千里山の怪物【咲-Saki-】   作:サンコーさん

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東四局

 

東三局

 

(またチャンタ。この人ちょっとおかしいやろ)

 

上重漫は心の中で悪態をついた。

 

(私やって調子がいい時やったらこんな感じに和了れることもあるけど、もしかしてこれがずっと続くんか?)

 

漫はこの合同練習前に洋榎とした会話を思い出す。

 

 

 

 

 

『壱之瀬辰玖?』

 

壱之瀬辰玖って知ってるか?

 

突然洋榎にそう聞かれ、戸惑っていた漫に、洋榎はこう続けた。

 

『そや。聞いたことないか? 男子のインハイ、春季、秋季の三冠優勝者や』

『そういえば雑誌で見たことあります。その壱之瀬辰玖がどないしたんですか?』

 

漫としては何気ない気持ちで聞き返しただけだったが、少し真剣な表情になった洋榎が声のトーンを落として言葉を放つ。

 

「土曜日の千里山との合同練習、辰玖も来ることになったんやけどな……」

 

いったん言葉を区切った洋榎は漫の目を正面から見つめた。

 

「あいつはヤバい。バケモンの中のバケモンや」

「しゅ、主将が言うほどですか……」

 

洋榎の口から出た言葉に衝撃を受ける漫。

 

「うちは負けるつもりで卓についたことはない。辰玖との対局やって全部勝つつもりで打っとる」

 

漫の実力はまだまだ未熟である。

だが洋榎の強さは知っていた。

だからこそ、洋榎がこの後漏らした言葉は漫にとってとても意外なものだった。

 

「やけど、正直にいうてうちはあいつに勝てるイメージが湧かへん。あいつはホンマにヤバい」

 

洋榎は正真正銘全国レベルのエースであり、実際に結果も残してきている。

だからこそ自分の打ち方に自信を持っているし、相手が誰であろうとも勝ちを狙いに行く。

その洋榎が弱音らしい弱音を吐く瞬間を目にしたのは初めてだった。

漫は息をのむ。

 

『まあそれは今はどうでもええか。よっしゃ。打つで、スズちゃん!』

 

その後すぐにいつもの調子に戻った洋榎であったが、漫の頭には洋榎の真剣な眼差しが残り続けていた。

 

 

 

 

 

(なるほど、主将がいうてた意味が少しわかったわ)

 

強い人は往々にして自分のスタイルを確立しているものである。

おそらくこれが壱之瀬辰玖という選手の打ち筋なのだろう。

 

(けど私やって諦める気はないんや)

「ポン!」

 

ドラの八索を鳴いて、断么九【タンヤオ】を狙って仕掛ける漫。

しかし――――

 

「ロン、3900」

 

捨てた七索は怜の当たり牌だった。

漫は冷や汗が頬を流れるのを自覚しながら、点棒を怜に渡した。

 

 

 

東四局

 

南家 愛宕洋榎  13000

西家 園城寺怜  30000

北家 上重漫   13100

東家 壱之瀬辰玖 43900

 

 

(今んとこうちがラスか。ていうか初っ端から倍満とかやめてほしいわ。あれの親っ被りめっちゃ痛かったしなー)

 

点数表示をチラリと見た洋榎は、一度目を瞑った。

 

(今のとこ一回も和了れてへんし)

 

今和了っているのは、辰玖が二回、怜が二回の千里山のエース組。

洋榎と漫の姫松組は一度も和了れていなかった。

 

(ホンマ辰玖には勝てる気せえへんわ)

 

洋榎は負けるつもりで卓につかない。

しかしそれでも勝てない相手というのは一定数存在していて、その一人が今この卓にいる。

 

せやけど――――

 

(それは勝負を諦める理由にはならへん)

 

洋榎は大きく息を吸い込む。

 

「しゃあっっ!!」

 

気合を入れ直すように大きく叫んだ洋榎は視線を辰玖に向けて言葉を続ける。

 

「まだまだこっからや。関西人、舐めたらあかんで!!」

「……いや、そもそも俺以外みんな関西人じゃないですか」

 

呆れたような辰玖に対し、洋榎は言葉を返した。

 

「細かいことはええねん。とにかく一位やからって油断するなってことや!」

 

そう告げて牌をツモる洋榎。

それを見ながら辰玖は声を抑えて呟いた。

 

「油断なんてしてませんよ――」

 

なぜなら――愛宕洋榎は、激戦区の南大阪にて何度も代表に選ばれる強豪、姫松高校の紛れもないエースなのだから。

 

「ツモ、3000、6000や!」

 

