マッチョトレーナーがこの先生きのこるには《完結》   作:とらんらん

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〇覚悟ガンギマリのマッチョの、うまぴょい()仕様のトレセン学園での反応(時系列順)

1初日
武藤「……うまぴょい()ってお前、つまらない冗談を……、え? マジでやってるん……?」(宇宙猫)
2エアグルーヴ専属時代
武藤「よかった、こいつはマトモだ。そもそも強面マッチョに惚れる奴とかいないだろうし、そういう意味じゃ楽でいいな!」
3フジキセキ告白直後
武藤「え、どういう事? 何で惚れられるん? とりあえず大人になったらで躱したけど、全然諦めてない……」
4エアグルーヴ告白
「え? 安パイも実はアウトだった……?」(宇宙猫再び)
5以降、担当たちによる告白
「……(白目)」




94話 彗星を抱きしめて

 

 

「なにも夜に呼び出す事ないだろ……」

 

 フレアハーモニーのグダグダから2週間が経過し、ついでにフレア救出時に負った脚のねん挫も完全回復してやっと通常営業に戻ったある日の夜。俺は担当たちに話があるとか言って、学園の校舎に呼び出されて集合地点に歩いている真っ最中だった。

 

「てか、相談程度なら普通に練習終わりにトレーナー室で言えばいいじゃん」

 

 明かりは非常灯のみの薄暗い中、担当たちからの願いに思わず愚痴が零れる。なんでも秘密の相談をしたいって事らしいんだが、だからといって夜の校舎の屋上でするようなモンじゃないだろ。もちろん誰にも聞かれちゃマズい問題を抱えているって可能性はあるが、チームメンバー全員に共通する問題ってのは全く思いつかん。

 直近でメンバー全員が関わった面倒事と言えばフレアハーモニー関係だが、

 

「フレア関係は今んところいい方向に向かってるし、それはないか?」

 

 今も入院生活を送っているフレアハーモニーだが、身体もメンタルも回復に向かっている。草隅も毎日フレアの下に通っていて、精力的にフレアのメンタルケアに動いているから、これが効いてるのかもしれないな。正直それが出来るんなら怪我をする前に発揮して欲しかったけど。

 ……ただこの間見舞いに行った時に、フレアの草隅を見る目がちょっと怪しい気がしたんだよなー。具体的には自分のトレーナーを狙う()ウマ娘の目。仮にも自分の脚をぶっ壊したヤツだぞ? お前それでいいのか……? 仮にうまぴょい展開とかなったら、草隅にもメンタルダメージ行く奴だからな? 色々な意味で杞憂であって欲しい……。

 

「えーっと、ここか」

 

 そんなことを考えている内に、さくっと目的地になっている屋上に到着。集合時間も近いからさっさと扉を開ける。

 

「待っていたぞトレーナー」

 

 快晴なお陰で星が良く見える中、出迎えたのはフェンスに寄りかかっているエアグルーヴだった。

 

「って、エアグルーヴだけか? 他のメンツは?」

「すぐに来るかもしれないな。もっともそれは貴様の答え次第だが」

「ん? どういう事だよ?」

 

 なんか変な事言い出したぞ? 事情が呑み込めず首を傾げるが、エアグルーヴはそんな事お構いなしに続ける。

 

「さて、貴様はフジキセキに始まり私を含めて全員に告白されている上に、アピールを受け続けている訳だが――」

「唐突だな」

「――貴様は誰が好きだ?」

「……」

 

 一瞬誤魔化そうかと考えたが、エアグルーヴの真剣な表情を前にその考えは直ぐにすっ飛んだ。

 

「……一応確認するが、友愛って感じじゃなくて流れ的に男女の仲的なアレだよな?」

「当然だ」

「……これ正直に答えていいのか?」

「構わん。むしろ私はそれを望んでいる」

「……今の所全員友愛レベルで止まってるな」

「……貴様と一番付き合いが長い私でもか?」

「おう」

「……そうか」

 

 エアグルーヴは残念そうに小さく息を吐く。そして、

 

「これで決まれば話が早かったのだがな。仕方がない」

「んん?」

 

 なんか変な事言い出した。

 

「どゆ事?」

「今から説明する。その前にこれを着けろ」

 

 手渡されたのはヒト用のインカム。エアグルーヴに促され、素直に耳に着けると。

 

“トレーナーちゃん、酷いよー”

“トレーナーさんは頑固なのですから、仕方ありませんよマヤノさん”

“こんなもん、最初から予想は出来てた事だろ“

“そうだね。それに今日でその問題も解決できるんだから、やる気が出るってものだよ”

 

 ワイワイとここにいないメンバーの声が響いてくる。今の会話聞かれてたって事は、エアグルーヴがマイクか何かを持ってるのか。てかフジキセキが変な事言ってるんだが?

