カオスでごちゃまぜな世界で権力を追い求める人の話   作:書きマウス

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二話に分割して全編後編で連続投稿しています。
こちらは後編になります。
前編からご覧ください。


野良覚醒者Aは如何にしてアイドルをプロデュースするようになったか - 後 -

「ハァ……ハァ……」 

 

 私は追い詰められていた。

 化け物から必死で逃げる間にどこかに迷い込んでしまったようだ。

 

 こんな場所、近くにあっただろうか?

 

 あたりにはいくつもの木が、植物が生えており、月明かり以外に光はない。

 まるで深い森の中にいるようだった。近所にそんな場所はないはずだ。明らかに異常だった。

 だが、この場所がどんな場所かの予想はついた。

 

 ここは……あの化け物の巣のようなものなのだろう。

 

 あたりからは無数の化け物の気配を感じる。今までの比ではない。

 私は誘い込まれたのだ。そう思った。

 

 そして、つまりそれは……

 

「もう、逃げられない……」

 

 終わりということだ。もう、どこに逃げても化け物に囲まれ、捕まるだろうということがわかった。

 

「やだ……いやだぁ……!」

 

 こんなのあんまりだ。今までの人生、さんざんに追い回されて、最後には追い付かれて殺されるだなんて。

 体が震える。嗚咽が止まらない。逃げなくてはと思うのに、体が動かない。これから起こるであろう出来事を直視するのが怖くて、膝を抱えてうずくまってしまいたくなる。

 

 ガサガサッ!

 

『omいぉtiuつぞezotたa』

「……!」

 

 茂みから化け物たちが姿を見せた。

 

 ガサガサッ! ガサガサッ!

 

『uまsudぅoa』『gaahaぁぎhhhやhaaah』『kaわusrぉろweo』

 

 前からも、後ろからも現れ、その数はどんどんと増していき、私を囲むように移動していく。

 

「う、うぅ……うぁあ……」

 

 完全に心が折れてしまった私は、その様子を眺めることしかできない。

 

 これまでの出来事が走馬灯のように流れていく。

 

 お母さんのこと、お父さんのこと、友達のこと、初めて化け物に会った時のこと、お母さんとお父さんが死んでしまった時のこと、だれにも信じてもらえなかったこと、だれにも化け物から助けてもらえなかったこと、満月が来るたびにふるえたこと、化け物から追われるばかりでろくに青春が送れなかった学生時代のこと……

 

 なんで……

 

「なんで私なの!? なんで私だけなの!? なんで私ばっかりこんな目に合うの!?」

 

 終わりを悟ってしまったからだろうか。自棄になった私の口からとめどなく言葉があふれてくる。

 

「あなたたちはなんで私ばかり追いかけるの!? なんで私にしかあなたたちの姿が見えないの!? そのせいで……そのせいで!!! 私は誰にも信じてもらえない、助けてもらえない!!! ひどい……ひどいよ!!!」

 

 自分でも何を言っているのか訳が分からなくなっている。でも止まらない。嗚咽が混じってきながらも続ける。

 

「小学生のころ、周りから頭のおかしい子扱いをされた! 悲しかった!!! 中学生のころ、周りには彼氏彼女ができてた! 羨ましかった!!! 高校生のころ、周りは青春を送ってた! 私には無理だった!!! ……あなたたちのせいだ! あなたたちさえいなければきっと、きっと私だってぇ……!」

 

 私の言葉を聞いているのかいないのか、化け物はその不定形な体をゆらゆらと動かし、近づいてくるばかりだ。だんだんと包囲が迫ってくる。

 

「うぅ、なんでよ……なんで私だけ……なんで私だけなのぉ……」

 

 もう嫌だ、その思いで膝を抱えてうずくまる。もう、何も見たくなかった。

 しかし、見ないようにしても気配は感じる。ズリッ……ズリッ……と近づいてくる音は分かる。

 

 ひどい、ひどいよ……だれか、一度くらい……

 

「たすけてよぉ……」

『いいだろう、俺が助けてやろう』

 

 ………………………えっ?