222567四五六七⑤⑥⑦ 四

【タンヤオ三色ドラ3】

 

「まだまだいくで!」

 

洋榎の和了りにより辰玖の親が流れ、試合は南場へと突入する。

 

 

 

南一局

 

東家 愛宕洋榎  25000

南家 園城寺怜  27000

西家 上重漫   10100

北家 壱之瀬辰玖 37900

 

 

「リーチ」

 

辰玖のリーチ宣言。

ここで動いたのは怜と洋榎だった。

 

「それポンや」

 

怜が捨てた五筒を洋榎が鳴く。

それに困惑したのは漫であった。

 

(え、それって何の鳴きなん!? 主将は今まで筒子捨ててへんし、こんな序盤で五筒ポンなんて……)

 

今はまだ五巡目であり、手の広がりやすい4〜6あたりの牌は優先的に手配に残すのがセオリーだ。

よほど手配が良い時や、国士などを狙うならその限りではないが、捨てている牌から判断するにそれもなさそうである。

 

だとしたら考えられるのはツモをずらすこと。

そして本来辰玖が引くはずだった牌をツモるのは――

 

(――もしかしてこれ、当たり牌なんか!?)

 

ツモってきた九萬を手配に加え、現物を捨てる漫。

 

辰玖の手が山に伸びる。

盲牌をした辰玖は一瞬眉を顰めるが、すぐに表情を戻し宣言する。

 

「ツモ。1300、2600」

 

123⑨⑨⑨西西西白白七八 六

【リーチ門前清自摸和ドラ1 40符3翻】

 

洋榎の鳴きがなければ一発とチャンタがついて跳満である。

倒された辰玖の手配を見た漫の表情に驚愕の色が映る。

 

(ほ、ホンマに当たり牌やったんか。なら主将たちは――)

 

あの不可解な五筒鳴きの理由が分かった漫は頬に汗を流す。

 

(全員、私とはレベルが違う――ッ!!)

 

漫はそっと唇を噛み締めた。

 

 

 

南二局

 

北家 愛宕洋榎  22400

東家 園城寺怜  25700

南家 上重漫   8800

西家 壱之瀬辰玖 43100

 

 

「ツモ、2000、4000やで」

 

この局は洋榎が満貫を和了り、辰玖との差を縮めた。

 

「どや、これで辰玖の背中くらいは見えてきたんとちゃうか?」

 

この和了りによって、辰玖と洋榎の点差は10700点。

あと二局あることを考えると逆転の目は十分にあるといっていいだろう。

 

南三局の結果如何によっては洋榎の勝利はさらに近づく。

気合いを入れ直した洋榎は、不敵に笑ってみせた。

 

 

 

南三局

 

西家 愛宕洋榎  30400

北家 園城寺怜  21700

東家 上重漫   6800

南家 壱之瀬辰玖 41100

 

(やっぱり流石やな、主将)

 

今現在一位である辰玖を射程距離に捉えた洋榎。

漫は改めて尊敬の念を抱きながらサイコロを回す。

サイコロの出目は9だった。

 

(私もそろそろ和了りたいけど、この面子相手じゃきっついで)

 

漫がそんなことを思っていた矢先、異変は突然始まった。

 

「ポン」

 

怜が漫の捨てたオタ風の西をポン。

そして六萬を捨てる。

 

「ポンや」

 

それを再び洋榎が鳴く。

 

その後も――

 

「ポン」

「ポンやで」

「ポン」

「それもポンや」

 

怜と洋榎が異常なほどにポンをする。

このある種異様な光景に漫は呆気にとられながら、ツモってきた九索をそのままツモ切りする。

直後、その感傷すらも吹き飛ばすような重圧が下家である辰玖から放たれる。

 

「ロン、清老頭。32000」

 

九九九⑨⑨⑨111①①99 9

 

「――――ぇ?」

 

清老頭とは一と九の牌だけを使って手を完成させると和了れる役満の一種だ。

チャンタのように中張牌が混じってはいけないのは当然として、混老頭などのように字牌すらも使ってはいけない。

正真正銘、一と九だけで構成された手役こそが清老頭なのだ。

その困難さゆえに、清老頭は鳴いても成立する役満の一つであるが、これを面前で完成させることには大きな意味がある。

 

清老頭はその和了り形の性質ゆえに、必然的に四つの刻子と一つの対子で構成されるが、これを面前で揃えた場合、清老頭とはまた別の役がつく。

 

四暗刻。

 

一度も副露せずに刻子を四つ作り和了った場合につく役である。

そしてこの役も役満と呼ばれる役の一種である。

 