 

「あー、エアグルーヴさん?」

「ふう、先にネタ晴らしをするなんてフジキセキも困ったものだ」

 

 困ったように言ってはいるが、欠片も困ってなさそうに笑うエアグルーヴ。

 

「今日呼び出した理由だが、私たちと鬼ごっこをしてもらう」

「最初の話題とフジのネタ晴らし的に、アレなタイプの鬼ごっこじゃん……」

「私たちもいい加減じれったくなってな。今日決着をつけることにした」

「そこは大人になってからってゴール地点を決めておいたんだから、我慢してくれよ……」

 

 頑張って担当たちのガス抜きしてたけど、結局無駄だったんかよ。頭抱えたくなってきた。

 

「すまない。だが待てない理由が出来てしまったんだ」

「その理由ってのは?」

「……貴様のためだ」

 

 そう答えたエアグルーヴの表情は、妙に優しげだった。

 

「どういう事だ?」

「それはゲームが終わったら教えてやる。さて鬼ごっこのルールを説明するぞ」

「え、ルールあるんだ。てっきりルール無用の残虐ファイトかと」

「たわけ、そんな事をしたらとんでもないことになる。フィールドは私たちがいるこの校舎のみ。鬼は私を含めたチームメンバー全員だ。今は各々が決められたスタート地点に待機している」

「あ、それでエアグルーヴ以外ここにいなかったのか」

「その通りだ。双方の勝利条件だがトレーナーは夜が明けるか、校舎正面玄関から出たら勝ちだ。私たちは以降貴様を諦める事を約束する。そして私たちの勝利条件はトレーナーを3秒間捕まえる事だ。その後1週間は捕まえた鬼が貴様を好きにさせてもらう」

「ルール無用よりはマシだけど、それでもなおクソゲーなんだが。格闘戦はともかく脚じゃ俺に勝ち目なんてないぞ?」

「ああ、それは分かっている。だから私たち鬼にはハンデが課される」

「ハンデ?」

「私たちは小走り限定だ。更に一定以上の速度で走った場合、1分間行動不能になる。因みに判定は鬼に配布されているスマートウォッチがするので、公平性は保たれている。また1時間に一回10分間のインターバルも行われ、インターバルの後はトレーナーに4階5階限定で3分間の隠れる猶予時間が与えられる。インターバルの合図はインカムで教えるから、トレーナーはそのままインカムを着けておけ。ああ、それと護身武器の使用も可だ」

「やれやれ、随分と大がかりな鬼ごっこだな」

「当然だ。前々から準備を進めていたからな。鬼ごっこの舞台になっているこの校舎も、理事長に無理を言って夜間限定で貸切らせてもらった」

「なにやってんだよ理事長……」

 

 立場的に止めなきゃヤバいだろ理事長……。てか理事長が関わってるって事は、これ仮に今回の鬼ごっこ(襲)を断っても、何かと理由を着けて再戦する羽目になる奴じゃん。

 頭を抱えていると、エアグルーヴはスマートウォッチを確認し小さく頷いた。

 

「ふむ、9時一分前か。丁度いい、トレーナーはスタートしてくれ。9時になったら私たちも追いかけよう」

「猶予一分ってか。お優しいね」

 

 ……唐突だがしゃあない。メンバー全員が覚悟を決めて鬼ごっこをしようってんだ。なら俺も真正面から付き合わないといけない。

 

「んじゃ、先に行くからな。逃げ切られたからやっぱなし、とか言うんじゃねぇぞ?」

「当然だ。その代わり貴様も覚悟しろ」

「へいへい。じゃあな」

 

 エアグルーヴに軽く手で挨拶してから、全速力で屋上から飛び出し廊下を駆ける。ルートは正面玄関までの最短ルート……だと網を張られていそうだから、あえて遠周りになるルートだ。

 

「さー、どうするかねぇ」

 