 

 声の聞こえたほうを見た。

 

『そこのお前、今助けてと言ったな? 確かに聞いたぞ』

『むせる……』

 

 そこにいたのは怪人とロボットだった。

 黒い靄がかかっている怪人は二メートルほど大きさをした人型で、腕が四本生えている。そのうちの一つにランタンを持って現れたそいつは、化け物たちとは比べ物にならないほどの強大な気配を放っていた。

 そして、その怪人に付き従うように同じような大きさの人型のロボットが佇んでいる。ゴツゴツとした姿をしたそのロボットもまた、化け物たちよりも強大な気配を放っていた。

 

 全く意味が分からない。見たところあの化け物と同じように悍ましい気配を感じるその怪人は、今確かに助けてくれると言った。

 それを信じていいのかわからず、そもそもどういう存在なのかもわからず、私は混乱するしかなかった。

 

「えっ? だ、だれ……ですか?」

 

 私は混乱しながらも、思わず敬語で誰なのかと尋ねていた。

 

『いいだろう、名乗ろう。よーく聞いて、覚えておくんだな。絶体絶命のお前を助けるこの俺の名を。俺の名は……』

 

 勿体着けながら、しかし確かに助けてくれるといった怪人はその名前を名乗った。

 

『ガイア連合所属、ドッペル、だ。ドッペルさんでも、様でも、もしくはドッペル社長とでも好きに呼ぶといい』

 

 ドッペル……不思議な名前だ。

 

 そんなことを思っていると、化け物の内の一匹がドッペルに向かってとびかかっていった。

 

 あ、あぶな……!

 

『おっと、危ないじゃないか』

 

 私が危ないと言う前に、ドッペルは四本の腕の内二本を使い、とびかかってきた化け物をがっしりとキャッチしてしまった。

 

 あの化け物をあんな簡単に……!

 

 そう驚いている間にも事態はどんどんと進んでいく。

 ドッペルは捕まえた化け物に向かってランタンを持っていない方の腕を向けながら、何事かをつぶやいた。

 

『ムド』

 

 すると……

 

『gぃiyぁあaaaaaaaaaaa!!!』

 

 私を悩ませ続けた化け物は、あの悍ましい化け物は、まるで溶けるように消えていったのだった。

 

「す、すごい……」

『だろう?』

 

 私の言葉に反応したドッペルがこちらに振り向く。

 表情こそ黒い靄に覆われて見えないものの、まるで自慢気な顔をしているようだった。

 

『ガイア連合所属のドッペル……この俺の力はすさまじいものだろう? お前のような持たざる者にとっては、な。そんな俺が来たからにはもう安心していい。お前は助かったんだ』

 

 助かった……本当に?

 

 確かにドッペルはすごい。あの化け物をいとも簡単に消してしまった。だが、まだ化け物は無数にいる。本当に……本当にどうにかなるのだろうか?

 包囲に穴は開いたし、一緒に逃げたほうがいいんじゃ……

 

『むせる……』

『なるほど? よくやったスコープドッグ。これで大体の敵の位置は掴めた。……おい、そこのお前』

「わ、私ですか?」

 

 あのロボット、スコープドッグというらしい。

 そのスコープドッグからむせるの一言で何かが伝わったのか、ドッペルは満足そうに頷いていたのだが、私を見るや否やじっと見つめてきて何か言いたそうな目? でこちらに呼び掛けてきた。

 

 な、なにかまずいことでもしてしまったのだろうか?

