マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》 作:とらんらん
話数ミスが発覚したので、サブタイを修正しました。
「ふう……」
チーム・ファーストのトレーニングが終わり、トレーナー室に戻るため西日が差し込む学園の廊下を歩く中、思わずため息が漏れてしまう。
「……怪我による引退は未だに無くなりませんね」
皐月賞で5位入賞となったフレアハーモニーさんが、トレーニング中に大怪我をしてしまい引退。このニュースは学園中にあっという間に広まっており、当然私の耳にも入っています。
――私が犯してしまった失敗が、未だに繰り返されている。
その現実が憂鬱な気分にしてしまいます。
「トレーナーへの研修や怪我への対策は行われていますが……」
スポーツにおいて怪我は付き物とはいえ、学園としてもそれが原因で引退して欲しくないというのは本心です。私が導入しようとした管理教育プログラムは程ではないとしても、オーバーワークによる怪我の防止のための施策は行われています。
しかしそれでも怪我による引退の件数が減りこそしても、根絶は出来ていません。勝利のために無茶なトレーニングをする事例が後を絶たない。……その怪我が本人や周囲を傷付ける事を知っていても。
「……今が一番辛い時期ですね」
自分の夢、レースで得られるであろう名誉、少し俗っぽくなりますがレースで得られる賞金、そして多くのウマ娘たちが抱いている走る喜び。怪我はそれらを全て奪い取る。その事実は多くのウマ娘を絶望に叩き落すモノです。
また怪我によるレースの引退は、家庭環境次第では家族との仲までヒビが入る事もあります。私の時は穏便ではありましたが、過剰にレースに入れ込んでいたために反動で家庭が壊れたケースもあると聞きます。
……そして担当の怪我はトレーナーの心も傷付けます。後悔や自己嫌悪に苛まれながら担当を支えなければいけません。それが担当にしてあげられる最後の仕事なのですから。
「はぁ……」
ため息を漏らしながらトボトボと廊下を歩く。そんな時でした。
「どいてどいてー!」
廊下の向こう側からマヤノトップガンさんが走ってきたのです。その光景に自然と眉をひそめてしまいます。廊下は人通りは少ないとはいえ、ゼロではありません。そんな環境で全力疾走は他人と衝突したら一大事です。
「マヤノさん、廊下を走ってはいけません」
「わわっ!? 樫本トレーナー!?」
急ブレーキをかけて私の目の前で止まるマヤノさん。しかしその様子は酷く慌てているようでした。
「ごめんなさい! でも緊急事態なの!」
「緊急事態、ですか。何があったのです?」
「エアグルーヴさんから連絡があったんだけど、フレアハーモニーさんが行方不明になったって!」
「……え?」
その言葉に自分の身体から血の気が引いていくのが分かりました。最悪の光景が頭を過ります。だからでしょうか、
「トレーナーちゃんから一緒に探してってお願いされたの! だからもう行くね!」
「っ、私も行きます!」
この言葉が自然と口に出ていました。
「そっちはどうだ!?」
『ダメだ、影も形もない!』
『私も道路に沿って走ってるけどやっぱ見当たらないよ!』
「……シリウスとフジはそのまま幹線道路を道なりに進んでくれ!」
『もしかして車に乗っちゃったんじゃ!?』
『その可能性はありますね。タクシー、もしくはバスに乗ってしまえば簡単に長距離移動が出来ます』
『マヤノ、フラッシュ、それはないだろう。救急で運び込んだ時は手ぶらだったし、今日私がお見舞いとしてフレアの荷物をいくらか渡したが、金銭を渡した覚えはない』
「つー訳だ。乗り物を使った移動は考えなくていい。後は松葉杖か車いすかで行動範囲が多少前後するが――」
『樫本です。病院に確認しましたが、車いすの数は不足していないようです』
「了解! なら松葉杖か。移動速度的にもそこまで離れてないはずだ! 虱潰しに探し出すぞ!」
通話アプリでチームメンバー+草隅と情報交換しつつ、車が制限速度ギリギリで走っている幹線道路に沿って必死に駆ける。
