身を守って決死の表情を浮かべていた。

 

(なんかスゲー物々しいんだけど。さっきの音も聞こえないし、いかにも一触即発って感じだ)

(あれは! あんなものがカーニバルのはずはない)

「どうしますか?」

 

リブエナは総毛立つのが分かった。希望が失せ、精一杯、逃げないように踏ん張るのに必死だった。

 

「どうしますか?」

「……射るのは待って。戸の反応を見てからでも構わない」(わざわざ敵対しなくてもいい)

 

それは他の人間も同じだった。初めて見た彼女と同じく、尋ねた声は震え、射って安心したがっているのは明白。それほどまでに農道の左隅を移動する絶望的に立体感の無い陰は異様だった。

 

(なんか俺、狙われてないか? もっとこう、NPCは友好的なはずなんだけど)

(止まった! 確認するなら今、だけど言葉が通じるの?)

 

対処を迷うリブエナは歯噛みした。

 

(魔女? ホーミングだと職業性なのか。……そういえば喋れるのか?)

 

防御しようという気が感じられない門の上に人を認め、タウスは言葉をかけようとした。

 

「J.T.Dの者か?」

(ジェティーディー? それで通じるという事は、ここの規模から見て村ということか)

(……わたしは何を言っている) 

「いいえ。で、ここはどこなんだ?」(声は出るみたいだな)

 

タウスの返事にリブエナは違和感に固まった。

 

「声が耳元で聞こえないか?」

「でもP.G.Sには見えないぞ」

 

後ろのやりとりから正体を得たものの、リブエナは陰に見当つけられなかった。

 

「……あなたは敵、それとも味方?」

「敵ではない、と思う」

「なら入ってみて」

 

迎え撃つべくリブエナは櫓を降り、タウスは勧められるがまま、違和感漂う、何の変哲も無い扉に手を伸ばし、ガーゴイルが咥えた輪っかに指を広げ、頭角を現した違和感に止められた。

 

(立派な玄関を構えておいて周りは……これってたぶん柵だよな? 槍も構えてるのに外堀が無いし、なんか見られて気がする。じゃあノックは正解じゃないな)

 

ニスも剥がれた薄い室内用扉に手を当てるとモザイクのトンネルができ、ワンドを構えたリブエナが出迎えた。みるみる血の気も引いていく彼女は扉に駆け寄り、そこに何の痕跡も見つけられないと愕然とした。

 

(ダメだ、私じゃ……。敵にしちゃダメだ!)「守りを解け」

 

矛先達が垂れるより早く橙に輝く枝が地中を駆けめぐり、柵の外へと伸びていくのにタウスは呟いてしまった。

 

「なんだこれ?」

 

黒い波紋があちこちと土の水面に降りしきり、異形の悪魔が地面から出てきた。ガーゴイル、ケルベロス、サイクロプス、タウスでも見たことがあるそれらは嗜虐的な笑みを浮かべてひしめき合い、柵の隙間から見たリブエナは離れて構え直す。

 

「カーニバル!」

(クエストは自動で始めるのか。斬新だな)

 

その中の一体が近寄って扉を2度ノックし、射られた矢が、投げられた槍が弾かれて散らばった。

 

(なんて間抜けで、律儀で、親切な奴らなんだ。壊して入ってくればいいのに)

 

タウスは呆れたがその場にいる人間の緊張は本物だった。

 

「来るわ、全員構えて!」

「ウオォォ!」

 

雄たけびで奮い立ち、鋭い眼光で槍衾を作っていく農夫達からは村を守ろうとする意志がはっきり表れ、慌ただしく閉まる家の扉が、詠唱を始めた魔女がそれに拍車をかけていた。

 

「砂漠の前兆、風の悲鳴、」

(運営が巻き戻しをかける前に、こいつの力を使ってみるか)

 

タウスは意識コマンドでコンソールの呼び出しを試みるが、見慣れたウィンドウの枠さえ立ち上がらない。代わりに腕が動き、柵を取り囲んだカーニバルがモザイクに包みまれ、細かいモザイクは惨劇を規制する様に白々しく、暴れる手足だけでなく助けを求める声さえ覆って、粗々しく砕けてカーニバルを混沌に還元(かえ)した。