清老頭を面前で完成させるということは、四暗刻と複合させたダブル役満を和了るということでもあるのだ。

 

先ほど辰玖は清老頭を面前で聴牌していた。

漫から溢れた九索での出和了りであったため最終的には面前で和了れていないが、それはつまり清老頭四暗刻のダブル役満を和了る寸前であったということに他ならない。

 

(ホンマ、化け物やん)

 

上重漫は愛宕洋榎が辰玖のことをバケモンと称したその由縁を、本当の意味で実感したのだった。

 

 

最終結果

 

壱之瀬辰玖 73100

愛宕洋榎  30400

園城寺怜  21700

上重漫   -25200

 

 

(分かってはいたけど、私が最下位かぁ)

 

上重漫はため息を抑えることができなかった。

 

(結局私だけ一回も和了れてへんし)

 

正直なところ、漫には自分が最下位になるであろうことは予想できていた。

だがこれほどまでに一方的な展開を見せつけられてしまえば、自信を打ち砕かれるのも仕方のないことだった。

 

「どやった、漫ちゃん?」

 

打ちひしがれる漫に対して、恭子が声をかける。

 

「どうもこうもないですよ。全員私とはレベルが違うんで、手も足も出ませんでした……」

 

普通に考えれば分かることだ。

姫松の主将に千里山の男女エース。

まだ発展途上な漫にとっては格上ばかりである。

相手になる方がおかしいのだ。

なのになぜ自分はこんな三人と戦っていたのか。

そんなことを思った漫はつい余計な一言を口にした。

 

「末原先輩はなんで私をこの卓に入れたんですか?」

 

漫は自身の発言を振り返って後悔した。

三人にボコボコにされて打ちのめされていたのは事実だが、少しだけとはいえ恨みがましい声色で先輩に当たるなどあってはならないことだ。

漫はすぐに謝罪しようと口を開く。

 

「あ、その――ッ」

「漫ちゃん」

 

しかしその謝罪は恭子に遮られた。

 

「正直、私も分かっとったわ。漫ちゃんにはまだ、あの卓で戦えるほどの力はないって」

「――――っ!! だったらなんで――ッ!?」

「期待、しとるから」

「――――ッ!!」

 

漫は恭子の言葉に息を呑む。

末原恭子が自身に期待する理由など思いつかなかった。

 

「漫ちゃんは相手が強ければ強いほど、とんでもない爆発力を発揮する時がある。やからこそ、強い相手と戦う経験は決して無駄にはならへん」

 

そう。

末原恭子は上重漫に期待をしている。

いずれ全国の強豪と相見える中で、上重漫という選手が場を引っ掻き回すジョーカーになり得ると。

だからこそ、恭子は漫を指名したのだ。

 

「がんばってや、漫ちゃん」

「――――っはい!!」

 

漫は自身の涙腺が緩むのを感じながらも、溢れそうな涙を気合いで堪えて大きな声で返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとうな」

 

合同練習を終え、紅く染まる夕陽をバックに恭子は辰玖に微笑む。

 

「いえ、こちらもいい練習になりましたよ」

「そう? そやったらええんやけど……」

 

辰玖はあの後も二回ほど相手を変えて対局をしたが、そのいずれにおいても辰玖が一位であり、辰玖にとって本当に有意義な時間であったのか、不安に思う気持ちが恭子の中にはあった。

 

「本当に気にしなくて大丈夫ですよ。俺としても楽しかったですし、普段戦えない人と戦えたというのもプラスだったと思います」

 

辰玖の発言に嘘はなく、恭子の懸念は本当に無用の心配であった。

恭子はそれを完全に理解したわけではなかったが、一先ずは割り切ることにしたようだった。

会話が一区切りついたと判断した辰玖は、薄く微笑んでこう告げた。

 

「それじゃあ俺はそろそろ園城寺先輩たちのところに戻ります」

「――――っ」

 

その辰玖の言葉を聞いて、無意識のうちに辰玖の袖口を掴んでいたことを、恭子は遅まきながらに自覚した。

自覚した途端、顔に熱が昇るが、恭子にとってこれは最後のチャンスでもあった。

 

二人分買った恋愛映画のチケット。

 

誰と行く予定もないのに無駄に一枚分多く買ったそれは――いや、恭子の中ではそのチケットが誰のものなのか既に決まっていた。

しかしタイミングもなく、勇気もなく、結局渡せずに終わるはずだったそれ。

今を逃せばきっと本当の本当に渡すことなどできないのだろう。

恭子は自身の中の弱い心を叱咤して、ここにきてようやく生まれた覚悟を研ぎ澄ます。

 