 

『お前の目から疑念を感じるぞ。もしかして、俺がこんな悪魔ども相手に、数だけの相手に負けると思っているんじゃないか?』

「は、はい。あ、あの化け物……あ、悪魔はまだまだいますし、多勢に無勢かなって思ってました……す、すみません!」

 

 私は思わず謝っていた。ドッペルの機嫌を損ねるとまずいことになるのは理解していたからだ。

 

 あの化け物……ドッペルは悪魔と呼んでいたそれは、私をずっと追い詰め続けていたものだった。

 こんな都合よくどうにかなるものなのだろうか……どうしても、疑念が晴れない。

 

『別に謝らなくていい、この俺の名がまだまだ売れてないことが原因だろうからな。……その疑念を晴らしてやる。その光景を、この俺の名とともによーく脳裏に刻み込むんだな』

 

 ドッペルはランタンをスコープドッグに預けると、その四本の腕を空に向かって広げた。

 仲間がやられたことで動きを止めていた悪魔たちがそれを見て動き出す。

 

 しかし、遅い。

 

『マハムド』

 

 ドッペルがそう唱えると、その四本の腕から、何か悍ましいものが放たれた。

 それが悪魔たちに向かって進み、ぶつかる。

 すると……

 

『oawdrぁaaaaa!!!』

 

 断末魔を挙げながら、悪魔たちが次々と溶けるように消えていく。

 見える範囲の悪魔たちが消えた後もドッペルの腕からは次々と何かが放たれ、進んでいく。

 それらは茂みの向こうで、木の陰で、あるいは木の上で、おそらく悪魔とぶつかっていったのだろう。

 そこら中から次々と断末魔が、まるで合唱のように響いてくる。

 

 時々、断末魔を挙げながらもドッペルに向かってとびかかっていく悪魔もいた。

 

『むせない……』

 

 しかし、ドッペルを守るかのようにスコープドッグが立ちはだかり、足止めをしていく。

 やがてそんな悪魔も消えていき、断末魔の合唱は続いていく。

 

 そして、それらが納まったころにはあの無数にあった悪魔の気配はすっかりと消えていたのだった。

 

 

 

 

『さて、これで安全は確保できたか。異界の調査をするだけかと思っていたが、思いがけないものに出会ったな』

 

 私が信じられない気持ちでぼーっとしていると、ドッペルがこちらを向いて話しかけてきた。

 そうだ、悪魔たちは消えたがまだドッペルとスコープドッグがいる。

 確かに助けてもらったが、油断はできない。ドッペルもスコープドッグも気配でいえばあの悪魔たちと同じものを感じる。

 信じたところを残念でした! みたいな感じで襲い掛かってきても不思議ではない。

 

 本当に信じていいものか……

 

『何を警戒した目で俺を見ている。助けてやったのだぞ? お前はもう助かったんだ、安心していいんだぞ?』

『むせない……』

『ん? あー、なるほど、そういうことか。わかったわかった。……おい、お前、俺の姿をよーく見てろ』

 

 スコープドッグが話している内容はよくわからないが、ドッペルはそれを聞いて何かをするつもりらしい。

 

 ……なんだろう?

 

 何をしてきても不思議はなかった。もう私の理解をはるかに超えることばかりが起きていた。

 あの恐ろしい悪魔たちがあっさりと消え去ったこと、そしてその消し去った張本人であるドッペルとスコープドッグのこと。

 混乱することばかりだ。

 

 しかし、ドッペルが次にしたことを目にして私の混乱はさらに深まった。

 

「ほら、これでいいだろ? 何か勘違いをしているみたいだから言っておくが、俺は人間だ。デビルシフターではあるがな。だからそう警戒した目で見るな」

 

 黒い靄が拡散するように消えていくと、そこには十歳くらいだろうか? そのくらいの年の小さな男の子が現れたのだ。

 

 ……あの悍ましい気配は感じられない。

 

 短い黒い髪をした端正な顔立ちをした男の子だ。黒い軍帽と黒い軍服を着ており、それがよく似合っている。

 そんな彼は私を安心させるためなのだろうか? 両手を広げたポーズで話を続けた。

 

「ほら、ほら、見ろ。どっからどう見ても人間だろう? さっきの姿は能力を使って変身していただけだ。俺は人間だ。安心していいぞ」

 

 ほ、本当に人間なのだろうか?