 

「太よぅ」

(さすが運営が用意したボス、あっという間だ。でもこいつは使いにくいな、いまいち状態がつかめない)

 

炎になりかけの火は消えてあたりは静けさを取り戻し、全ての人は腕を戻したタウスに視線を奪われていた。

 

「ワーロック様!」

(はいはい、スキップスキップ。……)

 

否応無くタウスは振り返り、一斉に槍襖は輪を広げた。

 

「救っていただきありがとうございました。私はサバト、マジシャン、リブエナ・ハイエンストール。できれば御名を教えていただきたいのですが」

 

その言葉は慇懃に紡がれていた。

片膝立ちの姿勢といい、外見に見合わず淑女のような振る舞いだった。

だからこそ、警戒を緩めない目がタウスに疑問を抱かせた。

 

(なんか嫌な生々しさがあるな。でもこれ、返事しないと会話が前に進まないんでしょ。まさか、名前を知ったら使役できるとか? こいつに名前は無いし、ありきたりな名前にしておくか)「デウス・エクス・マキナ(ご都合主義の神)

 

その名前を知らない者などいなかった。世界を想像し、人々に魔法を与えて旅立っていた創造主。

 

「よくぅ……ぞ、お戻りになられました。 ……我が主よ」

 

魔女が最敬礼した途端に雰囲気が変わるのがタウスにも分かった。目元が緩み、木の盾が地面に下ろされ矛先は天を向けて彼らは彼女に倣った。

 

「慈悲に感謝いたします」

(ホーミングだとプレイヤーが世界を創ったって話なの? いまいちわからない。とりあえず話を聴くしかないようだ)

「どうぞこちらへ」

 

リブエナが前を歩くとまるで神輿を通すように人が割れ、大きな家に案内された。彼女は家主に話を通すと離れ、勝手口に身をかがめるタウスを見送った。

 

「テレパス」

『ドーラ様、お伝えしたいことが』

『言、え』

『デウス・エクス・マキナ様がお帰りになられました』

『――こっちを片づけたら寄る』

 

苦しそうやらは戸惑うやらの声が切れ、リブエナはドーラがやってくるのを待った。

 

「シロテノイアは大きく2つの問題を抱えております。1つはアポカリプティック・フォール、もう1つはラアゼル・コーヤ」

 

タウスはライアルから説明を受けていた。

 

「御身が去られて以降、様々な世界が漂着してきました。彼らは最初こそまるで生を感じませんでしたが、例外がいました。それがラアゼル・コーヤ」

 

台形の机に広げられた地図には四角い海の中には東西南北に各1つ、中央に1つの大陸が浮かび、樹皮を思わせる茶色い指が4つある扇状の大陸から北を示した。

 

「彼の者は凄まじい力を武器に北の地より攻め、あっという間に東西に勢力を広げました。ですがワルプルギスの御方々が、174年ほど前にこの地に封印しました」

 

次に点々と島を浮かべる海を四角く区切った。

 

「ですがそれから3年もしないうちに、シロテノイアが端から崩壊し始めたのです。これがアポカリプティックフォール、終末現象です。そして恐れを知らぬ愚か者達が、コーヤの封印を壊してしまいました」

(MVPボスってところか。 で、あっちのギャラリーは俺に何の用だ?)

 

窓の外には現れては消える傍観者達の目がタウスを串刺し、囁き声で噂をたてる。

 

「復活の予兆と思われるカーニバルが始まり、せがれが殺されました」

 

キャラクターが喋っているには過剰表現でなく、棒でもなく、説明に徹しようと押し殺した怒りがそれでも漏れている、生身の人間が喋っているような違和感がタウスを引っ張り戻す。

 

「奴らは闇雲に湧いて幸せを奪っていきました。叶うことなら儂が殺して仇を取りたい! ……でもできないから、御身にこうして請うしかありません」

(これがNPCの表情か?)

