マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》   作:とらんらん

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Q:ウマ娘が愛している男が、メンタルぶっ壊れて暴走してたら?


93話 マッチョトレーナーがこの先生きのこるには

 

『……』

 

 主が入院しているため無人になっているチーム・デネボラのトレーナー室。私たちは自然とそこで過ごしていた。

 

『…………』

 

 普段ならばトレーニングやレース対策、対トレーナー対策で何かしらの話題が尽きない私たちだが、先程樫本トレーナーから聞かされたトレーナーの過去を、皆飲み込み切れていない。

 ただ私が確実に言える事は一つだけあった。

 

「……なぜトレーナーがあそこまでフレアを気に掛けていたのかがよくわかった」

 

 フレアのオーバーワークから今日にいたるまでの流れは、全てがトレーナーのトラウマを刺激する事ばかりだ。いや、過去の事を考えれば、フレアのトレーニングを指導するといったトレーナーとしての領分を超えていないのだから、暴走を自力で抑えられているといってもいいだろう。

 

「……前に悔しそうにしてた事があったけど、あれってフレアさんにこれ以上してあげられる事がなかったから、だったんだね。それでもトレーナーちゃんは出来る限りフレアさんを見てたけど……」

「……しかしそれにも関わらずフレアさんは引退する程の大怪我をしてしまいました。しかもトレーナーさんの目の前で、です。……トレーナーが大きなショックを受けるのは当然です」

「今日一日中、時間間隔がなくなるまでサンドバッグを打ってたのも、フレアの大怪我がトラウマを刺激したからだろうね……」

「……身投げしようとしたフレアを身体を張って助け出したのも、昔の行動そのままだ。幸いエンディングは違ったがな」

 

仮に最後まで過去のソレになぞっていれば、トレーナーがどうなってしまうかは想像に難くはない。……その点で言えば、先程のトレーナーによるフレアの救出は、自分自身も守った事にもなるだろう。

 

「……人生すら変えてしまう出来事ですか。人生の転換期と言ってしまえば聞こえがいいのですが……」

「プロレスまで辞めちゃったんだよ? こんなのを人生の転換期なんていうのはヤダよ」

「そうだねマヤノ。でも……トレーナーさんにとって昔の事件は今の行動の起点になっているのは確かなんだ。……皆心当たりはあるよね?」

『……』

 

 フジキセキの言葉に皆が黙り込む。多かれ少なかれ思い当たることはあった。

 

「……専属契約だった時代、私が後輩を指導したいと言った時、トレーナーはやけに乗り気だった上に、合同練習という形式を作り上げたのもトレーナーだった。あの時は私の考えに賛同してくれたと喜んでいたが……、少しでも多くのウマ娘を守るための行動だったのだろうな」

「……私とトレーナーさんが出会ったのは、私が少々無茶なトレーニングをしていた時でした。それがトレーナーさんのトラウマを刺激して、声を掛けたのでしょう……」

「私の場合は出会い方はフラッシュと同じだけど……、その後もトレーナーさんに酷い事をしちゃった。……三冠路線を走るって言った時、凄く気に掛けてくれてて、その時はすごく嬉しかったけど……、トレーナーさんはずっと苦しんでいたんだ」

「あ、トレーナーちゃんと作ったお守り……。中に入れるパワーストーンを選ぶときもトルマリンを入れてた。その時はイップスで苦しかったからって言ってたけど本当は……」

「私たち以外のウマ娘に指導する理由をアイツは『ほっとけない』なんて言ってたな。……ああ、そうだろうさ。あんな事あればほっとけないだろうよ」

 

 トレーナーの行動は徹頭徹尾「ウマ娘に怪我をさせない」という理念の下に動いていた。私たちも普段のトレーニングからその事は知ってはいたが、ここまで根が深いモノとは誰も思っていなかった。

 ……そしてトレーナーにとってその理念は、

 

「そしてその理念のために、平気で自分の命をベットする訳か。――ふざけるなよ、あのバカが!」

 

 シリウス先輩がイライラしたような声色で怒声を上げた。しかしそれを誰も咎めない。

 思えばフジキセキの事件、メガドリームサポーターの事件、そしてフレアの事件と誰かのために身体を張っていた。例え命が危険に晒される事になっても欠片も躊躇う事もなかった。