 エアグルーヴはハンデをつけたとは言ったが、それでもなお不利なのは俺だ。小走りって言ってもウマ娘の小走りだから、相当な速度だろう。そもそも論だが、5対1の時点で圧倒的不利だ。一応鬼同士は仲間じゃなくてライバルだから、変な連携を取ってこないだろうが、単純に数的不利がキツイ。

 どこかに隠れるのもアリかもしれないが、フィールドが校舎限定だから潜伏しつづけるのは絶妙に難しいから、タイムアップを狙えそうもない。つくづくクソゲーだ。

 とはいえ黙って喰われる訳にもいかん訳で……。どうしたものかと頭を悩ませていると、不意に前方から近づいてくるどこか軽い足音が耳に飛び込んできた。

 

「あっ!」

「やっべ!」

 

 マヤノと鉢合わせする形になり慌ててUターン! 

 

「待ってよー、トレーナーちゃん!」

「いや、それやったら俺が捕まるじゃん!?」

 

 チラリと後ろを振り返る。マヤノは追ってきているが、確かにトレーニングでよく見る小走り程度だ。とはいえ、その小走りでも俺の全速力とおおよそ同等なんだから相変わらずウマ娘ってのはエグイ!

 こうしてゲーム早々チェイスが始まった!

 

「いっくよー――あああああっ!?」

 

 と思ったら後ろからピーっという電子音とマヤノの悲鳴が上がった。思わず立ち止まって振り返ると、そこには廊下の真ん中でガックシと項垂れて止まってるマヤノの姿が。これはつまり、

 

「……速度オーバー?」

「うん……」

「こう……ドンマイ?」

「なら捕まってよー……」

「嫌どす」

 

 そんな感じで駄弁っていたら、今度は背後から足音が響いてきた。それも複数。咄嗟に振り返るとそこにいたのは、

 

「ここにいたか!」

「トレーナーさん、今行きます!」

「来なくていいから!?」

 

 ちょうどやってきたシリウスとフラッシュと目が合ったんで慌てて逃走! 今度こそ本格的なチェイスが始まった!

 

「ぬおおおおおお!?」

「おー、速いなー。その全力疾走が何処まで続くか見ものだな」

「走りでウマ娘に人間が勝てる訳がありません。諦めて下さい」

 

 好き勝手言うねお前ら。おおよそ合ってるから反論できないけど!

 

「そして学園を卒業してたら一緒にドイツでケーキ屋を開きましょう。貴方は既に一定レベルのお菓子作りの技術を持っていますから安心してください」

「あ? ふざけるなよ。コイツはシンボリで引き取る。そんでもってルドルフをおちょくり倒すんだから、邪魔をするな」

 

 そして微妙に二人の空気が悪いな!? そりゃこの鬼ごっこは集団戦に見せかけた個人戦だけどさ!?

 

「気持ちは分からないでもないけど、少しは仲良くしろよ?」

「それは無理です」

「バッサリぶった切られたよ……。これその内物理的に足の引っ張り合いとかするんじゃないだろうな?」

「おいおい、何を言ってるんだ。――今やるんだよ」

『え?』

 

 シリウスが不穏な事を言い出したのと同時に、フラッシュの背中を強く押し出した。それは法定速度ギリギリを走っているフラッシュの身体を、瞬間的にだが速度超過させるには十分だったようだ。フラッシュのスマートウォッチからブザー音が鳴り響く。

 

「ええ!?」

「テメェはそこで指を咥えてな!」

「ちょっと、シリウスさん!?」

 

 フラッシュの抗議を振り切って駆け抜ける。あとやらかしたシリウスだが欠片も堪えた様子はない模様。

 

「うーん、見事なラフプレイ」

「恋は戦争って言うだろ。油断した方が悪い」

「せやな」

 

 二人に追いかけられるよりはマシだから頷いておこう。

 

「さーて、このまま付かず離れずで追いかけさせてもらうぞ。精々気張りな」

「消耗戦とは嫌な戦法で来たな!?」

「策は弄するものだぜ」

「――そうだね、だからここまで追い込んでくれた事に感謝しないといけないね」

『!?』

 

 不意にフジの声が辺りに響くと共に、フジが俺を捕まえようと両腕を広げて降ってきた!

 

「なに!?」

「天井から降って来るって、お前そこに隠れる所ないのにどうやったん!?」

「マジックの応用だよ! ここまで頑張ってくれたシリウスには悪いけど、私がトレーナーさんを貰うよ!」

 

 勝ち誇った笑みを浮かべてこちらに飛び掛かるフジ。確かにこれはヤバい状況だ。だがちょっと詰めが甘い! 