 

目は、震える唇より遙かに逞しく怒りを訴えていた。たとえ嗚咽混じりの声が消されていても、音声を差し替えられていれば明らかにわかるほど、怒りに涙する目は決して使い回しのできものではなかった。

 

「こちらです」

 

リブエナは飛んできたサバトに礼をすると気付いた村人たちも礼で出迎えた。

 

「で、あたし達の神を騙る奴はどこにいる」

 

着地したドーラ・サグは筋の入った薄緑の石をパイプに詰め、不機嫌を隠さずに言った。

 

「いえ、あの、彼は名を告げただけです。それに力が本当にすごいのです。扉を傷つけずにすり抜けて入り、私達が見た事も無い魔法で、カーニバルを倒していました。……白黒の霧は! 魔法ですらないのかもしれません」

「J.T.Dのはぐれかもしれないだろ?」

 

リブエナは首を横に振った。

 

「人でも怪物でも機械でもありません。そういうもの、としか申し上げられません」

(なんか流れ着いたのか、ここ160年くらいは何もなかったのに。危害をくわえないだけ友好的とみるべきか)「まあいい、実力はこの目で確かめる」

 

戦々恐々としているリブエナを励ますようにドーラは軽く言って家へと歩を進めた。

 

「これはこれは、ドーラ様」

 

玄関を無遠慮に開けて地図を見下ろすタウスを認めた瞬間、ドーラは無性に腹が立った。

 

(こいつは偽物だ!)「あんたが自称、あたし達の神様か。ねえ、ちょっと顔貸しなよ」

 

ドーラは眉を釣りあげると右手で机を叩いて覗き込み、一方的に言って返事などお構い無しに玄関を出ていった。

 

「そのような言い方は!」

 

煽りを咎めるようにリブエナはその背を追いかけた。

 

(神を名乗ってなんかないけど。そういえばさっきの魔女、カーニバルと同じ橙色だったな)

「申し訳ございません。ドーラ様はあんな稚拙な方ではございませんが、私も考え及ばないことが有ったのでしょう。どうかご容赦いただけませんか」

(まあそういうキャラもいるよね)「それより教えて貰ってありがとうございました」

 

家の外は人で溢れていた。海は2つに割れ、タウスは道の真ん中で待っていた人物に相対する。

 

「あたしはワルプルギスに与するサバト、ソリッドソーサー、ドーラ・サグ。カーニバルを退けてくれたのはありがとう。だけどワルプルギスで発議する以上、あたしの目で確かるのが筋ってもんだ。さあ力比べだ、一発闘いな」

 

キセルを外すとアクセサリーサイズにまで縮み、ドーラは短パンのベルトの穴に引っかけ、代わりに籠手で拳を凶器に変える。

 

(魔女ってもっと魔法とか知恵で闘うんじゃないの?)

 

タウスは周囲に気を配るが、手近な家に逃げ込む人々はそれどころではなかった。ドーラは走り出すような大股で腰を据え、回復しきっていない魔力を酷使して魔法を行使する。

 

プセランマ(魔法欺瞞)スィアス(形代)アベロス(乗倍化)エスティク(身体向上)スゥシア(反応向上)ソクラ(衝撃力向上)グロスゴ(加速)プロドス(貫徹力向上)エルクション(質量増大)

 

彼女の輪郭に橙のオーラが重なり、様子を窺っていたタウスは腕の一本を突きだすのがようやく間に合った。

 

「あんたは魔法、使わないのか?」

 

一旦安全を確保すると、扉や窓から好機の目が歴史の生き証人になろうと息を飲んで行方を注視していた。

 

「使えないので」(じゃあこっちは詠唱しないのか)

「じゃあ行くぜ、腹くくりな! トリア」

 

瞬間ドーラの足が地面を砕き、跳ねた欠片に影をも触れさせない勢いで突撃した。単純な右パンチ。それ故に重さと速さを浪費無く、破壊力として揮ってきた剛拳だった。

 

「なに!?」

(眩しいなぁ)

 

それは壁1枚にあっけなく幕切れを迎えた。吹き戻しが扉を弄んでつっかえ棒をはたき落とし、タウスは顔を右へ背けるが光は変わらなかった。

 

(私の魔法が通じないだと)

 