「辰玖に、話があるんやけど……」

 

決心が鈍らないうちに――

そう思っていても恭子の口から漏れ出るのは、僅かばかりの吐息と意味をなさない言葉の羅列。

自身の頬が信じられないくらいに熱を持ち、そんな表情を辰玖に見られたくなくて顔を背ける。

視界の端に辰玖が困惑の表情を浮かべているのが見えた。

 

もう、いいんじゃないか。

 

あのチケットはこれほどの思いをしてまで渡すようなものなのか。

やっぱり、なんでもない――そう言えば、今ならまだなんとか誤魔化せるのではないのか。

研ぎ澄ましたはずの覚悟がボロボロに刻まれる。

 

やっぱり、私は凡人だ。

 

麻雀においてそこそこの実力を身につけてはいても、本物の天才相手には手も足も出ない。

そしてこんなちっぽけな勇気さえ、私は――

 

「末原先輩」

 

恭子の思考の渦を一刀両断に切り裂いて、辰玖は正面から恭子を見据える。

 

「末原先輩、あの時と同じ顔してますね。もう一度説教、必要ですか?」

「――――っ!!」

 

そうや。

あの時辰玖は、ただの「凡人」でしかない、「凡人」の末原恭子を認めてくれた。

末原恭子には末原恭子の価値がある。

それは努力家な一面だったり、どんな絶望的な状況であっても考えるのをやめないところだったり、可愛い――ところだったり。

全てあの時辰玖が挙げてくれた恭子自身のいいところである。

ならば私がすべきことは俯くことではないのだろう。

恭子はほうと息を吐く。

その後、不敵に笑みを作った。

 

「いや、別にいらん」

 

未だ羞恥心が完全になくなったわけではない。

だがそれでいい。

この場において重要なのは恭子の気持ちだけだ。

チケットを渡したいか、渡したくないか。

恭子の心が全力で渡したいと叫ぶのならば、もはや渡さないという選択肢など何処にもないのである。

 

「これ映画のチケットなんやけど、間違って二枚買ってもうてな」

 

チケットを取り出しつつ、辰玖に話を切り出す。

背後からボソッと「間違って二枚買うことなんて普通ないやろ」という洋榎の呟きが聞こえないでもない気がするが、恭子は全力でスルーした。

 

「映画か、最近見てないな。でもなんで俺に?」

「た、たまたまやな」

「?」

 

どうして自分なのかという質問には非常に焦ったが、なんとかうまく切り返す。

洋榎の「いや無理があるやろ」という呟きなんて恭子には聞こえなかった。

 

「で、どうなん?」

 

恭子の確認。

それに対して辰玖も笑顔で返答した。

 

「大丈夫ですよ。予定はいつがいいですか?」

「そやなぁ。次の土日とか……」

 

映画の予定を立てようと思案を巡らす恭子。

しかしそこに割り込んでくる声があった。

 

「あー私もめっちゃ映画いきたいなー。私も最近ぜんぜん映画見てへんしなー」

「ちょ、怜!?」

 

突然白々しく声を上げる怜に驚く竜華。

突如乱入してきた園城寺怜(どろぼうねこ)に青筋を立てる恭子。

しかし怜にも譲れない明確な理由があった。

 

(映画館で二人きりになんて絶対させへん)

 

怜にとってそれは、わりとマジでガチな理由である。

それに対し恭子も応戦する。

 

「そうなんや。でもごめんな。チケット二枚しかなくて」

「あ、奇遇やな。私もその映画のチケット持ってて」

「(なんであんねん!!)それならよかった。でも身体弱いって聞いてるしちょっとキツいんちゃう?」

「大丈夫大丈夫、仮病やから」

 

繰り広げられる舌戦。

洋榎は「修羅場やな」と呟いた。

 

「二人ともそんなに映画に行きたいんですか。ならいい提案がありますよ。末原先輩と園城寺先輩が二人で映画に行くというのは――」

「「それはあかん!!」」

 

二人の否定の声が重なった。

辰玖はそのあまりの剣幕に肩を揺らす。

 

(辰玖がおらんと意味ないねん)

(私としては邪魔さえできれば目標達成やけど、どうせならタクと一緒に見たい)

 

ここにきて、二人の利害が一致した。

恭子と怜は視線を合わせる。

 

(こうなったら二人きりを諦めてでも)

(なんとかタクを連れ出すしかない!!)

 

映画は三人で行くことになりました。

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