 

 私は彼に、ドッペルにゆっくりと近づく。

 ドッペルはそんな私の姿を見て、手を差し出してきた。

 ……触って確かめろということだろうか?

 差し出されたその手をそっと、両手で握る。

 

 小さい、そして、温かい。……人間の手だ!

 

 ドッペルが人間であることが分かり、私は……

 

「う、うわぁあああああああん!!! 怖かったよぉおおおおおお!!!」

「あっ、おい、ちょっ、こら!」

 

 誰にも信じてもらえなくて、助けてもらえなくて……ようやく助けてもらえたという安堵で胸がいっぱいになっていた。

 それがあふれてきてしまい、思わず泣きながら抱き着いてしまったのだ。

 

「ううううううううう!!! うぁあああああああ!!」

「な、泣くな! ちょっ、落ち着け! もう大丈夫なんだぞ!? もう助かったんだって! ……あー、もう! スコープドッグ! 近づいてくる悪魔がいたら教えてくれ! ちょっと動けそうにないから! 頼んだぞ!」

『むせる……』

 

 

 

 

 あれからいろんなことをドッペルに話しながら抱き着いていた。

 

 誰にも信じてもらえなかったこと、助けてもらえなかったこと、悲しかったこと、悔しかったこと、助けてもらえて嬉しかったこと、そのことのお礼……

 

 支離滅裂になりながらもあふれてくる言葉をただただ話した。

 そんな私に対して、ドッペルは辛抱強く付き合ってくれた。

 

「よしよし、もう大丈夫、大丈夫だから、な? 信じるし、助けるさ。実際助けただろう? お前は助かったんだ、もう安心しても大丈夫だから、ね? だからもう泣き止もう?」

「うぁあああああ!!! あ、頭撫でて! よしよしして!!!」

「えぇ、なんか注文が多いな……それで泣き止むんだな? ほら、よしよし、これでいいか? よしよーし」

「うん、うん……!」

 

 結構恥ずかしいこともしてもらってしまっていた。頭を撫でてもらったり、ハンカチで鼻をかませてもらったり……

 なんというか、その、いっぱいいっぱいだったのだ。人のぬくもりが欲しかった。言い訳ではない、本当だ。

 ……冷静になると顔が熱くなってくる。

 やがて泣き止んだ私を見てドッペルは手を離した。

 

「あっ……」

「泣き止んだな? ほら、もう大丈夫だろう? これだけ騒いでも悪魔は一匹も来ない。かなり広範囲で殲滅したからしばらくは大丈夫だ。安心しろ」

『むせる……』

「ほら、スコープドッグもこう言ってる」

 

 スコープドッグの言っていることはよく分からなかったがとにかく大丈夫らしい。

 冷静になった私は改めてお礼を言うことにした。さっきので済ますのは、その、ちょっと失礼だと思うからだ。

 私はドッペルと目線を合わせるためにかがんでお礼を言った。

 

「信じてくれて、助けてくれて、本当にありがとうございました! 私、本当にうれしいです! ありがとうございます、ドッペル君! スコープドッグさんも!」

「うんうん、気にするな、俺も考えあってのことで助けたんだから……ん? ドッペル、君?」

「えっ、あの、何かまずかったでしょうか?」

 

 見たところ明らかに年下だったため思わず君付けで読んでしまっていた。まずかっただろうか?