勢いを失ったドーラは着地し、手応えも変化も無い壁に触れている拳に呆然となった。

 

(コーヤでさえ古い魔法は通じてた。防ぐのに魔法を使ってた、避けようとしてた! なのにこいつは……)

 

拳を引っ込め、視界に毛先にいくほど赤くなる水銀色の髪が入り込む。

 

(こいつは本物なのかもしれない)

 

反撃を受けるには無防備を十分晒したとわかった時にはドーラは笑うしかなった。

 

「いやー参ったね、あたしの負けだよ。あんたを認めることにするよ。リブエナ、後は任せる」

「はい」

 

パイプを咥え魔力を補い、終わりと判断した人々が片付けに出てくる。

 

「議場はこっちだ」

 

ドーラは宙へ舞い上がるが、タウスにはまだ訊きたいことがあった。

 

「運命が、あると思いますか?」

 

答えを求められたライアルは一瞬きょとんとして、説明の時と正反対の笑顔を浮かべて手招きした。彼はすぐにやってきた子の肩を抱いてタウスを見た。

 

「主よ、欠けたる我らはいずれ死にゆく者です。ですがこのように、孫の中で命を繋いでいけます。この子の中に息子を見出せます。運命というのであれば、これが運命。悲しい事も嬉しい事も繰り返すのです。ですからどうか、満ちたるあなたの御手によって、あなたを愛することをお許しください」

「わかっ……た、慈愛に答えられるよう、努力する」

 

空へと浮いたタウスは人々に手を振られる。

 

(これ、ゲームなんだよな? 魔法なんてありえないし、バグでこんな事になってるんだよな)

 

戸惑わされるのは、現実的すぎる人々に対しておとぎ話としか思えない事実だった。自分の姿、魔法、悪魔、そして風景にすら嘘を感じていた。

 

「この海を境に。えーとな、今は方角から北を無くしてて、東・西・南で3等分にしたのが常識なんだ。今から行くR.W.Cは、あたし達サバトの領土なんだ」

(それよりも左右の方がすごいんだが)

 

ドーラが正面の島を示す。

だが追い付いたタウスの意識を引っ張ったのはそこら中にあふれていそうな島ではなく、西の空を切り出す巨大な階層構造建築(スカイスクレイパー)と、東に差し込む夕日を遮る黒い霧だ。

 

「島に入ったら自由にできるからよ、それまで辛抱しててくれ」

 

見慣れた砂浜、岩場、丘を越えて、山の木々に隠れるようにして塔は建っていた。屋上では数人があちこちに目を配り、壁はステンドグラスの様に灰色の表面に透明な石の化粧している。

 

(ここの入り口は高いな)

「この奥にあるのが議場だ」

「! おかえりなさいませ」

 

飾り付けをくり抜くアーチ状の出入り口の1つから入ると、石組みの廊下に待機したサバトがタウスを見上げ、ドーラを見下ろして、一拍遅れで出迎えた。

 

「スタッフは下ろしとけ、こいつはカーニバルじゃねえ」

「承知しました」

 

サバトが素直にスタッフを引っ込め、ドーラは満足そうに眺めて外回廊を奥へと進む。奥には空洞に隔離された塔があり、灯篭の様に光る2階に入る。壁には等間隔のランタンが並び天井からはシャンデリアが吊るされた部屋にはただ1つ、3分割された輪卓が据えられていた。

 

「あんたはあたしの傍にいな。ここはソーサー以外は禁足地なんだ。フレイム」

 

その一隻に腰かけた彼女は卓上のランタンに火を入れ、帰還を報告する。

 

「誰もいない」

「恒例行事さ。一ヶ国につき6人割いて、手助けに行ったり報告を受けたりするんだ。そのうち帰ってくるって」

 

パイプをくゆらせ彫刻の施された椅子に深々と座りなおして手枕で休み始める。

四方八方の出入り口から1人また1人とソーサーが姿を現し、タウスに驚いて一歩引くか、戦う構えを見せるのは同時。そして傍らのドーラの姿を認めるとため息を吐いて席に着いた。

 

「遅くなった、すまない」

 

