新入生の歓迎を兼ねた麻雀大会の日から、いく日かの時が過ぎ、だんだんと空気も暖かくなってきた初夏の季節。辰玖たちがいつも通りの日常を過ごしていた頃、長野県のとある高校では、ちょっとしたトラブルが起こっていた。
「ごめんなさい。私は麻雀、好きじゃないんです」
「――――ッッ!!」
雨が降りしきる土砂降りの中、頭に角を生やした少女――
麻雀に関していい思い出がない宮永咲。
咲の言葉に打ちのめされていた和は絶え間なく自身を打ちつける雨によって既に全身ビショビショであったが、それを気に留めることもなく、その場で俯いたまま立ち尽くしていた。
※
「その本の続き、貸してあげてもいいけどちょっとお願いがあるのよね」
翌日、図書室にて咲は、生徒会長――ではなく学生議会長である
その内容はもう一度麻雀部の部室に来て二局ほど打つということ。
読んでいた本の続きを人質に取られた咲は、それくらいならいいかと了承し、麻雀部の部室に向かっていた。
「待ち人来る!」
「おお咲ちゃん来たじぇ!」
宮永咲の登場に、タコス大好き少女である
一方で原村和は落ち着いていた。
だがやはり咲の存在を意識しているのか、纏う雰囲気が刺々しくなる。
「おお、そうか。この文学少女が例のプラマイゼロ子か」
「今ごろ気づくか」
ようやく気づいた様子の
「とりあえず、面子は揃ってるみたいだし、始めましょうか。宮永さん、和、まこ、優希で卓について」
そしてゲームが開始される。
今回のルールは東風戦、赤ドラ4枚、25000点持ちの30000点返し。
たった四局の短期決戦でかつ赤ドラが4枚も入っていることにより高打点の手が作りやすい。
その上、東場で無類の強さを発揮する片岡優希も卓にいる。
これ以上ないほどにプラマイゼロが難しい条件。
当然これは久の思惑によるもので、この状況でもプラマイゼロができるのか、咲の実力を測ろうとする狙いがあった。
「リーチだじぇ!」
東場での爆発力を発揮した優希が二巡目にしてリーチ宣言をする。
「ツモ。18000の親っ跳!!」
そして一発で和了り牌をツモり、親の跳満を炸裂させた。
しかし――――
「ロン、8300です」
和による直撃狙いの山越しのロンにより、優希は決して小さくない点数を削り取られることとなった。
「それだ、1000点!」
だが優希が依然トップなのは変わらず、優希は安手で場を進める。
なにせ優希としては、このまま終局までいけばそれで勝てるのだから。
「ロンです。タンピンドラドラ、
ここで咲が満貫を
しかしその後、やられっぱなしだったまこが跳満をツモり、場はオーラスを迎えた。
南家 優希 32600
西家 まこ 18700
北家 咲 24500
東家 和 24200
咲の得点は24500点。
プラマイゼロにするためには5100点から6000点の和了りが必要だ。
そして今、咲は40符3翻のメンホンを聴牌していた。
出和了り5200点によってちょうどプラマイゼロである。
「リーチ」
しかしプライドの高い和はそれを阻止するためにリーチをかける。
これでプラマイゼロにできるのは4100点から5000点までの和了りとなる。
つまり――――
(これで宮永さんがプラマイゼロにすることができるのは70符の2翻のみ。この私のリーチを躱して、40符3翻の手を70符2翻に変えられますか?)
そんなこと、普通は不可能である。
70符なんて滅多に出るものでもないし、さらにそれを2翻で作るなど、狙ってできるものではない。
ましてや既に40符3翻の手が出来上がったあとだ。
最初から70符2翻を狙って打っていたわけでもない。
ここからプラマイゼロにするなんて、普通ならほぼ不可能なのである。
(これは……)
咲の手がどんどん形を変えていく。リャンメン
「カン」
そして咲は元々
嶺上の花が咲き乱れる。
「ツモ。70符2翻は1200、2300」
優希 31400 +22
咲 30200 ±0
和 20900 -9
まこ 17500 -13
最終結果はこのようになった。
咲は嶺上開花で70符の2翻を和了り、収支プラマイゼロで試合を終えた。
「咲ちゃんはまたプラマイゼロ。昨日のを入れて4連続……ありえないじぇ」
信じがたい結果につい言葉がこぼれた優希を横目に見ながら、久は咲にこう告げた。
「宮永さん、麻雀は勝利を目指すものよ。勝つための麻雀を打ってみなさい」
「……分かりました」
「な――分かりましたって」
「うちらには確実に勝てるっちゅうんか!?」
咲の発言に驚愕している優希とまこ。
和も口にはしないが、より一層闘志を燃え上がらせる。
「勝つための、麻雀――――」
そんな中、咲は両目を閉じて何かに集中しているかのようだった。あるいは、何か大切なことを思い出しているかのようでもあった。
そして両目を開いた咲は、何かを決意したような強い意志をその瞳に宿していた。
「できるかどうか分かりませんが、やってみます」
本日二度目の対局が始まった。
※
「今日はコレ、和了ってもいいんですよね」
咲は西を暗槓し、嶺上牌を手に取る。
「ツモ。四暗刻」
オーラスに役満を和了った咲は、54200点もの点数を持って勝利した。
卓についていた面々はあまりの出来事に呆然としている。
「――なんだ。宮永さん、やればできるじゃない」
比較的冷静さを保っている久が、固まった空気を壊すために咲に声をかける。
それに対して咲は穏やかな表情で柔らかく微笑んだ。
「昔のことを、思い出したんです」
「昔のこと?」
咲の突然の発言に、久は思わず聞き返す。
