マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》   作:とらんらん

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同気相求(どうきそうきゅう):似た気性の持ち主は、相求め合って自然に集まること。

時系列はレスラー時代、それもまだマッチョになる前です。

前書きの一部文章消しました。先程書いてあっとは確かに余計でした


幕間10 -1話 同気相求 コメート・ムトウ ラストステージ

 

「それで、私たちに話とはなんでしょうか、樫本トレーナー?」

 

 チーム・デネボラのトレーナー室――ではなく、チーム・ファーストのトレーナー室。フレアハーモニーを無事に保護した後、私たちチーム・デネボラのメンバーは樫本トレーナーに招待されていた。

 

「ええ、あのような事がありましたので、あなた達には説明しなければならないと判断しました」

 

 樫本トレーナーは席に座る私たちにお茶を出すと自身も席に座り、そして真剣な表情で私たちを見つめた。

 

「あのような事、と言うとフレアハーモニーさんの事故の事でしょうか」

「正確にはフレアハーモニーさんへの武藤トレーナーの行動、ですね」

「トレーナーさんの……?」

 

 トレーナーだが今はこの場にはいない。人命にかかわらなかったとはいえ交通事故が起こったのだ。その後始末のために当事者であるトレーナーが対応に当たっていて、私たちは先に帰らされていた。またトレーナー自身も相当に無茶をしており、今日一晩は検査もあって入院する事になっていた。

 

「……私もフレアハーモニーさんが競争能力を失った後で、事の顛末を訊きました。その上で確認します。……その前後で、武藤トレーナーの行動に何か変な所はありませんでしたか?」

『……』

 

 樫本トレーナーの言葉に全員が沈黙する。確かに全員に心当たりがあった。

 

「……思えばフレアのトレーニングを聞き出して以降、余裕がなかったように感じていた」

「ああ。模擬レースの後にわざわざフレアにその場でマッサージをするようになったのも、それ以降だ」

「私はフレアハーモニーさんが草隅トレーナーとトレーニングをしているのを、トレーナーさんが渋い顔で眺めているのを見た事があります。フレアハーモニーさんが転倒した時もそうでした」

「……アタシはトレーナーちゃんが苦しんでいるように感じたかな」

「極めつけは今朝からのサンドバック打ちだね。時間感覚を忘れて何時間も打つなんて尋常じゃないよ」

 

 どれもこれも、いつものトレーナーではありえないような行動ばかりだ。

 

「やはり、ですか……」

 

 そんな私たちの話を聴いた樫本トレーナーは小さく息を吐いた。

 

「……何か知っているのですか?」

「はい……、それをお話しましょう。あなた達は武藤トレーナーを愛しているからこそ、知ってもらいたいのです。

 

――彼がなぜプロレスラーを辞め、トレーナーとなったのか」

 

 

 

 

 

 以前の忘年会で話の種になればなーって感じで、軽く子供の頃の話してみたんだが、忘年会メンバーだけじゃなくて会場にしてた寿司屋の大将からもドン引きされたことがあった。

 まあ母親に捨てられてサバイバル生活したり、爺ちゃんの勧めで行った空手道場が色んな意味でヤバかったり、学校にいた家がカルト宗教にハマってる奴のせいで物理で襲撃を受けたりと、中々に愉快な人生経験をしてるのは自覚している。

 とはいえ、こういった問題ってのはなんだかんだでクリアしてきた。子供の頃のサバイバルはボロボロになりながらも生き残れたし、空手道場の方は偶に稽古が頭おかしい事やってたけど楽しかったし、カルト宗教の方は道場の師範と爺ちゃんと俺でフルボッコにした。

 サバイバルはともかく、他のトラブルは好きなようにやった結果だから後悔はない。昔山の中でニラとスイセンを間違えて喰って死にかけてからは、「人間いつ死ぬか分からない。だから自分が納得できるように好きに生きる」ってのが人生の指針になったからな。だからプロレスラーになったのも好きでなったんだ。

 そんな俺だからこそ……、己の身体に裏切られるのは思ってもみなかった。

 

「……どうするかねぇ」

 

 自宅から少し遠めの所にある総合病院の待合室の一角。受信に来た人や見舞客、医療関係者や入院患者が行き交う姿をぼんやりとベンチで眺めながら、これからの進路を前に途方に暮れていた。

 

「こんだけやって、イップスが治らんってどうすんだよ……」

 

 イップス。主にスポーツの動作に支障をきたし、突然自分の思い通りのプレーが出来なくなる病気。俺の場合は、興行中のリングでフライングボディプレスをしようとしたら対戦相手にブックにないカウンターを食らい、それが原因なのか以降飛べなくなった。それもコーナーどころか、ちょっとした段差から飛び降りようとしても足が動かなくなるという重症モノ。