……以前トレーナーから、昔から危ないと思ったら無意識に身体が動く事がある、と言っていた事があった。樫本トレーナーの話から推察するに、これ自体は元々のトレーナーの性質なのだろうが、トラウマにより更に積極的になってしまったのだろう。仮に確実に自分の命を落としてしまうとしても、誰かを助けられるならば躊躇わず飛び出すのは容易に想像がつく。

 

「……こうして思い返してみると、所々に予兆はあったんだね」

「でも何で皆気付かなかったんだろ?」

 

 マヤノが首を傾げる。確かに私たちはトレーナーの数々の行動を自然と受け入れていた。強いて言えばフレアに纏わる事で妙に焦っていると分かっていたが、それでも樫本トレーナーの話を聴いていなければ、トレーナーの持つ異常性に気付けなかった。

 

「……それはトレーナーさんの理念も行動も、トレーナー業としての行動として違和感のない範疇に収まっていたからでしょう」

 

 その疑問に答えたのはフラッシュだった。

 

「トレーナーさんの行っている事は、樫本トレーナーの管理教育プログラムのように極端なモノではありませんし、他者へと過度な干渉もありません。またトレーナーさんの指導を思い返しても、身体の安全を優先してレースでの勝利を捨てている訳ではなく、身体の安全を考慮しつつも勝つためのトレーニングをしています」

「ふむ。本人もプロの世界にいたからこそ事情を理解していて、極端な行動をしなかったのか」

「ただし致命傷となるレッドゾーンだけは絶対に超えようとはしません。それが顕著に表れているのは、フジキセキさんの皐月賞後のクラシック戦線です」

「私の?」

「はい。以前トレーニングの参考のために当時のトレーニングメニューを拝見させて頂きましたが、トレーナーさんは『フジの身体を考慮するとこれが限界』とコメントしていました。これは逆に言えば怪我のリスクを取って勝ちを狙っていたのなら、もっとハードトレーニングに出来るという事になります」

「なるほど」

 

 確かにそれだけを聴けば、常識的な範疇だ。

 

「それに怪我をしていたり焦っているウマ娘に声を掛ける事も、合同練習が隠れ蓑になっていました。合同練習の趣旨としては完全に合致していますから、エアグルーヴさんは当然として、私たちも気づけません」

「む……」

「そもそも私たちの知っているトレーナーさんのイメージは、トレセン学園で出会ってからのモノです。そしてそのイメージはフレアさんの事件を除いて初志貫徹しています。これでは私たちが分かるはずもありません」

「……」

 

 フレアの事件の前後、私たちはトレーナーに違和感を覚えていた。だがそれは逆で、あれが本当のトレーナーだった。……本当に自分の浅はかさが嫌になる。

 

「待って、ならトレーナーちゃんの精神は大丈夫なの? 怪我にトラウマがあるなら、合同練習に怪我をしたウマ娘を誘ったりするだけでもストレスになるんじゃ?」

「――当然ストレスだろうな」

 

マヤノが思い至った疑問は私も感じていた事だ。それに答えたのはシリウス先輩だった。

 

「アイツの行動原理の根っこにあるのはトラウマだ。お節介気質でだからこそ怪我人や焦ってるウマ娘だったり危ない所に突貫していくが、大なり小なり確実に神経をすり減らしている。こんな事を続けていたらそのうち限界が来るだろうな」

 

 緩慢的な自殺をするかのように、トレーナーは誰かのために身を削っている。……そして一番その恩恵を受けているのは私たちだ。だが、

 

「……そんなのヤダ」

 

 これが私たちの総意だ。トレーナーが苦しんでいるのを見逃していいはずがない。

 

「ああ、だから私たちがいる」

 

 このまま行けば、神経をすり減らしていき壊れるか、もしくはフレアの時のように誰かのために平気で命を投げ捨てるか。そのどちらかの未来しかない。今まで無事だったのは、単純に運が良かっただけだ。だからそうなる前に止める。

 

「だからまだ間に合うはずだ」

 

 しかしトレーナーは人生どころか、文字通り命すら賭けている。そんなヒトは生半可な言葉では止まらない。だから

 

「どんな手を使ってでも、トレーナーを止めるぞ」

 

――私たちも人生を掛けよう。

 

 




A:全力で止める。

愛が重馬場だからこそ、相手を見捨てるとかしないでしょう。ましてやトラウマ持ちなら絶対に寄り添うでしょう。
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