18席の最後の空席を埋めるサバトは一際目を引いた。入り口に頭が着きそうな高身長、猛々しい筋肉、帽子の代わりに鹿の様な巨大な頭骨を小脇に抱え肉を旨そうにかじっていた。

 

「なんだ、新しいメンツかい?」(面白そうな奴だな。連れてこられたって事は、なんか訳ありなんだろうけどな)

「その説明が今からあるんでしょ」

 

その場の誰よりも高いニムパス・ソングスは、道端で珍しいもので見つけたように言って席に着いた。

 

「ワルプルギスを始めましょう」

キーリ(閉まれ)

 

サバトの合唱で見えないカーテンが引かれて部屋の音を閉め切った。

 

「では3ヶ国の被害報告を」

「P.G.S。アンフォバイサー、カンシーピシック、スティーボビンジに被害無し。マジシャンが10名死亡」

「J.T.D。スコンデッド、フィオスポーズ、エクステラーも同様。マジシャンが4名死亡」

「K.M.A。ライフズ、スピリット、ナチュラー。マジシャンが20名死亡」

 

息を合わせた報告が終わり、サバトは帽子を脱いで黙祷を捧げた。

 

「ドーラ、そいつは一体何なんだ?」

「こいつは……。デウス・エクス・マキナだ。足が3本、腕が6本、冠が9個、合わせて18。私達と同じで縁起がいい、それに目は7つも有って神秘的、シロテノイアの神にふさわしいだろ?」

 

ニムパスへの答えにサバトの表情が曇り、緊張していくのがタウスにもわかった。

 

「我らが主と言いたいのだな? だが万が一にも名前だけなら知っているかもしれない、根拠はなんだ」

 

早速、ィ・レアヴが鋭い眼光を光らせた。

 

「あー、こいつは扉をすり抜けたらしいんだ。それでカーニバルを白黒の霧で全滅させたとか。それにあたしも闘ったが、魔法を9つ重ね掛けした拳を霧に止められた。まるで空気に止められたみたいに手応えもなかったよ。魔法でも科学でもない。信じられないならこの場で闘ってみればいいよ」

(ドーラが言うなら、我らも敵わぬであろうな……)

 

テラリー・カイスは諦めにも近い感情で三角帽を被りなおした。考えが自分だけではない、というのは静まり返ったワルプルギスから明らかだった。

 

(それにカーニバルを倒せるなら神に据えてしまった方が賢明。伝統だの誇りだのに縛られて滅ぶなど愚かの極み。それに疲れた、ここで少しくらい休んでしまってもバチは当たらんはずじゃ)

 

彼女と違う意見をレアヴは持っていた。

 

(私達の魔法が利かないからと、我らが主と認めるのは話が違う。力だけ言うなら、J.T.Dの死せる者達の秘宝は通用するかもしれない。今や我らは衰えている)

(ワルプルギスの体面はどうなる? 180年統治し、そこそこの平和を守ってきたのは私達だ。力が強いからとハイそうですかと譲れるものでは無い)

 

ニア・アイコニット・セヴモンスもまた反対意見を持っていた。

 

「ドーラ、私達はどうしたらいいのですか? せっかく落ち着いてきたのに」

「あたしは神に据えたい、と思ってる。だけどは詳しくはこいつに聞いてくれ」

 

その意見を言わない間にファニクス・マウエック・タッチエンドが話しを進め、タウスは何の説明も無く意見を求められた。

 

(おいおい、スピーチまで求められるのか? 準備してないぞ)「……俺は、あなた達の神じゃない。そう望んでもいないし、政治に興味は無い。だけど協力ならしてもいいかなって、あの爺さんが心底安心した顔を見て、そう思っただけだ」

「……確かに、我らが主とは違う。貴殿には慈愛があるな」

「我らの創造主を貶めるの様な言いか」

「いや! 物を与えてハイ終わりな創造主など、善性が足りぬ。親で無しじゃ」

 

カイスとニアが突然言い合いになり、関係無い罵り合いの入口を潜った。

 

「厳粛に! 厳粛に! 厳粛に!」

 

途端、マウアが槌を振り上げ音と同じ回数声を張り上げた。

 