 

「まだまだぁ!」

「えっ!?」

 

 咄嗟のスライディングでフジの腕を回避! そのまま素早く立ち上がって全速力で逃げる!

 

「ウソ!?」

「バカ、どけ――ぐっ!?」

「痛っ!?」

 

 なお追跡者たちだが、どうやらフジとシリウスが衝突して足止めになったようだ。チラッと振り返るとお互い尻もちをついていた。まあ怪我はなさそうだからヨシとしよう。

 

「こりゃさっさとケリをつけんと!」

 

 今は何とかなったが、このままだと捕まる! 幸いこの階に4人もいるって事は、下の階はフリーだ。このまま上手く突貫すればゴールに飛び込めるはず! 

 そんな訳で速度をそのままに階段を駆け下り――

 

「待っていたぞトレーナー」

「あああああ!?」

 

 ようとしたら下から笑顔のエアグルーヴがエントリーだ! 慌てて方向転換して階段を駆け上る! 

 

“やっと動けるようになったよ。待っててね、トレーナーちゃん”

“私ももうすぐ動けそうです”

 

 しかも悪いことは重なるようで、ペナルティ組も再始動しやがった。……これはシンドイ戦いになりそうだ――!

 

 

 

 

 

「ここまで粘るとは……」

「うむ。流石のフィジカルだ」

 

 学園校舎の正面玄関前。時折校舎から武藤トレーナーの野太い悲鳴が微かに聞こえる中、私と理事長は持ち込んだノートパソコンで、チーム・デネボラによる鬼ごっこ(仮)の様子を確認をしている真っ最中です。

 戦況ですが、もうすぐインターバルの時間が迫っているにも関わらず、鬼たちは武藤トレーナーの脅威の粘りにより苦戦を強いられています。インターバル後は武藤トレーナーが身を隠すことになるので、更なる苦戦は必至でしょう。

 

「しかしよろしいのですか? このように校舎を使うなんて」

「構わん。この程度なら安い物だ」

「そうですか」

 

 今回の鬼ごっこ(強制)を企画したのは当然チーム・デネボラの面々です。

 身体を使って武藤トレーナーを無理矢理相手に依存させて、それにより武藤トレーナーのすり減った心を持ち直すための重しにする。その後は時間をかけて、彼の心を癒やしていく。それが彼女たちの狙いです。

 普通なら無理がある方法ですが、彼女たちはウマ娘。彼女たちによるうまぴょい(癒)が男性にとって依存性のあるモノですから、武藤トレーナーに対しても効果は期待できるでしょう。

 この提案に、私と理事長は乗りました。私の場合は彼に負い目があったのもありますが、理事長も思う所があるのか即座に了承した上に、インカムやスマートウォッチといった機器まで用意していました。

 

「しかしこのままですと、武藤トレーナーに逃げ切られる可能性がありますね」

「うむ……」

 

 5対1での鬼ごっこ(陰)ですから、早々に決着がつくと考えていました。しかし蓋を開けてみればチーム・デネボラの思わぬ苦戦です。最悪の場合、彼女たちの企みが失敗する可能性もあり得ます。他のトレーナーならば喜ばしい事なのでしょうが、今回だけは失敗して欲しくありません。

 

「……そろそろ時間ですね。少し席を離れます」

「行くのか?」

「はい」

 

 武藤トレーナーをこの世界に引き込んでしまったのは私です。しかも最後まで彼を助けられず、さらに私のミスの尻拭いを彼の担当ウマ娘にさせてしまいました。

 

「これが私に出来る事ですから」

 

 ならばせめて彼女たちの助けにならなければなりません。

 

 

 

 

 

“10時です。これより10分間のインターバルに入ります。鬼は所定の位置まで戻り、武藤トレーナーはスポーツドリンクを支給しますので正面玄関までお越しください”

「ちっ、ここでタイムアップか」

 

 インカムからのなんか聞き慣れた声による通信が入ったんで足を止める。今いるのは残りゴールまで20メートルの地点でしかも追手もいない絶好のチャンスだったから突貫しようとしてたんだが、間に合わなかった。ここで逃したのは結構大きなミスだな。

 

「残念、もう少しで捕まえられたんだけどね。それじゃあ、また後でねトレーナーさん」

「お、おう……」

 