 ……最悪だった。これのせいで得意としていたフィニッシュホールドのムーンサルトプレスどころか、他の飛び技が諸々出来なくなっちまった。もちろんイップスを治そうと、こうして大きな病院まで通っているものの、3か月以上経っても未だに効果は無し。

 幸い打撃や投げ、サブミッションは問題ないからリングには上がれているが、どうしてもパフォーマンスのレベルは下がっているのが影響してか、最近人気が落ちている。

 

「潮時かねぇ……」

 

 しょっぱいパフォーマンスをお客に見せるなんて、プロレスラーとしてあるまじき事態だ。いやそれ以前に最近じゃプロレスをやっててもつまらないと感じるようになっちまった。無理を押してリングに上がった所で俺も苦しいし、お客も見ていてもつまらないという誰も得をしない状況。いっそのこと辞めるのもアリではある。……昔テレビで見たプロレスに憧れて、紆余曲折遭ってプロレスラーになったその結末がこれなのは中々凹むが。

 

「ゆーて、辞めた後何やるかって問題もあるんだよなー。せめて次が決まってからにするか……?」

 

 流石勢いで辞めて無職ってのは色々とダメだし。

 そんな感じであーだこーだと、後ろ向きな事を考えていると、

 

「わわっ――」

 

 丁度目の前を松場杖を突いていた入院着姿の若い芦毛のウマ娘が、不意にバランスを崩してすっ転びそうになった。

 

「っ! ――よいしょお!」

 

 その光景を前に反射的に身体が飛び出した。滑り込むようにウマ娘の身体に手を差し込み、ギリギリのところで転倒を阻止。ついでに脚が悪いって事で引き上げるついでに、投げの要領でウマ娘をベンチに座らせる。もちろん勢いがつき過ぎないように手を添えて優しくだ。

 

「え? ……え?」

「あー、ちょっと通り越して大分雑だったけど、痛い所とかないか?」

「い、いえ、大丈夫です……」

「ならよかった」

 

 ただでさえ怪我をしてるのに、転んで更に悪化とかしてたら罪悪感しかなくなっちまう。

 

「……もう行かないと」

「何か用事が?」

「ええ、リハビリに。……ありがとうございました」

 

 ウマ娘が右足を庇うように松場杖を突いて立ち上がる。そんな姿に……何となくだが彼女が泣いているように感じた。もちろん表情は普通なんだが、纏っている空気が悲嘆そのものといった感じだ。

 ――不意に爺ちゃんの教えが頭を過った。

「お前は強いんだから、泣いている奴がいたら優しくしてやれ」

 だからだろうな。自然と口が開いていた。

 

「……なあ嬢ちゃん、もし今からリハビリするんだったら、俺も付き合っていいか?」

「…………え?」

 

 だからと言って、この雑なナンパはどうかとは思うが……。

 それはともかく2時間後、

 

「こう……お兄さん、結構悲惨だね……」

「そういう嬢ちゃんもかなりキツイ奴やん……」

 

 病院の休憩室のベンチで二人揃って黄昏ていた。

 

「家が苦しい中で、中央トレセンに行けたはいいものの、トレーニング中に大怪我をしてもう走れない。それどころか普通の生活も難しいかもしれない、ってのは中々の悲劇だぞ」

「私の怪我は自分のせいだから……。相手のミスのせいでイップスになったお兄さんの方が大変だよ」

「そこはまあ、ブックを当てにしすぎてた俺も悪いし……。嬢ちゃんの場合はトレーナーが滅茶苦茶ハードなトレーニング組んでたんだろ? しかも自分の担当が大怪我したら、やらせた本人が逃げ出して行方不明とかアカンだろ」

「あれは私も同意してたから……。お兄さんの場合は、お仕事でしょ? それなのにコーナーから飛べないから仕事に支障が出てるし、やっぱり大変だって」

「それを言ったら……、いや、そろそろこの話題やめよう。終わらんし、お互い惨めになってくる……」

「そうだね……」

 

 二人してため息を吐いちまう。最初は嬢ちゃんを慰めるとかするつもりだったのに、何でこうなったんだろうな……。

 

「……お兄さんはこれからどうするの?」

「これから?」

「プロレスを辞めたら」

「さあなぁ……。正直なんも思いつかん」

「そっか。私もどうしたらいいか分からない……」

 

 お互い夢を追っていた途中で取り上げられた似た者同士。次の選択なんてモンがそう簡単に思いつかない。だがだからっていつまでもボーっとしててもしょうがないのだが、全然思いつかない訳で……。

 