草隅からフレアハーモニーが病院から失踪したとの連絡を受けてから、既に1時間が経過。全力で拝み倒して急遽チームメンバーを招集、更にどこからか話を聞きつけて応援に来てくれた樫本さんと合流した上でフレアの捜索を始めたものの、未だに発見には至っていない。
「どこに行った……!」
時間が経つのと比例して焦燥感が積もっていく。
フレアハーモニーはクラシック戦線で戦うことが出来る逸材だ。本人の夢であるクラシック三冠こそ最初の一歩で躓いたが、そこでモチベーションを下げずその後も戦おうとする程にレースにのめり込んでいる。
そんな身も心もレースに向けられていた所に、今回の選手生命を絶たれた事故だ。唐突に夢を取り上げられるという精神的ショックは計り知れないし……、そのメンタルダメージによってフレアハーモニーがどんな行動をするか読めない。自暴自棄になってとんでもない事態を引き起こす可能性すらあり得る。
「草隅! 病院近くでフレアがよく行った店とかないのか!?」
『この近くにはありませんよ!』
それを防ぐのも兼ねて草隅にはフレアハーモニーのメンタルケアを言い含めていたし、実際にこいつは実行していた。だが面会時間後に脱走は俺も草隅も読めなかった。脱走された病院側もフレアハーモニーのメンタルがどうなってるか分かっているから、顔を真っ青にして手すきの人員を捜索に出ているらしいんだが、そちらからの連絡が何もないあたり、あっちもまだ見つけられていないんだろう。
「頼むから早まって変な事すんなよ……!」
鬱病もそうだが、メンタルが底まで落ち込んだ後の少し回復した頃合いが一番危ない。ほんの少し動ける元気が出たせいで、その元気を危険な行動に回してしまう危険性がある。
今回の脱走も、恐らくこのパターンに当てはまるだろう。絶望のままに身体を動かした結果が脱走となると、その先にあるのは碌でもない結果だろう。
『トレーナー、私は来た道を戻る!』
「分かった、見落とすなよエアグルーヴ」
『当然だ……!』
この捜索でウチのチームで一番焦燥に駆られているのはエアグルーヴだ。一番付き合いが長いし面倒も見ていたが故に、事故の時はエアグルーヴのショックも大きかった。これ以上フレアハーモニーが傷つくことは、同時にエアグルーヴにも精神的なダメージを負う事でもある以上、エアグルーヴのためにも一刻も早くフレアハーモニーを見つけなきゃならない。
「――」
不意にフレアハーモニーを救急車で搬送している途中で見た彼女の顔を思い出してしまう。自分の脚から走る激痛、それが意味する事を理解してしまった泣き顔。俺が一番見たくなかった顔。
そんな泣き顔なんてぶっ飛ばさなきゃならない。幸い人手はあるし、手を差し伸べてやれるメンツもいる。だから今ならまだ間に合う。
そんな思いを胸に周囲に注意を向けながら、必死に足を動かす。そして――
「っ!」
不意に松葉杖を突きながら進む短髪の栗毛のウマ娘の後ろ姿が目に入った。
「エアグルーヴ! そっちはどうだ!」
「ダメです! 見つかりません!」
夜の幹線道路で、前から走ってきたシリウス先輩と合流し情報交換をする。とはいえ、私もシリウス先輩も大した情報は持っていないので、殆ど意味がない。
「ちっ! ――おい、そっちはどうだ!」
『私たちも繁華街で訊いて回ってますけど、それっぽいウマ娘を見たって話はありません!』
『松葉杖をついてるウマ娘なんて目立つし、やっぱりこっちに来てないんじゃないかな』
『ねえ、やっぱり電車とかで移動したんじゃないの!?』
『待って、それだと探索範囲が広くなりすぎて私たちじゃどうしようも出来なくなっちゃうよ!?』
「~~~~っ、今はその可能性を考えなくていい! ともかく情報収集を続けろ!」
探索にはシリウス先輩を慕っている生徒たちも参加してもらっているが、そちらでも未だに有力な情報を得られていない。
「……とはいえ、ここまで病院の近場で見つからないとなると、本気で何かしらの乗り物に乗っている可能性があるな。おい、どこか行きそうな所に心当たりはないのか?」
「……ここから一番近い場所ですと、電車で3駅行ったところにフレアがよく行っていたシューズショップがあったはずです。他にもいくつか候補もあります。ただその条件ですと――」
「ああ、逆に候補が絞り込めない」
仮にこの想定が当たっていた場合、今の私たちでは手に負えないだろう。