 

「おいおい、もしかして俺が見た目通りの年齢だと思ってるんじゃないだろうな?」

「は、はい、十歳くらいかなって……」

「この業界に入ってまだ浅いのか……? まあ俺が言えたことじゃないかもしれんが……とにかく! 俺は見た目通りの年齢じゃない、中身はもう成人済みだ。見たところお前は高校生くらいだろう? 君だと年下に対する呼び方っぽいし、別の呼び方で頼むよ。……いや、お前も見た目と中身が違う可能性があるのか、おい、何歳だ?」

「えっ、いや、もう成人してます。二十歳です」

 

 どうやら呼び方が気に入らなかったらしい。というか、中身は成人済みなのか。見た目は子供、中身は大人……どっかで聞いたことのあるような話だ。

 そんなことを思いながら年齢を聞かれたので答えると、ドッペルはひどく驚いた様子だった。

 

「に、二十歳!? ほ、本当か? 十七……いや、正直十六くらいだと思ってたぞ……」

 

 よく言われる。童顔なのが原因なのか、大学にいてもよくオープンキャンパスで来た高校生と間違われるのだ。

 ドッペルのそんな反応を見て、ああ、やっぱり人間なんだなぁと思っているとドッペルが話を続けた。

 

「二十歳ってことは同い年か……だったら君付けでもいいのか? ……いやいや! 俺は命の恩人なんだし! 何よりガイア連合所属の身だ! ドッペルさんとか様とか、あるいはドッペル社長で頼むぞ! いいね!?」

「は、はい、ドッペルさん!」

「それでよろしい」

 

 ドッペルさんは満足げに頷いている。重要なことだったのだろうか?

 ドッペルさんは気を取りなおして話を続ける。

 

「さて、いつまでもお前で呼ぶのも変な話だ。名前と所属を言うがいい。どこの出だ?」

「は、はい! 私の名前は佐々木彩芽(ササキアヤメ)と言います! 出身は空架大学です!」

「うんうん、ささきあやめ、ね。で、空架大学? 霊能組織の名前っぽくないな……まるで大学の名前みたいだ」

「えっと、空架大学は大学の名前で合ってます」

 

 私のその言葉を聞くとドッペルさんはチッチッチッと指を振りながら首を振った。かわいい。

 

「所属ってのは大学のことを聞いたんじゃないよ。霊能組織のことを聞いたんだ。異界の中にいる覚醒者なんて、どこかの霊能組織に所属しているやつしかいないだろう? どこに所属しているんだ?」

「……その、霊能組織って何ですか? ごめんなさい、よく分からないです」

「……うん?」

 

 どうやら私が霊能組織なるものに所属しているものだと思っているらしい。勘違いをただすため説明した。

 小さいころから満月の夜に悪魔に追われていたこと、今回もそんな風に追われてここに迷い込んだこと、霊能組織があるということを今初めて知ったこと。

 

「あー、えーとつまり……野良の覚醒者?」

「ごめんなさい……覚醒者というのもよく分からないです」

「いや、いいよ、今の反応で大体わかった。ちなみに覚醒者ってのは大雑把に言うと霊能の力に目覚めた人間のことね。まあ人間以外でもいるらしいけど」

「なるほど」

 

 私が納得していると、ドッペルさんはうんうんと腕を組みながら頭を悩ませているようだった。

 

「せっかく霊能組織相手に恩を売れると思ったのになぁ……まさか野良の覚醒者なんて言うレアケースだったとは」

 

 ドッペルさんが考えがあって助けてくれた、と言っていたがどうやら霊能組織に恩を売ることがそれだったらしい。

 せっかく助けてくれたのに返せるものがない身としては、なんだか申し訳ないことをした気分になる。

 

「そ、その、霊能組織に所属してなくてすみません!」

「いいよいいよ、気にするな。取らぬ狸の皮算用ってやつだ。俺が悪い」

 

 ドッペルさんは気にしたそぶりもなくそう返してくれた。

 やがて考えの整理がついたのか、よしっと声を上げてドッペルさんが言葉を続けた。

 

「佐々木、霊能組織に所属する気はないか?」

「霊能組織に所属する、ですか? その、できるものなのでしょうか? あと彩芽でいいです」

「では彩芽と呼ばせてもらおう。昨今の霊能組織はどこもかしこも人手不足なんだ。彩芽は即戦力として喜んで受け入れられるだろう。俺も紹介したなら恩を売れるだろうし、彩芽も霊能組織に属することで安全を確保できる……かもしれない。Win-Winだな」