「……いっその事、お互いの今後について一緒に考えてみるか?」

「二人で?」

「そうそう。他人の視点が突破口になるって事もあるし」

「あ、それいいね。お兄さんは次はいつ来れるの?」

「明日。医者が明日の朝一に来いってほざいてた」

「そっか。それじゃあまた明日ここに集合だね」

「おう」

 

 こうして最初の目的からは大分離れたが、またウマ娘の嬢ちゃんと会う事になった。

 

 

 

 

 

「……なあ、本当にいいのか武藤」

「ええ、構いません。いつまでもつまらない試合を見せる訳にはいきませんから」

「……だが出来ないのは飛び技だけだ。それ以外ならば問題ないだろ?」

「もう決めた事なんです、蝶野さん。コメート・ムトウは引退します」

「…………そうか」

 

 病院から帰った足で、PUプロレスの事務所に直行。事務仕事をしていた蝶野さんに引退する事を告げた。

 

「……引退試合は俺が組んでおく。対戦相手の希望はあるか?」

「そこはお任せしますよ」

「最後まで相変わらずだな。まあそれのお陰で俺も楽だったんだがな」

「なんか書いておかないといけない書類とかあります?」

「そこら辺は明日以降だな。定時で事務員が帰っちまった」

「ああ、そういやもうそんな時間ですね。残業お疲れ様です」

「事業展開の下準備の真っ最中だからな。ここが踏ん張りどころだ」

 

 そういえば前にそんな噂があったけど、マジでやってたんだな。蝶野さんも大変だ。

 

「んじゃ、俺もそろそろ帰ります」

「おう。っと、スマン武藤。帰り際に看板横にこのチラシを張ってくれ」

 

 そんな事を言われながら蝶野さんから一枚の紙切れを手渡される。そこに書かれていたのは、

 

「……事務員募集?」

「ああ。事業展開するのを決めたはいいが、人手が足りなくてな。急遽募集する事にしたんだ」

「へー。お、中々給料もいいですね」

「おう、奮発したぞ」

「太っ腹。……ん?」

 

 不意に病院で出会ったウマ娘の後姿が頭を過り……、思わず笑っちまった。そんな俺を見た蝶野さんは首を傾げる。

 

「どうした?」

「ああいや何でもないです。それよりもこの事務員募集なんですけどね? 推薦したいウマ娘がいるんですけど、どうです?」

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 夕方の病院を松葉杖をつきながら歩く。……怪我をした右脚は未だに碌に動きそうもない。

 

「やっぱり動かないかぁ……」

 

 走りたい、いやせめて歩けるようになりたい。その一心でリハビリをしているけど、一向に良くならない。お医者さんは私にリハビリをすれば普通のヒトと同じように生活出来るって言ってたけど……、私がいないところで両親に碌に歩けないかもしれない、って言っていた事は知っている。

 そんな嫌な現実を振り払いたくて必死にリハビリをしてたけど、現実はそんな甘くはない。残った人生もこの脚を引きずって過ごす現実がチラついていた。

 

「やだなぁ……」

 

 あの時こうすればよかった。あれは止めて置けばよかった。何かに集中していたり、看護師さんと話していると忘れられるけど、一人でいるとそんな後悔ばかり思い浮かぶ。

 ……だから急に大きな男のヒトに話しかけれられたのも丁度よかった。

 最初は驚いたけど、プロレスラーさんもイップスで辞めるって聞いてからは、急に親近感がわいた。看護師さんとは違う話が出来て楽しかった。

 

「そういえば次の進路を考えてくれるって言ってたっけ」

 

 次に来るのは明日だから、流石に思いつかないだろうけど、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ期待してしまう。だから私もあのプロレスラーさんの次のお仕事を考えないとね。

 そんな事を考えながら廊下を進んでいると、

 

「ねえ、どうするのよ」

「どうするったってお前……」

 

 遠くから微かに聞き慣れた声――両親の声が耳に飛び込んできた。

 

「そういえば今日お見舞い来るって言ってたっけ」

 

 折角だし、迎えに行こう。そう思ってまだ動く左足を前に出そうとして、

 

「もうウチにはお金なんてないのよ?」

「――」

 

 まるで接着剤を着けられたかのように、動かせなくなった。

 

「それは分かってるさ……」

「病院代がかなり掛かるのよ? もう少し安い所に転院するとか出来ないの?」

「今新しい病院を探してる最中だ。……それに退院後の介護も考えないといけない」

「ええ、それもあるわね……。でももう借金も出来ないし……」

「ああ……。あんな事がなければな……。もう逃げてしまたいよ……」

「私も何もかもなかった事にしたいわ……」

 

 両親の悲嘆混じりの嘆きと知らなかった現実が私に叩きつけられる。それに私は――

 