 と思ったら、正面玄関のすぐ側からフジが出てきた。あのまま突っ込んでたら逆に捕まってたっぽい。実はタイムアップに助けられたか……。

 担当たちの予想以上のしつこさに頭を痛めながらも正面玄関に到着。そこには佇んでいる樫本さんの姿があった。

 

「お疲れ様です。こちらをどうぞ」

「あ、こりゃどうも」

 

 さも当然と言わんばかりに500mlのペットボトルを渡されたんで、思わず受け取って一気飲み&全力で息を整えて体力回復に努める。流石の俺でも1時間の全力鬼ごっこは滅茶苦茶シンドイんよ。もう体力切れ寸前。

 

「あー生き返る……」

「ハンデがあるとはいえ、よく1時間も逃げ切れましたね」

「必死も必死ですがね……。というか、なんでここに樫本さんが?」

「審判兼監視兼応援です」

「また珍しい事やってますね」

 

 この人滅茶苦茶真面目だから、こういうのやらないと思ったんだけどな。てか兼業しすぎだろ。

 

「てか、この鬼ごっこ(パワー)色んな意味で大丈夫ですか? 理事長が校舎貸し出しをOK出した上に、元理事長代理の樫本さんまでゲームに関わってくるのは、学園的に不味いですよ?」

「ええ、それは分かっています。他のウマ娘が知ればトレーナーへのうまぴょい(痴)を学園が公認していると捉えかねません」

「ならもうやめましょうよ」

「しかし、今回だけはリスクをその飲み込んでも、彼女たちの提案に乗らなければいけませんでした」

「何故です?」

「……貴方がトレーナーになった経緯を話しました」

「……」

 

 思わぬ言葉に思考が停止する。このヒトは何を言っている?

 

「皆さん最近の貴方の行動に不信感を持っていたようです。下手に隠せば事が拗れてしまう可能性がありましたので、申し訳ありませんが説明しました」

「……そうですか」

「ずっと貴方の事を心配していたのですよ」

「……俺は好きでやってただけなんですがね」

「だからこそこの鬼ごっこを企画したのです。――このままでは糸が切れた凧のように何処かにいってしまいかねないから、自分の身体を使ってでも抱き留める。彼女たちはそう言っていました」

「……」

 

 思わず天を仰ぐ。感情がグチャグチャなせいでイマイチ感想が出てこない。そんな中で辛うじて出てきた言葉を吐き出す。

 

「愛が重い……」

「ええ、ウマ娘はとても愛が重く強いのです。だから愛するヒトのためなら、どんなことでも出来るのです」

「……」

「武藤トレーナー、そろそろ時間です。所定の位置までどうぞ」

「……はい」

 

 樫本さんに促されるままに再び階段を登る。そしてイマイチ思考が纏まらないまま、4階の丁度目に付いた適当な教室の隅に隠れる。

 

「はー……」

 

 体力は多少は回復したが、1時間も走り回った体力消費をせいぜい10分程度のインターバルで完全回復できるはずもない。こうして身を隠して体力の温存をするしか手はなかった。……が、今はそれどころじゃない。

 この鬼ごっこ、てっきりあいつ等が耐えられなくなって暴走しただけだと思ったが、身から出た錆だとは思いもしなかった。さっきまでは全力で相手が出来たが、裏事情を知った今じゃやりにくい。……あの娘たちは優しいから、掛け値なしに俺のためにこんな事をしているんだろう。

 

「どうしたもんかねぇ……」

「――簡単だ」

「っ!」

 

 不意に突撃してくる影を前に反射的に身体が動き、迫っていた相手の手をギリギリで躱す。影の正体は、

 

「エアグルーヴ……!」

「私の下に来い。もういいだろう、トレーナー。もう休め」

 

 腰を落とし今にも襲い掛かろうとするエアグルーヴ。だが表情はイヤに優し気だった。

 

「そういう訳にもいかないだろ!」

「待て! ……くっ、こんな手で!」

 

 バック走しつつも近くにあった机やら椅子を引き倒して進路を塞ぎ、引っ掛かったのを確認してから全速力で逃げる。

 直ぐに追って来るだろうエアグルーヴを撒くべく、素早く階段を駆け下り更にルートもランダム。これで他のメンツとぶち当たらない限りは逃げられる。

 

「……ん? あれ?」

 

 そのハズだった。全速力で駆けていると、不意に思考がぼやけ始めた。更に身体も徐々にだが鈍くなり始めている。疲労がここで噴出したとも考えたが、この感覚は疲れからじゃなくてどちらかと言えば眠気のそれ。

 ……そこまで頭が巡った所で、不意に原因に思い至る。

 

「……樫本さん」

“どうしましたか、武藤トレーナー?”