 

 その言葉を聞いて少し思うところがあった。

 

 人手不足で即戦力として受け入れられる……ブラック労働になりそう、と。

 

 それに……

 

「あの、所属する霊能組織ってどこでもいいんでしょうか?」

「おっ? 乗り気だな。ああ、本当にどこもかしこも人手不足だからな。覚醒者のお前はそれはいい待遇で受け入れられるだろう」

「それって、ガイア連合に所属する、でもいいんでしょうか? ドッペルさんと同じところに所属したいなー、なんて……」

 

 私はドッペルさんから離れたくなかった。

 信じてくれて、助けてくれて、そして慰めてくれたそのぬくもりから絶対に離れたくない。

 

 霊能組織というのも話に聞いただけでは信頼は出来なかった。ドッペルさんの言う通りだとしても、安全を確保できるかもしれない、だ。それなら信頼できるドッペルさんのいるガイア連合とやらに身を寄せたいと考えたのだ。

 私はいい考えだと自画自賛しながら尋ねるも、帰ってきた答えはあまりいいものではなかった。

 

「うーん、それは難しいかなぁ……」

「ど、どうしてですか!?」

「その、ガイア連合は選ばれたものしか入れない組織なんだ。資格を持ってないと駄目だ」

「どこで手に入りますか!?」

「あー、待て待て、欲しいと思って手に入れられるものじゃないんだ。……ワンチャン持ってるかもしれないな。ちょっと質問をするぞ。いいか、正直に答えるんだぞ? 手段は教えないが嘘をついても分かるからな?」

「は、はい! 正直に答えます」

「よろしい、では……」

 

 それからいくつかの単語を知っているか、意味が分かるか、どんなことかという質問をされた。

 ……残念ながらすべて分からなかった。

 

「わ、分からないです……」

「まあ、だよなぁ。霊的才能から見てみても条件に当てはまらないし、やっぱり違ったかぁ」

「う、うぅ……」

 

 ドッペルさんと離れ離れになるかもしれない、そんなのは嫌だ……!

 

 私は思わず涙目になってしまった。それを見てドッペルさんが慌てて言葉を続ける。

 

「い、いや、ガイア連合以外もいいところは色々とあると思うぞ!? 例えば、その……えっと……じ、地元では権力すごいし!」

「うぅ……ドッペルさんと一緒がいい……」

「えぇ……いや、しかしだなぁ……」

 

 助けてくれて、慰めてくれたドッペルさんを無意識のうちに保護者として見てしまっていたのだろう。私の口からは甘えた子供のような言葉しか出てこなかった。

 それを見てドッペルさんはうんうんと悩んでいたが、ティンときた何かがあったのか、ぽんと手を叩きながらこう言ってくれたのだ。

 

「そうだ! 彩芽、アイドルのプロデュースに興味はないか?」

「えっ? えっと、その、アイドル雑誌はよく読んでました。興味あります!」

「よしよし、それならいいか。覚醒者の部下なら役に立つだろうしな」

 

 うんうんと頷きながらドッペルさんはこう言った。

 

「彩芽、俺の事務所で働く気はないか?」

 

 

 

 

 そうして、私とドッペルさんとの関係が始まったのだ。

 あの後、一も二もなく「はい!」と即答した私は大学を中退し、ドッペルさんの経営するアイドル事務所で働くことになった。どうやら設立したばかりの事務所のようで所属しているのはドッペルさんと私だけ。二人だけなことが嬉しくもあったが、覚えることややることも多く忙しい日々を送ることになった。

 

 色々あった。

 

 業界の偉い人との顔合わせでドッペルさんの持ってるコネのすごさに驚いた。事務所の内装を整えるために家具屋に行った。アイドルのスカウトのため街を練り歩いた。業界のことについて勉強するための勉強会をした。車の免許を取った。ライブのための打ち合わせをした。どんなグッズがいいかを一緒に考えた。私生活のサポートもしようと張り切ったら空回りしてちょっとウザがられた。

 それから、それから……

 

 本当に色々あった。

 どれもこれも大変だったけどドッペルさんとなら頑張れて、私は嬉しくってそれで……!