「――――っ!」

 

 必死に碌に動かない脚を引きずって病室のベッドに逃げ、嫌な現実から目を背けたくて頭から布団を被る。

 でも頭の中はイヤな現実がぐるぐると回っていて――

 

「ああああああっ……」

 

 自然と涙が零れる。

 右脚の怪我は全てを奪った。夢だったG1での勝利は未来永劫敵わない。トレーナーは私の怪我を見て逃げた。そして今両親も見捨てようとしている。

 もうどうすればいいか分からない。

 それでも、碌に回らない頭で何か出来ないかって、ずっとずっと考えるけど……何も思いつかなくて……。

 

「……」

 

 気付けばいつの間にか日が昇っていた。窓には雲一つない青空が広がっていて……

 

「あっ……」

 

 ――それを見た時、自分が出来る事が分かった気がした。

 

 

 

 

 

「あれ? いないのか」

 

 朝一の休憩室。約束通りの時間に着いたものの、目当てのウマ娘の嬢ちゃんの姿が見当たらない。

 

「検査で来てないだけか?」

 

 入院とかには縁がないが、急に検査が入るって事もあるかもしれない。それだったら仕方ないだろう。

 とはいえ、一人休憩室で待ってるだけってのも手持無沙汰でもある。休憩室にはテレビなり雑誌なりが置かれてはいるが、どれも興味がそそらない。

 

「暇だし探すか」

 

 俺の検診はもう終わっててやる事がない。散歩も兼ねて病院の中を見回ってみる事にする。入れ違いで嬢ちゃんが来る可能性もあるだろうが、まあそん時はそん時だ。謝り倒して、ついでに事務員募集のチラシを見せて許してもらおう。

 そんな軽いノリで病院の廊下をゆっくりと歩く。

 

「しっかしヒトが多いな」

 

 待合スペースには多くのヒトがたむろしているし、廊下は見舞いのためなのか何かしらの手荷物を持っているヒトや症状が軽いのか入院着で出歩いているヒト、更にせわしなく歩く医者や看護師と、見ていて飽きない。流石この近辺でも一番大きい総合病院と言った所だな。

 

「……やっぱ見つからないよな」

 

 ただしそんな大病院で特定のウマ娘を見つけろってなると、結構難しいって話だ。そもそも論だが相手の名前を知らないし。流れで駄弁っただけでお互い自己紹介してないんだよな。入院着を着てたから入院患者なのは確定だが、ヒントがそれだけじゃ流石に厳しい。

 そんな感じで充てもなく病院を彷徨っている内に5階に辿り着いた。案内板を見るに入院病棟らしく、流石に人通りも少なくなっている。お陰様で俺の強面フェイスもあってか、ちょくちょくとすれ違うヒトが俺を変なモノを見るような目で見てくるんだが。

 

「……流石に戻るか」

 

 変に悪目立ちするのもいい気分じゃないし、そろそろ嬢ちゃんも休憩室に来てるだろう。そう思い至って踵を返した所で……、

 不意に俺のすぐ側にあった病室からガンっという轟音が響いた。

 

「え、なに?」

「さっきの何の音?」

 

 突然鳴り響いた轟音に廊下にいた看護師や入院患者たちがざわつき始めた。そして気になるのは俺も同じだ。

 

「ここか」

 

 一瞬病院の関係者に任せた方がいいか? とも思ったが、病院全体に響きかねない程の轟音だ。よっぽどの事があったに違いない。

 緊急って事で、音の発生源になった目の前の病室を開ける。そこに広がっているのは、

 

――はめ込み式の窓が窓枠ごと無くなり、生じた大穴から身を乗り出す芦毛のウマ娘の姿。

 

「あ……」

 

 扉を開かれた事に気付いたウマ娘が振り返った。そのウマ娘は俺が探していた昨日駄弁ったウマ娘の嬢ちゃんで……

 その顔は大粒の涙をボロボロと流しながら、諦めたように笑っていて……

 

 

 

「――――――――」

 

 ――そして彼女はそんな顔をしたまま身を投げた。

 

 

 

 

 

「――あああああああっ!」

 

 その瞬間、咄嗟に身体が動いた。

 そのまま病室を駆け抜け、無意識の内に窓枠をジャンプ台にして『飛ぶ』。

 

「あ……」

「おおおおおおおぉおおおおあああああっ!」

 

 自由落下する嬢ちゃんの手を掴み力づくで抱き留め、そのまま空中で姿勢を直し、俺が下になるように持って行く。

 そして――、

 

「――――――――――――――」

 

 俺たちは硬い地面に叩きつけられた。

 

 

 

 

 




過去編を長々とやってもアレなので、明日幕間11の投稿を予定しています。
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