「私達は魔法の様に創造性に富んでいなければいけません。破壊しかもたらさなかったコーヤのような、余地の無い思考は止めなさい」

「……ではどうするべしと?」

「とりあえず、今日はデウス様に我々を知っていただくのでいかがか? そして明日、アポカリプティック・フォールをご覧いただくのは」

「問題は誰のところに泊まるか、か……」

 

魔女に赤い光がくすぶり始め、反対意見が無いのとは違った、動物が獲物を狩るのに忍び足で近づくような、違和感を隠そうとするような不審な静けさがはびこった。

 

「ここはくじで決めましょう」

「待て! 公平性に欠ける、魔法があるんだぞ」

「私達が選ぶのではなく、デウス様に選んでいただければいいではないですか。枝板に象徴を書き袋に詰めて魔法を遮断すれば、選ぶのに魔法が関わりません。どうでしょう」

 

マウアの意見に反対の声は無く、準備が整うと茶色の袋が差し出された。板が目隠し用の皮袋に入っていたが、タウスに何が書かれているかはっきり見えていた。

 

(色々思惑はあると思うけど、一番人が知れているのを選ばせてもらう)

 

タウスはソリッドと書かれた板を取り上げ、サバト達は獲物を逃がしたように落胆を僅かに匂わせながらドーラを任命した。

 

「では今回のワルプルギスはこれにて終わりましょう」

「すぐ図書館へ行こう。あそこなら歴史がわかるからな」

 

あからさまに近づくサバト達を見抜いたドーラは牽制し、タウスを外へと連れ出した。行先は塔のすぐ西側。

金と宝石に彩られた宮殿の入口、出迎える女性の彫像に彼女は足を止めた。

 

「この人がシロテノイアの大恩人、サバト・ワルプルギスさ」

「きっと美人さんなんでしょうね」

「当たり前だ! あたし達の親より年上なのにすっごい綺麗で、それに唯一の生き残り、そして賢い! 誰一人として彼女にはかなわない」

(ってことは相当歳が……)

 

白い帽子に毛皮のコート、土台に付くほどの袖に裾のドレスを纏った彫像に、敬意を示すような早口でドーラはまくしたてた。

 

「ちょっと本を取ってくるからここで待っててくれ」

 

図書館に入るなり言い残して明るくなってきたカーテンへ消え、タウスは身近な椅子を除け3角形を作る机に落ち着こうとして、取り囲んでいるそれらに惹きつけられた。

 

(これは本、か? 端っこがかじられてるけど。はじめてみるエフェクトだ)

 

タウスは豪華な本棚から適当に本を取りだし表紙・裏表紙・背表紙を交互に見比べ、何度も確認し、ドラッグ指定用発光エフェクトが出ないと机に持ち帰った。

 

「お、それが見たいのかい?」

「どうすればいいかわからなくて」

 

ためつしがめつタウスが困り果てていると、ドーラは簡単そうにボタンを外し装丁をめくって、紐止めされた1ページ目、題名を見せる。タウスは思わず本に体を寄せ、ドーラの真似をして、震える手で次々とページを疾走させる。

 

「これが本をめくるということかぁ!」

 

初めての経験に感動を覚えると長い後頭部が突然跳ね起き、縦に割れた口が牙をむいて叫ぶ。跳び退いたドーラは信じられない様に目をむいた。

 

「うれしいみたいで、よかったよ。……でもこっちの方が本題だ」

 

恐れおののく体に鞭打って所々金張りされた本を隣に置く。

 

(つまり元々世界の境界線があやふやな世界、ということか。その証拠にファンタジー世界にSFとホラーが同居して本命のコーヤがいる。プレイヤーはそれぞれの種族に生まれ、互いに協力して倒すって感じだな)

「コーヤが来てからは暗黒の時代さ」

 

夕日が落ちランタンの灯りがいっそう目立つ頃、読み終わりを見計らったようにドーラは呟いた。

 