「…………スポドリに何か盛りました?」

“ええ、睡眠薬を少々”

「いや審判!?」

 

 なんつーことしやがるあの虚弱体質!?

 

「審判が薬仕込むのはダメでしょ!?」

“いえ、私は『審判兼監視兼応援』です。なのでチーム・デネボラの応援のために援護をさせてもらいました”

「応援ってそっち!?」

 

 最初っからウマ娘側の人間だったよあのヒト……。

 ともかく状況が悪い。何とか身を隠してやり過ごすしかない。

 

「見つけました!」

「フラッシュか……!」

 

 だがこんなチャンスをウチの担当たちが見逃すはずがない。慌ててUターンし逃走する。だが睡眠薬の影響のせいなのか、全力を出しているにも関わらず徐々に距離が縮まっていく。

 

「以前おっしゃいましたよね。『困ってた時は助けてくれ』と」

「そういやそんな事言った事あったな……!」

「だから今ここで助けます。貴方はずっとずっと苦しんでいるのだから!」

「随分とお節介焼きになったなフラッシュ……!?」

「貴方はそうやってきました。だから私も貴方に同じことをします!」

「俺は……大丈夫だ!」

「――えっ!?」

 

 このままでは捕まる。即座に上着を脱ぎ、それをフラッシュの視界を塞ぐように投げつける。そしてフラッシュの監視の目が消えている内に、即座に横道に急カーブ。フラッシュを撒くべく階段を駆け上る。

 

「――ううん、大丈夫じゃないよ」

「!?」

 

 薬のせいか反応が遅れた。飛び掛かってくる影を躱せず、相手が抱き留めようとするのを何とか抑える。

 

「フジ!?」

「トレーナーさんに助けてもらった私が言うのも変な話だけど、トレーナーさんもう何度も命を落としても可笑しくない事をしているんだよ。……これまでは無事だったけど、これからもそうとは限らない」

「そんなモン、分かってる」

「尚更タチが悪いよ……! もうそんな事なんてさせない!」

 

 フジの力が更に強くなる。こちらも力を籠めるが叶わない。このまま行けば抑え込まれるのは確実。……だが手は残っている。

 

「まだまだっ……!」

「あっ!?」

 

 あえてワザと力を抜きフジを前のめりにさせつつ足払い。そのまま転ばせ――られなかった。そっとフジの身体を支えて床に軟着陸、改めて階段を駆け上り5階へ。このまま大回りをしていけば、正面玄関まで直行できる階段がある。そこに駆け込めば――

 

「トレーナーちゃん!」

「ホントに勘が良いなマヤノ!?」

 

 よかったのだが、マヤノのせいで逃走ルートを変更。ゴールがドンドンと遠ざかっていく。

 

「皆トレーナーちゃんが傷つくなんてイヤだし、いなくなちゃうなんてもっとイヤなの!」

「っ、でもなマヤノ……!」

「でもじゃないよ! 自分を大事にしてよ!」

「俺は……」

「絶対に止めるんだから!」

 

 マヤノの声がドンドンと迫ってくる。このまま直線を走っていても捕まるだけだ。今度はスマホを目くらましに使うか?

 そう思考を巡らせてた時だった。

 

「マヤノ、どいてろ」

「え?」

 

 不意に顔面に向けて何かが高速で迫る。

 

「っ!?」

 

 咄嗟に右腕でガードして直撃は避けるが、あまりの衝撃に吹き飛ばされた。受け身を取り素早く立ち上がる。

 

「ちっ、防いだか」

 

 そこにいたのは舌打ちしつつも足を下ろすシリウスの姿。さっきの一撃はハイキックか?

 

「……いい一撃だな。マヤノへの注意がなかったら流石に食らってた」

「ちっ、マヤノを巻き込まないようにしたのがアダになったか。まあいい。次は決めてやる」

 

 構えを取るシリウス。その光景に後ろのマヤノが叫ぶ。

 

「シリウスさん!? 暴力はダメだよ!?」

“!? シリウス先輩、何をしているのですか!? トレーナーへの攻撃は禁止のハズ!”