久のそのオウム返しの質問に、昔を懐かしむようにこう返した。
「昔、こう言ってくれた人がいたんです。私がもし本当に勝ちたいと思う時がきたなら、他の人に8000点ずつ配って、自分は1000点しか持っていないと思って打ってみればいいって。そしてそれをプラマイゼロにするように打てば勝てるって。その通りに打ったら、勝てました!」
「――――っ!!」
それを聞いた久は唖然とする。
咲の最終の得点は54200点。29200点のプラスである。
咲の持ち点を1000点として考え、改めて点数を見直すと咲の最終得点は30200点。いわゆるプラマイゼロだ。
つまり咲は、自分は1000点、他の人は33000点を持っていると想定して、なおかつそれをプラマイゼロになるように点数を調整してみせたということである。
それはもはや、人の身に余る絶技とすら言えた。
(とんでもないわね……)
拾い物なんてレベルではない。
奇跡を可能にする。
その力、神か悪魔か。
久は無自覚に自身の口角を吊り上げた。
「咲、その人ってもしかして辰玖のことか?」
「うん」
そこで口を挟んだのは、意外なことに唯一の男子部員である
「須賀くん、知っているの?」
「あ、はい。俺と咲の昔の友達です。今は大阪に引っ越しちゃいましたけど」
京太郎と咲は幼馴染みである。
ゆえに咲の友達であれば、京太郎の友達であってもおかしくない。
「そいつはどんなやつなんだー?」
「普通にいいやつだよ。なんだかんだで周りを見てて、色々気遣ってくれるし。ただ麻雀やってたのは知らなかったけどな」
優希の問いに答える京太郎。
そこに咲が情報を捕捉する。
「いっくん、麻雀やってることあまり周りに知られたくなかったみたいだから」
「へー。そりゃまたどうして?」
「私にも分からないけど……」
咲の発言に疑問を持った京太郎がその理由を問いかけるも、咲も理由までは知らないらしい。
一旦会話が途切れたところで、まこが咲に声をかける。
「そういやあんた、その子のこといっくんって呼んどるんじゃな」
「あ、えと、その……」
揶揄うような調子のまこに、顔を赤らめる咲。
慌てている咲に変わり、京太郎が言葉を続けた。
「そいつ、壱之瀬辰玖っていうんです。で、苗字から一文字とっていっくんって感じで――」
「――何ですって!?」
京太郎の言葉を遮り、久が驚嘆の声を上げる。
それは壱之瀬辰玖という人物がどんな人物かを知っていたからだ。
「こりゃあまた、ずいぶんとビッグネームが出てきたのお」
まこもその名前を知っていたのかしみじみとつぶやく。
一方で咲と京太郎は、周囲のこの反応についていけないでいた。
「壱之瀬辰玖、聞いたことがあります。去年のインハイ、及び春季、秋季の大会での三冠優勝者。宮永照と同等、あるいはそれ以上の化け物だと」
和の言葉でこの場にいる全員の空気が引き締まる。
中でも咲の動揺は一際であった。
久はそれを横目に見て何かあるとは思ったが、この場でそれを言及はしなかった。
「あいつそんなにすごかったのか!?」
「なんで麻雀部員のあんたが知らんのじゃ……」
驚愕に頭を抱えている京太郎を見てまこが呆れたようにため息をつく。
「ま、彼が男子であるのが救いね。少なくとも私たちと当たることはないわ」
久は一呼吸入れて、咲の方を見やる。
「それで宮永さん。よかったら、麻雀部に入ってくれないかしら?」
「宮永さん、私からもお願いします!」
「……和?」
久の言葉に続けて、和も咲を麻雀部に勧誘する。
久としては和のこの反応は意外だった。
普通に勝つよりも難しいプラマイゼロを、昨日含めて4回連続で成功させ、さらには54200点での大勝を為した挙げ句、それは持ち点を1000点として考え、プラマイゼロになるように打った結果でしかなかった。
和のプライドはズタボロであろう。
正直、涙を流しながら部室から走り去っていくところまで想像していたのだが。
「宮永さんが麻雀を好きじゃないのは知っています。今回だって部長に頼まれて打ってくれただけだというのは分かっています。でも……それでもッ! 私は宮永さんと、また麻雀を打ちたい! 私は……私はッッ――――」
ポン――――と、和の肩に咲が両手を乗せる。
咲はとても柔らかい表情で、和の目をみつめた。
「違う。それは違うよ原村さん。確かに私は麻雀が嫌いだった。私にとっての麻雀は勝ったら怒られて、負けたらお小遣いを取られるだけの儀式だったから。今日ここに来たのも本の続きを貸してもらうためで、自分の意志じゃなかった。それは事実」
その言葉を聞いた和は目を伏せる。
だが咲は、そんな和に優しく微笑みかけてこう続けた。
「だけど、今日の麻雀は楽しかった! それは、相手が原村さんだったから……」
「――っ!!」
咲の発言に、和は俯いていた顔をあげ目を見開く。
「だから――だから私も、和ちゃんともっとたくさん打ちたい。そして、もっと麻雀で勝ちたいの!!」
「咲さん……っ」
どちらともなく、二人はお互いを抱きしめあった。
その様子を麻雀部の面々は暖かい眼差しで見守っていた。
約一名ほど、百合百合しい展開に顔を赤らめている者もいたのだが。
だが一分、二分と経つにつれ、久たちはん? と思い始める。
こいつら全然離れねぇな。
いい加減うんざりしてきた久たちは、咲と和に声をかける。
「お二人さん、そろそろいいかしら」
「しかもさりげなく名前で呼んどるしのお」
二人の世界から帰ってきた咲と和は、ここが麻雀部の部室であったことを思い出し、二人揃って顔を赤らめた。
これが清澄高校麻雀部の快進撃の始まりであった。