「物心ついた時からあたし達は親よりも他人と育った。危ないからってどこにも行けず、面倒見てくれる奴はいつも怯えてて、はぐれた奴がカーニバルに花にされたところも見たよ。食べるものさえ困ってるところに動物に襲いかかられて大変だった。それで魔法を毎日毎日勉強して親の傍で戦ってた。あたしのご先祖様も親も命がけで戦って、コーヤの部下共72体を葬った」

 

椅子に片足であぐらをかいたドーラはポケットから石を取り出し、嵐の前兆よろしく震え始めた手で縞模様の濁った緑石をパイプに詰める。

 

「それでさ、毎日巨釜に群がって、真っ二つになるまで道具を作り続けて、それでなんとか封印できた」

 

タウスから見ても異様だった。

 

「だけど今のあたし達はさ、180年前の自分より衰えてるんだよ。魔法も弱い、道具も作れない。だから下の階級作って、自分達が出て行かないよう、負けた言い訳作りをしてる。まだあたし達がいるって、皆が絶望しないよう黄銅色の希望を保ってる。でも、次にあいつと戦えば、勝てないんだ……死んでしまうんだよ、あたし達は」

 

涙が頬を伝う、

だけではない。覚悟を決めた顔と違い、椅子がタップダンスを踊るほど全身が怯えていた。うるさく闇に視線を泳がせる彼女は言葉を切り、深呼吸して、異常が収まるまで前後に揺れていた。石までも力つき、弱気に当てられたように灯までもが失われた。

その石を完全に複製、どころかこれ以上無い物を見いだすのは容易だった、腕を伸ばして彼女のパイプに刺し変えることも造作もない。

 

「なんだ!? こんなの初めてだぞ」

(なにも見えないけどなあ)

 

途端、闇に浮かび上がったドーラはむせかえった。立ち上がった彼女はなんとか警戒するが、タウスの黄色の世界に1つ緑の点が加わった以外、異常は見られなかった。

光が戻り、納得できない表情で彼女は座り直してパイプを口に運び、純然たる深緑の太陽に目を丸くした。

 

「うんめぇー! こんな魔力の詰まったアガテー、初めて見た」

(課金アイテムにするのか?)

 

緑色の息で言葉を紡ぎ上機嫌に胸を膨らませる。

 

「それでさ、迷惑、だろうけど、あたし達の神様になってくれねえか? 黄金の希望になってくれよ」

「手助けする程度なら」(巻き戻しがかけられたら姿が変わっちゃうし、この体で大盤振る舞いはしない方がいいだろう)

 

タウスは精一杯の答えを出し、ドーラは残念そうな憂いを浮かべながらも一瞬で笑顔に変える。

 

「私達を見捨てないでくれよ。よ、夜も近いし、あたしの家に来なよ」

(ホーミングって成人指定じゃないけど、まあついて行ってみるか。というか、もうそんな時間か。ログアウトまだ?)

 

岩場で無数に転がる白い岩に擬態するドームがドーラの家だった。

 

(お風呂の準備?)

 

天井を掴んでつり下がったタウスの意識を真っ先に連れ去ったのは音だった。

 

「少し広げるか、エリ(広がれ)。食べ物を取ってくるから待っててくれ」

 

ドーラは真っ直ぐ円卓を指さして左へ消え、タウスは居間へ腕をのばす。部屋を仕切る扉さえ無い、小ぢんまりとした家は彼女の性格を良く表していた。

 

「これはクスィロス(霊薬)といって、サバトの中でも選ばれた者しか口にできない秘薬だ。あらゆる異常を治して長生きさせてくれる」

 

最後の文で電流が走った。

 

(知ってるぞ、それ水銀合金だろ! たしか公害を起こした毒物だ、教科書に載ってた。以前は薬だと思われてたけど皇帝を死に至らしめた)

「これの材料も今では減ってね」

「これは本当に意味があるのか?」

 

皿に置かれた黄銀黒色のつぶてを摘んで今まさに口に入れようとしていた手が止まった。

 

「親も飲んでたし、あたしも飲めばやる気が出るぞ」

(それって思いこみなんじゃ。でもアイテム欄が無いからエリクサーも試せないし)

 

机が鳴り、卓上にはガラス瓶が現れていた。

タウスは疑問が浮かび、ドーラは青い切ガラスを取り上げて蓋を外して匂いを嗅ぐ。タウスが驚愕し、彼女は七色の液体を飲み干した。

 