 

 キュッキュッ

 

 ん? なんだろうこの音? まるで何かを磨いているような……? 

 

 音はだんだんと大きくなって響いてきて、私の視界が白く染まっていく。

 

 ああ、そうか……

 

 私、夢で昔のことを思い出してたんだ。

 

 

 

 

 ハッと目を覚ます。

 

 ここは……事務所か。

 

 どうやら仕事が終わった後に事務所のソファーで眠ってしまっていたようだ。

 今、何時だろう? そう思い、時計を探すべくあたりを見渡す。

 都内に確保している事務所は広く、ドッペルさんと一緒に買った机やソファーが並べられ、ゆったりとした間取りになっている。壁の一面は大きな窓になっており、そこから見える満月を見るにどうやらすっかり夜遅くになってしまっているようだ。

 そして……

 

「ん? おはよう……いや、こんばんは、か。眠ってしまっていたな、彩芽」

 

 ドッペルさんが席に座りながらスコープドッグさんのことを磨いていた。さっきから響いていた音はこの音だったらしい。

 事務所にはもうアイドルたちがいないからか、ドッペルさんは変身を解いた姿になっていた。

 

「す、すみません! 仕事終わりで疲れてしまってつい……」

「いや、いいさ。よく働いてくれている証拠だ。仕事終わりなら問題ないさ。まあ、仮眠室もあるからそっちで寝たほうがいいとは思うけどね」

 

 うぅ……情けないところを見られた……

 

 出会った時にさんざんに情けない姿を見せといて何を今更と思われるかもしれないが、私はドッペルさんに情けない姿を見せたくはなかった。

 ドッペルさんはすごい人だ。強くて、かっこよくて、かわいくて、優しくて……

 そんなドッペルさんの助けになろうと思うのなら情けないままではいられないと思うのだ。

 

 もっと頑張らなきゃ! とりあえず、エナジードリンクの買い溜めをしておこう……!

 

 そんな風に思っているとドッペルさんが何事かをスコープドッグさんに向かって話していた。

 

「どうだ、気持ちいいか、スコープドッグ。この装甲の間がいいんだろ、ん?」

『むせる……』

「ふふ、そうか」

『むせない……』

「おいおいスコープドッグ、ちょっとお下品じゃないか? 下ネタなんてどこで覚えてきたんだ、めっ!」

『むせる……』

「まったくもう……」

 

 ……うーん、やっぱりわからないなぁ。

 

 色々と頑張ろうとは思い、様々なことをしてきた私だったが未だにドッペルさんとスコープドッグさんの会話は分からない。

 なぜ、『むせる……』、『むせない……』、で会話が成立しているのだろうか。

 前に試しにドッペルさんにむせるといってみたが心配されただけだった。

 私が悩んでいる間にもドッペルさんとスコープドッグさんの話は続いていく。

 

「よし、だいたいこんなものだろう。ちょっと喉が渇いたな……スコープドッグ、ワインを持ってきてくれ。この前取引先の社長にもらったやつがあるだろう?」

『むせる……』

「よし、頼んだぞ。さーてグラスでも用意するか」

『むせる……』

「おっ早いな。じゃ、注いでくれ……ってこれぶどうジュースじゃん。スコープドッグ、欲しいのはワインだよ?」

『むせない……』

「えっ? まだ早いって? ……いやいや、もう中身は成人してるからな? 大丈夫大丈夫。ほら、頂戴?」

『むせない……』

「ちょ、ちょっと! 学校行く年だろって、お前までそんなことを言うのか!? ……もういいや、自分で取りに行こ。ワインは確かあっちに……」

『むせない……』

「スコープドッグ? 邪魔だからどいてくれ」

『むせない……』

「何言ってるかわかんねーよ!? ほら、どいて! ……あー、もう! 【管理】のスキルカード入れてからスコープドッグがおかしくなっちゃった!」

 