 

 マヤノに加えてインカム越しにエアグルーヴの悲鳴が飛んできたが、当の本人はどこ吹く風だ。

 

「ルールは『怪我をさせない』はあっても『攻撃しない』とは決めてなかったはずだぜ」

“詭弁です! そんなことをしたら流石のトレーナーでも――”

「安心しろ。ちゃんとは加減する」

「中々過激だなシリウス……」

「ああ。こうでもしないと――アンタは止まらないからな!」

「っ!」

 

 一瞬にして距離を詰められ拳……ではなく掌底が繰り出された。反射的に防ぐがその一撃は重い。

 

「ほー、これは防げるか。なら回転を上げるぞ!」

「っ……!」

 

 次々に繰り出される掌底と蹴りを必死に捌く。何とか致命的な被弾は防いでいるが、戦況は圧倒的不利だった。シリウスはサバットを得意としている。そんな戦闘技能を持った奴が身長差とウマ娘特有の身体能力を生かしてひたすらにインファイトを仕掛けてくるとなると、流石の俺でもキツイ!

 

「アンタの昔話を聴いてから、ずっと言いたかったんだよ!」

「何をだ……!」

「いつもヒトには無茶をするなとか言っておいて、自分は無茶ばかりやりやがって! 完全に矛盾してるじゃねぇか!」

「んなモン分かってる……!」

「分かってるならやめろ! 私たちがどれだけ心配しているか分かってんのか!」

「……でもな、俺は――」

「――『でもな』じゃねぇ!」

「がっ!?」

 

 怒声と共に放たれた蹴りを躱し切れず顎に掠った。だが今の俺にはそれで十分だった。脳が揺さぶられ立っていられずに膝をつく。平衡感覚が狂ったせいで、上手く動けない。

 

「やっと止まったか……」

「トレーナーちゃん!? シリウスさんやりすぎだよ!?」

「頭を揺らしただけだ。そんな事よりいい加減この茶番を終わらせてやる」

 

 シリウスが俺に抱き着こうとしているのが分かる。

 ――まだ終われない。思考がそう結論付けた瞬間、半ば無意識に俺はスタングレネードのピンを抜いていた。

 

「!? テメ――がっ!」

「わわっ!」

「ぐっ……」

 

 自爆する形でスタングレネードが炸裂する。至近距離にいたシリウスとマヤノが被弾して目と耳をやられたのか、二人の悲鳴が上がった。強引に作り上げた隙を逃さず、半ば動かなくなり始めた身体に鞭を打ってこの場から逃れる。

 

「ああ、クッソ……」

 

 だが必死に脚を動かそうとするが身体が追い付かず、直ぐにまた膝をつきうずくまってしまう。これまでの鬼ごっこによる体力の消耗、睡眠薬、狂った平衡感覚、スタングレネードの自爆。タフだと自覚しているが、このダメージの蓄積は重い。身体が動かないのは当然の事、思考も半ば止まっていて意識も今にも落ちそうだ。酩酊状態に近い。

 

“トレーナー”

 

 ……不意にインカムから声が聞こえた気がした。

 

“貴様はなぜトレーナーになった?”

「やらなきゃ……いけない事があるから……」

 

 ……酩酊しているせいか、半ば無意識に返事をしていた。

 

“やらなきゃいけない事ってなに?”

「あの娘のような……目に遭わせちゃいけない」

“それは怪我のせいで夢をあきらめる事ですか?”

「そうだ……! だから今度こそ大丈夫だって……」

“だから自分の全てを賭けてでも助けようとしているんだな?”

「……その程度で……助けられるなら……」

“――トレーナーちゃんは自分が許せないんだね”

「……」

 

 その通りだ。

 

「……あの娘が泣いていたのに……手が届かなかった……。だから――」

 

 だから今度こそあの娘を助けないといけない。

 

“もう自分を許してやれ”

 

 足音近づいてくる。……担当たちは優しい子ばかりだ。だからこんな自己満足に巻き込む訳にはいかないから逃げていた。だが……もう身体が動きそうもない。

 

“もう大丈夫だ。私たちがいる”

 

 誰かがうずくまっている俺を抱きしめた。顔は見えない。でもそれはとても暖かくて――

 

“試合終了です。勝者は――”

 

 何故か少し心が軽くなった気がして……、そして意識が落ちた。

 




次回、個別エンディング!
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