「不味いな。匂いも味も無いし、ぬる、くぇ」

 

強気だったドーラが黙り込み、血の気が引いて代わりに脂汗が押し出される。髪を張り付かせ歯を食いしばり、背を向けて内股で歩き出し、時々止まりながら右へ右へと、唯一扉のある部屋に向かった。

 

(ああ、水洗なのか)

「やっぱりこれって毒アイテムなんじゃ?」

 

摘まみ上げた5センチ程度の塊は、なだからな表面の所々がクレーターがでていた。

とにかく長い間タウスは待たされた。時計が見当たらない部屋では確認しようがなかったが、2時間ほどしてようやく扉は開けられた。

 

「銀光するアレを出したときはびっくりしたが、なんかすげー若返った気がする!」

 

快活としたドーラが腹を撫でて現れた。

 

「これなんて言うんだ」

「エリクサー?」

「あたし達のエリクサーとは別物みたいだな。ワルプルギスの連中にも飲ませてやりたいぐらいだ」

 

笑顔だった彼女は一変して緊張と覚悟がにじみ出るものへ変貌した。

 

「よ、よし、後はネるだけ、寝るだけだ。こっちに来い」(これは、契約、契約のためなんだ)

 

声も上ずり、妙なたどたどしさでピンク色のベッドに案内する。

 

「あたしは風呂に入って、体を洗ってくる。先に、ベッドで待っていてくれ」

(ベッドというのは柔らかいな。でもどうやって使うんだ。上で横になればいいのか、それともこの布の間に挟まればいいのか、巻くのか?)

 

困った末、タウスは布団の上に横になった。未だコンソールは出ず、ログアウトを選択できない状態が続いていた。

 

(一体いつ、安全装置がログアウトさせてくれるんだ?)

 

煌めくこの世界はなんと鬱陶しいのだろう。

「ポリフィラ、こいつらは任せてアーカーシャに行ってくれ」

「わかった」

 

特に目立つのは19個の青光、その一つを6つの指で握りしめた。

 

「こいつもアカーシャの」

「フーンジ! 後ろだ」

 

続いて2つ目を見い出すことを止め、緑光の群に立ち向かっていたのが方向転換する。

 

「だあぁぁぁ!」

 

振り下ろされたその剣身は暗黒を切るどころか葬りされられ、光も残り16。異形のシルエットが硬直する。

 

「なんだお前、何者だ!」

「自称じゃないから名前が無い」

「……なんで助けてくれないんです!」

「私は、お前等と違って自由を与えたぞ? だからお前等にも強要しにきた、神様ごっこは終わりだって。貰った力を自慢するのは楽しかった? 命を作って崇めて貰って、従わせるのはさぞかし気分が良かった? でも、溺れちゃったら終わりだね」

 

希望の光は端から散っていき、タウスは意識を取り戻す。入り口に立ったかわいらしいパジャマ姿のドーラと目があった。

 

(あれ? さっきま)

「なんだ初めてなのか。布団はな、敷布団と掛け布団の間に挟まるんだ」

「いや、これはちょっと……」

「いいから!」

 

さあ入れと言わんばかりに布団を半分開けて待ちかまえたドーラは、最後にはタウスを引きずりこんだ。

 

(あたしは覚悟を決めたんだ、早く手を出せ!)

(なにこれ。あれか、おとり捜査か? 手を出したら捕まえるのか、キャラクターに人権は無いというのいうのに)

 

ドーラを後ろ抱え込まされる形になりタウスは戸惑ったがどうしようもできなかった。

結局、腕の中で熱くなっていくドーラに手も触れず朝を迎えた。

 

(メットの安全装置も働かない。いくら3倍に引き延ばされているといえど15時間は経過した、現実時間でも5時間を越えているはずだ。嘘みたいな話だがこれは現実なのか? だとしたら帰りたいんだが)

 

朝露に立っているタウスに顔を赤らめたドーラが怒りを端々に滲ませて叫んだ。

 

「朝飯を取りに行くぞ!」

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