「一応確認してみるべきか……?」
「そうですね。もう少し探索したら、私が行ってきます」
とりあえず今後の行動方針は決まった。ともかく今は脚を使って探すのみだ。決意を新たにしたところで、スマホを取り出し画面を操作する。
「ん? ……ああ、アイツへの電話か」
「ええ」
フレアが病院からいなくなった時、スマホを持ち出した事が分かっており、私は定期的に電話を掛ける事にしていた。今の所一度もフレアが電話に出る事はなかったが……、それでも掛けずにはいられなかった。
発信ボタンを押し、スマホから暫しの間呼び出し音が鳴る。とはいえ、やはりフレアが電話を取る事はない。
――やはり出ないか。
諦めて電話を切ろうとしたところで、
「え?」
「あ?」
微かに、それこそウマ娘の耳でなければ幹線道路を通る車の騒音で分からなかった程に小さいがどこからか電話の着信音が私たちの耳に入ってくる。
「まさか――!」
慌てて周囲を見渡す。これが偶然でなければ、この近くにいるはず。そして――
「フレア!」
幹線道路を挟んだ向かい側、そこに松場杖をつく見慣れた栗毛のウマ娘がいた。
「やっと見つけたぞ!」
「どこだ!? ……あそこか!」
「フレア! 私だ!」
私の呼びかけに気付いたのか、フレアは足を止め私の方に顔を向けた。遠目なのでややわかりにくいが、見た所何事もなかった様子だ。無事でよかった。
「フレア! 今からそっちに行く! 待っていろ!」
「あっちに横断歩道がある。あそこから行くぞ」
「ええ!」
病院から抜け出して沢山の人に迷惑をかけたのは頂けないが、そんなことをしてしまう程にフレアの精神が擦り切れている証拠でもある。迎えに行ったらゆっくりと彼女の話を聴いてやらなければいけないな。
そんなことを考えていると、不意にフレアが私たちに向かって笑って見せた。
「……フレア?」
その笑みに私は直感的に不穏なモノを感じとった。
その顔はボロボロと涙を流しているにも拘らず、無理矢理笑って見せているちぐはぐな笑み。彼女はそんな表情を浮かべたまま――、ゆっくりと車がビュンビュンと行き交う幹線道路に進んでいく。
「!? おいマテ!」
「フレア! 待つんだ!」
私たちは咄嗟に叫ぶが、彼女は止まらない。その身を投げるように車道に飛び出すフレア。そこに迫るのは高速で走るミニバン。
――彼女の身体が鉄の塊によって叩きつけられる。
「あああああああっ!」
その寸前に見慣れた大男が、その場に飛び出した!
トレーナーは勢いそのままにフレアを抱きかかえるとミニバンに向かって跳躍!
「おおおおおおぁああああああ!?」
更にボンネットを踏み台にして更に飛び上がり、ミニバンを飛び越えた! そしてトレーナーはフレアを守るように抱きかかえたまま、歩道に背中から落下する。
「……え?」
余りにも急な出来事で頭が追い付かない。だがこれは……
「トレーナーか! おいエアグルーヴ、行くぞ!」
「え、――はい!」
シリウス先輩に促され慌てて駆け出す。ギリギリのところでトレーナーが助けに入った事だけは分かった。
事故? で騒然となっている中を駆け抜け、未だに倒れている二人の下に駆け付ける。
「もうやだ! もうやだよぉ!」
「大丈夫だ。もう大丈夫だ……。だから泣かないでくれよ……」
そこにあったのは、泣きじゃくりながら暴れるフレアと、彼女を抱き留めたまま語り掛けるトレーナーの姿。
「おい、大丈夫か!」
「っと、シリウスにエアグルーヴか。この娘頼むわ」
「あ、ああ。フレア、もう大丈夫だ」
「うああああああぁ!」
涙を流すフレアを宥めている間にも、シリウス先輩はテキパキと場を仕切っていく。
「救急車呼ぶぞ!」
「おいおい、大げさだな」
「あんなことをして無事なはずがないだろうが! いいから大人しくしてろ!」
そんな二人のやり取りを前に、私はこのような状況にも関わらず、何故か先程の光景――フレアを抱き留めて倒れていたトレーナーの顔が気になってしまっていた。
それは安堵したような表情。この目で見たのだから間違いがない。それにも関わらず私は
――トレーナーが泣いているように思えてならなかった。
武藤暴走編ようやく終了
次回&次々回は武藤の行動の答え合わせ回になる予定です