 どうやらドッペルさんでもスコープドッグさんが言っている言葉が分からないこともあるらしい。今までの会話の『むせる……』、『むせない……』、の違いが分からない私にはまだまだ難しそうだった。

 それより、今少し気になる会話があった。

 

「ドッペルさん、学校に行く年なんですか? 中身は成人してるんじゃ?」

「ん? ああ、まあその……言っていいのかな……。まあ今世は、ね? まだそういう年なんだよ。肉体的には十歳っていうか……まあそんな感じなんだ。……中身は成人済みだぞ!?」

「なるほど」

 

 肉体的には十歳らしい。中身というのがよく分からないが魂的なものなのだろうか?

 ドッペルさんのことがまた一つ分かり嬉しくなっていると、スコープドッグさんがグラスを差し出してきた。

 受け取ると、そのままワインを注いでくれる。

 

「あ、ありがとうございます」

『むせる……』

 

 そんな様子を見てドッペルさんはうんうんと頭を悩ませている。

 

「彩芽にはワインなのか……肉体の年齢で判断しているのか……? いや、だが変身した時も酒はブロックしてきたな……。うーん?」

 

 ドッペルさんが頭を悩ませている。

 その様子がなんだかおかしくて、ついじっと見つめてしまう。

 

 ……こうしてドッペルさんのことを見るたびに思うのだ。ああ、好きだなぁ、と。

 

 ドッペルさんの信じてくれるところが好きだ。悪魔が見えることを信じてくれて嬉しかった。一人じゃないと思えた。

 ドッペルさんの助けてくれるところが好きだ。悪魔から私を救ってくれた。未来が開けた気がした。髪を伸ばしても問題ないと思えるようになった。今日はポニーテールだ。おしゃれができるようになった。

 ドッペルさんの優しいところが好きだ。私が満月の夜になるたびに襲われると聞いて、一緒に過ごしてくれるようになった。ドッペルさんがいてくれるおかげでもう満月の夜は怖くない。月がきれいに思えるようになった。

 ドッペルさんの情けないところが好きだ。たまにモニターの前でペコペコと頭を下げているちょっと情けない姿を見て、ちゃんと弱い部分もあるのだと安心ができる。あとかわいい。

 ドッペルさんの見た目が好きだ。私が悪魔と初めて会った年と、青春が送れなくなった年と同い年の十歳の見た目。ドッペルさんと青春をやり直していいという神のお告げだろう。

 

 それから、それから……

 

「ん? どうした彩芽、何か用か?」

 

 ああ、気づかれてしまった。どうやらちょっと見つめすぎてしまっていたようだ。

 

 ドッペルさんと目が合う……なんだか気恥ずかしい。

 それを誤魔化すように慌てて返事をした。

 

「い、いえ、何でも! つ、月を見ていたんです。今日は月がきれいですね!」

 

 ……あれ? これって告白では?

 

 とっさに出た自分の言葉の意味を考え、顔が赤くなるのを感じる。

 

 月がきれいですねって! 告白みたいなものじゃない!? ま、まだ早いって! もっとじっくり距離を詰めて、それからじゃないとまずいって! で、でも……

 

 そんな風に狼狽している私を見てドッペルさんは首をかしげたものの、何でもない風に返事を返してきた。

 

「ああ、そうだな。どうやら今日はスーパームーンらしいぞ?」

 

 ……なんだか悔しい。

 

「ドッペルさん、学校は行ったほうがいいと思いますよ?」

「……お前まで言うか。いいか? もう中身は成人済みでな? それでだな……」

 

 ……もう!




読了ありがとうございました。

次回は掲示板形式に戻ります。
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